突然だが、鈴音には前世の記憶というものがある。
あまり良いことのなかった前世なので詳しい紹介はしない。
簡単に言えば、学生をしていたら病気にかかって死んだ。世界的に流行していた病気だった。これ以上は言いたくない。
とにかく、鈴音に分かっているのは、今転生してきた世界が前世で流行っていた『鬼滅の刃』の世界だということだ。時間軸もおそらく原作と同じだと思われる。あくまで思われるだけであって確信はないが。
鈴音の外見は割と平凡だった前世の容姿とは異なり、白銀の髪に、赤と青のオッドアイだ。これで分かる人は分かると思うが鈴音はアルビノなのである。
この鬼滅の世界で生きて行くにはこれはかなりの痛手だ。鈴音のように色素のほとんどないアルビノは基本的に太陽の光に当たれない。当たったところで鬼のように死ぬわけではないのだが、太陽の光に当たると酷い日焼けになるのだ。普通の人とは比べものにならないほど酷く焼けるのだ。
ほんの一時間ほど外に出ただけで水ぶくれが出来たこともある。
そのため、養父母に拾われてからは、外にいるときには肌が出ないようにフードのついた外套を着ていた。原作で炭治郎や柱の方々が羽織っていたような羽織ではなく、西洋の方で着られている外套である。
昔は鬼殺をしていたとはいえ今はただの田舎の指物師である養父達がどの様にして手に入れたのか気になる。
何故かは知らないのだが、靴も外套と色を揃えた西洋のブーツだ。外套はともかくこれは一体どこから見つけ出したのだろう。
都市部ならともかくこんな田舎に西洋の服装は流行っていないはずだ。
そのくせに外套の内側に着ているのは普通の着物だ。
色こそ白に統一されているものの、コートとブーツに着物は不協和音だ。なのに周りからは似合っていると言われる。
話はそれたが、太陽の光に当たれないというのは痛い。先ほど行ったとおり当たったところで死ぬわけではないのだが、それでも当たれないのだ。
だが、日の光を避けていると自然と影の中にいるようになること。そして影の中というのは鬼が居る場所である。
鈴音がこれまで遭遇した鬼の数を数えていったらきりがない。三桁は超えるのではないだろうか。
毎回死ぬ気で逃げ出したため、たいした怪我もなく今も生きている訳なのだが、日に当たれない鈴音の鬼との遭遇率が一般人と比べて圧倒的に高いことは鬼殺隊に入りでもしない限り変わらないだろう。
今し方、近くの木の下にたたずんでいる鬼と真正面から向き合う羽目になっているように。
すでに日が暮れてからから一時間は経つ。逃げても日の光に怖じけ付いた鬼が追跡をためらうことは期待できない。
「耳飾りを伝承する家を知らないか?」
質問され、真っ先に頭に浮かんだのは炭治郎だ。あの家は確かに耳飾りを伝承している。
「花札のような耳飾りを伝承する家を知らないか?」
鈴音が質問の意味を理解できなかったとでも思ったのか、丁寧なのか、そうでないのかよく分からない聞き方をされた。
花札のような耳飾り、間違いなく炭治郎達のことだろう。
ふと、前世みたアニメの一場面が頭に浮かんだ。そして先ほど感じた胸騒ぎの理由を知った。今は正月前、炭治郎は十三歳。つまり、今日が『鬼滅の刃』のストーリーが始まる日なのだ。
だが、今更そんなことに気付いてももう遅い。それにこの状況には何の役にも立たない。
「知らない。この辺に耳飾りなんか伝承する家はないよ」
全部が嘘ではない。知らないというのは嘘だが、炭治郞達がすんでいるのは全く別の山であって、この辺にはすんでいない。
しらを切った鈴音は必死になって薄れかけていた記憶を呼び起こした。いくら前世の記憶であるとはいえ、この世界で十二年も暮らしているのだ。アニメや漫画のことを覚えていることを褒めてもらいたい。
とにかく、思い出しそうになった最初に炭治郎の家を襲った鬼の名前を引き出す。
(あの鬼は確か……鬼舞……鬼舞辻……鬼舞辻無惨!)
「そうか」
鈴音がどうにか鬼の名前を思い出したのと、目の前の鬼、おそらく鬼舞辻無惨が言うのは同時だった。
「なら、貴様に用はない」
そう言われたとたん、背筋を何か冷たいものが走った。
本能でだろうか、殺される!と思った。
とっさに右に飛び退くと、同時に左腕に鋭い痛みが走った。
鬼舞辻が動くところは鈴音には見えなかった。追いつかないほど早く動いたのかそれとももう一体鬼が居るのか。だが感じられる鬼の気配は一体分だけだ。
(やめてよ、お願いだから殺さないで)
頭の中で繰り返し唱えたところで意味はない。相手は鬼、ましてや鬼舞辻無惨だ。ラスボスだ。自分がストーリーにおいてモブで終わる運命であるとはいえ、見逃してくれるわけがない。
無我夢中で逃げる。これが野生動物であれば背を向けるのは御法度だが、相手は鬼だ。背を向けようが向き合っていようが結果は変わらない。
後ろを向く方が十分逃げられる分安全といえる。
左腕の傷に加え、頬、足、肩、様々なところが切り裂かれるが知ったことではない。人間命がかかっていればいつもは取り乱すような大怪我であっても冷静でいられるようだ。
ただ、だんだんと目の前が霞がかったようにぼやけてくる。右手の手首が切られたときから意識が薄くなり始めているのだがどこか大きな血管でも傷つけられたのだろうか。
気づけば攻撃がやんでいた。鬼舞辻の姿はなく、近くに鬼の気配もない。
そのことに一安心した鈴音は、背中が軽くなっていることに気付いた。
背負っていたカバンがなくなっている。
探さないと怒られるな、と思っていると、白く、雪の上に血が垂れたためか、点々と赤い模様のある地面が近づいてきた。
目の前が真っ暗になった。