「大丈夫か?」
目を開けた鈴音に聞く声があった。
「あなた、もう少し寝かせてあげなさい」
もう一人の声が聞こえた。どうやら夫婦らしい。
「ああ、分かってる。何かあったら俺たちを呼んだら良い」
そう聞こえた声を最後に鈴音の意識はまた途切れた。
◇◇◇――――◇◇◇
次に鈴音が目を覚ましたとき、もっと回りを見る余裕があった。
どう見ても元々輪廻が養父母と共に住んでいた家ではない。
ゆっくりと起き上がった鈴音はとりあえず当りを散策する事にした。ここが何処なのかが分からなければ何もできない。
当りを観察しながら歩いていると、ふと立ち寄った廊下の部屋の中から咳き込む音が聞こえた。
ゆっくり扉を開けると、蜘蛛を連想させる髪型の少年が体を起こして咳き込んでいた。いきなり扉を開けた鈴音に驚いたようだったが、それよりも咳が苦しいらしく、すぐ注意をそらした。
その少年の背中に手を当てると、呼吸を整えさせるためにゆっくりと軽く叩いた。
咳に効くのかは知らなかったが、少年は楽になったようだ。ゆっくりと息をしながらこちらを観察する余裕が生まれている。
「ぼくは累。君は?」
その名前を聞いて鈴音は一瞬頭の回転が止まった。累。下弦の伍の鬼だった少年だ。鈴音もその生いだち知ってかなり同情したキャラクターだ。そして一番好きだったキャラクターでもある。
「名前は?」
もう一度訊いた少年、累に視線を向けた。はて、と首をかしげる彼はアニメでも見た、累の人間だったときの姿にそっくりだ。
「ああ、ごめん。あたしの名前は鈴音」
取り合えず名乗っておく。名前を知られたところで何かしら問題が起こるわけでもないだろう。
鈴音の名前を繰り返している累の顔を見る。おそらく同年代と会話をするのもこれが初めてなのだろう。心なしか嬉しそうだ。
「で、何してるの?」
また鈴音の顔を見た累が訊いてきた。
「分かんない。目が覚めたらここに居たの」
視線をそらしながら鈴音が言うと、しばらく怪訝な顔をして鈴音を見ていた累は、「ああ」と言って納得したような表情を作った。
どういうことか、と見ると、その視線に気付いた累が説明してくれた
「父さんたちが言ってたんだ。鬼がり達から女の子を預かったって」
累は父親から鈴音のことを聞いていたようだ。
鈴音はそんな累を見て少し羨ましく思った。鈴音とは違い、累にはまだ親が居る。
眠くなってきたのか、コックリと船をこぎ始めた累を寝かせる。すると累はすぐに寝息を立て始めた。
その後累の父親が現れた。鈴音を探していたようで、鈴音を見るとあからさまにホッとした反応を示した。
◇◇◇――――◇◇◇
累の部屋から出てきた鈴音と累の父親役――名前は教えてもらっていない――は、しばらく黙ったまま歩いていた。正確には累の父親のあとを鈴音がついて行っていた。どちらも無言だが。
鈴音にはこの無言が耐えがたいものだったが、累の父親の何も話すなというオーラが凄まじく、口を開く気にもなれない。
その痛々しい沈黙が破かれたのは、二人が最初、鈴音が寝かされていた部屋に辿り着いたときだった。
「悪いが、勝手にいなくならないで欲しい」
いなくなったわけではないんだけどな、と思いながらも鈴音は反省する。目の前の累の父親にとって鈴音は「鬼殺隊から預かった子」なのだ。消えられては困るのだろう。
「あと、累の呼吸を落ち着かせていたようだが一体何をしたんだ?あの場に薬はなかったはずだ」
そんなことが知りたいのか、と累の父親を見上げた鈴音は、ふとこの家がかなり立派なものであることに気付いた。なるほど薬に不自由のない立場であれば、他の方法など思いつきにくくなるだろう。
「呼吸を促すように軽く背中を叩いたの。でも、これ咳の処置ではなかったと思う。何かは忘れたけど。確か過呼吸だっけ」
鈴絵の予想では酷く咳き込んでいるときなどに背中を叩いてしまえば逆効果だと思われる。あくまで鈴音の予想になるが。
そのこともまとめて伝えると、なにやら納得した様な顔で見られた。身長差もあり、見下ろされている鈴音は居心地が悪い。蛇に睨まれた蛙になった気分だ。
「氷柱から聞いた話では君は平坂和人と木之下南の娘らしいね」
一瞬木之下とは?と思った鈴音だったが、すぐにそれが養母の旧姓出会ったことを思い出す。
「義理だけど」
そう言って肯定する。
「義父さん達を知っているの?」
一応訊いてみる。この人に言い分ではどうも養父母を知っているようだ。
「ああ、同期だった」
その返事に鈴音は絶句した。累の父親は原作では名前も出てこないモブだったはずだ。少なくとも鈴音は、累の父親がモブであったと記憶している。
だがこの人の口調はまるで鬼殺隊に入っていたようだ。累の父親にそんな設定があったのだろうか。それ以上に累の父親が元鬼殺隊士であれば鬼舞辻無惨が家の中に入るようなことができるのだろうか。鬼殺隊士であれば鬼から家族を守る工夫くらいはすると思うが。
意味が分からず、困惑する鈴音を部屋の中に押し込んだ累の父親は、先ほど発作を起こしかけていた累の様子を見に行った。