さばんなの工房
「……教会の狩人よ、教えてくれ
君たちは、光を見ているかね?
私がかつて願ったように、君たちこそ、教会の名誉ある剣なのかね?」
獣と化した私は我が師導きの月光のおかげで、わずか一時だけ人間性を取り戻した。
しかし、私は私を狩りに来た狩人と戦った。
再び獣に戻る前に、狩人として死なせてほしかったからだ。
狩人は、しばらく答えにつまり、そして苦々しそうにそうだ、と答えた。
「おお、そうか……それは、よかった……
嘲りと罵倒、それでも私は成し得たのだな」
きっと、それは優しい嘘なのだろう。
だが、今は信じよう。信じて、人として死んでゆこう。
「ありがとう。これでゆっくりと眠れる
暗い夜に、しかし確かに、月光を見たのだと……」
我が師よ……願わくば、彼の狩人に導きを。
ありがとう、慈悲深い狩人よ。
これで、希望を持って死ねる。
ああ、なんだか、とても眠いじゃあないか……
■
小鳥の声、風のさざめき、木漏れ日。
朝霧の中、私は目覚めた。
「ん……おお、ここは、いや、私は……」
四肢に力を入れて立ち上がる。
そこで気づいた。四肢だと?
あのおぞましい悪夢で獣と化した私は……
馬のような醜いいくつもの足に人の上半身が乗った姿だった。
今の私は二本の足に二本の腕で立っている。
かつてぼろぼろに破れた墓暴き装束も、まるで新品だ。
「私は、『夢』を見ているのか?人に……戻っている!
もどれたのか、私は……?」
とっさに背中の剣に手をやる。
月光剣がある。あの狩人に渡したはずのものがなぜここに。
私の中を探してみる。もう一本、量産型の『ルドウイークの聖剣』もある。
とにかく、月光はいささか危険だ。聖剣を使おう。
「ここもまた悪夢なのか……?だがしかし……美しい」
私の眠っていた場所は、枯れ草が地平線まで生えた草原だった。
空は青く青く、どこまでも澄み渡っている。
こんな天気は、あの陰鬱なヤーナムでは見たことがない。
「これは……」
立て看板と『狩人の手記』を手にした使者たちがいる。
立て看板を読んでみる。
『人間へ、まずは『工房』に来たまえ。ヒトがそこで待っている』
英語と、これは何語だろう?しかし意味は同じだと読み取れる。
手記はどうだろう?
『狩人へ、フレンズは罹患者ではない。
獣狩り不要。まずは『工房』に来たまえ』
そして、狩人の幻影が立て看板に書かれた矢印と同じ方向を指さす。
「この姿は……ゲールマン老?!いや、まさかな……
いずれにせよ、確かめるべきか」
私は、朝のすがすがしい空気の中、歩みを進めた。
立て看板は森の方へと誘導していく。
しかし……この森も、なんとさわやかなことか。
木漏れ日は優しく、木々ものびやかに育っている。
禁域の森とは大違いだ。
「あれは……」
そこに、私は奇妙なものを見つけた。
木の上でヒトが寝ている。いや、よく見れば獣耳と尾が生えていた。
罹患者だろう、しかしフレンズという存在かも知れない。
ともかく、声をかけてまともな返事が帰ってこなければ斬れば良い。
「君、すまないが……」
「わっ、アンタ誰?何のフレンズ!?」
茶色く、猫を思わせる獣人は驚いた様子で木の上で起き上がる。
「私は教会の狩人、ルドウイーク。君はフレンズという存在かね?」
「見て分かるでしょ?私はカラカルのフレンズよ。
アンタ……もしかして、ゲールマンのフレンズ?」
驚いた。まともに会話が成立している。
やはりフレンズという存在であって、獣の病の罹患者とは違うのだろうか?
しかし、ゲールマンを知っている、か……
「いや、彼は友ではない。あえて言うならば助言者だ」
「ふーん……まあいいわ。ゲールマンを知ってるんでしょ?だったら、案内するわ」
カラカルと名乗った少女は木から猫のように飛び降りて先導するように歩き出した。
「『工房』かね?しかし、あそこは歩いてゆける場所では無いと思うのだが」
かつて、工房は教会の裏と、狩人の夢の中にあった。
どちらも到底歩いてゆける場所ではない。
そもそも、ここはヤーナムなのか?どう見てもこんな場所はヤーナムになかった。
「歩きながら説明するわ。
まずゲールマンからあんたみたいなのに会ったら絶対最初に言うことを聞いてるわ」
カラカルは指を立てて言った。
「『ここはヤーナムでもないし、フレンズは獣の病でもない』ですって。アンタ意味分かる?」
私はその言葉にしばらく考え込んでしまった。
確かにヤーナムでなければおおよその説明がつく。
場所が違うならば、今までの常識が通用しないのは道理だからだ。
「あ、ああ……言葉の意味は分かるが、しかし信じがたいことだ。
いや、君を信じられないのではなく、この状況がというべきか」
「ふーん……とにかく詳しいことはゲールマンが説明するわ。
『こうぼう』はすぐ近くよ」
私は混乱する頭を沈めながらとにかくカラカルについて行くことにした。
■
実際、工房にはすぐに着いた。
あの狩人の夢とほぼ同じだ。
違うのは、平地に建っていることと、咲いている花が七色であることだ。
「こんにちわかばんさん!カラカルをつれてるなんて珍しいですね!
サーバルは今日は居ないんですか?」
「かばんさんじゃないわ。ええっと……ルドウイーク?ですって。
ゲールマンに会わせてあげて」
灰色の毛並みをしたオッドアイのフレンズが出てくる。
犬のような耳に尻尾。
やはり獣の病の罹患者に似てるが、しかし明らかに理性がある。
それに、獣の病で獣化した人間はもっと醜くなるものだ。
彼女らは美しい少女そのものだ。
「……あなたは、狩人ですね?狩人が来たらゲールマンに会わせるように言われています!
私はイエイヌ、ここでゲールマンのお手伝いをしています!」
その物言いは、かつての人形を思い出させたが、彼女よりずっと明るい。
ぺこりと一礼するイエイヌに私も教会の一礼を返した。
「ゲールマン老がここに?いや、彼が居るべき場所はたしかに『工房』だが……」
「そうです!ここが工房ですよ。どうぞこちらに!ゲールマン!狩人のお客さんが来ましたよ!」
ここは夢なのか?それとも現実なのか?
わけがわからないが、ともかく危険はなさそうだ。
カラカルを振り返るとうなずいていた。
「とにかく、行ってみなさいよ」
「ああ、そうだな……」
イエイヌの案内で工房の中に入ると祭壇に近いいつもの定位置でゲールマンが居た。
いつもの車いすではなく普通の椅子に腰掛けている。
「やあ、君が来るとはね。ルドウイーク」
「ゲールマン老……本当にあのゲールマン老なのですか?ここは一体……」
ゲールマンはうなずいて口を開いた。
「ようこそ、ジャパリパークに。
今は何も分からないだろうが、難しく考えることはない。
フレンズとは、獣が獣性を克してヒトとなった存在だ。
サンドスター……我々が追い求めた真なる青ざめた血はここにあったというわけだよ」
それは驚くべき事だ。
我々ヤーナムの民が心血を振り絞ってしかしついにたどり着けなかった獣性の克服。
それを獣が成し遂げ、あまつさえヒトになったなどと。
「信じがたいことです、ゲールマン老」
「いずれにせよ、彼女らは罹患者ではない。それだけ理解できれば良い。
サンドスターは獣性を克し……その獣の元々持っていた性質とは関係なく善性を引き出す。
これがそうだ、確かめたまえ。その脳の瞳で啓蒙を得るのだ」
ゲールマン老は狩人の業で虚空からひとつかみの宝石を取り出した。
七色に輝く四角い結晶。その輝きはなんとも暖かく、優しげだった。
私の啓蒙がささやいている。我が師、月光の導きが見える。
「……なるほど、確かに尋常ならざる力があるようです。
では、ここは?ヤーナムではないのですか?
いえ、ここは夢ではないのでしょうか?」
私はそっとサンドスター塊をゲールマン老に返した。
ゲールマン老は受け取ってうなずくと、話を再開する。
「夢でも悪夢でもない。ここは現実の、遠い未来だよ。
この場所は元々動物園と博物館を兼ね備えた場所だった。
野に獣を放ち、それを観光する……いわば見世物小屋なのだよ。
しかし、大量のサンドスターが噴火と共に吹き出し、獣たちは多くフレンズとなった。
結局ここはうち捨てられ……フレンズと獣の楽園となったわけだ」
獣性を克服した獣たちの楽園からヒトは逃げ出した。
なんとも、まったく皮肉なことだ。
「皮肉な事です、ゲールマン老。
しかしなぜヒトはここをうち捨てたのですか」
ゲールマン老は戸棚からカップを取り出し、
机の上にあるポットから紅茶を入れて私に勧める。
そして、自分も机に置かれたカップから一口飲んだ。
「サンドスターの力はただ獣をヒトにすることだけではない。
注意すべき敵もまた生み出してしまう。
サンドスターが無機物に触れた時がそうだ。
セルリアンと呼ばれる一つ目の怪物……
青ざめた血が結局は上位者や獣との戦いを生み出したように、
サンドスターもまたセルリアンを生み出した」
嫌な記憶が脳裏に蘇る。
こんな楽園のような場所で、あの血なまぐさい狩りの夜を再現することになろうとは。
「ならば、我々がやるべきことは……」
「……君はただセルリアンを狩れば良い、と言うわけではない。
フレンズとふれあい、獣性を克するということを知るべきだ。
……だが結局は、我々でセルリアンを狩ることにもなる」
結局、狩人とはそうしたものだ。
それがどこであろうが、狩りを続けてしまうのだ。
「わかりました。
フレンズが、真に獣性を克服した存在であるというならば……
それは守るべき民でしょう」
「……君も住むべきところが決まれば、家を作ろう。
それまでただ一時ではあるが、ここが君の家となる」
「……また、お世話になります」
「気にせずとも良い。フレンズとはそうしたものだよ。直に慣れる」
つまりは、そういうことなのだろう。
民を守るために、私は呼ばれたのだ。
私には、結局それしかないのだから。