玄関のドアにミーアキャット宛ての書き置きを残し、私はジャパリバスに乗った。
ゲールマン老の所にあるのとは違い、車体が青く、また牽引する客車も広い。
これならば我々の人数でも快適に過ごせるだろう。
「最初は風車小屋だね!ここからすぐ近くにあるよ」
かばんは運転席でボスと運転を代わりつつバスを走らせる。
サバンナの暖かい風に、風にそよぐ枯れ草、白い雲の浮かぶ空。
穏やかだ……
「へえ、どんなところなのかな……」
キュルルはスケッチブックのページをぺらぺらとめくりながら答えた。
「お池があって、おさかながたくさんいるよ!
あのへんはカルガモとか鳥のフレンズのなわばりだね!
今日はなにしよっか!そろそろおなかもすいたし、みずべでおやつはどうかな?」
「水辺でおやつ……楽しそう」
キュルルはスケッチブックから目を離しサーバルに言った。
「サーバル、今日のおやつは何?」
「ふっふーん、これだよ!」
サーバルが木箱を開けるとリンゴと砂糖の袋、それから茶色い粉末の入った瓶があった。
他にも色々と食材や道具も入っているが。
「リンゴと砂糖、これはシナモンか……なるほど、焼きリンゴだね?」
「はい、外で食べるおやつも美味しいですからね。
もし良かったらもう少しゆっくりして魚取りとかしてもいいかも……
あっ、でもカルガモさんに許可を貰ってからじゃないと駄目ですね」
かばんは後ろでまとめた髪で風を受けながら答えた。
なるほど、サバイバルの初心者にはまず外に出る楽しみから教えると言うことか。
「良い案だと思う。話を通しておくこともね」
そんなことを話していると頭上からホイッスルの音が聞こえた。
「かばんさん!お出かけですか?さばんなちほーの中なら案内しますよ!」
「あ!カルガモさん!今日はアヅアエンまで行こうと思うんです。
風車の池を通ってゲート前までお願いしてもいいですか?」
かばんがバスを止めると、カルガモは近づき笑顔で答えた。
「良いですよ!ここからすぐですしね!」
「もしよかったら、池で食べ物をちょっと捕りたいんだけどいいですか?」
「今はお魚も沢山いるから大丈夫ですよ。じゃあさっそく私が先導しますね!」
カルガモは旗を取り出すと快く許可を出してくれた。
サーバルがバスから顔を出して笑顔で答える。
「ありがとうカルガモ!おやついっしょにたべようね!」
「おやつ!いえいえ、これくらいなら喜んで。
それに私は誰かが旅をするときは案内せずにはいられない性格ですから!
さあ行きましょう!」
カルガモが飛び立ち、ピッと笛を吹くとかばんはバスを走らせた。
青空にカルガモが頭の羽を羽ばたかせて飛び、遮る物のない道を走る。
なんとものんきで、優雅なバス旅だ。
■
池には一時間もかからずについた。
風車の残骸が池に浸かり、中心には何かのモニュメントだったものがある。
「それじゃあ班分けをするよ。
キュルルとサーバルちゃん、カルガモさん、カラカルは食べ物を捕ってきてください。
私とルドウイークさんは火起こしとリンゴの用意をするからね」
バスを降りた我々にかばんはそう言った。
「はーい!行こうキュルルちゃん!お魚とるのたのしいよ!」
「えっと、うん!」
「はーい隊列を乱さないで!水辺には危険がいっぱいなんです!」
サーバルが真っ先に行動を示し、カルガモが隊列を組む。
なるほど上手い配置だ。
「薪と落ち葉は用意してあるので、私たちで用意しましょう」
「まあまずはかまどからだな。石で構わないかね?」
「はい、火付けにはこれを……」
かばんはポケットの中から松の枯れ葉と火付け石を取り出した。
「なるほど、松の葉か。私もかつてはよく使ったよ。これも使うと良い」
私は油壺を取り出してかばんに渡す。
松の葉は可燃性の松脂を良く含み、また形状から火がつきやすい。
冬の頃からそれを備蓄しておいたのだろう。賢明だ。
「油壺ですね!ありがとうございます!」
「では、かまど作りと薪割りは任せたまえ」
「はい!よろしくおねがいします!」
こうして我々は各自の作業に取りかかった。
大きめの石を3つ4つ使いかまどを作る。
ナイフで薪を割り、さらに薪から鉛筆程度の細さの火付けに適した木ぎれを。
それを削いで羽毛のような形に整えていく。
火付け用のフェザースティックだ。
「さすがに慣れてますね。ルドウイークさんも遺跡を探検したんですか?」
「ああ、私は墓暴きだ。あまり褒められた事ではないがね……
君こそ慣れた物だ。どこでそのサバイバルの知識を?」
かばんはリンゴをくりぬきながら答える。
それが果実であれ、薪であれ、人は削るという作業をしていると無心になってくる。
胸襟を開くには良い機会だろう。
「図書館で調べたり、ゲールマンさんに教わったりですね。
サーバルちゃんからも、いろんな事を教えてもらいました」
「なるほど、本を読み、師事をして、それを実行する環境があったわけだ」
我々は作業をあらかた終えてキュルル達を見る。
水辺で楽しそうに遊びながら魚や貝を捕っているようだ。
「はい、みんなすぐにはできなかったけど、
サーバルちゃんはいつも見守ってくれて……
絶対に見捨てないでくれました。
だから、今はサーバルちゃんを守りたいし、
キュルルちゃんにもそうしたいんです。
私がサーバルちゃんにしてもらったように……私は、できてるのかな……」
私は火打ち石で火をつける。何度かやれば、すぐに火が回り篝火ができた。
「……できているじゃあないかね。少なくとも、私よりはずっとね」
「ありがとうございます、ルドウイークさん」
こちらにカラカルとキュルルがやってくる。笑顔を顔に、手には魚の入った網を持って。
■
「ルドウイークさんは魚をお願いします。私は、貝とリンゴをしますね!」
「ああ、任されたよ」
「えっと、僕は?」
「じゃあキュルルはルドウイークさんとお魚をおねがいするね!」
「はい!」
私はナイフとまな板、魚を前にする。
さてどうしたものか……まあシンプルに塩焼きで良かろう。
「キュルル、初めて血を見る者には少々ショッキングかもしれない。
だが、食べると言うこととはそういうことだよ。直になれる」
「は、はい!」
「ではまず内臓を取り除く。腹からナイフを入れ、掻き出す。このようにね。
……大丈夫かね?」
「やってみます!」
キュルルはぎこちないながらも魚を調理していく。
「では内臓を洗い流し、背骨に対してうねるように串を入れる。
最初の内はなんどか失敗するかも知れないがそれで良いのだ」
「こうですか?」
少々不格好だが、十分だろう。
「よくやった。後は表面が白くなるまで塩をかけ、じっくりと火であぶる。
よくやったキュルルよ。さあ手を洗ってきたまえ」
「はい!どんな味になるのかな……」
「まあ、川魚だ。少々の臭みは許し給えよ」
キュルルは水辺に手を洗いに行き、私はゆっくりと魚を焼き始める。
こうして、青空の下で魚を焼くなどヤーナムでは考えられなかったことだ。
しかし、存外に悪くはない。
吹き抜ける風に降り注ぐ太陽。火と魚の匂い。
なんと開放的でさわやかなことか!
「なんだか良い匂いがしてきましたね……」
「お魚もおいしいよ!キュルルちゃんも頑張ってつくったんだもの!
みんなで食べたらきっとおいしいよ!」
サーバルが太陽のような笑顔で火を遠巻きに見つめる。
カラカルとカルガモも同様だ。
やはりけものに火は恐ろしいのだろう。
「かばんさんのほうはなんだか辛い匂いがしてきたんだけど、大丈夫かしら」
「池の貝類というのは臭みが強いものだ。香辛料があればそれを消せる。
むしろ上手い方だと言えるだろう」
これは……唐辛子か。あれは油と良く合う。
つまみに丁度良さそうだな。
「できたよ!お皿を用意するから待ってね!」
かばんが皿の上に串焼き魚とタニシの唐辛子炒めを乗せ、
別の皿に焼きリンゴを盛り付ける。
「じゃあ……いただきます!」
『いただきます!』
キュルルが焼き魚にかぶりつく。
最初は少し困惑していたが、やがてどんどん食べ始めた。
サーバルとカラカルは最初からむしゃむしゃとよく食べる。
「ちょっと苦い……でも、おいしい……!」
「池の魚とは、そんなものだ。
流れない水は淀み、そこにいる生き物を苦くしてしまう。
調理に工夫が必要というわけだ。
だが、上手く行ったようでよかったよ」
実際、なかなかうまい。
それ以上に空の下、風を感じながら食べることが最高の調味料なのだろう。
そして、気さくなフレンズたちと共に食べることも。
「お魚も貝もおいしいよ!後でりんごたべたらおみずのもうね!」
「むむ……辛いけどなんでか美味しいわね……りょうりって不思議だわ……」
「普段食べてるお魚や貝がこんなにおいしくなるなんて……!
かばんさん、いつもありがとうございます。とっても素敵なりょうりです」
フレンズ達は三者三様に料理に舌鼓を打っていた。
「あはは、ありがとう。
これもカルガモさんが池の生き物を捕ることを許してくれたおかげですよ!」
「うふふ、これならいつでも好きなだけ捕ってくれていいですからね!」
皆の顔に笑顔がこぼれた。
この温かさこそが最高のごちそうと言えるだろう。
キュルルを見る。彼もまた、自然に笑っていた。とても良い笑顔だった。
「じゃあ最後はりんごだね!」
「上手く出来てるといいけど……どうぞ、召し上がれ」
「こっちは甘い匂いがして美味しそうだわ!」
「これも素敵な匂いですね……!」
サーバルが先にリンゴにかじりつく。
じゅわっと柔らかくなった果肉が出て甘いバターと砂糖がこぼれ落ちる。
皆もそれに習ってまるごとかぶりつく。
「甘くって、すごくおいしい……!」
キュルルの顔もとろけるようにリラックスしてリンゴにかぶりついていた。
やはり、甘く暖かいものこそ傷ついた心を癒やすのにもっとも良いのだろう。
「ああ、これは懐かしいな……
だが、今まで食べたどの焼きリンゴよりも美味しいよ」
「そう言ってもらえるとうれしいですね。ありがとうございます!」
「それじゃーごちそうさまでした!」
『ごちそうさまでした!』
片付けを終えると日が少し傾いていた。
これは一日では終わりそうにないな……
「ふーっ、よく食べました……かばんさん、今日はどちらでお泊まりですか?」
「うーん、思ったより時間がかかっちゃったから、
今日はアヅアエンの駅の下でキャンプしようかなって思います」
「解りました!じゃあゲート前まで送ります!さあ出発しんこーう!」
ピピッと笛が鳴り、バスが再び動き出した。
満腹の我々は昼過ぎのまどろみに揺られながら進んでいく。
このまま、キュルルにも笑顔が戻れば良いのだが。
■
ゲート前でカルガモとの別れのためにバスが停車する。
「それじゃあ私はここまでで……」
「あっ!ちょっと待ってカルガモさん!」
キュルルはさっとスケッチブックのページを破くとカルガモに渡す。
「これは、私の絵ですか?」
「うん、色々ありがとう。今日の思い出に……
お礼、これくらいしかできないけど」
「ありがとうございます!
一人も欠けることなくみんな無事で、
こんな素敵なお礼までいただけるなんて!
大切にしますね!」
ここでかばんはバスから降りて透明な紙のようなものを取り出した。
「そのままだと、輝きをセルリアンに狙われちゃうから、これを使って下さい。
これなら、紙のままよりずっと長持ちするし……」
そう言うとキュルルの絵を透明な紙の中に入れた。
あれは透明な紙を二枚重ねて袋のようにしているらしい。
さらにテープで密封してカルガモに渡す。
「わあ!ぴかぴかしてなんだかきれいです!ありがとうございます!」
「かばんさん、それは……?」
キュルルが不思議そうにかばんに尋ねる。
「ただのクリアケースファイル……
ヒトが作った紙を保存するためのものみたいなんだ。
ありがとうの気持ちを絵に出来るのは素敵だね!
でも、注意した方が良いよ。
輝きには常にそれを狙うセルリアンがいるからね」
かばんはキュルルの頭を撫で、肯定を重きに置いてそう優しく警告した。
「セルリアン……ですか?」
「そう、一つ目の怪物でフレンズやヒトが作ったものは何でも狙ってくるんだ。
輝きは、それに込められた優しい想い……
だから、大切な物はこうやって輝きが漏れないようにしっかりしまっておいてね」
そう言ってかばんはクリアファイルとテープをキュルルに渡した。
「これは君にあげる。君の絵は輝きが沢山詰まった素敵な絵だからね」
「あっ、はい……僕の絵がセルリアンを……でも、これがあれば大丈夫なんですよね?」
「うん、それでもセルリアンは常に進化してるから気をつけてね」
「はい!ありがとうございます!」
二人は笑顔でバスに乗る。
どうなることかとひやひやしたが、どうやら上手く行ったようだ。
カルガモは手を振ると飛び立っていった。
「ありがとうございます!今日の思い出の絵!しっかりしまっておきますね!
では皆さん、私の案内はここまでです!お気をつけて!」
「ありがとうカルガモ!」
サーバルとカルガモが手を振り合う。
バスは橋を渡り次のエリアへと向かった。