「海来ちゃん、ちゃんと食べないと身体が持たないよ」
「――いいの」
夏フェスも近くなったある日のお昼ごはん。
夕凪と美空は、食パンや白ご飯などの炭水化物に野菜など、主食と副菜のバランスの良い食事にしているのだが、海来は簡易栄養食しか食べていない。しかも、その分量も少ない。
昼食にしては軽すぎる食事を終わらせた海来は、食堂をあとにした。
「それで、思い出した。夕凪、アンタも熱中症に気をつけなよ」
「熱中症……?」
聞きなれない症状を聞いたような反応をする夕凪。
「そ。今日みたいに暑い日は特にね。この前も、それで倒れて保健室で休んだあと、寮の部屋に休養を取らざるを得なくなった子もいたって」
「水分補給とかしてなくて?」
「それもあると思う。多分、身体にこもった熱を放出できずに倒れちゃったんじゃないかって」
「あー、なるほど……。それで、その子はその後どうなったの?」
「スポーツドリンクをこまめに取るようになったし、簡易冷却が出来るスプレーを使ったりしてるみたい」
「海来ちゃんもそうなりそう」
「夕凪もそう思う? それは私も思う」
――二人の予感は的中した。
-☆-◆-☆-
「……!」
海来が気がつくと、保健室の白い天井が目に飛び込んできた。
「……あれ……、私は……」
「レッスン室で倒れかけていたのよ」
保健医に言われ、何も返さなかった海来。
「偶然、彼女たちが見つけなかったら、どうなっていたか……」
「? ……彼女……たち……?」
起き上がって見ると、銀色の髪に青緑色の瞳を持つ、海来と同じぐらいの少女と、黒色の髪に濃茶色の瞳を持つ少女がそこに立っていた。
「やっぱりね」
「身体が持たないって私、言ったじゃない。……こんな気温で、あれだけしか食べなかったら、そりゃ、そうなるって、頭の悪い私でもわかるわよ」
「夕凪……美空……」
「それに、海来ちゃん、貴女は頑張りすぎるって、聞いたわよ。だから、無理しちゃ……」
「海来ちゃんが倒れたって聞いたから……! って、……あれ? 夕凪ちゃんがなんでそこに?」
保健室の入り口で、肩で息をするS4の制服を着た少女。……海来の姉、衣笠望海、その人であった。
「なんか心配だったんで、美組のレッスン室を見ていたら、ふらついて床に頭をぶつけかけた海来ちゃんの姿が見えたんで、美空と共に拾い上げて、保健室に連れてきたんです」
「ああ……。それはありがとう」
姉の来訪に海来は気まずそうな顔をしていた。
「私を越えようとして、限界までやろうとするから……」
立てると言いながら、手を差し伸ばした姉の手を振り払う海来。
そのまま、ベッドから降りてその場を去ってしまった。
その挙動に何も言えなかった望海。
「お言葉、かと思いますが」
「さっきのは流石に……」
「でも、海来ちゃんが、歩けるまで回復してくれてよかった」
どこか物憂げな顔をして、望海も保健室を出ていった。
「ただ事……じゃないね」
「このままは、まずいっしょ。ね、夕凪」
「モチのロンよ。……ふふっ、美空のお節介が感染っちゃった」
「ふふっ、ごめんしてー。……それじゃ、行きましょうか」
歩けるまで回復したとはいえ、おぼつかない足取りの海来の後を追う美空。
「待って!」
その言葉に振り向く海来。
「これからどうするの。まさか、またするんじゃないでしょうね……」
「流石に、寮に戻るわ」
「ああ、そうよね……。なんか心配になっちゃってさ。――姉を越えたいっていうのはわかるけど、自分を殺しちゃうのは良くないんじゃない?」
「美空には関係ないでしょ」
「あるよ! そりゃ、アンタとは友達とはいえない関係かもしれないけど、私は、一度知り合った人は、気にするタイプなの! ……本当は、あの時だってお姉さんに心配してもらって嬉しかったんじゃないの?」
海来に避けられてもいい、と、そう思いながら、はっきりと思ったことを口に出す美空。
図星だったのか、顔が険しくなる海来。前を向いて、そのまま歩みを始めるが、左にふらついてしまう。
「ッ!」
「――! ……っと……。なんとかぁ……なったかしらね……」
とっさの反応だった。倒れそうになった海来を片腕で引っ張って、抱え込むように受け止める美空。
「美空……」
「全く。……一緒に戻ってあげるから、行きましょ」
「ごめん……」
「いいのいいの。……そのかわり、どうしてお姉さんに対抗心やら何やらを燃やすキッカケ、今度は話しなさいよね?」
「そう……だったわね……」
美空に要所要所支えられながら、寮まで歩く海来。その道中で、美空に言われた内容を話していた。
-☆-★-☆-
「なるほどね。やっぱり、仲直りしたいっていうのは、お互いにありそうね」
海来が倒れた翌日。美空は昼食を食べながら、海来から聞いた話を、夕凪に話していた。
「海来の口からも聞いた。お姉ちゃんが何をするにもほとんど一緒だったって。
そんなお姉ちゃんが好きだったけど、学園に入る、って言い出した時は、少しムッとしたみたい」
「境遇がほんのすこし似ているね」
「そっか。夕凪は母親に反対されたけど、学園に入学したんだっけ」
「そうそう。……結局、姉を追いかけて入学したって言うなら、もうこれ役満じゃない」
「役満……?」
「実は、どっちも仲直りしたいっていう気持ちが、ってことよ。……さて、これをどう仕掛けるか……」
「キッカケさえ作ってあげれば、後は野となれ山となれ、ってヤツ?」
「そうそう。……あ、海来ちゃん」
濃い茶色の瞳に淡い茶色の髪色の少女が、トレイを持っていた。
そのトレイにはサンドイッチと小さめの器、長方形の紙パック飲料が乗っかっていた。
「ふふっ。ホント、いい子なんだね、海来ちゃん」
にこやかな顔をしながら言う夕凪。
「きょっ、……今日はたまたまよ、たまたまっ」
海来は言いながらも、夕凪と対面する位置で座る。
「ねえ、夕凪」
「ンッ、お?」
鶏もも肉を口に運んでから反応する夕凪。
「美空から聞いたんだけど、お姉ちゃんとも会う機会があるんだって……?」
「んくっ。……ン、そうだよ。理由はわからないけど、望海先輩……、海来ちゃんのお姉さんに目をつけられてさ……。たはは……」
「夕凪って可愛いのかな」
海来の何気ない一言に、夕凪の箸が止まった。
「うーん……。可愛い、ではないだろうけど、涼風先輩と同じような見た目だからじゃないかな?」と、美空がフォロー。
「涼風さんと同じ……。とすると、夕凪はハーフなの?」
「まあ、ね……。でも、この見た目、あまり好きじゃなかったけど、涼風様が愛してくれたから……」
今度は、海来のサンドイッチを掴んだ手が止まった。
「マジで言ってるの?」
「言ってるけど……」
「ちょっとびっくり。涼風さんがそんなところまでいっていたなんて……」
「ン? 海来ちゃん、涼風様と知り合い……、なんだよね?」
「そうだよ。お姉ちゃんと仲いいし、私も会ったことあるよ。……私が知り合った時は、まだそういう人じゃなかった気がするけど」
「そうなんだ」
「まあ、私は、別に女の子が女の子を好きになる、っていうのは良いんじゃないかなって思うの。お姉ちゃんがお姉ちゃんだしね……」
「なるほど。……じゃあ、今度会った時に言えばいいのかな」
「お願いしちゃっていい……?」
もちろん、と夕凪は首を縦に振った。
-☆-★-☆-
いよいよ、夏フェスが明日となったその日の夜。
海来は、中央にある校舎から見て左の噴水前で、姉の登場を待っていた。
「おまたせ」
「来てくれたんだ、お姉ちゃん……」
「――夕凪ちゃんから、話は聞いたわ。……海来ちゃんの方からそういう提案してくるなんて、思ってもみなかったから」
「お姉ちゃん、ごめん」
海来の謝罪の言葉に、微笑みながら頷く望海。
「お姉ちゃんが海来ちゃんに何も言わずに、学園に行ったことが気に入らなくて、それで……かしら」
「そう……。だから……」
「――海来ちゃん」
「うん」
「それならそうと、ちゃんと言葉にしてくれなきゃ……ね?」
「うん」
「ツンケンな態度されても、お姉ちゃんは海来ちゃんのお姉ちゃんだし、ね」
「うん……」
「だから……。今度から、ちゃんと言葉にしてね。……心配だから」
「うん……。お姉ちゃん……」
海来は、姉の望海に抱きつくように飛び込んだ。
「ふふっ……」
◇
夕凪と涼風は、衣笠姉妹の仲直りを影で見ていた。
「ふぅ……よかったよかった」
「やったぜ、ですかね」
「そうだね。ユウちゃん、グッジョブ」
「……それで、なんですけど」
「夏フェス、だね。……あの二人には負けてられないよね?」
「ですね」
「……さ、冷えちゃうから帰ろっか」
あの二人は、これから衝突することはあっても、すぐにもとに戻るだろうと確信した夕凪と涼風は、それぞれ自分のいるべき場所へと戻っていった。