【完結】僕は、ポケモンを燃やした   作:@早蕨@

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【十二】

「君、そんなに急いでどうしたんだ?」

 息も絶え絶えな僕を見て、声をかけてきたのはカツラさんだった。

「カ、カツラさん」

「一体どうしたというんだ」

「いや、何が、あったという、訳ではないんですが」

「話してみなさい」

 ケーシィが尋常ではない程怯えている事。後ろからついて来る男がいた事。例の事件を思い出し、恐ろしくなって走り続けていた事。一気にそれらを説明すると、カツラさんはふむ、と考え込むように口髭を触った。

「その事件か。まったくもって理解出来ない。同じ人間であることを疑いたくなる行為だ」

 カツラさんは露骨に不快そうな顔をする。

「どうなってるんですかタマムシ警察は、どうして、早く捕まえないんですか」

「時間の問題だとは思うよ。タマムシ警察は有能だから」

 カツラさんは僕が落ち着いたのを確認すると、両肩に手を置いて、神妙な面持ちで僕を見た。

「後ろからついて来た奴の顔は?」

「見ていません。暗くて、よく見えませんでした」

「恰好は?」

「ジャージ姿だったと思います。色は、正確には言えません。黒だったかもしれないし、紺だったかもしれないし。とにかく恐ろしくて」

「声や、手持ちのポケモンも、確認は出来ていないね。いや、まずは君達が無事だったことを喜ぶべきだな」

 カツラさんはそう言って僕の両肩をポンポンと叩いた。

「私が送ろう。一応ジムリーダーだ。護衛に不足はないだろう」

 確かにカツラさん程の人が一緒に居てくれるのなら心強い。ケーシィも安心出来るかもしれない。

 ついてきなさい、とカツラさんに先導され、僕たちは再び歩き出した。繁華街の真ん中に、一本伸びている大きな道路に着くと、カツラさんは走っていたタクシーを呼びとめ、乗り込んだ。

「乗りなさい。家までは私が保証しよう」

 僕らも乗り込み、住所を伝えるとタクシーは走りだす。この場所を離れられる。流れる景色が、僕を安心させた。

「災難だったね。夜遅くに、なるべく出歩かない方が良いよ。戦えるポケモンを持っていないのだから、その辺は気を付けることだよ」

「わかりました。気を付けるようにします。でもカツラさんは、どうしてあの辺に?」

「タマムシにはまだ私の行きつけがいくつかあってね。次のところへ行こうとふらふらしていたところだったんだよ」

 結構飲んでいた気がするが、まだどこかへ行く気だったのか。

「私はね、例の事件に対して、非常に怒りを覚えているんだ。ポケモンを燃やしたくて燃やすなんて、言語道断。炎ポケモンのエキスパートとしても、一トレーナーとしても絶対に許せない。金のため、武力のためにポケモンを扱う奴らの方がまだ分かりやすい。まるで燃やして遊んでいるかのような行為を、私は全力で嫌悪する。本当は自分のジムの管轄ではないから勝手は出来ないんだが、こればかりはね。無理を聞いてもらっているんだ」

「そう、なんですね」

 小さい頃の行いに対して、向き合っている事を真面目だと言ってくれた。僕の後悔は遅くない。まだ間に合っている。取り返せる。そう言ってくれたカツラさんの、語気を強めた言葉だからこそ、言いようもない罪悪感に包まれた。

 それ以降、カツラさんも口数少なく、僕も何も喋らないまま窓の外を流れる景色を眺め続けた。この町で、今もどこかでポケモンを燃やしている奴がいる。僕と同じ事をやっている奴がいる。

 何故燃やしたのか。僕自身でもそれはよく分かっていない。もしかしたら、犯人と同じなのかもしれない。僕はそっち側の人間なんだと思ったら、とてもじゃないがやっぱりトレーナーなんて名乗れない気がした。

「着いたのかな? お金はいいから、今日は帰ってケーシィとゆっくり眠りなさい。いいね」

 カツラさんは元の優しい口調だった。僕がポケモンを燃やした事を知らないからだ。

「ありがとうございました」

「これ、私の連絡先だから、何かあったら連絡しなさい」

 最後に名刺をもらって、タクシーを降りる。カツラさんはにこやかに、無事で良かった、というような顔を浮かべて去っていった。向けられた顔を、僕はちらと見るだけで直視出来なかった。

 ケーシィの震えはようやく止まっていた。顔を上げ、甲高い声で一鳴きすると、また僕の胸に頭をもぞもぞと押し当て、静かになった。

 落ち着いてくれて良かった。

「……今、落ち着いた?」

 僕はまた薄ら寒くなった。ケーシィはとても警戒心が強いポケモンだ。きっと自分に向けられた悪意や感情を察知することに優れているだろう。車を降りて、タクシーが去っていった途端震えが止まって落ち着いたのは、間違いない。

 後ろからついて来ていた男は多分ジャージを着ていた。スーツではなかった。ただ何色なのかまでは正確にはよく分からない。顔も声も分からない。それを念入りに確認してきたのは誰だ?

 いや、そんな馬鹿な事があるか。恐怖で疑心暗鬼にでもなっているのか。そんな訳ない。怯えていたケーシィが、家の近くまで来たから落ち着いたのだろう。そうに決まってる。

 もらった名刺の名前を一瞥し、僕は乱暴にポケットに仕舞い込んだ。

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