【完結】僕は、ポケモンを燃やした   作:@早蕨@

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【三】

 成人祝いでひたすら飲まされた僕は、覚束ない足取りで家路へついた。実家ではなく、バイト先の同僚、綾子の1Kのアパート。

 インターフォンを押して、返事も待たずドアを開ける。

「何、酔っ払ってんの? 酒臭いよ」

「酔っ払ってる」

 迎えに出てきてくれた綾子を横切り、ふらふらしながら廊下を歩く。流し台に置いてあった綾子のコップをひっつかみ、水を入れて一気に喉へ流し込んだ。口の中のアルコール臭さが消えるわけではないが、幾分か気分がすっきりする。

「貫太が酒飲むなんて珍しいじゃん。友達いないくせに」

「綾子がいるよ」

「私とだって飲まないでしょ」

 会話を勝手に切り上げて、僕はベッドへ飛び込んだ。いい匂いがする。気分は未だ最悪だが、この匂いがあればゆっくりと眠れそうだった。

「誰と飲んでたの?」

 部屋へ戻ってきた綾子が、壁を背に立膝で煙草に火を着けた。長い脚。その長い脚が妖精ポケモンのように綺麗な色をしていて、美しいのを僕はよく知っている。

「権田さん」

「珍しいねまた」

 権田は、店長の苗字だ。綾子は店長の事を権田さんと呼ぶ。理由は聞いたことないが綾子がそう呼ぶので、一緒にいる時は僕まで権田さんと呼んでいた。

「スロットして、その金で飲み屋。変な人だよな」

「あの人は博打と店しか知らないからね。でもその様子だと、勝ったんだ。負けてたら権田さん機嫌最悪で帰されてたよ」

「やっぱそうなの?」

「店でも機嫌悪い時あるの知ってるでしょ」

 灰を落とす指の動作一つ一つが綺麗だ。

「知ってるけど、成人祝いで誘っておいて、負けたからって帰すかな」

「そういう人よ」

「随分詳しいんだね」

 綾子の吐いた煙が、天井へ上がっていく。会話が数舜程膠着した。

「随分、詳しいよね」

「そうでもないって」

 煙草を灰皿へ押し潰し、綾子は立ち上がる。

「今日はもう早く寝な。ベッドで吐いたら殴るから」

 去り行く足音。バスルームの空く音。そういえば綾子は祝ってくれないのかな、と小さな願望が一瞬頭を過ったが、シャワー音を聞いていると、僕は急激な眠気に襲われ、そのまま意識を落とした。

 

 

 朝起きると、脳がまだふんわり浮いているかのようで、頭がガンガンして、明らかに二日酔いだった。

「おはよう」

 綾子は昨日僕が寝る直前に見た時と同じ座り方で部屋にいる。

「おはよう。二日酔いだね」

「うん。きついけど、起きられない程じゃない」

 酒が抜けきらない身体を無理やり起こし、僕はベッドから這い出て立ち上がる。

「ごめん、寝床取っちゃって。昨日眠れなかった?」

「寝たよ。貫太の隣」

「そっか」

「朝は?」

「味噌汁飲みたい」

「いいよ」

 綾子はバイト先の先輩だ。一生懸命働くんだね、と声をかけられてから何となく仲良くなり、気づけば一緒に住むようになった。付き合ってる訳でもない。親友な訳でもない。でも、一緒にいると心地よい。綾子はあまり自分のことを話さなくても一緒にいるのが楽だから、と僕のことを気に入ってくれている。そしてそれは僕も同じだった。

 一人でいるのは寂しい。綾子がしおらしい事を言ったのは、僕が最初にこの家に来た晩だけだ。

「シャワー浴びてくる」

「ごはんはいらないよね」

 綾子の質問にいらない、とだけ返して、僕はバスルームで熱いシャワーを頭から被った。汚れとともに、まとわりついている二日酔いの嫌な感じも落ちていくし、気分もすっきりする。

 バスルームには、柄のついたトランセル型のボディブラシが置いてある、それ以外にも、ポケモンが描かれた布団を使っているし、同じような小物や柄物が多かった。好きなんだろう、と思ったから特に何も聞いていない。綾子もトレーナーではないからポケモンを持っていないし、持とうと言う話も聞いたことがなかった。

 バスルームを出ると、綾子が台所で味噌汁を作ってくれている。いい香りがする。豆腐とわかめ。僕が好きな具だ。

「もう出来るから、座ってて」

「うん」

 大分すっきりした身体になり、新しい服に着替えてから僕はゆっくりと腰を落ち着ける。今日はバイトだから、それまで大人しくしていたいところだ。

「食べな」

「ありがと」

 コト、と丸テーブルに置かれたお椀。立ち上る湯気。味噌のいい匂い。酒でどうにもどこか重い身体に、とても染みそうだ。綾子は僕の横に脚を伸ばして腰かけ、テレビをつけた。

「そういえばさ、最近ポケモンが行方不明になってる事件って知ってる?」

 ニュースを見ながら、そんな事件があったことを思い出す。

「ネットで見たよ。タマムシで起きてる事件でしょ? 行方不明になってるだけじゃなくて、中には燃やされた死体が出てきてるってやつ」

 作ってもらった温かい味噌汁をゆっくり飲んでいると、二日酔いの身体に効いてくる。

「そう、それ」

「それがどうしたの?」

「何のために燃やすんだろう」

 何のために。そんなのわかる訳がない。ポケモンを燃やして殺す理由なんかあってたまるか。それは人だろうがポケモンだろうが同じだ。

「燃やしたいから燃やすんだろうけど、どうして燃やしたいかなんてわかんないよ」

「あ、ほら、これこれ、このニュース」

 テレビのニュースでは、丁度事件の話をしていた。被害者が所持しているモンスターボールへ戻せるかどうかで判別するらしく、見つかった死体全てが行方不明になったポケモンであることが判明しているとのことだ。狙われているのは小さいポケモンばかり。お金になりそうな珍しいポケモンというよりは、誘拐しやすそうなポケモンを狙ったという感じだ。一人でやっているのかもしれない。本当に燃やすためだけに選んでいるのだとしたら、それは本当に理解不能な異常者だ。

「ひどいね本当に。早く捕まればいいけど」

 綾子は露骨に不快そうな顔を浮かべていた。あまり感情を表に出すこともないので、その表情は珍しかった。

「なんか、思うところあるの?」

「ちょっとね」

「そっか」

 テレビには、燃やされたポケモンの名前が羅列され、注意喚起と共に防犯強化を促している。僕でも知っているし、店に来るトレーナー達が所持しているポケモンが多い。ポッポ、コラッタ、マダツボミ、色々並ぶ名前から、ふと頭に記憶した名前が思い浮かんだ。

「ケーシィか」

 ゲームコーナーにあった、一番安いポケモン。あそこに並んだポケモンなんて、燃やす対象としては一番足がつきにくそうだ。

「……ねえ綾子。僕がポケモンを持つって言ったら、どう思う?」

「貫太がポケモンを? ポケモンのこと全然知らないのに?」

「やっぱり駄目?」

「駄目というか、なんでそんな気になったのかそっちの方が気になる。どっちかというとポケモンを持つの怖がってたというか、遠ざけてたじゃん。嫌いなんだと思ってたけど」

「嫌いだったらあんなところでバイトなんかしてないよ」

「それもそうね」

 何故ポケモンを持つ気になったのか、何故そんな事を口走ったのか、正確に説明することは今は出来なかった。少なくともあのケーシィが可哀想だから、という訳ではないと思う。こんなニュースが流れていて、標的になりそうだから引き取りたい、というのも違う。それならあそこに並んでいるポケモン達全員引き取らないと変な話だ。では何故なのか。わからないが、あそこにいるポケモンならば持てると、僕は今そう思っている。

「理由は、話せない。今は自分でもうまく説明出来ない」

「捕まえるにしても、貫太ポケモンを持ってないでしょ。借りてくるの?」

「いや、捕まえるんじゃないんだ」

「捕まえないの?」

「捕まえない。ゲームコーナーのポケモンだから」

「そう。じゃあ、また勝たなきゃね」

 ふうん、と綾子はもう半ば興味を失いかけていた。ポケモンを持つ僕を綾子が嫌だと言えば持たないつもりだったが、特に嫌な訳でもなさそうだ。

 バイトまで時間はある。今日はゆっくりしていようと思ったが、もう一度あのゲームコーナーへ行ってみよう。

「綾子も一緒にゲームコーナー行く?」

「行かない。お金がもったいない。後、ポケモンを持つならいろいろ調べておきなよ。放っておいたら嫌われるよ」

「わかってるよ。やれるだけは、やるつもり」

 言ったはいいが、自分がポケモンを持つところなんてまだ想像出来ない。何がやれるのかもわからない。

 それに、自分がポケモンを持って良いなんて思ったこともなかった。あの事件の犯人と同じ事をしたことがある奴なんて、トレーナーの資格があるとは思えない。

 何故ポケモンを持ちたいのか。燃やしたいからではない。そうではない。絶対に違う。それだけは断言出来る。なら何故。ただのきまぐれか、ケーシィを不憫に思ったのか。

 今までだって、捨てられたポケモンとか、迷子のポケモンなんていくらでも見てきた。

 ケーシィの何に惹かれたのか、自分でも本当にわからない。

 テレビでは、既に例の事件から次のニュースへ移っていた。

「多分さ、燃やしている人って普通の人なんだよ。普段は私達と同じように生活している人だけど、ちょっと人とずれた感覚を持っているというか、この社会では認めてもらえない性癖みたいなものを持ってるんだと思う」

 それはある意味で、半分正しい。

「それが、僕だったら?」

 綾子はきつく僕を睨んだ。冗談でもちゃかすような返答が気に障ったようだ。

「笑えない」

 かつてない不快感を示していた。僕が犯人だと、綾子は嫌なのだ。それはそれで、嬉しいが。

「貫太が何をしていてもいいけど、ポケモンを燃やすのはだめだね」

「わかってる。じゃ、僕はもう行くよ。味噌汁ありがとう、おいしかったよ」

 適当に返答し、僕は二日酔いの身体に鞭打ってアパートから逃げるように出た。カンカン、とアパートの階段を降りていると、踏み外しそうになるくらいには動揺していた。

 僕は、ポケモンを燃やした。

 その事実は揺るがない。

 そしてその事実に、僕は今この歳になって改めて怯えている。

 あのニュースが、色々な事を思い起こさせた。

 何故綾子があれだけきつい顔をしていたのかわからないが、僕の事を咎めているようで、生きた心地がしなかった。普段はどんなニュースにも大した興味を示さない綾子が、何故あれだけ憤っているのか。理由を尋ねるのは難しそうだ。

 このざわつく気持ちを抑えるには、スロットでも打つのが良いだろう。

 僕は今日もまた、ゲームコーナーへ足を運ぶ。

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