【完結】僕は、ポケモンを燃やした   作:@早蕨@

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【三十七】

 僕は何も返答出来なかった。

 少年の言葉を前に、固まるしかなかった。返して? ケーシィは僕の友達だ。短い間でも一緒にいて、良い関係を築けていると思っている。きっとケーシィだってそう思ってくれているに違いない。

 でも、元の持ち主が現れた。僕はただゲームコーナーで引き取ったに過ぎない。

 もしこの少年が自分の意思ではなくケーシィを失ったのだとしたら、返してやるべきなのだろうか。

 自分のポケモンを失う、という事実が思ったよりもずっとずっと大きい事に僕は動揺していた。ケーシィ次第だとは思うが、僕だって今はトレーナーの端くれ。もし少年に返すんだとしても、ちゃんとケーシィが幸せな暮らしが出来ると確認出来なければ渡したくない。

 固まった空気を突き破るように、僕と少年の間に入ってくれたのは綾子だった。優しく話しかけ事情を聞いてくれたのだが、少年はただ僕のケーシィなんだ、返してよと突っ張るばかり。

 綾子のおかげで、口をぱくぱくさせる事しか出来なかった僕も、「事情が聞けないと渡すわけにはいかないんだ」と伝える事が出来た。いきなり返して、と言われてはいそうですかとはいかない。

 恨みが籠ったような目でただただ返してと突っ張り続ける少年に、綾子はじゃあ確かめよう、と言い出した。返して、と言われてただ返さないと言い合っているだけでは埒が明かないので、少しでも進展させようというのだ。

 僕も、それは確かめなければならない時が来るんじゃないかと思っていた。このモンスターボールは、僕の所有物ではない。それは間違いない。

 ケーシィのルーツは知りたいと思っていたし、どういう事情であのゲームコーナーにいたのか調べる事は、テレポートを使えるようにする手掛かりにもなると思っていた。

 モンスターボールを調べこの子のものだと判断出来れば、ケーシィのおやはこの子だという事になる。それがきちんと判明してから、話をしていこう。綾子が僕の代わりに説明すると、少年は「わかった」と言い、折れた。

 僕達はその約束だけ取り付けて、連絡先を渡した。少年は携帯も何も持っていなかったので、これから予定があるから明日の昼間に僕の携帯へ電話をくれ、というところで場を収めた綾子には、感謝するしかない。

 沙穂さんにはごめんねとだけ伝え別れ、逃げるように少年から離れ、上階の里中さんのところへ戻った僕は、もうバトルを楽しめる状態ではなかった。何かに気付いた里中さんは、「随分暗い顔してるけど、喧嘩でもしたの?」と耳打ち。喧嘩するだけの方がどれだけ良かったか。

 半ば放心状態のまま、バトルを何度か見た後、明らかに様子の違う僕を見て、里中さんは「今日はこの辺にしようか」と切り上げ、気を付けて帰ってねと去って行った。連れてきてもらっておいて、申し訳ない。いずれこの埋め合わせはしなければ。

 綾子にもすいませんと謝らせてしまった。動揺しているとはいえ、二人には申し訳ないことをした。

 とりあえず明日には伸ばせたが、状況は何も変わっていない。僕の中できちんと整理をつけなければいけない。

 抱いているケーシィは、少年が目の前にいる時もずっと僕のところから離れなかった。一緒にいたいと思う方にいてくれるのが多分一番良いのだが、ケーシィだけに判断を押し付けるのは、無責任である気もした。

 僕自身もきちんと考えなくてはならない。自分の気持ちも、ケーシィの気持ちも、大切な物に間違いない。

 その日の夜はバイトだった。無心で勤務時間を過ごした。疲れで鈍って来る思考が、今は逆に心地よい。考えなくてはいけないのだが、考えたくない自分もいる。ケーシィと離れる可能性を、少しでも考えたくないのだ。

 僕はケーシィが大好きだった。

 あの小さな身体。無表情に見えて、時折見せる崩した表情。外に行くんだとなると、肩に両足をかけ、僕の頭に手が乗る感触。初めて他のポケモンと仲良くなっている時に見た、燥ぐ姿。

 どれもこれも大切で、もうそんな姿が見られなくなって、どこかへ行ってしまう。それが耐えきれない。

 あの少年から電話が来ても、無視してしまおうか。

 綾子は、もうケーシィは貫太のポケモンなんだから、それを突き通しても良いんじゃないかと言った。あの子ちょっと怪しいよ、と言うのも分かる。

 僕が自分でケーシィを捕まえていれば、当然無視だ。

 だが、そうじゃないのだ。僕はただゲームコーナーから引き取っただけ。どうしてもその事実が、無視を躊躇わせた。失う気持ちが少し分かってしまったからこそ、あの少年が辛い気持ちを抱えていたらと考えてしまう。

 いくら考えても、思考は堂々巡っている。

 バイトが終わり、綾子と二人アパートへ帰り、並んでベッドに横たわりながらこれまでの日々と今日一日を何度も思い返す。

 ケーシィは随分甘えたで、今日は寝床ではなく僕の胸の上でぺとんと俯せになっている。その小さく柔らかな身体を撫でながら、眠れない夜を僕は過ごした。

「罰、なのかなあ」

 独り言ちて、僕は真っ暗な部屋で目を閉じる。

 あと何回思い返せば、今日は眠れるだろう。

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