【完結】僕は、ポケモンを燃やした   作:@早蕨@

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【八】

 自分に苛ついていきり立ったままでは、とてもではないけど帰れない。図書館を出て外をふらつき、時間を置いてから綾子の家へ戻った。

「じゃあ私バイト行ってくるからね。ケーシィにちゃんとご飯あげるんだよ」

「わかってる」

 出かけて行った綾子。残されたのは、僕とケーシィ。初めてボールから出した時と同じ体勢で、机の上に座っている。僕も同じ体勢で、そっと隣に座る。ケーシィと触れ合う事に多少慣れてきたのか、ケーシィが僕に慣れてきたのか、最初程のびくつきはないが、やはり人が近くに寄ると一瞬その場から離れようとする動きは、変わらなかった。

「お前のしたいようにしていいんだからな」

 頭をわしわしと撫でると、ケーシィは嬉しそうに鳴く。嬉しそうに、なんていうのは僕の勝手な想像かもしれない。それでも、隣に座った僕の足の間へもぞもぞ入ってきて、すっぽり収まったケーシィの姿を見ていると、嬉しそうにしていると思いたい。

「外で晩飯にしようか」

 少しでもケーシィが安心して、びくつかずに暮らせるようになってほしい。僕の身体が空く時間で、ケーシィの負担にならない範囲で外を一緒に出歩くのは、悪くないと思う。

 家の中にずっと居るよりは、良いだろう。

「よし、行こうか」

 ケーシィを抱いて立ち上がる。財布と携帯だけポケットに入っているのを確認していると、ケーシィは理解したのかふわふわ浮いて肩に両足を掛ける。頭の上に手を置いて、準備完了ということだろうか。肩車が気に入っているらしい。

「ポケモンフーズばっかりじゃ飽きるもんな。何がいいかな」

 一緒に入れる店だとすると、自分の働いている店でもいいが、今日はそうじゃない。ケーシィと町を歩いて初めて入るお店が良い。

 僕とケーシィだけが知っている事を作るのは、こそばゆくも嬉しかった。

 昼間は随分と偉そうな事を考えていたが、どう育てるとかどう接するとか、そうじゃないかもしれない。僕の感覚的には、ただの友達でいたい。難しい事は僕にはまだ理解出来ないし、上から目線で接するのではなく、対等でいた方が良い。友達のいない僕には、それはとても喜ばしい事だった。

 

 

 

 タマムシの夜は明るい。裏手に入っても店の明かりがいくつも灯っていて、人で賑わっている。赤提灯がぶら下がったお店や、ピンクの看板がチカチカするお店、黒塗りの扉が入りづらさを醸し出すバーなど、ケーシィと一緒に入るには苦しいお店が多い。とにかく、落ち着いて食事が出来るところへ行きたい。

「ずっとタマムシに住んでる癖に、全然良いお店とか知らないんだよなあ」

 綾子ともっといろんなところに出かければよかった、なんて思うが、外で食べようよ、と提案すると決まって綾子は私が作るからいい、と腕まくりを始めるのだ。

 そういえば、タマムシのポケモン誘拐事件はどうなっているのだろうか。犯人の目星でも付いているのだろうか。こうやって夜道を歩いているところを襲われでもしたら、僕はケーシィを守れない。

 タマムシとは言え、繁華街から外れて裏手へ入ればそれなりに暗い。

 ふらふら歩いていたら大分外れまで来てしまっていて、人も少なくなってきた。事件の事を考えると、無警戒にほっつき歩かない方が良いだろう。

「ここでいいかな」

 飲食街のメインストリートから外れ、何本か裏手にある、小さな店だった。真鍮の取っ手が付いた、重たそうな茶色い扉。磨りガラスの奥に、オレンジ色の照明が見える。小料理屋、というにはちょっと佇まいが寂しいが、物静かに食事が出来そうな雰囲気だ。少しお酒を入れるのもいいかもしれない。申し訳程度の暖簾をくぐって、真鍮の取っ手を引いた。こんなお店にケーシィと一緒に入るだなんて、少し緊張する。

 お店の中は外観どおり、木製のカウンター数席と、テーブルが数席の、こじんまりとした店だった。

「いらっしゃい。そちらへどうぞ」

 老夫婦でやっているお店だった。ふくよかで、笑顔のかわいいおばあさんと、白髪交じりの頭髪で、ぶすっとした職人気質なおじいさん。

 通された長椅子のカウンターに腰掛け、とりあえずビールと、ケーシィのミルクを頼む。

「あらあらあらあらケーシィちゃんにはちょっとテーブルが高いかしら。よかったらこれ使って。足りなかったら言ってね」

 大変な世話焼きなのが凄くわかる。大き目のクッションが渡され、ケーシィの下に敷いてやると、丁度良い高さになった。

 まさか成人して一回目の飲み屋が店長で、二回目がケーシィと来ることになるとは。わからないものだ。

「すいません、ポケモンを連れてきても大丈夫でした?」

「もちろん! ポケモン可って書いてあるの見なかった? もう紙がボロボロで字が見えないのだったかしら。お父さん、あれ書き直さなきゃだめねえ。あ、こんなにかわいいケーシィちゃんなんてもう大歓迎よ! かわいいわねえ、何食べたい?」

 笑顔で迫ってくる。その様に圧倒される。本当によく喋る人だ。でも嫌な感じが一つもしないし、心優しい方なんだとすぐにわかる。これだけ喋る人なら、旦那が無口くらいじゃないと釣り合わないのかもしれない。

「甘い物が好きだと思うんで、何か出してあげて下さい」

「お兄ちゃん、まだケーシィちゃんと出会って間もないでしょ」

「え? は、はい。どうしてわかるんですか?」

「ポケモンとの接し方が少しぎこちないからかしらねえ。後、甘い物が好きだとわかったからってそればっかりあげてるんでしょ。だめよ。色々な物を食べさせてあげないと。栄養が偏るのはよくないわ」

 す、すいません。と思わずおばあさんに謝ってしまう。ケーシィは、特に怯えもせずポカンとおばあさんの話に耳を傾けているようだった。警戒心もなさそうだし、居心地良さそうだ。

 正直、ケーシィが怯えてしょうがなかったら店はやめようかと思っていたが、ここまで居心地良さそうにされてしまうと、それはそれで嫉妬してしまう。ポケモンの扱いにも、人間の扱いにも慣れていそうなおばあさんに、初対面からトップスピードで懐に入られているのは、僕もケーシィも同じだった。

「じゃあ、ポケモンにおすすめの物をいくつかお願いします。僕にも何かおすすめのものをいくつかと、ビールを」

「はいはい! じゃあちょっと待っててね」

 奥で鍋をかき混ぜていたおじいさんも、話は聞いているのか、おばあさんの返事が入った途端に動き始める。

 いい店だな、と素直に思った。

「はいお待ち遠様。ビールとミルクね」

 ケーシィはコップに注がれたミルクを元気よく飲み出した。そんな嬉しそうな表情初めて見たぞ。

「そのミルク、ちょっとだけ甘くしてあるのよ。おいしいでしょ」

 おばあさんはにっこり顔。それにつられてケーシィもにっこりだ。これがポケモンを扱う人間の力なのかと、その不思議な力に呆気に取られる。

「元々トレーナーなんですか?」

「まさか。私にトレーナーなんて無理無理。元々はただの会社員よ。ただポケモンは大好きだから、自分のポケモンにあれこれ世話焼く事は多かったのよ。旅の途中、タマムシをほっつき歩いてたこの人と一緒になって、今はこの通り。もう何十年も前の話よ。元々料理をやりたいって言ってたから、思い切って二人で店を出したの」

 それがここまで長く続いているんだから、凄い話だ。うちの店長が雇われでああして働いているのも凄いと思うが、個人でここまでずっと続けているのは、長くお客がついているということだろうから、それも凄い事だ。

「ところで、そのケーシィちゃんとはどこで出会ったの?」

「は、はい、ええと」

 唐突に話を振られ、詰まってしまった。出会ったばかりを見透かされているならば、何もおかしい質問ではない。どこで捕獲したのか。どこで出会ったのか。トレーナーにする質問であれば、ごく自然な質問なのだろう。

 ただ、僕はすぐに答える事が出来なかった。

 ゲームコーナーで交換しました、と言えば終わりなのだが、何故ゲームコーナーでケーシィを? と聞かれたら僕はその先をうまく人に喋れない。

「ええと、人から預かっているポケモンで……」

 出た答えは、これが限界だった。

「別れるまでに、仲良くなれるといいわね」

 予想していなかったその返答に、誰かに強く叩かれたか様な衝撃を受け、ハっとした。 

 僕とケーシィは、ずっと一緒にいられるのだろうか。

 もしかしたら、ゲームコーナーにいる前は心優しいトレーナーのポケモンだったのかもしれない。

 ケーシィがどこかへ戻りたがっているのだとしたら、一緒にいられる時間は短いかもしれないし、いつかこいつが本当に安心して暮らしていける場所に、帰してやる時が来るのかもしれない。

 そんなの嫌だ、と思う素直な自分と、僕と一緒にいるよりそういう場所があるならその方がずっと良いだろう、と一歩引いた僕がいた。

「そ、そうですね]

 作った笑みは引きつっているのかもしれない。

 グラスに掴んで、ビールを一口。どうにも、取り繕えている気がしない。

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