天衣のお兄ちゃんの話   作:久遠_

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解説のおしごと

「鹿路庭さん、兄妹の師弟ってどう思います?」

「へ? なんですかいきなり」

 

 場所は東京。今日はネットメディアによる将棋中継の解説役の仕事だ。将棋を指すだけでなく、こうしたメディアの露出を伴う普及活動なんかも、棋士にとって大切な仕事であり収入源になる。

 

 中継開始前の控室で、姿見の前で念入りに自身の髪や服の乱れをチェックする、今日の聞き手を担当する鹿路庭さんに問いを投げる。

 

「妹が研修会に入会するんですよ。で、師匠を月光先生にお願いしようと思って話を通しておいたんですけど、本人は僕が良いって言うんです」

「選択肢が贅沢ですねえ。妹さんですか、別にお兄さんが師匠でも問題ないんじゃないですか?」

 

 鹿路庭さんは上半身だけをひねって、鹿路庭さんの背後に座っている僕に顔を向ける。ちょ、その姿勢胸が強調されるんですけど! エロい。眼福。目に毒。ダメだって。ちゃんと目を見て会話しろ。でも視線を引き寄せられる。しょうがないよ男だもん。これが世に言う乳トンの万有引力か……。

 

「将棋界初の兄妹師弟ってことで、初めから無駄に注目を背負うのもどうかと思うんですよね。ただでさえ僕の妹ってことで注目浴びるのに」

 

 成績が順調な時に注目されるのはいいんだけど、注目された上で負けが込むっていうのは、結構堪えるものだ。僕自身つい最近経験した、苦い記憶が頭をよぎる。もし過度に注目されて女流入りしておいてデビューでこけると、立ち直るのに相当時間が必要だろう。

 

「注目されるのはいいことじゃないですか? 対局の少ない女流では、知名度がそのまま対局以外の仕事に繋がりますよ? それに、どうせ夜叉神さんの妹って時点で、どうしても話題になりますよ。そこに何かプラスアルファしても、大したことじゃないと思います」

「そうなんです?」

「そうなんです。あの夜叉神八段の妹なんですから。それに、本人が夜叉神さんを希望しているんですから。深く考えすぎずに弟子にしてあげればいいじゃないですか」

 

 そうなのか……僕が深く考えすぎてるのかなあ。でも、確かに元々注目を集める土台はそろっているし。うまくいけば史上最年少で女流入りして、プロの妹で、しかもあれだけの容姿で。考えてみれば、これに更に付け加えてもおまけぐらいにしかならないってのは一理あるかも。

 

 

「みなさんこんにちは。本日は棋帝戦決勝トーナメント、名人対栃木八段の対局をお送りします! 聞き手を務めますのは私、女流棋士の鹿路庭です」

 

 中継が始まると、鹿路庭さんはこう、より輝いて見えるね。元々が綺麗な女性ってこともあるけど、衆目を集めることでよりイキイキするって感じだ。女流棋士でなくても、アイドルとかアナウンサーとかでも有名になったんじゃないかな。そういう意味では、そんなタレントが将棋界に来てくれたことは将棋界にとって大きなプラスだ。将棋に興味を持ってくれる人を新規に取り入れるには、将棋以外の部分で注目を集めることが重要だ。そういう意味では、天衣が過大に注目されることは将棋界全体を考えれば、絶対に良いことだ。

 

「本日の解説の先生をご紹介します。史上最年少で名人挑戦を果たした『開闢以来の天才』夜叉神蒼天八段です!」

「こんにちは。ご紹介に与りました夜叉神です。本日はよろしくおねがいします」

 

 なんか最近、御大層な二つ名で呼ばれることが増えた。個人的にはそれ、過大広告にもほどがあるから止めてほしいんだけど……。

 

 棋戦の説明を終え、その後番組はお決まりの定型的に進行して(スタッフが掲げるフリップを読み上げるだけ)両対局者の紹介に入る。

 

「先手を持ちますは栃木八段。栃木県栃木市出身で、ミスター栃木と呼ばれることもありますね。タイトルを獲ってもおかしくないと言われる実力を持ちながら、まだタイトルには手が届きません。念願の初タイトルに向け駒を進めたいところです。夜叉神先生は、栃木八段にどのような印象をお持ちでしょうか」

 

「はい、横歩取りが得意で、大ゴマがビュンビュン飛び交う派手な将棋を好む印象ですね。ただ最近は横歩取りが戦法として厳しくなってきたのですが、それでも決勝トーナメントまで勝ち上がってきたことは、確かな実力の証明だと思います」

「では対して後手の名人ですが、夜叉神先生はつい最近名人戦を名人と戦ってらっしゃいましたね。結果は4-0で惜しくも敗退となりましたが、どのような印象でしたでしょうか?」

 

 ここで鹿路庭さんからキラーパス! まだ生々しい敗戦の傷に触らないで! ただ、こういうぶっちゃけトークも視聴者の好むところで、そういう意味ではやはり鹿路庭さんは経験豊富なだけあり中継の盛り上げ上手と言える。

 

「せっかくフォローしてもらってもスイープ負けって言っちゃったら全然惜しさが無いじゃないですか! まだ新しい心の傷を抉らないで!」

 

 まあ名人の対局を解説する時点で、この話題を振られるのはわかってたからね。せっかく振ってもらったんだから大げさにリアクションしておこう。というか名人戦四連敗が記憶に新しい僕を解説に呼ぶ運営もなかなか鬼畜だよね。普及活動も大事な仕事だから受けるけどさ。

 

「話を戻して。名人についてですか……」

 

 名人。齢40の半ばを超えながらも、将棋界七タイトルのうち三冠を保持する、将棋界の頂点に君臨し続ける大棋士だ。ただ今期に入ってからはあまり成績が上がらず、 勝率は五割丁度。第三次「名人衰えたな」期に入っている。いや三冠で衰えたってなんやねん。

 

 確かに、名人の勝率に大きく貢献している僕との名人戦四連勝を除けば、勝率は3割台だから成績は下り坂とも言える。多分、年齢による衰えは確かにあって、かつてのようにすべての対局で力を出し切るのは難しくなっているんだろう。ただ、そのリソースを集中させた場合の強さは未だ健在だ。だって、名人戦の時この人鬼のように強かったからね? というか、七つのタイトルを独占しながら、つまりタイトル戦でトップオブトップの棋士たちばかりと対戦しながら8割を超える勝率を残した全盛期と比べれば、そりゃ常に衰えてるわ。名人衰えたな(当社比)。

 

 名人が将棋界に現れて以来、その圧倒的に輝く才能は、常に将棋界を照らしてきた。まるで太陽のように。その光はかつて地表を照らした月の光をも掻き消して、長く将棋界に安定をもたらした。この20年余り、間違いなく将棋界は、名人の統治下にあった。その日が一時的に沈むことはあれど、また当然のように昇ってくると、多くの人に信じられている。本来彼を敵としてみなさなければならない同業の棋士でさえもだ。

 

 結局何が言いたいかというと、名人はその輝きを失ってはいないということだ。

 

 

 

 

 

 将棋は角換わりの定跡形となり、中盤で名人がリードを奪いかけていて、そこで栃木八段が長考に沈む。鹿路庭さんが爆弾を投下してきたのは、そんな時だった。

 

「そういえば夜叉神先生には、女流棋士を目指して研修会入りを控える妹さんがいるんですよね?」

「はい、年の離れた9歳の妹がいまして。先日、研修会を受験しようと決めたところなんですよ」

「それで、他の先生に師匠を頼もうとしたら、妹さんにお兄ちゃんがいいって言われたんですよね? 兄弟で仲が良いんですねー」

 

 ちょっと!? 何言ってんの!?  今日は日曜日だから、多分天衣も僕が解説する中継見てくれてるのに! 天衣は照れると攻撃的になるタイプだから、今日帰った後の俺が怒られちゃうじゃん!

 

「いやー、そういうニュアンスでは無かったですけどね。兄である僕の方が面倒が少ないっていうか」

「お兄ちゃんの一番弟子がいい! ですもんねぇ。そうとう慕われてるっていうか、兄妹愛が深いのがわかりますね!」

 

 ……ああ、天衣が顔を真っ赤にしてるのが想像つく。噴火寸前って感じの。帰った後、機嫌取るの苦労しそうだなぁ。





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