天衣のお兄ちゃんの話   作:久遠_

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ライバル

 ここは時間の使いどころだ。棋士としての本能がそう叫んでいる。しかし、僕に残された時間は僅かしかない。決めるしかない。候補は三択。さあ、どうする……?

 

 対局は、棋帝戦決勝トーナメントの第一回戦。予選を勝ち抜いた棋士とシード保持者の16人でトーナメント戦を行い、優勝者が棋帝への挑戦権を得る。僕は去年のこのトーナメントでベスト4に入っていたため、シード権を行使しての出場だ。棋帝挑戦へ向けてあと四勝。

 

 そんな将棋で、僕は選択を迫られていた。ただいまの時間は11時半。昼休みに入る前の、重要な選択になる。

 

 「カキフライ定食か、チキンカツ定食か、はたまた唐揚げ定食か……」

 

 そう、昼食注文である。

 

 たかが食事と侮るなかれ。将棋とは頭脳の格闘技だ。脳とは、人体の中で最もエネルギーを消費する器官。その脳を何時間もフル稼働させるものだから、食事でエネルギーを補給することは大変重要なことなのだ。あと、食べると気分もリフレッシュするしね。

 

 将棋? 将棋の方は僕の得意な力戦系の乱戦に持ち込んで、形勢はこちらやや優勢ってところだ。持ち時間も相手の方が一時間強多く消費していることを考えると、こちらはかなり気分が良い局面だろう。将棋で気分が良い時は、食事も気分よくガツンといくに限る。

 

 僕が長考に沈んでいると、将棋会館職員の方から、まだ決まりませんかと声がかかる。ええいままよ!

 

「唐揚げ定食で! ああいや、唐揚げ定食に唐揚げ三つ追加!」

 

 財布を取りだして職員さんにお金を渡す。その後、同様に対局相手にも注文を聞いて、相手はアロエのヨーグルトを頼んでいた。これはこの人が元からの小食でなければ、相当この局面を悪く見ている証拠だ。飯なんて食べてる場合じゃないから、軽いものでパッと済ませて将棋に集中する手筋だ。

 

 僕たち対局者からお金とメニュー表を受け取った職員さんが、対局室から退出する。

 

 それから相手の手番のまま一手も指さずに昼食休憩に入った。

 

 控室に戻ると、机の上に注文した唐揚げ定食が届いていた。唐揚げを三つ追加したことで、かなりボリューミーだ。対局中の昼食って、僕の場合はあまり豪華なもの頼んでも頭の中に余裕が無いと味わって食べられないんだよね。だからよっぽど午前で形勢が良くなるとか持ち時間に余裕があるとかでないと、消化の良さとか食べやすさで昼食を選ぶことになる。その分、気分よく食べられるときはガッツリ目の物を頼む。これが夜叉神流昼飯の流儀である。

 

 昼食休憩が明けて対局が再開されると、将棋の内容は一気に傾いた。相手が乱戦を纏めきれずに綻びが生じると、楔となる銀を敵陣ど真ん中の5二の地点に打ち込んだ。取ったら即詰み、取らずとも一手一手の寄りになる。この手の四手後に相手は投了した。持ち時間4時間の棋戦で僕の消費時間は1時間弱。快勝譜だ。

 

 その後一時間程感想戦や観戦記者の取材を受け、帰り支度が済んだのが15時となった。この棋戦は夕食休憩が無いから、対局が夕方まで長引くと脳がエネルギー切れを起こす恐れがある。その対策に補給食を結構持ち込んだんだけど、今回は出番が無かったな。

 

 

 

 

 

 対局室のある四階からエレベーターで一階まで降りると、見知った顔が二人、ベンチに座っているのを見つけた。一人は腰当たりまでまっすぐ伸びる艶やかな黒髪が特徴の、女流タイトルの山城桜花をもつ供御飯万智。そしてもう一人は、史上最年少でタイトルを獲得した九頭竜八一竜王だ。二人とは小学生の頃からの知り合いで、特に八一は互いの師匠が兄弟弟子だから、棋士系統図上は従兄弟の関係にあたる。

 

 その二人は何やら話をしているようだったので、手を挙げての挨拶だけして通り過ぎようとしたら、二人の方から声をかけてきた。

 

「こなたら蒼天くんを待っとったんやから、素通りせいでよ」

 

 え? 待ってた? 何か約束があったっけと記憶を探ってみるも、心当たりは見つからなかった。

 

「俺たちさっきまで検討室に居たんだけど、供御飯さんが俺と蒼天に頼みたいことがあるって言うんだ」

 

 そういうことか。僕と八一に頼み事っていうと、研究会とか? あるいは供御飯は記者としての活動もしてるから、そっち方面かな。

 

 場所を変えて、近くの喫茶店に入った。席について、珈琲を三つ注文する。

 

「とりあえず、トーナメント初戦突破おめでとう」

「おめでとさんどす」

 

 今日は関西では僕の対局しか開催されていなかったから、二人が検討室に居たということは僕の将棋を観に会館に来たということになる。諸先輩棋士から「野蛮」「変態」「崖っぷちの綱渡りを全力疾走してスリルを楽しむような将棋」「剣も盾も放り投げて全裸で殴り合う棋風」と大変好意的な評価を頂いている僕の将棋は、検討が大変盛り上がると聞いたことがある。

 

「ありがとう。どうせ碌なこと言われてなかったんだろうけど」

「夜叉神が今日も夜叉神してる、いう風に言われとったよ」

「それ褒めてる?」

 

 夜叉神するという動詞がどのような意味を持っているのか。いや聞きたくないけど。

 

「褒めてる……と思う。それで供御飯さん、話って何?」

 

 苦笑いしながら八一が供御飯に促す。八一の棋風も割とゲテモノ扱いされているから、僕に共感してくれているのかもしれない。

 

「『将棋世界』から、二人の若き中学生棋士ってテーマでお二人の記事を書いてくれって依頼があったんどす。ほして、対談形式の記事にしたいと思って」

「え、今からやるの?」

「取材自体はアポ取って後日や。今日は取材ん申込やけどす。」

「なるほど」

 

 その後三人でスケジュール合わせをして、共通して空いている日に予定を組んだ。供御飯は大学、僕は近く対局があるため、基本的に暇な八一が僕たちに合わせる形になった。

 

 供御飯の話が終わったことで、再び話題は今日の僕の将棋の内容になった。僕と八一が口頭で譜号を言い合って検討を重ねる。八一も力戦系の将棋が得意な棋士だけど、指し手の方針が僕と結構違うから、八一のアイデアを吸収することは僕にとって結構有意義だ。多分、八一にとってもそれは同じで、だから今日会館まで足を運んだのだろう。

 

 暫く僕らであーじゃないこーでもないと言い合っていると、ひとり取り残される格好になっていた供御飯が急にそういえば、と声をあげた。

 

「二人とも、弟子を取ったんやって?」

「え、そうなの?」

 

 二人でハモってしまった。僕が弟子を取るのは確かだけど、彼もなの?

 

「竜王サン、この前の棋帝戦の中継、観てへんの? 蒼天くん、解説の中で言うとったんや」

「そう。妹が研修会の入試受けるからさ」

「妹さんか。遠巻きには見たことあったような?」

 

 八一が天衣を見たとしたら、名人戦の前夜祭かな? 第一局の会場が大阪だったから、天衣も来てくれていたはず。

 

「竜王サンに至っては、内弟子にしはったんやって? えらい入れ込んでおざりますなぁ?」

 

 内弟子とは、住み込みの弟子のことだ。今時内弟子なんて珍しいけど、他ならぬ八一も内弟子を経験してプロになった棋士だ。師匠である清滝先生の家に住み込みで指導してもらって、そのメリットを肌身で感じてのことなのだろう。

 

「へー、えらい思い切ったじゃん。やっぱり自分の経験からの判断?」

「まあ……そんな感じ、かな」

 

 やっぱりそうなのか。となると僕と同じ屋根の下暮らしていた天衣も、これまで事実上僕の内弟子みたいなもんだ。僕の存在で、天衣の成長にいい影響を与えられていたのかな。そうだったら嬉しいけど。

 

 その子の年齢を聞くと、9歳だという。天衣と同い年じゃん。僕にとっての八一のように、身近に居るライバルとして並び立ってくれたらいいな。いや、流石に天衣と同レベルを求めるのは無茶があるかな? 

 

「今度、互いに弟子を連れて研究会しようよ。僕たちの子供の時みたいにさ」

 

 昔は、よく一門で研究会を開いていたんだ。月光先生、清滝先生、僕、八一と、八一の姉弟子の銀子ちゃん。そこで初めて八一と指した時、その才能に衝撃を受けた。この子が生涯をかけて戦っていく敵になるのだって、直感した。その予感は当たってて、年が二つ上な分常に僕が前を行っていたけど、必ず八一はすぐ後ろを着いてきた。奨励会入会も、中学生棋士になった事も。ただ、今は……僕より先に、竜王のタイトルを手に入れた。

 

 狭い世界で同じ相手と何十年と戦っていく将棋の世界では、同年代のライバルに勝るモチベーターは多分ない。天衣にも、そういう存在が出来たらいいな。

 




 供御飯さんの京言葉はネット上の翻訳サイト等を参考にしました。本場の人からすると強い違和感を覚えるかもわかりませんが、お許しください。




 ただいま毎週土曜日夜に、abemaTVにて将棋第三回abemaTVトーナメントという番組が放送されています。将棋というと一手を指すのに何十分もかけるような印象があると思いますが、この大会は数秒でどんどん手が進む超早指しの特殊ルールとなっています。最早将棋の形をしたスポーツっぽい何かと化していて、実況解説も面白く、恐らく将棋をあまり知らない方でも楽しめる内容だと思います。昨日の放送分が数日間は無料で視聴できますので、興味を持っていただけたら是非観てみて下さい。
 
めちゃくちゃ面白いからabemaトーナメント、観よう!
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