救世日記~世界を救うだけの簡単なお仕事です~   作:カペリン

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佐渡島ハイヴ破壊の後、横浜の魔女の異名を持つ彼女との対談です。


第5話   魔女との対談

 

 

 

 

国連横浜基地―――――

 

 

 

 

 佐渡島のハイヴ破壊から二日後、俺は香月博士を訪ねるため横浜基地へと出向いていた……のだが、基地の守衛と思しき二人の男に止められていた。なんでも無許可での民間人立ち入り禁止とのこと。まあ、戦時下にあってBETAという敵勢力がいつ侵攻してくるかわからない状態なのだから、それも当然といえば当然だ。

 

 さて、それではどうやって基地の中に入るのか。まあ、あの聡い博士のことだこの一言だけでわかってくれるだろう。基地の門衛に「では香月博士に二日前のデモンストレーションはお気に召しましたか?」とだけ伝えて欲しい、と頼む。守衛の回答は副司令は多忙なためいつ取次ぎができるかわからないというものだったので、「そうですか、では俺は帝都でも観光していますので、興味が湧いたのならいつでも対話に応じますよ」と追加で伝言を頼むことにした。

 

 まあ、彼女はこの基地ではかなりの上位者のようだし、門衛からの情報がいつ届くのかという疑問はあるが、気長に待つとしよう。ついでにということになるが、二日前から急増した間諜さん達に改めて『ご挨拶』でもしてきますかね。

 

 

 

 

 

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「おや、またお会いしましたねお客人。帝都の次は横浜見物ですか?」

 

そう声を掛けたのは、俺が佐渡島へと赴く前に雑談をさせてもらった間諜の一人。三回も死んで二回生き返っている愉快なアメリカ人だ。

 

「ああ、君は……一週間前に話しかけてくれた日本人だね。こんなところで会うとは奇遇だね」

 

あくまでも偶然だと言わんばかりに驚いたというジェスチャーを交えて返してくる。気づかれていると分かっていてもそれを表に出せないとは、間諜とは難儀なものだねぇ。

 

「そうですねぇ。でもこの辺りを見物したところで何もないと思いますよ。あるとすれば国連軍の基地ぐらい。京都と奈良が残っていれば、いい観光名所になったんですけどね」

 

「確かに何もないね。でも何もないところに一種を美を見出すのは、君たちの言う『わび・さび』じゃないのかな?」

 

 すごく苦しい言い訳だし、そもそも『わび・さび』の意味が間違っている。『わび』は質素で静かなものや、粗末な物の中に美を見出すことであり、『さび』は時間が経過した物体に美を見出す、時間にしか作り得ない朽ち方や成長を尊ぶのである。断じてBETAに蹂躙された町並みや、G弾によって不毛の地へと変えられた大地に対して使う言葉ではない。

 

「少なくともこの光景に『わび・さび』を感じる日本人はいないでしょうね。ああ、そうだ。俺はこの後横間は基地にお世話になろうと考えています。それではまた縁があったらお会いしましょう」

 

 彼にそう告げ、奇しくも一週間前に彼に行ったのと同じ動作で彼の前から立ち去った。まあ、そのうち大統領も佐渡ヶ島で起こったことを知ることになるだろうけれどね。

 

 とりあえず五人ほどの観光客やらビジネスマンと同じようなやりとりを交わした後、【楽園(アスガルド)】が侵入者有りとメッセージを発する。さて、誰かと思い調べるとおや、これはこれは。どうやらお迎えが来たようだ。あの門衛の方々はしっかりと伝言をしてくれたみたいだね。さて、彼女達は俺にどういう対応を取るのだろうね。まあいい、今は横浜の彼女が対話のチャンネルを持とうとしようとしている。それだけで良しとしよう。

 

 

 

 国連軍横浜基地。俺を案内してきた彼女達は、俺を博士の秘書だという一人の女性に引き合わせた。彼女の名前はピアティフと言うらしい。彼女に先導されて部屋に入ると、その部屋の主は以前に会ったときよりも幾分とやつれた印象を受けて見えた。

 

「お久しぶりです。またお会いできて光栄ですよ。本日こうしてお話させていただけるということは、俺が魔法を広めることについてご協力を頂けると解釈してよろしいですかね?」

 

「そうね、魔法使いさん。あの現実を目の当たりにさせられて、それをなお拒むというのなら、それは科学者失格だと思うもの」

 

「それはそれは。ご好評でなによりです」

 

「私が魔法を世界に広める手助けをする。その対価は『世界を救うこと』だと言った。それに偽りはないのね?」

 

「それは間違いありません。確かにあなた方が扱える魔法はあまり多くはありません。しかし、それでもあなた方の助けにはなるはすです。そう言っても「はい、そうですか」と信じてもらえるとは思っていません」

 

「私にとってもあんたの提案に乗るのは、ある意味で掛けのようなものなの。具体的にどういった構想を持っているのか教えて欲しいわね」

 

 なるほど。確かに彼女の懸念は尤もだ。俺の提案に乗ってもし失敗した場合、彼女にとっては自分の進める計画そのものに影響が出かねないリスク要因となるわけだ。しかし、そもそもオルタネイティヴ4はBETAに対する諜報員製造計画である。成功すれば確かに今まで謎であったBETAの謎の解明には役に立つだろう。戦闘においてもBETAの思考の解明にも役に立つだろうが、ただ『それだけ』とも言える。

 

 つまり、成功してもBETAを倒せるかどうかわからないのだ。それに俺はあのBETAが通常の生物ではないことを知っている。あれは意志ある【誰か】によって造られた存在である。そしてそこから導き出される残酷な仮説も。彼女には話をしておいたほうがいい。それだけは確かだ。

 

「具体的な構想ですか……では香月博士。貴方はオルタネイティヴ4を成功させたとして、どうやってBETAを倒すおつもりなのですか?」

 

そう彼女は、その後『どうやって』世界を救うつもりなのだろう。それが疑問なのだ。

 

「やっぱりオルタネイティヴ計画についたは既に知っていたのね。そうね、概要についてなら。まず、H21号……ああ、あんたが既に潰した佐渡島ハイヴのことよ。そこはもう無いから、H20号、鉄原ハイヴに侵攻、ここを攻略し同時にBETAの情報を可能な限り収集する。

その後、情報を分析しBETAに対し有効な戦術を構築し順次ハイヴを攻略するというものね。未だBETAの情報は非常に不明確なものが多いの。得られた情報から次の作戦を構築するしかないというのが実情ね」

 

 なるほど。確かにBETAに対する諜報員が居るのだから、そういった考えになるのだろう。しかしそれにはある大前提が必要となる。つまりBETAがこちらに対するカウンターインテリジェンスを行ってこないという大前提だ。

 

「香月博士、あなたの考えはわかりました。だが、BETAは約二週間でこちらが繰り出した有効な戦術や対策を学習する。戦術は攻略で敵の情報を取得する度に新たに組み直せば良い。しかし諜報員に対して『対策』をされた場合、どのように対応するのですか?」

 

 俺の疑問に対して彼女は答える術を持たなかった。なぜならそれは『ありえない』という前提で作られた計画なのだから。そしてこの計画の失敗はオルタネイティヴ5への移行、即ち人類の地球の放棄をも意味しているのだから。

 

「香月博士。俺が佐渡島ハイヴを破壊した時にBETAと戦闘になりました。その時にですね、彼らの星幽体(アストラル)を見ようとしたんです。しかし、彼らにはソレが無かった。そして、精神世界(アストラル・サイド)に存在する星幽体(アストラル)を攻撃し、その結果として主物質界(プライム・マテリアル・プレーン)に存在する肉体へと損傷を与える魔法を使いましたが、BETAにはそれの効果が及びませんでした。

つまり、彼らには星幽体(アストラル)が存在しないという結論になります。これは通常の生物ではありえないことです」

 

「なるほど。あんたの言う魔法とやらでBETAを調べたらアストラルというものがなかったということね。そして貴方側の世界でもBETAは異常だと、そう判断できるわけね。続けてちょうだい」

 

「はい。ここからが重要なのですが、その事実から導かれる仮説が二つありまして。一つは悪い仮説。もう一つはより悪い仮説です。どちらお聞きになりますか?」

 

「心の準備がしたいわ。悪い仮説から聞かせてもらえないかしら」

 

「はい。では二つの仮説は途中まではほぼ同じです。しかし、最後の結論が決定的に違います。ですので、途中までご説明しましょう。

BETAは通常の生物ではない、星幽体(アストラル)が存在しない生物。こういった存在を俺たちは『虚ろなる魂の器』と総称しています。こういった生物は自然には存在しえない、つまり意志ある【誰か】によって創造された存在であることを意味します。つまり、BETAを作り出した創造者たる存在が居るということです」

 

俺の提唱した仮説、その途中で博士から待ったがかかった。

 

「それはおかしいわ。それが正しいのならば、オルタネイティヴ3で私たちが作り出したESP能力者に対して、彼らを生命と見なしていないということが分かっているもの。その説明がつかないわ」

 

「いえ、この『虚ろなる魂の器』というのはいわば、神の定めた男女の摂理によらず生み出された生命ということを意味しますので、たとえクローン技術で複製されようと、試験管の中で生み出された生命であろうと、それは神の定めた摂理によって生まれた生命には違いありません。よって彼らには魂はもちろん星幽体(アストラル)も存在する。

創世記にはこうあります『主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった 』と。

つまり神がその技でもって人間を作ったのと同じ方法での生命の創造です。俺たち炭素系生命体で言うなれば完全な無機物。いわゆるアミノ酸ですらないアンモニアや二酸化炭素といった単純分子から、遺伝子を完全化学合成で作成し、人工子宮すら使わず、完全な分子機械として人体を完成させる。ここまでして初めて『虚ろなる魂の器』足りえます。オルタネイティヴ3で生み出された能力者達は、神の摂理に反していないのでその魂は原罪を持ち普通の生命と相違ないのですよ」

 

「まさか……」

 

「はい。神の定めた摂理によらず、生命を生み出す行為がそれであるというのなら、今、博士が行おうとしているオルタネイティヴ4はまさにそれにあたります。しかし、それは本題ではありません。ここで仮説が二つに分かれます。

問題はBETAを作り出した【誰か】が魂の理を理解しているか否かにあります。もし魂の理を理解しているというのならば、そこに救いはあります。我々が魂を持った生命体であるということを示せば、BETAを造った【誰か】と対話によって解決することができるかもしれません。しかし、現状ではこの仮説が正しい確率は低いと言わざるを得ません」

 

「ええ、そうね。もしその仮説が正しいのなら、オルタネイティヴ3は成功していたはずよ」

 

「ええ。その通りです。つまり、BETAやBETAを造った【誰か】からすると、我々は生命ではないということですから」

 

 続いて二つ目の仮説ですが、こちらはその【誰か】が魂の理を理解していないという前提です。そしてこの問題は『そもそも生命とは何か』という根源的な問いが問題となります。これは、その【誰か】から見てもBETAが生命か否かということが問題となるのですが。

香月博士、例えば戦術機が思考を持ったとして、それは果たして生命でしょうか? つまり、何を以て【生命である】と断ずるのかそれが重要になってきます。魂の理を理解しているのならば、その有無で生命であるかどうかを断ずることができます。しかし、それを理解していなかったら? 何をもって生命の根拠とすればよいのでしょうか」

 

「哲学的な問いね。まあ、一般的な答えとしては自然環境から独立し、多種類の特異的な蛋白質を基本的構成要素および制御機構として物理化学的反応を行い、且つエネルギー代謝を永続させようとする有機体であるといったとことかしら。

シュレディンガーの説に則るならば、自然状態では常に増大するエントロピーを一定水準に保つため、外部から負のエントロピーを取り入れまた増大したエントロピーを外部へと排出する機構を持つ有機体。といったとことかしら」

 

「なるほど。もしその説が正しいのならば、BETAは生命になりますね。しかし実際は違う。BETAは人間を生命と見なしていない。それはオルタネイティヴ3によって実際に確かめられたはずです。

つまり、BETAを造り上げた【誰か】にとっての生命の定義はそうではないということを意味しています。【誰か】にとってBETAは生命ではなく、我々も生命ではない。

では全てのBETAに共通する部分は何か。それはオルタネイティヴ2で既に判明していますよね。BETAは炭素系生命体である。但し、生物学的に共通する部位や器官は存在しないと。では、我々人間とBETAに共通している項目は何でしょうか?」

 

そう、つまりはそういうことなのだ。

 

「まさか、炭素系生命体であるということかしら?」

 

「その通りです。我々は炭素系【生命体】であるという認識を持っていますが、BETAを生み出した【誰か】にとっては、炭素系生命体は生命体ではないということではないでしょうか。

例えば仮に戦術機のCPUが進化して人工知能となったとしましょう。果たしてそれは生命と言えるのでしょうか? 人によってはそれは生命だと言うかもしれません、逆に生命ではないというかもしれません。【誰か】にとっては後者であったということなのでしょう。

恐くですが、【誰か】は炭素系生命体ではない。もし仮にそうであるのならば、BETAが炭素系生命体である人間を生命ではないと認識することは考え難い。その【誰か】が非炭素系生命体であるのならば、自分たちと同じ構造を持つ存在のみを生命体として認識する、例えば炭素の代わりにリンやヒ素、もしかしたらケイ素などといった無機物を主体とする生命なのかもしれません。

その場合、我々が無機物によって生み出された工作機械や戦術機を『道具』として認識するように、【誰か】にとって有機物で構成されたBETAは道具なのでしょう。しかし我々人間は道具としてさえ見られていないでしょう。もし仮に道具であるのならば、それを扱う所持者が居るはずですから。

それを探すことすらしないとなると、おそらく我々は自然災害のような位置づけがBETAの中でされているのではないでしょうか。BETAは思考を持っています。そして学習する。ならば、定期的にやって来る自然災害に対して対抗できるように対策を編み出していると考えればBETAが2週間で人間の考え出した戦術に適応することにも説明が付きます。

我々が生命であるということを【誰か】に示さない限り、BETAはこの星の『開拓』をやめないでしょう。BETAを送り込んだ【誰か】にとって、この星は所収者のいない無主地なのですから。

つまりは、【誰か】にとって、生命とは何かという問いに対する、生命の根拠そのものが我々とは違っている可能性がある。という結論です」

 

「無機物から成る生命体、ね。あんたの仮説が正しいとするなら、オルタネイティヴ4が現状のままで成功したとしても、それはBETAの情報を得ることには成功するかもしれない。しかし、それだけだという訳ね」

 

「はい。オルタネイティヴ4を対BETA諜報員製造計画からBETAを作り出した【誰か】に対する、ネゴシエイター製造計画へと変更することが重要だと考えます。同じ無機生命体からの交渉ならば、あちらも聞く耳を持つ可能性があります。

その交渉の場で、我々人間も生命であるということを認めさせることができたのなら、BETAと戦わずにこの星からBETAを放逐することも可能でしょう。俺も交渉にあたっては支援を惜しみません。魂の概念についても説きましょう。

ただし、あくまでも交渉ですので、それが決裂する可能性は多分にあります。その場合には今まで数限りなく行われてきたように、力による強制排除しかないでしょう。そのための魔法技術の提供ですから」

 

「交渉……ね。それが成立するのならば、とんでもない進歩になるわよ。わかったわ、あんたの言う、魔法技術の公開のお膳立てしてあげるわ。オルタネイティヴ4についても修正するしかないわね。それで、あんたは具体的に何をしてくれるわけ?」

 

「ありがとうございます。対BETAネゴシエイター製造計画ですが、確かに博士の計画でそれが完成したとしましょう。貴方はそこに人間の人格をダウンロードすることによって、それを生命と成そうとしている。しかし出来上がるのは先ほど述べさせていたように、虚ろなる魂の器です。例え人格を完全にコピーし、生前の思考回路を完全に再現したとしても、そこに宿る魂は別物だからです。俺はその魂を新しい器へと移し替える、その作業をしましょう」

 

「魂を移し替える?」

 

「ああ。これは『魂』の領域の法則を理解できていないとできない作業になります。この世界の人類は未だそこまで理解ができていないようだから、それは俺が行うことになります」

 

「わかったわ。それにしても、今までオカルトだと信じていたものが実際に存在するとはね。科学がそこまで追いつくまでどれだけかかることやら」

 

「さて、それはこれからの研究者次第でしょうね。解明されるのは一年後かも知れないし、百年後かも知れない。もしかするとずっと解明されないかもしれない。それは(神ならぬ身)では分からないこと」

 

これで俺の仮説は述べた。彼女もそれに理解は示してくれたようだし、次の議題である魔法の公開に移ろう。もしも【誰か】との交渉が決裂に終わった場合、実力の行使でこれの解決に当たらなければならないのだから。

 

「さて、それでは議題を変えさせていただきます。魔法技術の提供ですが、俺としてはいつでも可能です。香月博士はオルタネイティヴ4の修正作業があるでしょうから、それとの兼ね合いも含めて、いつ頃からならば都合がつきますか?」

 

「そうね……現実として佐渡島のハイヴが破壊された。それに類する技術の公開を行うとなれば、裏から手を回さなくても競って教えを請いに来るでしょうね。

私の研究もあるから……まあ、一週間もあれば十分でしょう。ただ、私を通して交渉の窓口を設けてくれないかしら。そうすればオルタネイティヴ4に対する手出しを極力排除できると思うの」

 

「なるほど、わかりました。俺としても最初の技術公開は香月博士を通すということに関しては賛同できます。しかし、その後の魔法技術の公開については俺の判断で適宜対応させてもらいます。

もちろん博士からの要請があった場合には、それは考慮させてもらいますが、俺が公開すべきではないと判断したものに関しては、断らせていただきます。あくまでも俺の目的は人類の救済ですから」

 

「もとより魔法技術はあんたにしかわからないようなものだもの。それを持ち込んだ当人が公開すべきでないと判断するなら、理解していない私が判断とは別の要素がそこにはあるんでしょうね。それについてはあんたに任せる他ないわね」

 

「聡明なご判断、ありがとうございます」

 

「それで、どうやってこの世界の人間に魔法を使うわせるつもりなのかしら?」

 

「魔法を使う際には特殊な装置を用いてその行使にあたって頂きます。魔法を使う際の装置はこの世界の戦術機や戦闘用車両を改修を施すことで対応しようと思います。なので実験用に戦術機や車両の提供をお願いしたいですね。

 この世界では魔力・呪素伝達特性に優れた賢者石が産出しないようなので水銀を用いて対応しようと思っています。錬金術において三原質の一つであるそれには魔力伝達性が存在しますから。

 ただしどうしても賢者石よりは特性的に劣るので、回路の歪みに対する安全マージンが小さくなってしまいますけどね」

 

 水銀を合金製の管に通して血管のように張り巡らせる。範囲としてはコックピットを1つのユニットとして考えればいいだろう。そこから外部への魔力放出用として水銀伝達管を左右の腕へと通す構想としている。車両については防御用魔法のみの展開を構想している。そのため、車両内部に水銀伝達用の合金管を内部構造の中に入れ込むことで対応するようにする計画ではある。戦術機では衛士が、車両では専任の魔法士を配置しその発動にあたる。

 

 出来れば呪素回収の補助のために、強化装備にも水銀による回路を仕込みたいところだ。本来なら二次拘束術式図版(セカンダリ・レストリクト・パターン)は肌に直接書き込むことが望ましいが、水銀の持つ有毒性を考えるとそれは却下せざるを得ない。その代替案が強化装備への二次拘束術式図版(セカンダリ・レストリクト・パターン)の封入だ。この強化装備は車両でも共通のものとし、使用する呪素回収機構をできるだけ同じプラットフォームを使用することで機械的な信頼性の確保を行う狙いもある。

 

 そもそも戦術機のみが魔法を使えるようになっても効果は薄い。戦術機だけでは圧倒的に面制圧力が不足するのだ。現にこの世界の対BETA戦術は水上艦艇(火力支援艦)MLRS(多連装ロケットシステム)・戦車等の火砲によって重金属雲を発生させつつ面制圧を行い、それによってBETAを漸減し掃討する。そのいわば撃ち漏らしを駆逐するのが戦術機の役割となる。対BETA戦での主戦力はあくまで砲撃火力である。

 

 だが、戦車やMLRS(多連装ロケットシステム)はその火力故に鈍重で、BETA特に戦車(タンク)級に接近を許すと、その装甲毎喰い破られる。これは戦術機も含めて言えることだが、この世界の兵器群は敵の攻撃力に対し、防御力が圧倒的に不足している。攻撃力はそれなりにあるようなので、それを改善することができれば、戦闘車両の乗員や戦術機の搭乗員を含めて、大幅な生存率向上が望めるのではないだろうか。

 

 兵器というものは資源と設備さえあれば比較的短時間で生産が可能であるが、それを操作する人員というものはその育成に兵器の製造とは比較にならないほどの費用と時間を要する。戦車等については、搭載する砲の及び砲弾の統一で、MLRS(多連装ロケットシステム)等のロケット兵器に関しては、搭載するロケット弾の規格を一つにすれば量産性も高まり、増備もしやすくするのではないか。

 

 とはいえ、車両に関しては【ディフレイド】で防御しつつ、全力で後退させるしかないだろう。もし魔法発動中に車体を喰われたら、最悪の場合には戦場の只中に魔族が出現することになる。魔族は生前興味を持っていたことに拘るという性質を持つ為、恐らくはBETAに対して攻撃を加えるだろうが、アレに理性などない。間違いなく他の味方にも被害は出るだろう。車両に搭載する場合、それだけは徹底させておかないとならない。

 

 戦術機に搭載する場合も同様だ。こちらも基本的にはその脆弱な装甲による撃墜を避けるため、魔法は防御魔法を第一優先とすることは確定事項である。

 

「そう、分かったわ。実験用の戦術機ね……。この基地には国連と帝国で使われている機体が揃っているわ。出来れば、この基地に中で実験用の機体を選定してもらえると、私が助かるわ。それと戦闘用車両だけれど、そちらについては少し待ってもらえないかしら。

戦闘用車両は対BETA戦の主軸ということは分かっているわね。それをどこの国のものを実験機として使用するか、それだけでも強力なカードになるの」

 

 この基地の中というのが肝要か。他国の戦術機を選定されると、彼女としては困るのだろう。実験用のベースなので、どこの国の機体でも構わないので俺としては特に異論はないが。ただ、戦闘用車両について保留とされては少しばかり困る。確かに戦術機の強化で戦力は強化されるだろう。だが、主戦力が今のままではあまり意味を持たないからだ。

 

「それは少し困りますね。そうですね……では、戦闘用車両はプロミネンス計画の一環として開発するということではどうでしょうか。

これならば元々の計画の趣旨にも沿いますし、何よりどの国の車両を使用するか俺も選定にあたって選択肢が増える。そして、博士もカードとしてそれを使える」

 

「悪くないわね。だけど、あんたの選択した車両が使えないかもしれないわよ。その意向は汲むけれど、こっちの事情というものもあるから」

 

「はい。それは分かっています。それにこれは、あくまでも実験機なので、俺としては魔法を用いた戦闘車両、そのコンセプトモデルですから。コンセプトモデルと量産型が違うなんてことはよくあることでしょう?」

 

 つまりはそういうことだ。俺は改造しやすい車両を選定して博士に報告する。だが博士はオルタネイティヴ4への賛同を取り付けるため、どの国の車両を実験用車両として使用するか、それを餌として使用する。結果として博士の意向に沿った車両を実験用車両として使用するが、量産型車両として使用するかは俺が決めるということだ。

 

 確かに火砲やロケット弾の統一を行うのであれば実験用車両をそのまま量産しても良いと考えることもできるが、俺が目指しているのは魔法を使用することを前提とした戦闘車両である。この時点で、全面的に新規格として量産型を設計することは確定事項だ。実験機から引継ぐものがあるとすれば、発動機やトランスミッション、制動装置ぐらいだろう。

 

 自国の車両がそのまま使用されると期待している国には悪いが、そのぐらいしなければ魔法使用改修型というのは危険性が高く制式採用できないのだ。

 香月博士の同行の下、機体の選定を行う運びとなった。彼女はこの基地の副司令だということなので、大抵の所には立ち入る権限を付与できるそうだ。なんと有り難い。

 

 彼女と一緒に向かったのは16番格納庫(ハンガー)と呼ばれる場所だった。そこには最初に見た戦術機と同じものや、それとは異なったものなど三種の機体が格納されていた。俺がこの世界で最初に見た戦術機は不知火(TYPE94)と呼ばれる機体だった。それとは微妙に違うのが吹雪(TYPE97)で、不知火(TYPE94)よりも明らかに重装甲を施されているのが撃震(TYPE77)と呼ばれる機体だそうだ。

 

 撃震(TYPE77)はかなり古い型の機体で第一世代に分類され、一方の不知火(TYPE94)は第三世代に分類される機体である、と説明を受けた。では吹雪(TYPE97)はと聞くと、あれは機種転換用高等訓練機、つまり練習用の機体とのことだった。なるほど、ここでは新兵の訓練もしているのか。

 

「なるほど、よく分かりました。他に機体は無いんですか?」

 

俺の問いに博士は少し悩んだ後、「じゃあ、着いてきなさい」と別の格納庫へ誘導してくれた。

 

「ここは?」

 

 案内された場所は先程とは打って変わって、少数の機体しか格納されていなかった。赤い機体一機に白い機体三機の合計四機である。確かに先程の機体とは違うが、いくらなんでも少なすぎないだろうか。

 

「これは斯衛の機体よ、武御雷(TYPE00)と呼ばれる機体ね。近接戦闘に特化した機体だと思ってもらえばいいわ」

 

 なるほど、接近戦重視の機体か。カットをメインの魔法として据えるのなら、改造の候補として挙がるだろう。この機体でも有効に機能しそうな魔法の運用法を考えていると、見知らぬ人物から声が掛かった。

 

「副司令、ここでなにをされているのですか。ここは国連ではなく、我々斯衛の駐機場のはずですが」

 

 声を掛けてきたのは、俺が知らない女性だった。国連軍とは違う軍装をしている。

 

「あら、月詠中尉じゃない。ちょっと彼に武御雷(TYPE00)を見せていたのよ」

 

「彼は?」

 

 どうやら俺の事を聞いているようだ。

 

「初めまして。俺の名前は田中太郎。ちょっと改造のベースに使う機体を探していまして、副司令に機体を紹介してもらっていたんですよ」

 

 あれ、なぜだろう。改造の部分で彼女のコメカミがヒクリと動いた気がする。

 

「そういえば副司令。武御雷(TYPE00)って国連では見なかったんですが、やっぱり性能的に不知火(TYPE94)よりも劣るんでしょうか。近接戦闘特化とのことでしたし。

対BETA戦では砲撃による殲滅がセオリーのはず。ならば、近接特化の機体はそれが出来ない、つまり砲撃戦ではBETAを相手取るには不足であり、そのために近接戦闘特化となっているということでしょうか?」

 

「いえ、その逆ね。武御雷(TYPE00)不知火(TYPE94)よりも性能は高いわ。そのために近接戦闘を重視した機体設計になっているの。でもその分コストがね……年間三十機程度の生産数だと言えば分かるかしら」

 

「なるほど。その分機体性能が強化されているということですか」

 

 しかし、あえて対BETA戦でのセオリーである砲撃戦よりも近接戦闘を重視するぐらいだ。その性能は不知火とは比較にならないのだろう。流石に一騎当千とまではいかないだろうが、キルレシオは不知火比で150:1ぐらいか。

 

 俺のいた地球でもF22とF15・F16・F/A18といった機体との模擬戦闘でのキルレシオが150:1程度だったはず。恐く不知火と武御雷でもその程度の差はあるはずだ。それほど強力な機体《TYPE00》を不知火(TYPE94)より劣っているという発言をしてしまったのだ。それは怒られもするだろう。

 

「そうね、あの赤い武御雷(TYPE00 F型)でも不知火(TYPE94)と比べて五割増しって所かしら」

 

「え? 赤いのと白いのだと(同じTYPE00なのに)性能が違うんですか?」

 

「斯衛は出自によって与えられる機体が違ってくるのよ」

 

 なんて無駄なことを……生産力に余裕が無いのにそんなことやってる場合じゃないだろうに。

 

「コストも1.5倍ぐらいですかね」

 

「そんなわけが無いじゃない。生産コストだけで6倍ぐらい掛かってるわよ。運用面まで考えたら10倍ぐらい掛かるんじゃないかしら」

 

 

 聞き間違いだとは思いたい。今10倍と言ってたんだが、正直な話として、元の地球でのF22とF15はその調達コストで約二倍の開きがあったが、そのデメリットを遥かに上回る圧倒的なキルレシオを誇っていた。これぐらい隔絶していれば調達コストは確実に安いと言えるだろう。しかし、この不知火(TYPE94)武御雷(TYPE00)はどうだ。同じ練度の衛士が搭乗したと仮定して、5:1すら覚束ないのではないだろうか。

 

「なんて無駄なことを……コストも馬鹿高いわ出自で機体の性能が変わるわ、生産力に余裕が無い状態でそんなことやってる場合じゃないでしょうに。しかも生産性や整備性を無視するとか何考えてるんだか。

確かに兵器である以上、絶対的な性能が必要なのは分かりますが、それ以上に求められるのは整備性・保守性、習熟容易性、そして製造の容易性に配慮した設計です。率直に言わせて貰うと、兵器としては盛大な失敗作ですよね、これ(武御雷)って」

 

 

(グロリアぐらい他の兵器との性能が隔絶している(惑星間・恒星間攻撃が可能な兵器)なら十分に成功だとは思うが、僅か1.5倍というのはちょっとなぁ)

 

 

(お褒め頂き有難く存じます)

 

 

 そんなことしてる余裕があるなら、武御雷(TYPE00)を一機造るより不知火(TYPE94)を十機生産したほうが遥かに有用だろう。生産単価が下がり、運用面も含めて不知火の3倍程度ならばこの機体の存在価値はあるだろうが。これがその高コストをつぎ込んでも尚それに見合うような機体なら別だ。例えばARFFIシリーズのうち、竜機神(ドラグーン)はパイロットとの相性が好くないと満足な能力を発揮できないなど生産性、運用面に難があったが、それを遥かに上回るほどのメリット(他の兵器とは圧倒的すぎる性能差)を持った機体だった。

 

 生産性に難が在るからということで量産された無人兵器の戦女神(ヴァルキリー)は、結果的に人類を裏切ったことも事実であり、結果論ではあるが人間を安全装置の一部として扱うことは極めて意味が大きかったと言える。そういった圧倒的な優位性が存在しない、つまりは高コストに見合わない機体を作るとは、この国の軍人は無能揃いなのか。

 

「貴様! 我等斯衛を愚弄するか!!」

 

 なぜか月詠中尉が激怒している。たしかに、自分の機体(武御雷)が失敗作といわれたら気分がよくないのは理解できるけれど、そこまで怒る事ではないだろうに。とりあえず武御雷(TYPE00)は素体候補としては不適切だろう。確かに実験機(プロトタイプ)ということであれば問題はないだろうが、その後に制式配備となった場合にまともに生産できないようでは本末転倒である。そうなると量生産しか出来ない上にコストが馬鹿げているものは、そういった用途には向かないだろう。撃震(TYPE77)は第一世代ということなので、第三世代が生産されている現状では新規生産は無いと考えてよいだろう。ならば、素体候補は不知火(TYPE94)吹雪(TYPE97)が良さそうだ。それが確認できただけでも十分にな収穫だった。

 

「愚弄……ですか。俺は率直な感想を述べさせて頂いたまでです。今は一機でも多く戦術機や車両が必要な状態です。帝国には不知火という生産性、整備性に優れた機体があるはずですが、それにも関わらず、生産性や整備性を無視した機体を配備することにどういった戦略的優位が存在するのですか? 

そもそもその不知火でさえ近接密集戦を前提として開発された機体です。ハイヴ攻略戦においても専用の機体を開発する意味は薄いと思いますが。例えば、武御雷一機で不知火十機の役割を果たせるほどに優れているのなら、それは十分に意味があることでしょう。しかし現実は違う。例えば武御雷とラプターで同じ練度の衛士が搭乗したとします。果たして、アレに勝てますか?」

 

「勝てる。我ら近衛を甘く見ないことだ」

 

 なるほど、随分と自信家なことで。彼らは本気で言っているのだろうか。戦闘の基本はよりアウトレンジから攻撃できることが何よりも有効であることを知らないのだろうか? 

 

 もし自身の認識圏外から音速の二十倍をも超える誘導弾を飽和攻撃で打ち込まれた場合に、どう対処するのだろう。それならばまだ良い。現実として光線属種と呼ばれるBETAに自分達の空を奪われたことを忘れてしまっているのだろうか。

 

「そうですか。では俺はこれで失礼します。ああ、それとそれほどの機体ならば、その能力を疑ってしまったことについては、詫びさせていただきます。それでは、これで」

 

さて、俺には俺の仕事がある。この世界の人類の為に、まずは戦術機の魔法使用改修型を作ることですかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




月詠さんファンの方、斯衛軍ファンの方すみません。
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