救世日記~世界を救うだけの簡単なお仕事です~   作:カペリン

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さて、それではあの魔法の裏側で彼らが何を思っていたのか、そして魔改造の結果どんな兵器が生まれるのでしょうか?


第8話   魔法その裏側で~試作九九式電磁投射砲? なんですかそれ~

 

 

 

 彼が実演で示すと言った魔法に、アルゴス試験小隊だけでなくユーコン基地そのものが注目していた。彼があの佐渡島ハイヴを破壊したと実しやかに噂されていたが、それはいわば各国上層部だけが知り得た事実であり、現場指揮官たちには知らされていなかった。どこから来たのかすら定かではない自称『魔法使い』が、単身でハイヴを攻略したなど誰が信じるだろうか。

 

 特に日々現場でBETAの脅威に晒されている佐官以下の士官は一笑に付すだろう。だが、それを上層部が信じえたのは、彼が態々こちら側のスパイを特定して、こちらに佐渡島で何かが起こると教えてくれたからだろう。そしてそこで行われた余りにも非現実的な光景を―――彼は戦闘と言っているが、それはそんな生易しいものではない、一方的な虐殺である―――監視衛星やスパイを乗せた工作漁船からリアルタイムで送られてくる映像やデータとしても確認が取れたからこそ、各国の上層部はそれを現実として受け入れることができた。いや、受け入れざるを得なかったというべきだろうか。

 

 とにかく、それまで噂として流れてくるだけであった魔法について、彼が衆目の場で魔法とはこういったことができる技術であると示すのである。注目されないわけがなかった。その結果として、概ね、最初は興味を引き、最後は驚愕か歓喜のどちらかの心情で終わったと言って良いだろう。だが、彼らから提出された報告書はの結論は判を押したように同じであった。要約するならば、「一刻も早く実験を完了させ、実戦配備用の量産機の製造に入るべきである」と。さて、彼らは今何を考えているのだろうか。

 

 

 

 

 

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 先日、帝国より戦術機改修計画、XFJ計画に加え、新たな戦術機改修計画開発が立ち上がったと報告を受けた。私が任されている不知火・弐型とは別に、訓練機である吹雪(TYPE97)を改修するものであるという。つまり、不知火・弐型が失敗したときのための保険という意味合いかと思ったのだが、どうやら違うようであった。なぜならば機体は確かに日本帝国が開発した吹雪(TYPE97)であるが、その改修の発案がなぜか国連なのである。どうして国連がという思いがなかった訳ではないが、それ以上に重要なのは国連横浜基地から立ち上がった改修計画だということである。

 

 つまり、この計画にはあの魔女が一枚咬んでいるということだ。そして自分へ宛てられた命令書に記載されているあまりに非現実的な『魔法』の2文字。魔法というのは、御伽噺の世界にのみ存在し得るものではなかったのだろうか? そして戦術機を改造してその魔法を使えるようにするということらしい。何を馬鹿なとも思ったが、命令書に記載されてあった魔法による戦果として、『甲21号目標を攻略』という件で思考が凍りついた。

 

 一瞬、不敬ではあるがこの書類を記した上官の正気を本当に疑った。あれは我々人類が夥しい数の骸の山の末に、更にあの忌々しいG弾さえも投入することにより、漸く1箇所攻略に成功することができた、そういったものだったはずだ。書類をさらに読み進めるとその異常さがさらに際立つ。

 

 まず、ハイヴ内のBETAを全て殲滅した可能性が極めて高いという点である。その規模にもよるがハイヴ内部には数十万、若しくはそれ以上の数のBETAが存在する可能性が極めて高いとされている。それを、殲滅するなど常識で考えればありえないのだ。

 

 ハイヴ攻略戦では内部突入部隊は出来うる限りBETAを避けて最下層へと侵入することになっている。それは出現するBETA全てを相手にしていてはとてもではないが、弾薬や長刀が持たないためであるし、戦闘中に別のBETAに撃破される可能性も高まるためである。

 

 そのため、反応炉を破壊(攻略)されたハイヴに所属するBETAは近隣のハイヴに向かって逃走、あるいは移動するのであるが、佐渡島ハイヴではその際に発生するBETA群はおろか地中振動さえも観測されなかった。つまり、佐渡島ハイヴから近隣のハイヴへ移動するBETAが存在しなかったということであり、つまりそれは命令書にある推測が真実であるということを如実に表していると言えるだろう。

 

 さらにその業績はそれだけではとどまらず、G弾に酷似した漆黒の球体でモニュメントとハイヴの地下茎構造を根こそぎ破壊し、尚且つそこにはG弾と同じ理論を使用したのであるのならば必ず存在するはずの重力異常が認められないときている。つまり、それはG弾に酷似した別の何か、つまり魔法なのだろう。更に、なぜか佐渡島ハイヴの地下にマグマが滞留しているとのことである。地球の火山活動すら彼は操るとでも言うのか。

 

 これだけでも確実に偉業と呼ぶに相応しいのであるが、問題なのはそれを『単身でハイヴに乗り込んで』行ったということである。私は穴が開くほどに命令書を凝視したが、そこに綴られた事実が変わることはない。彼をどうにかして自国に取り込みたいという思惑はどこの国でも共通であることは容易に想像がつく。現にこの書類は形こそ報告書という体裁をとっているが、その実はいかなる手段をもってしても彼との関係を悪化させないようにせよ。という命令書と同じである。

 

 つまり、最悪の場合には今私が進めているXFJ計画、つまり不知火・弐型の開発・評価試験を破棄してでも、彼の進める吹雪改修計画に協力するということを意味する。また、彼が我々に教授する魔法がBETAに対して十分に有効であると判断されれば、試製九九式電磁投射砲の開発さえもキャンセルされる恐れがある。

 

 幸いにしてか、彼の実験機とそのテストパイロットは私の所属するアルゴス試験小隊に配属となる。その利を生かし何としてでも彼からより良い技術提供を受けることができるよう努めねばなるまい。彼がもたらす魔法を必ずとも帝国の技術とできるようにする。そう決意を新たに初日に臨んだわけである。しかし、その決意は目にした現実の前に早くも崩れそうであった。ユーコン基地へ搬入する以前に、横浜で実験機の起動実験と魔法発動試験だけは行ってきているらしい。だが、その内容が彼にしては普通なのだろうが、我々にしては余りにも非常識であった。

 

まず、攻撃用の魔法として発動されたもので突撃(デストロイヤー)級の前面装甲十枚を重ねたものと、要撃(グラップラー)級の前腕衝角を九本束ねたものを何れも両断することに成功。まず、この時点でおかしい。突撃(デストロイヤー)級の前面装甲と要撃(グラップラー)級の前腕衝角は何れも修正モース硬度15以上であり、かつその靭性はカーボナイドを上回る。通常であれば120mm突撃砲でやっと1枚貫けるか否かの突撃(デストロイヤー)級の前面装甲を纏めて十枚切断。続けて同じく74式長刀では絶対に切断できない要撃(グラップラー)級の前腕衝角を9本纏めたものでさえ両断。

 

 しかもそれだけでは留まらず、防御魔法も発動したとのことだ。戦術機はその装甲故に基本的に防御力は低い。第一世代機は例外的に多少装甲が厚かったが、第二世代機以降は装甲よりも機動性を重視している。そのため、重要部に機関砲を受けただけでも使用不能になるのだ。そのため、基本的に敵の攻撃を回避することに注力されている。敵の攻撃を受け止める発想で作られた戦術機など存在しない。

 

 そのはずであったのだが、彼はそれを防御魔法によって可能とした。なんと戦術機であの大和級の主砲弾を防御に成功したとのこと。これには室内のあちこちから驚きの声が上がった。戦艦の主砲弾は喰らえば現在確認されている如何なるBETAであっても粉微塵と化す威力を持っている。そのはずであり、BETAもその防御は光線(レーザー)属種による砲弾の迎撃でしか対処できなかった。

 

 しかし彼は、その常識を真っ向から否定した。防御魔法によりこれまで対処不可能であった攻撃を『防いで』撃破することができるようになるかも知れない。もしかすると、あの光線(レーザー)属種のレーザー照射すら防ぐことができるのではないのか。ここまでくると最早妄想に等しいと言われそうではあるが、もしも実現可能であるのならばすべての衛士にとっての福音に他ならない。

 

 大地に足をつけて戦えば突撃(デストロイヤー)級に轢き殺され、要撃(グラップラー)級に叩き潰され、運が悪ければ要塞(フォート)級の触角で融かされ 、大概は戦車(タンク)級に喰われる。かといってそれらを回避するために空中に上がれば光線(レーザー)属種に撃ち落とされる。それが今までの現実であり、衛士の日常であった。だが、もしこの妄想が現実のものとなるのならば、我々は、人類は再び空を戦場として使うことができるようになる。

 

 話は進み、ステラ・クラレンス少尉の質問に答えるため彼による魔法の実演が屋外で行われることになった。屋外といってもそこは演習場であり、何もない荒野である。あるとすればしばしば見受けられる岩ぐらいか。そんな場所で彼が魔法を使うという。これを寸分たりとも見逃してはならない。

 

「それでは、今からいくつかの魔法を使用します。まず前半の5種類は貴方方にも使える魔法です。いくつかは現在実験機に搭載されていないものなのですが、将来的には搭載されるかもしれないものです。ではます・・・・・・【トランプル】  顕現せよ(イグジスト)!」

 

 彼の声とともに、その前にあった岩が突如砕け散った。まさか、あの一言で魔法とは発動できるというのか。

 

「【シールド】  顕現せよ(イグジスト)!」

 

 続く言葉も一声。それによって私たちへと飛来するはずであった砕けた岩の破片が、なにか見えざる壁のようなもので防がれる。まさか、これが彼の言っていた防御魔法なのか。

 

「では次です。【ディスポーズ】  顕現せよ(イグジスト)!」

 

 その声に応え、大岩が格子状に切断される。今、一体どうやって切断したのだ。何も目には写らなかった。まるでそれが自然であるかのごとく、速やかにその状態に移行した。

 

「我、法を破り・理を超え・殲滅の意思を抱くものなり……グロークン・グロークン・エイテ・イム・シーンス!  【ヴォルテックス】  顕現せよ(イグジスト)!」

 

 今度は一声ではない? なにやら先よりも遥かに長い言葉を連ね、そしてやはり最後に『イグジスト』と発生している。あれが魔法発動の鍵なのか? だが、そんな私の思考は目の前で起こった現象を理解するためにそちらへとリソースを割かざるを得なかった。先ほどの岩だったものがすり潰されているのだ。一体何をどうしたらあんな現象が実現できるのだ。しかし、それも彼にしてみればごく当たり前のことだったのかもしれない。なぜならば、

 

「我・法を破り・理を超え・破軍の力・ここに得んとする者なり……爆炎よ・猛炎よ・荒ぶる火炎よ・焼却し・滅殺し・駆逐せよ・我の戦意を以って・敵に等しく滅びを与えよ……我求めるは完璧なる殲滅!  【マキシ・ブラスト(第三の業火)】  顕現せよ(イグジスト)!」

 

 突如として虚空に火球が出現し、大爆発と共に火炎旋風を巻き起こし全てを焼き尽くしてゆく。火種は、いや可燃物さえないのにこんな現象が起こせるのか。我々が今まで信じてきた科学とは一体なんだったのかと問いかけたくなってくる。

 

「今までお見せした魔法のうち、最初の3種類は実験機に搭載済みです。また、後の2種類については、皆さんにお見せしたように発動までに少々時間がかかります。ですので、魔法を使った有効な戦法が確立されるまでは配備するつもりはありません。言っておきますが、この技術は危険を伴います。そのため勝手に模倣して使わないようにお願いします。使われると色々と面倒な事態が発生するかもしれませんので」

 

 実験機では最初の3種類の魔法が使えると彼から聞かされ、小隊の隊員達も驚きを隠せない様子だった。私もそうだ。できる限りそれを顔には出さないようにはしているが、それでも押し殺しきれるものではない。しかし、彼から付いた注文である、勝手に模倣して使わないようにということは一体どうしてだろうか。確かにあれだけの力が暴走すれば危険なのは理解できる。だが面倒な事態ということがよくわからない。

 

 確かに書類にも魔法は専用の装置を用いて使うことという彼から付された条件が記載してあった。つまり、それを守らなければ何か不都合が起こるということなのだろうか。わからないが、彼の心象を悪くする事態だけは出来るだけ避けたい。そのためにも彼の条件は守るべきだろう。

 

(まあ、上からは出来るだけ彼の関心を買っておけとは言われちゃいるが、この状況でなにをどうするってんだよ。まぁ、食事の時間に話しかけてそっから打ち解けるってのが常道かね。人間、メシを食ってるときにゃあ少しは気が緩む。そこを取っかかりにできりゃあいいんだかねぇ。)と内心で思っているのはイタリア出身のヴァレリオ・ジアコーザ。

 

 まさか彼がこの世界の食事に不満を持っている―――特に合成食材を使った中では美味いと言われている横浜基地の食事でさえあまり美味くない―――と感じているなど彼は知らないのだから仕方のないことではあるが。横浜基地の食事がそれなりに食べられる味に仕上がっているのは、ひとえに京塚のおばちゃんこと、京塚 志津江臨時曹長の手腕によってであり、彼女が居ないこのユーコン基地の食事では尚更彼を満足させることは出来ないだろう。

 

「そうですね、他にも魔法体系はいくつかありますので、それもお見せしましょう。……其は天を焦がす偉丈夫・まといしものは青白き稲妻・雷の荒ぶる支配者よ・轟く者よ・戦士の誓いと盟約の元に・我は汝を召喚す・出よ 【武雷神 (トール)】」

 

 透明な巨人が見る間に組み上がり、最後に青白い光が宿る。それ高ではなく、その体からは小さな放電が起こっている。内部に電気エネルギーを内包しているのだろうか。しかも目の前のそれは彼の命に従っているのか、それとも自立した存在として作られているのかわからないが、その巨躯から伸びる二本の腕を盛んに動かし……いや、その身体さえをも動かし始めた。なにやらよくわからない姿勢になっているが、あれはどういった意味があるのだろう。

 

「ああ、気をつけてくださいね。成りはあんなのですが、内部に天然の落雷数十発分のエネルギーが封入されてますから、まあ、要塞級でも触れた途端に蒸発するでしょうね。わかりやすく説明するなら熱量換算で大和級の主砲から発射された主砲弾100発分以上の熱量といったところでしょうか」

 

(おいおい、冗談じゃないぞ。そんな物騒なモンにボディビルダーのポージングさせてるのかよ、あいつ。しかも触れただけで要塞級が蒸発、冗談じゃねぇ……。あんなもんに触れたら戦術機ところか戦術機母艦ごと蒸発するぞ、おい)その頭の中で内包されるエネルギー量を弾き出し、それに驚愕しているのがヴィンセント・ローウェル軍曹である。

 

 そしてそんな存在に、なぜかポージングをさせるという彼の思考回路が全く読めないでいた。まあ、ポージングをさせるのは、武雷神(トール)を発動させた彼の趣味ではないし、ただボーッと立たせておくのも芸がないので、適当に見栄えが良さそうな動きをするよう武雷神(トール)の行動を司る仮想精霊に書き込んだだけである。ただそれが、ポージングだったというだけの簡単な話であるが、そんなことは彼が知る由はなかった。

 

「大いなる力の三角 六芒 五芒 光と闇 円盤に満つる月と 竜王の英霊に申し上げる ……」

 

 続いて彼が紡ぐのは如何にも魔法らしい魔法。娯楽の乏しいこの世界では、そんなものは考えられてすらいないのだろうが、それでも今までとは違った何かを感じているのかもしれない。するとどうだろう、そこには何もなかったはずである空間に、ナニカが徐々に姿を現す。先ほど見せられた魔法のように、何もない空間に火球が出現するといったシンプルな現象ではない。

 

 それは一部の宗教圏内の者たちには聖書(バイーヴォ)と呼ばれる書物の中で、あるときは神の祝福を受けた勇者に退治される悪役として登場し、またあるときは聖書(バイーヴォ)で世界の終末に現れるとされた存在、そしてまた別の文化圏では、それは神聖にして不可侵の存在であり、崇高なる存在にして孤高たるものとされた。ある者はそれを崇め、またある者は敬い、別の者は願い、そして彼らを祭り、誰もがその裏で畏怖を抱く。

 

「……天の理 地の理 人の理 力の円錐ディマジオの紋章もちて 我に聖なる炎 三頭黄金竜の力 与え給え  【皇竜波(マー・ノー・ウォー)】!」

 

「ド、ドドドド、ドラゴン!」「龍だって!」

 

 彼が呼び寄せたもの、それはキリスト教圏ではドラゴンと呼ばれる世界の終末に現れる魔獣であり、中華文化圏では神の化身とされ、時には皇帝と同義であるとさえされる聖獣たる龍である。それが、そんな存在が。ただ人の召喚に応えこの場に現出する。

 

 そしてその三つ首の黄金竜は己の三つの(アギト)から、その吐息を吐き出す。それは圧倒的な破壊力を持って全てをなぎ倒す破壊の奔流だった。この前ではたとえあのBETAが作り上げた忌々しいモニュメントすら消滅の運命を逃れられない、心の中でそう確信させる何かがあった。そうとしか言いようがないだろう。

 

(彼は一体何者なのだ)

 

 それだけが彼らの中で一致した疑問となる。だが、それに駄目押しをするかのごとくかれが更なる呪文の発動に入る。

 

「黄昏よりも昏きもの 血の流れよりも紅きもの時の流れに埋もれし 偉大な汝の名において我ここに闇に誓わん……」

 

 彼の言葉に応えて手元に現れるのは、今までで一番小さな光。これがあの呪文の効果なのだろうか。だとしても些か期待はずれだと考えるグループと、このあと何かあるに違いないと考える二派に別れた。だが、今までが今までである。ここから何かとんでもないことをしでかす可能せも十分に考えられる。彼らにできるのは、彼の魔法が早く終わるよう祈ることのみであった。

 

「……我等が前に立ち塞がりし 全ての愚かなるものに我と汝が力もて 等しく滅びを与えんことを 【竜破斬(ドラグ・スレイブ)】!」

 

 その呪文の完成と同時に、平原の遥か彼方へと赤い光が収束する。今までと比べ、あまりにも地味な効果だと誰もが考えていたその次の瞬間、世界に赤い爆光が満ちた。それはあらゆるものを飲み込み、そして打ち砕いて膨張する。やがて暫くして、都市一つ分ほどの面積を焼原やクレーターへと変えその魔法は効果を終了した。

 

 XFJ計画の責任者である篁唯衣中尉は、あまりに非現実的な光景に飛びかける意識を必死に呼び戻し、状況の分析を始めた。

 

(一体あれは何なんだ。彼方へと赤い光が集まったと、ただそれだけの効果だと思った。だが、その後の圧倒的な破壊力が魔法によるものだとすれば、余りにも恐ろしい。あれがBETAに向けられるのならば我等人類にとってこの上ないほどありがたいことであるし、諸手を挙げて歓迎しよう。しかし、もし我々人類に向けられてアレが放たれるとなれば、想像するだに恐ろしい。中規模の街程度ならあの一撃で壊滅する。彼を敵に回すという愚行だけは絶対に避けねばならない。

私に宛てられた『いかなる手段をもってしても彼との関係を悪化させないようにせよ』という上層部からの指示はこれを見据えてのことだったのか。何にせよ、彼を他国に取り込まれる訳にはいかないということだけは、この私でさえわかる。もしも彼の実験機について何らかのトラブルや改修についての助言を求められた際には、何をおいてもまずそちらを優先すべきだ。それが彼の帝国への心象に少しでも寄与すると考えれば、不知火・弐型よりも優先されるべきであることは明らかだ)

 

 彼等はそれぞれの国の思惑を背負いながらも、思っていたことは共通している。それは彼を敵に回すことは、絶対にあってはならない愚行であるということ。そしてもう一つは、なぜもっと早くこの魔法という技術を人類に提供してくれなかったのか、ということである。自分達が聞かされているのは、その魔法技術は横浜の『魔女』の異名を持つ、香月夕呼博士を通して提供されるということ。そして博士曰く、彼がこの世界を救うために魔法技術を提供するということ、この2点である。

 

 詳しい経緯は自分達には分からないが、我々人類がここまで存亡の危機に立たされる前に、なぜ彼は来てくれなかったのか。もう少し早く来てくれていれば……そう、例えばもう10年早ければ日本帝国はBETAの脅威にさらされる危険は減少したはずであり、中国もまだ半分残っていた。そしてインドさえも無事だったかもしれない。さらにもう10年早ければ欧州も半分は残っていたかもしれない。

 

 しかし聞くところによれば、彼はいくつもの世界を渡り歩いて、その世界を救うことをその使命としているらしい。ならば、自分たちの世界が救われる代わりに、滅ぶ世界も出てくるのではないだろうか。結局は自分達、ひいては自国のの都合を最優先で考えて動いている自分達に彼が来るのが少々遅かったとはいえ、それを非難することができるのだろうか。

 

 ともすれば、ギリギリに詰まったスケジュールを彼は回しているのかもしれない。そんなことを聞いた彼はこう言っただろう。『救済する世界のどの時間軸に現れるかは、自分では決定できない』と。だが、そんなことを全く知る由のない彼等は自分たちの心の底から湧き上がる暗い思いを、振り切れないでいた。そしてやはりというか、その思いを口にしてしまう者もいた。

 

「なんで、なんでもっと早く来てくれなかったんだよ……こんな力があるのなら、アタシの国は……人類はもっと救われていたはずなんだよ! どうしてだよ、答えてくれよ!」

 

 彼に飛びかかろうとして、それを制止させられたのはタリサ・マナンダル。ネパール出身ののテストパイロットである。アルゴス小隊のメンバーによって辛うじて、その暴挙は食い止められたが、その目には自国の大地をBETAによって蹂躙され、住む土地を追われることになった悲しみと、それを防ぐ力を持ちながら、今この時になってのこのこと姿を現した、彼への非難の色があった。

 

「すまない。あなた方すべてを救うことができなかったことは、遺憾の極みだ。だが、俺には何処の世界をいつ救済するかという決定権は与えられていない。決めるのは俺ではなく、言うならば『神』だろう。言い訳がましく聞こえるだろうが、そのことは分かって欲しい」

 

 彼は、それだけを述べ、頭を垂れた。

 

「それが……そんな無慈悲な選択をするのが「神」のやることかよ! 畜生! 神の馬鹿野郎!!」

 

 彼女の魂の叫びは、ただ虚しく青空に響くのだった。

 

 

 

 

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 『なんでもっと早く来てくれなかったんだよ』か。どこの世界でも、相変わらず浴びせられる言葉だし、そして相変わらず、心に重く伸し掛る言葉だ。俺だってもし助けられる側だったら、罵声の一つは浴びせたくなるだろう。そしてこの世界の置かれている現状から、彼女の発した言葉は余りにも的を得ていると言えるだろう。

 

 俺自身、もっと早くに介入できていれれば救えた世界もあったはずだ。だが、どの世界に、いつの時間軸で送り込まれるのかは俺には分からない。常人の精神ならばとっくに発狂していてもおかしくはない。あの存在の加護のおかげなのか、その兆しはないが、いっそのこと狂ってしまえればよかったのにと思えることもしばしばあった。だが、明日へと未来を繋ぐために、俺は俺に出来ることを行うしかない。

 

 さしあたっては、この世界の人類がBETAに対抗出来るだけの戦力を確保する、その手助けを行うことだ。自室に入り、今日の落し物を探し出す。幸いなことに拾得物の届出先は先ほど事務方に確認済みである。それにしても数が多い上に、落とし主が分からないものがほとんどである。ああ、かたづけラッカーDXがあれば楽なのになぁ。

 

 最終的にはボストンバッグに入れてそれらの物品を、庶務へと届け出る。無論、自室で見つかった落とし主不明の拾得物として。ひょっとしたら、おそらくこの部署の常連になると思うけれど、良好な関係を築いていきたいものだ。多分、そのうち顔を覚えられると思う。部屋の掃除をする度にここに来るのだから。

 

 部屋に戻り、車両の設計変更を開始する。最初に取り掛かったのは、立体投影映像で確認した結果、最も簡単に改造ができるであろうと判断したMLRSだ。この車両は極論すれば無限軌道(カタピラ)で動く台車の上に、ロケット砲弾の発射台を搭載しただけと言える。まあ、操縦席にロケット弾発車時の有毒ガスが流れ込まないように気密構造になっていたり、発射時の噴煙を防ぐように設計されていたりと様々な特徴があるが、基本的に弄るのは操縦席だけであるため色々とやりやすい。

 

 また、乗員は3名で車長・操縦手・砲手であり、このうち車長と魔法士(ソーサリスト)を兼任させようと考えている。必然的にその車内に戦術機の座席を置くことで、魔法使用時の呪詛回収をしようと考えたのだが、これがまた大幅な設計変更を施せばなんとか収まるというギリギリのサイズであった。元より戦術機に搭載されるコックピットブロックをそのまま車両に積み込むことは不可能であることは承知していた。

 

 戦術機の場合には92式戦術機管制ユニットというものをベースに改造していたがこれは、緊急脱出(ベイルアウト)のためのロケットモーターやら着地の際に胞状に展開するエアクッション、果てはその後に使用する強化外骨格といった諸々を一つにパッケージングしたものである。そのため車両に組み込むユニットとしてはあまりにも大きすぎたのだ。そもそも緊急脱出(ベイルアウト)等を考えない車両ならば、そういった装置は必要ない。そのため、シート部位だけを積み込む予定だったのだが、それでも通常の状態では車体の規格内に収まりきらなかったのだ。

 

 比較的余裕のあるMLRSでさえこの有様である。戦車や自走砲などさらに設計上の余裕がない車両となれば、どうやっても無理だということは目に見えている。この先も見据えるという点で、車両専用のシートを開発するしかないだろう。一番余裕のない自走砲を対象とした場合に無理のない配置とするには、現在のシートサイズを最低でも1回りは小さくしなければならない。特に背もたれの高さが問題となるため、ここは現状の半分程度まで切り詰めたい。そういった諸元を勘案した結果、なんとかシートは目標サイズのものとなった。人間やれば出来るものだ。

 

 だが、問題はこれだけではない。呪素回収と魔力伝達を兼ねた配管をどのように取り回すのかという点である。MLRSは搭載しているロケット弾による面制圧、特に防御力が比較的低い要撃級や戦車級以下の小型種の掃討がその使命である。そのため防御魔法を扱えるようにするということだけを考えればよかった。そのため配管もシンプルにコックピットと台車を囲むように配置する。だが、問題なのは自走砲と戦車である。

 

 自走砲は(陸上運用としては)大口径の砲を搭載し、そこから打ち出される榴弾で要撃級や小型種を制圧する、またその弾道特性により突撃級にも有効打を与えることができる。要はMLRSと同じ役割であると考えれば良い。自走砲はどのように配管を這わせれば良いのか考えたが、砲塔部分には配管を回さず、その車体だけを守るよう配置することにした。

 

 これは自走砲がその特性上、MLRSに近い使われ方をするため、防御だけにそのリソースを振れば良いということが幸いした。それにあの車体の中に5人もの人員が乗り込むことを考えると、攻撃用の呪文書式基盤(スペルタグ)の追加やそれに伴う封呪素筒(カートリッジ)の増設は難しいとう物理的な制約もあった。

 

 最後に戦車であるが、戦車は面制圧という点ではMLRSには遠く及ばず、かといって搭載する砲も自走砲ほど大口径ではない。また自走砲が基本的に曲射によって遠距離目標を攻撃するという運用方法であることに対し、戦車は直接照準による直射であるそのため、自走砲では敵の直上へ砲弾を落とし比較的柔らかい敵の背中を狙えるのに対し、戦車ではその硬い外殻へと砲撃を行い、その装甲殻を貫かねば有効射撃とならないという現実がある。そのため貫徹力の高い砲弾で突撃(デストロイヤー)級への対応を行う……はずなのだがそれが容易ではない。砲弾の進入角度も相まって、装甲殻に砲弾が弾かれるのだ。

 

 つまり、現状では戦車の火力改善も行わなければならないと考えた。かといって戦車で使える攻撃魔法として有望なものは果たして存在するのか。何かいい方策はないものかと考えていると、ふとあることに気がつく。攻撃に使用するからといって何も『攻撃用』の呪文書式を使わなければならないということはないのだ。対象を押し潰す【トランプル】は攻撃用魔法ではなく、工業用魔法の転用である。その効果が求めるものであるのならば、それでよいのだ。

 

 そう考え、砲を搭載する車両であること、その射程、求められる性質、転用の容易さ、それらを解決する術式は存在しないか考えたところ、【カタパルト】が候補に挙がった。それは工業用魔法ですらない、これは災害救助現場で避難用ワイヤーを張り巡らせるために使用する災害救助用の魔法として開発された経緯を持つ。人類の生存を確かにするために使われる術式が災害救助用とはある意味皮肉が効いているなと、自分でも思いつつその術式の効果を確かめる。

 

 それは強電磁場のトンネルを作り出し、その中を通った物体を加速させるという至ってシンプルなものであり、補助魔法と呼ばれるカテゴリに分類される。また、仮にではあるが【ブースト】の術式を事前詠唱すればその電磁場の出力を最大限まで上昇させることができ、弾体を音速の約90倍まで加速させることが可能となる。実際にこの方法を用いて拳銃弾を加速させて戦車砲以上の威力を叩き出した魔法士(レイオット・スタインバーグ)もいた。

 

 もし戦車の主砲弾を同様の速度まで加速させた場合、内包するエネルギー量は大和級戦艦の主砲弾4発分以上にも及ぶ。いくら堅牢な装甲殻を持つ突撃(デストロイヤー)級であろうと、これを弾くことはできないだろう。

 

 これは比較的遠距離から攻撃可能な戦車であるからこそ、口頭で【ブースト】を事前詠唱してから【カタパルト】での砲撃は突撃(デストロイヤー)級の最大速度が秒速47mであること、戦車砲弾が約10秒に1発の発射速度であることを考えると、5~6発ほどが魔法を使って撃てる限度だろうか。例えば戦車が60両配備されている戦車大隊があったと仮定すると、最大で300~360発この砲弾が発射可能となる。

 

 仮に師団級BETAが発生したとして、割合的には大凡その7%ほどが突撃級であるとされている。ということは、最前衛である突撃(デストロイヤー)級は700~1400体であると考えられる。ふむ、面制圧で自走砲やMLRSの砲撃での漸減も考えれば、2個戦車大隊で師団級BETAの突撃(デストロイヤー)級に対抗できるとと考えられる。レールガン(電磁投射砲)搭載型戦車か……これはなかなかに有効かも知れない。

 

 戦車であるがゆえ直接照準であり、直射であることも幸いする。敵との相対距離が自走砲やMLRSと比べて短い為、弾体の減速も最小限に止められる。これが山なりの軌道を描く自走砲ではその恩恵はかなり小さい。おそらく砲弾の到達距離が伸びる程度だろう。

 

 ただし、魔法を攻撃に使用する以上、封呪素筒(カートリッジ)の数も増設する必要があるだろうし、もしこれを試作するとなると大掛かりな改修が必要となりそうである。とするならば、戦車の改装計画は一番最後とするのが良いだろう。それまでに、戦術機や他の戦闘車両での魔法の運用データの蓄積や、呪素の回収効率等からそれを最適化して再設計すれば攻撃に回すリソースを確保できると踏んだ為だ。

 

 現在、戦術機に搭載されているユニットはあくまで仮のものであり、その配管形状や特に呪詛回収の要となるシート部分に大幅な改良の余地があると考えている。それらのデータを得るための実験機であり、そのための評価試験である。そこから得られるデータを元に改良してゆくのだ。とりあえず、防御魔法が発動できればいいMLRSと自走砲は既に新型の座席を搭載したモデルの設計は終了した。

 

 さて、ではこの図面を基にまずは座席の製造から始めないとならないだろう。幸いにも必要な資材は国連へ発注すれば良いとのことなので、明日にでもその依頼をするとしよう。しかし、この【カタパルト】であるが、【ブースト】と併用すれば更に多彩な用法もできるのではないだろうか? 例えば、戦術機の36mm突撃砲の弾速をM(マッハ)90程度まで引き上げれば、その1発が持つエネルギーは戦艦の16インチ砲の艦砲射撃と同程度である。更に突撃砲は毎分1000発程度の発射速度を持つことを考えると、短時間ではあるが戦術機の制圧火力の向上に役立つだろう。

 

 加えて言えば、今まではあまりその役割が注目されていなかった機械化歩兵の火力向上にも一役買うのではなかかろうか。つまりだ、バルカンのような多砲身を持つ機構であればBETAに対して毎分4000発以上の砲弾を叩き込むことが現状既に可能である訳だ。そしてその1発1発の威力は巡洋艦の主砲並みとなる。これは新しい兵器形態として提案してみる価値がありそうである。

 

 この場合にも攻撃用の術式を積むのだから、戦車と同じくデータが集まってからの設計とするのが良いだろう。明日からは、クラレンス少尉が搭乗する戦術機の慣熟訓練が始まる。実質的な機種転換であるためその操作に慣れるまでに1ヶ月ほどは必要だとみている。その間にもデータ等は集まるだろうからその解析に加え、MLRSと自走砲の改装とやることは恐ろしく多い。

 

 それに、俺にはまだ行かなければならない場所もある。太平洋到達不能点と呼ばれる場所に沈む超古代都市ルルイエと、そこに眠る旧支配者の一柱たるクトゥルフである。その場所にそれが存在するかどうかが非常に気がかりなのだ。それだけでこの世界の人類に降りかかっている驚異の度合いが一変してしまうほどに。だが、それが存在しないとなれば人類はBETAに対してある程度の抵抗力を手に入れることができる、と考えることもできる。全てはこれからだ。




うん、あれだ。夕呼先生には悪いけど反省はしていない。攻撃に使うからといって、必ずしも攻撃用魔法を使う必要はないのです。その結果がチート気味の兵器開発になってしまったとしても。
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