「リョーカ、青春学園に行ってこい」
「...は?」
大きな庭にぽつんとあつらえられたテニスコートの片側に、大量の汗を流した小柄な少女が地に伏せていた。
彼女の名は越前リョーカ、先日、アメリカJr.大会四連続制覇を成し遂げたばかりだ。
そんなリョーカは内心不満をもつ。
目の前に飄々と立つ男は、リョーカと打ち合いを始めて数時間、汗一つ流さず、更にその場所から一歩も動いていないのだ。
自分と男の実力の差は大きく、果てしない。
だからこそ、リョーカは何としてでもこの男に勝ちたいのだ。
言われた言葉の意味が分からず、再び男を正面からとらえるが、男...南次郎は普段とは一変して真剣な表情をリョーカに向けていた。
南次郎はいつも唐突に物事を進める。
その昔、突然リョーカの兄貴を紹介され、さらに引越しにより突然引き離された過去もある。
そういえば青春学園って、確か日本のJr.ハイスクールで親父がそこのOBだと聞いた事がある。
親父の強さの秘密...もしかしてその青春学園にあるのかもしれない。
知りたい、親父がどんなところで育ったのか。
そうしてリョーカは、日本へと旅立っていった。
しかしこの時リョーカは知らなかった、まさか自分がJr.大会の時と同様、【越前リョーマ】という偽名を使って、【男】として入学することになろうとは。
----------
「ダーハッハッハ!!似合ってんじゃねーかリョーカ!いやリョーマくん?」
南次郎の下品な笑い声に、朝からリョーカの機嫌は急降下した。
「こら、南次郎さん!リョーカちゃんをいじめちゃいけません!」
菜々子の制止も聞かず、南次郎の笑い声は止まらない。
リョーカは青春学園中等部の学ランを着ていた。
一応まだ中学一年生であるため、女であるリョーカも成長する見込みがある。
その為少し大きめのサイズを購入したのだが、思ったよりブカブカになりその姿をみて南次郎は笑い転げていた。
「もう、南次郎さんたら!
リョーカちゃん、気にしなくていいのよ」
菜々子は越前家に下宿している従姉妹の女子大生で、リョーカは何かと世話になっている。
そして常識人だ。
男として中学校に入学すると聞いた時も、彼女は余りの事態に気絶してしまった。
男のふりをしていた方が何かと都合が良い事をリョーカも分かっていた為、南次郎に言われるがままなリョーカを彼女は必死に止めた。
しかし時すでに遅く、入学手続きを済ませた後だった。
そんなこんなで日本でのアレコレを面倒みてくれる菜々子にリョーカは感謝しっぱなしだった。(特に南次郎を諫める件)
「リョーカちゃんはお昼に大会がありますよね?」
この日、リョーカは一つジュニアテニスの大会に出場申し込みをしていた。
日本での腕慣らしに申し込んでみたのだ。
うん、と返事をすると、菜々子は畳まれたリョーカのテニスウェアを手渡してくれた。
「頑張ってくださいね、初の日本の大会!」
「...よゆーだと思うけど」
リョーカは未だ笑っている南次郎を冷たい目で見つつ、部屋に着替えに戻った。
「南次郎さん...」
「んあ?何だ?」
「リョーカちゃん、きっと不安ですよ。
こういう時こそ父親として何か声をかけるべきじゃないのですか?」
不満げな顔を向ける菜々子に、欠伸を噛み殺しながら、南次郎は返事をした。
「いんや、あいつにそんなもんいらねーよ」
「けど...」
言い淀む菜々子に南次郎は視線を向ける。
南次郎の瞳にはリョーカへの不安など一ミリも写ってなかった。
それどころかリョーカがこれからどう成長するのか、期待に溢れている。
「何たって俺の子だからな」