鱗滝左近次の弟子になりました 作:判断が遅い!
俺は一つ一つの判断に時間をかける、それが今できる最善の行動なのか、この後に何が起きるか全部予測して判断する。それのおかげで俺は親に怒られることなく人生を歩んできた。周りからは気味悪がられていたが別にどうでもよかった。そして今俺は人生最大の決断を迫られている。
「鬼狩りになるため儂についてくるか、
街に出て行き、家に帰ればそこは血の海。家族は誰と一人としておらず、代わりのようにいたのは血に濡れた人間に似たナニカ。
そのナニカが家族を殺したのは明らかだった。そしてそのナニカの正体を即座に理解した。親の口から時々出た、鬼だと。即座に判断を下し、逃げるべきだとわかっていても今までの癖で最善の手を探した。そして鬼が近づき、死を覚悟したとき鬼の頭が滑るように地面に鈍い音を立てて落ちた。街に行くことが無ければ今頃俺は鬼の腹の中だろう。
「――判断が遅い」
「~~ッ!?」
判断を迷う俺の頬に、俺を助けた人は平手打ちを放った。
言葉の意味と言動がわからなかった、判断が遅くて何が悪いと口籠ると天狗の面を通してもわかる鋭い眼光で俺を睨みつけて低く問う。
「お前がもう少し早く帰っていれば鬼と会っていた、違うか?」
「…そうですね」
それがなんだと言うのか。
「お前が鬼と対面したとき、どうする」
「どうする、って……」
「判断が遅い」
すかさず飛んでくる平手打ちが俺の頬に直撃する。
「叩く必要なんて…」
「お前は判断が遅すぎる、未来のことを考えすぎだ。待ってくれる鬼などいない」
考えすぎだと言われても俺はこれが普通なんだ、命の恩人だとしてもそんなことを言われる筋合いはない。
「さぁ決めろ、鬼狩りとなるか、残るか」
「…鬼狩りになってやる。俺の名前は
「儂の名前は鱗滝
俺を助け、平手打ちを放った鱗滝という男は鬼を狩る者たちが集まる組織の一人だったらしい。
今は引退し、時代の鬼狩りを育てるため日本を放浪していたらしい。
俺はその判断を後悔することはない…そう思っていたのだが。
「もう疲れたのか」
俺は整備されず、荒れた道をがむしゃらに走っていた。
目の前にいる男‥爺さんはとてつもなく足が速かった、そしてどこから出てくるかわからない無尽蔵の体力。半日は走っているというのに爺さんは全く疲れを見せない。俺は肺が破裂しそうだった、足もかろうじて動くが気を抜けば足を絡ませて道に倒れるだろう。そんな俺を悠然と前から見下すように見てくる、こんなにもイラついたのは初めてだった。
「ここから儂の家まで下りてこい、夕方までだ。下りて来れなかった場合は…弟子とは認めない」
何とか爺さんの家についたかと思えば山を登らされ、そう告げられた。
困惑する俺を放って爺さんは深い霧に姿を消した。意味が解らなかったが山を下山しないと俺が死ぬことだけはわかった。来た道を下るように俺は威勢よく走り出した…それまでは良かったのだが――。
「っあ、うわぁぁ!」
走り出した数秒後、落とし穴に落ちていた。
「なんだこれ、罠…?」
土ぼこりを払って、案外浅かった穴から出て周りを見渡す。霧で遠くまでは見えないがある程度の距離は見える。
どうする、どれが最善だ。
必死に考える、そのうちに俺は地面を蹴って走り出していた。
今ここで考えても日が落ちていくだけだと判断したから、なによりあの爺さんにぎゃふんと言わせたかった。判断が遅いとか言って平手打ちをされたのは絶対に忘れることはないだろう。
「かえって、きた…ぞ、爺さん‥!」
引き戸をこれでもかと力を入れ引き開けてそう家の中にいるであろう爺さんに言ってやる。
体中がビキビキと痛み、特に頭が痛い。丸太が頭に何度も掠った、一歩間違えれば頭が飛んでいた。そう考えるとぞっとするが今生きているのだ、関係ない。
「よく帰ってきた、まずは手当だ」
その爺さんの満足そうな言葉に気が抜けたのか俺の意識は途切れた。
「うがぁぁぁ!」
爺さん‥‥師範のところに弟子入りして三日、ある程度の怪我が治ったところで俺はまた山に放り込まれた。そして無数にある罠を避けて、走って、避けて、走っての繰り返し。日が経つにつれ、罠の難易度――殺傷度が高まっていく。絶対に俺を殺しに来てる。
そして大半の罠を避けれるようになった日には手拭いを目に巻かれ、刀を持たされ山を下らされた。罠の難易度は一番下まで下げてくれていたみたいだが本当に死ぬかと思った。真っ暗な視界、そして無駄に重い刀。そう、刀が邪魔すぎるのだ。まだ視界は良い――本当は良くないが、刀が重くて思うように動けないのだ。避けれていたはずの罠に引っかかりまくり、挙句の果てには足を滑らせ山中で転がるという始末。
目隠しをつけて山下り、その後地獄の素振り。千回終わったと思ったらまた千回、毎回腕が本当にあるのか疑いたくなる。目隠しをつけての山下りはある程度の罠が避けれるようになったら外してくれた。
刀は折れやすいと最初に言われ、刀を破損させれば骨を折るぞと低めに脅される。師範であればやりかねないので刀を振るときは要注意。
「さぁ、かかってこい!」
「良いんだな!?ぅおおおお!」
俺は刀を握って師範を斬るつもりで向かって行く、師範は素手。何も持っていない、丸腰だ。
勝てるだろうと舐めていた俺が馬鹿だった、師範は馬鹿強かった。服を掴まれ地面に転がされる。服はボロボロで土だらけ、洗うのは自分なのでできるだけ毛汚したくない。
何度も逃げ出そうとしたが何とか思いとどまった。逃げても捕まることは見えていたし逃げる暇があるなら修行に時間を費やせと確実に引っ叩かれる。
山下りと素振り、斬りかかりを行って過ぎていく日々かと思えば師範は俺に特殊な呼吸法を教え始めた。
肺を大きくして多くの空気、酸素を肺に取り込むみ体中に送る呼吸法らしい。そして水の呼吸という呼吸法か剣技かわからないものも会得しないといけないらしい。無理だろ、そう口から零れた瞬間腹を叩かれた。なぜだ。
全集中の呼吸を会得して数日、滝から「水に成れ」そう言われて落とされた。意味が解らない。
今回こそは死ぬかと思った、そして修行僧のように滝に打たれるという、水はとてつもなく冷たく体を凍らせた。凍傷起こしかけた、師範は俺を殺しに来てる、そう確信した日だった。
「キッッッツ、何この全集中の呼吸って、意味わからないんだけど」
全集中の呼吸を面白半分で継続させていたら頭がガンガンして心臓が耳か口、どちらからか飛び出したかと思った。だが継続させて走ったり素振りをしたりすると全集中の呼吸の力を実感した。
走ってもあまり疲れることは無かった――山下り、素振り後なので疲労は溜まっているが。真面目にやってきた鍛練のおかげで肺活量はそれなりについたのだろうが継続させるにはまだ足りないらしい、人間やめないといけないの?疑問が一つ生まれた。
「俺は水だあぁぁぁ!」
そう叫びながら滝に打たれ、川で泳いで体力をつける。その後身体を休ませることなく山下り、素振り、斬りかかり。いつもならそれで終わりなのだが肺活力を鍛えるために俺は深夜に山下りを始めた。師範にバレないように出るのは案外簡単で開いていた窓から出て山を登る、下る、そして登る途中で作動した罠を直して下る、それを師範が起きる時間まで繰り返し何事も無かったように布団に入る。
怪しまれていたのか一週間で深夜に出ていることがバレて平手打ちをくらった、解せない。
「睡眠も大事なことだ、わかったか」
「…はーい」
その日から夜は寝ることにした、寝ると言っても全集中の呼吸ができるように神経をとがらせているが。
過酷な稽古のおかげか全集中の呼吸はかなり続くようになったがかなり意識しないと続かない、継続中に師範に話しかけられて俺が「途切れたじゃんどうしてくれるんだ!」と喚くと師範は首を傾げた。
「儂は‘‘常中‘‘を教えた覚えはないが…」
「常中って言うのこれ。皆やってるんでしょ、すごいですよね!人間やめてるんじゃないの!?」
「…あぁ、そうだな。
少し間を開けてからそう頷く、何か隠している気がしたが聞いても答えてくれないだろうしやめた。その日から何故か稽古の量が増し、睡眠時間が減った。睡眠をとることも大事だと言った師範はどこへやら。
もしかしてあれ?まだ俺が常中習得してなかったから稽古量増やされた感じかな?全集中の呼吸ずっとやってる人は人間やめてると思うんだわ、人間やめたくないんだわ俺。どーせ師範もできるんでしょ、はい、師範は人外、決まり!
そう思っていたら師範に外に連れ出された。叱られる、そう思っていたが違ったようだ。巻き藁を前にして「見ておけ」そう短く言って師範は刀を抜いた。
――水の呼吸 壱ノ型 水面斬り
風が逆巻くような音が聞こえたと思えば巻き藁に横薙ぎの一閃が入る、巻き藁が宙に落ちている瞬間に次々と技を繰り出していく。
――弐ノ型 水車
――参ノ型 流流舞い
――肆ノ型 打ち潮
――伍ノ型 干天の慈雨
――陸ノ型 ねじれ渦
――漆ノ型 雫波紋突き
――捌ノ型 滝壷
――玖ノ型 水流飛沫
――拾ノ型 生生流転
チン、と師範が納刀いたときにはもう巻き藁は塵と化し風に吹かれて飛んで行った。
ちょっと意味が解らない、えぇなに?宙に有った巻き藁を寸分の狂い無しに技を直撃させて塵にした?もうなんか神の域に踏み込んでる気がするよね。神が居るか知らんけど。
「これ全てを会得してもらうぞ、普賢」
「いやいやいやいや、無理無理!!」
「今更そんなことを言うな」
そう言ってから一ヶ月ほどで常中を会得し、師範との木刀での打ち合いが始まった。
基本のきの字もない俺が師範に勝てるわけも無く脳天を木刀で
水の呼吸とか言うやつを教えてもらい、一ヶ月でやっと壱ノ型を自由自在に使えるようになった。このまま行くと十ヶ月もかかってしまうと絶望していると師範が助言をくれた。
「水の呼吸はいわば柔の剣、どんな敵だとしても渡り合えるような柔軟な剣技だ。お前の動きは固すぎる、もっと力を抜いてやってみなさい。…水のように柔軟に、な」
「…あ、このために滝に落としてた…!?」
面越しでも口角を上げたのがわかった、師範は案外頭が回るのかもしれない。
――漆ノ型 雫波紋突き
――漆ノ型 雫波紋突き
神速ともいえる突きに対抗するが一突きも相殺できず師範の突きをもろに体にくらい、地面に倒れこむ。
目で追えない異常な速さ、実は現役でしたみたいなこと言ってくれないと俺は泣く。
引退した師範でこの速さなら現役の人たちがもっと速いということになる、怖すぎ。というかそれだけ強くないと鬼と渡り合えないってことじゃん、無理な気がしてきた。やめますって言おうかな。今ならまだ間に合うか?
「何をぼけっとしている、早く立て」
「はーい」
雑念を払い、身体の痛みを無視して木刀を構える。
構えもかなり様になってきた、そして最初よりは打ち合えるようになってきた。だが水の呼吸を使われれば熟練差で確実に打ち負かされる。
ならば、と俺がとった手段は――。
「やぁぁあ!」
バシッ!
山中で転がっている大岩を練習台に、水の呼吸を使いまくった。木刀で斬れるわけがないので最適の練習台なのだ。小石だったとしても宙に投げ、刃を当てる練習ができる。石最高。
この練習法も師範には言わず、一人でしていた。
あるとき、刀を使って面白半分で岩に斬りかかった。
滝壺を使う感覚で振り上げた刀を力いっぱい振り下ろした。
「…お?」
真っ二つとはいかないが切り込みが深く刻まれていた。
刃はどこも欠けていなかった。
俺は静かに喜び、大岩を後にした。今日はなんだか師範に一撃入れそうな気がしてならない。
スパァァン!
「いっ、たぁぁあ!」
ま、無理でした。いい線行ってたと思うんだけど、師範はそれ以上強かった。
打たれ過ぎてハゲそう、ハゲたくないなぁ…。
打ち合いが終わり、流れで俺は大岩の方に向かった。
打ち合いが始まり約三ヶ月、師範との打ち合いでやっと一撃を入れることに成功した。
雄たけびを上げて喜んでいると、目にあれがまかれた。
「次はそれをつけた状態で、儂に一撃入れてみろ」
「いやいやいや、それは絶対無理!
「大丈夫だ」
「な~にが大丈夫だ!こっちは目隠しで山下りするのがやっとだぞ!?」
そう必死に言うとゆっくり親指を立ててきた。もうヤダこの師範。
毎回無理難題出してくるもん、今まではまだできたよ。
でも今回は無理だわー、稽古の時間増やしても無理だわー。
今日ばっかりは逃げるという判断を使っても最善だと思うんだけど。
逃げたら数秒で捕まった、久しぶりに平手打ちをくらいました。腫れそう。
その後、怒りに任せて大岩に水面切りしたら斬れた。ヤバ。
水の呼吸って良いよね・・・!ね?(威圧)