好きなひとがロリコンだった~そうだ、幼女になろう~ 作:模擬戦で2000勝
思わず散歩にでも行きたくなるようなある日の朝。事件は起こった。
現場は氷川家長女の自室。日時はよくある土曜日のすこし遅めの朝食を取った十時を過ぎたあたり。第一発見者は同じく氷川家に暮らす次女である氷川日菜。加害者はすでに判明しており、現行犯の模様。
第一発見者である氷川氏は「何が起こったかわからねぇと思うが、俺も何をされたのかわからなかった(以下略」と供述しており、言葉の端々から不安の色が見て取れる。
「.....お姉ちゃん。あたしちょっと聞き間違えたかもしれないからさ、もう一回言ってもらっても良い?」
「まったく、突然奇声を上げたから驚いたじゃない」
「ゴメンね。それで、何の話だったっけ?」
つい最近までこれ以上ないほどに関係が悪かった姉妹であったが、最近ではそれも改善されつつある。
むしろ、今回の事件は二人の関係が改善されたからこそ起こった事件だとも言えるだろう。
「弦巻さんに会えるように伝言をお願いしたいのよ。私は弦巻さんとの面識はないに等しいから、普段からよく名前の出てくるあなたに頼みたいと思って」
「うん.....いや。それは聞いてたよ。それに関しては全然オッケーなんだけどそうじゃなくってさ、なんで会いたいんだっけ?」
「それは私が幼女になるために決まってるでしょう。幼女になるだなんて非常識なことを実現させられるのは、私の知る限りでは弦巻さんぐらいしかいないわ」
無音。
部屋に少しの間だが、ひたすらに無音の時間が流れた。
それは僅かな時間ではあった。しかしそれは重く日菜にのしかかって来る。まるで悪い夢を見ているかと思い、開いた口が塞がらない。
多少の放心を経て、彼女はハッと正気に戻った。
「なんでっ!?なんでそこで「弦巻さんぐらいしかいないわ」って思考回路になるのっ!?そもそもなんでいきなり幼女になりたいなんて思ったのっ!?あたしもよく何考えてるかわからないって言われるけどさっ!?今のお姉ちゃんの方がよっぽど何言ってるのかわかんないよっ!?」
「日菜それは違うわ。なりたいじゃない。なるのよ」
「なに名ゼリフ言ったみたいな顔してるのっ!バカなのっ!?バカだよっ!!どうかしてるよお姉ちゃん!!」
普段は頭を悩ませる側にいるあの氷川日菜は、自分の姉を見て初めて「コイツ何言ってるんだ?」と思った。
彼女にとっては初めてのことだった。
氷川日菜はまごうことなき天才だ。彼女自身なんとなくで行動することも多いが、だからといって人の言っていることがわからないわけではない。
とくに最近なんかは友人である丸山彩や、それこそ自分の姉のおかげで、少しづつ常人の考えにも関心を持つようになってきている。
それこそあの弦巻こころとまともに会話ができる(内容を理解しているかは定かではない)くらいには、彼女は天才なのだ。
しかしそんな氷川日菜でも。
寝起きのぼーっとしている頭に、常識人であるはずの姉に。いきなり「幼女になりたい」なんて言われれば、目の前で起こっていることを夢だと思ってしまうぐらいには常識を知っていた。
「.....そもそも、さ。なんでお姉ちゃんはそんな事を思ったの?頭を冷凍庫に一週間放置したバナナで打ったの?」
「日菜。そういった言葉は、あなたに悪気がなくても聞く人によっては馬鹿にされていると感じるものよ。気をつけた方が良いわ」
「バカにしてるんだよっ!今の発言でさらにバカなんじゃないかと思い始めてるよっ!!お姉ちゃんどうしちゃったの!?実は今まで巧妙に隠してきたけどアホの子だったの!?」
「はぁ。こんなことをしていたらいつまでも話が進まないわ。すこし落ち着きなさい」
「..........」
日菜の中のナニかが切れた。
プッツンと、まるで買ったばかりのハサミで折り紙を切るかの如く。
擬音に点数をつけるならば間違いなく満点を取るだろう音で、彼女は切れたのだ。
「お姉ちゃんっ!!.....」
言おうとして、日菜は言葉を飲み込んだ。
言葉を口の内側で転がして吟味し、そしてこう思った。
なんか.....もうどうでもいいかな。
悲報!!氷川日菜、諦める。
「それで、どうして幼女になりたいんだっけ」
「実は昨日こんなことがあったの.....」
*******
相談したいことがある。
そう、唯一の男友達に言われた。
あの人よ、あの人。ほら、日菜も会ったことあるでしょう。このあいだポテトを差し入れてくれたあの人。
思い出した?
それならいいわ。
惚気を聞く覚悟ができた、ですって?
もう!やめなさい。わ、私は、まだ彼とお付き合いしているわけではないのよ。
とりあえず静かに聞いてなさい。
これは放課後に駅前で待ち合わせをして、相談を受けた時の話よ。
え?いちいち惚気を挟むなって?
挟んでないわよ!話を遮らないでちょうだい。
「紗夜、今日は時間を取ってくれてありがとう。急な話だったけどバンドの練習は大丈夫だったのか?」
「問題ありません。中間試験の知識を詰め込むと言って、今井さんが湊さんを引きずっていきましたから。今日の練習は中止になったんです」
「あぁ、確かに湊さんは音楽のこと以外わりと不器用な所も多いからな。それにしても中間試験か.....」
「?どうかしましたか」
「ちょっと昔のことを思い出してた。中学の時、試験中に地震が起きたんだ。あんまり大きい地震じゃなかったんだけど、教室のスマホというスマホが鳴り響いて。クラスのやつら全員で怒られた」
え?前振りが長いですって?
そんなことないわよ。
実際にはフライドポテト食べながら三十分くらいはこんな感じだったわよ。
ちょっと。
本気で引かないでくれないかしら。こちらも傷つく時はあるの。
えっ!?
付き合っちゃえば、なんてっ!
べ、別に私は彼のことがす、すすす好きだなんて一言も言ってないわ!
思い違いはやめて。
待って。
ちょっと日菜!
あなた一体どこに電話を掛けようとしてるの!?
彼に私が好きじゃないって言うっ!?
待って、待ちなさい!
それはいけないわ。
軽率な行動は周りを不幸にするだけよ。
あっ!!
やめて。待ってくださいお願いします!!
お願いだからその通話ボタンから手を放して!!
わかった認めるからっ!
その.....私が、彼のことを.....す.....それなりによく思っているって。
ああ!うそ。うそだから!!待ってやめて!!
好きです!彼のことが好きなのよ!!
もうこれで良いでしょう。
はぁ。
あまり面倒を掛けさせないで。
「前文省略).....俺、ロリコンみたいなんだ」
ってことがあったの。
ちょっと日菜うるさいわよ。
なに?
前後の文章が足りてないですって。
はやく本題に入るよう言ったのはあなたでしょう。わがまま言わないで。
え?
さっきのセリフを録音した?
.....何のことかしら。
『好きです!彼のことが好きなのよ!!』
消しなさいっ!!
日菜!いい加減にしないと本当に怒るわよ!
あ!待って彼には送らないで!!
ごめんなさい私が間違ってたから!お願いだからやめて!
*******
氷川家での朝は騒がしくも喜に溢れて過ぎていった。
これよりしばらくの間、口癖のように言っていた「るんっ」をしばらく言わなくなって心配された人がいるとか、いないとか。