ケイネス先生(♀)が行く聖杯戦争   作:むにゃ枕

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日間(透明加点式)に入っていたので、三話投稿です。

サブタイトルつけ忘れていましたので、修正しました。


ACT2.5 言峰綺礼/衛宮切嗣/久宇舞弥

 言峰綺礼は教会とは別に用意した拠点、そこに一人の女を監禁していた。女の名は久宇舞弥。綺礼が調べた限りでは衛宮切嗣の助手兼愛人だ。

 

 綺礼は舞弥の枕元でその寝顔を見ていた。求道者のように戦場に身を投じ、そしてしばしの余白の後、聖杯を求めた衛宮切嗣。その衛宮切嗣の愛人。綺礼はこの女から自分に欠ける何かが見つかるのではないかと考えた。

 

 言峰綺礼は普通の人間ではなかった、普通の人間が感じる美しさも嬉しさも愛しさもずっと感じられなかった、普通なふりをしてきた人間だった。自分に欠ける何かを、見つけたかった。

 

 舞弥がうめき声をあげ、目を開く。 

 

「目を覚ましたか。女」

 

「な、お前は言峰綺礼!?」

 

 明らかに狼狽した様子の舞弥に、綺礼は心の中で何かが動いたのを感じた。

 

「そうだとも。私は言峰綺礼だ」

 

「女、いや、久宇舞弥と言ったか。聞かせて貰おう衛宮切嗣のことを……」

 

 舞弥は冷静であった。衛宮切嗣のパーツであると自己を定義していた彼女は自分の置かれている現状をしっかりと理解していた。

 

「私にはそれしか選択肢がない。分かりました」

 

 既に舞弥は自分の生命のことを諦めていた。手短に彼女の知る切嗣を語る、すぐに死ねば切嗣の心の負担が少なくなるだろうという配慮からだった。

 

「切嗣は優しい人。優しすぎる人。切嗣は世界各地を回って少しでも多くの人を救おうとした。それでも手が届かずに人は死んでいった。だから切嗣は聖杯で世界に平和をもたらそうとしている。貴方が聞きたいことはそれくらいでしょう?」

 

 舞弥の語る衛宮切嗣像に言峰綺礼は苛立ちを隠せなかった。自分が衛宮切嗣を自分の同類だと思い込み勝手に期待し、実像を知り、勝手に失望したのだ。

 

「クク、ククククク。これは愉快だ。全ては私の独り相撲だったということか……」

 

 舞弥は突如笑い出した目の前の男が哀れだった。その何かを探してさ迷っている目が、切嗣と出会う以前の自分に、戦場で死んでいった同じ境遇の子供の目に、救えなかった誰かの目に、名前も付けてあげられなかった自分が産んだ子供に、重なって見えた。

 

「あなたは、可哀そうな人。何をそんなに求めているの?」

 

「私は他人の言う美が理解できない。彼らが美しいというものが、幸せというものが、愛だというものが理解できない。なぜ私のようなものが生まれたのか?衛宮切嗣ならその答えを持っていると思った。しかし現実は違う、子供でも不可能だと理解できる世界平和を、ただ一途に求める愚か者が衛宮切嗣だと?知りたくなかった……私は孤独だ、どうしようもなく孤独だ」

 

「切嗣は一人で全てをしようとして、失敗した。だから私が切嗣の部品となって彼を支えた。切嗣が壊れないように。貴方だって支えてくれる誰かが居たのじゃないの?」

 

「いや、私にはそんな奇特な人間はいなかった?いや……クラウディア?私は、私は彼女を愛していたのか?まさかそんなはずはない。ああクラウディア。私はなんという人間だ……君のことを思っても何も感じない。幸せも、愛しさも尊さも、美しさも!」

 

「どうして、泣いているんですか?」

 

「私が泣いている?まさか、そんなことは……」

 

 綺礼の頬を涙が伝っていった。

 

「貴方はクラウディアさんのことを貴方なりのやり方で愛していたんですよ」

 

「はは、そうか、私はクラウディアを愛していたのか……」

 

「私は壊れてなどいなかったのか。他者と同じように人を愛せるのか……」

 

「ええ、きっとそうです。空っぽな私なんかより貴方は、よっぽどまともな人間」

 

「いや君は衛宮切嗣を愛しているのだろう。それに私とは違い、美しいものを美しいものとして見ることが出来る、これは幸せなことだろう」

 

「……」

 

「私は、どうしても常人が美しいというものは理解できない、しかし過去には私に身も心も捧げた女がいた、そして私はその愚かな女のことを私なりに愛していたのだな」

 

「君には申し訳ないが、聖杯戦争中は大人しく幽閉されていてくれないか?私はもう衛宮切嗣には興味がない。誰にも話せなかったことを話せて私の心は非常に軽い」

 

 綺礼は舞弥を拘束し、監視にアサシンを付け部屋を去っていた。恥ずべきことだと思い、隠してきた自分の本心を打ち明けることは綺礼に心の平穏をもたらしたのだった。綺礼は、すぐにでも父親に自分の本心を打ち明けたい衝動にかられた。そして、聖杯戦争が終わったら妻の墓参りに行こうと考えた。

 

 

 

 言峰綺礼は父である言峰璃正に自分の本心を打ち明けた。

 

「私はお前の苦しみに気づくことが出来なかった。私は父親として失格だろうな……」

 

「だが、私を信じ秘密を告白する勇気を持った息子を誰が恥じようというのだ。綺礼お前は私の自慢の息子だ」

 

 綺礼は、父から自分の娘の存在を明かされた。綺礼にはまた一つするべきことが増えたのだ。もう迷いはなくなっていた。衛宮切嗣などは眼中から消え失せていた。世界平和など叶うはずがないのだ。衛宮切嗣がいくら愚か者でもそれくらいは、自然と自分のように気づかされることになるだろう。

 

 言峰綺礼には聖杯戦争はもはや単なる無機質で無意味な儀式にしか思えなくなった。しかし綺礼は義理堅い男だった。すぐにでも父とイタリアに戻りたかったが、遠坂時臣との契約を果たすという義務を綺礼は背負っていた。

 

「聖杯戦争など、早く終わってくれないものか……」

 

 それは言峰綺礼がうっかり漏らした本心だった。

 

 

 

 

   


 

 

 

 

 

 衛宮切嗣は焦っていた。八年もの空白の歳月は魔術師殺しと恐れられた衛宮切嗣に心を持たせ、冷酷な機械としての役目を狂わせていた。かつてのように魔術師を殺そうとすると消し去ったはずの心が痛むのだ。

 

 聖杯戦争で敵対するマスター、その写真を見ると悲しさを覚えた。舞弥を失ったからだろうか?彼ら、彼女らの後ろには、彼ら彼女らにとってのアイリスフィールや、イリヤスフィールの姿が見えた。

 

 衛宮切嗣はマインドセットをして、そんなバカげた空想を頭から追い出した。

 

「アイリ、イリヤを取り戻してどこか遠くに逃げてしまおう。僕はこれ以上誰かが死ぬのを見たくない。それがアイリだったらイリヤだったらと考えるだけで、もう逃げたくなる。これ以上誰かが傷つかない為にも聖杯だ。聖杯が必要なんだ!聖杯さえ、聖杯さえあれば、アイリもイリヤも救われる!」

 

「ええ、そうね切嗣」

 

「ああ、そうだきっとそうだ。そうに違いない。そうなんだよ」

 

 衛宮切嗣の心を焦燥感が焦がす。切嗣は自分が冷静さを失っていることに気が付かなかった。アイリスフィールは切嗣の狂気に気が付いていたが、彼女の乏しい経験からは切嗣を支えるしか選択肢が無かった。

 

「大丈夫よ切嗣。私が付いているわ」

 

 切嗣はアイリスフィールのぎこちない慰めから我を失っていることに気づいた。

 

「ああ。アイリ、大丈夫だ落ち着いたよ」

 

 冷静になったところでセイバー陣営がかなりの被害を被っているのは否定できない事実だった。久宇舞弥という重要な部品を失った切嗣の精神状況は最悪であったし、一人が居なくなったため戦力も減っていた。頼みの綱のサーヴァントセイバーは左腕が使えずに宝具が解放できない状況。令呪を使用して強制的に左腕を使えるようにすることも考えたが、令呪という選択肢を少なくすることが悪手であることは明らかだった。

 

 切嗣が考え付いた最上の手段は、マスターを瀕死にし令呪を奪い、その後殺害し、サーヴァントを消滅させ、奪った令呪でセイバーの左腕を治癒するというものだった。

 

 左腕の元凶となったランサー陣営を攻撃するには戦力が心もとないのだ。彼らは遠坂邸にほど近い双子館に拠点を構えているので、奇襲や強襲することはリスクが高すぎた。そしてマスターを誘おうにも、ロードエルメロイは用心深く、ランサーを遠ざけることは考えにくかった。

 

 セイバー陣営はお世辞にもよい状況とは言えなかった。原因となったのは、切嗣が相性の悪いセイバーを召喚する羽目になったことや、切嗣の戦術が失敗したことだったり、全てはボタンの掛け違いのような小さな失敗の積み重ねだった。

 

 現在の状況は衛宮切嗣の生涯を表しているようなものだった。

 

 

 

 

 


    

 

 

 

 

 

 久宇舞弥は、充実した監禁生活を送っていた。充実した監禁生活というと矛盾したような響きだ。しかし、舞弥には言峰綺礼が切嗣が恐れたような危険な男には思えなかったし、舞弥の幼少期の酷い環境に比べるとこの生活は天国のようなものだったのだ。舞弥の好物のケーキは毎食ついてくるし、監禁されているだけで尋問などは全くなかったのだ。

 

 さらに舞弥は、言峰綺礼との対話で自分について考えるきっかけを得たのだ。自分にとって衛宮切嗣はどのような存在か、自分が好きなものは何か、自分が何をしたいか、などの様々なことを舞弥は考えた。

 

 そして、アイリスフィールに対してのどす黒い嫉妬の念に駆られたのだ。更に八年間の空白期間で舞弥は衛宮切嗣以外にも様々なことを知り、舞弥の世界は衛宮切嗣だけではなくなりつつあった。その結果、彼女は衛宮切嗣を見捨ててもいいのでは、という結論にたどり着いたのだ。

 

 確かに、切嗣に恩は有った、しかしそれは十分に返したのではないだろうか?少し前までは切嗣が居なくなったら、自分が生きる価値は無いなどと考えていたが、有名スイーツ巡りを果たせずには死にたくはないと思い始めてしまった。

 

 切嗣のいう世界平和にも疑問が湧き始めた。平和とは誰にとっての平和なのだろう?芽生えた疑問の種は疑念へと変わっていった。

 

 なにより、こうして監禁されているのに切嗣は助けに来ないのだ。自分を八年間も放置して他の女と子供を作っていた。そのことに対し舞弥は怒りを抑えられなかった。

 

 衛宮切嗣に対しての不信感が舞弥の胸を覆った。聖杯戦争が終わったら、切嗣なんて放っておいてパティシエになってもいいかもしれない。舞弥のスイーツに対しての愛は切嗣に対してのものを上回りつつあった。

 

 その一方で、切嗣がアイリスフィールを捨てて、自分を求めたら許してあげてもいいかもしれないなどと思ったりもしていた。その時は自分がパティシエになって切嗣を養ってあげればいいのだ。舞弥にはその案がとても魅力的なものに思えた。

 

 舞弥の冷静な部分が衛宮切嗣はダメンズだ、その男から離れるべきだと囁く。更に以前読んだ精神病理についての本にもそのような女についての記事が有ったから、衛宮切嗣と別れた方が良いとも囁いた。しかし、舞弥は切嗣が好きだ。自分が傍にいないとだめになってしまう男が好きなのだ。立派なダメンズウォーカーである。

 

 更に舞弥は、自分がアイリスフィールを切嗣にばれないように殺し、正妻の座を奪い取るという妄想をしてみたが、どうあがいても切嗣にバレることを再確認しただけだった。もし仮に、聖杯戦争でアイリスフィールが死んだとしても、アイリスフィールの子供のことが有るのだ。

 

 アイリスフィールの娘のイリヤスフィールは、魔術のせいで体重が軽いというようなことを切嗣が言っていたのを舞弥は思い出した。これは難しい問題である。

 

 その子供はアインツベルンの人質になっているらしく、うまくすれば切嗣はその子供を取り返せず自分が切嗣の唯一の大切な人になれるのだ。そんなゲスいことを考えた舞弥は頭を振ってその考えを脳内から追い出した。

 

 むしろ、イリヤスフィール救出のつり橋効果で切嗣が自分に惚れ直すのではないだろうか?そうしたら自分にとってのハッピーエンドになる。籍を入れて衛宮舞弥になるのもいいかもしれない。舞弥はニヤニヤが抑えられなかった。

 

 監視のアサシンはゴロゴロとベッドを転がる人質を見て、首をかしげたとか何とか。

 

 感情を無くし道具として生きてきたはずの舞弥は言峰綺礼との出会いで、すっかり変わってしまっていた。話をした綺礼も舞弥本人も予期せぬ形で目覚めてしまった乙女心は、舞弥の価値観を大幅に変えてしまったのだ。

 

「きっと切嗣は私が死んだと思っているでしょう。しかしこの久宇舞弥の戦いはまだ始まったばかりです。切嗣必ずあなたを支えてあげますからね」

 

 衛宮切嗣にしたら、大きなお世話だろう。久宇舞弥という存在は衛宮切嗣にとって、八年間の間会わずに放置し、生活費だけを与え、時期が来たら便利な片腕として使える存在だったのだ。死んだはずの舞弥が戻ってきて、切嗣を支えたいと言い始めたら、切嗣は困惑するだろう。だがそんなことは乙女心に目覚めた舞弥にとっては関係なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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