聖杯戦争の二日目はケイネスにとっては平和な一日だった。拠点が爆破されることもなかったし、サーヴァントの襲撃も無かった。教会からはキャスターの討伐の推奨と、討伐者に一画の令呪を与えるという連絡は有ったが、一画も消費していない彼女にとってはおそらく争奪戦になるだろう一画の令呪の為に戦力を費やしたくは無かった。
そのため、ケイネスはキャスターの情報は片手間で集め、今日の昼間は羽を伸ばしつつ使い魔ではなく実地での情報収集をすることにしたのだ。ケイネスはエルメロイのお嬢様である、しかし彼女の食生活は美食ばかりではないのだ。錬金術が料理と深い関係が有るように、魔術師は基本的に料理が出来る。ケイネスもその例外ではなかった。
ケイネスの料理スキルはかなり高い。それは彼女にとって料理とは趣味でもあり特技でもあるからだ。それゆえケイネスが初めて訪れた日本での食事を楽しみにしていたし、使い魔を飛ばして情報収集もしていた。そしてケイネスが掴んだ名店の情報、それがお好み焼き鍾馗だった。
セイバーを見習い、スーツを着させたランサーにエスコートを任せケイネスは冬木の商店街を楽しんでいた。そしてついに、お好み焼き鍾馗にケイネスは辿り着いたのだ。
「いらっしゃいませー、今は混んでまして、相席か少し待つかになってしまいます」
「ああ、あそこの席と相席でいい。彼らは知り合いだからね」
赤毛の巨漢と、少女とも見間違える少年がその席には座っていた。
「はい、かしこまりました。二名様ご案内です」
ケイネスが席に着くと、黒髪の少年ウェイバー・ベルベットは表情を無くしていた。そうして数秒後に再起動した。
「けっ、ケイネス先生ぃぃぃぃ!!」
「相席構わないかな?」
「うむ、余わ構わんぞ。坊主はどうだ?」
「わかったよ、分かりましたよ」
ウェイバーは泣きそうだった。ケイネスがウェイバーの正面に座り、ライダーの正面にはランサーが座った。
「どうしたのかな?ベルベット君、随分顔色が悪いじゃないか」
「い、いえそんなことはないです」
内心ガクブル状態のウェイバーは返事を返すので精一杯だった。
「私が君に会ったのは偶然だ。今日はただ食事を楽しみに来ただけだからな」
「は、はい」
「更に幸運なことに聖杯戦争は夜間に行われる。今の私に君と戦う意思はない。しかし聞かせて貰いたいな私から触媒を盗んだ理由とやらを」
「はい……」
「ランサーのマスターよ坊主をいじめすぎてはくれるなよ」
「私がそんなにせせこましい女に思えるのかな?」
やがて、店員がライダーとウェイバーの注文分を持ってきた。蒸気をあげる鉄板の上でお好み焼きが形作られていく。片面が十分に焼けたのを見計らいライダーが器用にひっくり返す。両面が焼けたのだろう、ライダーがマヨネーズとソースをお好み焼きに綺麗な格子状になるようにかける。食欲を刺激する蠱惑的な匂いが一面に広がった。
しかし、ウェイバーには全く食欲が無かった。
「食わんのか坊主。食わんのなら余が食べてしまうぞ」
「ベルベット君、この店は名店という類に入るらしい。食べないのかな?」
あんたのせいだ、とウェイバーは言いたかった。
「分かったよ、食べるよ」
ウェイバーがお好み焼きをへらで切り分ける。そうしてから、ぎこちなく箸で掴んで持ち上げ口まで運ぶ。ソースの香りと豚肉と卵の旨味、ふわふわの小麦粉とキャベツの食感がウェイバーを襲った。
「なんだこれ、うまいぞ」
ウェイバーは夢中でお好み焼きを食べる。それをケイネスは羨ましそうに見ていた。
店員がケイネスとランサーの分のお好み焼きを持ってくる。その種類は多岐に及んでいた。じつはこれはケイネスの発案であった。ケイネスはせっかくなのでたくさんの種類のお好み焼きが食べたかった。しかしケイネスはレディである。淑女としても実際問題としても大量にお好み焼きを食べるのに難があった。そこで起用されたのがランサーであった。
「ランサー」
「はい我が主よ」
ランサーはライダー以上の技巧をもってお好み焼きを焼いていく。そして芸術のようなマヨネーズとソースの格子模様を描いていく。さらに洗練された切り分けでもって、ケイネスにお好み焼きを献上していくのだ。
「流石だランサー」
ケイネスは礼儀正しく完璧な箸さばきでお好み焼きを食べた。
「うむ。これは中々だ」
今度、自分で作ってみるのもいいかもしれない。ケイネスはそう思った。そして注文した全種類の味を一通り見ると残りをランサーに押し付けた。
「感謝します、我が主よ」
ケイネスは使い魔に食事を与えるという習慣はなく、これがランサーが召喚されてから初めての食事だった。お好み焼きを興味深そうに、そして美味しそうに食べるランサーを見て、ケイネスはこれからはランサーを食事を共にしてもいいかもしれないと思い始めた。
食事を終え、ウェイバーはケイネスのことを怯えながら見つめていた。
「ベルベット君、ここは紳士淑女が会話をするのに適しているとは思えない。私に良い場所の心当たりが有る」
一行が移動したのは冬木ハイアットホテルだった。そこにあるカフェでケイネスたちは話し合いをすることになった。
ちなみに英霊が纏う服は身体の一部と認識されるため匂いは付かない。ケイネスは超一流の魔術師であり、魔術で服に匂いが付かなくするなどお手の物だった。ただ魔術が十分ではなかったのか、ウェイバーの服からは微妙にお好み焼きの匂いがした。ウェイバーは自分の醜態が恥ずかしかったが、どうしようもなかった。それを見かねたケイネスが魔術を行使し服の匂いを払ってくれたのはもっと恥ずかしいことだった。
VIP限定の高級なカフェらしく、そこはケイネスたち以外の客はいなかった。さらに給仕を終えた店員は奥に引っ込んでいるようだった。
「さて、ベルベット君、君が私の触媒を盗んだことの弁明を聞こうか」
じっと、ケイネスの視線がウェイバーを射抜いた。
「ボクは、貴女に認めてほしかった。貴女に論文を返された時に自分が凄く恥ずかしかった。だから、だからボクは聖杯戦争に挑んだ。貴女に認めてもらうために」
「ふむ。ベルベット君、君はいくつか勘違いしているようだな。私は君を評価はしている。君は劣等な魔術の血統から時計塔に入学する才を持っている。さらにだ、君の論文に関しても私が批判しているのは前提条件だ。
そう言ってケイネスは紅茶に口を付けた。
「っ……」
「さて、ここからが本題だ。ベルベット君、大事な話をしようではないか。君が今回盗んだ触媒の代金と機会損失、代替に私が買った触媒の代金がこうだ」
ケイネスが
「こ、こんなに!?」
「ベルベット家はこのくらいの金を払えるような家だったのかな?」
ケイネスはニヤニヤしながらウェイバーを見た。
「……払え、ません……」
「それならば君はこの借金をどう返済するのかな?」
「そ、それは……」
「幸いにして君のサーヴァントは強力だ。そこでだ私たちは同盟を組むことが出来る。違うかな。私達の間に最早遺恨は存在しない。私の場合は君がきちんと代金を払うと約束してくれればだけどね」
「分かりました。先生、ボクは先生と同盟を組みます。ライダー、それでいいな」
「うむ。余は一向に構わん」
「魔術契約と行きたいところだが、残念ながら私は遠坂時臣と契約しているためそれをすると面倒になる。そうだなこの借金を私がベルベット家から取り立てないと約束しよう。それが契約の証だ」
こうして、ケイネスとウェイバーの間に同盟が成立した。
「さて、情報共有の時間だ」
ケイネスはウェイバーにマスターとサーヴァントの情報を教えた。それは諜報能力に乏しいウェイバーにとっては貴重な情報だった。
「さらに、私は第三次聖杯戦争についての情報を得た。そしてその情報からある仮説を立てた。この仮説が正しければ、聖杯戦争は人類を滅ぼす可能性がある」
「その仮説とは?」
「まずは第三次聖杯戦争についてだ。当時のアインツベルンが時計塔を通じて購入した英霊の聖遺物、いや神霊の聖遺物。それはゾロアスター教の悪神、アンリ・マユに通じるものだった。おそらく召喚は失敗したのだろう。そうでなければ今回は開催されていないはずだ」
「そして、このアンリ・マユが問題になる。神霊の召喚は出来なかった、だがその代わりに何かが召喚されたはずだ。私にはその正体は分からない。しかし悪神だ。聖遺物の情報が正しければこの聖杯は最悪の場合、悪神そのものに変化する可能性が有る」
「更に、私は地脈を読み解き、この儀式で使われるだろう魔力を貯蓄する場所、そこを特定した。使い魔を放ち、様子を探ったが、駄目だった。この儀式には何かが潜んでいる可能性が高い。しかしこれを仮説とするには、まだ材料が足りない。私はこの土地のセカンドオーナーではないからな、深入りするつもりはない。ただ聖杯に危険が有る、それだけは注意してもらいたい」
ケイネスの話を聞き、ウェイバーとライダーは神妙な表情をしていた。
「そうすると、余の願いである受肉は叶わないのか?」
「純粋な形とはいかない可能性が高い」
「むう、坊主これは困ったぞ」
「ライダー、これはそんな簡単な事態じゃないんだぞ!下手したらたくさんの人が死ぬ危険が有る」
「ベルベット君。魔術師の世界ではそんなことは日常茶飯事だ。諦めることだな」
ウェイバーには返す言葉が無かった。ウェイバーは魔術師としては真っ当な人間過ぎたのだ。自分は魔術師であり、その力で何か出来るはずだという自惚れが有ったからウェイバーは聖杯戦争に参加したのであり、そこに至るのも仕方が無かったのだろう。
「ベルベット君、魔術師というのは万能ではないのだ。諦めるんだな」
ケイネスは、魔術師の中では良識を持った存在であったが、わざわざ冬木市の人々を救おうと奔走するような人間では無かった。
「坊主の言うことも青臭いが一理ある。ケイネスよ、何とかならんのか?」
「ライダー、無理なものは無理だ。もし聖杯を解体しようというのならば、それは一生を費やす仕事になる可能性もある。私にはそんな時間は存在しない。残念だが他を当たってくれ」
「ならば仕方ないか。坊主は余を引き当てるという幸運を持った男だ。聖杯もそう酷いことにはおるまい。心配のし過ぎだ」
ライダーの慰めでもウェイバーは楽観的にはなれなかった。魔術師としての自分がもっと優れていれば、聖杯をなんとかできたかもしれない、そんな思いがウェイバーの胸中にはあった。
「あのなあ坊主、力不足を嘆いてもどうにもならんぞ。坊主はまだ若い。将来に期待というものだ」
そんなさなかにケイネスがアインツベルンの森に張り付けておいた使い魔から情報が入った。キャスターがアインツベルンの森に侵入しているという映像だった。
「話の途中だが、耳を傾けてもらいたい。私の使い魔がキャスターを発見した。場所はアインツベルンの森だ」
「何、それは本当か?よし坊主、キャスター討伐といくぞ、シャキッとせいシャキッと!」
「我が主よ、私はどうしたら?」
「ライダー、私とランサーもチャリオットに同乗しても構わんかな?」
「ああ構わんぞ」
「少し、待ちたまえ。会計を済ませる」
ケイネスが会計を済ませ、ホテルからでた四人は人気のない物陰に入った。ライダーがチャリオットを呼び出し、そこにそれぞれが乗り込んだ。
冬木氏の上空を四人を乗せたチャリオットは駆ける。神秘の隠匿を考慮すると不味い事態だったが、幸運にもその日の冬木市の空は雲量が多かったため、空を見上げる人物は少ないだろうと判断しての行動だった。
冬木市はかなり広い面積を持つ。それゆえ町はずれに位置するアインツベルンの拠点へはライダーのチャリオットをしてもなかなかの時間を移動に費やすことになった。
「私の使い魔からはセイバーが押されているように見えるな。キャスターは魔物を召喚し、物量でセイバーを追い詰めているようだ」
「ふん、その程度の策、余とこの戦車で打ち砕いてくれよう」
四人を乗せた天を駆ける戦車は、勢いよくアインツベルンの森へと突入していった。