アーチャーが生み出した、金色の波紋。そこから武具が放たれようとした瞬間、怨嗟を含んだ黒い魔力が戦場に渦巻いた。
「この魔力、バーサーカー!?」
ウェイバーの言葉通り、現れたのは漆黒の騎士だった。その狂気に澱んだ不気味な瞳はスリットの向こうから自信を舐めまわすように見ている、そうセイバーには感じられた。
「バーサーカー、時臣のサーヴァントを殺せぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
木立の中で、間桐雁夜は絞り出すような声でバーサーカーに命じた。幸運なことに、雁夜のいるそこは、衛宮切嗣の知覚範囲からは外れた場所だった。おそらくそれはバーサーカーの狂気が伝染したような形相をした雁夜に、運命の女神が最後に与えた幸運だったのであろう。
そして、それとは別に、遠坂時臣は不運だった。ギルガメッシュは時臣に断りもなく、ランサーに攻撃を仕掛けたのだ。それによりケイネスとの契約を破ったことになり時臣は一時的に魔術回路が封じられていた。
ギルガメッシュを追うべく向かったアインツベルンの森。そこへ続く道の真ん中で優雅さの欠片もなく倒れている。更に、不幸なことに同盟者の言峰綺礼には連絡手段が無かった。
時臣は綺礼に、全てのアサシンでライダーを攻撃しろという命令を出してしまったことを悔いていた。せめてここに一体でもアサシンが居れば綺礼に救助を求められたのだ。勝利を焦り、アサシンを無駄に消費してしまった自分に後悔をせずにはいられなかった。
家訓の優雅さの欠片もなく、無様に道路に横たわる遠坂時臣。それを衛宮切嗣は確認していたが、しかし、優秀な切嗣は完全にそれを罠だと看破していた。遠坂時臣は切嗣のことを完全に感知していたのだ。そうして、切嗣をおびき出すためにわざと路上に臥せった。その周囲にはトラップが仕掛けられているのだろう。更に、臥せることで切嗣の狙撃への対策を完全にしているのだ。
「遠坂時臣。恐るべき敵だ」
衛宮切嗣は無意識にこう呟いていた。
言峰綺礼は、時臣との連絡が出来なくなったことを不審に思った。こちらからの念話に時臣が応えないのだ。これは異常事態であった。しかし、綺礼は見て見ぬふりをした。
これは、うっかりではなく故意にだった。綺礼は父、璃正との対話によって、法や秩序に反することはしないと誓ったのだ。しかしこれは、裏返せばそうでなければ、綺礼は一般的に悪徳と見なされることをしてもいいということになる。
故に、綺礼は時臣との連絡の途絶を父に報告しなかった。時臣は理由が有って連絡をしないのであろうと解釈したのだ。さらに綺礼には、全てのアサシンをライダーにぶつけるという時臣から受けた命令が有った。そう、偶然時臣の居場所を探せるアサシンは存在しなかったのだ。
綺礼の胸中には暗い喜びがあった。信頼していた味方が無能なせいで、時臣は窮地に追い込まれているのだ。これで時臣が死亡したら綺礼の喜びは増すだろう。そして、父親を見殺しにした男をそれと知らずに後見人とする凛。考えただけで綺礼の心は踊った。
「おっと、いけない。私は法と秩序に従う敬虔な神父だ。このような表情を浮かべていいはずがないからな」
綺礼はこれから使い捨てにされるアサシンにも愉悦を感じていたが、そんなことは表情には表さず、アサシンにライダーを襲撃するよう令呪を持って命令を下した。
舞台はアインツベルンの森へ移る、そこへ現れた黒いサーヴァント、バーサーカーはアーチャーの雨霰と放たれる武具を華麗に回避し、掴み、利用しながらアーチャーへと迫っていた。
ここで拍子抜けしたのが、ランサー、ライダー、セイバーである。ケイネス陣営は、アーチャーへと相対する覚悟を決めていたのだが、それはバーサーカーの乱入によりふいになったのだ。
「のう、セイバーよ。余の軍門に下る気は無いか?」
「その話は前にもしましたね、ライダー。答えは分かり切っているでしょうに」
「むう、そうか。セイバーお主の聖杯に懸ける願いはなんだ?それ次第で余とお主は分かり合えるかもしれんぞ」
「私の願いは我が故郷の救済。万能の願望器をもってしてブリテンの滅びの運命を回避することです」
「むう、そうか。まあそれはいいとして、セイバー、お主は聖杯の異変に気付いてはおらぬのか?」
「な、我が願いを愚弄するか!?それに、聖杯の異変?ふっ、そんなもので私をごまかせるはずがありません」
「ケイネスよ。お主の仮説を聞かせてやれ」
英霊同士の超常の闘いを見守っていたケイネスにライダーからのキラーパスが出される。
「こうして話すのは初めてだなアーサー王。私はケイネス・エルメロイ・アーチボルト。ランサーのマスターだが、本職は時計塔、
「な、出鱈目だ。私はこの聖杯が万能の願望器であるということを知っている。そうでなければ英霊などにはならなかった!そんな馬鹿な話があってたまるものか!」
(セイバー耳を貸すな。敵を倒せ)
「き、切嗣、しかしそれは……」
衛宮切嗣の声は震えていた。まるで自分に言い聞かせるようにセイバーに言葉を投げかけた。
「私はランサーのマスターではなく、時計塔の
「ランサーのマスター、それは本当なのですか?」
(耳を貸すなセイバー。嘘だ。嘘に決まっている)
「ああ、あくまでも予想に過ぎないがな。そしてアインツベルンはそのことを知っておきながら黙殺した可能性が高い。この街の住民など第三魔法の達成の前には塵芥も同然だったのだろう」
「なっ、そんな、馬鹿な……切嗣は私を騙して……」
「知らなかったという可能性は低い。魔術師殺しとはそのような男ではないのかな?」
セイバーの身体から力が抜けた。カムランの丘で抑止力と契約し英霊となった、その行為に意味など無かったのだ。自分の願いは決して叶わない。そう決めつけられたような気がした。
「むっ、セイバーは悪いが話は終わりだ。坊主、敵だ!」
ウェイバーを狙い飛んできた暗器をライダーが叩き落とす。その暗器の主こそ、初日で脱落したはずのアサシンだった。
ランサーはケイネスの元に駆け寄る。
「ランサー、アサシンの一、二体くらいならば私の
セイバーは折れかけた心を辛うじて立て直し、アサシンへと剣を向けた。
はじめは数体だったアサシンが、十数体、数十体へとどんどんと数を増していく。白い髑髏の仮面をつけた暗殺者は、殺意の矛先をライダーへと向けていた。
「ふむ、狙いは余か。良かろう。坊主見ておけ、そして誇れ、余を召喚したお主自身を!」
ライダーの規格外の宝具が今、アインツベルンの森で放たれようとしていた。