白ウォズと付き合い、幸せな時間を送っていた薬師寺さあや。しかし、彼女の白ウォズへの好意は、タブレットによって生み出されたものだった。仮面ライダーディエンドにタブレットが奪われ、2人の関係は崩壊を余儀なくされようとしていた。
一方、ソウゴの励ましによって元気を取り戻したほまれは、さあやを応援すべく駆け出す。朝から始まった恋の物語は、収束へと向かってゆく。
4月7日 10:25
ここは町外れの公園。
もうすぐ、アナザーブレイドがブレイドとカリスを倒し、その力を吸収する頃だろう。
だが、もうそんな事すらどうでもいい。
私は全てを失ったのだから。
『薬師寺さあや、ウォズを愛する』
初めは、本当にただの悪戯だった。このタブレットで人の心も操ることができるのか、それを試すことが目的だった。
結果から言うと、実験は失敗に終わった。
人の心への未来誘導には、即効性がない。薬師寺さあやの心は直ぐには動かず、私への好意を伝えるのに6日もかかった。
プリキュアが私の味方になってくれる可能性は今や皆無。ならば、せめて敵対せぬよう余計な事はするべきではない。
結果を確認し、それで終わりにする。
そのはずだった。
楽しかった。
彼女と共に過ごした数日は、これまで味わった事が無いほどに、本当に充足した日々だった。
存在の消滅が確定した私に、天が御遣いを届けたのだと、本気でそう思った。私は、天使の名を冠する彼女を、本気で愛してしまったのだ。
私は君を……
バシンッ!!
私のほおから、ひどく、心地の良い音がした。
彼女の白い手が、真っ赤に晴れている。目の淵は薄らと赤く染まり、その瞳からは強い怒りが伝わってくる。
私にはそれを躱す術も権利もない。
食うべくして食らった一撃なのだ。
「全部、イタズラだったんですね」
小さな喉から言葉を絞り出し……彼女は再び口を固く結んだ。その表情のうちにあるものは、怒りや悔しさだけではない。言葉では名状し難い、複雑な感情が混じり合っているように思えた。
だが、その正体を知ろうとは思わない。
もうどうでもいいのだから。
「君は、そう思うのかい?」
「思うも……何も……」
さあやは、悔しさ故に言葉が続かないようだ。
私は、卑怯にもさらに畳み掛ける。
「今の私は、限りなく無力だ。ビヨンドライバーも、タブレットも失った。君が変身すれば、すぐにでも私を倒すことができるだろう」
腰低く構えてみせる私に、さあやはプリハートを取り出す。その手は、小刻みに震えていた。
伏せられた目の、その下の唇から、血が出ている。
真っ赤な血が、つーっと。
「それでいいんだ、薬師寺さあや」
私は猟奇の視線を緩めぬまま、満足げに笑んでみせる。
「君は、私を倒すべきだ。怒りに任せて、私を殴るも殺すも好きにすればいい。君の目の前にいるウォズは、そうされて当然の事をした敵なのだから!」
私が前に進むと、さあやは一歩引く。
それを繰り返すうち、私の靴がさあやの靴先を踏んでしまった。
出会った時と、同じ構図だ。
さあやは転び、滑り台の上に倒れた。
滑り台の上にできていた小さな水溜りが、彼女の服を濡らす。びしょ濡れになったワンピースが、彼女の未成熟な身体の輪郭を浮き彫りにする。
「さあ、早く、私を倒したまえ」
「ッ!!」
「それもできないなら、私が君を殺してしまおうか。変身する前の君はただの女の子……このまま首に手をかければ、君は」
そこまで言って、私は猟奇的な表情をやめた。倒れた彼女の表情を見てしまったからだ。
彼女は、泣いていた。
それは恐怖におののいた表情ではない。
堪えきれない悔しさ故に溢れた涙が、雨に混じって彼女の首元を、頬を濡らし続けていたのだ。
「何故、君が泣くのかな」
その理由が、全く分からなくて。
泣いている彼女をこれ以上見ていられなくて。
私は、その場を去った。
否、去る前にもう一度彼女の方を振り返った。あの時のように、袖を掴んで引いてくれるかもしれないと思ったから。
けれど、彼女は私に転ばされた体制のまま、ただシクシクと泣いているばかりだった。
私の実験は失敗した。
私はこの世界から消えるだろう。
彼女の記憶からも、私はいつか消えてしまうのだろう。まったく、思い通りにならない事ばかりだ。
ならば、やはり、世界など消えてしまった方がいいのだ。
そろそろアナザーブレイドが、2人のジョーカーの力を吸収してもおかしくない頃だ。
私はそれを見届け、この世界と共に消える。それでいい。今この時を無かったことにできるなら、それでいい。
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4月7日 13:45
今は、昼だ。
さっきが朝だったから、今は昼だ。
春の冷たい風を和らげてくれるような太陽が照りつけてくるから、きっと今は昼なのだ。
私は、滑り台の鼻に寄りかかって、空を見上げる。空にはちょっとの雨雲と、それ以外の青いシートが広がっている。
私は、結局何をしていたんだろう。
ウォズさんに恋をして、その恋は偽物で。
ほまれにも酷いこと言って、結局仲直りもできないで。
ウォズさんに裏切られて、仕返しもできないで。
ただここで、泣いている。
分かってる、私は、×××いんだ。
けれど、そんな馬鹿な気持ちを誰に伝えられるだろう。
この気持ちを伝えられないまま、私はどうしていればいいんだろう。
「さあや、大丈夫!?」
どこかから、聞き慣れた声が聞こえてくる。
これは多分、ほまれの声だ。私が今、一番聞きたい声。だからこそ分かる、これは幻聴なのだと。
探す気も起きない。合わせる顔もないのだから。
私は、目を閉じる。
今この時が、無くなってくれることを信じて。
次起きた時に、生まれ変わっている事を信じて……そんな事を考えていると、今度は身体を揺さぶられた。
鋼鉄のように重い目蓋を開けると、そこには見慣れた顔があった。
「こんなところに……さあや、大丈夫!?」
「ほまれ?」
「ソウゴさんから連絡あったよ。白ウォズは今、丼所山にいるんだって。今は黒ウォズさんとゲイツさんがに当たってる」
何を今更、ほまれは焦っているんだろう。
そんな事、最初から分かりきっていたじゃない。
それと分かって、私は騙されたんだから。
自分の気持ちを、騙されたんだから。
「私、さあやの気持ち一杯考えてた。その答え合わせもしたい。でも、今は白ウォズの所に行くのが先でしょ」
「……………」
「さあや、本当に大丈夫?」
ほまれはやっぱり優しい子だ。
返事もできずに項垂れている私に、手を差し伸べようとしてくれているんだから。でも彼女の優しさは、はなのように無限にあるわけじゃない。その優しさを向けられなくなる日が来るのが怖くて、私はいつも「大丈夫」と言ってきた。
今も、そう言うつもりだった。
けれど、無理だった。口が動かない。
私は精一杯の力で体を動かし、ほまれにしがみつく。凍りついた喉に力を込めて、私は彼女に訴えた。
「ほまれ……たすけて……」
「大丈夫!?アイツに何かされた?今、私にできる事ある?」
できるなら、胸を貸して欲しい。私が泣くための胸を。弱い私が休むための胸を。縋り付く私……そんなどうしようもない私を抱きとめ、ほまれは胸を貸してくれた。
枯れていたはずの涙が溢れてきて。
私はほまれの胸の中で、声を上げて泣いた。
「さあや……」
「私……ほまれの言う事何も聞かないで……勝手にみんなから離れて……勝手に一人でフラれて。酷い子だよね。ひどい事も、言っちゃったよね」
空っぽの心、パンドラの箱。
災いが出て行った後に残っているのは、ほんの少しの希望。
その希望に、火がつく。
「でも、私、ウォズが好きなの!!」
「アイツは、世界を滅ぼそうとしてるんだよ」
「ウォズが悪人だって、大魔王だって関係ない!私はあの人が好きなの。偽りでもいい、騙されててもいい、あの人と過ごした日々の思い出を、私は信じたいの。その気持ちが、どうしても消えないの!」
「さあや……」
「心が全然震えなくたっていい!タブレットに好きな気持ちが消されても、それでもまだ、全然消えない……私はあの人が好きなの!」
「……」
ほまれにすがりつく。
今の私には、それしかできなかった。
今一番近くにいる、一番頼りになる存在が、彼女だったから。
「このままじゃ、あの人死んじゃう……世界と一緒に、私達と一緒に消えるつもりなんだ。私はあの人を止められなくて、悲しませてしまって。このままじゃ、私、あの人に謝れない」
「うん……」
ほまれは、少し黙った。
少し考えた末に、答えてくれた。
「ごめん、さあや」
「ほまれ……」
当たり前といえば当たり前だ。
前にあんなにひどい喧嘩別れをしてしまったんだ。すぐに頼らせてくれるなんて、虫のいい話はない。
しかし、続けて語られた言葉は、私の予想に大きく反するものだった。
「私、さあやのこと応援する事に決めたの」
「……え?」
「さあやの気持ち、全然考えられてなかった。ウォズの事が好きだって事も、さあやが悪役に憧れてるかもって事も」
ほまれの表情は真剣そのものだ。
心の底から、私に謝ってくれているというのがよく分かる。
謝らなきゃいけないのは、私の方なのに。
「私、さあやとまだ友達でいたいし、一緒にいろんなことしたい。さあやがヒーローが好きでも悪役が好きでも、私が手伝うから。だから、仲直り、しよ?」
「うん……うん!!」
私は精一杯の笑顔で、ほまれに笑んでみせた。笑顔は伝染するように彼女の表情を明るく照らしてゆく。
彼女の言う通り、私は悪役に憧れているのかもしれない。知的で、頭でっかちな私を受け入れてくれる悪役に。けれど、それでも私はプリキュアだから……ほまれのくれるこの暖かさが、たまらなく愛おしいんだ。
「よし!じゃあ行こう!」
足に力を込める。
立つことを忘れてしまったらかのように、重心が定まらない。でも、そんな弱い私のその手を取って、支えててくれる人がいる。
ずっと近くで私を見ていてくれた、私の友達。
「一緒に止めよう、ウォズが世界を壊そうとするの。世界が壊れるのよりちょっと早く、私がさあやをウォズの所に連れてくから。それで、それよりちょっとだけ遅く、ウォズを助けよう。そうしてから、謝ればいいじゃん」
『大丈夫、私がついてるから』そう言って笑う親友は、どれだけ控えめに言っても……世界で一番、最高にかっこいいヒーローだった。
第6話をお読みくださり、ありがとうございます。
分量的には短いですが、一つの話の区切りなので、これも1話にさせていただきました。
仕組みは詳しくは説明しきれませんでしたが、白ウォズがタブレットによって生み出した恋心が消されても、さあやさんの恋心は残りました。この仕組みについて疑問、考察がある方は、感想に書いていただければ私が答え合わせをします。
この話も次回で最終回です。白ウォズとさあやさんの恋はどう言った結末を迎えるのでしょうか。
次回の投稿は3日後になります。
※同じものをPixivにも投稿しています。