「少年に鎧を、少女に魔法を」
文明の繁栄にはある「限界」があり、人間の叡智が「限界」に辿り着いた時、高度な科学技術は崩壊に向かって連鎖を始める。
二十一世紀終末、恒温動物である人間は都市そのものを恒温化するに至ったが、その代償は文明の崩壊と言う形で顕在した。
肥大化したエネルギーシステムはある日、核爆弾以上の威力を以て地上の生物を殺戮する怪物となった。
電磁嵐によって電子機器が機能しない状況下に於いて正確な数を計測する事は不可能だが、人類は生存していた。
僅かな食糧と絶望を胸に、確かに生きて「いた」のだ──。
かつて神浜と呼ばれた都市がある。
最早住人など何処にもいない、風化した摩天楼に、乾いた銃声が響く。頭部を喪失した少女の肢体がぐらりとよろめき、手にしていた杖はコロコロと砕けたアスファルトに転がった。
「……」
肉体に命令を下す機能を失い、地面に倒れ伏そうとした少女を、純白の学ランを纏った少年が抱き止める。
終末を迎えた世界を果敢に生き抜いた少女が、土に塗れる事などあってはならない。
少年──『葉隠 覚悟』は少女を抱え、あまりにも重い一歩を踏み出した。
この瞬間に、人類最期の「火」が燃え尽きた。
この世界に於いて、全ての人間が人を人足らしめる「火」を失う運命にあった。「火」を失った人間は異形の怪物へ変化する。
それは人が進化した、と取れない事も無いが、人間としての尊厳を一切喪う行為であった。
つい今しがたまで孤独感から解き放たれた、心の底からの笑みを浮かべた少女もその運命からは逃れられなかったのだ。
目の前で骨格を、筋肉を変形させ、「到達者」へと成った少女を覚悟は射殺した。
──もしも人間を攻撃対象とせねばならぬ時は何の予告も与えず、一瞬の死の準備も許さず、即死せしめるべきである
覚悟はその理念の通りに行動したのである。苦痛を感じる事なく、少女の魂は冥府へ旅立っただろう。
覚悟はそう信じるしかなかった。
こうして数千年の間文明と言う火を灯し、栄華を誇った人類と言う花は見事に散った。
人類は、滅んだのだ。
覚悟は少女の遺体を抱えたまま、ビル群の足元を進んでいた。
かつては人々の活気が溢れかえっていた街中も、ただ静寂を覚悟に押し付け、それが益々孤独を痛感させた。
葉隠覚悟は『エクゾスカル戦士』である。
『最強の盾』である超鋼で構成された鎧──強行外骨格を着装し、『最強の矛』である零式防衛術を会得した七人の戦士は、人間を脅かす悪の秘密結社と戦うヒーローだった。
しかし戦いが終わると、その過ぎたる力を警戒され、人々の意思によって冷凍カプセルに封印されたのである。「役目を果たした刃は鞘に収まるべき」と言う事だ。
長き眠りから目覚め、変わり果てた世界を目撃した覚悟は、自らに『残存人類が生きる「今日」を見届け、牙無き人と共に地獄へと堕ちる』と言う使命を見出だした。
人は何れ『到達者』へと変貌する。しかしその最期の瞬間に、宙をさ迷う手を握ってやる必要があると、それを為すべきだと決意したのだ。
そしてその使命は今日、完遂された。覚悟は宣言通り、最後の「牙無き人」を見送ったのだ。後はこの少女を埋葬すれば全てが終わる。
市街を抜けひたすら北へと歩いた覚悟は、寂れた天文台の近くに少女の遺体を埋めた。
ただ穴を掘って、土を被せただけの簡素な墓に覚悟は敬礼した。きっと彼女はそんな事を望まないだろうが、覚悟に出来る最大限の敬意はこれだった。
「最期まで生き抜いた君に、敬礼」
挙手の敬礼を終えた覚悟は、おもむろに拳銃を取り出すと自らの口腔へと向けた。引き金を弾けば、装填された零式徹甲弾が確実に覚悟の脳幹を破壊するだろう。
万が一にも生き残る事は無い。しかし覚悟は後悔を抱いたりしなかった。
『共に堕ちる』と、そう誓ったのだ。「火」と共に消える決意はとうの昔に固まっていた。
そして最後にもう1度、少女の墓を視界に収め──そこに異常を発見した。
「
それは堅牢な金の台座に支えられた、深紅の宝石だった。
歴戦の戦士である覚悟が意識を逸らした一瞬の内に、何者かがそれを安置したのか。
訝しみつつも、覚悟はその宝石を手に取った。この手のひらに収まる程度しかない大きさの宝石が、如何なる代物であろうと精査しなければ何なのかは分からない。
「生きている……」
覚悟はその
脈打っている訳でも、熱を持っている訳でもない。
だが、生きている。何者かの魂が、宝石と言う形で覚悟の前に出現している。そんな非現実的な現象を、覚悟は否定出来なかった。
──そして覚悟は、「魔法少女」の記憶を垣間見た。
夢見る少女が契約した。
想い人の救済を願った少女がいた。
ただ生きる事を願った少女がいた。
父の話を人に聞いて欲しいと願った少女がいた。
自らが生きる意味を祈った少女がいた。
ただ1人の為に変わり続けられる自分を祈った少女がいた。
無数の少女の願いを、覚悟は見た。
些細な事から重大な事まで、悠久の古来から遥か未来まで、ありとあらゆる少女の願いを覚悟は見たのだ。
そして彼女達の結末も覚悟は知った。奇跡の代償はどれも絶望であった。祈りで始まり、呪いで終わる。そんな連鎖が幾度となく繰り返される。
恋は終わった。
少女は死んだ。
絶望を抱いて自決した。
少女は、少女は──
あまりにも悲惨な結末を見届け続けた果てに、覚悟は3人の少女の願いに辿り着く。
──覚悟が射殺した、あの少女が願っていた。
『わたしには「回収」の力を!』
『僕には「具現」の力を!』
『わたくしには「変換」の力を!』
『あなたから奪わせて!■■■■■■■■!』
勇敢だった。絶望を退け、希望を掴み取ろうとしていた。苦痛を回避しようとする生物の本能すら凌駕した、本物の『覚悟』があったのだ。
この覚悟が、邪悪に屈して良いのか。
この祈りが、呪いで終わって良いのか。
否。
断じて否。このような理不尽が許されて良い訳がない。覚悟の拳は、皮膚を突き破り血が溢れる程に握り締められていた。
理不尽に必勝する拳を持ちながら、それを届かせる術が無い。その屈辱が覚悟の身体を焦がした。
──出来るよ
透き通った少女の声が覚悟の耳に飛び込み、冷涼な大地に突如として純白の羽根が舞う。
覚悟の手のひらで深紅の
──今なら、翔べる。貴方が願えば、
「俺が、願えば……」
気が付けば少女達の戦いの軌跡は消え失せ、覚悟は痩せた大地と少女の墓の前に戻っていた。
覚悟は口腔から拳銃を引き抜き、
覚悟の決意は変わらない。この世界で人類と共に風となって消える運命を、何人足りとも変える事は出来ない。しかし、覚悟は少女の墓に向けて言葉を紡いだ。
「決して君の手を離したりはしない。だが──少しでいい、俺に時間をくれないか」
助けを求め伸ばされた手を掴みとる事が戦士の使命だと、ここで終わってはいけないと覚悟の魂が絶叫している。
絶望の泥沼に沈まんとする少女達を見捨てる選択肢は、始めから存在していない。
そして、何より覚悟が看過出来ない言葉が少女達の記憶に存在した。
『人類の個体数と繁殖力を鑑みれば──1人の人間が生み出すエネルギーは、その個体が誕生し成長するまでに要したエネルギーを凌駕する。君たちの魂は、エントロピーを覆すエネルギー源たり得るんだよ』
何と言う邪悪!何と言う傲慢!
牙無き人々の無垢な祈りを利用し、捻じ曲げ、搾取する孵卵器のその行為!
少女達の心に対する侵略行為と形容する他無い。
それを否定する為に覚悟は征くのだ!
「誰にも人をモノ呼ばわりする権利は無い!」
どうやら私は、地獄に堕ちたらしい。
目の前の少女、柊ねむの存在を認識した私は、率直にそう思った。
柊ねむは友人だ。
長きに渡って生活を共にした、魔法少女の同類であり、マギウスの同志。
そして、
砕かれた頭蓋にまろび出る臓物が、彼女に重なって見える。違う。有り得ない。それは脳が作り出した幻想だ。
「……灯花、顔を洗ってきたらどうだい」
そんな彼女から放たれた一言で、私の意識は目の前に引き戻された。
イヴの地下聖堂。
ホテルフェントホープに構えられたこの一室は、私達にとって特別な場所だ。
来たるべき解放の時に備える為、この場で定期的に茶会を開くのがマギウスの決まりになっている。
最初は満ちる穢れに慣れる為の企画だった。
しかしすっかりそれに親しんだ今では、単に同志達と談笑するだけの楽しい時間となっていた。
そう、すっかり慣れた筈なのだ。
この纏わり付くようなおぞましい穢れにも、マギウスとしての生活にも、目の前の見知らぬ少女にも。
「あなた、急に泣き出すとかどうしちゃったワケ?」
誰だったっけ──そう、たしかアリナ・グレイ、だった気がする。
柊ねむ同様、私達の解放の同志。
自らの美だけを追い求める、破滅的な芸術家。
共に活動する中ですっかり打ち解けた彼女の事を、私は
紅茶を持つ手がやけに震える。
慣れ親しんだ筈の穢れが、吐き気と頭痛を誘発する。
死んだ筈の友人と、初対面の知人に囲まれて、私の意識は混濁する。
そしてその混濁の中で、私はようやく気づいたのだ。
今の私の意識には、2つの記憶が混じっている、と。
「私、は」
私の知らない「私」の声が聞こえる。こんな事をしてはいけない、ここにいてはいけないと、頭の中で叫んでいる。
何故。私であるなら理解している筈だ。私の──私達の目的を何故否定する。
「私は!」
驚愕する2人を他所に、頭の中で騒ぎ立てる「私」を、意志の力でねじ伏せる。邪魔はさせない。それが誰であっても、私自身であっても!
「私は、里見灯花。目的は魔法少女の救済──そして宇宙の全てを知ること!そうだよね、ねむ!アリナ!」
お願いだから、例え嘘でも良いから「そうだ」と言って欲しい。私が別の「里見灯花」に塗り替えられる前に、どうか──
「そうだよ。キミはマギウスの1人で、魔法少女の里見灯花だ。──何があったのかは分からないけど、今日はもう休もう。いきなり泣き出すなんて灯花らしくないじゃないか」
「うん。うん──」
「少し早いけど、今日はもうお開きだね。アリナも構わないかな」
「別に良いケド、本当に大丈夫なワケ?」
ねむに支えられて、何とか立ち上がる。可笑しいよね。笑っちゃうよね。
たった5分前まで自信満々だった私が、魔法少女の私が、誰かに支えられないと歩く事すら出来ないなんて、そんなの有り得ない。
そうでしょ?
「覚悟……」
「どうしたいんだい、灯花」
「ううん、何でもない」
誰だろう、覚悟って。
「私」の記憶にだけ存在する誰かの名前が、思わず漏れてしまった。
リハビリとして始めたモノですので、感想やご指摘頂けるとありがたいです。