神浜市は9つの区からなる新興都市である。人口は300万に及び、発達した交通網と歴史的な建造物が共存する、
そう言えば聞こえは良いだろう。しかしその実態は、共存とは言い難いものだった。神浜という土地は明らかに、2つに分かれて歪んでいた。戦国時代から続くとされる東西地区の対立は、様々な形で表出しつつ、今なお土地と住人の心に刻まれている。その最たる物が経済格差だ。「富める者は西へ、貧する者は東へ」と言う風潮が神浜では形成され、実際に土地をそうしていた。
貧する者の流れつく先、大東区。その最北端の幽霊街を、スマホ片手に歩く少女が1人。和泉十七夜、魔法少女である。
「やれやれ、バイト上がりだと言うのに困ったものだよ」
午後10時の夜更けの中、彼女は魔女を探していた。つい数刻前バイトを終えて、帰路に就いたばかりの頃に、魔女の存在を感知
「全く、いつ来ても気味が悪いな……いや、今の管理者は八雲だったか。忘れてくれ」
学生が夜間に外出するなど、警邏に発見されれば補導される事は間違いない。しかし事この地おいて、その心配は無用であった。
かつてここは大東区でも、抜きん出て栄えた場所である。遊園地が建つ程といえば、その様子が浮かぶだろう。しかし限界を迎えた繁栄は、崩壊に向かうのが世の常だ。遊園地が潰れたのを皮切りに、連鎖して滅びは訪れた。今ではもはやこの一帯は、幽霊街と呼ばれて久しい。
そういった訳で幽霊街は、大東区でも取り分け治安が悪い部類だ。警邏などいよう筈もなく、自衛の策は必須となる。無論、魔法少女の十七夜にとっては、その身が一番の武器ではある。しかし人避け程度であれば、通話しながら歩くというのも中々の上策なのだ。トラブルは少ない方が良い。大東で暮らす者の多くは、このような小細工をいくつか身につけていた。
「──と、アレか。すまない、一旦切るぞ」
十七夜の瞳が共同住宅の形を捉える。軽く周囲を確認するが、住人の姿は認められない。元々空き家だったか、或いは魔女の餌食となったか。
一見ただの廃屋だが、既に内部は魔女の
「公平に、平等に叩き伏せる──」
そして1歩踏み出した瞬間──住宅の2階部分が爆ぜた。
「何──!?」
出鼻を挫かれた十七夜が見上げる先、風通しが良くなった2階を突き破る様にして、触手を生やした巨大な振り子時計が出現した。
振り子の魔女。
人々の絶対の敵にして狡猾な悪鬼が、何故か結界に身を隠す事もせずに大東区の夜空に体を晒していた。
「くっ──」
此方の接近を感知されていたか。
だとすればこのタイミングでの遭遇は相手に分がある。
自らの不利を感じ取った十七夜が咄嗟に距離を取ると同時、再び共同住宅が爆ぜた。
「魔法少女──!?」
否。
十七夜の知る魔法少女に、全身を装甲で覆う者はいない。
月光を背に黒鉄が飛翔する。
「人、か?」
否。
それは「正義を行う者」にのみ着装を許される、最強の矛と最強の盾を同時に併せ持つ鎧である。
それは白いマフラーをたなびかせ、理不尽に必勝する
強化外骨格「零」
それが戦士の纏う鎧であり、同時に戦士そのものを指し示す名だ。
背面の噴射機構「爆芯」から放出されるジェットによって跳躍した零は、魔女に向け左腕を真っ直ぐと伸ばし、右肘は弓のように引き絞る。
一撃必勝たる零式防衛術の要、破邪の構えである。
「零式積極
『ボ、ボ────!?』
急降下により箒星と化した鉄拳が魔女を穿ち、振り子時計の基部に捻じ込まれる。
耳障りな悲鳴を上げ触手を痙攣させる様、正に満身創痍。
「その
だが、魔女を討つには至らず。
ゼンマイ仕掛けの
ならば、と基部に突き刺さった零の拳が開かれる。
「昇華!」
五指より放射されたプラズマ火球が、断末魔すら許さず魔女を蒸発せしめた。
「なんだ、この威力は……!」
プラズマ火球、と言う非現実的な武装もさることながらその威力たるや!
魔女を難なく焼き尽くすソレを受ければ、例え魔法少女と言えどタダでは済むまい。
「南無!」
(どうする……今ならまだ退けるか……?)
共同住宅の残骸に向け手を合わせる戦士から目を離さず、十七夜は逡巡した。
決して戦士の威圧に屈したのではない。
(友好的に接触出来るなら、良いのだが──)
そう、何事も無ければ良いのだ。
だがもし
もし戦士と戦う事になったら。取り逃がしたら。他の魔法少女にその武器を向けられたら。
それを考えれば即断即決と言う訳にはいかないのだ。
彼女らしくない事であるが、「もしも」と言う迷いが十七夜の判断を遅らせていた。
「──と言う事があったのだが」
「……嘘でしょお?」
「私が要らぬ嘘を吐くと思うか、八雲」
「それはまあ、そうでしょうけど……」
八雲みたまは頭を抱えた。
十七夜らしいと言えばそんな気もするが、時間を考えて欲しい。何しろ既に午後11時を越え、美容の為にとベッドに入ろうとした矢先に
「幾らなんでも、ちょっと非現実的過ぎるわよ……」
「私達魔法少女だって、非現実的そのものだろう」
「そうじゃなくて!」
そう。明日も『調整屋』としての仕事があると言うのに、十七夜は厄介事を持ってきてくれちゃったのである。
それも魔法少女のいざこざだとかそう言う次元の話ではない。
アニメや漫画に両足突っ込んだ、与太話と笑われかねない事件を十七夜は真顔で話すのだ。
(そんな話を私にしてどうしろって言うのよ……)
調整屋は
だが、態々話したと言う事は「そう言う事」なのだろう。十七夜は自分で解決出来るのならしている筈だ。
つまり、事態は彼女1人で対応出来る範囲を越えたのだ。
(西と東の対立再び……みたいにならないと良いけど……)
厄介な事になったものね、とみたまは1人ごちた。
東西対立や鏡の魔女など悩みの種が尽きる事は無いが、この問題を捨て置く事も出来ない。
「……東の事情は大体分かったわ。取り敢えず西側の魔法少女にもこの事態を知らせてみる」
「ああ、助かる」
先ずは情報を整理する事から始めるべきだ、とみたまは感じた。事のあらましは十七夜から聞いたが、改めて精査すれば得る物がある筈だ。
「それで、その零とか言うのは何処に行っちゃったの?」
どうせ茶も出してしまったのだ。十七夜から搾れるだけ搾らねば割に合わない。
今夜は寝かさないわ、と聞く人が聞けば勘違いするであろう
「連れてきているが」
「……へ?」
「入って来て良いぞ」
硬直するみたまを余所に、十七夜は扉に声を掛けた。
まさか、まさか────!
「失礼します」
「──!?」
軍人であった。少なくともみたまにはそうとしか見えなかった。
白い学ランに鋼の靴を纏った少年が、調整屋に1歩踏み込んだ。
「葉隠覚悟です」
「え、ええ……」
みたまは「他に何か無いのか」と叫びそうになる自分を必死に押さえ付けた。名前だけ言われても何1つ分かりはしないのだ。
雰囲気だけで人を射殺せそうな面持ちの少年と相対して、そんな思考に至るみたまの肝が座っているだけなのかもしれないが。
しかし、続く発言がその度肝を抜く事となった。
「本日より此処で居候させて頂く事となりました!」
「────え?」
ボーイミーツガール。物語の始まりはそうありたいモノだ。
だがこれは、何と言えば良いのか。
──非常に弛緩した空気であった。