アラサーがVTuberになった話。   作:とくめい 

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8巻発売記念 閑話『とあるリスナーのバレンタイン』

2月×日

 

「おかえりー、ガチ恋ネキ。チッスチーッス」

「なんでアンタがいるのよ……? あとその呼び名止めろ」

「なんでって合鍵持ってるからやん。それに普段のお詫び代わりに今日掃除しに行くって連絡してたでしょ」

 

 今日は久しぶりに会社に出社していたんだけれど、帰宅すると何故か変なのがいた。黒髪清楚なお嬢様の見た目をしているがその中身ダメ人間である。一時バッサリと切った髪も随分と伸びている。今日はポニーテールらしい。某VTuber事務所のファンスレッドで駄馬って言われているからだったりするんだろうか? ちなみに私は断じてガチ恋ネキなどと呼ばれる筋合いなどはない。勘違い、あるいは気の迷いだ。

 

「それは連絡来てたけど……アンタのお付きのメイドさん――メイさんがやってくれてるのだとばかり思ってた」

「掃除はメイがやったよ?」

「アンタは何してたわけ?」

「見守ってた。まるでドモホル〇リンクルを1滴1滴見守るがごとく」

「?」

「流石にこのネタは古すぎるか……」

「私とアンタって別に年代的にはそう変わらないと思うんだけれども」

「こまけぇこたぁいいんだよ」

 

 ちなみに私は足が都合が悪く、車椅子が相棒。基本的にはリモートワークなのだが、流石に何度か会社の方に顔を出さなくてはならない事がある。非常に気を使ってもらってるのはありがたいんだけれども、外は勿論だが社内でも奇異の目で見られるのだけは未だに慣れないところがある。会社としては私みたいなのを雇っておくと何かと良い事もあるのだろう。気は滅入るが外出時ついでに各種用事を済ませる良い機会と思うようにはしている。

 

 目の前のお嬢様は同じ趣味……と言えば良いのかな? まあ、有態に言えば推しの箱が同じ『あんだーらいぶ』と言う共通点があり、オフで最初に会ったのもそれがキッカケだったりする。一応事前連絡が来ており、ウチに来るってのは知っていたが。私の足がこんなのなんで、実家も頼り辛いってのも知ってか知らずか時折面倒見てくれたりする。主にこの子のお付きの人が。普段人目を気にせずゆっくり過ごす場所を提供しているその代わり、みたいな扱いらしい。

 

「掃除したのにそこでポテチ食べるの止めない?」

「うちのメイがその辺何とかしてくれるし、へーきへーき」

 

 この子はポテチを割り箸で摘まんで食ってた。お供にはコーラと言う到底良いところのお嬢様がやるような事ではないと思うのだけれども、当人の所作ひとつひとつが異様に綺麗なせいか、そんな姿も妙に絵になるのが余計に気に食わない。

 

「あ、それチョコ?」

「今日バレンタインだし」

「あ、もしかしてワイ用? いやぁ、モテる女は辛いぜェ」

「いや、自分用だけど?」

「え…………?」

「なんでそんな『あり得ない、何言ってるの?』みたいな反応になってんのよ」

「例えるなら誕生日パーティーの招待状を渡したら、目の前で破り捨てられて『お前を殺す(デデン!)』って言われた後みたいな状態だよ、もう」

 

 うざ。周囲を見渡すと取れかかっていたボタンを付け直している彼女のお付きのメイドさん――メイさんが絶賛お仕事中だった。元メイド喫茶で働いていたお気に入りの子らしくて、ガチの使用人として引き抜いたらしい。おかしいだろ、やってること。

 

 メイさんは凛とした表情が素敵な人で、時折男装してたりもする。主にコイツの趣味で。まあ、その無理難題をこなすとそれに見合ったお手当が出るそうで、嫌々と言う訳ではないみたい。この子のネタには付いていけないし、下手に構うと調子に乗ってブレーキが利かなくなるので、無理して付き合う事は無くスルーしてやれば良いと言うことを最近学んだのだ。

 

「えーっと、メイさん。これチョコあげる」

「わー、ありがとう」

「メイさん女の子から沢山貰う派でしょう」

「女子高出身なんでまあ、そうですね。でも卒業してこう言うところで働いてるとそう言うの全然ないので、普通に嬉しいです。ふふっ、ではお着替えお手伝いしますね、お嬢様」

「あら、ありがとう」

 

 そんな様を腕組みしている雇い主が眺めていた。

 

「うん、うん。これはこれでアリだな。でもワイのメイが取られてるから実質寝取られなのでは? いやいや、NTRは一般的な性癖で人気ジャンルだってF〇NZAさんの性癖ランキングでも明らかになっているし……だが、最近はBSSとの差別化が難しいと言う問題もあるんだよなぁ。それに昨今ではこりゃNTRされても仕方ねぇわって言うタイプの主人公も多いじゃん? 結局間男君の方が割としっかりヒロインの事を見てたり、熱心に口説いたりしてるので案外好感度高く見えるけれど、それは個人的にちょっと違うと思うんだよね。明らかに主人公よりも魅力もない間男がヒロインを堕として、『なんでこんなヤツなんかに!』って絶望するのが興奮ポイントだと思うわけよ。それで言うとやっぱり古き良き小汚いおっさんが寝取る展開はある種完成されているとここ最近気付かされたわけよ。分かる?」

 

 分かる訳ないだろ、ボケ。今の台詞は多分聞かなかったことにした方が良いだろう。よく分からないが、そうした方が良いと私のセンサーがそう告げている。お掃除とかのお礼や雑談を交わしながらも着替えを手伝ってくれるメイさん。一家に1人くらい欲しい。

 

 それはそうと雇い主さんさぁ……着替えをスマホ見るフリしてガン見してくるの本当に止めて欲しい。バレてるからな、お前。薄着の時男性が胸元とか太ももとかガッツリ見てくるのよりももっと露骨だぞ。同性なのにどうしてそんな飢えた様子で見てくるんだよ、お前。おかしいだろ。口の端から出てる涎を拭け、涎を。人をオカズにポテチ食べるのも止めろ。そんな人の嫌がる表情すらもあのバケモノにとっては快楽に変換されるのか、嬉しそうにしている。やっぱ頭のネジどっかぶっ飛んでるだろ、コイツ。

 

「ああ、それと()()()が来てたみたいだから、気を付けておいた方が良いかもね」

「お客様? ああ、本家の……だからこっちに逃げてきたわけですか」

「それについてはノーコメントで」

 

 実家が太いみたいだが、それはそれで大変な事があるらしい。よく分からないし、特に深入りして聞くつもりもないけれど。変な争いに巻き込まれるのはごめんなのよ。バカとメイさんのやり取りを聞きながらそう言う感想を抱いていた。

 

「――で、いつ帰るの?」

「さっさと帰れって雰囲気めっちゃ出てるぅ! ひどーい。ワイとネキの仲じゃあないか」

「肩を触ろうとするな。セクハラよ」

「同性なんだけどなぁ」

「なんか触り方がねちっこいと言うか、粘っこいから嫌」

「酷い! 人をそんな性のモンスターみたいな扱いしないでよ! そんな事言って、さっさとワイを帰したい理由を知っていると言っても、なお同じ事が言えるかな? ふっ」

「はぁ?」

 

 確かに早々に帰って欲しい。その理由もあるにはあるが……

 

「わざわざバレンタインまでボイス聞くのを待って、自分でチョコまで買って、愛しの彼のボイスを聞くのに没入させるための愛。重い女嫌いじゃあないよ、ワイは」

「あ゛?! な、な、なんで知ってるのよ!?」

「いやぁ、いつも長文ボイス感想投稿されてるのに今月されてなかったし」

 

 確かに彼――どっかの誰かさんのボイスを聞くのを今月は我慢して、バレンタインを題材にしてるって話だったからその日に合わせて聞こうとかそんな風に思ったのはただの気まぐれだ。没入感とかそういうんじゃない。決して自分がチョコ渡す側として感情移入しやすいように環境を整えたりしてたわけじゃあない。チョコを買ってきたのも偶然食べたかっただけだし。あるいは――

 

「気の迷いなだけだから」

「顔真っ赤でワロタ」

「メイさん、コイツ持って帰って」

「かしこまりました。ハイ、行きますよお嬢様」

「えー、いーやーだー、聞いてるところ見たい見たい見たい!!」

「今日お嬢様が推してる声優さんのメスガキボイスでくっそどうでも良い豆知識を教えてくれるASMRの発売日ですよ」

「よし、帰るか。寝ながら聞こう!」

 

 コイツ本当になんなんだろう。ちなみにこの後バレンタインボイスはしっかりと堪能させてもらった。5周くらいした。特に他意はないけれども、夜中々寝付けなかった。あんなのひきょうだ。

 





書籍版8巻本日発売です。
8巻で描いているのが2月なのでその頃の話です。
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電子書籍だとBOOK☆WALKERさんのみSS特典あります。
また、既刊(書籍版1~6巻+短編集とコミカライズ版1~3巻)の電子版がセールで半額になっておりますので、そちらもどうぞよしなに。

【挿絵表示】

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