アラサーがVTuberになった話。   作:とくめい 

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閑話   とあるマネージャーの回顧録

X月X日

 

 Vtuberのマネージャーというのは世間的には一体どう思われてるんだろう。社長が大学卒業後に起業して立ち上げた『あんだーらいぶ』というVtuberグループ。驚くほど順調に成長を続けて来た。途中この界隈特有の炎上等々色々あったものの、軒並み数字――結果としては常に右肩上がりを続けていた。多少の炎上も知名度を高めていくという、所謂炎上商法というものなのかな?

 

 1番ヒヤヒヤしたのは、春先にこの業界を大いに騒がせた言うところの『ハセガワ事件』あるいは『パコガワ事件』だ。弊社からデビューした男性Vtuberが未成年と淫行。世間一般でもアウトもアウト。弊社としても早々に契約解除を宣言し、事態収束を図った。

 

 あれに関しては事前にその手の問題を察知できなかったこちらにも非はあるし、我々運営はその責めは甘んじて受け入れ、今後の改善に努めていくべきだ。裏アカウントでのやり取りまでは察知することが出来なかったというのは言い訳だと思うが、こちらとしても細かいところにまで手が回らないのが実情である。

 

 ただ、あの件において想定していなかったのはハセガワ君と同時デビューした彼――神坂さんの方に、そのマイナス的な感情をぶつける人があまりにも多すぎた。何もしていない、何ら関係のない筈の彼を鬼の首を取ったような……あるいはそういった行為を半ば楽しんでいるような節すら窺えた。炎上と言うのはネット上ではしばしば『祭り』なんて風にも表現される理由が少しだけ分かった気がした。分かった、と言うよりも思い知らされたという方がより正確かな。

 

 Vtuberという職業、兎に角1番守らなくてはならないのは演者の健康、特にメンタルである。そりゃあコンプラとか諸々もあるのだけれども、インターネットと言う媒体で活動する以上、普通の職よりも誹謗中傷の的になりやすい。この業界自体を快く思わない人、他所のプロダクションさん推しで弊社を敵視する熱狂的なファンの人、挙げればキリがないが……

 

 普通の芸能人や有名人ならばバックに大きな事務所なんかが付いているし、その類の行為での逮捕者も時折ニュースになるくらいには世間に知られている。酷く叩けばしっぺ返しが来る事を()()は知っているのである。ところが、我々Vtuberはどうだろうか? そもそもバーチャルの存在で実在しない人物。事務所の多くはここ1~2年程で立ち上げられたベンチャー企業ばかり。そういった行為に対する対処がまるでなっていないのが実情である。この問題は今後必ず改善しなくてはならない課題だ。とは言え、正直言って自分がそういう事に口出し出来る立場にはないんだ。世知辛い。

 

 以前FPS配信中の暴言だとかなんだとかで自分の担当する子の1人である朝比奈さんはかなり病んでいたのだが、動物のセラピー効果で何とか引退もせずに活動を続けている。自分もペット飼おうかなぁ。普段長い事家にいないので無理だと思うけど。職場に犬とか猫1匹放し飼いにしない? 荒んだ自分の心を少しは癒してくれるんじゃないだろうか。

 

 話はえらく逸れてしまったが、酷い誹謗中傷の標的になった神坂君に対しての接し方をどうしたものかと測りかねていたところで彼自身から連絡が来た。そういう類の行為に対する相談だろうと思ったら――

 

『事務所としてはどういった対応を予定していますか? 私はどう振る舞っておけば良いですか?』

 

 酷く冷静な声でそんなことを聞いてきたのだ。冷静に、冷めたような印象すら感じてしまう程の。今、まさに炎上中で知りもしない人達から数多くの暴言や心ない言葉をこれでもかと投げ付けられている筈の人物が、である。思わず言葉に詰まる。『何を言っているんだ、この人は?』その言葉を胸中で吐きながら、事務所としての方針を伝えると

 

『分かりました。ああ、後でこの件書面で残しておいてもらえます?』

「え……?」

『議事録とか書かないんですか、この手の打ち合わせの時って。口頭だけだと後々上から小突かれたり、内部監査の時上が五月蠅くないですか?』

 

 何を言っているんだ、この人は。いや、まあ確かに社会人としてはそうあるべきなんだろうけれど。なんで当事者――被害者である貴方が一番冷静なんですかね……?

 

 その日以降、通話での打ち合わせの後には文章でまとめた物を製作、演者にも添付して送るようになった。他の担当の人は口頭とチームコミュニケーションツールを使ってのみ、だそうだが。こちらは元社会人がいる手前適当な仕事は出来ない。ちょっと緊張する。上司でもないのに。毎回日付印押したモノが返信されてくる件に関しては、流石におかしいと彼に伝えるべきだろうか?

 

「変わってますよね……神坂さんって」

「まあ、僕らよりよっぽどしっかりしてるよねぇ……そりゃ社会人経験者ってのもあるけど、あの人の場合はそれとはまた別と言うか……」

 

 同僚もまた同じように感じているらしい。面接に同席した人が言うには、生気が抜けた抜け殻みたいな人だったという。私が直接会った時はそういうのを感じなかったし。表情や仕草、口調は暗いとかそういうわけではない。寧ろ社交的なくらいだ。面接官っていうのは人を見る力が云々とかそういう話になるんだろうか。今思うとどちらかと言えば、スタッフ向きな性格なのではないだろうか。事務所に来る際は必ず手土産片手にやって来る。スタッフ全員の顔と名前を覚え、たとえ収録や案件の配信が早々に片付いても、関係者に一通り挨拶し世間話なんかをしてから帰る。何か出来る営業マンを彷彿とさせる。何故か毎回スーツ着てるし。毎度ネクタイの色やネクタイピン、スーツ自体も何着かローテしているみたい。

 

 

「神坂さんは平気なんですか?」

 

 ある時遂に直接聞いてしまったことがあった。当人よりもマネジメントするこっちの方が精神的に参っているって普通はあり得ないと思う。胃薬はデスクの引き出しに入れるようになったし、眠れない日もある。

 

『あー、最近エアコン壊れちゃってちょっとバテてたのバレちゃいました?』

 

 ちがうそうじゃない。炎上の件という風に指摘すると、「ああ、何だ()()()()()ですか」と他人事か、あるいは全く気にしていない様子。

 

「こういう活動する以上大なり小なり叩かれるものでしょう? 今の環境だと特に。元々男性Vの試金石として採用されたわけですし、このくらいなら平気ですよ」

 

 この後逆に毎回燃えてる件に関しての謝罪をされてしまった。以前から思ってはいたが、やはり彼にはどこか違和感を感じざるを得ない。年長者に対して偉そうに言える立場じゃないけど、確かに一見すれば本当に普通の好青年だ。決まり事は必ず守るし、仕事も丁寧、賞賛されれば本当に心底嬉しそうにしていた。

 

 だけど――批判や誹謗中傷、それらの口撃に対しては何の感情も持ち合わせていないのである。さもそうされる事が当たり前と彼自身が容認してしまっている。そういった行動をとられた結果会社の不利益になる事を恐れてはいるが、自身のことなど二の次――どころか、そもそも考慮にすら入れていない節がある。普通誰だって傷付くし、弱気にもなる。そういった当たり前の感情が欠落しているんじゃないだろうか?

 

 それはきっとあまり良くない事だと思う反面、もし彼が本当に真っ当な人であったとすれば――果たして、引退せずに活動を続けてくれていただろうか? 引退までは行かなくとも、活動休止くらいはあったかもしれない。『もしも』の話をしても何の意味も無いんだけど、心のどこかで『良かった』なんて人様の不幸を喜ぶ自分に心底嫌気がさす。あの状態を不幸と決め付けてしまう自分も嫌いだ。

 

「困った」

 

 何事も卒なくこなしてくれるし、人柄も良い。声は恐らくこの界隈でもトップクラスのものを持っている。ちょっと身内贔屓かもしれないんだけど、決して何の強みがないわけでもない。確かに強烈な個性や荒唐無稽な言動やトークで人を魅了するって事は出来ないのかもしれない。それでも……

 

「あー、胃が痛くなってきた」

 

 自分が担当でなければもっと伸びていたんじゃないだろうか? もっとやりようがあったんじゃないだろうか。そんな後悔か恐怖感かよくわかんない感情が泥のように胸中に流れ出すとつい胃薬に手が伸びてしまう。

 

 数字が出ない――個人勢ならいざ知らず、企業のVtuberとなると早々放置も出来ない問題なのだ。男性Vの黎明期の今は社内にもまだ数は少ない。だが、今後デビュー予定の()が結果を出してしまえば、どうなるか……あまり想像はしたくはない。誰か彼の上手なマネジメント方法教えて下さい。ちなみに同僚に聞いたら『サッパリ分からん!』と即答された、酷い。

 

 手堅く案件を回すように上に働きかけるくらいしか思い浮かばない。案件は客先に概ね好評だし、ボイス売上も登録者や再生数を並べて見れば寧ろ優秀なくらい。早々に進退がどうのこうのって話にはならないはず……彼は他のVtuberと違い、案件配信で数字が落ちないどころか伸びるという変わった特徴がある。通常どんなに有名なVtuberでも案件配信ともなれば、視聴者数は減少する。弊社のトップVである獅堂さんや柊君ですらその例外ではない。

 

 元々持っている数字の差もあるのだろうけれども、運営サイドとしては彼以上に安心して任せられる演者もいない。これは彼の強みだろう。前回案件元である美少女ゲームメーカーさんも『新作を出す際には是非とも』とお言葉を賜った。ただ案件漬けは演者に負担がかかるので、ほどほどにしないと。以前他担当がそれでやらかしているので、本当に気を付けないと。

 

 

X月X日

 人気ゲームタイトルのプレイで登録者が1日で2000人も増えた。その日の内に投稿された切り抜き動画の存在も大きい。ただ、これはマネージャーとしての自分の采配によって得たものではなく、彼とその周囲の人間関係によるもの。結局、自分は彼に対して何もしてあげられていない。こういう舞台さえ整えてあげられれば、彼は伸びるんだ。自分でなければ、他のもっと優秀なマネージャーが付いていれば……

 

「胃が痛い……でも、良かった」

 

 世の中ああいう人が報われないといけない。そうじゃないとおかしいじゃないか。今夜は久しぶりに早めに退社して居酒屋でも行こうかなぁ。うん、そうしよう。

 

 

X月X日

 

「ああああああ、どうしてこうなったぁあ!?」

 

 ダメだ。これは不味い。不味い。ちょっと担当者ァ! なんでそんなとこケチっちゃったのさぁああ! ふざけんなよぉお!

 

 




以前も触れましたけれども主人公が『救う話』ではなくて、『救われる話』なので表面化していないだけで実は作中で1番拗らせてるのは主人公。
家族がいなかったらマジでただの抜け殻。
カイゼンデキルトイイネー

次回から4章。

感想無限に欲しい。待ってます。

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