余談ですが私もバイト決まりました。祝って下さい。
香澄にかっ飛ばされた後、俺は彼女に遅れてライブハウスに入った。
彼女は既にスタッフと思しき人と会話していた。するとスタッフさんは何か心得たような顔になってから、凄いニヤニヤしながら香澄と俺を交互に見やりながら奥へと消えていった。あー、あれか。俺がいかにクソな奴かということを今日の俺の不祥事も交えてお伝えしなすったのか。ああ、アイツ遂に俺のバイト先にまで手を回しやがっt……
「陽くん! そこで何してるの?」
「ん? お前の人を上げて落とすというその策略に戦慄してるまでだ」
ホントにエグいと思うよ。バイト紹介しといて、そうやってそのバイト先にまでおれのクソ野郎列伝を広めてくれるというその親切心は。
「ちょっと何言ってるのか分からないけど、まあいいや。早くこっち来て!」
はいはい、ではでは死刑所に参るとしますよ。そう観念し、彼女の隣、カウンター前に来てみると、その直後に奥の方から比較的若い女性が現れた。うん、この女性……
「おお、美人……」
「ふんっ!」
「痛っ!?」
素直に感想を述べると右隣にいた香澄に、今度はロべカル並みの左足のキックをお見舞いされた。ああ、そうか。女性の容姿についてはたとえ誉め言葉であってもセクハラなのか。
「ふふっ。仲良しだね~」
「はい! 仲良しです!」
そう言って俺の腕を組んできた。切り替え早いなおい。
「よく言うぜ。いやいやさっき俺の脛をおもくそ……イタイイタイイタイ!」
この女今度は超素敵な笑顔で足を踏んできやがった。これ以上余計なこと言ったら殺す、と目が言ってる。というかそこ、クスクス笑ってないで助けてくださいよ。
その笑っていた美人さんは少し咳払いして仕切りなおした。
「私は月島まりな。今日からキミの教育係だから。よろしく! あ、私のことはまりなでいいから!」
「あ、俺は宝田陽一です。今日からよろしくお願いします!」
なるほど彼女が香澄の言ってた美人の上司か。これは……最高じゃないっすか! え? マジで美人じゃん! ぶっちゃけ香澄のことだから話盛ってんだと思ってたけど、これは美人上司と言って差し支え無いんじゃないでしょうか!
心の中で一人、リオのカーニバルを開催しながら恭しく頭を下げていると、何かまた横から視線を感じた。
「む~~~」
「どしたの?」
なんか猫が頬を膨らませていた。どしたの?とりあえず両頬を押しつぶしておくと、ぷしゅ~と空気が抜けていったが、未だむくれていらっしゃった。あれ~? まだあの事怒っていらっしゃるのか? まさか明日マジで沙綾に処されんじゃないの?
「ふふふっ。ホントに仲いいんだね~」
いやまりなさん、ホント笑ってないで助けてくださいよ。全く……俺の不安も知らずに。
「ふふ~ん。親友以上の関係ですから!」
「あー、うん。そだね~。大親友だね~」
コイツはコイツで今日は表情筋の忙しい子だな。いや、それはいつもか。
そう思って俺が呆れたような顔になってると、何故かまりなさんまで呆れた顔になっていた。おいおい香澄さん、お前のせいで呆れられちゃったよ初っ端から。
「いや、今のは100パーセント陽くんが悪いよ」
「は? いやいやまさか……」
「うーん、私から見ても今のは間違えなく陽一君が悪いかな」
んな理不尽な! しかもその後「聞いてた通りだな~。そこらへんもしっかり教育しなきゃな~」とかなんとか言ってたし。え? 何教育って? そして俺の何を聞いてたんですか!? まさか香澄マジで言いやがったのか……
「じゃあ、香澄ちゃん、陽一くん借りてくね! じゃあ君はこっちに来てね~」
「陽くん! まりなさんに迷惑掛けちゃだめだからね!」
何故か香澄に「メッ!」といった感じで忠告されたが、まあこれ以上何も言うまい。今日はどうも俺の発言は全て地雷原なようだからな。
というわけで「へいへい。じゃ気を付けて帰れよ~」と手をひらひら振ってまりなさんの方へ行くことにした。
「うん! じゃあまた後で!」
……何故か彼女の言葉に若干の違和感を感じたが、まあ気のせいだろう。
「えーっと……ここが君のロッカーで、それからここに掛けてるのが制服で……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまりなさん。あの~面接とかは?」
彼女に付いて行ったまでは良かった。そこから面接やら何やらがあると思っていたら、もう採用決定みたいな流れ何ですけど?
「あーそのことなら気にしなくていいよ。ウチ、今凄い人手不足だから。ホント猫の手も借りたいくらいに。それに、あの香澄ちゃんからしっかりした人だっても聞いてるしね」
「香澄から……?」
どうやら俺はアイツのことを如何やら勘違いしていたようだ。まさかアイツが人のマイナス面を新たなバイト先にまでつまびらかに話すような下種なことはしないよな。
「あ、でもそれと同時に『すっごいデリカシー無い人だけど、その辺は多めに見てあげて』っても言われたかな」
……前言撤回じゃボケ。なんつーこと言ってくれてんだ。
「アイツこそデリカシー無いって言えませんかね? それ」
「んー? どうかな~? 多分香澄ちゃんは君に気を遣ったんじゃないかな~?」
ははっ。気遣いが重すぎて涙が出そうだぜ。
「まあ……さっきのやり取りで香澄ちゃんの言ってることが本当だってことは分かったけどね」
うそやん。どこで? 俺が何かしましたかね?
「うーん、そこら辺についてもこれから
何を? 何を教え込まれるんですか? どんな調教をされるって言うんですかね!?
「まあそこらへんは追々やってくとして、本題の仕事についてなんだけど……」
それから俺はまりなさんから仕事についての諸々の説明を受けた。正直調教内容とこの人の美人さのせいであまり頭に入ってこなかったが……ま、いっか! やりながら覚えて行ったら! (クビです)
「じゃあ早速明日から……」
まりなさんが俺に何か言おうとした時、フロントの電話が鳴った。
「はい、フロントです! ……はーい、今持ってかせるねー」
「なんか予約でも入ったんですか?」
「ちょっとー、話聞いてた? 陽一君」
「あ、すいません。ど忘れしちゃったみたいですねー」
すいません全然聞いてませんでした。
「もー、もう一回言うよ。こっちの電話は外部からの電話が来るやつで、今キミが言ったような予約とかが入ってくるの。で、さっき鳴ったこっちが内線。スタジオとかからのレンタルの連絡とかが入ってくるやつってさっき言ったんだけどな~」
「あー、今思い出しましたー。あはははー」
「ホントかなー?」
そう言って彼女はジトっとした目で俺を見てきた。やべーぞコレ。全く覚えが無いわ。後で他のスタッフさんに聞いとくか。
「まあいっか。じゃあ、ホントは明日から入ってもらおうと思ってたけど、丁度いいからお仕事体験しとこう! このエフェクターとアンプを4番のスタジオに持って行ってね! それから直ぐに戻ってきて。もう一回さっき全く聞いてなかった分、一から説明するから」
「え? あ、はい!」
こうして俺の初めてのバイトが幕を開けた。
……え? 聞いてなかったのバレてんじゃん。この人には敵わないのだろうと悟った瞬間だった。
「へー、これエフェクターって言うのか。そこらへんもちゃんと勉強しなきゃだなー。って、ここだ4番」
さあ、初仕事だ。陽一、ここはビシッと決めるぞ! そして、まりなさんのご褒美をもらうぞ! そう気合を入れて扉をノックした。
「すいませーん。アンプと、えーっとエフェクター持って来ましたー」
「あ、ありがとー陽くん。入ってきてー」
…………ん? 陽くん? しかも無茶苦茶聞いたことある声だったんだけど……。意を決して扉を開けると、
「あ! 陽くんがちゃんとスタッフさんだー」
…………お前かよ。なるほど、さっき言ってた「後で」っていうのはこのことか。いやまあコイツがここ紹介してくれたって時点でコイツもまたここの利用者だってのは当たり前だけど。にしてもこれはテンプレ過ぎやしませんかね?
「なんでそんなに不満そうなの~?」
「いや、なんだ、初仕事の相手がお前か~と。もうちょいマシな展開が……って何してんのお前? 何でまた内線繋ごうと……」
「あ、まりなさん? すいませ~ん、今入って来たスタッフさんが……」
「いや~、お前が最初の仕事相手で感動だわ!」
何だか朝のやり取り(1話参照)とデジャブったが、もはやそんなことは気にしていられん。これ以上傷口に塩をぬりぬりされんのは御免だ。
今日何度目かの掌返しをを決め、掌大回転民族の称号を揺ぎ無いものとした俺に「分かればいいんです!」と香澄はムフーという擬音が聞こえてくる勢いでドヤってきやがった。もう何なんだろうね? 俺のこの立場の弱さ。いよいよ奴隷根性が付いてきたまである。
「よし! じゃあ陽くんが私の接客が出来て満足してくれたところで、私が一曲披露してもっと陽くんを満足させたいと思います!」
いや、満足はしてねーな。後、もうフロント戻って良い? そう口に出さなかった俺をほめて欲しい。人間は成長する生き物ですからね! なに? お前は学ぶのが遅すぎるって? ほっとけ!
一人思考を巡らせていると、香澄はギターの準備を終え、そしてゆっくりと歌い出した。
俺は彼女の歌を聞き始めた瞬間、さっきまでコイツを放ってフロントに帰りたがっていた自分をぶん殴りたくなった。それ程に彼女の歌声は俺の心に響く渡り、深く染み込んでいくようなものだった。
ギターを持ち、マイクの前に立った彼女は普段のアホっぽい彼女とはまるで別人のように思われた。何というか、カッコいい、陳腐な表現だがそう感じた。だが、変わらぬ点もある。それは常に楽しそうであるところだ。そしてその姿が、周囲の人間をまた楽しい気分にさせてくれるということだ。
俺はただただ、彼女の歌に聞き入り、虜になっていった。
私が歌い終えると、彼は何故か呆けたような表情をしていた。そんなに私の歌は聞くに堪えないものだったのだろうか?実際、私は友希那さんみたいに自分の歌唱力自体に絶対の自信がある訳ではない。柄にもなく不安に思えてきた。
「ね、ねえ、どうだったかな?」
すると彼はハッとしたような表情になってから、ひと呼吸おき、私の肩に手を乗せて来てこう答えた。
「・・・すごかった」
「え?」
「お前スゲーな!普段のあのアホそうな感じと全然違って、マイクの前立ったら何て言うか・・・スゲーかっこよかった!」
ちょ、ちょっと近い!私が言うのも何だけど近い!最近流行りのソーシャルディスタンスを忘れちゃダメ!それから今何かアホっぽいとか言ってたよね!?私普段そんなイメージ持たれてたの!?
でも、そんなことがどうでもよくなるくらいに嬉しかった。なんせ好きな人に、私の新たな一面を知ってもらえて、そしてそれを褒めてもらえた。彼の失言など、それこそ明日有咲達に報告すればいいだけだ。
「なあ、もっと聞かせてくんない?お前の歌」
「うん!もっちろん!」
私は飛び上がりたい衝動を抑えながら、次の演奏を始めた。
そして私たちは時間も忘れてこのささやかなリサイタルに興じた。
展開おっせーなと思ったそこのアナタ!ホント、すいません。
因みに私は本当に香澄はマイク持つと全然印象違うように思えるんですけど、皆さんはどうでしょう?
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