今回の内容を表す魔法の域に達した一言(笑)
結局、衛宮士郎が聖杯戦争の事情を呑み込み自分の置かれた状況を、その底抜けの馬鹿な頭……決して勉学の能力が低いわけではないが、魔術師が絡む裏の世界の何たるやを詰め込むことが出来たのは時計の針がくるくる回って午前3時30分を過ぎたころだった。
最後の方の話は明日からの一緒に暮らすにあたっての段取りなどだったが、その頃になると流石にサーヴァントと契約したばかりで、普段から魔力の放出に慣れていなかった士郎はそのまま居間で潰れるように眠ってしまった。
キャスターは士郎の魔術回路の起動スイッチに関してあれこれと言及したが、それも明日になってからということで、これ以上余計な魔力を消費しない為に霊体化する運びとなった。
キャスターにとって幸いだったのが、士郎の魔術工房としている土蔵に魔力の回復を促進する魔法陣が張ってあったことだった。
どう考えても士郎が張ったものではないということは知れたが、彼の養父である故人、衛宮切嗣が描いたものなのだろうとキャスターは判断し、その上で静かに祈るような姿勢で膝をつき、短い眠りに就くことになった。
一見してのんびりとしたやり取りだったが、その実キャスターは心の中に焦りがあった。
このままじゃ明日にでも自分たちは脱落する。
アヴェンジャーのマスターは何故自分たちを襲ってきたのだろうか。
その答えは明確にして、不可解。矛盾をはらんでいるが故の推理材料となる貴重な情報源だ。
第一に、元マスターはどうしようもない屑ではあったけど、こと自分の根城に対する隠匿の魔術結界に関しては私が作成していたのだ。陣地作成スキルA+を舐めてもらっては困る。
余程『場』の変化に敏感な者でなければ見つけることなんてできない筈だった。
つまり、アヴァンジャーかもしくはマスターには結界などを探知できるスキルがあると考えるべきだ。
そして、元マスターが愚痴るように零していた言葉――――冬木の地における霊脈を協会から委託され管理するセカンドオーナー・遠坂。
成程、あの若いマスターは今代の遠坂当主と看ていいだろう。
私たちに襲撃目標を定めたのも、誘拐などに手を染め町を脅かしていたのだから納得がいく。
だけど、今となってはあの忌まわしい命呪の命令で命拾いしたともいえる。
あの行いで魔力を十分に蓄えていたからこそ、マスターを失ってもなお数刻の現界が可能だったのだ。
単独行動のスキルを持たない私では、本来あそこまで長くは持たなかっただろう。
現在私がいる新しいマスターの屋敷を軽く解析したけれど、迎撃などを行う複雑な結界は一切設置されてなく、悪意を持った侵入者への警報装置のみだった。
こんな簡素な、逆に見つけづらいくらいのしょぼい結界なら、キャスターのサーヴァントがいる屋敷だとは思わないかもしれない。
勿論、私自身の魔力を察しされることを防ぐ為に、回復して行くにつれて魔力隠匿の道具を作る必要があるけれど。
これなら、暫くは回復に努めることができる。だけど………
キャスターは一刻も早く、そして僅かでも多くの魔力を欲していた。
新しいマスターに体を求めるようなマネも考えてはみたものの、如何せん今の自分は何処からどう見ても幼すぎる。
もしこれに応じるどころか、いきり立つモノがあるようなら思わずナニを蹴り潰してしまうかもしれない。
まあ、あの見るからにお人よしな腑抜けがそんなことを良しとするわけがないか。
と、衛宮士郎に対して名誉なのだか不名誉なのだかわからない評価を付け静かに眠りに就いた。
* *
衛宮士郎の朝は本来なら早い。
日の出前に目を覚まし、朝の軽いトレーニングの後に朝食の準備を始め、さながら通い妻のような後輩がやってくると一緒になって台所に立つ。
近所の古くから姉のように慕う担任教師が朝食の時間に現れ、やれ賑やかな疑似家族模様を醸すのが日常となって、弁当を包むと後輩が頬を染めながら一足先に部活動の朝練習のため学校へと向かい、そんな様を笑顔で見送りながら自身も登校の身支度を始める。
そんな古風なホームドラマのような一描写が衛宮士郎宅の筈だった。
しかし、本日に至ってはどうだろうか?
ややあ、と目を覚ましてみれば旭は既に昇り、勝って知ったる後輩は勝手に上がり込んでは朝食の準備を殆ど済ませていた。
南無三、寝すごしたか。とメロスの気分はこう言うことだったのかと後悔しながら台所で平に謝っていると、慌ただしく姉のような担任教師が上がり込んで来て、いつも以上に騒がしくなる。
ここまでは良い。
別に、ちょっといつもと違う日常ならば、こんな日も悪くないだろう。
問題はいざ朝食を始めるという時に起きた。
ドクンと高鳴る心臓の鼓動を抑える衛宮士郎、一世一代の三文芝居の片棒担ぎ。
「私(わたくし)、衛宮切嗣の娘、メイと申します。不束者ですが、宜しくお願い致します。」
後輩間桐桜と担任藤村大河の目の前には、異国の美少女が正座に三つ指を立てて深々とお辞儀をしている。
更に士郎が付け加える形で、衛宮切嗣の「隠し子」だと付け加える。
呆然とする二人の女性をを横に士郎は故人切嗣に心の中で懺悔する。
『許してくれ親父!!許してくれ!!!』
最早、ホームドラマから昼ドラかゴールデンの三流ドラマと化していた。
何というエロゲだろうか。
「き、ぃ…………り、…つ、……んの……かか、隠し…子――――???」
義姉、藤村大河は卒倒寸前まで思考回路が寸断されメチャクチャな状態である。起源弾など無くても人はこうも簡単にかき乱れるものなのだ。
「メイ、………ちゃん?」
間桐桜は何か突然の事態についていけず、只々思考の渦にのまれているだけのように見える。
「私は今まで母と二人で暮らしていたのですが、先日……母が病で帰らぬ人となってしまい――――母の最期の言葉に衛宮切嗣という男性が私の父という言葉を聞き、彼を頼る為に日本に参りました。」
流石は裏切りの魔女、例え不名誉な呼び名だとしても役者が板についている。
僅かに瞳を潤ませ幼い容姿とか弱い雰囲気、折り目正しい気品を醸し出せば、藤村大河(単純な一般人)などイチコロだった。
「切嗣さぁああああああん!!」
とうとう泣きだした藤村大河は思い余って大粒の涙を噴水のようにまき散らし、キャスターを抱きしめる。
「えっと、先輩………これは………」
「すまない桜、俺も昨日突然キ…メイちゃんと出会ってな。ああ、DNA検査の用紙も見せてもらったし、あの子が爺さんの子どもだって言うのは……そうらしい。」
殆ど嘘である。
念のため其れっぽい用紙を昨晩、急ごしらえでキャスターが作り、それを見たと言うだけだ。
昨日出会った
用紙を見た
そうらしい
ほうら、嘘なんてこれっぽっちも言って無い。
――――――とんだ戯言である。
「とにかく、一通り落ち着くまでメイちゃんを家に置きたいと思ってるんだ。本当なら遺産分配だって出来た筈なのに、親父の事何も知らなかったっていうし。血は繋がってないけど、本当なら俺たち家族なんだからさ。」
「ぐずっ………むう、でも大丈夫なの士郎?めいちゃんこんなに可愛いのに、野獣な士郎と夜を共にして、美少女に手を出したらお姉ちゃんは許さないわよ?」
「ばっ…!!出すわけないだろ!?藤姉ぇが許す許さないの前に犯罪だろそれ!?」
「はい、お兄ちゃんに優しくして頂きましたし、心配いりません。」
キャスターも余裕が出てきたのか勝手にキャラを演じる始末
「先輩……先輩ってまさか……ロr―――」「違うっ!!!断じて違う!!!」
そうだ、そんな筈はない。
エミヤシロウは年端もいかぬ少女の体に欲情することなど、ましてや擬似的な近親愛などという背徳に心動くような人物ではない――――はず。
* *
「………そうだ、断じて違う。」
アーチャーは衛宮士郎宅から200メートル以上離れた電柱の上から、霊体の姿で件のやり取りを観察していた。
そうだ、それは違う。衛宮士郎(俺)は少女の味方では無い。正義の味方になろうとした愚か者だ。
断じてロリコンでは無い。そう心の中で叫ぶ。
「しかし、様子から見るにキャスターか………これと言って奴が傀儡になっているようにも見えん。まさか、アイツがキャスターを呼び出したのか?」
自分の摩耗しきった記憶の中の聖杯戦争と今回のこれは大きく食い違う。
それが当たり前のことなのかどうかなのかはアーチャーに判断しかねるところだったが、重要なのは「アレ」が未来において正義の味方になる衛宮士郎なのかどうなのかだ。
その一寸の判断でこの聖杯戦争の行く末が大きく変わる。
そうアーチャーは確信していた。
例えこの世全てを敵に回しても―――――――
そう考えていたアーチャーを遠く離れた別の電柱から見ているサーヴァントの存在に彼はまだ気が付いていなかった。
「ギャハッ!!!みーつけた♪――――ゲクキャハッ!ゲラゲラゲラゲラゲラガゲラギャハヒャァハ!!!!!」
よう兄弟、楽しんでるかい?
「お兄ちゃん」
ただその一言を言わせたくて無茶なやり取りをさせたこの回。
別に姿隠したままでよかったんじゃね?と思ったそこのあなた、NO!
隠し子&養子の同棲恋愛伝奇アクションADVなんて胸が熱くなるだろう?
それがロ氏キャスターならなおさらだ!
……正直、思いつきませんでした。