「ねえセイバー?あなたは聖杯に何を望むの?」
白い少女は無邪気に笑う。
「私が聖杯に託す願いは王の選定をやり直し、私でない王を選び直すことです。」
「ふぅん。」
私との会話を楽しんでいるのだろうか。分からないが、マスターであるイリヤスフィールはいつも他愛のない話を振ってくる。
「前は違う願いだったのに、何で?」
そして、何時も私を糾弾する言葉を笑みの目で語り追い詰めてくる。
「それ…は……」
果たしてこれ以上を口にしていいのだろうか。
「くすくす、何か隠し事かなぁセイバー?」
首を傾げ私を見上げるように覗きこんでくるイリヤスフィール。
本当に私で良かったのだろうか?
経緯はどうあれ、私はアインツベルンにとって目の前にあった最上の悲願をこの手で破壊した咎人だ。
なのに、何故またしてもこの私を呼び出す気になったのだろうか?
「ねえセイバー?私ね、すっごく殺したい人がいるの。」
ドクン、とひときは高く胸を打ちつける心の鼓動。
―――それは私ですか?―――
聞くことが怖い。
アイリスフィールを護りきることが出来なかった。
彼女の母を死に至らしめてしまった。
私のせいで、
聖杯を掴むことが出来なかった。
そう言いたいのだろうか?
召喚されてすぐにイリヤスフィールから聞いた。
衛宮切嗣は5年前に死んだ。
何でも聖杯戦争の後に戦いの後遺症か、魔術師としても人としても衰弱し息を引き取ったと聞かされた。
ならば裏切り者と定めるのは残るはこの私だ。
彼女たちの目的、失われた魔法を取り戻すことだけに1千年を費やす妄執は死者(英霊)すら憎悪の対象としているのだろうか。
「―――それは………?」
口の中がからからと渇く感覚に襲われ、上手く言葉を紡ぐことさえできない。
彼女の赤い瞳がとてもコワイ。
ああ、ヤメテくれ。ソンナウレシソウナメデワタシヲミナイデクレ。
イリヤスフィールが自然にわたしの目の前まで近寄ってきて、その距離は既に鼻先がぶつかる寸前まで来ている。
カチカチと上手くかみ合わない歯が堪らなく鬱陶しい。
腕にも足にも、心にも力が入らない。
「あ………わ………しは……」
「ふふ、怖がらなくても大丈夫よ。――――衛宮、殺して欲しいのはお兄ちゃんよ。」
「エミ……ヤ?」
衛宮――――?
衛宮
衛宮
途端、それまでの恐怖が一転して憎悪の感情が津波のように押し寄せる。
衛宮
そうだ、彼のせいだ。
衛宮!
あの男がわたしの最後の希望をぶち壊した。
衛宮!!!
あの男のせいで!!!
「衛宮!!!」
溜まらず、ここに居ない人物に怒鳴りつけてしまう。
「そうよセイバー。裏切り者は皆みんなみーんな殺さなくっちゃね。」
雪の少女は無邪気に私の前で踊るように両手を広げて廻る。
「その為に私はあなたを呼んだのよ、セイバー。」
「解りました、相手が衛宮を名乗るのなら私もいっさいの容赦はしません。」
そうだ、前回の戦いは私にも問題があった。
なにが高潔な騎士王だ。
誉れある戦いだ。
なにが英霊だ。
私の目的はなんだ?
私の犯した罪を思い出せ。
ランスロットとの最後の戦いのとき、私に何の誉れがあったというのか。
完璧な王を貫いた果てにあったのが臣下の憎悪なら、完璧でなくていい。
誉れに拘り悲劇を見るなら、これもいらない。只々その身を剣とし心を無機質に貶そうではないか。
『騎士に世界は救えない。』
救えないなら騎士である必要は何処にもない。此の身はブリテンに捧げる救国の隷属。
ならば高潔も完璧も崇高も誉も名誉も名声も品格も気高さも誇りも栄華も正道も王道も―――― 一切合財必要ない。
あの魔術師殺しをして目前まで至ることが出来たのだ。
業腹だが、彼の行動指針に私が賛同していれば、余計な私情を挿まずに効率を求めれば結果は良くなっていた筈だ。
騎士道を貫こうとしたが故にあんな無様を晒したんだ。
ならば、これより私が歩む道は
「例えこの世全ての悪を担おうとも―――構いません。それで聖杯を手にすることができるのなら、私は喜んで引き受けます。」
聖杯戦争を勝ち抜くのに嘗て聞いたこの言葉を放つことはある意味必然だったのだろう。
そこまでしなければ勝ち残れない。
そこまでしてもなお足りない。
万策を用いて敵を最短で、最速で追いやって初めて勝機を見出すことができるこの戦い。
他の英霊とは違い前回の聖杯戦争に参加し、その記録を残してしまっているが、慎重に動いていけば何とかなる筈だ。
御三家のうちの残る二家にももしかしたら前回の私の顔を知る者が参加するかもしれない。
そうなったときには真っ先に殲滅する対象は間桐、遠坂、―――――そして衛宮だ。
真名がばれているのならそれでもよし、その時は存分に以前とは違う私を見せつけ翻弄させるまで。
幸いにも今度のマスターであるイリヤスフィールは切嗣など比べようもない程に膨大な魔力を持った守り手だ。
聖剣の真名解放も五回は行えると見ていいだろう。
「やる気は十分ね、セイバー。じゃあ、早速挨拶に行きましょう。まずはお兄ちゃんが怯え慄き命ごいするまで追い詰めましょう。」
「いきなりですね。衛宮を名乗る以上油断は禁物ですが、復讐のあいさつはトドメを刺すときになってしまいますよ?」
「構わないわ。許す気も勝たせる気も負ける気だって、これっぽちもないもの。さあ、行きましょう。こんどこそ私たちの願いを叶えるために。」
☆
騎士道を捨てた騎士王。
そこに華は無く、積み上げた屍の山で奇跡の杯に血濡れの手を延ばす。