「ひっ――――く、来るなぁ!!わかった、分かったから。ぼ、僕が謝るっ、それでいいだろ桜!だから許してくれ!!」
赤い外套を着たアーチャーさんが尻もちをついて懇願する兄さんに一振りの剣を喉元に突きつける。
その瞳は侮蔑、軽蔑を映し出している。
「目障りだ、マスターの兄よ。早々に立ち去るがいい。もし次に我がマスターに不埒を企みでもしてみろ。拷問すら生温く思える末路を味あわせてやろう。」
「約束する!するから!!もうたくさんだ畜生っ!!―――クソッ、くそう!!やっと僕が間桐の当主になれるって、僕が魔術師になれる機会が巡ってきたのにっ!あの妖怪爺の奴あっさり死んじまいやがってぇ!!!」
うな垂れながら兄さんは床に拳を叩きつけ罵声を発する。
「いつもいつも……そうだよ、お前のせいだよ桜…!!お前さえいなけりゃこのぼくが間桐の、マキリの当主で魔術師だったんだ!それをあの爺の!親父のせいでその座を奪われたんだぞ!?」
それは何度も何年も聞いた言葉。
私が間桐になってから、兄さんの夢を壊してしまった日から毎日聞いて、傷を受けたときに聴いた言葉。
プライドの高い兄が自身を保つために吐いた怨言。
「それなのに桜ぁ…お前までこの僕を見下しっ、嘲笑いっ、馬鹿にするのかよ!?そのサーヴァントを僕に寄越せよ!!僕ならうまくやる!!聖杯だってこの僕なら絶対に手に入れて見せる!!お前みたいな腰ぬけに、ドン臭い奴が勝ち残れるわけがないだろう?―――……頼むよ、……僕は、ぼくは……」
こころが罪悪感に押しつぶされそうになる。
兄さんも間桐のせいで歪に曲がってしまった存在なのに――――
「ふん、同情芝居ならもっとうまくやるんだな、小僧。ならばこの家に在る魔道の英知を調べつくし自らの手によってサーヴァントを召喚すればいいだけの話だろう。」
「な、―――あ!?」
アーチャーさんの鉄のように冷たい声が兄さんの顔を硬直させる。
「そも、貴様が魔道に生きるにおいて知識のみを有すのであれば体を弄ればいいではないか。マキリだかの家柄は古きにわたる歴史があるのだろう?そんな覚悟もない枯れた臆病ものにつき従う道理はない。その点、我がマスターはその全てを耐えきる強さがある。望まず受けた仕打ちでもそれを経験しているのとしていないのでは天と地ほどの差があるのは明白だ。貴様にその気があるなら、何故その妖怪爺に名乗り出なかった?」
「くぅ――――――煩い!!煩い!!サーヴァントが僕に説教かよ!そんなのは衛宮だけで十分なんだよ!……………出で行けよ――――」
アーチャーさんがその言葉を待っていたという表情で口元を釣り上げる。
「聞こえなかったのかよ桜!!!こっから出ていけっ!!!この家に―――僕のっ!!間桐から出ていけぇ!!!お前なんてもう間桐じゃない!!!二度とその名を使うな!!!間桐の当主はこの僕だ!!臓権が死んだ今、当主はお前じゃないこん僕だっ!!!サーヴァントでもなんでも連れて、落ち死んじまえ!!――――は、ハハハっ。そうだ、遠坂やアインツベルンだって当然今回の儀式に参加するだろうさっ!死ね!お前みたいな腰ぬけ、真っ先に殺されて終わりだろうさ?ククッ、ハハハ―――後悔しろよ桜?僕を見下した報いをこれから受けることになるだろうさ。」
ビクリと最後の怒鳴り声にすくみそうになったけど、自然と恐怖は水のように流れ落ちるばかりで――――憑きモノが落ちる。そんな気分だった。
「と言う訳だがマスター?もうこの家に居る用は…どうやら無くなってしまったみたいだな。」
その人は私の方へ振り返ると、してやったりと言わんばかりの笑みで私に問いかける。
ああ、確かに形だけ見れば私は勘当も同然、間桐から縁を切られ、家も追い出される羽目になったのだろうけど……今はこの行き場のない自由がとても温かい。
選択肢は無限にあり、万人が抱える苦悩すら愛おしい。
この赤い弓兵が、きっと先輩が目指すような――――
正義の味方なんだろう。
* *
大声で泣いた。
結局聖杯を持ち帰れぬまま、あの丘に引き戻され声が嗄れるまで泣き叫んだ。
屍の丘から見渡す先はまた屍の大地。
そう、こんな結末は認められない。
だけど、私じゃ変えられない。
何が正しくてなにが間違いだったのか、それすら最早判らない。
ああ、ならばいっそのこと消し去ってしまえ。
この身は最早世界の理を抜け出すことなどできぬ。
なら、いっそのこと夢を見ようじゃないか。
叶うことのない蒙昧な夢を―――――――――
「―――問う、貴方が私のマ―――――…ス、………!!?」
渦巻くエーテルの奔流からマスターの姿をとらえたとき―――――――時間が止まる思いをした。
大聖堂
ステンドグラス
見覚えのある光景――――
そのどれもが前回のはじまりの地、私の記憶そのままで
『クスクスッ』
そんな小さな笑い声を漏らしながら笑顔を向ける人物が……
「ご機嫌よう、セイバー、久しぶりね。あ、…それともあなたにとっては初めましてになるのかしら?」
白い髪の少女、約束を果たせず別れた前マスターの娘
「イリヤ…ス、フィール……?」
「フフッ、よかったぁー。ちゃんと覚えていてくれたんだ。」
忘れる筈がない。この城で僅かな期間、共に過ごしたことも彼女の母を守り通すことが出来なかったことも―――――
「さあ、セイバー。…ううん、アーサー王。聖杯戦争を始めましょう?」
白い雪の少女はそう誘い私の手を取る。
確認したいことはたくさんあるが今は誓いの言葉を紡ごう。
ああ、あの時の戦いが…結末は悲劇であったがライダーやランサーの武功はいまでもはっきりと思い出せる。
今度こそ、誓いを護り抜こう――――騎士の剣にかけて。
――――今度こそ貴公の願いは。