過重労働指揮官とAR小隊   作:h2RL

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過重労働指揮官とM4

〇午後8時

 S09基地 司令室

 

「..........。」

S09地区の指揮官であるあなたは、終わりの見えない作業にため息すら吐けなかった。

 

基地内の多くの人員が業務を終え、各々が思い思いのことをしている時間。すぐそこの廊下から、戦術人形や人同士による会話が微かに漏れ聞こえてくる。

しかしあなたは彼ら、彼女らに加わることは叶わず、山積みとなった書類と一人で戦わねばならなかった。

 

カリーナは有給休暇を取っていてここにはいない。しかも副官は自律夜戦任務中のため、勿論あなたを手伝えない。

さらにAR小隊の再結集を皮切りに最近出撃が増加している事もあり、資源の管理や、戦術人形の訓練、今まではカリーナに任せっきりにしていた作戦報告書の作成等、書類が着任当初とは比べ物にならないほど増加していた。

 

 

「指揮官様、有給休暇の申請をさせて下さい。」

カリーナが一ヶ月前にあなたに言ったことである。この時はまだ書類処理もそこまで大変では無かったので、二つ返事で了承したが、今になってあなたはその事を後悔していた。しかし覆水盆に返らず。黙々と作業するしか無かった。

既に三徹である。あなたは今すぐにも発狂しかねない境地に達していた。しかし発狂するほどの気力すら指揮官は有していなかった。

 

あなたは机の上に用意されている缶ジュースに手を伸ばす。フタを空けるーーーパキッ。明瞭で心地よい音。

 

「んぐっ......。ぷはぁ、生き返る...。」

 

あまりにも人工的な味にあなたは顔をしかめるが、今ではそれを美味しいと思える程、あなたの舌はそのジュースの味に慣れきっていた。

 

あなたが飲んでいるもの...それはジュースというには少し語弊が大きすぎるかも知れない。ジュースというより栄養ドリンク、否、栄養ドリンクというには、それはあまりにも多量のカフェインと砂糖を含んでおり、飲み過ぎると健康をむしろ害しかねない代物。それを摂取することで、あなたは自らの睡眠欲をねじ曲げながら、目の前の膨大な仕事に身をやつすことを可能にしていたのであった。

 

既に机上には書類の山の他に、十数本の同じドリンクの空き缶が林を形成していた。もし机上のものがそっくりそのままミニチュアの山と林に置き換わったら、その机ごとジオラマとしてどっかの展覧会に出してやろうか...。

そんなことまであなたは考え始めていた。

 

コンコン。ドアがノックされた。

あなたは仕事を妨害されたように少し不快な顔をしたが、すぐに直って「...入っていいぞ。」と返した。 

ギイッ。ドアが開く。

 

「指揮官...。M4です。作戦、完了しま、し...。」

 

三日前から作戦に行かせていたAR小隊が帰ってきたようだ。

隊長であるM4は、今日もいつも通り報告書を提出して早く疲れた体を癒そう...そう考えていたが、あなたのあまりにも異様な雰囲気に、それも忘れて絶句していた。

それに対してあなたは、いつも通りM4に声をかけた。

 

「あぁ、M4。お疲れ様。書類はここに置いておいて。あとは此方で処理するから。」

 

「...指揮官。何時間寝てないのですか?」

 

「へ?」

 

意外なことを聞かれ、指揮官は呆然とした。その間にもM4は指揮官の元に歩み寄る。

M4が言った。

 

「だから指揮官...。最後に寝たのは何時間前ですか?」

 

「...気にしなくていいよ。ゆっくり休んで。」

 

「質問に答えてください。」

 

「...いつも通りだよ。五時半に起きたから...。」

 

「嘘。」

バンッ。

M4が指揮官の向かい側に立ち、執務机を両手の平で叩いた。

突然の音、そして、M4の威圧に驚いて、あなたの体が跳ね上がった。机上の空き缶が倒れ、一部は机から転がり落ち、悲鳴を上げた。

M4は少し目元を暗くしてあなたを問い詰める。

 

「...隈ができています。指揮官の一日はある程度把握していますが、どう考えてもその"いつも通り"ではそれができるはずがありません。」

 

「......。」

 

隈があったとは気づかなかった。それならば言い逃れは出来ないとあなたは思い、本当のことを白状しよう、と決心した。

 

「...75時間、40分。」

 

「はぁ...。指揮官。今、自分の体が悲鳴を上げているってこと、分かってますか?」

 

「...痛感しています。」

 

余りあるM4の威圧に、あなたの言葉が自然と敬語になった。はたから見れば親と、叱られる子供のよう。主従逆転である。

 

「非常時でもないのに...。はい、ここで指揮官の業務は中断です。早く寝てください。」

 

一気に畳み掛けてくる彼女に対し、あなたは間違っていることは承知の上、反論した。

 

「...気持ちは有り難いんだけど、この机上の書類、半分以上が急ぎのものなんだ...。早く終わらせないと他の所に支障が...。」

そう言いつつあなたはドリンクに手を伸ばす。

 

「...ダメです。」

ーーー無駄。没収された。

 

「頼む...この書類はなる早で済ませないといけないんだ...。だからそれを...。」

 

「ダメだって言っているじゃないですか...。あ、そうだ。」

 

何かを思い付いたM4は、おもむろに司令室備え付けのソファーに腰掛けた。

そして自身の太ももを指差して言う。

 

「指揮官、私が膝枕します。朝まで、とまでは言いません。一時間ほど睡眠を取っては如何でしょうか。」

 

魅力的な提案。心が揺らぐ。

気恥ずかしさと過重労働による理性の鈍化によるものだろうか、あなたはM4が指差した物をみてすぐ、顔を赤らめて視線をそらしてしまった。

嬉しい提案だが、仕事を先にやってしまおうと思い、あなたは適当な理由をつけて断ろうとした。

 

「嬉しいけど、遠慮するよ。M4にも悪いし。休息を取るなら自分一人で寝るから...」

 

「私は大丈夫です、暫く任務は入っていませんので。それに指揮官、私が居ないと貴方は絶対に睡眠を取らないように思います。違いますか?」

 

「......。」

 

「違いませんよね。ではこちらにいらしてください。」

 

疲労からか、彼女に言いくるめられるばかりだ。M4はどうしても私を仕事から遠ざけたいらしい。

それにM4の言葉をのらりくらりとかわしていくのも辛い。いっそ楽になってしまおう...。

あなたはそう思って彼女に降参した。

 

「...わかった。少しだけ、少しだけなら...。」

 

「...最初からそうしてれば良いんですよ。」

 

M4が不満げに言う。

あなたは立ち上がり、M4の元へ向かうために立ち上がった...しかし疲労と長時間座っていたために途中でよろけてしまう。

壁にぶつかりそうになる。危ない。

 

「......!!、指揮官、大丈夫ですか......?」

 

M4に体を支えられる形となる。我ながら情けない。

そしてM4に促されるまま、あなたは瞼を閉じて、M4の膝に頭を預けた。

 

ここに来る前にシャワーを浴びてきたのだろうか、硝煙の臭いは残っておらず、ほのかにシャンプーの快い香りがする。三日ぶりにリラックスをすることができたあなたは、大きな安堵のため息をついた。

 

「安心してくれて嬉しいです、指揮官...。」

 

M4がそう言った。

彼女の言葉に反応して、あなたは半ば反射的に瞼を開く。そこにはM4の顔と...それを遮る双丘。

普段はほぼ同じ目線で彼女と会話していたので意識していなかったが、その想像よりも大きな存在感、そして意外さを感じてあなたは呆然とした。

 

「し...指揮官。そんなにジロジロ見られると、は、恥ずかしいです...。」

 

「...あ、ご、ごめん。」

 

M4の要望に対してあなたは謝罪し、再び、ゆっくりと瞼を閉じた。

M4があなたにまた語りかける。あなたは今度は目を閉じたまま、何も返さずにそれを聞く。

 

「指揮官。なぜ私が膝枕までして、指揮官を癒そうとするか、分かりますか?」

 

「指揮官は、散り散りになった私たちを元に戻してくれた、言わばAR小隊の命の恩人です。クルーガー社長にもペルシカにも感謝していますが、私たちの特殊な事情も、面倒臭さも、危険も、もちろん私たち自身も受け入れてくれた指揮官には遠く及びません。」

 

言葉を返す余力もない。されるがままにM4に優しく頭を撫でられる。

 

「そんな貴方が、自分から健康を損なおうとしている姿を、知らない顔をして見ることはできません...いや、許せない。」

 

「貴方はグリフィンの中でも優秀な指揮官です。多少の期限遅れなど目を瞑ってくれるでしょう。」

 

「もし貴方がそれで指揮官を解任されようなものなら、AR小隊の権力...そしてペルシカの助けを借りてまで、全力で阻止します。」

 

「それでも叶わなかった場合、例えAR小隊の仲間を裏切ることになったとしても、私は......。ふふっ、もう寝てしまってますね。」

 

M4の言葉を最後まで聞くことなく、あなたは深い眠りについてしまっていた。それは先程まで、大量にカフェインを摂りながら仕事をしていたとは思えないほどの眠りであった。

 

「指揮官とあってから4ヶ月ですが、指揮官の寝顔を見たのは初めてです...。可愛い...。」

 

「良い夢を。お休みなさい、指揮官...。」

 

M4はあなたにそう囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

この時あなたは、起床後、自らが物理的に仕事ができない状況に追い込まれてしまっているとは、まだ微塵にも予感していなかった。

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