○午前中 S09地区
S09地区指揮官であるあなたが目を覚ますと、今度こそ眼前に広がっていたのは司令室であった。
部屋の中にいるのはソファーに寝そべっている指揮官、あなただけ。
AR-15との出来事は夢だったのではないかと一瞬疑ったが、下腹部に響く鈍い痛みはそれが現実であることを証明していた。
お腹をさすりつつあなたはかかっていた毛布を退けて起き上がり、部屋を確認する---昨日と違う。違和感は...執務机の上。
林立していたドリンクの空き缶はひとつ残らず姿を消しており、乱雑に山積みされていた書類はきちんと整えられていた。
書類についてはおそらく分類もされているのであろう。
「指揮官、おはようございます。M4です。」
一体どうなっているんだ、とあなたが考えたとき、ドアのノックと共に外から声がした。自己紹介、そして声色からM4で間違いないと判断したあなたは、部屋に入るよう彼女に促す。
キイッ。ドアが開く。
「朝食をお持ちしました。その...お召し上がりください...。」
湯気の立つ食器がいくらか載ったトレーを持ってやってきたのはやはりM4であった。
時計を見ると今は午前九時。いつもよりずっと遅い起床だ。
朝食に感謝しつつも若干の不審感をM4に対して抱いたあなたは、彼女に対していくらか質問をすることにした。
「...ありがとう。しかし、なぜ君は私にそこまで世話を焼いてくれるんだい?」
「...!! ご、ご迷惑でしたか...?」
M4が悲しげな表情を浮かべる。
「...いや、ごめん、そういう訳じゃないんだ。むしろ感謝してるよ、ありがとう。」
そう弁解の言葉を口にしつつ、あなたはさらに切り出す。「君たちは基地の人形としてだけではなく、グリフィン直属の人形としても相当忙しいだろう?だから純粋に気になったんだ。どうして私なんかにここまで親切にしてくれるのか、って。」
大丈夫、自分のことくらい何とかするさ、とあなたは付け加えたが、M4はそれに対して怪訝な顔を向けた。
「指揮官...、その言葉を、昨日の様子を直で見た私が信用できるとお思いですか...?」
「うっ...。あ、あれは仕方ないだろう。確かにやりすぎだったのは認めるが...。」
「はあ...。とにかく数日はAR小隊総出であなたのことをお世話しますから。宜しくお願いします。」
「う、うん...。」
---いや、聞きたいのはこれだけじゃない。
「ところでM4。一つだけいいか?」
「はい、何でしょうか?」
「今日の夜明け前、ベッドでAR-15が私を抱き枕にしていた事なんだけれど...。M4、何か心あたりは無い?」
「...ふふ、彼女も甘えたがり屋さんですね。困ったものです...。」
M4が微笑んだ。その笑みには底なし沼を思わせるような何かを孕んでいる気がする。
「単刀直入に聞こう。M4、私が君の膝上で寝た後、私をどこに運んだ?」
「さあ...どこでしょう...。うふふ...。」
お茶を濁され、答えてくれない。
「...質問に答えてくれ、M4。」
そのとき。ぐぅぅぅ...。
合図があったかのようにあなたの胃が声を発した。
それに対してM4は笑みと共にあなたに語り掛ける。
「...指揮官、ご飯が冷めてしまいます。お早めにお召し上がりください。」
...核心に迫ろうとしたが、結局はぐらかされ、真実は分からなかった。
それでもあなたは空腹に負けてM4が持ってきてくれた食事を食べることにした。
食事中、なんだかM4がこっちのことを観察するかのように見つめていたかのような気がした。
〇S09地区 指揮官の私室
給湯器のメロディが、お風呂が焚けたことを告げる。
読書に耽っていたあなたはそれを聞き、自然とお風呂場に目を向けた。
朝食を摂り、意気揚々と仕事を再開しようとしていたあなたにM4がまず勧めたことは、温かいお風呂に浸かることであった。
彼女はこう言っていた、「指揮官の体はまだ相当疲れているはずです。」...確かに睡眠によって脳の疲れはある程度取れた気がするが、何時間も同じ姿勢を維持してきた全身の筋肉はまだ良いコンディションとは言い難い。
M4に指摘された時、あたかもそれを待っていたかのようにあなたの全身が窮状を訴えかけてきたような気がした。恐らくM4に指摘されてそれを意識してしまったのであろう。
あなたは重い腰を上げ、一人浴室へと向かっていった。
〇浴室
一糸纏わぬ姿となったあなたは、ガラガラと戸を引き浴室へと入った。脱衣所とは明らかに異なる湿度。
浴槽の蓋を開ける...よし、ちゃんとお湯は入ってる。あなたは小さく安堵のため息をついた。
浴槽というのはあくまで人工的な空間だ。
まず熱の放出を防ぐためになるべく室内を密閉する必要がある。次に浴槽の中の水温をおよそ35~45℃という非常に狭い範囲に抑える必要がある。
それを可能にしているのは、まさしく人間の化学技術の進歩にままならないだろう。
そんなことを考えながらあなたは浴槽のお湯で体を洗い流し、体を洗おうと泡立て用のタオルとボディーソープを手に取った。
「しきかーん、入るよ?」
背中からいかにも幼なそうな女の子の声。
「ああ、いいy....え?」
無意識に執務室で言っていたことを口に出してしまった...が、どう考えてもおかしい。
それに引き戸の曇りガラス越しに見える、近づいてくる人影。
「くぁwせdrftgyふじこlp!?ちょっと待って、今のな...!」
そう言いながら引き戸に手を伸ばすが...向こうのほうが一足早かった。ドアが勢いよく開く。
ただ、戸袋に手を挟まれなかっただけまだ幸運だったかもしれない。
「指揮官、お背中流しますよー?」
私室、それに寝室に次ぐプライバシー空間である浴室に入り込んできた不届き者は、水着を着たAR小隊のムードメーカー...M4 SOPMODIIであった。
「...SOP、II...?」
しかしあなたは最初、目の前の少女がSOPIIであるとわからなかった。
無理はない、彼女のトレードマークである角入りのカチューシャをこのとき彼女は外していたのだから。至極当然だ。
機械的な彼女の左腕とロングヘアに混じる紅色のメッシュが、彼女がSOPIIだという判断材料だった。
「そ、SOPII、どうしてここに...」
「どうして、って...言ったじゃん指揮官。背中流すよ、って」
SOPIIが怪訝そうにあなたを見つめた。
「あ、あぁ...いや、確かにそうなんだが...」
あなたは彼女の純朴さに慄きつつ、言葉を詰まらせた。
「もしかして...迷惑だった、指揮官?」
SOPIIが今にも泣きそうな顔をした。
...正直私はこの表情に打ち勝つことができない。
「...わかった。降参だ。せっかくだからお願いしよう。だから--」
その悲しそうな顔をしないでくれ、というあなたの言葉に、SOPIIは悦に浸ったかのような表情をした。
「えへへっ、指揮官。それじゃ、そこに座って!」
SOPIIに促されるまま、あなたは風呂場においてあったプラスチックの椅子に腰かけた。
あなたは鏡越しにSOPIIのことを見る。
そこにいたのはアモラルを彷彿とさせるいつもの彼女ではなく、ごく一般的な10代後半くらいの見た目の少女であった。
普段少女よりむしろ小動物のような認識でいたSOPIIの想像より豊満な体にあなたは若干見とれていた、
...あれ、これもしかして秘部が彼女から見えてしまうのではないか...?
あなたは不安に思ったが、どうやら彼女自身はあまり気にしてないようであった。
「それじゃ、指揮官。洗ってくよ~」
彼女はそう言い、泡立てたボディタオルをあなたの体に近づけた。
シャカ、シャカ。心地よい音がする。
少し強く磨いているのかそれは痛いくらいであったが、彼女が醸し出す奇妙な安心感に包まれていたあなたにとってはむしろ心地よかった。
ゴシ、ゴシ。
骨盤のあたりから背骨、そして脇腹、肩甲骨へと、彼女のタオルを持った手が伸びてゆく。
そしてそのまま首の裏筋、耳の裏側へと...耳?
-----!?
フラッシュバック。
ガバッ
今日未明の感触、そして雰囲気を思い出したあなたは、反射的に体を前に仰け反らせた。
「...指揮官、どうしたの...?」
SOPIIが手を止め、疑念の表情をあなたに向ける。
「...い、いや。何でもない。ごめん」
そう言ってあなたは続けてもらえるように元の姿勢に戻った、が...
「知ってるよ」
...突然耳元で囁かれる。
「えっ...!?」
SOPIIが耳元から顔を離し、元に戻って話を続けた。
「にひひっ、だって今日の朝、AR-15が悲鳴を上げたと思ったら、指揮官がベッドの中にいたんだもん」
「......。」
「あのときのAR-15の顔、真っ青だったなぁ......。私も見たの初めてかも。あ、シャワー流すよ」
シャーッ
温かい流水があなたの背中の泡を汚れとともに洗い流してゆく。
しかしあなたの緊張感と強まりつつある鼓動は依然として体の奥深くにこびりついていた。
「M16が指揮官のことを今にも蹴り殺そうとしてたのをM4が必死になだめてたんだよ。面白いでしょ」
「...あ、あぁ...」
蹴り殺す。
そのワードが躊躇なく出てくるところ、やはりSOPIIなのだろう。
しかし失神している間、そんなことになってたのか...確かに第三者の目から見るとそれは喜劇かもしれないが、当事者であるあなたにとっては大々的に笑えるものではなかった。
キュッ
シャワーの栓が止まる。
「それでM16がAR-15に事情を聞いている間に、私とM4が指揮官を担いで司令室まで運んだんだよ~」
「...そうなんだ。...ありがとう」
「それじゃ、指揮官。前向いて」
「...えっ!?」
...いやいや、前はまずい。そう思ったあなたは言った。
「...大丈夫、前は洗うよ。ありがとう」
「そっかぁ...」
SOPIIが若干残念そうな顔をした。だとしてもさすがに彼女に対して(同意があったとしても)全裸で向き合うわけにはいかない。
あなたはSOPIIから、泡のまだ残るハンドタオルを受け取った。
「ここからは私の推測なんだけど~...。指揮官、AR-15にずっと抱き枕にされてたんじゃないかなぁ~、こんな風に」
ギュッ
「....!?」
「むぎゅ~♪」
膝立ちになったSOPIIに、あなたは突如背中から抱き着かれた。
再び感じる背中の温かさにあなたの体はビクッと大きく震える。
すべすべになった肌と肌が触れ合って、くすぐったい。そしてAR-15には無かった肩甲骨に感じる二つの柔らかさによって、あなたの某器官は思わず反応してしまう。
「なっ、SOPII...!」
「顔赤いよ、もしかして図星かな~?あと、指揮官を担ぐとき、なぜか片耳"だけ"湿ってたの、気づいちゃったんだよね~」
「そ、それは...」
あなたの理性の外堀が彼女によってジワジワと埋められてゆくような感覚にあなたの体は小刻みに震えた。
「そういうことでしょ」
「私もやってあげようか、指揮官?」
SOPIIが口を耳に近づけ、またあなたに囁く。
「.........。」
あなたは捕食者に許しを乞うような目で彼女を見つめていた。
「...なんてね、しきか~ん!もしかして、本気にしちゃった?」
バッ
突然、彼女の抱擁から解放された。
お風呂場の中に充満していた妖艶な雰囲気が一気に消える。そして原因であるSOPIIはいつものように振る舞い始めた。
「...あまりからかわないでよ......。」
恐怖しつつもどこかで期待していたあなたは思わずSOPIIにそう漏らした。
「アハハ、指揮官をからかうの面白いなぁ~。癖になっちゃうかも」
「頼むから癖にしないで」
そう言いながら体の前側、そしてシャンプーで髪の毛を洗ったあなたは自分自身でシャワーの栓を開けた。
泡が排水口へと流れてゆく。
これで体を一応洗い終わったあなたは、SOPIIに語りかけた。
「色々言いたいことはあるけど、背中流してくれてありがとう。それじゃ、私はお風呂に浸かるから...」
言い終わらないうちにあなたは湯舟へと身を沈めた。
「はーい、じゃあ私も入る~」
SOPIIはそれに続いて、あなたの上にちょこんと座るようにして湯舟に入った。
は?
あなたは思わず叫んだ。
「え、ちょっと!?SOPII、まず」
「シーッ...。」
こちらを向いたSOPIIに制された。
「言うの忘れてたけど、今お姉ちゃんたちが司令室で指揮官が楽に仕事できるよう頑張ってるんだよ」
「だからむやみに大声上げたら...お姉ちゃん達にバレちゃうかも、だよ...」
「......。」
このときの彼女の顔は完全に小悪魔そのものであった。
この状況がAR小隊の他のメンバー(特にM16)にバレた時のリスクを考えると、SOPIIを無理に追い出すこともできない。
あなたが何もできないのをいいことに彼女はあなたに深く腰掛け始めた。
顎から首にかけて彼女のサラサラとしたロングヘアを感じ、心地よさに思わずため息を吐いてしまう。
「にひひっ、指揮官、安心しすぎじゃない?」
SOPIIが振り向いてあなたにそう言った。
「まあいいけど。指揮官ももっと私たちを頼ったほうがいいよ~」
「...え?」
「指揮官は一人で抱え込みすぎだよ。辛かったら私やお姉ちゃん達にすぐ相談したほうがいいよ?」
大きく深呼吸して、SOPIIが言葉を続ける。
「お姉ちゃん達言ってたよ。指揮官の仕事が大変だって。」
「だけど私はお姉ちゃん達みたいに仕事が得意じゃないから、こうやって指揮官をリラックスさせることができるかな~って思ったの」
「...そうなのか。心配してくれてたんだな。ありがと----」
その言葉はいよいよ最後まで発されることは無かった。
SOPIIの不意のキスによってあなたの言葉は突然遮られたのである。
それに負けじとあなたも同様に張り合おうとした...その時、
ガチャ
脱衣所のドアが開いた。
あなたとSOPIIは思わず唇を離し、音がした方向を見る。
「指揮官、M4です...。タオルがないと仰ってたので...あれ?」
「こんなところにSOPIIのカチューシャが...SOPII?」
M4の影がお風呂場に迫る。
二人はまるでお風呂が水風呂かように、体を震わせた。
トントン。
風呂場のドアがノックされる。
「指揮官、SOPIIを見ませんでしたか?」
「......。」
恐怖で声が出ない。
適当なことを言ったとしても、あなたにSOPIIの髪飾りの言い訳をする余裕は存在しなかった。
「指揮官?もしかしてのぼせてます?」
ガラガラッ
お風呂場の引き戸が開く。
「指揮官、大丈夫で、......、SOP、II.......?」
「--------」
「.......」
SOPIIの顔が真っ青になった。
このとき、あなたは久しぶりに死を覚悟したのであった。