〇20:00
S09基地 司令室
「はあ...」
S09地区指揮官であるあなたはAR小隊による助けを借りて執務を終え、机に突っ伏しながら大きなため息をついた。
あなたはかろうじて一命を取り留めた。一番の懸念要素であるM16が偶然、宿舎に出払っていたのである。
それに加えてM4とAR-15の追及も、比較的早い段階で"SOPIIが仕事をサボったこと"にシフトした。結果としてあなたに関する事はほとんど話されることは無かったのである。
しかしこれで彼女らの疑念が払拭されたわけではない。あなたは今回でAR小隊との間に何かわだかまりが出来てしまったような気がした。
これを解消するには長い時間がかかることであろう。
AR-15に抱き枕にされ、SOPIIにお風呂に突撃され...。
肉体、精神のどちらでもない種類の疲れのようなものにあなたは苛まれていた。
「指揮官。入るぞ」
ガチャ
言い終わらないうちにドアが開く。
終わったと思っていた業務がまだ続くのか、と思ったあなたはものぐさな表情をして表を上げた。
「....え?」
しかしその直後あなたの表情は凍り付いた。
来客の正体は前には今あなたが最も会いたくない相手......。つまりM16A1だったのである。
あなたの心臓は今まで生きてきた中で最も強いであろう鼓動を発した。
目の前には大変な妹思いで有名なM16A1。そして司令室には逃げ場はない。
彼女がやってきたことによってあなたの警戒度は0から100まで一気に振り切れた。
しかしそれは彼女と会話を交わさない理由にはならない。無難な対応をして乗り切ろう。あなたはそう思った。
「え、M16...。一体どうしたの?」
恐る恐る彼女にそう尋ねる。
「指揮官こそ何かあったのか?声が震えているし...、それに冷や汗まで」
もしかして私が怖いのか?そういって彼女はケラケラ笑った。
少なくとも怒りをぶつけに来たわけではないらしい。そう考えたあなたは安堵した。
「...ごめん。それで、ここに来たからには何か用があるんだろう?」
「ああ。M4から指揮官が過労死寸前だということを聞いてな。妹たちが指揮官の世話をしていたと聞いていたが...。私は今日行けなくてな」
すまないとM16に謝られ、謝る必要はない、仲間を必要以上に信用していなかった私が悪かったと慌てて彼女に返した。
「ふふ...。その謙虚な姿勢。私は嫌いじゃないぞ。それで用件なんだが...」
「指揮官。最近私たちの言葉や通信を聞き逃すことが多くないか?」
「...えっ?
思い返すと確かに彼女の言う通り。最近、特にここ数日、皆の声が聞き取りづらくなった気がする。
「...ごめん。最近散漫になってたみたい。これからもっと注意深く聞くことに...」
「そういうことじゃない。指揮官、最近耳が詰まってるんじゃないか?」
「......。」
確かにそうかもしれない。
「一回耳を見せてほしいんだ。もし詰まってたら私が掃除してやる」
そう言って彼女はソファーに座り、借りるぞ、と執務室のどこかにおいてあった竹製の耳かきを勝手に手に取った。
そして昨日M4がそうしたようにあなたに膝枕をするよう促す。
これまでならこのような類のお誘いは断っていたのだが、彼女らの善意を踏みにじるわけにはいかない。そう思ったあなたは彼女の言うことに従うことにした。
あなたは執務机から離れ、ソファーへと向かう。
彼女の腹に背を向けるようにして、あなたは右耳を天井に向けた。
「ほう。指揮官にしては素直じゃないか」
意外だ、と言わんばかりの声でM16が言う。
「...うるさい」
あなたはふてくされた顔をして彼女にそう呟いた。
「悪かった悪かった。そう気を損ねないでくれ。早速見てくぞ...やっぱり。垢が溜まってる」
呆れたような感じで彼女が言った。
「まあ、そのほうがやりがいがあるが、な。それじゃあやっていくぞ」
ザッ
最初に触れたのは耳たぶの外側。
ザザザッ、ズッ
ズザザザザッ。
「少し強めかもしれないが、痛かったら言ってくれ、指揮官。」
「......。」
耳かきの先端が張り付いた垢を巻き込みながら、溝に沿って穴へと向かっていく。
耳に憑りついていた幽霊が引き剥がされるような、そして耳が新しく生まれ変わってゆくような感覚にあなたは震えた。
ガリッ、ザッ、ザッ。
「丁度良いみたいだな、良かった。それじゃあ外側はこのくらいにするぞ」
しかし快適になった外側に対し、耳の内部はまだ手付かずの状態。
その違和感のようなものにあなたは非常に強い物足りなさを感じていた。
しかしそれにM16はすぐに感づいてしまったようだった。
「早く中も掃除してほしいと言わんばかりじゃないか...。焦らしはしない。入れるぞ」
ゾゾゾッ、カリッ、ガリガリ、パリッ。
ズッ、ザザザザッ、ガリッ。
心地よい音と共に、今まであなたの耳の奥深くに巣食っていた耳垢が取り払われてゆく。
聴覚と触覚を通じて脳に快感が浸透し、あなたの意識はたちまち恍惚へと浸っていった。
「腑抜けているじゃないか。そんなに気持ちいいか、指揮官?」
微笑みながらM16があなたに呟いた。
ズズズッ、カッ、パリッ。
ザッ、ゾゾッ、カリッ。
「------。」
「...聞くまでもないって感じだな。」
「私は構わないぞ。私にしか見せない指揮官の姿というのがあっても...」
ゾッ、ザザザッ
「...? 奥に大きいのがあるな。しばらくじっとしといてくれ」
カッ、カッ、ガリガリ。
パリッ、ザッ。
耳の中は直接見えなくとも、M16の耳かきが奥の垢を徐々に剥がし始めているのを感じ取ることができる。
耳たぶを掃除された時に感じたそれが何倍、何十倍にも強くなって襲い掛かかってゆく。
ザリッ、ガッガッ、バリッ、バッ、ズッ、ズズズズズッ------!
「......っ、あっ.....!」
強くこびりついていた耳垢が剥ぎ取られる感覚に、思わず声が漏れてしまった
「よし、取れた。ふふ、満足してくれて何よりだ。」
その余韻に浸りつつ、あなたは一旦意識を手放した。
「...おい、指揮官。起きてくれ。」
右肩を優しく叩かれ、意識を取り戻したあなたは、何かわからずM16のほうを見た。
「......M16...?」
「右耳、掃除し終わったぞ。悪いが左耳のほうを向けてくれるか」
「...ああ。」
あなたはM16に言われるがまま体を180度回転させ、体をM16に任せた。
「ありがとな。右側と同じようにやっていくぞ」
まずは外側。
「指揮官、話は妹から全て聞いたぞ...。妹たちが迷惑をかけたな」
「AR-15なんだが...、なんだか指揮官のことが恋しくなったみたいでな。30分だけ抱きしめたいと言ったっきり、そのまま寝てしまっていたんだ」
「SOPIIも指揮官にはありがた迷惑だったかもしれないが...、あれでも指揮官のことをリラックスさせてあげようとしていたんだ。許してやってくれ。」
いつの間にか外側の掃除は終わり、流れるように耳かきが内部へと入ってゆく。
「だが、これだけは覚えていてほしい...。私たちは指揮官のことを上司だけではなく、家族とも思っているんだ。」
「指揮官に何があろうと私たちはきっと指揮官のことを受け入れる...。だから指揮官も.....な.........み.........」
あなたは果てしない安心感の中、自らの意識を手放した。
恐らく次で最後です。