仮面ライダーメイジー   作:shisuko

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そして大盤振る舞いの3話目。仕方ないね、ここまで出しとかないと区切り悪いし。話の流れ的に。
次の更新は多分大分先になるので、どうか気長にお待ち頂きますよう、今の内にお願いいたします。
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第3話 ベストマッチな奴ら

「宜しかったんですか?」

 

 隣に立っていた内海 成明(うつみ なりあき)がそう問い掛けてきたのは、先程彼らの眼前から突然の逃走を図った仮面ライダーと万丈 龍我と、彼らの追跡に向かわせた自律機械兵(ガーディアン)達の姿がもう微かな点にしか見えない程の遠方まで移動した頃の事だった。

 彼と同じ灰色に緑のラインの入った詰襟制服を纏ったこの秘書は、普段は何を考えているのか今一掴み取れない仏頂面ばかりをその顔に浮かべている。が、この時ばかりはそうもいかなかったらしく、眼鏡のレンズ越しに見える双眸には隠し切れない焦りと戸惑いの色が見えた。

 彼もまた“計画”に携わる一人だ。いくら万丈の捕獲のためとはいえ、重火器で武装したガーディアン達に、“計画”の()ともいうべき仮面ライダーを追跡させる指示を下した事について、万が一の事があったらどうするのだ、と懸念しているのだろう。

 だから彼は――東都首相補佐官 氷室 幻徳(ひむろ げんとく)はそんな秘書を鼻で笑い飛ばしながら、こう返した。

 

「構わないさ。これで壊れてしまうような玩具なら、そもそも最初から使い物になどならない」

 

 彼らの“計画”は極めて壮大で、過酷ものだ。それ故、これまで数えるのも億劫になる程の下準備を重ねてきた。

 それ程の用意を重ねて来た“計画”の要が、高々数体のガーディアン如きを振り払えないようでは、そもそも“計画”を根本から見直さねばならない。

 そして、そんな必要は全く無い。

 仮面ライダー(アレ)は“計画”の要であると同時に、()()()()()だ。

 今はもうこの世を去ってしまった、あの()()が遺した――。

 故に、内海が危惧するような万が一など有り得ない。

 決して。

 ――そういう絶対の確信が、幻徳の中にあった。

 だからこそ、つい先程自ら指示したばかりの追跡命令についても、結果は既に分かっていた。

 故に、押し黙った内海に、続いてこう指示を出す。

 

「官邸に戻るぞ。帰って記者会見の準備だ」

 

「記者会見? あの、マスコミに何の報告を?」

 

「決まってる。――万丈 龍我の逃亡と潜伏、及び仮面ライダーの指名手配について、だ」

 

 仮面ライダーと万丈が逃げ切ることを前提としたその内容は、やはりというか、寝耳に水だったようだ。

 少しばかり狼狽えたような声を洩らしこそしたが、すぐに、分かりました、とだけ返答し、スマホを取り出して関係者各位への連絡を始める内海を後目に、踵を返した幻徳は後方でドアを開けたままのバンへと乗り込む。

 途中、髭を蓄えた口の端を吊り上げ、こう呟きながら。

 

「さぁ……戦争の始まりだ……!」

 

 

 

 時は過ぎて、cafe“nascita(ナシタ)”。

 大通りを少し進んだ先の横道に入ってすぐのところにある、水色の空に浮かぶ太陽の絵をバックにした看板と、洒落たデザインの椅子4脚と机2脚が赤銅色の壁の前に設置された喫茶店だ。

 店の中央、上部に壁と同色の雨避けが備えられた出入り口を潜ったところでまず目に入るのは、表の看板と同様の太陽をバックにした店名が白で書き込まれた奥のメインカウンターだ。

 その左右に立つ若葉色の地色に赤と白の縞模様が入った角柱に更にその左手には茶、赤、緑と色の違う角材を組み合わせて作られたサブカウンター、右手には同様の体裁で作られた台の上にオススメメニューが書き込まれた黒板が載せられている。更にその隣には、裏口と挟まれるようにニスの艶が煌めくチェロが立て掛けられている。

 そしてサブカウンターの前の2脚の机と、そこに2脚ずつとメインカウンター前に置かれた5脚の、計9脚の椅子が整然と並べられている。

 そんな洒落た雰囲気が広がっている店内は、現在、客はおろか従業員すらいない。完全な無人の状態であり、当然人の声どころか、物音一つ立たない無音状態でもあった。

 ところが、不意にその静寂は引き裂かれる事となる。

 木の板が蝶番で据え付けられただけの簡易の扉が区切る、サブカウンターの左端の関係者専用の出入り口。

 そこから移動して逆端、メインカウンター奥の壁に埋め込まれた冷蔵庫の下段側、全体の3/2を占める冷蔵室の扉の、その中から轟いた、けたたましい怒声によって。

 その怒声の出元は、身を屈めれば大の男でも問題無く納まりそうな大きさのその扉の、更に奥。

 通常の冷蔵庫ならば各種食材が並べられた空間が広がるだけであろうそこに存在しているのは、広大な地下室。

 そして、その地下室と冷蔵庫の扉を繋ぐ階段を降りてすぐの、ざっと3m四方程の黄土色の煉瓦の壁に囲まれた部屋と、その先に続く空間を隔てる壁枠の手前に、先の怒声の音源はいた。

 荒い息を吐き出し、中腰の姿勢で肩を上下させながら階下を凝視している、星観 夜宵であった。

 

『~~っ!?』

 

 そしてその血走った視線の先、壁枠の向こうに広がる5m四方程の薄緑色の縦スリットが入った壁に囲まれた部屋。床に中央に描かれた□模様と、それを囲むように建てられた、細い部材が組み合わされた銀のトラス構造の柱が目に付く部屋の中で、いずれも両手の人差し指を耳の穴に突っ込んで顔を顰めている3人の男達が、夜宵の怒声の原因であった。

 

「うひ~、耳がキ~ンってする~……」

 

 一人はこの場へ彼女を呼び出した張本人、石動 惣一(いするぎ そういち)

 黒いシャツの上から緑色のシンプルなエプロンを身に着けた、nascitaの店長。若い頃はさぞモテたであろう甘い顔立ちの上に丸眼鏡を掛け、白の中折れ帽を被った洒落た雰囲気の中年男性だ。

 

「……っんだよテメェ!? イキナリ叫んでんじゃねぇ!!」

 

 一人はそもそもの問題の元凶ともいうべき張本人、万丈 龍我(ばんじょう りゅうが)

 一年前に殺人事件を起こし、その罪で服役中だったところを脱走した指名手配犯。

 身に着けている赤いチェック柄の上着と黒のアンダーシャツ、ジーパンは逃走中の犯罪者のものとしては妙に小奇麗な為、恐らくはこの場に辿り着いてから用意された物だろう。

 そんな恰好に、ネットニュースで顔写真と全く同じ後頭部で編み込まれた茶髪と整ってはいるが今一知性が感じられない、どこか猿を連想させる顔をしているその青年が、今は夜宵の方を睨み、怒鳴り返していた。

 

「~んも~、何なんだよ藪から棒に~!」

 

 そして最後の一人。

 外出時は大体身に着けているため半ばトレードマークと化しているベージュのトレンチコートを今は脱ぎ、代わりに灰色のパーカーを着て、七三分けの黒髪をガシガシと掻いている青年。

 先の夜宵の怒声の最大の原因にして、今彼女の目の前で起こっている問題を引き起こした最大の張本人、桐生 戦兎。

 指名手配犯である万丈を、あろうことか彼を追って来た東都政府直属の特殊部隊から逃がしたばかりか、そのままこのnascitaまで連れ込んだという、とんでもない事を仕出かしてくれたこの男は、そんな自身の行為によって引き起こされている現状の事など知らんとばかりに、そうぼやきながら批難がましい視線を返して来る。

 そんな彼の態度が、唯でさえ突然の事態に頭が沸騰し掛けている夜宵の怒りに、油となって降り注ぐ。

 次の瞬間、怒りの火が爆発へと変わる、ブチン、という音が自らの頭の中から聞こえた夜宵は、ダン、ダン、と叩きつけるようにローファーで床を踏み鳴らしながら戦兎の傍へ歩み寄り、怪訝そうに眉を潜める彼の右の耳朶目掛け、再び溜め込んでいた息を盛大に吐き出した。

 

「バカなんじゃないのあんたはアアアァァッ!!」

 

「~~っ!?」

 

 徐に自らの方へ寄って来た夜宵に首を傾げていたのも束の間、続け様の耳元からの大音声に、溜まらず仰け反った戦兎が目を食いしばり、両手を当てて耳を塞ぐ。

 そのまま、体も離れようとする彼を逃すまいと、更に夜宵は叫び続ける。

 

「何で殺人犯連れ込んでのっ!? 指名手配されてんのよ!? 警察どころか政府の特殊部隊(何か良く分かんないけどスゴい人達)まで出て来たんでしょ!? ここまで追って来たらどうすんのよ!?」

 

 nascitaは、戦兎の居候先であり、母には仮面ライダーの事を話せず、学校に居場所があるとは言い難い今の夜宵にとっては秘密を共用する協力者達と気兼ねなく話せる居場所であり、そして二人の活動には欠かせないある設備がこの地下室に備えられた仮面ライダーの重要拠点でもあるのだ。

 そこに警察はおろか政府が立ち入ろうものなら――それも、指名手配犯の逃走を幇助した仮面ライダーまでも追跡の対象と化しているとすれば――もはやライダーとして活動する事など不可能だ。

 それはマズい。

 そんな事になれば、もう沙也加を取り戻すことは出来ない。フルボトルの封印を解くというメイジーとの契約も果たせなくなる。

 そして同時に、当の戦兎の方も失われた20年余りの記憶を探る術を失うという事も意味している。

 そんな事は、彼とて言わずとも分かっている……筈なのだが……。

 

「だ~か~ら~、耳元で騒ぐんじゃないって! それに、俺バカじゃねぇし! 天ぇ才だし!」

 

「どうでもいいからそんな事!」

 

「良くねーし! お前みたいな平ぇ凡JKと一緒にすんじゃないの! ホラ、バカはア ッ チ!」

 

 心の底から心外だ、とばかりに顔を歪める戦兎が、そう声を張り上げながら自身の斜め後ろを指差す。

 荒い息を立てながらその指の指し示す方向を追った夜宵の視界に入り込んだのは――急に注目が集まった事に虚を突かれ、目を見開いて自分を指差す万丈のマヌケヅラ。

 

「……俺?」

 

「お前以外いないでしょーが、このバーカ」

 

「ア゛ア゛ッ!? 誰がバカだテメェッ!!」

 

「だからお前だっつってんでしょ、バーカ!」

 

「だからバカバカ言ってんじゃねぇ! せめて頭に“筋肉”つけろこの野郎!!」

 

「何だよその妙な拘りは!? 意味分かんない事言ってんじゃないよ筋肉バーカ!」

 

「ちゃんと言えんじゃねぇかッ!!」

 

 間の抜けた声で問い返す万丈に、戦兎が容赦なく突込み、罵倒する。

 すると、それに反応した万丈が叫び返しつつ戦兎の方へ歩み寄り、その言葉に対して更なるツッコミと罵倒を浴びせながら戦兎もまた近付く万丈の方へ早歩きで向かっていく。

 そうして互いの鼻先30cm程で立ち止まった二人の間で始まったのは猛烈な、しかし内容は小学生の喧嘩も良いところな、何とも陳腐な罵詈雑言が飛び交い合うしょうも無い言い争いであった。

 そうして、いつの間にやら蚊帳の外となり、眼前で展開する大の男二人のバカらしい騒ぎ合いを見ている内に段々と怒りが冷め、代わりに言いようのない疲れがどっと押し寄せて来て、夜宵は肩を落として嘆息した。

 

『ねぇ? 私がいつも言っている通りでしょう? (狼さん)というのはどうしようもない生き物だって』

 

「ハイハイ、そうだね……」

 

 すかさす右肩に掛けていた通学鞄の中から聞こえて来るメイジーの勝ち誇ったような言葉に気の無い返事を返した夜宵は、気を取り直すためにもう一度溜息を吐いてから、未だ万丈と下らない言い争いを続ける戦兎に問い掛ける。

 

「ていうか、ホントに何でその人連れて来たんですか?」

 

「だから俺は天ぇ才だって――ん~? あー、コイツ? いやだって、あのまま放っておいたら捕まえられちまうし」

 

 口喧嘩の最中だったのも束の間、何事も無かったかのように振り返った戦兎がそう返すが、その意味が分からず、は、と夜宵は眉根を寄せ、こう告げた。

 

「いや、捕まえさせればいいじゃないですか」

 

 当然の言葉である。

 相手は逃亡中の殺人犯なのだ。大人しく引き渡せばいい。それが善良な市民の義務というものだ。

 だのに、何故それを妨害するような真似をしたのか?

 しかし、その問い掛けに戦兎は首と、顔の前に出した右手を振って、そうじゃない、と否定の意思を見せて来る。

 

「いや、コイツ誰も殺してないみたいだからさ」

 

「は?」

 

 思わず、間の抜けた声が一人でに夜宵の口から飛び出る。

 現在指名手配中の殺人犯が、誰も殺していない、とはどういうことか。

 突然の言葉に夜宵は目を瞬かせるが、続けて戦兎が放った言葉に、彼女の疑問は更に深まる事になる。

 

「それに、捕まるってのは、警察とかにじゃねぇよ」

 

「? あの、どういうこと? 戦兎さん、さっきから何言ってるんですか?」

 

 殺してない云々は取り合えず置いておくとして――万丈は犯罪者だ。それを捕まえるとなれば警察や、実際に出動してきたという政府の特殊部隊くらいしかいないだろう。

 少なくとも夜宵はそう思ったため、戦兎が言った事の意味が分からず首を傾げる。

 それに対し、戦兎はいつの間にやら壁の影に移動して様子を窺っていた石動を手招きで傍まで呼び寄せ、続けて真剣な面持ちになった顔を夜宵と石動の方に寄せ、こう告げた。

 

「――ガスマスクの連中に、だよ」

 

「っ!?」

 

 先程までよりも幾分か重々しい口調になった彼のその言葉を耳に入れた瞬間、急激に肌が粟立つ感覚と共に、無意識に夜宵は飛び上がっていた。

 

「ガスマスク、って――!」

 

「お前らに人体実験したっていう、例のガスマスクの連中の事?」

 

 石動が身を乗り出し、普段よりも真剣みを帯びた声でそう尋ねる。

 それに対し、戦兎は頷き返し、二人への説明を始めた。

 石動からのメールを受けて万丈を追った先で起こった事。

 その際に万丈から聞いた、彼が逃亡する直前に起こった出来事。

 そして、突如出現したスマッシュに変異していた男と万丈の関係、そこから導き出されたあの人体実験の正体について。

 そして、その説明を一通り聞いた後、

 

「……スマッシュを、作り出すための実験?」

 

 どうにか夜宵が口から吐き出すことが出来たのは、漏れ出るようなか細い声でのその問い返しであった。

 その問いに、ああ、と戦兎が頷くが――。

 

「ちょっと待って。だったら、何であの人スマッシュになってないんですか?」

 

「そーだよ。それに、アイツ、お前と違って記憶喪失にもなってないぞ?」

 

 すかさず突っ込んだ夜宵と石動の疑問の言葉が、彼のその肯定に待ったを掛ける。

 二人の言う通りだ。

 何故、他の人間がスマッシュになってしまうのに、万丈は怪物と化していないのか?

 何故、万丈は戦兎のように記憶を失う事無く、維持したままなのか?

 あのガスマスクの男達に施された実験が人間をスマッシュに変えるものであるとした時、この2点がその説を否定する壁となるのだ。

 これに対し、

 

「スマッシュになっていないのは俺も夜宵も同じだ。それに、俺はともかく、記憶についてはお前も失っていない」

 

 と戦兎の回答が告げられる。

 確かに、万丈が受けた実験や、それを行ったというガスマスクの男達は戦兎だけでなく、夜宵の記憶にも合致するものではある。それに、戦兎の記憶は彼が石動に拾われたという一年前より以前の記憶の殆どを喪失している状態だが、夜宵の場合は二年前の誘拐事件で過ごした約一ヵ月の記憶を忘れているのではなく、記憶の奥底に()()しているだけだ。厳密にいえば、忘れているわけではない。

 詰まる話、先の2点は確かに壁となるが、ハッキリと否定しきれる程高い壁ではないということだ。

 加えて――。

 

「それに……マスターがアイツ見つけたのって、スマッシュの反応があったからだろ? それも同じだ」

 

 夜宵が戦兎達と出会い、仮面ライダーとしての活動を始めた三ヵ月前。

 彼女達が出会った切欠の一つが、今の万丈と同じく、石動が発見したスマッシュの反応だった。

 そして以上三点より、万丈が受けたと語る実験と、夜宵や戦兎が施された実験は同一であり、スマッシュの生成実験であった可能性が高い、という仮定が成り立つのだ。

 

「そんな――」

 

 思わず口に手を当て、夜宵は絶句する。

戦兎の話が本当であれば、もしかしたら自分もスマッシュになっていたのかもしれない。とんでもない話だ。

いやそれどころか、もしかしたら――。

 

(もしかして……沙也加も……?)

 

 記憶を封印しているためか、共にあの廃工場から連れ出された筈の沙也加がその後どうなったのか、夜宵が引き出すことのできる記憶には無い。

 だが、同じように誘拐されたのだから、同じようにあのガスマスクの連中に実験された――否、今もされている可能性は高い。

 だとすれば、彼女もひょっとすると今頃、スマッシュにされているのでは?

 

「……まぁ、こう言ってはみたけど、結局はアイツの話と俺の記憶が合致(ベストマッチ)したって以上の根拠は無いからなぁ。それに調べるためにも、まずは――」

 

 一旦言葉を区切り、奥の方を見やるように顔を上げる戦兎。

 それにつられ、彼の目線の先へと石動と共に振り返る夜宵。

 その視界に入って来たのは――

 

「ん?」

 

――戦兎のものであろうルーペを頭に掛けた姿で、夜宵がnascitaに到着したばかりの頃と同様に、物珍しそうに周囲を見ている万丈の呑気な姿。

 先程もそうだったが、とても指名手配中の男の挙動とは思えない。

 そのあまりにあまりな有様に眉根を顰める夜宵の横を通り過ぎ、万丈の傍まで近づくや彼の頭からルーペを取り去った戦兎が、呆れたような面持ちで一言。

 

「取り合えず、お前の話を聞かせてくれ」

 

 

 

「仕事をくれるっていう科学者の男を紹介されたんだよ。で、そいつの住んでるっていうマンションの部屋尋ねたらそいつが死んでて、そこに警察が現れたんだよ」

 

 それが、万丈の口から語られた真相だった。

 その話が聞き出せるまでに少々おかしな方向に話が逸れる珍事――横浜の産婦人科で生まれた元気な赤ん坊がどうのと、何故か自分の出生から語り始めた――がありはしたものの、ともかくそれが犯人とされた男自らが語る、彼が犯したとされる事件の“全て”であった。

 すかさずそれに石動からのツッコミが加えられるのだが、奇しくもそれは夜宵がその証言に対して抱いた感想を完全に代弁するものだった。

 

「ちょっと出来すぎだろー、殺しの現場にー、そんなタイミング良く警察がやって来るなんてー」

 

 ねぇ、と同意を求めてくる石動に、夜宵も目を細めながら頷き返す。

 偶々仕事を紹介され、その相手の元を訪れたら既に相手が死んでいて、更に間髪入れず警察がやって来て速やかに拘束された――事態がトントン拍子に進み過ぎている。まるで、最初からそういう流れになるように、あらゆる事象が何者かによって仕込まれていたかのように。これでは、夜宵や石動でなくとも出来すぎていると感じざるを得ないだろうし、もし警察からの取調でも同じ証言していたならば、間違いなく相手にされなかっただろう事は想像に容易い。

 

「……まさか、さっきの「殺してない」って、コレ信じたんですか?」

 

「いや、違うけど、さぁ……」

 

 先程の発言について、訝しみの視線を投げ掛けながら問い質そうとする夜宵に対し、戦兎が返答に困ったように、そっぽを向きつつ、えーと、と頭を掻きながらぼやく。

 少なくとも、この場でちゃんとした言葉で出せる程の根拠は無さそうだった。

 

『よくもまぁ、こんな分かり切った嘘を声高に吐けるものですわ』

 

 こんなのじゃ森の動物さん達だって騙せなくてよ、人殺しの狼さん、と嘲笑混じりのメイジーの声が鞄かから聞こえたが、流石に今回ばかりは夜宵もその言葉を否定する気にはなれなかった。

 そして、間違いなくその声は夜宵にしか聞こえなかったのだから、恐らく石動に対してだったのだろうが、結果的にメイジーの侮蔑に連なる形で万丈が更に叫び返す。

 

「本当に来たんだよォッ! 俺が嘘言ってるように――」

 

 しかし、取り敢えず近くに立っていた戦兎に詰め寄りながら紡がれていたその叫びを、彼は全て言い切る事が出来なかった。

 万丈の背後――高さ3m程、幅と奥行き2m強という巨体をそこに鎮座させている白い外装と3段の小さな昇降ステップが取り付けられた機械。対面から見たその右側に取り付けられた小さな扉が、突然のブザーと爆発音、そして噴き出す白煙を伴って勢い良く開かれた。そしてその音によって、ノオウッ、という情けない悲鳴を上げて万丈が飛び上がったことで、彼の弁明が強制的に切り上げられてしまったからだ。

 そして、そんな彼とは対照的に、それまで神妙な面持ちだった戦兎が不意に――いつものように――破顔し、子供がはしゃぐような声を上げながら、足早に万丈の背後の機械の開け放たれた右側の扉を覗き込み、何かを取り出した。

 それが何であるのか、夜宵は知っていた。知っていたから、あ、と()()()を思い出し、()()()を取り出そうと自分の肩掛け鞄に手を突っ込んで弄り始める。

 その最中にも、手に取ったもの喜色満面の顔で見下ろしながら、最っ高だー、と心底から感激したような弾んだ声色で戦兎が言った。

 

「よっしゃー! 当ったりー!! そうかぁ、今回はゴリラか! あ~、でかしたぞぉ~」

 

 彼が手にしているのは、フルボトルだった。

 何の成分が収まっているのかは流石に夜宵の距離からでは窺う事が出来ないが、戦兎の言葉から察するに、どうやら“ゴリラ”らしい。

 その“ゴリラフルボトル”を右手に、まるで溺愛する我が子を褒める親の様に――実際それを作ったという彼からすれば正しく()()()なのだが――、機械――“フルボトル浄化装置”のゴツゴツとした左側を、空いている左手で戦兎が優しく撫で回していた。

 そこへ、彼が撫でていた浄化装置の左側――スライド式のドア部が開くと共に、その手を、パチン、という小さな音と共に跳ね上げる者が現れる。

 

「ていうか、あたしのお蔭だし」

 

 各種精密機器やコード類がそこかしこに点在する浄化装置の内部から出て来るや、自らを指差してそう告げたのは、一人の少女。

 黒のボブカットの一部をシュシュで頭頂から持ち上げた髪に、水色と白色の横縞模様の寝間着姿で、その左手首には特徴的な黄金色のバングルを身に着けている。

気だるげというよりは、むしろ眠たげに据わった目で戦兎を睨む彼女は、石動 惣一の一人娘――石動 美空だ。

 

「どいて」

 

 そう言うが早いが否か、戦兎を横に押し退け、まるで寝起きの様にふらふらとした足取りで浄化装置から下りる美空。

 俯き加減で歩く彼女はちゃんと前を見ているのか傍から見ても分からず、

 

「ぉお、お前誰だよォッ!?」

 

振り返って絶叫する万丈の存在など知らないかのように、蛇行しつつ彼のいる方へと向かっていく。

 そのままぶつかってしまうのではないか、と思われた次の瞬間、

 

「こっちの台詞だし」

 

バッ、と鋭い衣擦れの音を上げてその両腕が勢い良く跳ね上がった。

 再び吃驚の声を上げて後退る万丈の前で、更に腕を引き戻して両手が眼前に来るように折り曲げた、所謂ファイティングポーズを取った美空が、更に俯けていた顔を持ち上げて射抜くような視線を彼に向ける。

 応戦しようとしたのか、続け様に万丈もファイティングポーズを取るが、悲しいかな、その腰は戦う前から引けている。

 そして、互いにファイティングポーズを取り続け、視線を交わし合いながらの硬直状態に陥ろうとしていた。

 そんなに美空に、何やってんだか、と苦笑しつつ夜宵が声を掛けたのはその時だった。

 

「美空ー?」

 

「ん゛ー?」

 

「昨日のボトル持って来たんだけどー?」

 

「また今度ー」

 

 肩掛け鞄の中から取り出した、昨日のスマッシュから採取した成分の詰まったボトルを見せつつ夜宵は問い掛けるも、再び俯いた美空にそれを押し退けられてしまう。

そのまま、眠いし、寝るし、と呟きながら夜宵の横を通り抜けた美空は、そのまま部屋の奥のベッドの上に倒れ込み、ものの数秒の内に微かな寝息を立てて寝入ってしまう。

 そんな彼女のマイペースないつもの姿に、ハハハ、と苦笑しながら行き場を失ったボトルを夜宵はからからと手元で小さく振るしかなかった。

 

「ともかく、だ」

 

 ふー、と息を吐く音と共に、パンパン、と戦兎が手を叩く音が聞こえ、そちらの方へと夜宵は振り返る。

 

「殺しも脱走もハメられたって言うんなら、二つの事件には何らかの接点がある筈だ。コイツの無実を証明するにも、コイツや俺達に実験をしたガスマスクの連中に近付くにも、そこから洗っていくしかない」

 

 万丈の話に従うのであれば、そう戦兎が纏めたように、彼が関わった一年前の殺人事件と、昨日の脱走との接点を重点的に洗い出していくのが、確かに今取れる最善の選択だろう。――あくまで、彼の話を信じるのであれば、だが。

 戦兎の傍で話が分かったような、分かっていないような微妙な表情を浮かべる万丈に対し、夜宵は疑惑の念を拭い切れない。出会ったばかりの指名手配犯が相手なのだから当然といえば当然だし、彼女のすぐ傍から疑惑の視線を送り続けている男性不信の権化のような化物(メイジー)もいるし、彼女の場合はそれ以外にも()()()()()()()()もあるのだが、それらを差し引いてもその証言はやはり出来すぎている。彼女や戦兎達が三ヵ月や一年という長い期間を費やしても尻尾一つ掴めなかったガスマスクの連中に関わった、という辺りが特にだ。

 とはいえ、その辺りを一々追及してもそれはそれで詮無い事だろう。

 なら、この際その辺りには目を瞑って、大人しく彼の話に従っておく方向で行動するのが、やはり最善ということになるのか。

……なるのだろうか?

 

「……まぁ、分かりましたけど。それで、どこから調べるんですか?」

 

「それな。さぁて、どこからどう調べたら良いもんか……」

 

 腕を組んで、う~ん、と唸りながら思考し出す戦兎を眺めつつ、夜宵もまた今後の展望について思考を巡らせようする。

その一方で、自分と同じように彼をぼんやりとした目で見ている万丈へ、拭い切れない疑念の視線を向け続けながら。

 と、その時だった。

 店と地下を繋ぐ螺旋階段から、何者かが降りて来る音が聞こえて来ると共に、

 

「だったら私も協力してあげる」

 

そんな言葉が彼女達に投げ掛けられたのは。

 

 

 

 そんなnascitaでの万丈 龍我を巡る一悶着が、その後に判明したとあるアクシデントによって更に一波乱起きるも、どうにか一旦の終局を迎え、その場の一同が解散する事となった、その夜。某所。

 

『――ああ、こっちは済んだ。全て、お前の指示通りにしてある』

 

 ()が、いた。

 細かな穴が無数に空いたパンチング板の床を、カツン、カツン、と無造作に踏み鳴らしながら、耳元に当てたスマホからの声に、その男が応答していた。

 

『そっちはどうなんだ? 予定通り、“奴”は逃げ込んだのか? ――ならいい』

 

 会話を続けながら、それまで何気なく動かしていた足を止め、すぐ傍にあった己の胸の下くらいまで高さのあるそれに男は手を掛けた。

 椅子だ。

 細かな彫刻が施された本体に、ふっくらと膨らんで座り心地の良さそうな赤い革の座面が押し込まれた、見るからに高級そうな安楽椅子。その背もたれに掛けた手に力を加え、椅子の背面からその前へ移動した男は、ドカリ、と勢いを付けて座り、足を組んで、脱力した体を背もたれに預ける。

 

『それで? 連れて来た“女”はどうする? こいつを使って“奴”をおびき出すんだろう? ――いいのか? あまり体が良いようには見えないが……。――ああ、“女”のスマホも持ってきている。だが、このスマホに“奴”からの電話が本当に掛かって来るのか?』

 

 “奴”――男と、電話先の相手が話題にしているその人物は、今は追われている身だ。その“奴”が“女”に連絡を取ろうとする可能性は高いだろうが、同時に親しい間柄にある“女”の元で自分を追う者達が待ち伏せている事を懸念して、逆に連絡を控える可能性も無視できないのではないか?

 そんな男の疑問を見透かしていたかのように、電話先の相手がいつもどおりの軽い口調で返答してくる。

 

『そんなこまかい事を考える頭は〝奴“には無い? ……まぁ、いいだろう。ともかく、電話が掛かるのを見計らって、〝奴”をおびき出せば良いんだな? ――ああ、その後は“奴”を追って来た連中の相手を適当にしてやるとしよう。俺も、そろそろ試したいと思っていたところだ』

 

 むしろ、男としてそちらの方が本命と言っていい。

 “計画”の要を――あの“天才”が作り上げた傑作品の出来栄えを、漸く己の目で確認する事が出来るのだから。

 明日になればすぐにでも訪れるだろうその機会が、男にはとってはとても待ち遠しい。それこそ、明日の朝になれば仕掛けた靴下の中に収まっているであろうプレゼントが待ち切れず、興奮のあまり寝付くことが出来ないクリスマスイブの夜の子供の様に。

 

『――何? 奴らも俺に会えるのを楽しみにしている? それは一体どういう――まぁいい。ところで、名前を確認しておきたいんだが? ――分かった。ああ、明日は任せてもらおう』

 

 男のその言葉と、それに連なって電話先の相手が告げた別れの言葉を最後に、そこで通話が打ち切られる。

 用の済んだスマホを仕舞い、それを持っていた左手を肘掛に寝かせ、入れ替えるように手ぶらだった右腕を曲げて、男は頬杖を突く。

 何気なく見渡したその視界の先で蠢く者達を眺める彼のその口が、ボイスチェンジャーによって本来のものから大きく変えられているその声が、ふと呟く。

 

『さて、お手並み拝見だ。“奴”の作り上げた“仮面ライダー”。どれだけ使いこなせているか、俺が見極めてやろう。精々、期待外れでは無い事を祈っているぞ?』

 

 男の()が怪しく輝く。

 

『――桐生 戦兎、星観 夜宵』

 

被験者を押し込めるための巨大な水槽を始めとした各種実験用設備の準備を進めている、何人ものガスマスクを着けた男達を眺めている、羽を広げた蝙蝠を象ったスモークイエローのバイザーが。

 

 

 

 再び時と場所は変わり、万丈を巡るnascitaでの騒動が起きた、その翌日の正午。私立御伽高校、1年B組の教室。

 午前の授業の終了と昼休みの突入を告げるチャイムが鳴り、クラスメート達が財布を片手に購買へ向かったり、弁当を片手に各々個々に机を寄せ合って談話と食事と始めたりしている中、夜宵一人だけは、ハ~、と溜めに溜め込んでいた息を吐き出して机に突っ伏していた。

 

「も~ぉ、本当に嫌になって来る……」

 

 鞄に入っている弁当を取り出すことも忘れ、心底うんざりしながらそう吐いた理由は、夜宵自身の右手に握られた彼女のスマホにあった。

 その画面に表示されているネットニュース――万丈の逃亡と、それを幇助したとされる仮面ライダーの指名手配の情報が、その理由だ。

 この記事を彼女が開いたのは、今日二度目だ。でもなければ、この程度のリアクションで済んではいない。それこそ、最初にこの記事を目にした2限目の授業後の休み時間の時のように、周囲の奇異の視線が一斉に向けられる事など意に介す余裕も無く驚愕の叫びを上げ、適当にトイレにでも駆け込んでnascitaの面々に連絡を取ろうとしていた事だろう。

 

「何が「ええー、マジかよ」、よ……当たり前でしょ、指名手配犯連れて帰ったんだから……」

 

 nascitaに連絡が繋がった際、偶々仮面ライダー捕縛のために政府が流した偽のスマッシュの目撃情報に引っ掛かったらしい戦兎からの事後報告に別の電話でも応答していたらしい。それで、焦りと怒りのままにそちらにも追及の矛先を向けた際に、最っ悪だ、といういつもの口癖と共に返って来たのが、上記の台詞であった。

 

『全く、最悪なのはこっちですわ。あの万丈とかいう(狼さん)を連れて来たのは桐生 戦兎なのに、同じ仮面ライダーというだけで私達までこれからはお尋ね者だなんて』

 

 鞄の中から、心底不快気にメイジーが告げて来る。

 万丈を連れて来たのは戦兎だ。だから、指名手配の対象になっているのがビルド()だけであれば彼女達もここまで荒れてはいないだろう。当然の帰結なのだから、夜宵は呆れの溜息を吐き、メイジーはいつものように嘲笑を浮かべるか、そもそも意に介さないか、という程度で済ましている事だろう。

 しかし、政府はご丁寧に万丈を連れ去った赤と青の仮面ライダー(ビルド)だけでなく、その件に直接関与していたわけではないピンクレッドにフードの仮面ライダー(ライダーメイジー)――つまり夜宵までも指名手配の対象にしてしまっていたのだ。

 唯でさえ、親や学校に秘密で仮面ライダーをやっている身。ここに加え、今後は犯罪者として政府に追われる身ともなったワケである。全く身に覚えの無い理由で、完全にとばっちりで。

 その理不尽を招き入れた戦兎に対する今の夜宵とメイジーの怒りと恨みの程は、推して知るべし。

 

「何か、新しい人も増えちゃったし……」

 

 再び深い溜息を吐いた夜宵の脳裏に新たに呼び起こされるのは、昨日の騒動の際に判明したもう一つのアクシデント――その当事者としてnascitaの地下に現れた、一人の女性。

 

滝川 紗羽(たきがわ さわ)さん、でしたわよね? 確か、()()()()()()()()()()()、とか』

 

 あまり聞き慣れない単語であるためか、一部たどたどしい口調でメイジーが確認してくる。

 彼女の言葉の通り、自らをフリーのジャーナリストであると名乗ったその女性は、どうも一昨日の夜に戦兎が倒したスマッシュに襲われていたらしく、その戦闘の後に偶々戦兎が落としたnascitaのマッチを拾い、それを頼りに尋ねて来たらしい。

 その経緯が語られるや、マッチを落とすミスをやらかしてしまった戦兎に、石動と共に夜宵は批難を浴びせようとしたが、しかしそうはいかなかった。

 何故ならば、当時彼女達がいた地下室への入り口は冷蔵庫の扉であり、その扉を地下室への入り口として使うにはそのための手順が必要となる。その手順を踏まずに開けても、各種食材の詰まった冷蔵庫の中身しか出て来ない仕組みになっているのだ。

 当然、マッチに記載された住所を頼りに初めてnascitaに訪れた滝川がその手順を知る筈が無い。誰かが必要な手順を踏まえて扉を開け、更に閉じる事を忘れて開きっ放しにでもしておかなければ、地下室に彼女が現れる筈が無いのだ。

 そして、最後に地下室への扉を開けたのは――当の夜宵自身であった。

 そういえば、と石動から受けた連絡のまま、慌ててnascitaの地下室に入ったはいいが、その後扉を閉めた記憶が無い事を何となく思い出した頃には、既に攻守は一転。

 石動と戦兎から、おいぃっ、と批難の視線を向けられ、更に鞄の中からは呆れたようなメイジーの溜息が聞こえ、耐え切れなくなった夜宵は止むを得ず、

 

――ご、ごめんなさい……――

 

と一歩後退った後に頭を下げるハメになった。――それで済めば良かったのだが、そうもいかなかった。

 

――まぁ~、仮面ライダーの取材させてくれたら最っ高だけど――

 

 などと言われては。

 再三記載するが、夜宵は周囲に秘密で仮面ライダーをしている。というか、周囲に知られる事無く仮面ライダー、あるいはその協力者をしているのは戦兎や石動も同じだ。

 当然、滝川の願いを拒否しようとする二人に便乗する形で、夜宵も止めさせようとした。

 しかし、これまたそうもいかない。

 

――密着取材させてくれなきゃ――バラすよ?――

 

 特ダネが無いと今月が危ない、と同情心を誘おうとしていたのが一転、突然ドスの効いた声で脅してきたのである。

 こう出て来られてしまってはもうどうしようもない。

 止むを得ず、あくまで自分達の正体が分からないようにする、という条件の下、滝川の取材を許可する、という形で昨晩はどうにか落ち着く事となったワケである。

 

「取材なんて……ウィンウィンの関係とか調子良く言ってたけど、正直信用できないんだよね、あの人……」

 

 左右に流した柔らかな茶髪に、整った顔に常に微笑みを浮かべた美人ではあったが、調子良かったり分かりやすく下手に出たりするような言動を取っているかと思えば、こちらの隙を見て要求を遠慮無く繰り出したり、必要とあらば脅迫紛いの事までして来る。言動の緩急の付け方の巧さといい、素人目に見てもこういった交渉事に慣れているのが見て取れたし、そういった点が気づかない内に思わぬ事を喋らされそうで危険に思えた。

 万丈とは別の意味で信用ならない――それが現状の滝川 紗羽に対する率直な夜宵の評価だ。

 

『私も彼女の事は正直そう思いますわ。……女性な分、(狼さん)なんかよりはずっと信用できるとは思いますけど』

 

 自分の言葉に同意しつつも、そう男への不信感を言葉にするメイジーの事を、こっちも平常運転だなぁ、と呆れながら、彼女が中に収まっている鞄の中へと夜宵は気だるげに手を伸ばした。

 漸く昼食を摂る気になった――ワケではない。

 こうして彼女をさせているもう一つの原因が、そこにあるからだ。

 

「後は……これかなぁ」

 

 そうぼやきつつ、鞄の中から取り出した()()を眼前に持ってくる。

 掌大の黒色の板状のボディに、何やら車輪や歯車やら、フルボトル装填用のスロットやらがそこかしこから生えている。何とも奇天烈で形容し難い物体だった。

 しかし、よく見てみればその板状のボディには分け目が中央に入っており、逆側に設けられているヒンジを中心に、その分け目から展開する事が出来る構造になっている。

 そして、その構造に随って展開してみれば、()()が何であるのかは自ずと判明する。

 二つ折りのタッチスクリーンに、表示される各種アプリのアイコン――先程()()を取り出す際に右手から左手に持ち替えたのと同じ、スマートフォンであった。

 

「渡したいものって何かと思ったら……」

 

 昨日の帰り際、美空に渡し損ねたスマッシュの成分の入ったボトルを代わりに石動に渡してnascitaを後にしようとしたところで、あ、と思い出したように戦兎から渡されたのが、この奇怪な造形のスマートフォン――“ビルドフォン”であった。

 半ば押し付けられるよう受け取らされた後、この瞬間を待っていたとばかりに張り切り出した戦兎による、そのビルドフォンの饒舌な仕様説明が始まったりもしたが、その内容を夜宵は殆ど覚えていない。立て続けに起きた万丈や滝川に纏わる騒動ですっかり疲れ切っていて、早く帰って寝てしまいたいと思っていた彼女は、その一心のままハイハイ、と気の無い相槌を返してその場を受け流していたためだ。

 それでも、所々で耳に入って来た戦兎の説明の一部は頭に残ってもいるのだが――。

 

「結局、唯のスマホじゃない」

 

 スマホなら、既に左手に握られている自前のものがある。沙也加がいない今、その電話に掛けてくるのも母かnascitaの面々だけなのだから、営業マンの様にプライベート用と仕事用に、という風に使い分ける必要性も感じられない。

 

――この天ぇ才物理学者 桐生 戦兎の傑作だ! そんじょそこらで売ってるようなモンじゃねぇんだから、大切にしなさいよぉ~!――

 

 そんな事をドヤ顔で、偉そうに鼻を鳴らしながらあの自称天才は宣っていたが――そりゃ、売ってないでしょうよ、とその頓珍漢なビルドフォンのデザインに意識を向けながら、夜宵は心中で嘆息する。

 

「……ま、いっか」

 

 とはいえ、ビルドフォンについてはあくまで貰っただけで、それで何か実害を被ったワケもない。精々、出て来るタイミングが悪すぎて、当時の夜宵の精神的疲れが加速したくらいなものだ。目に見えて危うい万丈や滝川、先の指名手配の凶報に比べればどうという事はない。

 今後は使うか否かは分からないが――取り合えず、この珍妙な見た目が少しはマシになりそうな可愛いストラップとか探そうかな、などと考えながら、閉じ直したビルドフォンを再び気だるげな動作で鞄の中に戻そうとする。

 と、その時であった。

 聞き慣れない着信音と共に、ビルドフォンからバイブレーションが発生したのは。

 不意の事に、夜宵は思わず、うわっ、と声を上げて、机に預けていた上半身を勢い良く跳ね上げさせた。

 同時に、彼女のその動作でビルドフォンが鞄から高々と跳ね上げられる事となり、放物線を描いて落ちて来たそれを慌てて夜宵は受け止めようとする。

 どうにかそれでビルドフォンはキャッチする事が出来たが、それに安堵したのも束の間、周囲のクラスメートを視線が一斉に自分の方を向いている事に夜宵は気づいた。

 受け止める際の一連の行動が流石に大袈裟過ぎたのか、周囲から向けられる奇異の視線に程無く耐え難い羞恥感を覚えた夜宵は、すぐさま鞄を取り、自分の席から右奥にある教室の出入り口の方へと足早に向かった。

 

「……何、今の?」

 

「何かの芸?」

 

「星観さんってそーゆー事する子だったっけ?」

 

「つか何、さっきチラっと聞こえたダサいの?」

 

「もしかしてスマホの音? 星観の? ――ぷっ」

 

 教室の出入り口を出たところで、そんなクラスメート達の苦笑や嘲笑混じりの会話が少し聞こえた。それによって更に悪化した羞恥に耐え切れなくなり、逃げるように夜宵は教室を後にする。

 そして、一年生の教室が並ぶ廊下に設置された二つの階段の内、彼女の教室から見て遠い方の階段へと移動した夜宵は、階段の手すりに背を寄せ、再び開いたビルドフォンのタッチスクリーンを確認した。

 表示されているのは、電話番号のみだった。相手の名前等の表示は無い。

 だが、その番号には見覚えがあった。――nascitaの電話番号だ。

 それを確認し、併せてタッチスクリーンに表示されている通話アイコンをタッチして、デコボコしたビルドフォンのボディに持ち難さを覚えつつ、夜宵は応答する。

 

「もしもし?」

 

<よ~ぉ、俺々、俺だよ!>

 

「……マスター?」

 

 電話越しに聞こえて来たその陽気な声に、眉根を寄せて夜宵は問い返す。

その声の主は、確かにnascitaの店主(マスター)、石動 惣一であった。

 

<今出てるの、昨日戦兎が渡したビルドフォン(ヤツ)だよな? いやぁ良かった~、ちゃんと番号合ってるか、不安だったモンでさぁ~。ああ、nascita(ウチ)の番号登録しといてね。まだ何も入ってないでしょ、お前のビルドフォ――>

 

「あのマスター。……今、学校なんですけど?」

 

 自身が現役の高校生であり、この時間帯は就業中である事。そして、就業時間中は殆ど仮面ライダーとして活動出来ないので、極力連絡しないで欲しいという事。――それは、仮面ライダーを始めるに当たって、夜宵が念を押してnascitaの面々に告げていた事だ。

 当然、その事は石動も良く分かっている筈なのだが……。

 

<いや、分かってるよぉ。お前が今学校だって。うぅん、俺も果たして連絡して良いものか悩んだんだけどさぁ~>

 

「だったら連絡しないで下さいよ! さっきなんか驚ろかされたし、恥掻いちゃったし」

 

 先程着信が入った際の一幕を思い出しながら文句を言う夜宵。

 それに対して石動から返って来たのは、

 

<あ~、そうだったのぉ? ゴメェ~ン! ホントゴメ~ン!>

 

いつも飄々とした笑顔をそのままに言っているであろうことが容易に想像が付く、あまり誠意の感じられない謝罪であった。

 それに細めていた目を更に細くし、更にもう一言二言小言を言ってやろうと夜宵は息を吸う。

 が、それよりも早く入って来た石動の言葉が、彼女のその行動を中断させる。

 

<いや、でもさぁ、今回はちょっと本気でマズい事になっちゃってるからさ。流石にこればっかりはお前にも出てもらわないとマズいんだよ、いやホント。なんせ、()()()()()()()()からさぁ>

 

「は?」

 

 ()()()()()()()()――その言葉に、反応せざるを得なかったからだ。

 その理由はたった一つ。

 逃げられる、などいう言葉が出て来る状況にある人物は、今、夜宵と石動に共通して、たった一人しかいない。

 そして、その人物に()()()()()()()()という事は、確かに就業時間の事など無視してでも連絡しなければならない()()()()と言えた。

 

<いやさぁ、ねぇ。うん。――()()()()()()()()()()()()>

 

「――はぁああああぁぁ!?」

 

 すなわち、指名手配中の万丈 龍我がnascitaから逃亡したという、その事態は。

 

 

 

 時は少しばかり遡り、11時少し前。

 仮面ライダー指名手配のニュースと、それに纏わる一悶着が収まってから十数分程度経過したnascitaの、その地下室。

 先の騒動で引き起こされた慌しさや騒々しさが鳴りを潜め、静けさが戻ってくるには程よい時間を経たその室内で、しかしなおもけたたましい音を上げ続ける存在がそこにいた。

 

「おいッ! 何だよこの鎖! 外せよ、おいッ!!」

 

 万丈 龍我であった。

 地下室の空間を支える四本のトラス構造の柱の、その一本に彼は拘束されていた。

 何故今彼がこのような事態に陥っているかといえば、

 

「無理だし。アンタまだ容疑者(グレー)だし、襲われたくないし」

 

フルボトル浄化装置の昇降台から、その横に設置されている黒板の傍の椅子へと移動する、フリル付のピンクのシャツに、それよりやや濃いピンク色のオーバーオール姿の少女――石動 美空の、スマホを弄りながらのその言葉の通り、信用されていないからであった。

 誰が襲うか、と反論しつつもなお拘束を解こうと万丈は足掻くが、背後の柱の隙間に後手に通された彼の両腕に巻きついたその鎖は、素手でガーディアンを破壊できるそのバカ力を持ってしても軋み一つ上げない程に頑丈で、解ける気配が全く無い。

 止むを得ず、一旦張りつめっ放しだった腕の力を抜いて休憩する事にした万丈は、この機にずっと抱いていた疑問について問い質してみる事にした。

 

「ていうか、お前ら何モンなんだよ?」

 

 目の前のアンニュイな少女と、その父親だという飄々とした中年男――石動 惣一に、後からやってきたブレザー姿の茶髪の少女――星観 夜宵。そして何より――昨日彼をこの喫茶店に連れ込んだ、あのトレンチコートの青年――桐生 戦兎。

 逃走の最中だった万丈を捕まえると告げたかと思えば、彼に襲ってきたあの奇怪な化け物に、それを倒した、あの時の彼のあの赤と青の姿。

 ブレザーの少女の後に現れたジャーナリストを名乗る女性――滝川 紗羽が何度か“仮面ライダー”という言葉を口にしていたが、それが関係するのか?

 何もかも分からない。あまり良くないと自覚する自身の頭でいくら思考しても答えなど出ない事が分かり切っている万丈としては、“?”しか浮かばないこの疑問にいい加減ケリを付けたかった。

 そして、そんな彼の方を見る事無く、変わらずスマホを弄っている美空から返ってきた答えはこうであった。

 

「東都の町を守る、正義のヒーロー」

 

「――は?」

 

 返答の意味が分からず、思わず間の抜けた声を出す万丈。

 そのまま、お前何言ってんだ、と流れのままに口を動かそうとした彼に、その前まで歩み寄った美空が、変わらずスマホを見ながら、どこからか持ってきたブラックボードを突き付けてくる。

 

「詳しくはこれ読んで」

 

 そうとだけ告げたA3大のそのブラックボードには、様々な色のマジックで何かの絵や文字が書かれている。

 それを詳しく見るため、万丈は両腕と違い自由なままである裸足の足でブラックボードの額縁を掴み、半ば奪い取るようにして、それを自分の眼前まで近付けた。

 

「えーっと……スマッシュを人間に戻すには、倒してその成分を抜き取る?」

 

 ブラックボードの一番上に書かれていた表題は“怪人ボトルとは”。そして自ら読み上げたその内容は、昨日の怪人――スマッシュと、それを人間に戻す方法。その過程で抜き取ったスマッシュの成分がフルボトル浄化装置によって、仮面ライダーが使う事が出来るフルボトルへと変換される事を、極々大雑把に説明するものであった。

 

「……あー、うん、ナルホド?」

 

 ブラックボードに書かれている事について、何となく分かったような気がした万丈は、取り敢えず頷いてみせる。

 正直ブラックボートの説明だけのみだったら何も分からなかっただろう。実際に昨日スマッシュを目にし、それが倒され、その成分を抜かれて人間に戻される様を目にした後だからこそ、この大雑把な図解と言わんとする事が、一応は理解できたのだ。

 それに、昨日の戦兎のあの赤と青の姿こそがやはり仮面ライダーという奴――更にはビルドという名前でもあるらしい――であることも、ブラックボードの解説の中に、ピンクレッドに黄緑色の目の似たような顔と並ぶように描かれていたお陰で分かった。

 

「浄化できるのはあたしだけ」

 

 そのままブラックボードを眺め続けていたところで、ふと美空のそんな言葉が聞こえてきた。

 それに反応して視線を上げてみれば、いつの間にやら彼女はその場で立ち上がっていた。

 

「――あたしには、()()()()()があるの」

 

 自らの左腕に巻かれた黄金に輝く腕輪(バングル)を物憂げな眼で見下ろす美空。

 そんな彼女を何となく見上げる万丈であったが、そこでふと気づく。

 今、美空は腕輪を右手で掴んでいる。何も持っていない、先程まで持っていた筈のスマホが無い右手で。

 ではそのスマホがどこにいったのかと視線を下げてみれば――あった。

 美空の傍に。腕輪に意識が行っていて、その存在を忘れ去ってしまっている持ち主の、その足元に。

 そして、万丈はふと思いつく。――これはチャンスだ、と。

 

「へ~ぇ、ホントかねぇ~?」

 

 出来る限りの厭味ったらしい笑みを浮かべ、これでもかと胡散臭げな声で万丈はそう言って見せる。

 それに反応した美空から、はぁ、と不快気な声が上がる。

 ――まんまと食いついてくれた。

 

「お前みたいなガキに、そんなことできるワケねぇだろ? 違うってんなら、今すぐその浄化ってのやってみろよ。それとも、やっぱり嘘か?」

 

 更に言葉を重ね、足の裏すら突き出して挑発していく万丈。

 それが見事に功を為し、

 

「嘘じゃないし! やってやるし」

 

上手い具合にその気になった美空が腕を組んでそう宣言する。

 そして、丁度夜宵が持ってきたボトルもあるし、と乱暴な足取りで歩み寄ったフルボトル浄化装置の右上の小窓のようなボトル設置部にオーバーオールのポケットから取り出した浄化前のボトルを入れ、

 

「出来たら、アンタからバイト代貰うし」

 

覚悟しろ、とばかりに拳を突き出す美空。

 その姿が閉められる浄化装置の扉の奥へ消えてから少しだけ間を置いた後、それまで浮かべていたほくそ笑みを消して真剣な表情へと切り替えた万丈は、結局最後まで気づかれる事無くその場に放置された美空のスマホを足で引き摺り寄せ、驚くべき器用さで足の指を操ってある電話番号をそれに入力した。

 彼にとって特別な存在。

 今の彼の言葉を手放しに信じてくれるかもしれない、いや信じてくれるであろう唯一の存在の、その番号を。

 そして入力を終え、連絡先に繋がるまでのコール音をもどかしく感じつつ、体を強引に傾けて地べたに置かれたスマホへ耳を当てて万丈は待ち――応答を知らせる、プツッ、という電子音が聞こえると共に、叫んでいた。

 

「――香澄(かすみ)ッ! 俺だ、龍我だッ!!」

 

 スマホのスピーカーから聞こえてくるだろう、その声に。

 逮捕されて一年近く聞く事が出来なかった、聞きたくて堪らなかったその声の相手に。

 そして、万丈が待ち望んで止まなかったその声が、すぐに彼の耳へと入ってくる。

 

<龍我!? 龍我なのっ!? 助けてぇ!!>

 

 ――彼が思っていたものと幾分か違う、恐怖に染まった鬼気迫る声色で。

 

 

 

<――と、いう訳で。浄化終わらせてみれば残っていたのは千切れた鎖だけで、丁度美空のスマホ持って出て行ったみたいだから、それのGPS頼りに追うように戦兎に連絡を入れたってところまで聞き出したところで美空も(力尽き)ちゃって。で、その戦兎とも何か連絡付かなくてこりゃマズいな、ってところでお前に連絡入れた、ってワケよ>

 

 nascitaの地下に拘束中だった万丈に逃げられるまでの経緯についての、石動からのその説明が終わった時、眩暈を覚えた夜宵は思わずその場でたたらを踏んだ。

 

「……何やってんですか、ホントに……」

 

<いや~、ガーディアン素手で壊せる奴だからとびっきり頑丈な(ヤツ)持ってきたつもりだったんだが、それでも駄目とか、トンでもない腕力してんなぁアイツ>

 

 そんな他人事のように呑気な石動の言葉が続けて電話口から響いてくるが、今の夜宵の耳にその言葉は聞こえない。

 万丈に逃げられた、となれば続いて連想されるのは当然彼の捕縛だ。指名手配中の彼を捜索中の警察や政府の特殊部隊と鉢合わせられでもしたら目も当てられない。そうなった果てに、仮面ライダーやnascitaの事を彼が喋りでもしようものなら――。

 

『何てことですの……あの狼め……! 夜宵ちゃん、考えている暇などありませんわ! 急いで万丈 龍我を連れ戻さないと!!』

 

 鞄の中からメイジーが焦りと怒りの混ざった声を上げる。

 彼女の言う通りだ。一刻も早く万丈を連れ戻さなければならない。――言われるまでも無く、その事は夜宵も理解している。

 だからこそ既に駆け下り出していたのだが、その一方で、万丈を追跡するに当たってある問題がある事にも思い至っていた。

 

「分かってるわよ、そんな事! でも、()()()()()!?」

 

『どうやって、って……ともかく追い掛けるに決まって――』

 

「走って追えって言うの!? ここからどれだけ離れてるかも分からない相手を!」

 

『あっ』

 

 そう、追跡するための手段()だ。

 万丈の現在地そのものは、彼が持って行った美空のスマホのGPSを追えば知る事は可能だ。が、判明したその位置が夜宵の現在地である御伽高校から遠く離れていたら? そこから、更に離れるように移動されたら?

 勿論、いよいよとなれば走ってでも万丈を追うつもりではある。仮面ライダーに変身すれば、人間離れした速力を一時的に身に着けられる。

 しかし、現在は刻一刻を争う状況だ。仮面ライダーの身体強化とて限度がある以上、変身しても追い掛けても相応に時間が掛かる可能性はある。

 というか、その仮面ライダーでさえ今は万丈共々指名手配中なのだ。変身して往来を駆け抜けるような真似でもしようものなら、当の夜宵自身が目立ち、追手を引き寄せかねない。

 つまり、変身した時以上の速度を得られ、尚且つ今のブレザー姿のままで万丈を追跡出来るような手段()が早急に必要ということだ。

 が、無い物ねだりしたところで、そんなものがポンと出て来るワケでもない。

 ――()()()()()()()のであれば、尚更。

 

<オイオイ、何言ってんだよぉ? 走って追うって、そんな事する必要無いだろぉ?>

 

 耳に当てたままだったビルドフォンから、不意に石動がそう告げて来た。

 階段を駆け下りる足を止めないまま、それに対し、はぁ、と夜宵は言葉を返す。

 

「マスターこそ何言ってんの!? 他に何か方法でもあるっての!?」

 

<あるでしょ? ホラ、今お前が使ってる()()()()()()とか>

 

「は?」

 

 既に階段を抜け、そのすぐ前の正面玄関に足を踏み入れ、後は上履きと下駄箱の中のローファーを履き替えるだけというところで、一旦足を止めた夜宵は耳に当てていたビルドフォンを眼前に移動させた。

 

「これ……? この、変な形のスマホが?」

 

 首を傾げつつ、見下ろすビルドフォンを傾けたりしてみる。

 玄関口から差し込んで来た光で黒光りするそれは、変わらず奇妙な形状のスマホという感想しか浮かばない。

 すると、その妙な形状のスマホから、は~、という石動の嘆息が聞こえて来る。

 

<横で見てて怪しいなとは思ってたが、やぁっぱり戦兎の説明聞いてなかったなぁ? まぁいい。そいつの使い方説明してやるから、まずは外に出てくれ。人目に付かないトコにな>

 

 そうして、なお困惑しつつも石動の言葉のままに夜宵は玄関を出て、校庭に出ている生徒達を極力避けるように人気の無い校舎裏まで移動し、彼から受けた説明のままにビルドフォンを操作した。

 その結果現れた、その“足”を目にした時に、彼女が最初に口にしたのは、

 

「……ああ~……」

 

驚きと呆れと、そして納得の感情が綯い交ぜになった声であった。

 

 

 

 一方――。

 都市部から離れた郊外、山林部に建てられたとある病院。人里から離れた、豊かな自然に囲まれたその白い外観のすぐ傍で、キィッ、という短いブレーキ音を立てて一台のバイクが停車した。

 被っていたヘルメットを乱暴に脱ぎつつ、慌ただしくバイクから降りたのは、編み込んだ茶髪の青年――万丈 龍我。

 

「香澄……!」

 

 前方に聳え立つ病院を見て彼は口にする。――この世で最も大切な存在の名を。

 nascitaで電話越しに彼女の助けを呼ぶ声を聞いたあの後、火事場のバカ力とばかりにありったけの力を使って鎖を引き千切った万丈は、その勢いのままnascitaを出るや、すぐ傍に停車していた――使ってくれと言わんばかりにキーが刺さったままだった――バイクを発見し、すかさずそれに飛び乗った。そして記憶を頼りに、病弱だった彼女が入院していたその病院を目指し、途中幾つかの思わぬ障害に見舞われたものの、どうにかそこへ今辿り着いたところだった。

 そんな彼の今の心境は、冷静などとは程遠い。

 今はともかく、一歩でも先へ進みたい。

 急いで彼女の下に辿り着きたい。助けねばならない! ――そんな焦りの感情が、今も万丈の体をグイグイと引っ張り続けている状態なのだ。

 だから、そこへ向けて駆け出そうと、万丈は一歩踏み出した。

 ――それと同時だった。

 病院が――彼が向かうはずだった、その病室がある辺りが――、突如爆発したのは。

 

「うおぉぅ!?」

 

 吹き上がる猛烈な爆風、次いで降り注ぐ大小様々な瓦礫に、溜まらずその場で立ち止まり、掲げた腕で身を庇おうとする万丈。

 幸いにも、彼目掛けて飛んで来たのは比較的な小さな破片や更に細かな煤だけだったため、特に怪我を負う事無く、それらで衣服が少し汚れるだけで被害は済んだ。

 そして、どうにか爆風や飛沫を凌ぎ切って庇っていた頭を上げた万丈は、その視界に先程まで存在しなかった()()()()を捉えた。

 そこら一帯に転がる瓦礫や燃え上がる炎の中から、ゆっくりと彼の方へ歩いて来る、その怪人の姿を。

 

「……アイツ、昨日のと同じ奴か……?」

 

 突如現れた怪人の姿に、昨日自分に襲い掛かったあの青と黄色の怪人を思い出し、万丈は身構えた。

 結論から言えば、正解であった。

 巨大な球形の頭と両肩に、中央の円筒状の放射部とそれを左右から挟む小さな穴が並んだ銀のカバーで構成された火炎放射器となっている右腕が特徴的な、オレンジ色を基調としたその怪人の名は“バーンスマッシュ”。

 昨日逃走中であった万丈に突如襲い掛かったストロングスマッシュと同じ――人体実験によって人が変貌した存在――スマッシュである。

 つまり、

 

(ってことは、アイツも中身は人間ってことか?)

 

ということだ。

 では――今万丈へと迫っているバーンスマッシュは、()()()()()()()()()

 その答えを、程無くして万丈は知る。

 

『遅かったな、万丈 龍我』

 

 何処からともなく聞こえて来た、そんな声によって。

 

「テメェはッ……!」

 

 すぐさま、万丈は頭を振り、声の主の居場所を探ろうとする。

 ボイスチェンジャーでも通しているのか、妙に濁音が強いその声を彼は知っていた。

 当然だ。

 その声の主こそ、彼女の助けを聞いたあの電話を通して、万丈にこの場に来るように指示した存在だったのだ。

 攫われた彼女に会わせてやると、そう告げて。

 ――だからこそ、

 

『約束は果たしたぞ。……お前の女は今、()()()()()()

 

「っ!?」

 

続いて声が告げたその言葉に、万丈は愕然とせざるを得なかった。

 

「……コイツが……?」

 

 呟く万丈の声は震えていた。

声が告げた事を信じるならば、つまりはそういう事だ。

 目の前に立つスマッシュの正体は、万丈 龍我がこの世で最も大切に想う存在。

 

「……コイツが……香澄?」

 

 最愛の恋人――小倉 香澄(おぐら かすみ)であるという事だ。

 

「本当に……お前なのか?」

 

 はいそうですか、と受け入れるには、あまりにも衝撃的な話だった。

 だから、自分でも気づかない内に、万丈は構えを解いていた。無防備になっていた。

 その隙だらけの状態の彼に、急接近して来たバーンスマッシュの左の拳が容赦無く襲い掛かって来た。

 対応する間も無く、腹に受けた強い衝撃に水掫を打った万丈は、間髪入れず繰り出された当身によって吹き飛ばされ、背後の地面へと転がされる。

 

「……本当に……香澄、なのか?」

 

 受け身も取れず、無造作に背を打ちつけられた衝撃に咳込みつつも、なおも信じられない思いのまま、視線を向けて万丈はか細い声で問うた。

 その問いへの応答も無く、彼の視線の先でバーンスマッシュが火炎放射器の右腕を――左手で握りながら――高く掲げ、その先端から噴き出したオレンジ色の炎で何かを形作っていく。

 火球だ。

 見る見る内に大きくなっていくその火球が、バーンスマッシュの球形の頭より一回り大きい程度の直径になったところで――僅かに震えながら――その右腕と共に万丈の方へと向けられる。

 そして、時折炎を噴き出すその火球が程無くして、その体を焼き尽くさんと万丈の方へ発射され――ようとした、その時であった。

 無防備になっていたバーンスマッシュの横っ面目掛け、けたたましい駆動音を上げて何かが突っ込んで来た。

 その勢いに耐え切れず、発射寸前だった火球を明後日の方向へ飛ばしながら、バーンスマッシュが万丈の視界の左端へ吹っ飛んでいく。

 そして、先程までバーンスマッシュが立っていたそこに、新たに現れたその何か―― 一台のバイクが、キッ、というブレーキ音を立てて止まる。

 そして、そのバイクに跨っていた運転手が被っていたヘルメットを取って、突然の事態に呆気に取られていた彼の方へと振り向いた。

 その顔を目にして、あ、と万丈は声を上げた。

 

「お前っ、昨日のッ!」

 

「本っ当にもぉ~……何してくれてんのあんた……」

 

 バイクの運転手が――昨日、彼と戦兎の後に喫茶店の地下室にやって来た、あのブレザー姿の少女――星観 夜宵が、昨日の恰好そのままの姿で、心底呆れ返っていると言わんばかりにしかめっ面を浮かべて溜息を吐いていた。

 

 

 

 ()()を見た時、夜宵は仮面ライダーとしての活動を始めて一ヵ月程経った頃の、ある出来事を思い出していた。

 

――お前、ちょっとバイクの免許取ってこい。受験料は出してやるから――

 

 切欠は、そんな戦兎の突然の一言だった。

 あまりに唐突で、突飛な指示だった。

当然の如く、はぁ、と声を上げて、何故そんな事を言い出したのかと夜宵は問い質したのだが、それに対する戦兎の答えは次の通りだった。

 

――仮面()()()()っつうからには、バイクくらい乗れないとダメでしょ? 後、お前平日は基本学校だろ? 欲しいでしょ? ちょろっと学校抜け出して、ぱぱっと現場に向かって、ささっと終わらせて何事も無かったかのように戻れるような、そんな便利な足がさぁ――

 

 この答えを聞かされた時、果たして何を何処から突っ込めばいいのかと夜宵は本気で悩んだ。

 まず、彼女としては学校のある間はよっぽどの事が無い限り仮面ライダーとして活動する気は無い。それに、足として使うからには常に傍にバイクが無いといけないワケだが、バイクの停車など御伽高校では――というか大半の高校では、基本的に認められる行為ではない。

 というか、免許習得のための費用は出すと言っているので別としても、裕福とはおよそ言い難い星観家の財政事情的に、バイクそのものの費用を捻出する余裕など存在しない。仮にあったとしても、いきなりバイクがどうのなどと言い出せば、母に余計な心配を抱かせることは想像に容易い。

 というワケで、その辺りの事を理由にして反論してみたところ、続いて戦兎がこう返してきた。

 

――ああ、バイクの方は考えとく。俺も必要だったし。で、免許の方な。大丈夫大丈夫。世の中には一発試験ってものがあるからよ――

 

 運転免許を取得する際、大抵の人間は教習所で必要な講習を受けた上で取得試験を受けるであろう。が、実はこの取得試験自体はこの講習を受けずとも挑む事が可能なのだ。この講習をすっ飛ばして直接挑む試験が、所謂一発試験である。

 一発試験の場合、本来教習所で講習を受ける事で発生する費用や経過する時間が無くなる為、通常より費用と時間の消費を抑える事が出来るというメリットがある。このメリットが、捻出できる費用に限りがある夜宵の懐事情や、掛かる期間が少ない分母に秘密で免許を取得しやすいという点で上手く合致するのだ。

 ただし、本来なら受けておくべき講習や、教習所側で行ってくれる手続きの一切を無視しての試験になる以上、その難易度は当然通常の試験よりも高いものになる。それで失敗と再受験を繰り返し、結果通常の試験以上の費用と時間を消費して前述のメリットを潰してしまう事例もザラだ。

 詰まる所、その難易度の高い一発試験を、それこそ一発で合格してこい、と戦兎は言っていたワケだ。

 当然、出来るワケが無い、と夜宵は反論したのだが、その彼女の反応を最初から分かっていたかのように、そこでこの俺特製の対策ビデオだ、と彼からDVDを一枚渡された。

 そして、結局その流れのまま、渋々渡されたDVDを一週間程見続けて対策する事となった夜宵は、それによって驚くほど簡単に一発試験を終え、無事普通二輪免許を取得する事となった。

 ……代償に、一発試験の翌日に控えていた英語の小テストがまともに勉強できず、見事な赤点で終わったが。

 ともかく、そんな経緯を経て手にした普通二輪の免許が意味を為す事が無いまま二ヵ月程が過ぎ、そして現在に至ったワケだが……。

 

(今になって役に立つなんて……しかも……)

 

 ()()――御伽高校から、奪われた美空のスマホのGPSを頼りに、万丈を追ってこの郊外の病院のすぐ傍まで乗ってきた、そのバイク。

 銀色の歯車が飛び出たようなフロントカウル。燃料タンクに当たる部分に白線で刻まれた、斜め分けの歯車のようなビルドの紋章(ライダーズクレスト)に、まるで巨大なフルボトルがそこに収まっているのかのような形状のリアシート。それ以外にも独特の要素が詰め込まれた普通二輪サイズのそれは、結論から言えば戦兎からそうと知らずに手渡されたものだ。

 そう、()()()()()のだ。そのままでは引き摺って動かすのも中々苦労させられそうな、その大きな車体を。全くそうと気づく事無く。

 その絡繰りの正体は、夜宵がその車体から降りるや、

 

<Build Change(ビルド チェーンジ)!>

 

そんな電子音を上げてからいくつもの機械音を立ててその形を変形・縮小し、それが終わるや一人でに彼女の掌の中へと飛び込んで来た後の、先程までバイクだった筈のそれ――ビルドフォンが物語っていた。

 “マシンビルダー”――それが、この一見して珍妙な形のスマホにしか見えなかったビルドフォンの真の姿。

 バイクの高い走破性と移動能力に、スマホの携帯性と電話機能を始めとした各種モバイル機能を付与した事で、大きな車体の駐車スペースを不要とし、尚且つ時や場所を選ぶこと無く目的地への急行を可能とした、唯一無二のハイパービークルだ。

 それにしても……まさか、駐車スペースの問題をこんな方法で解決してくるとは……。

 

(天才とバカは紙一重なんて言うけど、アレって本当なんだなぁ……)

 

 右手の中に納まったビルドフォンを、関心と呆れが混ざった目で夜宵は見下ろす。

 縮小するのはまだ良い。実際に使ってみた感想として、携帯出来るバイクというのは確かに便利だ。平日は基本学校である学生の身としては、瞬時に出し入れできる足があるのは間違いなく有り難い事ではある。

 しかし、何故よりによってスマホへの変形機構まで付けたのか?

 別にあって困るとまでは言わないが、ともかくスマホ時の見た目や使い勝手は相当に難がある。特に、そこかしこから飛び出るバイク時の車輪等の部品が。

 あのナルシストの事だ。その事を問い詰めれば、きっとこう返すだろう。

 

――何言ってんだよ! これが良いんじゃないの! この飛び出た車輪が! この突き出したフルボトルスロットが! この天っ才的なデザインが分かんないとか、本当に凡人だな! このお子ちゃまめ!――

 

 ふぅ、と諦めの溜息を一つ吐き、ビルドフォンと、ビルドフォン背部のフルボトルスロットから引き抜いた一本のフルボトル――明るい金色のトランジェルソリッドに、口を開けて吠えるライオンの顔の凹凸模様が刻まれたライオンフルボトルを共にブレザーのポケットにしまってから、彼女から見て左側に居る万丈の方へ、夜宵は半身を翻した。

 

「お前、昨日のガキじゃねぇか! 何でお前までここに来てんだよッ!?」

 

 その場で仰向けに倒れ込んだ姿勢だった万丈は、夜宵が振り返ってすぐの時点では呆気にとられたように開口していたが、少し間を置いて気を取り直すや、動揺混じりにそう怒鳴りつけて来る。

 そんな彼に、夜宵はガクリと肩を落として、溜息を吐き出していた。

 

「どこかの誰かさんが逃げ出したせいでしょ。お陰で学校抜け出して来ちゃったし、ホントいい迷惑なんだけど……」

 

 この場に来るまでに可能な限りマシンビルダーのスピードは出してきたつもりだが、それでももう午後の授業が始まってしまっている頃だろう。

 本当にいい迷惑だ。一体、何のつもりでこんな事仕出かして――。

 

『そんなの考えるまでも無いでしょう? 逃げ出す理由などたった一つですわ。昨日の話はただの出任せ。やはりこの男は、人殺しの狼さんですわ!』

 

 肩に掛けた鞄の中から、夜宵の思考を読んだかのようにメイジーがそう言ってくる。

 アップルフルボトル(そのメイジー)を鞄から取り出して向かい合うが、今回ばかりは彼女の言葉に反論する気は起きなかった。

 

「やっぱりそう思う?」

 

『それ以外に逃げ出す理由が何かありますか?』

 

「……無いね」

 

「? お前、どこ見てんだ?」

 

 万丈からすれば、突然夜宵がそっぽを向いて、誰もいない明後日の方向に話し掛けているようにしか見えなかっただろう。若干困惑気に問い掛けてくる彼の方へ、手元のメイジーから外した視線を再び夜宵は向けようとする。

 が、すぐにそれを中断し、バッと勢い良く彼女は背後の方へ振り返った。

 それとほぼ同時に、何かが勢い良く夜宵目掛けて飛んで来た。

 先程撥ね飛ばしたバーンスマッシュの、左拳だった。

 マシンビルダーの突進による衝撃から復帰して立ち上がった、その際の音と気配を感じとっていた夜宵は、自らの顔面目掛けて迫るそれを、両手で受け流しつつ、更にその場から飛び退く事で距離を取って回避する。

 それを逃すまいと、今度は火炎放射器の右手を振り被ってバーンスマッシュが距離を詰めようとするが―― 一歩遅い。

 先の左拳の回避と共に、左手に持っていたアップルフルボトル(メイジー)を攪拌していた夜宵は、それを終えると共に空いている右手の指を摺合せ、パチン、と鳴らす。

 これによって、周囲に転がる瓦礫の内、夜宵の近辺にあった比較的小さめの瓦礫がアップルフルボトル(メイジー)の成分の制御下に置かれ、夜宵の意志のままに浮遊し、一斉にバーンスマッシュへと飛び込んで行った。

 殺到する瓦礫の飛礫は、バーンスマッシュに傷を負わせるには到底威力は足りない。が、その足を止め、時間を稼ぐ役目は充分に果たせる。

 その稼いだ時間の間に――夜宵は右手で肩掛け鞄を弄り、その中に納まっていたMSEアブソーバー付のビルドドライバーを取り出すと共に、用済みとなった肩掛け鞄を、

 

「これ持ってて!」

 

適当に万丈の方へ放り投げる。

 そして、万丈の驚いたような声や文句を背に受けつつ、取り出したドライバーを自らの腰に装着し、既に攪拌を終えているアップルフルボトル(メイジー)を、上部のキャップだけ回転させてから、装填した。

 

<Contraction!>

 

 電子ガイダンスが放たれるや否や、夜宵はドライバー右側のボルテックレバーを握り、回転させる。

 それによって、ドライバーから伸びた透明の管が伸び、枝分かれしたり寄り集まったりしたそれらが見る見るうちにプラモデルの外枠(ランナー)を髣髴とさせる高速成型ファクトリー、スナップライドビルダーを彼女の前後に作り上げていく。

 その間に、足止めの瓦礫が収まったバーンスマッシュが再び夜宵に接近し、掲げた右腕を今度こそ叩き付けようと振り下ろしたが――即座にその右腕は見えない何かに弾かれ、バーンスマッシュそのものを仰向けに地面へと倒れさせた。

 電磁バリアだ。

 フルボトルスロットへのフルボトルの装填に連動して、目に見えない電磁バリアを展開。それによって、変身が完了するまであらゆる危険から使用者を保護する機能がビルドドライバーには備わっている。

 その電磁バリアが、バーンスマッシュの攻撃を逆に跳ね返したのだ。

 そうして、そうこうしている内に展開し終えた――大本の枠から、更に垂直に枠が飛び出て、前後共にF字状になった――スナップライドビルダーの内部をピンクレッドのトランジェルソリッドが行き渡り、前後であべこべになるように、その中心に同色の装甲と黒の布地の、人型の半身が作り出される。

 

<Are You Ready?>

 

「いくよ、メイジー」

 

『ハイハイ』

 

 変身の準備が完了したことを知らせるビルドドライバーの電子ガイダンスを受け、掌大の物を持っているかのような半握りの右手を口元まで移動させるいつもの変身ポーズ(仕草)を取った夜宵は、いつも通りメイジーに声を掛ける。

 そして、いつも通りの気の無い返事が彼女から返って来るのを待ってから、いつも通り待機状態に入っているビルドドライバーを最終シークエンスへ移行させるための音声コード(宣言)を声高に放った。

 

「変身!」

 

 口元に移動させていた右手を、グッ、と握って振り下ろす動作と共に放たれた夜宵の宣言。

 それをビルドドライバーが認識した事により、彼女の前後に展開していたスナップライドビルダーが急接近。それによって、展開していたあべこべの半身同士が、スナップライドビルダー同士がぶつかり合う高い接触音と共に夜宵を挟み込み、組み合わさる事でブレザー姿だった彼女の身体を覆い尽くす。

 ビルドドライバー単体――つまり仮面ライダービルドであれば、この時点で変身は完了だ。

 なので、この時点での彼女は、らせん状のディティールが入ったピンクレッドの装甲と黒い特殊繊維製のスーツに覆われ、黄緑色の一対の林檎の複眼が付いた仮面を被った、ビルドと同等の姿になっている。その姿に敢えて名を付けるとすれば、仮面ライダービルド アップルアップルフォームという事になるだろうか。

 だが、それはあくまでビルドでは、の話だ。

 その状態から、大枠が組み合わさった事で、横から見て大体“干”の形となったスナップライドビルダーの、前後から水平に伸びている小枠部分が倒れ込み、そこにそれぞれ生成されていたフード部とスカート部が更に組み合わされる。

 そうして、今度こそ整形行程を全て終えたスナップライドビルダーが足下に展開していたレールへ、そしてビルドドライバー内へと収納された事で、

 

<Contraction Apple Maisie,Start The First Trial! Yeah!!>

 

仮面ライダーメイジーの全ての変身シークエンスが、今、完了した。

 

 

 

「お前、その姿っ!?」

 

 急に放り投げられた鞄に文句を言っていたのも束の間、見覚えのある黒い機械とボトルを取り出した夜宵の、やはり見覚えのあるプラモデルの外枠のようなものに挟まれる事で変わったその姿に万丈は驚愕の声を上げる。

 ピンクレッドの装甲に黄緑色の一対の林檎の複眼。それに頭部を覆うフードに、腰から膝裏までを覆うスカートと、幾つか違う箇所はある。

 が、少女のブレザー姿から転じたその姿は、昨日戦兎がトレンチコート姿から変わって見せた、あの赤と青の姿――仮面ライダービルドに良く似ていた。

 

「お前もアイツと――あの戦兎とかって奴と同じ、ビルドって奴なのかッ!?」

 

「違う」

 

 叫んだ万丈の言葉は、しかし背を向けたまま、首だけを向けた夜宵に即座に否定される。

 その間に、態勢を立て直したバーンスマッシュが再び左腕を振り上げていた。

 その姿をピンクレッドの背中越しに見た万丈は、慌てて指を差しながらそれを夜宵に知らせようとする。

 が、それよりも先に夜宵の左腕が襲い掛かって来るバーンスマッシュの方へ向けられ、擦り合わされたその指が、パチン、と音を立てると共に、何処からともなく飛来したコンクリート片がバーンスマッシュを横っ面が勢い良く弾き飛ばした。

 

「おぉっ!?」

 

 突然現れたコンクリート片と、それによって横へ転がされたバーンスマッシュに目を見開き、驚きの声を漏らす万丈。

 そんな彼の方に向けていた顔を正面に戻し、態勢を直そうともがくバーンスマッシュの方へ歩み寄っていく夜宵の言葉が続く。

 

「ビルドは戦兎さん。私は――っと」

 

 程無く倒れるバーンスマッシュの傍まで夜宵が近づいたその時、すかさず向けられたバーンスマッシュの右腕から火球が放たれた。

 急いで生成したのだろう、先程万丈に放たれそうになっていたものに比べ二回りは小さいそれを僅かに後退して夜宵が回避すると共に、グルリ、と彼女から離れる方へ身を捻ってバーンスマッシュが立ち上がる。

 そして再び右腕を振り被って夜宵に殴り掛かろうとするが――敢無くその一撃は彼女が身を捻りながらもう一歩後退した事で避けられる。

更にその勢いから出来た隙を突かれ、後退と共に高く掲げられた夜宵の右踵が――そこから生えた林檎の切り身のような形の刃が、がら空きのバーンスマッシュの後頭部へと振り下ろされる。

 一瞬の、青白いどろりとした火。響く轟音。

 思わず、一瞬目を閉じる万丈。

 それによって彼の視界が無くなったその僅かな間に、バーンスマッシュが砂利だらけの地面に顔面を埋めて倒れ、その後頭部を踏み付けながら万丈の方に再び顔を向ける夜宵という光景が出来上がっていた。

 

「メイジー。――仮面ライダーメイジー」

 

「仮面、ライダー……メイ、ジー……」

 

 呆然としつつも、おお、と頷きながら、夜宵から告げられたその名前を復唱する。

 そして、顔を正面に戻した夜宵に釣られるようにその視線を彼女の足下へと何となく移動させた万丈は、踏み付ける彼女の足から逃れようと身動ぎするバーンスマッシュを見て、ハッとした。

 

「香澄……ッ!」

 

 見れば、夜宵がバーンスマッシュの後頭部を踏み台に跳んで後退すると共に、今の万丈の位置からでは死角になるためハッキリと視認できたワケではないが、その右手をあの妙な形のベルトの、右側に備え付けられたレバーに掛けていた。

 丁度、昨日ビルドへと変身した戦兎が、あの青と黄のスマッシュにトドメを刺した時の様に。

 

「止めろォッ!」

 

 思考するよりも前に、体が動いていた。

 すぐさまその場から立ち上がった万丈は、一目散に駆け出して、その勢いのまま腕を広げて夜宵の前に飛び込んだ。

 

「アイツを傷つけるなアァッ!!」

 

「ちょ、ちょっと!? 何なのいきなり!」

 

 当然、目の現れた彼に夜宵が困惑の声を上げるが、構わず万丈は訴え続ける。

 

「アイツは香澄なんだ! 俺の()()()なんだッ!!」

 

「えっ……?」

 

 その言葉は流石に予想外だったのか、仮面の中から驚きの声が漏らした夜宵の右手が、少しだけベルトのレバーから浮き上がった。

 それに少しだけ安堵した万丈だったが、それも束の間、何かに気づいたように顔を上げた夜宵に右腕を掴まれ、力任せに引っ張り寄せられた。

 突然のその行為と、自分より年下の少女のそれとは思えない強い力に為す術無く、すぐ傍の地面に尻餅をつかされた万丈は痛みに声を上げる。そして、それとほぼ同時に硬質な物がぶつかり合う音がすぐ真上で上がり、反射的に彼はそちらの方を見上げた。

 そこにあったのは、火炎放射器の右腕を振り下ろしたバーンスマッシュと、ピンクレッドのアーマーに覆われた両腕を×の字に交差させてそれを受け止める夜宵の姿だった。

 バーンスマッシュの腕力が意外と高いのか、両腕を使っている筈の夜宵が攻撃を押し返す素振りは無く、むしろバーンスマッシュの右腕の方がじりじりと、火花を散らせながらピンクレッドの両腕を押し込んでいる。

 格闘家だった頃の経験が、その様子を見ていた万丈にこう判断させていた。――マズイ、このままじゃすぐ押し切られる、と。

 何とかして切り返さなければならない、と彼がそう思った、その時だった。

 

「ぐぅ……“メイジーシザース”!」

 

 呻き声を滲ませていた夜宵が不意にそう叫び、それと同時に彼女のベルトからあのプラモデルの外枠のようなもの形成していた透明のパイプのようなものが何本か伸び、絡み合って何かへと姿を変える。

 そして、それが何であるかを確認する前に出来上がった()()は跳躍するバッタの様に飛び上がり、その進行方向にあったバーンスマッシュの右腕を甲高い音を立てて弾き上げた。

 溜まらず後退するバーンスマッシュと、交差させていた両腕を下ろしつつ同じように後退する夜宵の間へ、空高く跳び上がった()()が回転しながらゆっくりと落ちて来る。

 そこでようやく何であるか判明した()()を見上げ、首を傾げて万丈は呟いた。

 

「……ハサミ?」

 

 開いてX字の形になっている()()は、片側の端に二つの握りを持ち、もう片側に半分に分かれた林檎の形をした刃を備えていた。

 確かにそれは、鋏であった。

 

 

 

 自身の呼び出しによってビルドドライバーから生成された“それ”――バーンスマッシュの腕を弾き上げた後、X字に開いた状態で回転しながら落ちて来たその()を、慣れた手付きで持ち手の片方から夜宵はキャッチする。

 左右対称になった黄緑色のグリップ状の持ち手に、貫通式のフルボトルスロットの軸部を中心に各グリップの逆側に伸びる、半分に分かれた林檎の形をした、左右非対称のピンクレッドの刃が付いたその鋏の名は、“メイジーシザース”。夜宵が仮面ライダーの活動を始めてすぐの頃に戦兎が作り上げた、仮面ライダーメイジー専用の武器だ。

 

「ガアアァッ!!」

 

 メイジーシザースを呼び出すと共に後退させたバーンスマッシュが、雄叫びと共に火炎放射器の右腕を向け、先端に火球を作り上げる。

 その動作を目にした夜宵は、メイジーシザースの開いている方の持ち手にも手を掛け、二つの持ち手を左右に引っ張る。

 すると、彼女の腕の動作に追従するように、メイジーシザースの持ち手と刃が軸部のフルボトルスロットからスライドして、二つに分かれた。

 そして分かれた持ち手と刃の内の、左手に持った方――持ち手の根本付近にトリガーが、刃の上部に円筒形のバレルが設けられた、“ナイフ&ピストルモード”のピストル側――を前方へと向けた夜宵はトリガーを連打し、その発射口から数発光弾を撃ち込むことで、間髪待たず放たれた三発の火球を全て消滅させた。

 更に、火球を放った直後で隙だらけになっているバーンスマッシュへ、右手に持つ、特に何も設けられていない持ち手と薄く鋭利な刃が備えられたメイジーシザースのナイフ側を投げ付ける。

 放たれた刃が高速で回転しながらバーンスマッシュへと飛び込み、その体を切り付けつつ上方へ弾け飛んだところで――それを確認した夜宵の、空になった右手を下へ振り下ろす動きに合わせるように――、進行方向を全く逆の下方へと変え、再びバーンスマッシュを襲いつつ、そのままブーメランのように夜宵の方へ戻って来る。

 

「香澄ッ!!」

 

 戻って来たナイフ側を夜宵が右手で受け止めるのと同じくして、呻き声を上げて怯んだバーンスマッシュ向けて、それまで座り込んでいた万丈が立ち上がり、悲痛気な叫びを上げる。

 そうだ、と夜宵は彼の方を向く。

 さっき、彼が口にしていた気になる言葉。その言葉の意味を確かめるためだったが、夜宵がそれを問い質すよりも先に、万丈の方が彼女に掴み掛って来た。

 

「止めろッつってんだろォッ! アイツは、香澄は俺のオンナ――」

 

「どういう事なの!?」

 

「アァッ!?」

 

「その“俺のオンナ”って!?」

 

 怒鳴りつけて来る万丈に、逆に叫び返す夜宵。

 その勢いのまま、更に彼を問い質していく。

 

「さっきからあのスマッシュの事誰かの名前で呼んでるけど……まさか、あのスマッシュってあんたの――」

 

「だから、そう言ってんだろがッ! アイツは香澄なんだ! 捕まえられてあんなバケモンにされちまってるけど、アイツは俺の彼女(オンナ)なんだ!!」

 

「待って! それじゃあ、nascitaから逃げ出したのって?」

 

「香澄を捕まえた奴らがここに来いって言いやがったんだ! 多分、あのガスマスクの奴らが!!」

 

「……嘘でしょ……?」

 

 必死の形相で叫び返す万丈に、夜宵は絶句する。

 つまり、万丈の恋人があのガスマスクの連中に捕まり、それを知らされた万丈が誘き出される形でnascitaを抜け出した。そして今、スマッシュへと変えられた恋人を嗾けられているというのが、ここまでの顛末という事だ。

 万丈に恋人がいたというのは、それはそれで驚きだが、まさか、その特別な存在を餌にした挙句、怪物にして襲わせようとは――。

 

『卑劣な……! 恋人というだけで、女性を利用し、道具にするなんて!』

 

 欲深い狼さんの所業ですわ、と怒りと侮蔑の滲んだ声を上げるメイジーに、夜宵は内心で頷く。

 恋人という深い仲にあっただけで利用されるなど、あまり理不尽な仕打ちだ。

 ましてや、たったそれだけの理由でスマッシュにされるなど――かつての自分と同じように、人体実験のモルモットにされるなど――!

 抑えきれない怒りが――湧き出す義憤が、無意識にメイジーシザースを握る夜宵の手に力を込めさせ、ギリリ、という摩擦音を上げさせる。

 林檎型の複眼が、未だ態勢を立て直していないバーンスマッシュの方へ意図せず向けられる。

 

「! おい、止めろって!!」

 

 その夜宵の動作に不安を覚えたのか、彼女の肩に掛けたままの手を引き寄せるようにして、再び万丈が夜宵の前に立ちはだかった。

 

「アイツは香澄なんだ! これ以上、アイツを傷つけるんじゃねぇッ!!」

 

 事情が分かった今、彼がこういう行動に出ても仕方が無いと思えた。

 大切な存在が攫われたとなれば、自分の現状など省みず、我武者羅に飛び出しても仕方が無い。

 例えそれが怪物から戻す唯一の方法だったとしても、目の前で大切な存在が傷付いていく様など黙って見ていられる筈など無い。

 そういう万丈の心情が、今となってはよく理解出来た。

 理解出来たが、だからといって彼の言葉通り止まる訳にはいかない。

 だから、

 

「オイッ! 聞いてんのかテっ!? メ? ……ぇ……?」

 

万丈には少し眠ってもらう事にした。

 仮面ライダーメイジーが持つ能力の一つ――黄緑色の林檎型の複眼“ツインアイグリーンアップル”に備えられた催眠術の機能によって。

 ライダーメイジーの能力の根源たるアップルフルボトルの成分が封印されているメイジー自身である事から、元は男殺しの怨霊として彼女が持っていた能力の一つだったのだろう。複眼を通して見つめた相手に暗示を掛けるこの能力はスマッシュや仮面ライダー相手には殆ど効果を発揮しないが、唯の人間である万丈ならば小一時間は十分に眠らせられる筈だ。

 だからこそ、程無くしてその場で俯せに倒れた万丈を避け、速やかにバーンスマッシュを彼の恋人に戻すために夜宵は前を進もうとした。

 駆け出そうとしたその足が、

 

「……や、止めろ……」

 

「っ!?」

 

既に深い眠りに着いている筈の万丈に、即座に掴まれるなどは夢にも思わなかったから。

 

「な、何で……!?」

 

「あ、アイツを……香澄、を……傷つけ……」

 

 咄嗟に、万丈の手を振り解こうと夜宵は足を振った。

しかし彼の手はピンクレッドの装甲越しからでも分かる程にガッシリと夜宵の足を掴んでおり、離れる気配がまるでない。

 こんな事は初めてだった。

 見上げる顔に浮かべた脂汗や消え入りそうな声から、催眠自体は確かに効いている。なのに、意識を、力を保ち続けている。

 これまでも何度か近くにいた人間に、止むを得ず催眠を掛けた事はあったが、いずれも一瞬の内に意識を失って、それっきり適当な時間まで寝入っていた筈なのに。

 

『何なんですのこの男!? こらっ、放しなさい! 夜宵ちゃんから離れなさい!』

 

 恐らくは彼女にとっても初めての事態だったのだろう、メイジーがあからさまに狼狽えた声を上げている。

 そしてまた、夜宵もこの事態に大きく動揺していた。

 それこそ、既に態勢を立て直したバーンスマッシュが右腕を掲げ、先程万丈に放とうとしたものよりも大きな火球を作り上げていた事に、それを撃ち込もうと右腕を下したその直後になって、二人揃って漸く気付いたほどに。

 

「しまっ――!」

 

 口を突いて出て来た、しまった、という言葉すら言い終わる間も無く、火球が放たれる。

 回避はもう出来ない。

 変身している夜宵だけならまだしも、生身の万丈がこれを受ける事は出来ない。

 どうにかしなければ、と心が焦るが、それと反比例するように頭と体が動こうとしない。

 その結果、夜宵は万丈を庇うどころか自分の身を守る行動すら出来ず、棒立ちの無防備な姿を晒してしまう。

 そして、そんな彼女達の事情など考慮するわけも無く、火球は猛然と飛び、接触と共に弾けた爆炎によって夜宵と万丈を飲み込む――かと思われた、その時。

 

<Vortex Break(ボルテック ブレイク)Year(イエーイ)!!>

 

 そんな電子ガイダンスと共に、夜宵達の背後から飛来してきた何か――半透明の、茶色い巨大な拳のようなものが、目前まで迫っていた火球を、真正面から貫いた。

 響く轟音。続く炸裂音と、遅れて聞こえて来た微かな衝突音。盛大に吹き掛かって来る爆風。

 思わず顔の横に手を翳して熱波を防ごうとする夜宵。

 その耳が、すぐ近くで砂利の擦れる音と、響くブレーキ音を捉えた。

 

「――ったく、余計な手間掛けさせやがって」

 

 振り向いた視線の先に、斜め分けの歯車の紋章が描かれたマシンビルダーに跨った()が現れる。

 兎の赤と戦車の青、二色が撹拌された薬品の様に斜めに混ざり合う装甲を纏い、鈍い銀色に輝くドリルが持ち手に刺さったような銃を右手に掲げた、もう一人の仮面ライダー。

 

「本っ当に、最っ悪だ」

 

「戦兎さん!?」

 

「んん? 夜宵? 何で? 学校は?」

 

 仮面ライダービルド(桐生 戦兎)が。

 

「何で、はこっちの台詞よ! あんた、今までドコで何やってたの!?」

 

「あー……気絶させられてた。お前の足下の、ソイツに」

 

「ハァッ!? 何でそんな事になってんのよ!?」

 

「いやー、ちょっと事情聞いてたら隙突かれて……ていうか、俺ばっか攻めんじゃないよ! 文句はソイツに言いなさいよ! そこで寝てる筋肉バカに!!」

 

「だ、誰がバカ、だ、テメェ……!」

 

「お前以外いるかバーカ!!」

 

『……また喧嘩始めましたわよ、この狼さん達……』

 

「ああ~……も~……」

 

――そしてもう一人。

 

『ようやく揃ったか……』

 

 何処からともなく立ち込めた灰色の煙の中から、浮かび上がるように()()()が現れる。

 

「っ!?」

 

「お前は、まさか……!?」

 

 小倉 香澄を攫い、彼女を餌に万丈を呼び寄せ、そしてこの状況を作り上げた黒幕。

 黒を基調に、部分的に銀色があしらわれたアーマー。

 胸元から肩にかけて伸びる、或いは頭頂から高々とそそり立つ排気パイプ。

 そして、その胸元と顔を覆い尽くす、妖しい金の輝きを放つ、羽を広げた蝙蝠。

 

『さて、試させてもらおうか。()が遺した傑作』

 

 下ろしていたその腕に、再び何処からともなく噴き出た白煙が纏わりつく。

 その煙が何処へともなく霧散した時に、その手には先程までなかった筈の、長い何かが握られていた。

 

『お前達、仮面ライダーの力を』

 

 その何か――黒の円筒に、側面に赤いバルブが、下側に金色の刃が付いた剣の切っ先を突き付け、くぐもった声で()()()がそう宣言した。

 

 

 

 その姿を目にした瞬間、戦兎の中で僅かに残る記憶がフラッシュバックを起こした。

 大勢のガスマスクの男に水槽に押し込められ、人体実験をされる自分。

 そして、豪奢な椅子の上で足を組んで藻掻く彼を見下ろす、羽の広げた蝙蝠。

 ――目の前の怪人のそれと寸分も違わない、スモークイエローのバイザー。

 間違いない、と悟った。

 目の前のその怪人こそが、かつて自分に人体実験を行い、記憶を失わせた存在だと。

 そして次の瞬間には、右足――クイックラッシュレッグの跳躍力に任せた一足跳びで刹那の間に距離を詰め、その間にドリルモードへと組み替えていたドリルクラッシャーを振り下ろしていた。

 文字通り目に留まらぬ速さを持って、蝙蝠のバイザーへと鈍い銀の刀身を飛び込ませようとしたその一撃だったが、しかし危なげなくその軌道上に、蝙蝠男の剣の金色の刀身が差し込まれる。

 甲高い衝突音が、火花を伴って響き渡る。

 それに怯まず、なおも力任せにドリルクラッシャーを押し込んで、鍔迫り合いの状態になりながら、戦兎は叫んだ。

 

「蝙蝠男!」

 

『“ナイトローグ”だ』

 

「そんな事どうでもいい! お前、俺の体に何をした!?」

 

『何の事だ?』

 

「人体実験をした筈だ! 俺の頭にはっきり残っているんだ、お前の事が!!」

 

 言っている意味が分からないとばかりに首を傾げる蝙蝠男――“ナイトローグ”に、更に戦兎は捲し立てる。

 が、それに対して、フン、と一笑する声が蝙蝠のバイザーの奥から聞こえたかと思ったその次の瞬間、ギチギチと音を立てていたドリルクラッシャーが、呆気ない程に容易くローグの剣に跳ね除けられた。

 それによって数歩後退させられた戦兎の眼前で、悠然とした佇まいでローグが告げる。

 

実験動物(モルモット)の顔など、一々覚えていない』

 

「お前……ッ!」

 

 心の底から人間を使い捨ての実験動物としか見ていない、あまりにも悪辣な言葉だった。

 その言葉が、正義のヒーローとして、その実験動物(被害者)の一人として、戦兎の内の怒りを逆なで、仮面の中で歯軋りをさせる。

 その怒りに任せ、もう一度ドリルクラッシャーを振り被ろうとした、その刹那。

 

「だったら仲間の顔は!?」

 

 そう叫び、彼とは別の場所からローグへと襲い掛かる影が見えた。

 ピンクレッドのアーマーに、特徴的なフードとスカート。黄緑色の林檎型の複眼。

ナイフ&ピストルモードのメイジーシザースの、ナイフ側を右手に、ピストル側を左手に握った、仮面ライダーメイジー――夜宵だ。

 先程戦兎がやったのと同様に、夜宵がナイフ側をローグ目掛け振り下ろす。

 

『仲間?』

 

 その一撃を逆手に持ち直したバルブ付きの剣で受け止めたローグが、今度は鍔迫り合いに持ち込む事無く、その勢いのままナイフ側を弾き上げた。

 これにより自らの右手から離れ、回転しながら宙へ舞い上がったナイフ側の方を一瞬だけ夜宵が見上げたが、すかさず顔を正面に戻し、左手を突き出してピストル側の銃口をローグのバイザーへと突き付けた。

 

「あんたなら知ってるでしょ!? 2年前に私と私の親友を攫った、あの血まみれのコブラの事を!!」

 

『コブラだと?』

 

 そのままピストル側のトリガーが引かれるかと思われたその一瞬前に、持ち上げていた剣をローグが引き戻し、その背をピストル側の銃身に叩き付けた。

 すかさずトリガーを引かれたピストル側が光弾を数発放つが、剣で叩かれた事で射線がずれてしまったそれはローグに当たることは無く、その後の砂利を跳ね上げるだけに終わる。

 それでもどうにか当てようと夜宵がピストル側の射線を戻そうとするも、間髪入れずローグが剣で薙ぎ払って来る。

 その一撃を胸元の辺りに受け、アーマーから火花を散らした夜宵が呻き声を上げて後退させられる。

 

『まさか、スタークの事か?』

 

「やっぱり!」

 

 叫ぶや、空手になっている右手を夜宵が力強く振った。

 すると、未だ宙でクルクルと舞っていたメイジーシザースのナイフ側が不意に回転を加速させ、彼女の腕の動きに追従するように、猛スピードでローグの方へ向かっていく。

 夜宵の持つアップルフルボトルの念動の能力。それに加え、ボトルの成分により強く反応するよう設定して戦兎が作り上げたメイジーシザースだからこその、そこら辺の物体を操る場合とは比較にならない自由で複雑な動きだ。

 流石にその攻撃は予測外だったのか、短剣の刀身を飛来するナイフ側の軌道上に掲げる事で攻撃そのものは防ぐものの、くっ、という呻き声を確かに漏らしたローグの態勢には、明らかな隙が生じていた。

 それを見逃す戦兎ではない。

 

<Hari-nezumi!>

 

 すかさず取り出したハリネズミフルボトルを撹拌、ドライバーへと装填してラビット側の赤い装甲をハリネズミの白い装甲へと塗り替えた戦兎は、右手のBLDスパイングローブから数本の針を伸ばし、ローグへと躍り掛かった。

 が――。

 

『フン』

 

Elechtric steam(エレキ スチーム)!>

 

 一瞬だけ短剣のバルブを回すような動作を見せたローグが、そのまま上体を下方へ下げる事で戦兎の棘だらけの拳を回避。

 更に、攻撃を避けられた事でがら空きになった脇腹へ、先程までと違い、バチバチ、と刀身から紫電を奔らせる短剣を滑り込ませてきた。

 そして、それが戦兎の胴の装甲と接触した瞬間、凄まじい火花と閃光が彼とローグとの間に弾け飛んだ。

 

「ぐああああぁあぁぁっ!」

 

 同時に走る、突き抜けるような鋭い痛み。

 溜まらず飛び退いてみれば、鋭い痛みこそ収まるが、代わりに痺れを伴う鈍痛が脇腹の辺りに滲む感覚があった。

 高圧電流だ、と荒い息を吐きながら戦兎は悟った。

 

『適当に選んだボトルでは、俺は倒せない。そして――』

 

<Ice steam(アイス スチーム)!>

 

 再びバルブを回す動作を一瞬だけ見せたと共に、逆手に短剣を持ち直したローグが蝙蝠のバイザーを向ける事無く背後へ向けて一閃する。

 ――すぐ間近まで再接近していたメイジーシザースのナイフ側へと。

 すると、冬場で吐いた息のような白い、もやっとした扇を描いた短剣の軌跡に触れたナイフ側が、パキン、という音を立てて急に動きを止め、その場に、ボトリ、と落ちた。

 突然のその事態に最も驚いたのは、ローグから少し離れた位置でナイフ側を念動で操作していた夜宵だ。仮面越しに口元へ手を近づけようとするその様は、遠目にも狼狽えていると分かる。

 

『こんな小細工を弄したくらいでも、だ』

 

 そして、そんな決定的な隙を見せる彼女へ向き直るや、ローグが短剣を足下の地面へと突き立てた。

 次の瞬間、砂利の中に埋まった短剣の先端を始点に幾つもの鋭利な氷柱が迫り出し、あっという間に夜宵の方へと突き進んだその氷柱の群れが彼女の足下を覆い尽くした。

 それで戦兎は理解した。――今度は冷気だ。極低温の冷気を発生させて、メイジーシザースを凍らせて止めたんだ、と。

 しかし、それに彼が気づいたところで、もう遅い。

 氷で地面に足を貼り付けられ、すぐに動けなくなった夜宵へ、すかさずローグが距離を詰め、再び順手へと持ち直した短剣で斬り付けた。

 その一撃によって足を縫い留めていた氷が砕け散り、同時にその斬撃をまともに受けた夜宵が為す術無く装甲から火花を散らして後方へ弾き飛ばされた。

 

「ぐぅ、うぅっ……!」

 

『どうした? こんなものか? お前達の、仮面ライダーの力はこの程度なのか?』

 

 砂利の上に腰を落として呻く夜宵へ、次いで片膝を着いていた戦兎へと蝙蝠のバイザーを傾け、両腕を大きく広げてローグが挑発する。

 

「好き勝手……言いやがってッ!!」

 

 まだ少し痺れの残る体を強引に立たせ、ガンモードへと組み替えたドリルクラッシャーを握った左手を振って戦兎は怒鳴り返した。

 ローグの、失われた記憶に関わる存在からのその嘲るような言葉は、怒りを奮い立たせるには十分だった。

 

「まだ、終わってない。まだ、アイツの事を聞いてないッ!」

 

 次いで、夜宵も両膝に手を当てつつ立ち上がり、ローグへと林檎の複眼を向ける。

 そんな彼らに、蝙蝠のバイザーの奥でローグがほくそ笑み、

 

『そうだ。仮面ライダーは()の最高傑作なんだ。そうこなくては、な』

 

バルブの短剣を左手に、空になった右手に何処からともなく寄り集まった煙を纏わり付かせる。

 その煙が消えた時、ローグの右手には一丁の、前方下側にスライド式のフルボトルスロットが設けられた黒い小型拳銃が握られていた。

 そして、ローグが右手の銃を戦兎に、左手の短剣の切っ先を夜宵に突き付け、それに呼応する形で夜宵がメイジーシザースのピストル側を、戦兎がドリルクラッシャーの銃口を突き付け返す。

 そうして、程無くして再び三者が各々の得物を交じ合わせるかと思われた、その時。

 

「もう止めてくれッ、香澄ィッ!!」

 

 悲痛な叫びが、戦兎の耳朶を打った。

 

 

 

 突如現れたローグと、戦兎と夜宵が交戦し始めたその最中、万丈は俯せの状態から上半身だけを持ち上げ、肩で息をしていた。

 どういう訳か、体が異常に重い。

 先程、夜宵と目を向け合った時から、何故だか異様な倦怠感と眠気が急激に襲って来た。それで実際に寝入ってしまう事こそ無かったが、耐え難いその感覚が彼の体の動きを著しく阻害していた。

 そのため、上手く立ち上がることも出来ず、どうにか上体だけを起こして眼前で繰り広げられる戦いを見るのが精一杯という状態であったのだ。

 だが、いつまでも呑気にそうしてもいられなかった。

 体の異常が多少マシになってきて、踏ん張れば立ち上がれるかもしれないと思えたその時、万丈は自分に近付くその気配を感じ取った。

 

「香澄……!」

 

 バーンスマッシュ――小倉 香澄の気配を。

 先程、放った火球を戦兎によって迎撃された際、その勢いのまま彼が放ったゴリラフルボトルの成分を圧縮したエネルギーの拳(ボルテックブレイク)によって、その奥に控えてバーンスマッシュも吹き飛ばされ、つい先程まで砂利の上に倒れていた。

 そのバーンスマッシュが、再び態勢を立て直し、別の敵との戦闘で邪魔が入らないこの状況の中を、微かな呻き声を漏らしながら歩み寄って来たのだ。

 

「なぁ、香澄? 俺の事、分かるか?」

 

 声を震わせ、万丈は問い掛ける。

 バーンスマッシュは答えず、ただ歩を進める。

 

「俺だよ、龍我だよ。お前の男の」

 

 無意識に震える万丈の声に、やはりバーンスマッシュは反応を示さない。

 

「なぁ、頼むよ香澄。怪物にされて、お前もワケ分かんなくなっちまってるのは分かってるんだ。けどよぉ!」

 

 変わらず反応を返さず、ただ、万丈からおよそ7,8メートル程まで近づいたところで、バーンスマッシュが歩みを止めた。

 

「お前が大人しくしてくれなきゃ、きっとアイツら、お前を止めようと攻撃してくる。お前が傷つけられちまう。そんなの、俺は見たくねぇんだ。だから、だからよぉっ!」

 

 歩みを止めたバーンスマッシュの火炎放射器の右腕が――心なしか、先程までより遅く思える動作で――持ち上がり、――よく見れば、微かに震えている――その先端で炎を寄り集めていく。

 もう何度も目にしている、火球の生成・発射シークエンスだ。

 見る見る内に大きく膨らんでいく火球に対し、万丈は対抗する術を持たない。

 体が思うように動かない現状では、避ける術すら持たない。

 今の彼に出来る事は、

 

「もう止めてくれッ、香澄ィッ!!」

 

愛する恋人へ、必死に叫び掛け続けることだけだった。

 しかし、空しいかな。

 万丈の訴えは聞き入れられることなく、掲げられていたバーンスマッシュの右腕が向けられ、その先から火球が放たれた。

 ――その直後、万丈と迫る火球の間に何かが割って入った。

戦兎と、夜宵だった。

 青と白のビルドの姿の戦兎が、右腕の白いグローブから針を伸ばし、それを振って火球を弾く。

 それに怯まず、続けて放たれる小さな火球の連射に対し、戦兎の隣に並ぶ夜宵が手にする銃から光弾を連射し、万丈と二人に当たる射線を取っていたものを全て相殺して見せた。

 再び自身の眼前に現れた二人に驚く万丈。

 しかし、バーンスマッシュの攻撃を防ぎ切った二人が攻勢に転じようと一歩踏み出したのを目にするや、

 

「止めろォッ!!」

 

慌てて二人の肩を掴み、呼び止める。

 

「アイツは香澄なんだ! アイツを傷つけるなァッ!!」

 

「分かってる。――例の彼女なんだろ、あのスマッシュ。コイツから聞いた」

 

 振り返った戦兎が、同じように万丈の方に顔を向けていた夜宵と顔を見合わせ、そう言った。

 

「だったら――」

 

「だからまず、スマッシュの成分を抜き取るんだ」

 

 食い下がろうとする万丈を切り捨てるように、戦兎が声を張り上げる。

 

「そうすりゃ、お前の彼女は元に戻る」

 

「だけど、そのためには一回戦闘不能にしないといけない。悪いけど、あの人を攻撃しないってワケにいかないの」

 

 その戦兎と夜宵の説明は、昨日のストロングスマッシュと戦兎との戦闘の顛末や、nascitaで見せられたあのブラックボードの内容から、薄々そうせざるを得ないのではないかと万丈自身も思っていた事だ。こうしてはっきり説明された以上、それは事実として受け入れざるを得ない。

 だから、心が納得できず、けどよぉ、と何かを言おうとするも、それ以上の言葉を万丈は紡ぐことが出来ない。

 そして、気づけば戦兎と夜宵の肩から手を離していたがために、改めて二人はバーンスマッシュへと向かおうと動き出した。

 ――が。

 

『そんな事をすれば、その女は消えて無くなるぞ?』

 

 足元へと放たれる2発の光弾。

 そして、光弾の軌跡を追った先で黒い拳銃を構えているローグが放ったその言葉が、進もうとしていた戦兎と夜宵の足を止め、そして万丈の声を震わせた。

 

「どういう事だよ……?」

 

『“ハザードレベル”――1。体の弱い人間ならば、ガスを注入した時点で死に至る。スマッシュの成分を抜き取れば、魂と共に肉体も消滅する。助かる道は――無い』

 

「……何だよ……それ……」

 

 今のローグの言葉が正しいとすれば、つまり香澄は、既に死んでいる。

 何をどうやっても、もう助けられない。――そういう事だ。

 

『何を考えて態々お前の女を攫わせたのかと気にはなっていたが……ふっ、こういう事か。 俺達から()を奪ったお前に味わわせるには、丁度良い罰だったな。万丈 龍我』

 

「俺への、罰……?」

 

 クツクツ、と得心がいったようにほくそ笑みながらのそのローグの言葉に、万丈は目を剥く。

 自分への罰。

 そのために、それだけの理由で香澄が巻き込まれ、こうして怪物へと変えられ、死の運命を決定付けられてしまったと、ローグはそう言った。

 なら、そもそもこの事態を呼び起こした原因は――。

 

「何が罰よ! 恋人ってだけで、関係の無い人を巻き込んで! その上、人体実験まで……ッ!!」

 

万丈の眼前で、腕を振って夜宵が怒声を放つ。

心なしか、彼女の体が少し震えているように見える。

 

『何とでも言え。お前達がその女を救えない事実は、変わりなどしない』

 

 フン、とローグが一笑にふすや、彼の持つ拳銃が再び火を噴く。

 それによって飛んで来た4発の光弾を、戦兎と夜宵が共に腕を前に出して防いだ。

 それによって光弾のダメージを凌いだ二人の肩越しに、左腕を振り上げ、猛然と駆け込んでくるバーンスマッシュの姿を捉えた万丈は、再三の叫びを張り上げる。

 

「止めろォ! もう、止めてくれェッ!! 香澄イィッ!!」

 

 事実上の恋人の死を告げられ、それでもその事実を認められず、されとて何か妙案が思い付く事も無い八方塞の今の彼にとって、その訴えこそが唯一取れる行動であった。

 

 

 

 再三の万丈の叫びは、彼らに向けられたものでは無かったが、しかし向かってくるバーンスマッシュを前に戦兎と夜宵は踏み出そうとした足を止めざるを得なかった。

 倒せば、万丈の恋人は死ぬ。

 ローグが告げたその事実を前にした今、ヘタにバーンスマッシュに攻撃を加えるわけにはいかない。

 直前に万丈に言い聞かせていたように、気軽に戦闘不能に追い込んで成分を回収するというわけにもいかない。

 これまで、他のスマッシュに当り前のようにやってきた事が許されないという事実が、大きな脅威として二人に躊躇の感情を抱かせていた。

 だが、今現在も人としての理性を失い暴走し続ける目の前のスマッシュを放っておくわけにもいかない。

 バーンスマッシュを倒しつつ、万丈の恋人を無事生存させる事が最良の回答なのだが、

 

(何か、何か無いか!? 成分回収時に起きる反応は? 今あるボトルで、有効な効果を発揮できるものは!? ……クソッ!)

 

そこに至るまでの方程式が、天才的な頭脳を持つ戦兎を持ってしても立ち上げる事が出来ない。

 これまでの戦闘経験や手持ちのフルボトルが持つ成分の特色、果てはスマッシュ関係とは一見無関係な既存の物理法則まで頭の中に呼び起こしていくが、それでも状況を好転させるような手段は思い付かない。

 そもそも、今直面している身体の弱い人間がスマッシュ化すると死亡するという現象自体が初めての事態なのだ。如何な知識や知恵を持っていたとしても、一朝一夜で解法を立ち上げられるワケがない。

 そして、万丈の恋人の生死の件を差し引いても、今の状況に余裕は無い。

 

「ガアアアァァッ!!」

 

 万丈の声に動きを止めた戦兎と夜宵を、既に二人の眼前まで迫っていたバーンスマッシュが左右に突き飛ばす。

 それによって、倒れこそしなかったまでも夜宵共々大きく横へ押し退けられた戦兎は即座に自分達のミスを悟り、大急ぎで後方へ振り返って叫んだ。

 

「万丈! 逃げろッ!!」

 

 戦兎と夜宵を通り過ぎた今、バーンスマッシュが向かう先に居るのは彼らの背後に立つ万丈だ。

 そして戦兎が叫んだその時点で、既にバーンスマッシュが万丈の目前に到達していた。

 更に悪い事に、戦兎は知らない事だが、万丈は夜宵の催眠を受けている。

 大分抜けて来たとはいえ、未だ残っているその効果のせいで上手く身体を動かせない今の万丈に、咄嗟の回避を行う余裕は無い。

 つまり、今の万丈がバーンスマッシュの攻撃から逃れる術は無い。

 そして、今まさに、高く掲げられていたバーンスマッシュの左拳が、目を見開く万丈の脳天を叩き割らんと、振り下ろされる。

 

「万丈おおおおぉぉぉ!!」

 

 戦兎は、無意識に絶叫を上げていた。

 数瞬後に訪れる、万丈の無残な死に様が頭に浮かび、それでも追い縋るように右手を伸ばして。

 しかし――実際にその光景を彼は目にしなかった。

 何故なら、

 

「ウ、ゥ、ウガっ、ア……!」

 

後十数cmというところで、何故かバーンスマッシュの拳が止っていたからだ。

 

「……香澄?」

 

 ワケが分からない、とばかりに万丈が目を瞬かせる。

 その光景を見る戦兎も、恐らくは夜宵も、同じ反応をしていた。

 そして、そんな彼らの困惑の視線の中、震える拳を呻きながら下したバーンスマッシュが数歩後退したかと思いや、今度は嫌に鈍い動作で右手を挙げ、先端に火球を作り上げていく。

 それを目にした戦兎は、今度こそマズい、と察し、後退によって距離が近づいたバーンスマッシュを妨害するために飛び掛かろうとしたが――それすらも必要が無かった。

 戦兎が動くよりも前に、確かに万丈へと向けていた筈の火球を、何故か発射する直前になってバーンスマッシュが自身へと向け直したからだ。

 瞬間、爆炎が上がり、その力によって戦兎と夜宵の背後から再び前方まで吹き飛んだバーンスマッシュが地面に倒れ、自らの攻撃の痛みに悶える。

 その姿に更に困惑を強める戦兎達の前で、再び右腕の先に作り出した火球を、また一度は万丈に向けるも、すぐにそれを自分に向けて発射し、また自らの爆炎に炙られてバーンスマッシュが苦しみの声を上げた。

 そして、またその手に火球を作り上げるや、それをまた一度万丈へと向けようとして、再び自らへと撃ち込んで……。

 その、あまりに奇怪な行動を前に、戦兎も、夜宵も、万丈も、皆、思考を停止させ困惑するしかなかった。

 だが、こうも同じ行動が続けば――それを思いついた自分自身も信じられなかったが――その行動の理由を推測する事は不可能では無かった。

 

「まさか……傷つけまいとしているのか?」

 

 そう呟きながら、戦兎は視線をある一点に向けた。

 その視線の先で、えっ、と振り向いた万丈の目が戦兎を見つめ返していた。

 

 

 

「どういう事だ?」

 

 聞こえてきた呟きに振り返った万丈は、すぐさまその意味を戦兎に問い質した。

 それに対し、少し俯いて一拍を置いてから、戦兎がその問いに答える。

 

「スマッシュにされたら、自我が無くなる。我を忘れて、目につくもの全てを攻撃するしかなくなる筈だ。――なのに、あのスマッシュ(お前の恋人)はさっきから自分を傷つけてばかりいる。お前を攻撃しようとする、その度に」

 

 信じ難いけど、と言葉を一度区切り、息を吐いてから戦兎が更に言葉を連ねる。

 

「きっと今、お前の恋人は抗っているんだ。スマッシュにされて自我が無くなって、それでもお前だけは傷つけまいと、彼女も今、必死に戦っているんだ。――そうとしか、考えられない」

 

 そう語る戦兎の言葉は、その節々からは彼自身が前置きした通り、信じられない、という感情が感じられた。

 そして、それを聞かされた万丈もまた同じ感情を抱いていた。

 スマッシュの存在の昨日知ったばかりの彼からしてみれば、自我が無くなる、と言われれば、そういうモノなのだとしか判断出来ない。

 だから、その自我が無くなっている筈の香澄が今戦っていると言われても、ピンとこない。

 己の身を傷つけてまで、何故彼女が自分を傷つけまいと抗っているのか、分からない。

 だから、万丈は呆然と呟いていた。

 

「……何で……?」

 

 誰に問うたわけでも無い、ただ疑問だけが無意識に口を吐いて出ただけだった。何か返答が返って来るとは思ってなかった。

 現に、戦兎は返す言葉が見つからなかったのか、俯くだけで押し黙ってしまっていた。

 だがその呟きに、彼とは別の返す声があった。

 

「愛しているから」

 

 声に引かれるまま振り向いた先にいたのは、夜宵だった。

 

「貴方が大切な人だから、貴方の事を愛しているから、そんな貴方の事を傷つけたく無くて、傷付く姿が見たく無くて、それであの人は、今、必死に抗ってるんだよ」

 

 夜宵が万丈の方に向き直り、更に言葉を連ねる。

 

「貴方だってそうでしょ? 散々止めろって叫んで、私や戦兎さんを止めようとしたのは、あの人の事を愛しているから。大切に思っているからでしょ? ――同じなのよ、あの人だって。貴方があの人の事を想っているように、あの人も貴方の事を想っている。だから、きっと、あの人も今、必死に戦っているんだよ」

 

「……香澄が、俺の事を……」

 

 愛し合っていると言われて、それを否定する気はない。

 確かに、万丈は香澄の事を愛しているし、香澄も自分の事を同じように想ってくれていると、信じてもいる。絶対の確信を持っている。

 だから、彼女の為なら何だって出来る。

 自らの格闘家生命を棒に振っての八百長だろうと、怪しげな薬品の治験だろうと、それこそ自分よりも遥かに強い力も持つ仮面ライダー達の前に立ちはだかることだろうと。

 香澄の為ならば――いつだってこんな自分を信じてくれている最愛の女のためならば、何が来ようと、負ける気がしないから。

 ――そんな自分と同じ想いが、香澄の内にもあった。

 彼のために。

 他の誰でもない、たった一人の愛する男――万丈 龍我のために。

 理性の無い中で、自分が傷つく事さえも厭わずに、必死に抗い、戦い続けている。

 

「……なぁ?」

 

 万丈の脳裏に、かつての思い出が蘇る。

 満開の桜が散る中出掛けた二人きりの散歩。

 香澄の病気がちな身体を思えば次の機会はいつになるか分からなかったが、それでも、また一緒に見に来よう、と交わしたあの日の約束。

 桜の美しささえ霞む、宝石のような微笑み。

 

「本当に、助からねぇのか?」

 

 もう、あの微笑みを見る事は出来ないのか?

 あの日のように、一緒に桜を見に行くことは出来ないのか?

 ――もう、二度と会えないのか?

 

「「……」」

 

 戦兎も、夜宵も、今度は共に押し黙るだけだった。

 二人の沈黙が、何よりも雄弁な答えだった。

 決して認めたく無い、受け入れがたい、しかしどうしようもない残酷な事実だけが、ただ万丈に突き付けられていた。

 

「……だったらッ!」

 

 香澄の、愛する女の死は、もう受け入れざるを得ない。

 しかし、それならば――。

 

「せめて元の姿に戻してやってくれッ! これ以上、アイツが、自分を傷つけなくていいようにッ!」

 

 あんな化け物の姿をさせたまま、彼女を死なせたくはない。

 せめて、人間として。

 自分が心から愛した、この世にたった一人の愛しい女の、あるべき姿で。

 

「……頼むッ……!!」

 

 ――逝かせてやりたい。

 

 

 

 自分達の前に立ち、声を震わせて頭を下げた万丈に、どうすればいいか分からずただ彼の方へ下していた視線を上げるしかなかった夜宵が、彼の背に拳銃を向けていたローグの姿を捉える事が出来たのは、偶然だった。

 

「危ないッ!」

 

 咄嗟に万丈の後ろ襟を掴んで引き寄せ、同時に身を乗り出しつつメイジーシザースのピストル側を構え、ローグが撃つより一瞬遅れて、3発撃ち込んだ。

 互いに放った光弾が、夜宵とローグの装甲にそれぞれ着弾し、弾け飛ぶ火花と衝撃を齎した。

 それに耐え、すかさず複眼越しに睨み付けた夜宵の前で、着弾によって生じた煙を振り払いながらローグが舌を打つ。

 

『もうあのスマッシュ(貴様の女)は役に立たないか。だが、いい。どの道、お前の女は消える。人の姿すら取り戻せず、醜いスマッシュの姿のままで。――()を奪ったお前の思い通りにはさせんぞ、万丈 龍我』

 

 蝙蝠のバイザーの奥からせせら笑いながら、ローグが拳銃の向きを調整する。

 それに対し、自身もメイジーシザースのピストル側を構え直しながらも、仮面の中で夜宵は歯噛みする。

 

「あんた……! どこまで……!!」

 

『言った筈だぞ? “何とでも言え”、と』

 

「このっ――」

 

 フン、と鼻を鳴らすローグ。

 その悪びれもしない姿に、心中に籠っていた義憤が爆発するの感じた夜宵は、怒りに任せローグ向けて駆け出そうとする。

 が、その時――。

 

「夜宵!」

 

 不意に、戦兎が声を張り上げた。

 その声に待ったを掛けられる形となった夜宵は、すぐさま彼の方を見る。

 

「……今から、コイツの恋人を元に戻す」

 

 いつの間にやら、左手にブルーグリーンのフルボトルを持っていた戦兎が、ゆっくりとした、重々しい声でそう告げる。

 それが何を意味するのかは、考えるまでも無い。

 だからこそ、彼のその宣言を耳にした夜宵は、今しがたまでのローグへの義憤すら忘れ、息を呑まざるを得なかった。

 

「……戦兎さん……?」

 

 小倉 香澄をスマッシュの姿から解放すればどうなってしまうかは、既に何度も語られている事だ。

 それを分かって、なお彼は香澄を元の姿に戻すと言っている。

 ――万丈の恋人を、その手に掛けると言っている。

 

「終わるまで邪魔されるワケにはいかない。蝙蝠男(ローグ)は任せた。時間を稼いでくれ」

 

 淡々と、感情を感じさせないというよりは、無理矢理押し込めているような声色で、戦兎が言葉を続ける。

 小倉 香澄の死は、彼女がスマッシュにされたその時点で既に決定付いたものだ。

 それでもなお死に切れず、スマッシュとして暴れ回るしかないのだから、つまりこれからやることはそんな彼女への介錯であり、解放であり――結局のところ人の命を奪う行為だ。

 その行為の重さは、夜宵は勿論、戦兎だって分からないわけでないだろう。

 だから、彼女はこう言おうと思った。

 ――本当に、それしかないんですか? あの人を、助けることは出来ないんですか? と。

 しかし、その言葉が彼女の口から出る事は無かった。

 

「……頼む……」

 

 分かっているからだ。

 こうする以外に何か方法があるなら、真っ先にその方法を戦兎が提示しているだろう、と。

 こうする以外の方法が思いつかない事を、彼自身が誰よりも苦々しく思っているだろう事も。

 そして、自分よりも知識も経験も豊富な戦兎ですらこの選択をせざるを得ない以上、夜宵ももう彼の言葉に従う他無い事も。

 だから、俯いたビルドの仮面の中から消え入りそうな声でそう告げる彼に、出掛かっていた言葉を飲み込んで、震え出す唇から意を決して、彼女は返答した。

 

「……はいッ……!」

 

 

 

 メイジーシザースのピストル側の銃床で殴り掛かりつつ、自分達から離れようと夜宵がローグを押し込んでいく。

 見る見る内に小さくなっていく彼女の背から視線を離した戦兎は、今もなお自分自身を傷め付けるバーンスマッシュの方へ向き直る。

 

「……最っ悪だ……」

 

 彼自身にしか聞こえない微かな呟きが、戦兎の口から漏れ出る。

これから、自分は人を殺す。

 そうするしか手が無いから。

 そうしなければ、目の前の女性は解放できないから。

 そうする事を、隣に立つ女性の恋人からも願われたから。

 そして、仮面ライダー(正義のヒーロー)としてまた暴れ出すかもしれないスマッシュ(怪物)を放っておくわけにはいかないから。

 ――例えその行為が、仮にもヒーローを名乗る者として、愛と平和(ラブ&ピース)を自らの正義と信念と掲げる者として、許されざるものであったとしても。

 

<So-ziki(掃除機)!>

 

 新たにセットしたボトルに反応したビルドドライバーの電子ガイダンスを受け、戦兎はボルテックレバーに手を掛ける。

 いつもならばこの後、ビルドアップ、の掛け声を上げてフォームチェンジを行うところだが、今回ばかりはそういう気分にはなれない。

 代わりに――万丈では無く彼が動こうとしている事が分かったからか、自らを傷づけるのを止めて立ち上がるバーンスマッシュを見ながら――、沈鬱な気持ちのままに戦兎は思った。

 

<Are You Ready?>

 

 ――今回の事は、きっと忘れられなくなるだろう、と。

 

 

 

「ヤアアアァァッ!!」

 

 一方、行動を始めた戦兎と、それを見守る万丈から少し離れた、病院駐車場付近の砂利道。

 最初にバーンスマッシュと交戦していた辺りへと戻る形となったそこで、メイジーシザースのピストル側を乱射しつつ、咆哮を上げて夜宵は駆け込む。

 その先に立つローグ目掛け、一直線に。

 それに対し、フン、と余裕気に鼻を鳴らすローグが、右手の拳銃の射撃と左手のバルブ付きの剣の刀身で彼女の放った光弾を巧みに弾き落としていく。

 それでもなお、至近距離まで近づいた夜宵はピストル側を振り上げ、その銃床をローグの頭部へ力任せに叩き付けようとするが、それさえもその軌道上に拳銃の銃身を差し込まれる事で防がれるに終わり、次の瞬間には腹部から蹴り飛ばされ、強引に距離を離されていた。

 

「あぐっ……!」

 

『夜宵ちゃん!』

 

 蹴りの勢いによって砂利の上に横から転がされた夜宵は衝撃に呻きを上げ、同時にメイジーも彼女を案じる声を上げるが、すぐに立ち上がってピストル側を構えつつ、ローグを再び睨み付ける。

 その林檎の複眼越しの鋭い視線を向ける先で、ふむ、と訝し気にローグが首を傾げた。

 

『二人纏めて相手した時もそうだったが……こんなものか、お前達の力は?』

 

「何を……!」

 

()が作り上げた仮面ライダーが、この程度の性能だとは思えない。ビルドは勿論、()()()()()()()()()()()()()()()、お前のそのメイジーとやらもだ。なのに、この程度の力しか発揮できないとは……失望するほかないな。お前達にも、()()()()()()

 

「っ!」

 

 蝙蝠のバイザーの上に右手を翳して徐に落胆したような素振りを取りつつ、ローグが口にした侮蔑の言葉に――その一部に――反応した夜宵はハッと頭を上げる。

 

「また、出て来た。スターク……血まみれのコブラ……!」

 

『……さっきもスタークの名前に反応していたな。フッ、どうした? そんなに奴の事が気になるか?』

 

「アイツはッ!」

 

 叫んだ刹那、夜宵は右手に握っていたメイジーシザースのピストル側を中空へ放り投げ、再び嘲笑するローグ目掛け脱兎の勢いで飛び込む。

 そして、再び至近距離まで接近するや、体を反転させ、その勢いを乗せた後回し蹴りを――左踵の刃を叩き付けようとした。

 が、再びローグがその軌道上に剣の刀身を差し込んだことで、その蹴撃はローグまで届くことなく、甲高い音と火花を上げて押し止められてしまう。

 ――それで良かった。

 

「何処にいるの、アイツは! そのスタークは!!」

 

 ローグの剣を押し込もうと掲げた左足に体重を掛けつつ、夜宵は叫び、問い質す。

 それに対し、苦し気な様子一つ見せる事無く剣を片手で支えたままローグがこう返す。

 

『それを知っていたとして、お前に教えると思うか?』

 

 そう告げられるや、夜宵の足と拮抗状態にあった筈のローグの剣が、少しずつだが彼女の足を押し返し出す。

 このままでは、遠からず足から力任せに押し退けられる。――その様が連想出来た夜宵は、

 

「だったらいい!」

 

そうなる前に地面に着けていたもう片足を振り上げ、ローグの胸を蹴りつける事で自ら後方へ飛び退く。

 弾かれる方向も、行動後の態勢も視野に無い咄嗟の判断だった。

 そのまま、背を地面に打ち付けた夜宵はその痛みに呻く間もなく、体に掛かったままの勢いに任せて横向きに転がる事で、その場で片膝を立てて起き上がる。

 

「無理やりでも言わせてやる! アイツの事! 沙也加の居場所を! そして!」

 

 と共に、右手を仮面の前に掲げ、擦り合わせておいた指を鳴らし、未だ彼女の真上を回転しながら滞空していたメイジーシザースのピストル側へと指示を送った。

 すると、その指示を受けたピストル側が不意に回転を止め、その発射口をローグの方へ向けるや、一人でに光弾を乱射し始めた。

 

『ッ……!』

 

 放たれた無数の光弾に対し、ローグもまた自身の拳銃を向けて応戦を開始する。

 が、完全に相殺させることが出来ないらしく、何発かの撃ち漏らした光弾がローグの装甲を掠める。

 そうなって当然だ。

 支えも無く、大体の方向へ向かせただけのピストル側を、撃つ度に発生する反動で射線がブレる事など御構い無しに、目茶苦茶に撃ちまくらせているだけなのだ。撃ち落とされる光弾や当たったり掠めたりする光弾よりも、明後日の方向へ逸れていく光弾の方がずっと多い、牽制目的の射撃なのだから。

 そして、牽制用の攻撃はまだこれだけでは終わらない。

 夜宵が今戦っている場所は、先程ローグが現れた際に戦兎と共に交戦した辺りのすぐ近くだ。

 詰まり、この付近には先程落された()()が――。

 

「――あった!」

 

 砂利の上に転がる()()を見つけた夜宵はすぐさまそちらの方へ飛び込み、手に取った()()を未だピストル側の乱射の応戦に追われているローグへと力一杯に投げ込む。

 ――先の戦闘の際に凍らされ、無理やりコントロールを断ち切られたまま放置していた、メイジーシザースのナイフ側を。

 

『ッ! 何……?』

 

 既に凍結は解除されており、アップルフルボトルの成分(メイジーの力)による念動制御は再び可能となっている。

 ブーメランのように回転しながら飛んで行ったナイフ側が無防備だったローグの背を切り付け、火花を弾けさせた事を確認した夜宵は、その場に立ち上がるや右手を掲げ、手首を大きく回す。

 その指示を受けたナイフ側が、夜宵の右手首の動きに合わせて大きく弧を描きながら、再びローグへと襲い掛かった。

 

『何度も言わせるな。俺にこんな小細工は通じない……!』

 

 苛立たし気に告げられたその言葉通り、二撃目は身体を反転させたローグが剣を振るって弾く事で防がれてしまう。

 それでもなお、与えられている指示のままにナイフ側が反転して追い縋るが、やはり三撃目もローグの剣によって防がれてしまう。

 が、それで構わない。

 

『ええ、知ってましてよ。貴方なんかに言われずとも分かってますわ、蝙蝠男さん』

 

 含み笑いを混じらせたメイジーのその言葉通りだ。

 メイジーシザースによる攻撃は、両方ともローグをその場に縫い留めるための牽制に過ぎない。

 本命は――。

 その場で立ち上がった夜宵は、メイジーシザースの自動攻撃への対応に追われるローグを後目に、ビルドドライバー右側のボルテックレバーを掴み、急いで回していく。

 

<Ready Go!>

 

 レバーの回転によるエネルギーチャージを終わらせた夜宵のビルドドライバーが高らかに電子ガイダンスを上げ、更にチャージしたエネルギーの一部が青白い鬼火となって、彼女の両手と両踵の刃にユラリ、と灯る。

 そして、それを確認した夜宵は姿勢を落としつつ両腕を仮面の前で×の字に重ね、それを左右に勢いよく振り抜く。

 その動作によって、自らの両手に灯っていた鬼火が×の字を描く鎖へと変化しつつローグ目掛け飛んで行くのを確認する間も無く、続けて彼女自身も鬼火を追うように疾走。十分な加速が付くと共に、跳躍。

 中空で丸めた身体を一回転すると共に、得た加速と遠心力、重力の補助を鬼火が灯るその右踵に乗せ、

 

「あんた達が私達にした事! 今までやってきた事! 全部償わせてやる!!」

 

<Execute Finish! Year!!>

 

先に放った鬼火の鎖に拘束されて身動きの取れないローグの蝙蝠のバイザーへと、全力で叩き落とした。

 ――筈だった。

 

『残念だが、その要求には応じられない。……この程度の力ではな』

 

 夜宵の渾身の一撃(エグゼキュートフィニッシュ)は、受け止められた。

 既に巻きついている筈の鬼火の鎖を一欠けらも身に纏っていないローグが、頭上で拳銃の上に重ねたバルブ付の剣の刀身によって、いとも容易く。

 

「なっ!?」

 

 驚愕の声を洩らす夜宵。

 仮面の中で目を見開く彼女を、鬼火と火花を散らす自らの足と剣越しに見える蝙蝠のバイザーが、フン、と嘲る。

 

『何度も言わせるな、と言ったばかりだぞ? ……俺に、小細工は通じない』

 

 そう言うや、ローグが剣を振り抜き、必殺の一撃を放っている最中である筈の夜宵をアッサリと弾き飛ばした。

 

「あぅ!?」

 

 中空へ投げ出され、先程立っていた位置より更に奥の砂利の上に投げ出されて呻き声を上げた夜宵の眼前に、警告を告げるホログラフィーが表示される。

 変身者が一定以上のダメージを負うなど緊急事態になった際、変身者の保護のために強制的に変身を解除する安全装置(セーフティ)がビルドドライバーには備わっている。これ以上攻撃を受ければその安全装置が作動するという、ドライバーからの緊急報告(エマージェンシーアナウンス)だった。

 

(マズい。このままじゃ……)

 

 これ以上戦闘を長引かせるワケにはいかない。

 纏う装甲のそこかしこから白煙が上がり出している体を慌てて起こして中腰の態勢になった夜宵は、急いでローグの方へ視線を向ける。

 そして気づいた。何故、ローグが自らの放った鬼火の鎖で拘束されていなかったかを。

 視線の先で、両手の剣と銃を下した余裕の佇まいを見せるローグの、その両隣りの地面で白煙が上がっていた。

 白煙の出元は――必殺技を放つ直前に放っていたメイジーシザースのピストル側とナイフ側。

 それを目にして察したのだ。――ローグがメイジーシザースを打ち落とし、牽制を止めさせるや飛来した鬼火の鎖を――恐らくは左手の剣で断ち切って――無力化したのだ、と。

 

『まさか、あんな僅かな間で……?』

 

 どうやらメイジーのその事に気づいたらしく、呆然とした口調でそう呟く声が聞こえた。

 彼女の言う通りだった。

 夜宵が必殺技を叩き込むために駆け出した時点では、まだメイジーシザースは自動攻撃を続けていた筈。そこから彼女が実際に踵を落とそうとするまでに掛かった時間など、精々が数秒程度だ。

 そんな僅かな時間の間に、これだけの対応をローグが行ったのだと、残された状況証拠がそう語っている。

 信じ難い話だった。

 最初に戦兎と共に向かっていった時点で力に差がある事は感じられたが、その差がこれほどまでに広いとまでは夜宵は思ってはいなかった。

 目の前の蝙蝠男が今まで戦ってきたスマッシュよりも強い相手とは思っても、()()()()と思わされる程の相手とは思ってもみなかった。

 

「……はーっ……はーっ……」

 

 いつの間にか、自身の息が荒くなっている事にふと夜宵は気付く。

 不可思議に思い、何故、と自問すれば、その答えはすぐに頭の中に現れた。

 ――このままでは、負ける。

 もし、この場で負け、ライダーメイジーの変身が解除されてしまえば、どうなるか?

 

『やはり力不足だな。これでは、まだまだ使い物にはならない』

 

 そう呟き、悠然と歩いてくる蝙蝠男は、かつて自分と沙也加を攫い、監禁し、人体実験を施した血まみれのコブラ(スターク)やガスマスクの連中の仲間だ。

 ソイツの目の前で、変身が解け、抗う力を無くしてしまったならば、一体どうなってしまうのか?

 ――また攫われ、また実験動物(モルモット)にされるのではないか?

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 いや、それどころの話ではないかもしれない。

 今度こそスマッシュにされるかもしれない。

 今度は――万丈の恋人のように、死を突き付けられるかもしれない。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ」

 

 記憶が飛び交う。

 2年前の記憶。封印から漏れ出した、幾つかの記憶。おぼろげな血まみれのコブラ(スターク)の姿、いくつものガスマスク、いくつもの悲鳴、白一色の殺風景な部屋。

 先程の記憶。万丈の恋人が転じたバーンスマッシュ、突き付けられるローグの言葉、死。

 錯綜するいくつもの記憶が飛び交い、それが不安を呼び、それがある感情を夜宵の内に呼び起こしていく。

 仮面ライダーになってからずっと忘れられていた、2年前の事件の、あの恐怖心を。

 

『夜宵ちゃん! ちょっと、夜宵ちゃん! どうしましたの! アイツが近づいて来ていますわ、しっかりして!!』

 

 慌てた様子で呼び掛けるメイジーの声が聞こえる。

 が、錯綜する記憶と感情が邪魔をし、彼女の言葉を思考に結び付けることが出来ない。

 そして、そうこうしている内に――歩み寄って来ていたローグが、遂に夜宵のすぐ前に辿り着いた。

 

「はっはっはっはっはっ」

 

 距離、約1m。

 ほんの僅かな距離しかないそこに立った相手の顔を、更に息を荒くしながら、夜宵は見上げる。

 僅かに向きを下方へ下げて、こちらを見下ろすスモークイエローのバイザーと目が合った。

 身体中の毛が逆立つような感覚が走った。

 逃げなければ、と思った。

 しかし、そう考えた彼女の思考はすぐに掻き消されてしまう。今の彼女の内を行き交う恐怖心によって。

 もはや、蛇に睨まれた蛙も同然の有様だった。

 そして、まともに身構える事すら出来ない彼女を前に、ローグが拳銃を持つ右手を上げ――。

 

『……ここまでか』

 

 不意に夜宵から視線を外して後方を見やり、そう言った。

 その動きに引き摺られるように夜宵も視線を奥の方へ向けてみれば、視界の奥の方の空に、キラキラ、と煌めく渦のようなものが見えた。

 そして、はっと気づく。

 あの渦のようなものが発生しているのは、戦兎と万丈がいる辺りだと。

 つまり、アレを発生させているのは――。

 

『まぁ、いいだろう。一応、目的は果たした』

 

 鼻を鳴らして夜宵の方に向き直ったローグが、右手の拳銃を頭上に掲げ、その引き金を引いた。

 すると、拳銃の銃口から白煙が湧き出し、見る見る内に白煙がローグの身体を覆っていく。

 丁度、最初にローグが何処からともなく立ち込めた白煙の中から現れたのと真逆になるように。

 

『力不足は否めないが、最後の攻撃だけは悪く無かった。精々、今後に期待するとしよう。お前達が、()の仮面ライダーの真価を引き出せる事を』

 

「待っ――」

 

『さらばだ』

 

 咄嗟に夜宵は立ち上がり、飛び掛かる。

 が、一歩遅く、彼女の身体は立ち込める白煙を素通りするだけに終わり、それによって散った白煙諸共、ローグは跡形もそこから消え去っていた。最初から、そこに何もいなかったかのように。

 何度か周囲を見渡して、ローグの姿を探してみる。

 そして、それが無駄だと分かった夜宵は、無意識に脱力して座り込み、肩を落として溜息を吐いた。

 憎い敵を逃した事に対する落胆と、まるで適わなかった事への悔しさと、そして、

 

「……はぁー……」

 

もう一度攫われるような事無く終わった事に対する、安堵の籠った溜息を。

 

 

 

 それから間を置かず、すぐに夜宵は例の煌めく渦が発生している辺り――戦兎と万丈と別れた場所へと向かった。

 あの渦が如何なる過程で発生しているのかは不明だが、アレを起こしているのが戦兎である事は考えるまでもなかった。つまり、万丈の恋人に関して、何らかのアクションを彼が起こしているということだ。

 ならば、戦兎と違って、万丈と、彼の恋人に対して自分は何もすることが出来ないのだから、せめて見届けなくては。

 そんな思いを抱きながら夜宵は砂利道を駆け抜け、そして、その場へと辿り着いた。

 ゴリラの複眼の左目に巨大な右腕、煌めくダイヤモンドの複眼の左目に美しく輝くクリスタルカットのアーマーを持つゴリラモンドフォーム(初めて見る姿のビルド)へと変身している戦兎と、彼がその右腕によって支えている、無数のダイヤモンドが飛び交う巨大な渦。その渦に絡めとられ回転しているバーンスマッシュ。

 そして、戦兎の傍でしゃがみ、誰かを抱き抱えている万丈と、彼に抱えられている――輪郭から淡い光を放ち、時折その姿が透ける――見知らぬ女性。

 そこまでを目にして、一拍置いて夜宵は悟った。

 万丈が支えている女性が何者であるのかを。

 そして、今まさに自分は、()()()()()に直面しているのだ、と。

 

 

 

「香澄っ! 香澄ッ!!」

 

 抱き抱えた小倉 香澄へ、万丈は必至の思いでその名前を叫ぶ。

 苦し気に目を閉じた恋人の体はぼんやりと光り、時折透けてはその向こう側が覗ける。そして、抱き抱える腕から伝わる感触や体温すら、何も無いかのように消えてはまた現れるのを繰り返している。

 まるで、今にも掻き消えてしまいそうな程に不安定に揺らめく香澄の命の灯が、そのままそこに彼女の姿形を取って現れているかのように。

 そんな今にも消えさってしまいそうな有様であったが、それでも万丈の声はどうにか届いたのか、

 

「……龍、我……?」

 

閉じていた目を開き、消え入りそうな微かな声でこそあったが、香澄もまた万丈の名を呼んだ。

 

「香澄ッ……!」

 

 僅かに目を見開いた万丈は、やっと反応を返した恋人を逃すまいと、すぐさま自らの顔を彼女の顔へと寄せる。

 それと同じくして、ぽつりぽつり、と香澄が言葉を紡ぎ出していく。

 

「龍我……私、貴方を騙した……」

 

「いいから! もう、喋るな……」

 

「鍋島って男に頼まれて……科学者の男の部屋に向かわせるように……貴方を、格闘家に復帰させてくれるっていうから……」

 

 ふと、香澄の体が透ける間隔が先程よりも短くなってきている事に万丈は気づく。

 もう、あまり時間が無い。もう間もなく、嫌でも最愛の恋人と別れざるを得なくなる。――その事を、否応なく悟らせられる。

 

「私と出会わなければ……もっと、幸せな人生があった、筈なのに……ごめんね……」

 

「――っ! フザけんなッ!」

 

 それに、残された時間が少ないのは彼女だけではない。

 万丈と香澄のすぐ傍で、自らが作り上げたダイヤモンドの渦と、その渦の中に封じ込められたバーンスマッシュを今も戦兎が支えてくれているが、その彼も仮面の中から時折苦し気な呻き声を漏らしている。

 

「ぐ……ぬ……うぅううぅ、マズ、イ……!」

 

 いや、彼の方はもう殆ど時間が無い。

 渦を支えている、ゴリラのような巨大な右腕が、少しずつ垂れ下がって来ているのだ。

 このままでは、万丈は香澄との最後の会話を中断せざるを得ない。

 それどころか、渦によって切り離されているバーンスマッシュと香澄が再び一体になる、最悪の事態すら起こりかねない。

 何とかその事態を防ごうと、唸り声を強くして戦兎が持ち直そうとしてくれてはいるが――駄目だ。

 彼の右腕が、ガクリ、と一際大きく下がる。

 そして、ダイヤモンドの渦ごとバーンスマッシュが万丈と香澄の方へと降り注ぐ――とはならなかった。

 

「……う、ぐぅ、ううぅ……!」

 

 完全に戦兎の右腕が垂れ下がろうとしたその直前に、横から割り込み、下から彼の腕を支える者がいた。

 夜宵だった。

 

「お前っ――」

 

 彼女の姿に気づいた万丈が反射的に声を掛けようとしたが、それよりも前に彼女が見つめ返してきた。

 

――構わないで。貴方はその人と話を――

 

 向けられた黄緑色の林檎の複眼が、そう訴えているように見えた。

 だから、一つ頷いてから、再び万丈は香澄の方へ顔を向けて、思いの丈を告げた。

 己の偽らざる気持ちを、心からの真摯な思いを、口から紡ぎ出すその一字一句に込めて。

 

「これ以上の人生が、あってたまるかよッ! 俺は、お前に会えて……幸せだった。本当に……最っ高に幸せだったんだ……!」

 

 それ以上の言葉は見つからなかった。

 込み上げて来た嗚咽や、いつの間にやら熱くなった目頭から溢れ出す涙が、もうそれ以上の言葉を彼に思いつかせなかった。

 そして、それは今の万丈と同じように泣き、微かに震える香澄もきっと、同じだった。

 

「……ありがとう……本当に……騙して、ごめんね……」

 

 それが、小倉 香澄が最後に遺した言葉だった。

 その言葉を告げた次の瞬間、輪郭から灯る光が一際強く光ると共に彼女の体は音も無く粒子状に散り、宙へ浮き上がって、そして――。

 

「……なんだよ……また、一緒に桜を見に行くんじゃなかったのかよ……?」

 

 涙が流れ落ちる双眸で見上げた万丈の視界の先で、何処へともなく消えていった。

 つい先程まで最愛の恋人を抱きとめていた筈の腕からも、彼女がそこにいた証明である柔らかな感触も、温かな熱も全て消え失せていた。

 残ったのは――ぽっかりと空いた穴のような、空しさだけだった。

 

 

 

 万丈の恋人が、細かな光の粒子となって、今、消えた。

 儚く、そして人間の死に方とは思えない死に様だった。

 そんな死に様を万丈の恋人に与えたのは、あのローグと、例のガスマスクの連中であり、その事を思い直した夜宵の内で沸々と怒りが沸く。

 そして同時に、

 

「――痛っ」

 

一瞬何かの記憶が流れると共に、彼女の頭に鋭い痛みが走った。

 幸い痛みは一瞬だけで、記憶に至ってはそれよりも更に僅かな間だけ頭の中に流れただけで、どんな記憶だったのかはまるで分からなかった。

 一体、今のは何だったのか?

 疑問を覚える夜宵であったが、それについて思考はしなかった。

 そうするよりも前に、気を取られることが起きたからだ。

 

「ぬ、う……おりゃあっ!!」

 

 それまで夜宵の力も借りて、巨大な右腕でダイヤモンドの渦を支えていた戦兎が、頃合とばかり声を上げ、渦と、その中のバーンスマッシュを何もない場所へ放り投げたのだ。

 それによって、散らばってはすぐに霧散していく大小のダイヤモンドと共に地面へ転がされたバーンスマッシュは、万丈の恋人と既に分離させられているせいか、ピクリ、とも動かない。

もはや、スマッシュの成分が辛うじてその形を保っているだけの抜け殻だ。成分の採取も容易く行えるだろう。

 丁度今、ドライバーからボトルを引き抜いてビルドの変身を解除した戦兎が、代わりにトレンチコートのポケットから取り出した(エンプティ)ボトルを使って、やってみせるように。

 ここまでくれば、もう仮面ライダーの姿でいる必要は無い。

 戦兎に続いて、ドライバーからアップルフルボトル(メイジー)を取り除いて自らも変身を解除した夜宵は、視線を戦兎から万丈の方へと移す。

 万丈は、その場で組んだ腕の中に顔を埋めて、座り込んでいた。

恋人が完全に消え去ってから、ずっとその態勢のままだった。

 そのため、今の彼の表情を窺うことは出来ないが――恋人が、最愛の相手が、目の前で亡くなったのだ。その彼が今、どんな顔をしているかなど、考えるまでも無く察せられる。

 そんな万丈の痛々しい様子に、夜宵は胸を絞め付けられるような気分を抱かずにはいられなかった。何か言葉を掛けて慰めるべきだとも思ったが、彼が遭った事態が事態なため、何と声を掛ければいいのかも分からず、ただフレアスカートの端を握り締めるほか無かった。

 ――その一方で、

 

『フン……白々しい……』

 

心底詰まらない茶番劇を見ているかのように赤い一つ目を半目にして、冷めきった声でメイジーが万丈へ向けて唾棄していた。

 その微かな声が耳まで届かず、その場で立ち竦んだまま見守るしかない夜宵の視界の端で、スマッシュの成分の回収を終えた戦兎が踵を返し、彼女の方へ向かってくる。

 彼もまた顔を俯けており、その表情は読み取れない。だが、いつもよりも大きく、速い歩調で歩く戦兎の様子は、明らかにいつもとは違う。

 そんな彼に僅かばかり動揺を覚えて思わず目を泳がせた夜宵のすぐ前まで来たところで、足を止めないまま彼女と、そして万丈の方にも目を遣りながら戦兎が一言だけ告げた。

 

「行くぞ」

 

 それだけだ。

 それだけ告げ、そのまま戦兎は夜宵の横を抜け、大きく速い足取りを崩さないままどこかへ行こうとする。

 夜宵はおろか、蹲ったままの万丈すら目に入らないかのように。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 咄嗟に夜宵は振り返り、戦兎の背中を呼び止める。

 戦兎は、立ち止まりこそすれど振り返らない。

 

「戦兎さん待って! まだ、あの人動けるような状態じゃない!」

 

「病院のすぐ近くでこれだけ騒ぎを起こしたんだ。間違いなく誰かが通報している。いつまでもここにはいられない」

 

 夜宵の訴えに、振り返らないまま戦兎が返す。

 正論だった。

 人が大勢いるだろう病院の、すぐ傍で指名手配中の仮面ライダーがあれだけ派手に暴れていたのだ。そう遠からず、ここに政府の特殊部隊が集合する事になるだろう。

 それを考えれば、確かにすぐにでもここから立ち去るべきだろうが……。

 一度、夜宵は後方を見やり、未だ腕の中に顔を埋める万丈を見て歯噛みしてから、もう一度戦兎に訴えかける。

 

「恋人が亡くなったばかりなのよ!? もう少しだけ待ってあげても――」

 

「そんな時間無いって言ってるんだ!!」

 

 不意に戦兎が振り返り、叫んだ。

 同時に、顕わになった彼の顔に、夜宵は思わず肩を跳ねさせた。

 

「分かってるだろ! このままここにいたって捕まるだけだって! そうなっちまうワケにはいかねぇんだ! 俺も、お前も! アイツも!!」

 

 怒鳴り付ける戦兎の、眉間にこれでもかと皺を寄せた、怒りと、苦渋に歪んだその顔は、彼と関係を持ち始めたこの3ヵ月で初めて見る顔だった。

 その、普段のマイペースで自意識過剰な彼からは想像も出来ない表情に、夜宵は完全に気圧されてしまった。

 そうして黙らざるを得なくなった彼女の様子を見て、ふぅ、と一つ溜息を吐いて落ち着いてから、戦兎がゆっくりと言葉を続ける。

 

「……分かったら、お前らも早く来い。とっととここから立ち去――」

 

 しかし、

 

「もういい」

 

夜宵とは別の声が、彼の言葉を再び中断する。

 声に引かれ、振り返った夜宵が見たのは――未だ腕の中に顔を埋め座ったままの、万丈。

 未だに顔を窺うことが出来無い姿勢のまま、震える万丈の声が再び聞こえてくる。

 

「もう、いいんだ」

 

「……何が、だよ?」

 

 顔を上げないまま、もう一度同じ言葉を重ねる万丈へ問い掛けながら、先程よりも更に速く、強い足取りで戦兎が夜宵の横を抜け、彼へと向かっていく。

 

「……もう……いいんだ……」

 

 万丈から紡がれる、再三の同じ台詞。

 それが放たれた時には、もう戦兎が彼のすぐ前に立っていた。

 そして、

 

「何がいいんだよ!!」

 

両腕を彼の方へ伸ばすやその胸倉を掴み、万丈を強引に立たせてその顔に怒鳴りつけていた。

 思わず、夜宵は彼らの方へ駆け寄りながら戦兎を呼び止めようとしたが、彼女の声に反応を返すことなく戦兎が更に怒鳴り続ける。

 

「いいわけねぇだろ! 今捕まったら、お前は殺人犯のままだ! それでいいのか!?」

 

「良くねぇよッ!!」

 

 夜宵が戦兎のすぐ斜め後ろまで辿り着くとほぼ同時のタイミングで、それまで俯けていた顔を上げて万丈が叫び返す。

 

「……けど、けど香澄は、もういねぇんだ。もう消えちまったんだ……」

 

 震える声でそう返す万丈の顔は、クシャクシャに歪んでいた。

 涙に濡れそぼった目で戦兎を見返し、逆に彼の襟を掴み返しながら、悲しみの感情が滲む声で万丈が訴える。

 

「アイツがいねぇのに、戻ってくるわけでもねぇのに、無実なんか証明して、一体、何になるってんだッ!? 今更んな事したって、もう意味なんか無ェじゃねぇかッ!!」

 

 そう叫び終わると共に、胸倉を掴んでいた戦兎の手を振り解いた万丈は、再びその場に座り込んで、

 

「……だから……もう、いいんだ……」

 

と呟いて、顔を俯かせる。

――それが、多分気に入らなかった。だから、言うべき事がやっと頭に浮かんだ。

 今の万丈がそう言い、そんな態度を取ったとしてもしょうがないと、頭では分かるのだが、心の方がそれを良しと出来なかったのだ。

 万丈の恋人の最後の言葉を思えば、こそ。

 だから、

 

「お前ッ……! それで彼女が喜ぶと――」

 

「意味ならあるよ」

 

 そんな彼にまだ何か言おうとしていた戦兎の横を抜け、万丈の前に移動するや彼を見下ろして、夜宵は告げた。

 

『ちょ、ちょっと夜宵ちゃん? 何やってますの? こんな(狼さん)なんかと話す事なんて――』

 

「あの人、最後にもう一度言ってたよね? 騙してごめんね、って」

 

 突然の彼女の行動と、男に近付くという行為への嫌悪感から咎めるメイジーの声を無視して、変わらず顔を俯けたままの万丈に、更に夜宵は語り掛けていく。

 

「きっとあの人、自分のせいで貴方が無実の罪を被る事になったんだって、最後の最後まで思ってたんだと思う。その事で、貴方に取返しの付かない事をしたって思ってたから、それで、最後にもう一度そう言ったんだと思うの」

 

 実際の所、万丈の恋人が今際の際に何を考えていたのかは正確には分からない。だから、結局のところこれは思い込みに過ぎないのかもしれない。

 ただ、最後に万丈に2度目の謝罪の言葉を述べていた彼女の姿が、とても他人事には思えなかった。

 2年前に沙也加を置き去りにして逃げた事に対する罪悪感を今でも心の内に抱えている身である、夜宵には。

 それに、男への恨みからこの世に留まり続けるどころか、フルボトルに封印されてしまっている赤ずきんの怨霊なんてものがすぐ傍にいるのだ。

 万丈の恋人にしても、何の未練も無くもう天国へ、というわけにもいかないだろう。

 

「もし貴方がまた捕まったら、きっとあの人はこれからも自分の事を責め続ける。だから――」

 

 それに、今となっては彼女自身も、万丈の事を疑う気持ちは殆ど無い。

 万丈の恋人が、最後に万丈に語った言葉もあっての事ではあるが、それとは別に、万丈自身がどういう人間かを、夜宵はその目で見たのだ。

 彼は、何度も夜宵と戦兎を止めようとした。

 生身のまま、自分よりもずっと強い力を持つ仮面ライダー達を。

 理性を無い怪物と化し、自分に襲い掛かろうとしていた恋人を守るために、必死に、体を張って、だ。

 そんな事が出来る人間が、人殺しだとは、夜宵には思えなかった。

 何の根拠も無い感情論と言ってしまえば勿論その程度のものではあったが、万丈と、彼を無実だと言った戦兎の判断を、取り合えず信じてみようとは思えた。

 

「一緒に証明しましょう。貴方が本当は無実なんだって、何もやってないんだって。せめて、あの人が安心して眠れるように」

 

 ――泣き腫らした顔で見上げた万丈に、右手を差し伸べようという気になったのだ。

 

「――そういう事だ」

 

 夜宵に続き、はぁ、と溜息を吐いてから一歩踏み出して彼女の隣に並び立った戦兎が、同じように自らの左手を万丈へと差し出す。

 その際、彼の方に目を遣った夜宵と目が合うや、お子ちゃまがいいトコ取りやがって、と聞こえるか聞こえないかの微妙な声量で文句を言いつつ。

 それに対して、肩を竦めて悪戯気な笑みを浮かべた夜宵に、ふっ、と笑い返してから、万丈の方に視線を戻して、戦兎が言葉を続ける。

 

「こんなトコで腐ってたって、彼女は喜びなんかしない。分かったら、いつまでもめそめそ泣いてんじゃないよ。ホラ、行くぞ。万丈」

 

「行きましょう。――万丈さん」

 

「……お前ら……」

 

 そうして眼前に並べられた二人の手と顔を、驚いたように丸くなった目で交互に見やった後、再び万丈が顔を下に向ける。

 そのまま、暫く黙りこくっていたかと思いや――僅かに見えていた彼の口元が食いしばるように寄ったのが見えた直後から――ブルブル、と体を震わせ出した万丈の両手が、やや乱暴に夜宵と戦兎の手を掴み取った。

 そして、それを目にするや夜宵は戦兎と顔を向け合い、どちらからともなく、もう一度笑みを浮かべ合ってから、共に万丈を引っ張り立たせたのであった。

 

 

 

 それから時は経ち、午後9時。星観家。

 既に食事と入浴を終え、パジャマに着替えた夜宵は右手のシャープペンを武器に、勉強机の上で開かれている教科書とノートを相手に勉強中なのだが、あまり状況は芳しくない。

 ここ数分程シャープペンがノートに何かを書き込む事は無く、彼女の手の中でクルクル、と回され弄ばれているだけで、当の夜宵自身も空いている左手で頬杖をつきながら、教科書やノートとは別の方向ばかりに目を遣っていた。

 教科書に書かれている内容が難解だから、というのが理由では無いと言い切ってしまえば嘘になってしまうが、それとは別に勉強に身が入らない理由があった。

 今日あった事――特に、万丈の恋人、小倉 香澄について、どうしても考えてしまう事があった。

 あの一件の後、nascitaへ戻る戦兎と万丈と別れ、夜宵は学校へと戻った。

結局、学校に辿り着いたのはその日の最後の授業である七時間目の開始を告げるチャイムが鳴ったのと同時だった。扉を開くや注がれる教師とクラスメートの奇異と叱責の視線の中を、背を丸めて羞恥に耐えつつも教室に戻り授業を受けた夜宵は、先の戦闘の疲労もあったので、そのままnascitaに寄らずに帰宅したのだった。

 そして今に至るのだが――ある程度時間を置いた今だからこそ、どうしても思ってしまうのだ。

 

『本当に、ああするしか小倉 香澄さんを助けられなかったのか? ――ですか?』

 

「……人の心読まないでくれる?」

 

『あら失礼。貴女があまりにも考え込んでいるものでしたから、言って上げたら少しは気が晴れるかと思って』

 

 机の隅に置いていたアップルフルボトル(メイジー)を、夜宵は睨み付ける。

 彼女から向けられた鋭い視線などどこ吹く風とばかりに、特に悪びれる様子も無くメイジーの一つ目がそっぽへ向けられる。

 面白くなかった。

 メイジーの態度が気に入らないのもそうだが、何より彼女の言葉は図星だった。

 

「……思ってるよ。もっと出来る事があったんじゃないか、って」

 

 それが、夜宵の正直な気持ちだった。

 もっと良い手はあったんじゃないか? 倒してしまう以外の手段はあったんじゃないか? ――既に過ぎ去ってしまった一件だからこそ、どうしてもそんな風に疑問や後悔が浮かんでしまう。

 実際に手を下した戦兎や、苦渋の思いで選択をした万丈の前ではとても言えた事ではない。彼らにその場を任せ、引き換えに任せられたとはいえ、ローグの足止めしか出来なかった自分にそんな事を言う資格が無いのは重々理解している。

 だが、それでもたらればの話をつい、考えてしまうのだ。

 ――いや、本質はそこじゃない。

 香澄の事そのものは、――そう言ってしまうことは彼女を侮辱しているようで悪く感じてしまうが――切欠でしかない。

 夜宵にとっての本題――考えてしまう“可能性”。

 

『小倉 香澄さんの事は私も思うところがありますわ。――でも、貴女が考えているのは彼女の事ばかりではありませんわね?』

 

「……」

 

『当てて差し上げましょう。貴女が考えているのは――沙也加ちゃんの事ですね?』

 

 メイジーの問い掛けに、今度は夜宵が目を伏せ、逸らす。

 これもまた、図星だった。

 夜宵と共に攫われた沙也加は、今、一体どうしているのか?

 夜宵が人体実験の被験者にされていたからには、彼女もまた同じ実験を受けていた可能性は高い。そこまでは、今までも何度か考えた事のある範疇だ。だからこそ、早く彼女を救い出したいと夜宵は願ってきた。仮面ライダーであれば、いつか彼女を必ず救い出せると考えていたのだ。

 だが、今回の香澄の一件で新たに判明した事実が、彼女のその思いの中に不安を生み出したのだ。

 

――体の弱い人間ならば、ガスを注入した時点で死に至る。スマッシュの成分を抜き取れば、魂と共に肉体も消滅する――

 

「聞いてみないとハッキリしないけど、多分、香澄さんって元々体が弱かったんだと思う。沙也加は違う。風邪も滅多に引かない、いつも元気な娘だった、けど……」

 

 夜宵が知る、特別病弱という事は無い健康体だった須藤 沙也加の姿は、あくまで2年前までの姿だ。

 今の、いや、あの誘拐事件が起きた日からの彼女が、体の状態を維持出来ていたかを夜宵が知る術は無い。

 もしも、どこかで沙也加が体を病み、その上で人体実験を受けさせられ、スマッシュへと変貌させられるような事態が起きていたとしたら……。

 

「……沙也加が香澄さんみたい事になってるなんて、考えたくも無い」

 

 沙也加の存在、彼女を自らの手で救い出す事が、夜宵が仮面ライダーでいる理由だ。

 その親友が、香澄のように、もはや救う事が叶わない状態に陥っているなど、その可能性を考えるだけで体が小刻みに震えてくる。

 しかし、今日の一件のその可能性があり得る事は既に証明されている。

 

「だけど、もしそんな事になってたら……」

 

 その事態に直面した時、果たして自分はどうなってしまうだろうか?

 万丈のように、せめて楽にしてやる決断が出来るか?

 戦兎のように、自らの手で親友を介作出来るか?

 それとも、今回の件のように直接手を下せず、誰かにそれをやらせるだけで終わるのか?

それとも……。

 次々に沸いて来る嫌な想像。それにズルズル、と引き込まれ、自分でも気づかない内に思考の坩堝に夜宵は囚われていく。

 

『――本当に、香澄さんは死ぬ必要があったんでしょうかね?』

 

 そこに告げられたメイジーのその言葉は、正に不意打ちだった。

 ハッ、と顔を上げた夜宵の双眸が、赤い一つ目と視線を交わし合う。

 メイジーの目は、何故か疑わし気に顰められていた。

 それで何となく気づいた。

 

「……何が言いたいの?」

 

 出だしの言葉こそ先程の夜宵と同じだが、その意味合いは幾分か違う。

 ――夜宵が思っていた事とは、矛先が違う、と。

 

『香澄さんが死ぬしかないと、そう言ったのはあのナイトローグとかいう蝙蝠男ですわ。その時点で、あの(狼さん)の言葉の信憑性を疑うべきだったかもしれない。それで結局奴の言葉が正しいとして――果たして、桐生 戦兎は本気でああするしかないと思ってたんでしょうかね?』

 

 やっぱり、だ。

 メイジーの言葉の矛先は、全ての元凶であるローグと――戦兎と万丈に向いている。

 

「そうに決まってるでしょ。もっと良い方法が、香澄さんを助けられる方法があったなら、戦兎さんは絶対そっちを取ってる」

 

『どうでしょうねぇ。万丈 龍我にはともかく、桐生 戦兎にとって香澄さんは今日会ったばかりの見ず知らずの女性ですわ。そんな相手を助ける方法を、果たして(狼さん)が必死に考えたりするでしょうか?』

 

 詰まる所、いつもの男嫌い(病気)だ。

 普段なら、溜息の一つでも吐きながら、呆れつつ流してやっているところだ。

 が、今回はそういかない。

 

「……戦兎さんが楽な方を取ったって、そう言いたいの?」

 

『ええ。少なくとも、私はそう思っていますわ。もっと言えば、万丈 龍我の方も』

 

 それを口に出すには、今は状況が悪すぎる。

 

『あんなに邪魔したくせに、いざ香澄さんが助からないと分かった途端、随分と簡単に諦めたものですわ。所詮、恋人と言っても、あの(狼さん)にとって香澄さんはその程度の価値しか無かった、ということでしょうね』

 

「本気で、そう思ってるの?」

 

『思ってます。夢のためと称して、語り合った愛を踏み躙って女性を地獄に突き落とす狼さんもいれば、女というだけで見下し、暴力を振るって思い通りにしようとする狼さんだっていますもの。――そういう狼さんは、()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 今は、香澄の一件があってすぐなのだ。

 ――苦渋に歪んだ戦兎の顔を目にし、恋人を喪った悲しみに濡れた万丈の顔を見たばかりなのだ。

 

「……ねぇ、そろそろ黙ってくれない? 今、そういうの聞きたい気分じゃないの」

 

『「私と出会わなければ、もっと幸せな人生があった筈なのに」――ですか。香澄さんが哀れでなりません。叶うなら、彼女に伝えて差し上げたいですわ。「それは貴女の方だ」――と』

 

「ねぇ。もう、いい加減にして」

 

 メイジーだって、二人のその姿を見ている筈なのだ。

なのに――。

 

『「貴女の命を実験動物(モルモットさん)程度にしか扱わなかった男と、真面目に命を救おうとしなかった男と、何より、恋人を名乗っている癖に、平気で見捨てられる程度にしか貴女の事を想っていなかった男と。そんなどうしようもない(狼さん)達に関わってしまった貴女こそ、もっと幸せな人生があった筈なのに」――って』

 

 ――何故、こんな事が言えるのか?

 

「いい加減にしてって言ってるでしょ!」

 

 募ったイラつきのままに、夜宵は立ち上がり、机に両手を叩き付けて怒鳴った。

 その際の衝撃でノートと教科書、傍に置いていた筆箱、そしてアップルフルボトル(メイジー)が夜宵の目線の辺りまで跳ね上がり、アップルフルボトル(メイジー)以外が全て床に落ちてしまったが、そんな事はどうでも良かった。

 悲鳴を上げて、横倒しで机に着地したアップルフルボトル(メイジー)をひん掴むや、眼前まで移動させ、更に怒鳴り付けようとして、

 

「夜宵ちゃん!? 夜宵ちゃんどうしたの!?」

 

しかし、直後に勢い良く開かれた出入り口から現れた夕昏へ驚きから、吐き出そうとしていた言葉を即座に飲み込まざるを得なかった。

 アップルフルボトル(メイジー)持った右手を背に回して見えないようにしつつ、慌てて夜宵の背後の母の方へと振り返る。

 

「お、お母さん? どうしたの突然?」

 

「夜宵ちゃんこそどうしたの、急に叫んだりして? お母さん、ビックリしちゃったわ」

 

「ああ、ゴメン。ちょっと勉強が進まなくて、イライラしちゃって……」

 

「そうなの? だったら、いいんだけど……」

 

 さもバツが悪そうに頭を掻いて苦笑を浮かべながら誤魔化す夜宵に、疑うような素振りこそないが、夕昏が不安げに眉を顰める。

 それでも納得はしてくれたらしく、

 

「お勉強が大変なのは分かるけど、お隣さんの迷惑になっちゃうから、あんまり騒いじゃ駄目よ」

 

「うん、分かってる。ごめんなさい」

 

「お勉強まだ続けるの? 長くなるんなら、お夜食作るけど」

 

「ううん、大丈夫。もう少しで終わらせようと思ってたから」

 

「そう? お勉強は大切だけど、あまり無理しちゃ駄目だからね」

 

最期にそれだけ会話を交わしてから、夕昏が部屋を出る。

 そして、閉じられた扉越しに彼女の足音が遠ざかったのを確認してから、ふぅ、と夜宵は溜息を吐き、背に隠していたアップルフルボトル(メイジー)を再び眼前へと移動させた。

 見れば、メイジーの一つ目も安堵したように細められている。

 

『危ない所でしたわ』

 

「ホントにね……」

 

 もう一度溜息を、ガクリ、肩を落として夜宵は脱力した。

 が、すぐに調子を整え、毅然とした目でメイジーを見つめ直す。

 

「あんただって見ていたでしょ? 全部終わって、戦兎さんや万丈さんがどんな顔してたか。それでも、あんたはさっき言った言葉を押し通すの?」

 

『男など、皆、己の薄汚い欲望を満たす事しか頭に無い獣に過ぎない。ちょっと葛藤したような顔をしたり、さも恋人が亡くなって慟哭を上げているような素振りを見せた程度で、私は騙されなどしませんわ。その程度で容易く騙されてしまっている貴女と違って、ね』

 

 それが純然たる事実である、とばかりにハッキリとそう言い切るメイジー。

 その赤い目から目を逸らし、再び夜宵は溜息を吐く。

 先程までのテンションのままならムキになって食い掛っていただろうが、直前の母の思わぬ乱入でいくらか頭が冷えているお蔭で、今はそれだけで済ませられた。

 だが、それでもこれだけは心中で呟かざるを得ない。

 

(やっぱり、契約が終わるまでの付き合いだわ)

 

 実のところ、今回のような意見の衝突は今に始まったところではない。

 そもそもが、男性に対して苦手意識こそあれど男嫌いという程でも無く、それどころか戦兎や石動、万丈のような一部の男に対しては心を開いている夜宵と、死んでなお怨霊としてこの世に留まり続ける程に男への強い憎しみを抱き続けているメイジーの組み合わせなのだ。三ヵ月というそれなりに長い期間を共に過ごすだけの繋がりを辛うじて維持していられるのも、仮面ライダーの存在と、二人の間で結ばれた“契約”があるからこそと言っていい。

 故に、夜宵が沙也加を救い出し、メイジーが自らの封印を解除するその時こそが、二人の縁の切れ目となる。――少なくとも、夜宵はそう思っている。

 

『まぁ、でも……そうですわね。先程の言葉は、流石に言い方に問題がありましたわね。謝りますわ』

 

 そう言って、すいませんでした、と目を伏せたメイジーが謝罪の言葉を述べるが、あくまで内容について訂正する気は無いらしい。

 そんな彼女をまともに相手する気が起きず、もういいわ、と適当な返事を返してからアップルフルボトル(メイジー)を机の上に置き、散らばった勉強用具を片付けるために夜宵はその場にしゃがみ込んだ。

 

『あと、これだけは言わせて下さい』

 

「今度は何?」

 

 何やら付け足そうとするメイジーの方を向かずに、散らばった筆箱の中身を拾い集めながら夜宵は問い返す。

 むしろこっちが本題だったんですが、と前置きをメイジーが述べる間も、彼女の手は休む事無く転がったペンや消しゴムを拾っていく。

 

『もしも、沙也加ちゃんが香澄さんのような事になってしまってたら――』

 

 言い出したメイジーの言葉が耳に入るや、定規を筆箱に押し込んでいた手が、ピクリ、と震えた。

 

『貴女、どうしますの?』

 

「……どう、って?」

 

『今回の香澄さんの件で万丈 龍我がやったように、桐生 戦兎辺りに全て任せますの?――(狼さん)達に言われるがまま、仮面ライダーになってまで探し続けたお友達の事を、諦めてしまいますの?』

 

「それは――」

 

 メイジーの方に振り返って夜宵は返答しようとしたが、しかし、言葉が出て来ない。

 彼女の問い掛けは、先程夜宵がしていた自問そのものであり、そしてその答えはまだ出せていない。

 香澄のように、もう死ぬしかないような状態で沙也加と再会した時、果たして自分はどうしているのか?

 泣く泣く万丈が決断したように、戦兎に彼女の介錯を頼むのか?

 あるいは、せめて親友として、この手で彼女を楽にするのか?

 それとも――。

 

「……」

 

 投げ掛けられた質問に答えが返せないまま、散らばった勉強用具を集める手も止めてしまった今、音を鳴らすものは部屋には存在しない。

 そうして、そのまま暫し、沈黙が部屋の中に立ち込める。

 ――机の横に掛けた鞄の中から突如鳴り出したビルドフォンの着信音によって、その沈黙が破られるまで。

 

『「っ!?」』

 

 突然の音に、心臓が飛び出してしまうかと思う程に驚いた夜宵は、慌てて鞄の中を弄り、ビルドフォンを取り出して画面を確認する。

 画面には、これまた見覚えのある電話番号が映っていた。

 確か、この番号は――。

 

「もしもし? 戦兎さん?」

 

<おう、俺だ。天ぇ才物理学者の桐生 戦兎だ>

 

 記憶を頼りにその名前を呼んでみれば、やはりというか、電話口から戦兎の声が返って来た。

 

<何だよ。まだ番号登録してないかもってマスターが言ってたから身構えてたのに、ちゃんと登録してんじゃねぇか>

 

「あー、えっと、まぁ……」

 

 本当はまだ番号の登録は済ませていないが、それを言うと面倒くさい事になりそうだと思った夜宵は適当に返事を返しておく。

 その横で、

 

『誰かと思えば……こんな遅くに何なんですの、あの(狼さん)。寿命が縮むかと思いましたわ!』

 

当に死んでいる身の怨霊がそんな風に文句を言っていた。

 

<まぁ、いいや。それはそれとして――。とんでもねぇ事が分かった>

 

 不意に、戦兎の口調が真剣なものに変わる。

 

「どうしたんですか?」

 

 彼につられ、少し緊張で口が強張るのを感じながら、夜宵は問い返す。

 

<昨日、万丈から聞いたろ? アイツがガスマスクの連中に人体実験をされる前に、アイツに薬を打ち込んで気を失わせた刑務官がいたって>

 

「ええ」

 

 確かに、昨日の夜事態の過程を確認する際に、万丈がそんな事を話していた。

 

<その刑務官が誰かを、紗羽さんが突き止めた>

 

「えっ、本当ですか!?」

 

 戦兎から伝えられた情報に、夜宵は思わず声を張り上げ、身を乗り出した。

 万丈の話を省みるなら、その刑務官は例のガスマスクの男達と繋がっている可能性が高い。その刑務官の情報が得られたという事は、つまり連中を追うための足掛かりを一つ得たという事だ。これを朗報と言わずして、何というのか。

 それにしても、と夜宵は思う。まさか、今一信用ならないと断じていた滝川が、関わって早々にこんな素晴らしい報せを持ってくるとは……!

 

<ああ。だけど、それだけじゃねぇんだ。――その刑務官の名前、鍋島 正弘(なべしま まさひろ)っていうらしい>

 

「ナベシマ? あれ? その名前――」

 

 口元に手を当て、夜宵は首を捻る。

 ごく最近、その名前を何処かで聞いた覚えがある。果たして、何処で――?

 

<覚えてるか? 香澄さんが最後に言っていた事。彼女を唆して、万丈を殺人現場へ誘導した奴がいる。ソイツの名前が――>

 

「――ナベシマ!」

 

 そうだ。

 戦兎の言う通り、確かにその名前は、香澄が今際の際に万丈に話したのと同じ名前だ。

 

「って事は、万丈さんが嵌められた事件と、万丈さんの脱獄って――」

 

 鍋島、という苗字はあまり多い苗字ではない。

 加えて、万丈と香澄の両方に、その名前を持つ男が深く関わっている。

 ここまで揃ったなら、偶然とは考えづらい。それぞれの件に関わった“鍋島”が別人という可能性もほぼ無いだろう。

 つまりは――。

 

<繋がっているって事だ>

 

 一年前に万丈が巻き込まれた殺人事件。

 そして、その後に起きた彼の拉致と人体実験、脱獄。

 この2件は繋がっている、一人の男をその接点として。

 鍵となるその男の名は――鍋島 正弘。

 




次回、仮面ライダーメイジー!


「鍋島! コイツが鍵を握っている事は、間違いない!」

「それが分かんねぇッつってんだよ!」


「それは、それって言うか……」

遂に見つけた鍵を握る男(キーマン)、鍋島!

その行方を知るのは――


「みーたんだよー!」


「マジかよ」

「……美空」


――まさかの美空!?


<ファウスト?>

「お前が言った、ガスマスクの連中だ」


暗躍する謎の組織――ファウスト!


「悪ィかよ、自分のためでよ?」

「悪いとは言わない。けど、そこが一番不安なんだ」


それは自分のためなのか?


「見返りを期待したら、それはもう正義とは言わねぇ」

『いいえ、違うわ。貴方達が正義を語る事それ自体が間違いだわ』


それとも正義のためなのか?

……そして、遂に……



「俺達、嵌められたかもしれねぇ」

『フフフフ……』


「……血まみれの……コブラ……」

……()が、現れる……。


第4話 正義のボーダーライン

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