後書きはビルド本編の予告イメージなので、Be the one流しながら読んでもらうとそれっぽくなるかも。
時と場所は移り、午後8時、東都 エリアP9。東都港 凪津埠頭の第四堤防 船着場。
かつては海外からの輸入品を運んだり、逆に国内からの輸出品を数多く積んだりした貨物船が何隻も出入りして賑わっていたのも遠い過去。
船や航空機に大きく影響を与えるスカイウォールの発生によって海外との交易に大きく制限が出来てしまった現在では、東都政府の認可を受けた一部の船が近海へ漁のためにか、あるいは北都や西都、極稀に海外との交易のために出航するに留まってしまった。
その港の一角に、彼らはいた。
「――って感じで、鍋島の家族を助けるために西都に行こうって話になったんです。そこまでは良かったんだけど――」
「どうやって西都に行くかって話になった。西都や北都への移動は政府の許可が必要になるからな。けど、取り締まりが厳しくなってきている今、政府はまず許可しない」
「そう。だから、政府の許可が無くても西都に行く方法が必要だったんです。そこで――」
「ひょっこり現れた紗羽さんが西都行きの密航船の宛てがあると分かって、ここに集合って事になった、と」
歩きながらここまでの事態の推移を確認し合っているのは、戦兎と夜宵だ。
戦兎はいつものベージュのトレンチコートに、ビルドのラビットタンクフォームを連想させる青と赤のスニーカー姿で、今回は夜風への対策に水色のマフラーを巻いて来ている。
片や夜宵の方は、話が決まった時点で一度帰宅しており、よく目にするブレザーとフレアスカートから、メイジーの装甲を連想させるピンクレッドのパーカーと太腿の半ばまでの丈の水色のショートパンツ。それに黒のニーソックスという姿に着替えて来ている。
そして、横に並びながら話し合う彼らから一歩引いた位置に、付いて来る影が一つ。
「――で、何でお前まで来てんだよ?」
一度足を止めた戦兎は、影の方へ振り替える。
パーマが掛かった白髪の
尋ねられた万丈が、あん、と伏せていた顔を上げて説明する。
「決まってんだろ。西都行って、鍋島の家族助けるためだ」
「態々そんなお婆ちゃんの変装してまでか?」
「お爺ちゃんだよ!」
「下手過ぎて分かんねぇし、どっちでもいいっつの」
はぁ、とどうでも良い事を怒鳴る万丈に呆れた戦兎は、もう一度夜宵の方に目を遣る。
見れば、彼女も呆れたように顰めた目を万丈に向けている。
「大変だったんですよ? 指名手配されてる事も忘れて一人で出て行こうとするし、私や美空を邪魔者扱いして鎖で縛ろうとするし。追加のドーナッツやバナナ見せても食い付かないし」
鍋島との連絡のすぐ後にあったらしい一悶着について語る夜宵の口調は、酷く疲れていた。
当時仕事でnascitaを離れていた戦兎はその現場に立ち会わなかったが、そんな彼女の様子を見るに、紗羽が現れるタイミングが少しでも遅れていたら相当危険な事態になっていた事は想像に難くない。
「良い時に来てくれたんだなぁ、紗羽さん。――にしても、どういう風の吹き回しだ?
再び万丈の方を振り向いた戦兎は、そこはかとなく皮肉を交えながら首を傾げて見せる。
果たしてそれが伝わったのかどうかは定かではないが、ともかく万丈が目を鋭くして答える。
「鍋島の家族助けりゃ、野郎は俺の無実を証明出来るようになんだ。追われてっからって、店ん中で大人しくなんてしてらんねェ!」
そこで一旦言葉を区切った万丈が、腰に回していた左手で懐を弄って何かを取り出した。
万丈が左手の中に握り込んだ
そんな事気にも留めないように、当の彼は真剣な眼差しで見つめ下ろしながら、意気込むように言葉の続きを絞り出す。
「絶対ェ俺が助け出して、証言させてやんだッ……!」
力むあまりか、万丈の左手が小刻みに震え、手の中の
ネイビーブルーのトランジェルソリッドが覗く容器部の表面に正面から見た龍の顔の凹凸模様があしらわれた、“ドラゴンフルボトル”が。
そのボトルを目にした戦兎もまた、一昨日の事を思い起して目を細めていた。
「……戦兎さん、あのボトルって……?」
「ああ。――香澄さんから抽出した成分から出来たボトルだ」
真剣な面持ちで押し黙った万丈を気遣ってか、そっと傍に寄って来た夜宵が声を押し殺して尋ねて来る。
それに、同じように声を落として頷き返しながら、そういえば、とドラゴンフルボトルの生成の場に夜宵が居なかった事を戦兎は思い出す。
「香澄さんの形見みたいなもんだからな。コイツに持たせとくのが良いと思ってな」
「そうだったんだ……」
そう返す夜宵の声は、消え入りそうな程に微かだった。
ドラゴンフルボトルを、それを持つ万丈の姿を見つめる物憂げな目が、香澄の一件について彼女もまた思うところがある事を語っていた。
そうして、誰も動かず喋らず、暫し重たい沈黙が一同の間に流れる。
そこから最初に抜け出したのは、それはそうと、と再び歩き出しながら切り出した戦兎であった。
「お前、明日と明後日、学校休みだよな? お前も一緒に西都に――」
「無理です」
明日から丁度土日だ。なら、夜宵の高校も休みである可能性が高い。
そう踏みながら、一歩遅れて歩き直した夜宵に確認しようとしたところ、バッサリ、とした否定の言葉が即座に返って来た。
えー、何でー、と不満げに唸って見せれば、ジト目を向ける彼女からこう返ってきた。
「そりゃ休みだけど、鍋島の家族を助けるまで帰れないんでしょ? 明日明後日で済むか分からないじゃないですか? それに――」
「それにー?」
「……あんまり長い間居なくなると、お母さんが心配するし」
顔を俯け、トーンを落とした声でそう締め括る夜宵の言葉に気づかされ、あー、と声を上げて戦兎は天を仰いだ。
「あのお袋さんかー……」
忘れていた、夜宵の母親の事を。
彼女の母親――星観 夕昏とは一度だけ、ほんの僅かな間だけだったが、過去のとある一件から戦兎も面識がある。
穏やかで若々しい美人だが、どこか不安定さを感じる女性、というのがその時の戦兎の印象だ。
当時、とある理由から夜宵との連絡が付かなくなっていたため、それ故の心配もあってかとも思っていたのだが、後から夜宵から聞いた話では、元々彼女の母親はそういう面があったらしい。更には加えれば、二年前の事件からは長い間娘と離れ離れになった影響からか、彼女のそういう面は以前にも増して強くなっているとも。
そんな夜宵の母親の事を考えれば、確かに夜宵を西都に行かせるのは難しいか。
「ていうか、そういう戦兎さんはどうなんですか? 学校も仕事も無いでしょ、私と違って」
「いやいや、俺も無理だし。
「いや、ビルドは居なくて
「それに、学校は無いけど、仕事はあるし」
「はい?」
イヤイヤ、と顔の前に上げた手を左右に振って言うや、夜宵が胡乱気な目を向けて来る。
「仕事はある、って今言いました?」
「言ったけど?」
「働いてんの!?」
ギョッ、と目を見開いて立ち止まった夜宵が叫ぶ。
どうやら、今の今まで戦兎が職に就いた事を知らなかったらしい。
が、それはそれとして、まるでこの世の終わりでも目撃したかのようなその大仰なリアクションは何なのか。
逆に驚かされつつも問い質した戦兎に対し、彼女がこう答える。
「だって! アンタ、一日中変な物作ってるか、偶にビルドやるかのどっちかじゃない! いい歳こいたオジサンの癖に自称天才だし!」
「おまっ、人の発明を捕まえて変な物って何だよ! まるでニートみたいに言いやがって! てか、いい歳こいたオジサンって何よ!? お前と10くらいしか違わねぇよ、
「お兄さんって……10も違ったらもうオジサンじゃない」
「言いやがったな、このお子ちゃま……!」
流石に夜宵の言い分が気に入らず、戦兎も一度立ち止まり、ややヒートアップしながら反論する。
そして、すかさず返って来る冷めた指摘。
それを売り言葉に、ムッ、と来た戦兎は更に買い言葉を連ねようとしたが、
「お前ら、下んねェ事で止まってんじゃねェよ!」
そんな二人の間に割り込んで来た万丈からの思わぬ叱責が飛んで来た。
止むを得ず、吐き出そうとしていた言葉を渋々押し止める戦兎と夜宵。
その間を、オラ行くぞ、と杖を突いた老人スタイルのまま、早歩きで万丈が抜けていく。
その後ろ姿を面白く無く思い、口を尖らせて戦兎は呟く。
「最っ悪だ、筋肉バカに正論言われるとか。お前のせいだぞ、お子ちゃま」
「そっちもでしょうが、オジサン」
横目に睨みつつ夜宵が返す。
そうして、並んで歩く二人の間で睨み合いが始まり出す。
そのまま進めば、程無くして再びの言い争いに発展するところであったが、つーかよォ、と不意に万丈が戦兎と夜宵の方に振り返った事で、その事態は未然に防がれる。
そんな二人の間の出来事など知る由も無い万丈が、構わず疑問を戦兎と夜宵にぶつけて来る。
「何でお前らまで行くだの行かねェだのの話になってんだ? 要らねェよ、俺だけで十分だ」
「だって不安なんだもん。お前、バカだし」
「んだとコラァッ!?」
問われて早々に返した答えに、憤慨した万丈が足を止めて詰め寄ってくるが――仕方ない。実際に戦兎としては不安なのだから。
万丈の知能レベルの話はこの際置いておくとしても、そもそも鍋島の家族はファウストに囚われているという話だ。鍋島から齎されたその情報にせよ、これから西都へと向かう事にせよ、いずれもこちらから鍋島へと掛けた電話が発端なのだから、ファウストの側としては知る由も無い事の筈だが、だからといってあちらが見張りの類を置いていないとは限らない。
流石にスマッシュが出て来るような事は無いだろうが、例え万丈一人でも対応できるガーディアンでも集団で来られればどうしようも無くなってしまう。だから戦兎か夜宵が同行できれば良かったのだが、結果は既に知っての通り。
そして、それとは別に不安を抱く理由がもう一点。
「それに、だ。お前、
「それが何だよ? 悪ィかよ、自分のためでよ?」
「悪いとは言わない。けど、そこが一番不安なんだ」
そう、この点だ。
言い換えれば、万丈のその理由は、
「今のお前は、
見返りが無ければ、あるいは得られないと分かれば、鍋島の家族を救いになど行かない、と言っているようなものだったから。
「……何だそりゃ?」
戦兎の言葉が上手く噛み砕けなかったのか、一拍間を置いてから万丈が問い返してくる。
それに応答しようと戦兎は口を開き掛けるが、丁度その時だった。
「戦兎くーん! 万丈ー! 夜宵ちゃーん!」
彼ら三人の会話と、海が微かに波打つ音しか聞こえない静かな港の中で、その声は良く響いた。
三人同時に声のした方を振り返ってみれば、彼らの進行方向から手を振りながら現れた影が一つ。
紗羽だった。
「もー、皆遅いよー! 時間になっても全然姿見せないんだから!」
三人の傍まで駆け寄るや、開口一番に文句を言う紗羽。
今回の密航について、ツテがある紗羽は先に港に向かっており、後から来る戦兎達が密航船と話を付け終った彼女とその場で合流出来るよう、大体の時間を指定して集合する手筈になっていた。
が、言われて取り出したビルドフォンの液晶を見てみれば、表示されている時刻は予定の時間をもう30分も過ぎていた。
先程までの問答で時間を潰し過ぎたのか。ともかく、これでは紗羽もご立腹で当然だった。
「あー、ゴメンゴメン。ちょっと色々あって」
半目で睨んでくる紗羽に両の掌を向けて平謝りした戦兎は、次いで振り返って万丈と夜宵にも彼女に謝るように促す。
それに対し、万丈の方はすぐ戦兎と同じような平謝りをして見せたが、夜宵の方は苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべ、一拍間を置いてから、ごめんなさい、と聞こえるか聞こえないか微妙な声量で呟くだけだった。
そんな彼女の態度に引っ掛かりを覚えた戦兎は眉根を寄せ、やり直すように要求しようか逡巡したが、その前に、ともかく、と紗羽の仕切り直そうとする声にその思考は遮られる。
「もう話は付けてあるから。船頭さんも待たせてるし、早く行こう」
そう言いつつ踵を返した紗羽が速足で先へ行こうとするので、慌てて戦兎達もその後を追おうとする。
が、それは適わなかった。
何故なら、まるで彼らが合流するタイミングを見計らっていたかのように、現れたからだ。
「キャアッ!」
先頭を進んでいた紗羽のすぐ目の前の地面で弾ける火花と白煙。
それを皮切りに、闇に覆われた横道や積み重なったコンテナの影、その他あらゆる場所からぞろぞろと現れては戦兎達に向かってくる幾つかの影が。
小銃を携えて向かってくるガーディアンの群れが。
『何事ですの!?』
「敵! いっぱい出てきた!」
騒然とし出した周囲の状況を察知したのか、メイジーの慌てたような叫びが聞こえる。
パーカーのポケットに入っているために周囲の状況までは分からない彼女に簡潔に返しつつ、すぐさまメイジーシザースを取り出しナイフ&ピストルモードに分離した夜宵は、ガチャガチャ、と金属音の混じった足音を立てて向かって来るガーディアン達へと構えようとする。
が、その段になって、ふと彼女は迷う。
『どうしましたの夜宵ちゃん? 敵ならこちらも攻撃しないと』
「いやアレ……」
『うん?』
「撃っていいの?」
夜宵がガーディアンを目にするのは今回が初めてだ。当然、戦闘も今回が初めてで、故にこう考えてしまうのだ。――東都政府お抱えの特殊部隊で運用されている、れっきとした政府の所有物であるあれを、果たして破壊して良いのか?
あのガーディアン達が現れた理由が何であるかを考えた時、真っ先に思いつくのは万丈の捕縛だ。そして、今は変身していないためこちらへのマークは薄いだろうが、彼女や戦兎も仮面ライダーとして指名手配されてはいる。応戦しない訳にも勿論いかないが、それはそれとして別に政府と敵対している訳では無い。遠慮なく破壊してしまうのは色々とマズくはないか?
そんな思考が過ったがために手を止めてしまった、その僅かな間の内に距離を詰めたガーディアンの一体が備えられた銃剣で切り掛かろうと小銃を振り被っていた。
その事に一拍遅れて気づいた夜宵は、それを防ぐために右手のナイフ側を頭上に翳して銃剣の一撃を防ごうとする。
が、ナイフ側と銃剣の刃が接触するかと思われたその時、不意に飛び込んで来た幾つかの光弾によって小銃を振り上げていたガーディアンが撃ち抜かれ、後方へと吹き飛んだ。
咄嗟に、光弾が飛んで来た背後――そこにいる筈の戦兎の方へと夜宵は振り返る。
見れば、彼は右手に
細い銃口が並んで円環を作る黒鉄色の銃身に、リンクベルトが丸まったような
「何とかガトリンガー!」
「“ホークガトリンガー”だ!」
美空から聞いた話を思い出して夜宵が口にした名前を、声を張り上げて戦兎が訂正する。
「見ろよこのボディ! ガトリングの無骨さと鷹の優雅さが合わさったこのベストマッチな色合い! そしてぇ――」
昂る声で“ホークガトリンガー”の銃身を撫でて自賛していた戦兎が、不意にそれを持った右手を左肩の上に勢い良く持っていく。
振り被るようなその動作に嫌な予感を感じた夜宵は、咄嗟に頭を押さえてその場でしゃがんだ。
すかさず頭上で弾ける激しい銃火。連続で鳴り響く爆音と、スパーク染みた光の瞬き。
程無くして、数体のガーディアンが火花を噴きながら倒れる音が聞こえて、夜宵は背後を見やった。
「この威力!」
「ちょっと!」
銃口から僅かに白煙を燻らせるホークガトリンガーに、兎の耳の様に髪を一束撥ね上げさせた彼特有の喜び表現を見せ付けながら自賛の続きを叫ぶ戦兎に、危ないじゃない、とすぐさま立ち上がった夜宵は文句を言おうとする。
が、その途中で視界の端に、
「きゃああ!」
持っていた鞄を掲げて、小銃を振り被るガーディアンから身を守ろうとしている滝川の姿を捉えた彼女は、反射的にピストル側を構え、引き金を引いた。
瞬時に銃口を飛び出た光弾が、過たずガーディアンの側頭部を撃ち抜き、速やかにその機能を停止させる。
その様を目にしてから一拍置いて、あ、と夜宵は間の抜けた声を洩らす。
「……やっちゃった……」
ありがとー、と慌てて駆け寄って来る滝川など目に入れる余裕も無く、壊しちゃった、と夜宵は呆然とし掛けるが、間髪入れず傍で響き渡る連発音に、ハッ、と引かれるままに振り返る。
見れば、戦兎が先程のようにホークガトリンガーを連射し、夜宵達から少し離れたところで白髪のカツラがいつの間にか消えた万丈が――気のせいか、打ち付ける度に蒼い火の粉が散っているように見える――拳一つで応戦していた数体のガーディアンを撃退していた。
あっという間に機能を停止させるガーディアン達に驚きつつもこちらに振り向く万丈と、そして夜宵の方を交互に見やってから、跳ね上がった髪をそのままに戦兎が勝ち誇った笑みを浮かべる。
「どうよ! スゴいでしょ! 最っ高で――」
「何すんだテメェ!?」
再び自賛を始め出す戦兎へ、すかさず怒りに顔を歪めた万丈が足を踏み鳴らして駆け寄ってくる。
同時に、水を差されたように眉を顰める戦兎の跳ね上がっていた髪が萎えたように垂れ下がる。
「イキナリ撃ってんじゃねェよ! 危ねェだろが!!」
「別にいいだろ、当ててないし。つーか、撃つ前に、伏せろ、って言ったぞ俺?」
「聞こえなかったぞッ!」
「じゃあ俺じゃなくてお前の耳が悪いんだろ、人のせいにすんじゃないよバーカ」
「ア゛ア゛ッ!?」
「二人共! 今は喧嘩してる場合じゃ――」
小馬鹿にしたような溜息を吐く戦兎に、それを受けて眉間の皺を更に深くする万丈。
そのまま、放って置けば喧嘩を始めかねない有様と化していく男二人を慌てて夜宵は宥めようとするが、そのために彼らへ向けた視界が奥から駆け込んで来る増援のガーディアン3体を捉える。
次の瞬間、夜宵は、
(何か、バカみたいだったなぁ……)
咄嗟の行動とはいえ先程ガーディアンをその手で破壊した事や、自分と違って何の躊躇も無くホークガトリンガーを振り回して撃破していた戦兎の姿を思い出して馬鹿らしくなってしまいながら――躊躇無くメイジーシザースのナイフ側を投げ、ピストル側を構えて引き金を引いた。
程無くして、回転しながら呆れた顔をしていた戦兎の鼻先を掠めたナイフ側が増援の先頭に立つガーディアンの首を撥ね、怒りに目を見開いていた万丈の眼前を通り過ぎたピストル側の光弾2発が吸い込まれるように後続2体の胸部と脳天に風穴を開けた。
そのまま、一時的にパーカーから取り出して撹拌した
「「何すんだよ(しやがんだ)!?
「言ってる場合じゃないでしょ! ああ、ホラ! まだ来る!!」
さっきまで口論し合っていたのが一転、同時に叱責を飛ばして来る同調ぶりを見せる二人の向こう側から、更に数体のガーディアンが駆けて来るのが見えた夜宵は、怒鳴り返しつつ
放たれた光弾が迫って来る機械人形達を射抜いた端から停止させていく。
更に、彼女に遅れて戦兎もホークガトリンガーを構え乱射するが、今度の一団は先程よりも数が多いらしく、二人分の弾幕を持ってしても後続が途切れる気配は無い。
更に悪い事に、視界の左側からも別のガーディアンの群れが突撃しているのを夜宵は見つけてしまう。
正面の一団すら先頭を二人掛かりでその場に押し留めるので精一杯の状況だ。対処し切れない。
(だからって……!)
されとて、そちらを無視する訳にもいかない。
正面の一団を見据えつつ、夜宵は逡巡する。
そして、ここはホークガトリンガーの性能に期待するしかない、と正面を戦兎に任せ、自身は左側を対処する事を決心した彼女は、ナイフ側を再び投擲するために掲げつつ、戦兎にその事を告げようとした。
「戦兎さん、そっちお願――」
「万丈!!」
が、その矢先に不意に戦兎が振り返り、叫びつつ懐から取り出した何かを万丈に投げ渡した。
慌てて受け止めた万丈の手元に危なげなく収まったそれを、視線を引き寄せられるまま目にして、夜宵はハッ、とした。
そこにあったのが、ガンモードに組み替えられたドリルクラッシャーだったからで、鈍い銀色のドリルが突き刺さったようなその銃で、万丈にも援護させるつもりだと思ったからだ。
実際、万丈当人もそう思ったのだろう。自分が受け取ったものが何であるか認識した彼は、すぐさまそれを構えようとする。
しかし、続けて告げられた戦兎の言葉が、それが間違いであると二人に告げる。
「それ持ってけ!」
「何?」
「とっとと行けって言ってんだよ!」
「「ハァッ!?」」
口を突いて出た万丈の驚愕の声が、ほぼ同じタイミングで放たれた夜宵の声と重なって響く。
武器を投げ渡されたものだから、てっきり、お前も攻撃に参加しろ、という事かと思った。その矢先に告げられたのは、まさかの逃走の指示である。驚くな、というのが無理な話だった。
「お前っ、何言ってんだ!?」
当然ながら、すぐさま万丈は戦兎に噛み付いたし、夜宵もガーディアンへの応戦を続けつつも、困惑の目を彼へと向けている。
それに対し、やはりガーディアンの一団へとホークガトリンガーの瞬くような火箭を放ち続けながら、戦兎がこう返してくる。
「西都行く気あんだろ? お前だけに任せんの本っ当に不安でしょうがないけど、仕方ねぇ。俺とお子ちゃまでここ押えといてやるから、お前は紗羽さんと一緒に先に行け!」
「待てよ! お前らはどうすんだよッ!?」
「適当なトコで切り上げるよ! どうせコイツらの狙いはお前だ! お前がいなくなれば、その内コイツらも居なくなる!」
言われて、漸く万丈は気付く。
何故このガーディアン達が湧いて出て来たか気にも留めなかったが、確かに指名手配されている自分が目的と考えた方がすんなり来る。なら、その自分が消えれば戦兎の言う通り、ガーディアン達の勢いも途切れるかもしれない。
であれば、すぐにでもこの場を離れて西都行きの船へ向かうべきだ。
「――分かった!」
それでも少しだけ戦兎と夜宵をこの場に置いていく事を戸惑った万丈であったが、すぐにそれだけ返事を返して、後ろに控えていた紗羽の方へと振り返る。
が、そうした途端に、ちょっと待て、と戦兎が呼び止めて来る。
「アン!? んだよ!?」
行く決心をした傍からの呼び止めに若干苛立ちを感じつつも、万丈はもう一度戦兎の方を振り返って――自分を見つめ返す彼の双眸に体を硬直させた。
「お前に言っておく事がある」
そう告げる戦兎の眼差しは、異様なまでに真剣で、射抜くような鋭さがあった。
その視線に思わずたじろぐ万丈へ、彼の口が続きを紡ぐ。
「クシャっとなるんだよ、俺の顔」
「――は?」
「誰かの力になれたら、心の底から嬉しくなってな。マスクの下で見えねぇけど」
――急に何言ってんだコイツ?
唐突な戦兎の言葉に、万丈は困惑する。その困惑のまま、何も返せないでいる彼の内心を知ってか知らないでか、ともかく戦兎が真剣な面持ちを崩さぬまま、こう締め括った。
「見返りを期待したら、それはもう正義とは言わねぇ」
そうして、そんだけだ、と最後に付け加えて微笑みを浮かべたかと思えば、すぐさまガーディアンの一団へと向きを戻して、何事も無かったかのように戦兎は応戦を再開する。
そんな彼に、更に万丈は困惑を強めて立ち尽くしていたが、
「ホラ、ボサッとすんな! さっさと行きなさいよバカ!」
「……! 誰がバカだッ!」
空いている手を振って追い払おうとする戦兎に我に返り、呼び掛けていた紗羽に引っ張られるままに、右手でグリップを握っていたドリルクラッシャーを仕舞いつつ、すぐさまその場から駆け出した。
「土壇場でワケ分かんねェ事言いやがって……!」
そう毒づきつつも、戦兎の言葉に言い知れようの無い引っ掛かりを覚えながら。
『見返りを期待したら、正義では無い……?』
夜宵のパーカーのポケットに収まったままだったメイジーは、外から聞こえてきたその言葉を、不快さを滲ませて反復する。
普段なら
が、今回は少し違う。
無視出来なかった。
『いいえ、違うわ』
見返りの有無なんかが正義を決めるんじゃない。
そんなものは思い上がりだ。傲慢で、卑劣で、残酷で、身勝手で、己の欲のために平気で人を踏み躙り、奪い、裏切れる
例外なんて無い。
『貴方達が正義を語る事それ自体が間違いだわ。だって、
憎々しさを込めて、絞り出すようにメイジーは呟く。
まともな肉体が彼女に残っていたならば、きっと彼女は歯ぎしりをしていただろう。
見返りを求めたら正義ではない、とハッキリ言ってのけた桐生 戦兎への――いや、
否定と、憎しみと、恨みと、憎悪と、殺意と、そして――。
『この世に男という生き物が存在する事が、既に間違っているのだから……!』
――妬みを込めて。
(見返りを求めたら正義じゃない――か)
左側から迫るガーディアンの群れへメイジーシザースのピストル側を撃ちつつも、見る見る内に小さくなって奥の闇の中へ消えていく万丈と滝川の後ろ姿を見送った夜宵は、ふぅ、と溜息を吐く。
先の戦兎の言葉を否定する気は無い。むしろ、彼の考える正義の在り方については、どちらかといえば同意だ。
だからこそ、自分が仮面ライダーとして戦う理由は正義とは言えない。
nascitaの面々との協力関係も、そうする事で仮面ライダーを続けられるという見返りが存在するからという面もあるし、沙也加を助けるためという自身が戦う理由も、詰まり
だからこそ、自分の戦う理由に正義は無い。
時折戦兎が堂々と胸を張って宣言するように、自らを正義のヒーローと称する資格は無いし、そうするつもりも無い。――そう、夜宵自身は思っている。
そんな事を思い直している内に少しばかり気分が沈んで来たので、気を取り直すために夜宵は敢えて大仰に声を張り上げ、戦兎に叫び掛けた。
「アイツらの狙い、万丈さんなんですよね!?」
「多分な!」
「じゃあ、私達がこうしてるのもあと少しって事ですよね!?」
「それも多分――」
そう返す途中で、不意に何かに気付いたように戦兎が目を見開き、連射を止めたホークガトリンガーの銃身を眼前で立てた。
何処からともなく異形が現れたのは、その刹那の事だった。
「戦兎さん!」
咄嗟に振り返る夜宵の目の先で、紫色の残像を尾に引いて戦兎の眼前へと急接近した異形が、両腕に握った両刃剣を彼目掛け振り下ろす。
その一撃を戦兎はホークガトリンガーの銃身で受け止めたが、その勢いまでは殺し切れず、後方へ吹き飛ばされてしまう。
どうにか倒れ込む事までは防いで態勢を立て直そうとする戦兎を横目に見つつ、すぐさま夜宵は異形へとピストル側の銃口を向ける。
が、そのまま引き金を引こうとしたところ、不意に嫌な予感が電流の様に体に走るのを夜宵は感じ、ピストル側共々異形へと向けていた視線を反射的に正面へと引き戻した。
つい先程までは無かった筈の黄色い正方形の枠組みのようなものがすぐ間近に現れ、その中から別の異形が飛び出して来たのは、その直後の事だった。
先程戦兎の側に現れた方の異形とは違う、残像一つ捉えられなかった完全な不意打ち。振り上げられた剣状の右腕を前に、考える間も無く、夜宵はナイフ側を頭上に掲げる。
果たして、無意識下で行った彼女のその防御行為は功を為し、振り下ろされた刃に無惨に引き裂かれる事自体は避けられた。
が、その勢いまでは殺し切れず弾き飛ばされ、すぐ後方の地面へと夜宵は転がされてしまう。
「くっ!」
すぐさま夜宵はその場で片膝立の態勢になり、自らに襲い掛かって来た異形へとピストル側を向け直そうとする。
が、同時に聞こえてきた金属音の連鎖にハッ、とし、異形の左側へと夜宵は視界を巡らせる。
音の正体は、先程まで応戦していたガーディアンの一団だった。
突然の2体の異形の襲撃で対応が疎かになっていたその一団が、異形を避けられる位置へ移動し、各々が手にしていた小銃の銃口が一斉に夜宵へと向ける音だったのだ。
(マズい!)
慌てて夜宵は立ち上がり、その場から飛び退く。
間髪入れず、先程まで彼女がいた地面の上で無数の銃弾と、それに砕かれて打ち上げられたコンクリートの欠片が跳ね上がる。その様を見て、一歩遅れていれば自分がどうなっていたかを嫌でも察する事となった夜宵はぞっとした。
そして、まだ安堵する時では無い。
豪雨のような射撃が一旦終わったかと思えば、すぐにその照準が今の自分の位置へと修正されるのを目にした夜宵は、急いでピストル側をガーディアン達へ乱射しつつ、その場から駆け出す。
「夜宵、こっちだ!」
ホークガトリンガーによる牽制で彼女のサポートをしてくれている戦兎の方目掛けて。
程無くして、彼の左隣に夜宵は辿り着く。
それを待っていたかのように、戦兎がガーディアン達と異形達の方へと向けていたホークガトリンガーの銃身を、斜め下へと傾けるのが見えた。
次の瞬間、敵からその足元へと進行先が移動したオレンジの光弾の群れがコンクリートの地面を盛大に砕き、舞い上がった破片や砂埃が即席の煙幕となった。
それによって夜宵と戦兎の姿が遮られたためか、ガーディアン達が銃撃を行う気配が無くなり、彼らを探しているかのように首を振り回す二体の異形の影が砂埃越しに投影される。
これで、多少だが時間を稼げる。
ふぅ、と胸を撫で下ろす夜宵。その横で、
「こうなっちまったら仕方ねぇ」
戦兎が空いていた左手でビルドドライバーを取り出し、自らの腰元に装着した。
「ガーディアンだけならまだしも、スマッシュまで出て来ちまったんなら――」
「――放っとく訳にはいかない、っていうんでしょ?」
ホークガトリンガーを一旦しまいつつそういう戦兎に、自らもメイジーシザースを仕舞いつつ夜宵は深い溜息を吐く。
ガーディアンだけならば頃合いを見て離脱する事も可能だったが、あの異形達――スマッシュまで出て来てしまった以上はそういう訳にもいかない。
現れた以上は、仮面ライダーとして対処しなければならない。
「そういう事だ」
トレンチコートのポケットから二本のボトル――右手にオレンジ色のタカフルボトル、左手に黒鉄色のガトリングフルボトルを取り出して上下に振り始める戦兎に息を吐きつつ、夜宵もまたパーカーのポケットからビルドドライバーと
「いくよ、メイジー」
『……ん? ああ、変身しますの?』
ドライバーを身に着けつつ声を掛けたメイジーが、何か考え事でもしていたかのように覚束ない返事を返してくる。
そんな彼女に一抹の不安を覚えつつもそれを無視し、左手に持った
<Contraction!>
<
同じくタイミングでボトルのセットを終えたのか、夜宵と戦兎のドライバーが同時に電子ガイダンスを上げる。
そのまま、流れるようにボルテックレバーを回転させ始めた夜宵は、視界の先に展開していた砂埃の煙幕が大分薄まって来ている事にふと気づく。
それによって、周囲に展開していたガーディアン達や先程のスマッシュ達――細長く上に伸びた頭部と両肩に、両手に持つ直剣が特徴的な紫色のスマッシュと、巨大な立方体状の頭部と、剣状に変化した右腕を併せ持つ黄色いスマッシュ――が見失っていた夜宵と戦兎を発見したような素振りを見せる。
すぐさまガーディアン達の銃口を一斉にこちらに向き、紫色のスマッシュが先程同様に自身の体色と同色の残像を伴って戦兎の方へ向かい、黄色のスマッシュが何も無い空間を右腕で斬り付けるや、何処からともなくその頭より一回り小さい立方体が出現する。
しかし、今度はこちらの方が早い。
<<Are you Ready?>>
隙間なく並べられた小銃が一斉に火を噴き、躍り掛かった紫色のスマッシュが腰溜めに構えていた両手の剣で戦兎を✕の字に切り裂こうとする。更に黄色のスマッシュが夜宵目掛けて傍らに現れた立方体を剣の右腕の一薙ぎを持って猛スピードで飛ばして来る。
しかし、既に二人の周囲にはプラモデルの
飛来した弾丸と立方体は彼女達を蜂の巣にする事無く火花を上げて消失し、戦兎に迫っていた二振りの刃は、その持ち主ごと甲高いスパーク音を立てて弾き飛ばされる結果に終わる。
そして、その様子を形成されたピンクレッドのハーフボディ越しに落ち着いて眺めていた夜宵は半開きにした右手を口元へ運び、右隣りでオレンジ色と黒鉄色のハーフボディの間で腰を屈めたファイティングポーズを取る戦兎と共に、高らかに宣言した。
「「変身!」」
右腕を勢い良く振り下ろすと共に、高速で前後から迫るスナップライドビルダー。
その中央に形成されたピンクレッドのハーフボディに挟み込まれた事で一瞬闇に染まった視界が、ハーフボディが組み合わさるけたたましい音と蒸気が吹き上がる音の後、すぐに先程までよりも鮮明な像を結ぶ。
<Contraction Apple Maisie,Start The First Trial!>
<
<<Year!!>>
プロレスの選手入場染みた2台のビルドドライバーの電子ガイダンスに告げられるまま、仮面ライダーメイジーへと変身した夜宵と、初めて見るメタリックオレンジと黒鉄色のビルドへと変身した戦兎がその場に並び立った。
「――成程。ホークガトリング、ね」
翼を広げ大空を舞う鷲を模したオレンジメッキの複眼を仮面の左に、発射口が三角形に三つ並んだ銃身を正面に向ける黒鉄色のガトリング銃の複眼を右に備えた新たなベストマッチ――仮面ライダービルド ホークガトリングフォームへと変身を完了した戦兎は、手首を回したり、掲げた己の腕や背の翼を興味深げに眺めたりしながら、初めて変身した新しいベストマッチフォームの感触や能力を確かめる。
そうして一通り確認を終えた彼は、続いて鷲が両翼を大きく広げる様をイメージしつつ、背に力を込める。
そのイメージのままに、彼の背のオレンジメッキの翼が大きく広がった。
“ソレスタルウィング”。
タカフルボトルの成分から作り上げられ仮面の右側、右腕、左足を覆うタカハーフボディの一部であるその一対の翼が、本物の鷲のそれの如き柔軟さを以て、バサリ、と羽ばたく。
それによって、あっという間に地上4m程の高さまで浮き上がった自らの体に襲い掛かって来た地に足が着かない故の違和感に、おっとと、と僅かに声を漏らしつつ、戦兎は地上を見下ろした。
「飛んだ!?」
下で、夜宵がこちらを見上げ、驚きの声を上げている。
そのせいで隙を見せてしまっている彼女へ、ガーディアン達が照準を合わせ直しているのが見えた戦兎は、
「余所見してんじゃないよ!」
すぐさまホークガトリンガーをガーディアン達へと向け――途中、胸部アーマーの一部に備えられたベルトリンクが貼り付いたような部分に開いている左手で触れてから――引き金を引いた。
銃身が猛回転を始め、銃火が絶え間無く弾け飛ぶ。
放たれた無数の――タカフルボトルの成分によって一発一発が鷹の形へと変化し、簡易的ながら標的への追跡能力を得た――実態のある弾丸が、銃身のブレによって生じた誤差を自動修正しつつ、戦兎の狙い通りガーディアン達目掛け飛び去って行く。そして、その一発一発が着弾すると共に――爆発が起こった。
“アームドチェストアーマー”。
ガトリングフルボトルの成分によって胸部に生成された、ベルトリンクが表面に張り付いたような黒鉄色のアーマーは特殊弾丸の生成能力を備えている。これを利用し、通常よりもやや威力が下がる代わりに起爆能力を備え、より広範囲に被害を発生させる事が出来る対ガーディアン用特殊弾丸を生成、装填してから攻撃を行ったために起こった現象だ。
それを使った結果はほぼ想定通り。ホークガトリンガーの連射は2秒にも満たない短時間だったが、その間に撃ち込んだ特殊弾丸が次々と爆発を連鎖させ、通常の光弾ではそれなり時間が必要だっただろう程に数が増えていたガーディアン達をあっという間にその場から消し去ってしまっていた。
その結果を見下ろし、ふぅ、と戦兎は一息吐くが、
「おっと」
すぐソレスタルウィングを一扇ぎし、自らの体を上昇させる。
その直後、直前まで戦兎が居た場所まで瞬間移動して来た黄色のスマッシュが、彼の方目掛け右腕で斬り付けて来た。
幸い、高度を稼いでいたためにその一撃は彼にかすりもしなかったが、戦兎がその事に安堵する間は無い。
上昇の最中に目にした。もう片方――紫色のスマッシュがその姿を――宛ら、砂漠に揺らめく
もう一度眼下に目を遣れば、丁度紫色の――
それに対し、夜宵が右手に持ったメイジーシザースのピストル側を乱射してミラージュスマッシュをけん制し、更にその弾幕を抜けて来た本体と分身――既にどれがどれか見分けがつかなくなっているが――に、左手に握ったナイフ側を振って迎え撃とうとした。
しかし、ミラージュスマッシュのその速度と数の前に彼女の対応は上手くいかない。最初に飛び込んで来た一体の剣戟はどうにか弾くも態勢を戻せず、そのまま流れるように続く後続の連撃をもろに浴びる事となってしまった夜宵は、為す術無く装甲から火花を上げて吹き飛ばされてしまう。
そうして仰向けに倒れ込んでしまい、隙だらけになってしまった彼女を見す見す逃す敵はいない。
案の定、円形に彼女を囲んだミラージュスマッシュ達が更に分身を増やし、いずれも両手の剣を振り上げて一斉に飛び掛かろうと身構える。
「させるかっての!」
すぐさま、戦兎は一際大きく広げたソレスタルウィングを羽ばたかせる。
羽に内蔵されたエアブースターの全開加速によって数秒と掛からずミラージュスマッシュ達と夜宵の上空3m程の辺り飛び込んだ彼は、先程やったように左手をアームドチェストアーマーのベルトリンク部に触れさせつつ、身を捻って回転しながらホークガトリンガーの引き金を引いた。
『夜宵ちゃん、急いで! 囲まれてしまいますわ!』
ミラージュスマッシュとその分身達からの連撃に耐え切れず仰向けに地面に転がされた夜宵は、慌てたメイジーの警告に急かされるまま、未だ衝撃に痺れる体を鞭打って起き上がろうとする。
しかし間に合わず、どうにか片足立ちになったその時点で、既に周囲は紫の残像を引くスマッシュ達に覆われてしまっていた。
そのまま、彼女を覆い潰さんと両手の剣を振り上げて飛び掛かって来るスマッシュ達。先程と同じく襲い来る数とスピードの暴力に夜宵は有効打を持たないが、それでもただでやられる気など無い彼女はすぐにナイフ側とピストル側を構え、応戦の準備を整える。
そうして数秒後にはぶつかり合う事になる筈だった夜宵とミラージュスマッシュ達であったが――突如破裂音の連鎖と共にスマッシュ達が胴から火花を噴き、全て後方へと大きく弾け飛んだ。
「あれ? あっ、戦兎さん!」
万事休すと身構えていたところで起きた突然の事態に呆気に取られ、同時に破裂音が聞こえて来た上空を見上げた夜宵は、いつの間にやらその場に浮いていた戦兎の姿を認めて叫んだ。
それに対して戦兎がその場から降りる事無く、黒鉄色のガトリング砲とオレンジ色の鷹の複眼が備えられた仮面を右に傾げてこう告げた。
「こっちは俺が相手した方が良さそうだ。あっちはお前に任せるぞ!」
「あっち? あっちって何!?」
「
問い返す夜宵に仮面を右側に傾けた戦兎がそう言うのが早いか否か、夜宵のすぐ右の空間に黄色い正方形の枠組みが現れる。一辺が2m以上あるそれを視界の端に捉えた彼女は、考える間も無くナイフ側を振り上げた。
枠の中から飛び出て来た黄色のスマッシュの右腕と夜宵の刃がかち合い、火花を散らしたのはその次の瞬間の事だった。
「ちょっと! 誘き寄せるんだったらもっと早くそう――」
『もういませんわよ』
もう一度上空を見上げて文句を言おうとした夜宵であったが、すかさず放たれたメイジーが呆れ声の通り、既にそこには戦兎はいない。どこへ行ったのかと辺りを見回せば、左奥の方で背の機械的な翼をはためかせながらホークガトリンガーの連射でミラージュスマッシュ達を追い立てる彼の後姿が目に入る。
いつの間に、と仮面の中で夜宵は目を丸くする。そして、鍔競り合っていたスマッシュにその隙を突かれ、胸元から蹴り飛ばされてしまう。
完全な不意打ちに為す術無く、水掫を打って後方へ押し込められる夜宵。
そこへすかさず黄色のスマッシュが右腕を振り上げて攻め込もうとするが、その様が視界の端に見えた彼女は咄嗟にピストル側を向け、引き金を数度引いた。
放たれた火箭が、炸裂音を上げ駆け寄って来ていたスマッシュの足を止める。
夜宵は態勢を立て直しつつ、続けて引き金を連打する。
しかし、着弾する直前に黄色のスマッシュが例の
その後、一瞬だけ奥の空間に現れた黄色の――
『上から来ますわ!』
「分かってる!」
右腕に全体重を乗せた兜割を左に転がる事で回避した夜宵は、その一撃がコンクリートの地面を叩き割る音を聞きつつ立ち上がり、ナイフ側を投げ付ける。
高速回転する刃の一撃目は見事右肩に直撃して白煙を上げさせる。続けて、右腕を振り払う動作を以て与えた夜宵の指示のまま、ブーメランのように進行方向を折り返したナイフ側が怯むスクエアスマッシュへ向かっていく。
が、その二撃目は逆袈裟に振り上げられた右腕で宙を切るや生み出された枠の中へとナイフ側が飛び込んでしまった事でスマッシュに当たらない。
それどころか、同じタイミングで夜宵の眼前に別の枠が作り出されるや、その中からナイフ側が飛び出し、あろうことか己の主である彼女をその刃で斬り付けた。
「ぐっ……!」
白煙と火花が散った左肩と首の間に夜宵は右手を当てる。
咄嗟に体を逸らしたお蔭で顔面へと真っ直ぐ突っ込んで来たナイフ側をピンクレッドの装甲に覆われているそこで受ける事が出来たため、受けた衝撃は左程でもない。
しかし、
そこに生じた隙を突かんとばかりに、スクエアスマッシュが右腕の剣を振る。すぐ傍の何もない空間に、
すると、剣が通った軌跡が光の線となって浮き上がり、それに囲まれた空間がくり抜かれたように角柱となって飛び出す。
そして計三つ出現したその角柱が、右腕の剣先を指し示すように夜宵へとスマッシュが向けるや、弾かれたように彼女目掛けて飛来して来る。
先程、変身の直前にも見せた攻撃だ。
高速成型ファクトリー越しに見た際はライダーメイジーの念動による物体操作と何処か似た攻撃だと思うと同時に、飛ばして来た立方体はどこから出したのかと疑問には感じていたが、まさか、自前で飛ばす物を用意出来るとは……!
基本的にそこにあるものしか動かせない自分との差に不公平さを覚える夜宵であったが、それに文句を言っている暇は無い。
すぐに夜宵はピストル側を構え、迫る角柱へと迎撃を行う。
それぞれに一発ずつ放った光弾は角柱とぶつかり合い、火花を伴ってそれらを夜宵へと辿り着かせる事無く叩き落としていく。―― 彼女から見て最も奥に並んでいた物を狙った、一発を除いて。
その一発は、狙った角柱に当たりこそしたものの、当たり方が宜しく無かったのか角柱を止めるまでには至らず、その進行方向を少し逸らすだけに終わってしまう。
幸い、その方向を変えられた角柱自体は命中せずに済んだが、左の複眼のすぐ横を通り過ぎて行ったために、夜宵は反射的に身を強張らせ、目を閉じ掛けてしまう。
それを狙っていたとばかりに、獣の雄叫びを上げてスクエアスマッシュが猛然と飛び込んで来るのが見えたのは、その次の瞬間だった。
「ああ、もう!」
袈裟懸けに振り下ろされる右腕の白刃を左手のピストル側の銃身で受け止めた夜宵は、苛立ちの声を上げる。
先程の空間を切り取って撃ち出す攻撃で、敵の能力のタネは今度こそ全て割れた筈。
後はタイミングを狙うだけ、というところで受けた思わぬ一撃が思いの外腹に据えかねた。
なので、先程の意趣返しも含めて、ギリギリ、と力任せに押し込んで来る刃に対して夜宵は垂直に差し出していたピストル側を銃口側が下向くように斜めに傾けつつ、左側へ一歩、その身を移動させた。
するとどうなるか?
真正面から受け止めていた筈の刃はピストル側の銃身を滑って
更に、押し切ろうと刃の右腕に力を込めていたスクエアスマッシュ自身があらぬ方向へと向かう自らの右腕に逆に引っ張られ、横に逸れていた夜宵の右隣りを抜けてつんのめる事となる。
その隙に叩き込む一撃は既に
先程夜宵自身が受ける事となってしまい、その後彼女の後方の闇へと消えていったメイジーシザースのナイフ側が。
高速回転を維持したまま、前のめりになって彼女の腰より少し上程度の位置まで下されているスクエアスマッシュの立方体の頭部よりも、更に下の地面スレスレの低空から。
そして次の瞬間、スクエアスマッシュのすぐ傍まで接近したナイフ側が大きく上方へ角度を修正、急上昇しつつその頭部を掬い上げた。
「ガアアアアァッ!!」
盛大な火花と絶叫を上げ、跳ね上げられた立方体の頭部で弧を描きながら奥へ吹き飛んでいくスマッシュを、上昇し切った後に戻って来たナイフ側を右手と受け止めてから夜宵は見遣る。
ナイフ側の不意打ちが余程効いたのか、それとも慌てて立ち上がろうとしているのかは判別出来なかったが、ともかくコンクリートの地面の上で藻掻くスクエアスマッシュの体の各所からは白煙が立ち上がっており、限界が近いのが窺えた。
じゃあトドメ、と夜宵はナイフ側を握ったままの右手をビルドドライバーのボルテックレバーに掛けようとした。
その時だった。
右奥に並び立つ幾つかの大きな倉庫の、その一つの屋根が突然の爆音と破砕音を上げて吹き飛ぶ様が視界の端に入ったのだ。
何事かとそちらに思わず振り返れば、屋根に開いた大穴の中から何かが飛び出すのが見えた。
大きな翼を扇状に広げたオレンジメッキと黒鉄色の影――闇夜の中かつ遠目で小さくなっていて分かりづらかったが、間違いなくそれは戦兎だった。
その姿を見て、大穴の開いた倉庫が戦兎とミラージュスマッシュ達が消えていった方向にある事を丁度思い出した夜宵の目が、更に彼に続いて大穴から幾つかの影が飛び出すのを捉える。
どうやら、ミラージュスマッシュとその分身達らしい。先程よりも数が増えたらしいそれらの影が戦兎共々上昇しつつも、身動きが取れない空中で藻掻く様が複眼越しに辛うじて見えた。
一体何が起きているのか、と呆気に取られ掛ける夜宵であったが、
『夜宵ちゃん! スマッシュが!』
呼び掛けるメイジーの声が聞こえて、はっ、と我に返る。
すぐさま振り返って見れば、既にその場に立ち上がっていたスクエアスマッシュが白煙の燻る体を揺らしていた。
見るからに満身創痍という具合ではあったがまだ闘争心は失われていないらしく、剣状の右腕をゆっくりとだが腰溜めに構えていく。
その様を見た夜宵は、もう一度だけ戦兎達のいる倉庫上空に目を遣り、そして――仮面の中で笑みを浮かべながら、頷いた。
「よーし……」
今、狙っていたタイミングが偶然にも訪れている。
更には、お誂え向きとばかりに戦兎が仕上げに掛かっている。
ならせっかくだ、この状況を有効活用させてもらおう。――そう決断した夜宵は、両手に握ったピストル側とナイフ側を重ね合わせ、それぞれくの字のシルエットを描くナイフ側の刃と柄の間、ピストル側の銃身とグリップの間の背側にある、横に二分割された貫通式のフルボトルスロットを連結させた。
これにより、
チャンスは一瞬。
そう言えば難易度は高いように思えるかもしれないが、これまでの攻防で既に敵は限界寸前まで疲弊している。
故に、枠を潜り抜けて瞬間移動して来るや振り下ろされたその斬撃は、あまりに遅かった。
そう――両手に握ったグリップを閉じる事で開いたメイジーシザースの鋏刃で、容易に白刃を取れる程に。
「ギッ……!?」
驚愕の呻きを上げたスマッシュが右腕を引き戻そうするが、ガッチリ、と白刃の腹に食い込ませたメイジーシザースの鋏刃は弱ったその力ではもはや緩ませる事すら出来ない。
そのまま夜宵は身を捩り、鋏刃を緩めぬようにスクエアスマッシュを引き寄せ――彼女自身を中心に、鋏刃の拘束から逃れらずされるがままのスマッシュを外円に、砲丸投げの要領で振り回し始めた。
一周、二周、三周――周回を重ねるままに夜宵は振り回す速度を上げ、同時にスクエアスマッシュに掛かる遠心力を上げていく。そして、地面から離れたスマッシュの足が、その頭部と同じ高さまで持ち上がったところで――
「でぇりゃああぁぁ!!」
――夜宵はメイジーシザースの鋏刃を開いた。
瞬間、十分な遠心力が付いていたスクエアスマッシュの体が、打ち上げたミラージュスマッシュ達を囲うように上空に展開していた巨大な球状のグラフ目掛けてすっ飛んでいく。
そして、その黄色い立方体の頭部があっという間に小さくなり、更にグラフの中を縦横無尽に飛び回りホークガトリンガーを連射する戦兎の姿が僅かに見えたかと思った、次の瞬間。
小規模の連鎖、そして程無くして――グラフを覆い尽くす大規模の爆炎が、林檎の複眼が見渡す先の夜闇を明るく照らし上げた。
その後、爆炎が止んだ夜空から例の大穴の開いた倉庫の中へ降りて行く戦兎の姿を捉えた夜宵は、辺りに敵影が無い事を確認してから自身もその倉庫へと赴いていた。
辿り着いた倉庫は屋根のみならず、別の倉庫に隣接する壁にまで大穴が開いていた。
考える間でも無く戦兎とミラージュスマッシュ達との戦闘の余波で開いたのだろうその穴を潜り抜けた夜宵は、そのまま辺りを見渡す。
天井に開いた大穴から月の光が差し込んでいる倉庫内は、それでもなお暗く、更には元々そこに仕舞われていた資材やその残骸が辺りに散乱していたため、隅から隅までの状況を視覚だけで判断する事は出来なかったが、問題は無かった。
目的の人物達はすぐに見つかった。
「戦兎さん!」
倉庫の中央から左寄り、天井の大穴から降り注ぐ月明かりが作った円の中に、戦兎がいた。
既にビルドへの変身を解いている彼の姿から、周囲に敵はいないと判断した夜宵はドライバーから
しかし――そうして、彼との距離が縮まっていく内にふと気づく。
彼の足下に横たわる二人の何者かと、どこか深刻気な彼の戦兎の表情に。
横たわる何者か達は、恐らく先の2体のスマッシュにされていた者達だろう。それは問題無い。寧ろ、先程まで戦っていた彼らが既に人間に戻っているという事実は、既に変身を解いている戦兎自身と併せて、この場に敵はもういないという証明になる。
ならば、彼のその表情の意味は何なのか?
判断が出来ず、月明りの円の手前で夜宵が足を止めていると、ふと戦兎が彼女の方に顔を向けて重々しく呟いた。
「……マズいかもな」
「え?」
「俺達、嵌められたかもしれねぇ」
見ろ、と足下に横たわるスマッシュだった者達の方へ戦兎が向き直る。
言われるまま、恐る恐る夜宵は彼らの傍へ歩み寄り、その顔を覗き込み――思わず息を呑んだ。
「鍋島っ……!?」
横たわる二人の内、片方は見知らぬ男だった。そちらは問題ではない。
問題はもう片方――鍋島 正弘、その人の方だった。
「何でここに!?」
間違い無い。目の前の男の顔は、写真で見た強面そのままだ。
だが、そんな事は有り得ない。
ここに倒れているのは先程までスマッシュだった者達――つまり、ファウストの手に堕ちていた、ファウストの監視下にあった人間達だ。そんな人間が、ああも簡単に自らを捕らえている組織や、同じように捕らえられている人間の情報を第三者に流せるワケが無い。もしそれが許されていたとしたら、そもそもこれは――。
『どうやら、今回の件は罠だったようですね』
「罠!?」
「ああ」
手に持っていたメイジーの苦々し気な声に反応した夜宵の言葉に、戦兎が頷き返す。
「家族が西都にいるっていう鍋島の情報で俺達は西都に行くって話になったが、その鍋島がこうしてスマッシュにされてたんだ。なら、最初から俺達を西都に行かせるのが――」
「ファウストの狙い?」
「――多分な」
向き直って肯定する戦兎に、夜宵は返す言葉が思い付かなかった。
鍋島の家族が西都で囚われている情報は、ファウストが知らないところで自分達に渡ったものだと思っていた。当然、その後の西都へ行く計画も。
しかし、全ては敵の罠だったのだ。その事実に彼女が受けた衝撃は、相応に大きかった。
そして、一拍置いて気づく。
「――! 待って、だとしたら万丈さん達は?」
『まぁ、待ち伏せされているでしょね』
ふと浮かんだ疑問に戦兎が頷き、メイジーが言葉でその答えを告げる。
結果的に、西都へ向かったのは万丈と滝川だけだ。
当初通り、今回の密航がファウストの知らない話であったならばまだ大丈夫だったが、実際は罠であったと判明した今や、話は大きく変わって来る。
二人は、夜宵や戦兎のように仮面ライダーに変身できない。
相手が数体程度のガーディアンであれば万丈のバカ力で何とかなるかもしれないが、待ち伏せているとなればファウスト側も相応の用意をしているだろう。最悪、彼では対処できないスマッシュが用意されている可能性も――。
『私としては万丈 龍我はどうなろうと知った事ではないというか、むしろこの世から
そんな事をメイジーが語っていたが、その声に耳を傾ける余裕は夜宵には無い。
元より危険が無い訳では無かったが、罠と分かった今、今回の計画の危険性は当初の比では無くなってしまった。自然、万丈と滝川の身を案じる気持ちで胸が重苦しくなる。
「今からじゃ呼び戻せないし、鍋島の家族を放っておくわけにいかねぇ。こうなったら、二人が鍋島の家族を無事に連れて帰るのを信じるしかないな」
そう言って溜息を吐いた後、警告くらいは出来るか、と戦兎がトレンチコートのポケットからビルドフォンを取り出し、右手の人差し指を画面へと近づけていく。
その人差し指の先がビルドフォンのボディの陰に隠れるかと思ったその時、それは起こった。
「――う゛っ!?」
不意に、戦兎が目を剥き、ビクリ、と体を震わせた。
突然の彼の奇妙な素振りに夜宵は最初訝しむだけだったが、続いて膝から頽れ、その場に倒れ込んだ戦兎の変調を目にした時、その訝しみは瞬時に驚愕へと変わった。
「戦兎さん!?」
慌てて夜宵は戦兎の傍まで駆け寄り、その肩を揺すった。
しかし、顔を横向けた戦兎は目を開かず、何の反応も返って来ない。完全に気を失っている。
それでもなお、夜宵は彼の体を揺らし、呼び掛け続ける。
戦兎の安否を案じるがため――だけでなく、湧き上がる嫌な予感と記憶がために。
そう――
今の状況は、2年前の、あの廃工場の中で起こった事と同じだ。
自分のすぐ目の前で倒れた今の戦兎は、あの時すぐ隣で倒れた沙也加と、同じだ。
ならば、この後に起こる事は――。
「ぅあっ……!?」
脇腹の辺りに、痛みが走った。
微かに、しかし
続けて襲って来る、ジクジク、と侵食するような悍ましい痛み。
その痛みに吸い取られているかのように、見る見るうちに失せていく体中の力。――ああ、同じだ。あの時味わった、あの感覚だ。
『夜宵ちゃん!? どうしましたの夜宵ちゃん!?』
耐え切れず、戦兎の体の上に✕の字に倒れ込んでしまった夜宵の耳に、何処からかメイジーの声が聞こえる。
残された微かな力で声のする方に首を回せば、顔から少し離れたところで横倒しになっている彼女の赤い一つ目が目に入る。
何のことは無い。元々右手に持っていたが、倒れる際に力の失せた手から離れ、そのまま今の位置まで転がっていったのだろう。
「……メ、イ……」
今も範囲を広げる痛みとは逆に、どんどん瞼共々重くなっていく唇をどうにか動かしてメイジーの名を呼び返そうとする夜宵。
しかし、それは叶わない。
完全に力が失せたからではない。メイジーの、その更に奥の空間に見つけたその姿に、朧げになり掛けた視線を彼女は集中せざるを得なかったためだ。
『フフフフ……』
倉庫の横に開いた方の大穴から入り込む、天井からの月光よりも更に淡い光の中に、
忍び笑いを漏らしながら、ゆっくりと近付いて来ていた。
カツン、カツン、と硬質な足音を、一定のリズムで鳴らしながら。
『な、何ですの貴方は!?』
背後から迫り来るその影に気づいたメイジーが叫ぶが、もう遅い。
自らの影の中にメイジーを捕らえた
迫る毒牙を前に、ひっ、という引き攣った声を上げ、赤い一つ目が飛び出んばかりに開かれる。
『い、イヤっ、来るなっ! 来ないで! やっ、夜宵ちゃん! 助けてっ、夜宵ちゃんっ!!』
メイジーの助けを求める声が、いやに遠く聞こえる。間近に迫る毒牙に怯えている筈の一つ目が、酷くぼんやりと見える。
もうじき、自分も意識を失う。
それでも、と夜宵は手を動かそうとするが、もはや込められる力の無い腕はビクともせず、変わらず彼女の顔の傍でコンクリートの地面の上にへばりついたままだった。
もう、
もう、どうしようもない。
だからせめてと、更に重くなった瞼と口を動かして、夜宵は必死に睨み付けた。
「……血まみれの……コブラ……」
傍らに従える、頭部から横に広がったフード部分の根本までが成人男性の身長近くある、巨大な青緑色のコブラを。
拒絶の叫びも空しく、転がっていた
倒れているが故に最も間近に見えるその足を。
そして、あの日見たそのままの、真っ赤な血の中で鎌首を擡げる青緑色のコブラが貼り付いた、その胴と頭を。
『イヤアアアアアァァァァッ!!』
絹を裂くような絶叫が、酷く遠く聞こえた。
その声すらあっという間に聞こえなくなった時、遂に夜宵はその意識を失った。
しゃがんだまま彼女を見下ろし、嗤う血まみれのコブラの憎い姿を、砂嵐の飛び交うブラウン管テレビのように粗くなってしまった視界に、焼き付けながら。
<鍋島がスマッシュにされてた?>
「そうだよ。もう鍋島はいなかった」
「“パンドラボックス”」
「これ……見た事ある気がする」
『何事ですの!? 一体何ですのこの音は!?』