仮面ライダーメイジー   作:shisuko

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長らくお待たせいたしました、今回より第6話スタートです。

ビルド本編でも大活躍した裏の主役、“血まみれのコブラ”がいよいよ本格参戦。夜宵と深い因縁で結ばれたコイツとの再会は、果たしてどのような展開を齎すのか?
いざ、本編へ。


第6話A 因縁のリミート(前編)

 「――そうか」

 

 東都先端物質科学研究所 所長室。

 自らに所長の肩書と共に与えられた部屋の中央、膝下までの高さのマホガニー製の応接机を中心に、向かい合うように配置された2台の来客用ソファーの片方に腰を沈ませた氷室 幻徳は、右耳に当てたスマホからの報告に頷く。

 

「つまり、滞りなく口は封じられた、と思っていいんだな?」

 

<ああ、そうとも。今頃奴らは、せっかく苦労して確保した証人が役に立たないと知って嘆いているか、まだそうとも知らずに目覚めるのを待ってる最中だろうさ。ハハ、可愛そうになぁ>

 

「思っても無い事を」

 

<いやいや、これでもそれなりに心傷めてるんだぜぇ? 奴らがどれだけ必死なのか、誰よりも知ってるからねぇ、俺は>

 

 そう通話相手は宣うが、その言葉の端々に混ざる乾いた忍び笑いはまるで誤魔化せていない。

 あるいは嘲っているつもりさえ無いのかも知れないが、いずれにせよ心にも無い事を平然と口にする通話相手に、ふっ、と幻徳は鼻で笑う。

 

「まぁ良い。あんな男一人捕まえて何をさせようとしてたのかは知らんが、奴の思惑を潰せたのは何よりだ」

 

<俺達から“奴”を奪った()()の思惑を――ってか?>

 

「ああ」

 

 そうだ。

 絶対にあの男の好きにさせてはならない。

 “奴”を自分達から奪った万丈 龍我は、必ず潰す。

 自分達の“計画”にこれからも必要だった“奴”を奪うという事は、つまりは“計画”を妨げようとしたも同然なのだから。

 ――そう思考して口元の髭を一撫でした幻徳は、続いて、それで、と話題を変える。

 

「――次はどうする? また適当なスマッシュをぶつけるのか?」

 

<それも良いがぁ……そうだな、そろそろ俺()も顔を出すとしようか>

 

 電話口から返って来たその解答に、ほぉ、と幻徳は感嘆の声を上げる。

 

「漸く本格始動か。――いや待て。今、俺()と言ったか?」

 

 一拍遅れ、通話相手の返答に違和感を覚えた幻徳は、それを聞き間違いだ、と心中で否定しながら再度尋ねる。

 だが、間を置かず返って来たのは、ああ、という肯定だった。

 

<本当の事を言やぁ、もう少し静観してたいところだ。だが、()()()がもう我慢出来ないとワガママ言うもんでねぇ>

 

「……やはり“アイツ”か」

 

 復唱と共に脳裏に連想した“アイツ”の顔に、幻徳は顔を顰める。

 

「本気か? 使い物になるんだろうな?」

 

 疑念を隠す事無く問うた幻徳に、特に言葉を濁すような様子も無く通話相手が返答する。

 

<実力の方は大丈夫さ。後はまぁ、ちゃんとお口のチャックを閉めてられるかどうかってトコだな。やーれやれ、カワイ子ちゃんが相手じゃあ、ゲームメイカーたるこの俺も形無しだぜ。ハッハッハッハ>

 

「……」

 

 高らかな笑い声を電話越しに聞かせる通話相手に反し、幻徳の顔は更に陰りを強める。

 “アイツ”が彼の前に現れたのは、かれこれ1年程前。

 居なくなった“奴”と入れ替わるように通話相手が何処からともなく連れて来た“アイツ”の事を、未だに幻徳は信用していない。

 その容姿や年齢、自分達の“計画”に途中参加した新参者であるという事もそうだが、何よりもあの目が受け入れられない。

 喜んでいる時も、頬を膨らませて不満げにしている時も変わらない、あの虚ろな瞳が、通話相手以上に何を考えているのか分からない不気味さを抱かせる。その不気味さが、1年というそれなりの期間を過ぎてなお“計画”の一端の任せる事を彼に躊躇させるのだ。

 

「……まぁ、良いだろう。“アイツ”の事は全てお前に任せている。好きにすればいい、次の奴らへの対応も含めて」

 

<そう言って貰えて助かるぜぇ。それじゃあ、早速準備に取り掛かるとしますか。またなぁ幻徳、チャオ>

 

 その台詞を最後に、通話が打ち切られたスマホを待機画面に戻してから東都政府職員の詰襟制服のポケットに仕舞った幻徳は、ソファーに座ったまま前方の柱に掛かっている時計を見上げた。

 黒い円形の文字盤の上を一定速度で回るクロームシルバーの長針と短針が3時まで後僅かという時間を示しているアンティークの時計を眺めながら、それにしても、と幻徳は口髭を撫でた。

 気に掛かる事があった。

 

「何故、奴らは――万丈 龍我は鍋島の行方を追っていたんだ?」

 

 鍋島 正弘という男が存在するという事を幻徳が知ったのも極々最近の事で、少なくとも、彼が知る限りではその男は難波重工の元職員であるという程度の存在でしかない。

 そんな男が、一体あの殺人犯にとって、如何な価値があったというのか?

 証人、と先の通話相手は言っていたが――何のだ? まさか、あの男が無実という事も無いだろうに?

 ……それとも、まさか……。

 

「何か知っていたとでもいうのか? “奴”の――()()の死に関する、何かを……?」

 

 ポツリ、と思考が幻徳の口から零れる。

 その疑問に答える者は、彼一人しかいないこの部屋には居ない。

 代わりに居たのは、首を傾げる彼の視線の先で、遂に3時を示した時計の上側にある扉から飛び出して、ぱっぽー、と間の抜けた鳴き声を上げる鳩の模型だけだった。

 

 

 

 その場にいた誰もが、彼へと目を向けていた。

 誰もが、驚愕に見開き、強張った視線を集中させていた。

 その場にしゃがんだまま、背後へ首のみを向ける夜宵も。

 彼女の傍に倒れ込んだまま、同じように首だけを向ける美空も。

 彼女達の後方に立つ万丈も。

 例外は二人。

 手に持つ幾何学模様の彫り込まれた黒い板――パンドラパネルによってこの状況を生み出した張本人である、戦兎。

 そして、彼が明かした幾つかの事実によって、彼以外の者達の視線を一身に受ける事となった渦中の男――石動 惣一。

 一斉に向けられる疑惑と不安の中、丸眼鏡の奥の瞳を細めた彼は俯いたまま沈黙していたが、暫くそれが続いたところで、ふっ、と面を上げた。

 口端を持ち上げた、観念したような笑みがその顔に浮かんでいた。

 

「――どうやら、話す時が来たみたいだなぁ」

 

「……何?」

 

 ポツリ、と石動が呟いた言葉に、戦兎は眉間を寄せる。

 ――今、話す時が来た、と言ったか?

 もう一度その呟きを確認しようと戦兎は口を開き掛けたが、それを待つ事無く石動が踵を返し、こう言った。

 

「ここで立ち話ってのも何だし、取り合えず皆上に上がってくれ」

 

「おい、まだ話は――」

 

 咄嗟に呼び止めようとする戦兎。

 しかし、彼の声も聞こえないかのように石動はさっさと階段を上がり、地下室と店と繋ぐ扉を潜って行ってしまう。

 そんな彼に暫しの間困惑した後、止むを得ず戦兎達も去っていた彼を追ってnascitaの店内へと上がったのが、かれこれ10分程前。

 そして更にそこから10分が過ぎ去った現在、午後6時5分。

 店内中央のテーブル席に戦兎、メインカウンター席に美空、カウンターから最も離れた壁際の椅子に万丈、そしてサブカウンターと万丈の間のテーブル席に夜宵。

 皆思い思いの席で腰を下ろし時を待つ中、先程と同じくその視線を一身に集めている石動は、

 

「はい出来た、っと」

 

突き刺さる幾つもの視線が存在しないかのようにサブカウンターで用意していたドリップコーヒーを注いだカップを、極々自然体のまま全員に配っていた。

 

「よーし、バイト先のコーヒー参考に改良したニューブレンド、“nascita di nani sita(で ナニシタ)改”は行き渡ったなぁ? じゃ、カンパーイ――」

 

「――じゃねーだろ!」

 

 カウンターの向こうに戻るや自分のカップを掲げ、当然のように乾杯の音頭を取ろうとする石動に、すかさず戦兎はツッコむ。

 

「何でアンタのコーヒーの試飲会始まってんだ、違うでしょうが!」

 

「え゛ー? じゃあ何ー?」

 

「コレだよ、コレ!」

 

 大袈裟に首を傾げて見せる石動。

 その様に、まだ惚ける気かよ、と深い溜息を吐きつつも立ち上がった戦兎は彼の傍へと移動し、未だ右手に持ったままのパンドラパネルをその鼻先へと突き付ける。

 

「このパンドラパネルは、3年前にファウストに奪われた。それ以来行方知れずだったこのパネルが、何でnascita(ここ)にあった? 何で、アンタの手の中にあったんだ?」

 

「いや、何でって言われてもなぁ?」

 

「政府の厳戒態勢下にあったこのパネルを奴らが盗む手引きをしたのも、アンタだったそうじゃないか?」

 

「えー、ホントー? 人違いじゃ――」

 

「ハッキリ言うぞマスター」

 

 なおもはぐらかそうとする石動を逃すまいと、じっとその目を見つめたまま戦兎は鼻先が触れ合う寸前まで顔を近づけ――ほんの僅かに逡巡してから――告げた。

 

「俺は、このパネルを見た事がある。このパネルの存在を知った時よりも前に、今朝見た夢の中で」

 

 そう。昨晩気を失ってから、今朝石動に起こされるまでの間に見た夢――かつてファウストから受けた人体実験の記憶の、その一場面の中で。

 だからこそ、パンドラボックスを調べようと思ったのだ。

 夢の中に出て来た、パンドラボックスと酷似した模様が彫り込まれたパネルが、火星という未知の領域から持ち込まれたボックスと、現代科学では到底あり得ない人間が変異した怪物(スマッシュ)という存在を結び付ける鍵になると直感したために。

 勿論、その時点では夢という形で見た朧げな記憶の中の存在でしかなかったパンドラパネルについて、それが実際に存在するかどうかからして確証があったワケでは無かった。何かの見間違いでしかなかったのではないかという疑いも当然あった。

 故に、えっ、と驚いたような声を漏らした夜宵の口から出て来た発言に、戦兎もまた驚かされる事となる。

 

「戦兎さんも見たの?」

 

「何?」

 

「私も見たんです、そのパネル。今朝の夢の中――人体実験されてた時に!」

 

「お前も、コレを見ただと……!?」

 

 まさか、夜宵まで同じ物を、それも同じ夢という媒体で目にしていたなどとは、露程にも思っていなかった。

 あまりの事に戦兎は目を剥かざるを得なかったが、しかし、同時に確証は得られた。

 

「……夜宵までコイツを見ていたのは意外だったが、お蔭でハッキリした。やっぱり、このパネルはファウストに奪われたのと同じ物だ」

 

 パンドラパネルの存在は元々一部の人間が知るのみだったうえ、かつてファウストに奪われたという醜聞も合わさって、一般には全く知らされていない。

 そんな代物を、かつて同じ実験を受けた者同士が、全く同じ組織に実験を受けていた時に目にしている。

 ならば、その事実が導き出す結論は――。

 

「――マスター。アンタ、ファウストのメンバーなのか?」

 

「俺が……ファウスト?」

 

 ボソリ、と戦兎の言葉を石動が反復する。

 そして暫しの沈黙の後、不意に俯いた彼の口から、くっくっく、という忍び笑いが漏れ出て来る。

 

「そうか、そうかそうか……()()()()()()ならしょうがないなぁ……」

 

「マスター……!?」

 

「マジかアンタッ!?」

 

 妖しく、含むような口調で石動がそう告げるや、夜宵が慌ただしくテーブル席から腰を上げ、椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がった万丈が拳を構える。

 そんな彼らと、固唾を呑んで目を鋭くする戦兎を、石動が口端を持ち上げた不敵な笑みを浮かべた顔で見渡し、更に告げる。

 

「そうさぁ……戦兎が言った通りだぁ。俺は、ファウストの、メンバー……!」

 

 見る見るうちに目を、口を剥き、その顔に浮かべた笑みを狂気に満ちたものへの変えていく石動。

 憎き組織の一員たるに相応しい、その醜悪な本性が徐々に明かされていくような彼の表情の変化に、夜宵の、万丈の、そして戦兎の表情もまた、ジリジリ、と高まる緊張に張り詰めたものへと変わっていく。

 そして、三人の誰がと言わず、その緊張がピークに達するかと思われた、その時――。

 

「……じゃないよ~ん!!」

 

 ――突然石動が肩を竦め、テヘッ、というウィンクと共に舌を出した、先程までの重苦しさを全て消し飛ばすかのような軽快な声でそう言った。

 その場でのジャンプも絡めた、茶目っ気たっぷりのアクション。

 それによって、直前までの緊迫した面持ちを暫くは維持していた戦兎と、夜宵と、万丈は、潮が引くかのような勢いで毒気を抜かれたショックで、同時にガクリ、と膝を折った。

 

「おいおい、どうしたどうした? 揃いも揃って、身構えて損した、って顔してよぉ? 何? そんなに上手かった? 俺の演技?」

 

「マスター……」

 

「こんな時にフザケてんじゃねェ!!」

 

 アハハハ、といつものように陽気に笑う石動を、夜宵がジト目で睨み付け、万丈が吹き飛ばした椅子を元の位置に戻しつつ怒鳴り付けた。

 戦兎もまた、頭痛を覚えた額に左手を当てながら、深い息を吐き出す。

 

「……つまり、アンタはファウストじゃない、って事か?」

 

「当ったり前だぁ! いるかよ、こんなイケてる悪党がよぉ?」

 

 立てた右手の人差し指で頭に被った中折れ帽の鍔を弾きながらキメ顔を作って見せる石動であったが、しかしまだその疑いが晴れたワケでは無い。

 

「なら、このパネルの事は? アンタがファウストの手助けをした事も、どう説明するんだ?」

 

 ファウストに奪われた筈のパンドラパネルがこの場にある矛盾。

 そして、パンドラパネルをファウストが奪う手引きを他ならぬ石動が行ったという、()()()()()()()()()()事実。

 そもそもの疑いの発端であるこの二点について、まだ何も示されていない。せめてこの問題に対する答えが明示されない限り、石動への疑いは晴れない。

 その答えを、カウンター席に立てたパンドラパネルを人差し指でつつきながら促す戦兎。

 それに対し、ああ、それな、といつもの軽い調子で頷きながら石動が説明を始める。

 

「まずはそのパネルだな。そのパネルは――」

 

 ――かと思われた次の瞬間、

 

「取り返したんだよ。お父さんが」

 

別の方向から差し込まれた声が、石動の言葉を遮って戦兎の問いへの答えを返した。

 その声の主は、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね」

 

美空だった。

 

「ちょっ、俺が言おうとしてたのにぃ~!」

 

「だってー、お父さんに任せてたらちっとも話進まないしー」

 

 発言を先取りされた事に額に皺を寄せて文句を言う石動に、振り返る事無く皿に盛られたフライドポテトを抓みながら美空が返す。普段と変わらない、気だるげな口調で。

 だが、いつも通りの口調から告げられたその言葉は、決して耳を素通りする事を許せるようなものではない。

 

「「ファウストから助けたっ!?」」

 

 目を剥いた戦兎と、同じくして再び席から立ち上がった夜宵との、重なった二人の驚愕の声に、そ、と美空が頷く。

 

「あたし、スマッシュの成分浄化する力があるでしょ? その力がファウストに狙われて、捕まっちゃって」

 

「ちょっと待って! それじゃあ、()()()()()()()()って、ファウストだったって事!?」

 

「そゆ事」

 

 慌ただしく席を立つや早足で歩み寄った夜宵に肯定の言葉を返した美空が、黄金色の腕輪(バングル)を巻いた左手で持ち上げたコップのストローを咥える。

 そのまま、氷と共に中に注がれたオレンジジュースを吸い上げようとする彼女に、割り込もうとする者が現れる。

 万丈だった。

 何かに合点がいったように手を打ち合わせた彼が立ち上がり、美空を指差す。

 

「もしかして、お前が引き籠ってんのって――」

 

「狙われてるからだ。美空を攫った奴らに」

 

 万丈の問いに美空に代わり、彼の方に腕を組んで振り向いた戦兎が答える。

 

「って、お前ら知ってたのかよッ!?」

 

「前に知る機会があってな」

 

 その機会があったのはかれこれ2ヵ月程前、当時から“みーたん”に良い印象の無かった夜宵が、何故あんな事をさせるのかと戦兎と石動を問い詰めた事だった。

 その話が進む内に、美空が過去に誘拐された事、石動が彼女を救出した事、更には今もなお当時の誘拐犯に狙われている事が、観念した石動の口から語られたのだ。

 ただ、どうやらあの時の説明は、

 

「でも、美空を攫ったのがファウストだったなんて、そんな事はあの時一言も……」

 

極めて重要な事が語られていなかったようだが。

 ジロリ、と戦兎は尖らせた視線を以て石動を問い詰める。

 それに対し石動が、そんな怖い顔すんなよ、と困ったような苦笑を浮かべて肩を竦めて見せた。

 

「大体は前にお前らに話した通りだよ。ただ、今美空が言ったように攫ったのはファウストで、この娘を救い出すついでに奴らのアジトから奪っておいたオマケが付いたってだけだ」

 

「なら、何でその事を黙ってた?」

 

「それなぁ……やっぱそこに来るよなぁ……」

 

 そう呟くや、頭に被せた中折れ帽に手をやって何かを考えるような素振りを見せていた石動が、不意に顔に浮かべた笑みを強め、移動を始めた。

 

「順を追って話そうか」

 

そう言いながら、サブカウンターの左端――関係者用の簡易扉を潜り抜け、最初に戦兎が座っていたテーブル席から引っ張り出した椅子に腰を下ろした石動が、その場にいる全員を見渡し、そして戦兎と目を見合わせてから、まず、と右手の人差し指を立てた。

 

「ファウストがパンドラパネルを奪う手引きをした件だが、それはズバリ、美空を助けるためだ。そうでもして俺が仲間だと信じ込ませなきゃ、美空が囚われていた奴らのアジトには辿り着けなかった。――で、俺が手引きしたと分かってるんなら、ひょっとして昔の俺が何をやっていたかも知ってたりする?」

 

「知っている。というか、店に上がる前に言った筈だ。 ――宇宙飛行士だったんだろ、アンタ?」

 

正解(ビンゴ)

 

 自らのビルドフォンを――その液晶に映った、宇宙飛行士時代の石動の写真を見せながらの戦兎の確認の言葉に、石動が白い歯を見せて笑いながら、両手の人差し指を突き出す。

 すると、じゃあ、と夜宵がどこか不安げな顔で石動に尋ね掛けた。

 

「さっき戦兎さんが言ってた通りって事ですか? その……パンドラボックスを地球に持ち帰って、スカイウォールの惨劇を起こしたのも、マスターだったっていうの」

 

「それ、あたしも気になってた」

 

 夜宵の問い掛けに同調の声を上げた美空が、メインカウンターから石動の眼前まで歩み寄るや、手に持っていたタブレット端末の画面を彼に見せた。

 そこに映っている、今朝の“みーたん”の配信の後に手に入れた、例のスカイウォール発生当時の映像の一場面――保護ケースに収まったパンドラボックスへと迫る、青色の作業着の何者かの姿を。

 見れば、それを突き出す美空の顔が不安げな表情を浮かべている。

 

「お父さんが宇宙飛行士やってた事は知ってたけど、スカイウォールの惨劇起こしたなんて、あたし、初めて聞いた。……ねぇ、そしたらこの人ってもしかして?」

 

「そう。――俺だよ」

 

 一拍置いて、重々しく頷く石動。

 その反応に、夜宵と美空が互いの顔を見合わせ、二人揃って信じ難い事実を耳にしたように絶句する。

 そんな二人から目を背けるようにそっぽを向いた石動が椅子から立ち上がり、どこか遠いところを見るような眼をしながら、説明を続ける。

 

「あの時は、どうも火星の影響でおかしくなってたみたいでなぁ……何であんな事仕出かしちまったのか、自分でも未だに良く分からねぇんだ」

 

「何で……あたしにまで黙ってたの?」

 

「……言えるワケ無いだろ? 実の親父が、スカイウォールのせいで目茶苦茶になった今の日本を作り上げた元凶だ、なんてよぉ」

 

 石動が、美空の方へと振り向く。

 眉間に皺が寄った哀愁の漂う笑みが、顕わになったその顔に浮かんでいた。

 

「そんな事知った愛しい一人娘がどんな風に感じるか想像出来ないほど、俺は鈍感じゃあないよ」

 

「……お父さん……」

 

 知るべきではない事実を知った悲しみか、それとも、自分のために敢えて事実を伝えず黙っていた父への感動か、あるいは両方か。

 ともかく、泣きそうな表情に変わったかと思いや、それを見せまいというように後ろへ振り返った美空を庇うように、夜宵が彼女と背と肩にそっと手を当てていた。

 その様子を暫く眺めた後、石動の視線が再び戦兎へと合わせられる。

 

「というワケで、パンドラパネルがここにある理由と、ファウストがパネルを奪う手引きをした理由は説明したが、他に聞く事は?」

 

「まだあるに決まってんだろ」

 

「――だよなぁ」

 

 そう来ると分かっていた、とでも言いたげに、ふっ、と石動が小さく鼻を鳴らす。

 

「何でパンドラパネルを政府に返さなかったか? それに、どうしてパネルや、ファウストが美空を誘拐した事を黙っていたのか? ――それと()()()()、ってところか?」

 

「ああ」

 

「パンドラパネルを返さなかったのは、美空と同じくファウストが今も狙ってるからだ。奴らが本気になったら、政府の()()()警戒なんて何の意味も無い。いたずらに犠牲が増えるだけだ。実際、俺が奴らを手引きしたのは美空の事以外にも、余計な犠牲を出さないためでもあった。そして、今までお前らに黙っていたのは――」

 

 そこで一度言葉を区切った石動が戦兎の横を抜け、彼の背後に立つや振り返ってその鼻先を指差しながら、告げた。

 

「――お前に仮面ライダー(ビルド)をやってもらうためだ」

 

「俺に?」

 

 片眉を上げて聞き返す戦兎に、ああ、と石動が頷く。

 笑みが消えた、真剣な光を宿した双眸で見つめ返しながら。

 そして、戦兎へと向けられていたその視線が、ゆっくりと別の場所へ向けられる。

 

「だからこそ、お前には心底驚かされたんだよ――夜宵」

 

「私?」

 

 目を丸くし、自らを指差す夜宵の方へ。

 

 

 

 思わぬ流れで出て来た自分への突然の名指しに困惑する夜宵。

 そんな彼女を後目に、視線をその隣で俯いている美空の方にも配りながら、石動が再び語り始める。

 

「俺は虫けらのように人を殺すファウストが許せない。だが、俺や美空じゃどうする事も出来ない。――そんな時だったんだよなぁ。戦兎、お前に出会ったのは」

 

 もう一度、石動の目が戦兎の方を向く。

 

「一目で直感した。――この男なら、ファウストを倒してくれるかも知れない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を正しい事に使って」

 

「え?」

 

 その石動の言葉を予感していたように、やっぱりか、と納得したように戦兎が呟く。――が、その二人の遣り取りを夜宵は受け入れる事が出来ない。

 何故なら、それは彼女の知る事実と矛盾しているからだ。

 

「ちょっと待って!」

 

 咄嗟に声を張り上げて待ったを掛けた夜宵に、すかさず反応した戦兎と石動の怪訝そうな顔が向けられる。

 

「戦兎さんのドライバーって、戦兎さんが自分で作ったんでしょ? マスター、前にそう言ってたじゃないですか?」

 

 そうだ、確かに言っていた筈だ。

 自分のビルドドライバーとアップルフルボトル(メイジー)がファウストから逃げる際に奪った物である事を知っていた夜宵は、ならば戦兎のドライバーとボトルももしやと思い、出所を尋ねた事があった。その時に、間違い無く戦兎のドライバーは彼自身が作り上げた物だと、石動は答えていた。どうして同じ物がファウスト(ガスマスクの奴ら)の所にあったのかは俺も分からない、と首を傾げていた筈だ。

 それなのに、どうして今になってまるで違う話をしているのか?

 不可思議に思っていると、夜宵の方に振り返っていた石動が何て事無いようにこう返して来た。

 

「悪い。それ、()なんだぁ」

 

「嘘?」

 

 思わぬ返事に、思わず夜宵は目を剥く。

 まさか、あの時の説明が嘘だったなどとは、露ほどにも思っていなかった。

 しかし、だとしたら何故石動は嘘など吐いたのか?

 

「戦兎に仮面ライダー(ビルド)をやってもらうに当たって、俺は敢えて何も話さなかった」

 

 手渡したボトルとドライバーが元はファウストの物だったとか、理由はどうあれ自分が奴らの手助けをしていた、などという事を全部話したところで、当時の記憶を失ったばかりで右も左も分からない戦兎が受け入れられるワケも無い。それどころか、自分達までもがファウストの関係者だと疑われて仮面ライダー(ビルド)になる事を拒否されるかもしれない。

 故に、彼が自力でパンドラパネルや自分の事に気づくまで黙っている事に決めていた。――というのが石動の説明だった。

 

「それがパネルの事。それに、()()()()()()()()()()このドライバーとボトルの出所を黙っていた理由ってワケか」

 

 トレンチコートのポケットから取り出したビルドドライバーと数本のボトルを見下ろしてそう確かめる戦兎に、その通り、と石動が頷く。

 

「幸い、お前も深く追究してくるような事は無かった。この分なら、いつか時が来るまで隠し通せるだろうと、俺も安心し切っていた。――俺達の前に夜宵が現れた、三ヵ月前のあの日までは」

 

 再び夜宵へと目を向けた石動が、あの時は本当にヒヤリとしたよ、と語り出す。

 

「美空よりも年下の女の子が、戦兎と同じように仮面ライダーに変身出来るなんてだけでも驚きなのに、よりにもよってお前が持っていたのは()()()()()()()()()()()()ドライバーとボトルだった。おまけに、出会ったばかりのお前は俺達をファウスト(誘拐犯)の仲間だと勘違いして露骨に警戒しているときた」

 

 間違いなく、夜宵のドライバーとボトルの出所を知った戦兎が自分の物について疑念を抱く。

 それだけならまだしも、夜宵の不信の影響を戦兎が受ける事で、これまで築き上げて来た彼との関係が崩れてしまうかもしれない。

 そんな懸念があったため気が気でなかった、と三ヵ月前を思い返すように語る石動であったが、すぐに、杞憂だったけどなぁ、とその肩が竦められる。

 

「お前もそれほど俺達の事情に突っ込んでは来なかった。そりゃ美空の事とか、話さなきゃ収まらなかった事もいくつかあったが全部核心に触れるもんじゃなかったし、戦兎にもドライバーとボトルについて実際訊かれもしたが、どうにか誤魔化せたしな」

 

「嘘吐くんじゃないよ。いつか話すからその時まで待ってろ、の一点張りだったじゃねーか」

 

「そだっけぇ?」

 

「そーだよ。全く、こんなマズいコーヒー臆面もなく出してきやがって。どんだけだよアンタは」

 

「ちょ、そんな事言う? まだ口つけてないだろお前ー?」

 

「飲まなくったって分かるっての」

 

 ワザとらしく首を傾げる石動に、テーブルの上に置かれた自分の分のコーヒーカップを指差して、憮然と告げる戦兎。

 すかさず、えー、と不満げに唇を尖らせる石動。

 そんな彼に戦兎が呆れて肩を竦めて見せて、そして少し間を置いて――どちらからともなく、二人から笑い声が零れ始めた。

 最初は堪えようとするような忍び笑いが、程無くして――特に石動の方が――遠慮する事の無いハッキリとした声へ。

 先程まで多かれ少なかれ漂っていた真剣さをどこかへ追いやったように笑い合う戦兎と石動を、呆気に取られるままに夜宵は眺めるしかない。それは彼女の隣の美空も、変わらず壁際の方にいる万丈も同じだったようで、

 

「な、何笑ってんだよお前らっ?」

 

困惑に目を白黒させるしかない様だった。

 その万丈からの問いに戦兎も石動も返事は返さなかったが、それが止める切欠になったのか、どちらからともなく笑い声が止んでいく。

 そして、ふー、と深く息を吐いて落ち着いたような様子を見せた戦兎が、椅子の背凭れで支えていた上半身を前のめりにして、石動へと告げた。

 

「今回はこの辺にしといてやるよ。聞きたかった事は大っ体聞けたしな」

 

「そうかそうかぁ、納得して貰えたようで何よりだ」

 

 そう言葉を交わした後、もう一度互いの顔を見合わせてから笑い声を漏らし合う戦兎と石動。

 そこには、パンドラパネルを片手に秘密を追究しようとしていた時の剣呑さや疑心は最早存在していない。代わりに、普段のnascita内に流れている和気藹々とした空気が、二人を中心に戻りつつある。

 故に、それを察した夜宵は力の張っていた肩を落として息を吐き、同じく緊張が解けてか大きな欠伸を掻いた美空の涙が滲んだ目と視線を交わして、笑い掛けた。

 万丈も、いまいち事態が飲み込めていないようでまだ片眉を上げていたが、それでも椅子の上で腕を組んで大人しくしていた。

 パンドラパネルと石動の過去への追究は、少なくともこの場では終了した。その場に居る誰もが、そう感じ取っていた。

 ――ただ一人を除いて。

 

『納得したですって?』

 

 立ちっぱなしで足に疲れを感じて来たので席へ戻ろうと夜宵が踵を返したそのタイミングで、パーカーのポケットからメイジーの不満げな声が聞こえた。

 反応して立ち止まった夜宵はポケットから彼女を取り出し、周囲に見られないように気を付けながら彼女に尋ね返した。

 

「何よ急に? 大体の事はマスターが話してくれたじゃない?」

 

 パンドラパネルがnascitaにある理由も、石動の過去も、ついでに戦兎のドライバーとフルボトルの正しい出所も、全て明らかにされた。

 この上で、一体何が納得いかないというのか?

 

『貴女こそ何を言っていますの? まだ解決していない事があるどころか、()()()()()まで出て来たというのに』

 

「新しい疑問?」

 

 意味が分からずオウム返しする夜宵に、メイジーが呆れたような、あるいは嘆かわし気な溜息を吐いてから、半目にした赤い一つ目を横へ動かす。

 その視線を追って夜宵が後方へ振り返った先にあったのは、もう一度大きな欠伸を掻いている美空だった。

 

『誘拐されていた美空ちゃんを石動 惣一が救い出した、という話は――そもそも、この話からして私としては今でも疑わしいんですが、誘拐していたのがファウストだったというのなら、状況が大きく変わって来ますわ』

 

「大きく変わる?」

 

『だってそうでしょう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事になってしまうんですから』

 

 そう言われて、漸くメイジーの言う()()に気づいた夜宵は、あっ、と目を見開いた。

 

「マスターが一人で美空を、()()()()()()()()()()()()?」

 

 自らの口に出したその事実を、しかし夜宵は受け入れる事が出来ない。

 当然だ。これまで明らかにされた話を整理して出された筈のそれは、およそあり得ないのだから。

 

『石動 惣一は唯の人間ですわ。貴女や桐生 戦兎のように仮面ライダーに変身できるワケでも、万丈 龍我のような馬鹿力があるワケでもない。ましてや、私の“処刑の力”のような、この世ならざる力を使えるワケでもない』

 

 その石動が、たった一人で囚われていた美空を救い出し、更にはパンドラパネルとビルドドライバーにフルボトルを奪い取る。――そんな芸当を許すほど、ファウストは易しい相手だったか?

 ――否。

 特別な力を持たない普通の人間である石動が相手取るには、スマッシュのような怪物を創り出し、更にローグのような存在までいるファウストは強大過ぎる。仮面ライダーとして実際に連中と戦って来て、その力が肌身に染みている夜宵だからこそ、尚更こうとしか思えない。――()()()()、と。

 しかし――。

 

「ほ、ほら、マスター宇宙飛行士だったみたいだし!」

 

 それでも、石動に疑いを向ける方向に夜宵は舵を切れない。

 正確には、

 

「宇宙飛行士って物凄く大変な訓練するっていうし、ひょっとしたら、マスターももの凄く強かったりとか――」

 

石動を疑いたくない。

 

『それでスマッシュやローグの相手が出来るとでも? ローグに至っては、仮面ライダー(貴女や桐生 戦兎)ですら手も足も出なかったのに?』

 

 嘆息混じりに返すメイジーの言葉は、夜宵自身も考えが至っていたものだ。反論のしようが無い。

 そのため言葉に詰まりつつも、どうにか別の観点から引き出した石動の弁護を夜宵は口にする。

 

「で、でもっ、マスターだって言ってたじゃない。アジトの場所教えられるくらい、ファウストから信用されてたって。なら、ファウストの奴らだってマスターに隙の一つや二つくらい見せたかもしれないし」

 

 しかし、これも所詮は一時凌ぎ。

 

『そこがそもそも引っ掛かりますわ。ファウストからすれば、石動 惣一はあくまで美空ちゃんという人質がいるから手駒に出来る部外者でしか無かった筈。いくら信用を得たと言っても、大切な人質だけでなく、聞くからに貴重な品々も納めていた隠れ家の場所を教えたりするものですかね?』

 

 勿論、貴女の言う通りであった可能性も無くは無いですけど、と即座に返って来るメイジーの疑惑の籠った返答に、再び言葉に詰まる夜宵。

 

「……けど――」

 

 それでもなお、反論の言葉を告げようと彼女は頭を回す。

 協力者を、友人の父親を。

 何より、彼女にとっての()()()()()()を体現する男を、信じたい一心で。

 結局何も思い付かないながらも、どうにか口を開き――。

 

「何やってんだお前?」

 

 ――掛けたその時、不意に背後から声が掛けられた。

 突然の事に、思わず小さな悲鳴を上げて肩を跳ねさせた夜宵は、反射的に声のした方へと振り返る。

 果たしてその視界に現れたのは、

 

「ば、万丈さん?」

 

夜宵の肩越しに彼女の手元の方を訝し気に覗き込みながら、ポリポリ、と頭頂から後頭部を編み込んだ茶髪を右手で掻いている万丈であった。

 

「さっきからワケ分かんねェ事ばっか言ってよォ? 勝手に納得して笑ってるアイツらもだけど、いい加減気味悪ィっつうの」

 

 チラリ、と未だ笑い合っている戦兎と石動の方を横目に見遣りながらそう言った彼の腕が、不意に夜宵の肩の上を抜け、その手元目掛けて伸ばされる。

 それに反応し、あっ、と夜宵が声を上げた時には既に時遅く、

 

『ひっ……!?』

 

その右手からアップルフルボトル(メイジー)が奪い取られていた。

 突然の事に虚を突かれて固まる夜宵であったが、すぐに気を取り戻して万丈の右手からアップルフルボトル(メイジー)を奪い返すため、手を伸ばそうとする。

 が、それは叶わない。

 そうしようとした直後、

 

『いっ、イヤアアアアアァァッ!!』

 

「っ……!?」

 

赤い瞳が点と化すほどに一つ目を見開いたメイジーの絹を裂くような悲鳴のあまりの激しさに、伸ばし掛けた手を思わず耳へと移動させてしまったために。

 

『はっ、放せえぇ! 放しなさいっ、この悍ましい狼めええぇぇ!!』

 

「楽しいかァ、ボトルなんかに話し掛けてよォ? こんなモンに何か言ったって、返事なんか返って来ねェだろ」

 

 右手で抓んで頭上に掲げたアップルフルボトル(メイジー)を揺らしたり、店内を照らす電灯の光に翳したりしながら眺める万丈。

 そうする間にも、奪い返そうとしている夜宵すらまともに聞いていられない程の絶叫がメイジーから上がり続けていたが、その声が彼の意に介す様子は全く無い。

 当然だ。

 メイジーの存在を認知出来るのは夜宵だけ。その声を聞き、その姿を見る事が出来るのは、少なくとも夜宵の知る限りでは彼女自身だけなのだ。

 故に、万丈にメイジーの声は聞こえていない。そもそも、ボトルの表面に浮かぶ彼女の赤い一つ目すら見えていない。いくらメイジーが訴え、罵倒したところで、夜宵以外の人間には何の意味も無い。

 なので、

 

「――ん゛? 何だコイツ? 何か、他のボトルと感じが……?」

 

「――ああ、もう! いい加減返して!」

 

何とかメイジーの激しい声に片耳だけを塞いで耐えつつ、空いている手を必死に伸ばして、何故か首を傾げる万丈の手からどうにか夜宵はアップルフルボトル(メイジー)を乱暴に奪い取った。

 その際の騒ぎが周囲の目についたのか、

 

「おーい、何やってんだー? そこのお子ちゃまと筋肉バカー」

 

「あーもぉ、うるさいよぉ! 店ん中で喚かないでくれよなぁ」

 

気付けば、顔を顰めた戦兎と、両手を耳に当てた石動、眠たげな半目の美空が一斉に夜宵と万丈へと向けられていた。

 その視線にバツの悪さを覚えた夜宵は、焦りながら万丈を指差し、反論する。

 

「いやだって! この人がいきなりメイ――じゃなくて私のボトルを取ってくから!」

 

「ボトルぅ?」

 

 危うく呼び掛けたメイジーの名を訂正しつつの夜宵の言葉に、戦兎が胡乱気に細めた目で彼女の手の中のアップルフルボトルを見遣る。

 かと思った次の瞬間、あっ、と彼が掌に拳を打ち付けた。

 まるで、忘れていた何かを思い出したように。

 

「思い出した!」

 

 否、正しくそうだった。

 

「お前、昨日紗羽さんのカメラ壊したろ?」

 

「へっ?」

 

 人差し指を向けて放たれたその言葉の意味が分からず目を点にする他ない夜宵であったが、続けて、紗羽さんから聞いたぞ、と戦兎が付け加えた説明によって彼が何を言わんとしているのかを理解する。

 どうやら、一昨日のフライングスマッシュとの戦闘の際、騒ぐ滝川を黙らせるために彼女の撮影器具をライダーメイジーの力(念動)で飛ばした事について文句があるらしい。

 そして同時に、あ、と夜宵は気づいた。――自分の()()に。

 

「一体どういうつもりだ? 仮面ライダーの力使って悪戯か?」

 

「いや、アレはそういうのじゃなくて、あの人があんまりにも騒がしくて集中出来なかったから少し黙ってもらおうとして――」

 

 じっと追究の視線を向けて来る戦兎から目を逸らしつつ夜宵は返答するが、その口はどうにも上手く回らない。過去の己の迂闊さを後悔する気持ちが、言い訳の言葉を生み出すための思考の障害となってしまっているがために。

 いやそれ以上に、

 

「だったらそうと口で言えば良いだろ?」

 

「で、でも、戦闘中だったし」

 

「尚更口で言った方が良かったじゃねーか」

 

「でも――」

 

「夜宵。――前に言ったよな? ()()()()()()()()()()()()()()()()、って」

 

目の前まで移動し、鼻先5cmも離れていない程に顔を近づけた彼が最終的に何を言わんとしているのかが、分かってしまっているがために。

 

「ドライバーとボトル、今ここで()()()()()?」

 

「――っ!」

 

 トーンを下げた威圧感の強い声で、特に没収という言葉を強調しながら告げる戦兎に、返す言葉があっという間に消え失せた夜宵は目を見開いて言い淀む。

 そのまま、蛇に睨まれた蛙のように鋭く睨み付ける彼の双眸に身を硬直させた夜宵は、至近距離で視線を交わし合うことなった。

 そうして二人の間に漂う張り詰めた空気。

 先程の様に目を逸らす事も許されない緊張状態に、夜宵の強張った頬から冷や汗が垂れ落ちた――丁度その時だった。

 

「特ダネ特ダネ~!!」

 

 不意に店の出入り口から勢い良く開け放たれたかと思いや、スマホを片手に慌ただしくその場に乱入して来た滝川によって、重たかった空気が呆気なく霧散したのは。

 

 

 

 そんな一時は緊迫した空気が漂ったnascitaでの一見から時は過ぎ、午後8時。星観家。

 

『うう~、万丈 龍我ぁ……! よくも、よくも私に汚らわしい手を……!』

 

「……あんたまだそれ言ってんの?」

 

 入浴を終え、薄いピンク色のパジャマを着てから自室のドアを開けるや聞こえて来る怨嗟の呻きに、呆れた夜宵は薄目で勉強机の方を見遣った。

 すかさず、その上に立っているアップルフルボトル(メイジー)が荒げた声を返す。

 

『あの男が――万丈 龍我が何をしたと思ってますの!? 触れたんですのよ、この私に! あの狼の! 無駄にゴツゴツして、筋張った手が! 汚らわしい指が!』

 

 ああ、悍ましい、と赤い一つ目を下弦の形に歪めて憎々し気に吐き捨てるメイジー。

 フルボトルに封印されている以前に肉体を失っている彼女だが、その肉体が残っていたならば自らを抱き締めて身震いしている事だろう。

 最も、そんな事ははぁ、と溜息を吐く夜宵の知るところでは無いが。

 とはいえ、あの時の万丈の行動に彼女が不快感の類を何も感じていないかといえば、それはまた別だ。

 

「まぁ、いきなり人の物取っていくのは無いと思うけど」

 

 単純にマナーが悪いし、男に触れられた事に反応したメイジーの凄まじい絶叫のせいでまだ少し耳鳴りが続いている。極めつけに、危うく戦兎にドライバーとボトルを没収されそうになる始末だ。

 

『最後のは貴女自身の身から出た錆ですけどね』

 

「……」

 

 一つ目を細めてのメイジーの指摘に、そっぽを向いた夜宵は首に掛けていたタオルで髪を撫でた。

 髪にまだ水気が残っていたためだが、返す言葉も無い正論へのばつの悪さを誤魔化す目的があった事も否定は出来ない。

 実際、続けて視界の外から聞こえたメイジーの嘆息の息も同じように聞こえない振りをする頃には、既に髪の水気は無くなっていた。

 

『やれやれ、紗羽さんがあの場に現れなかったらどうなってたやら。壊したカメラの事も笑って許してくれましたし、感謝しないといけませんわね?』

 

「……分かってるわよ」

 

 あの場での戦兎からの追究を逃れる事が出来たのは、不意に現れた滝川が持って来た()()()に彼の意識が引っ張られて有耶無耶になったからだ。

 それでも滝川にした事について頭は下げなければならなかったが、それも、いいよ、気にしなくて、と彼女が笑って許した事で一応の決着は着いたため、これ以降この件で戦兎から追究される事も無いだろう。

 正にメイジーの言う通りである。

 故に、夜宵としても、メイジーへの返事が憮然としたものになってしまうくらいに気乗りはしなかったが、それはともかく、滝川には改めて感謝の言葉くらいは言っておくべきかもしれないとは思ってはいた。

 

「――にしても、以外だったなぁ」

 

 滝川の事が話題に出たためか、彼女が持ち込んだ()()()の事がふと夜宵の頭の中に蘇る。

 それにメイジーが――恐らく、夜宵の言わんとしている事が何であるか察したためだろうが――面白く無さそうに一つ目を歪めながら、何が、と尋ねて来たので、夜宵はこう返した。

 

「戦兎さんの正体」

 

 そう、それこそが滝川が持ち込み、更には夜宵に詰め寄っていた戦兎が意識を強制的に向けざるを得なかった()()()の正体。

 どうも滝川の方でも独自に調査していたようで、戦兎の写真――当の彼が知らない様子だったため、どうやら無許可で撮ったものらしい――をネット中に――やはり無許可で――ばら撒いて情報を募っていたそうだ。そして、鍋島一家を安全な場所まで送ったその直後に、過去の戦兎を知る人間からの連絡があったとの事だった。

 肖像権もプライバシーもへったくれも無い、何とも乱暴な方法だ。実際、この話を聞かされた時には夜宵も開口せざるを得なかった。

 だが、そんな衝動は次の瞬間には跡形も無く消え失せてしまう。

 続けて滝川から語られた、彼女に連絡を寄越した人間が語ったという記憶を失う前の戦兎の、その予想だにしない人物像が齎した衝撃によって。

 

「まさか、昔の戦兎さんが()()()()()()()()()()

 

 事ある毎に自身を天ぇ才物理学者と声高に自称する今の彼からは凡そ結びつかない、売れないバンドクラブの一員だったという想定外すぎる戦兎の過去を思い出した夜宵の顔には、初めてそれを聞かされた時と同じ何とも言えない笑みが浮かんでいた。

 

 

 

「……最っ悪だ……」

 

 東都、エリアG3。

 あまりにも想定の埒外過ぎる過去の自分の事を聞かされ、何かの間違いなんじゃないかと疑心と不安が綯い交ぜになって眠るに眠れなかった昨晩から日を改めた現在。

 自分の過去を知るという人間との邂逅を終えた戦兎は今――街路地の真ん中で項垂れていた。

 

「絶対違う。絶対俺じゃないよ()()

 

「え~、でも顔とか瓜二つだったよ?」

 

 頭を振って否定の言葉を述べると、隣に並んで歩く紗羽が何の気無しにそんな事を言う。

 が、その言葉を――引いては、つい先程知らされた“過去の自分”を受け入れる事は、今の戦兎には到底できない事だった。

 何せ、唯でさえバンドをやっていたなどという事前情報の時点で怪しい事この上無かったのに、明かされたその姿は当初の想定の遥か斜め下を突き進むようなものだったのだから。

 

「顔だけでしょ!? それ以外全部違うでしょ! 違うって、絶対違う。良く似た別人だよ、佐藤 太郎(さとう たろう)は!」

 

 佐藤 太郎(さとう たろう)――それがかつての戦兎の名前、らしい。

 確かに、その顔は戦兎のそれと全く同じだった。背格好も、非常に良く似ている。

 だが、それ以外の彼の特徴は戦兎とは凡そ似ても似つかない。正反対と言っても良いものばかりだった。

 当初からの疑いの種であった、今の戦兎のイメージからは凡そ結びつかないバンドをやっていた事も。

 戦兎がまず身に着けないような真っ赤なツナギを、バンドのユニフォームとしてだけでなく私服としても愛用していた事も。

 綺麗好き――と言っても、発明品を作るための様々なジャンクパーツや工具でnascitaの地下室の机を埋め尽くしている事が多いため、ほぼ自称だが――な戦兎では入る事すら躊躇する、足の踏み場もない程にゴミで埋め尽くされていた汚部屋で生活していた事も。

 バンドが成功したら女子アナと結婚して、牛丼卵付き100杯食べて、ビル1000件買うと、凡そ戦兎の口からは出てこない色んな意味でバカげた夢をよく豪語していたらしい事も。

 それに――。

 

「紗羽さんだって聞いたろ、あの歌? あんな頓珍漢なの、俺が歌うと思う?」

 

 記憶を思い出す手助けになれば、と佐藤のアパートまで案内してくれた人物が彼のバンドが歌っていた曲を聞かせてくれたのだが、これがまた何とも凄まじいもので、唯でさえ膨らんでいた戦兎の疑心は更に膨らむ事となった。

 彼をそんな心境に至らせたその歌詞の一部が、これである。

 

――朝はカルビを食~べたぜ! 夜はホルモン食ってや~る! アイム・スーパー・ヤキニク・タァインム!!――

 

「何だよスーパーヤキニクタイムって……? どんだけ肉食いたいんだよ……!?」

 

 あくまで上述の歌詞は()()である。曲全体に至っては、もはや稚拙だとか、幼稚だとか、そんな言葉で評せる代物ではない。

 こんな、どこかの筋肉バカすら編み出しそうにない壮絶な代物を、過去の自分が作ったなどとは到底信じられないし、信じたくも無い。

 ――と、そんな感じで戦兎が一層深く肩を落としていると、えーっ、という驚きの叫びが彼のすぐ背後から上がる。

 重い首をゆっくりと動かして戦兎がそちらの方を見遣れば、一人の青年が彼と紗羽に追従して歩いていた。

 

「アニキめっちゃ絶賛してたっすよ、“YAKINIKU”! 「この曲サイコーッショォ! マジ()作っショーォ!!」――って」

 

 そう無邪気に言う青年は、一口でその様を言い表すのが難しい程に特徴的ないで立ちをしている。

 やや小太りで短足気味の体に纏うのは、上半身の部分を腰まで下ろしてズボンのように着崩しているオレンジ色のツナギに、佐藤が組んでいたというバンド“ツナ義ーズ”のロゴがど真ん中に大きくあしらわれた黒のタンクトップ。

 首下には南京錠を留め具にした革のチョーカーが巻かれており、更にその上の頭は体同様にふっくらと丸みを帯びた輪郭を描いている。更に並び方の悪い歯が飛び出た口とピンク色のセルフレームの眼鏡から覗く一重の双眸が散りばめられた顔の、更にその上に乗せられた黒髪は天然のパーマが掛かっており、どうにも鬱陶しい印象を抱いてしまう。

 

「……それを言うなら()作だからな? 全然そんな風に思えなかったし、そもそも俺は肉より魚派だけど。あー……っと、立弥(たつや)?」

 

 それに沈んだ声で突っ込んだ後、まだ覚え切れていない、というよりもしっくり来ない青年――岸田 立弥(きしだ たつや)の名前を、やや覚束ない口調で戦兎は口にする。

 そう。彼こそが紗羽の手引きによって見つかった、戦兎の過去を知る人間。彼に佐藤 太郎(かつての戦兎自身)の事を伝えた張本人だ。

 その立弥が、何故か今、眉を八の字にして、落胆の息と共に肩を落とした。

 その不意の変化に、どうした、と僅かばかり動揺しつつも戦兎が問い掛けたところ、こういう答えが立弥の口から返って来る。

 

「あー、今までアニキに、その、何ていうか……余所余所しいっていうか、他人行儀っていうか……まー、そんな感じで呼ばれた事無かったんで……ちょっとショックだったっていうか」

 

「ああ……」

 

 そういう事か、と残念そうな表情で見上げる立弥に相槌を返しつつ、戦兎は納得する。

 立弥は、佐藤 太郎(かつての戦兎)のバンド仲間で、同じアパートの部屋で生活を共にする程仲が良い後輩だったという。

 そんな彼が言うには、佐藤はあまり深く物事を考えないお調子者だったが、行動力が人一倍強く、何よりお人好しで困っている人間を見過ごせない性質で、だからこそ、誰より尊敬出来る最高のアニキだったらしい。

 それに、そう語った立弥自身も、今朝出会ってから現在に至るまで短い間でそうと分かる程に人懐っこい性格だ。

 そんな立弥の視点に立ってみれば、心から慕っているアニキである佐藤(戦兎)から、さも初めて会った他人にでもするような素っ気無い態度を取られれば、少なからず傷付きはするだろう。

 こうして顔を向かい合わせてもなお思い出せず、あくまで今日出会ったばかりの他人としてしか接する事が出来ない戦兎自身と違って。

 

「ま、アニキの記憶が戻れば全部解決っすけどね!」

 

 全然大した事無ぇっすよこんなの、と哀愁を漂わせていた顔を一変して破顔させた立弥が、足取りを早めて戦兎と紗羽の先へと移動する。

 

「アニキの言ってたトコってあとどんくらいっすか?」

 

「あ、ああ……もうすぐだ。あそこの角、曲がったトコ」

 

「おっしゃあ! そんじゃ俺、先行ってますから!」

 

 そう言うや、急に駆け出す立弥。

 咄嗟に、あ、おいっ、と腕を伸ばして戦兎は彼を呼び止めようとしたが、あっという間にその後ろ姿は小さくなり、直前に示した曲がり角の方へと消えてしまう。

 そのまま、声を掛けようとした相手が居なくなって上げている意味の無くなった腕を下ろして溜息を吐く戦兎に、紗羽が声を掛ける。

 

「行っちゃったね、立弥君」

 

「アイツが先行ったってしょうがないでしょ。記憶取り戻すの、俺なんだから」

 

 腕を組み、ふぅ、と立弥が消えた方へ呆れた視線を送りながら戦兎は鼻を鳴らす。

 それに、まぁね、と同意しつつも、続けて紗羽がこう返して来る。

 

「きっと気持ちが先走っちゃってるんだよ。早く立弥君が知ってる戦兎君(尊敬するアニキ)に戻って来て欲しいって気持ちがさ」

 

「……分かるけどさ」

 

 むしろ、分かり過ぎる程だ。

 今の自分は桐生 戦兎という仮初の名前と仮面ライダーの力以外は何も無い存在。果たして何者なのか、自分ですら分からない不安定な存在で、そんな自身の現状は戦兎にとって何にも勝る不安の種だ。

 だからこそ、一日でも早く記憶を取り戻して、確立された何者かへ戻りたいと彼は常に考えている。

 だからこそ、佐藤 太郎(心から慕う先輩)であった筈の自分を一刻も早く元に戻してやりたい、戻って来て欲しいという立弥の想いも痛い程に理解出来るのだ。

 ……それはそれとして、

 

「でも、やっぱ昔の俺が佐藤 太郎だったっていうのはさ~……」

 

かつての自分が佐藤 太郎だったという話をやはり戦兎は受け入れられないのだが。

 

「気持ちは分からないでもないよ? でも、そしたら戦兎君はどう思うの? 佐藤 太郎と貴方の()()()()()()()の事?」

 

「それは……」

 

 首を傾げながらの紗羽の問い掛けに、戦兎は口を噤んでしまう。

 何も言えない。彼女が口にした()()()については、戦兎も認めざるを得ない。

 そもそも、こうして佐藤のアパートを離れて街路地を移動している事すら、その共通点が理由なのだから。

 

「同じ日だったんでしょ? 佐藤 太郎が失踪したのと、記憶を失くした戦兎君がマスターに拾われたの」

 

 そう、これこそが戦兎と佐藤を結ぶ決定的な共通点。

 アパートにて立弥から伝えられた佐藤が失踪した日は、かつて戦兎が石動と出会い、今の彼を取り巻く全ての始まりとなった、一年前のだったのだ。

 同じ日に、同じ顔の人物が片や消息を絶ち、片や記憶を失っていたのだ。これを偶然と呼ぶのは、些か以上に無理がある。

 それは戦兎も承知している。――承知しているうえで、なお自分が佐藤 太郎であると受け入れられないでいるのだ。

 

「……あーもう、分かってるよ! だから今向かってんでしょうが」

 

 だからこそ、その共通点の事を確かめるために、彼は()()()()を目指しているのだ。

 そう、全ての始まりともいうべきその場所へ。

 

「一年前にマスターが俺を拾った、あの路地裏へさ」

 

 

 

「クッソォ!」

 

 そんな怒声と共に木製の物を力任せに蹴り付けたような重々しい衝突音が夜宵の耳に飛び込んで来たのは、nascitaの出入り口の前に辿り着き、その扉に手を掛けようとした、正にその時だった。

 膝までスカート部分が伸びたベージュのワンピースに水色の上着、黒タイツを身に着け、左肩から外出用の鞄を下げた彼女は、一体何事かと、思わず肩を跳ねさせて引っ込めた手でもう一度ドアノブを掴み、慌てて扉を押し開けた。

 果たして夜宵の視界に入って来たのは、カウンター席から驚いたような、あるいは迷惑そうな表情を肩越しに覗かせる美空と、そんな彼女の視線の先で倒れたテーブルへと足を突き出し、いかにも蹴り倒した直後という様子の万丈という、異様な雰囲気の二人がいる店内の様相であった。

 そんな店内の、というよりも万丈の放つ剣呑な空気に、一体何事か、と思わず足を踏み入れる事を忘れ入り口で立ち止まる夜宵に、あっ、と今しがた彼女の事に気づいたような素振りを見せる美空から声が掛かった。

 

「夜宵おはよー」

 

「あ、うん、おはよう」

 

 いつも通りの寝間着姿でマイペースに手を上げての美空の挨拶に、まだ少し残る動揺故に覚束ない口調で返事を返す夜宵。

 その一方で、腰に赤いチェック柄の上着を巻いた半袖黒シャツ姿の万丈の方は眉間を寄せた顔で夜宵の方を一瞥したかと思いや、ちっ、と舌を打って、倒れているのとは別のテーブル席の椅子を引き出し、大きな軋みが上がる程に乱暴に腰に下ろした。

 そのまま、クソッ、と二人のいない方を向きながら頬杖を突く万丈を横目に見つつ、そそくさと美空の傍まで移動した夜宵は、彼の背を指差しながら尋ねた。

 

「どうしたのあれ? 何か、すごいイライラしてるけど?」

 

「戦兎の事知ってる人見つかったのが気に入らないんだって」

 

 夜宵の方も、万丈の方も向かず、手元の――中身がくり抜かれた牛の中に、それぞれの部位名がプリントされた肉のピースを嵌め込んでいく形式の――パズルを組み立てながら、美空が答える。

 その答えに、何で、と夜宵は首を傾げる。

 それに対し、パズルを組む手を止めない美空からは、知らないし、としか返って来なかったが、

 

「鍋島の野郎が記憶失くして、証言出来なくなったからだ!」

 

代わりに、振り返った万丈が苛立ちに溢れた声でそう答えた。

 その思わぬところからの回答と激しい怒声に夜宵が怯んでいる間に、万丈が椅子から腰を上げ、彼女達の方へと速足で向かって来る。

 

「俺はやっとの思いで見つけた証人が使いモンにならねェし、手掛かりも一切無くなるわで()()()()()()だッ! なのに、アイツの方は自分(テメェ)の正体知ってる奴見つかったからって、朝からずっと出ずっぱりでッ!」

 

「あの……そこは()()()()()――」

 

「こちとらまともに外にも出られねェのによォ!!」

 

 グイグイ、と至近距離まで来ても足を止めず迫って来る万丈を押し止めようと両の掌を向けつつ、夜宵は後退る。

 その最中に彼の間違いを指摘しようとしたが、やや怖気付いたその声は吠えた万丈によって遮られてしまう。

 その際に飛んで来た唾に、うわっ、と顔を背けて腕を翳す夜宵。

 その僅かな動作の間に傍のテーブル席の椅子に再び乱暴に座った万丈が、クソッ、と拳をテーブルに振り下ろした。

 すかさず、テーブルから鳴り響く衝撃音。

 ミシミシ、やベキベキ、という明らかに鳴ってはいけない音を伴ったそれに、夜宵は美空と共に肩を跳ねさせ、驚きに目を見開いて万丈を凝視する。

 そこで、ふと彼女の耳が微かな声を捉えた。

 

「……何で俺のトコから何も無くなったところに、狙ったみてェに出て来んだ……!? 自分(テメェ)のためだけに動いたのが、そんなに悪ィってのかよッ……!?」

 

(……?)

 

 その万丈の呟きに引き寄せられるように彼を注視してみれば、テーブルに叩き付けたその拳が小刻みに揺れているのが見て取れた。

 まるで何かを堪えるようにも見えるその様子に訝しみを覚えた夜宵は、一体どうしたのかと万丈に声を掛けようとするが、それよりも一歩早く、おい、と彼の首が彼女の方を振り向く。

 

「お前は悔しく無ェのかよ?」

 

「え?」

 

「良く知らねェけどよ、お前、友達(ダチ)探してんだろ? このままじゃあの野郎に先越されるんだぞ? そうなっても悔しくねェのかよ?」

 

「いや、別に……?」

 

 半ば睨み付けられながらの万丈の問いに、首を傾げながら夜宵は返答する。

 その答えを受け取るや、何でだよ、と万丈の双眸が鋭さを増すが、逆に夜宵の方がそう訊き返したい気分だった。

 戦兎に先を越される、というのはつまり、彼の過去を知る人間と接触する事で、戦兎が記憶を取り戻す事を言っているのだろう。それこそ、万丈の無実が証明されるよりも、あるいは夜宵が沙也加を救出するよりも前に。

 一体、それのどこに問題があるのだろうか?

 別に競争しているワケではないのだ。先に戦兎の記憶が戻ろうが、万丈の無実が証明されようが、最終的に自らの手で沙也加を取り戻すことが出来れば、夜宵としてはそれで良い。むしろ、二人のここまでの苦労を知っている身としては、労いの言葉の一つ二つは送ってやってもいいとさえ思っている。

 それに、もし今回の件で戦兎の記憶が戻る事があれば、それは彼女個人としても喜ばしい事になるかもしれない。何故なら――。

 

「だって戦兎さんの記憶が戻ったら、そこからファウストの手掛かりが見つかるかも知れないじゃないですか?」

 

 戦兎の記憶がファウストの人体実験のせいで失われたのは、既に周知の事実だ。

 ならば、その彼が実験された時の記憶を取り戻すことが出来れば、その記憶がファウストの尻尾を掴む新たな足掛かりになるかもしれない。万丈の無実の証明や、沙也加を助け出す手掛かりに。

 だからこそ、戦兎の記憶が戻る事は夜宵にとっても、万丈にとっても有益な事なのだ。

 実際、その事を説明してみれば万丈も、あ、ああ、と揺れるように小刻みな頷きを繰り返して納得し掛けるような素振りを見せていた。が、あるところでふっと思い出したように首を左右に忙しなく振って、

 

「そ、そういう話じゃねェっ!!」

 

と動揺混じりに怒鳴り返して来る。

 それに眉根を寄せ、

 

「じゃあ何ですか?」

 

憮然とした態度で問い返した夜宵に、即座に万丈が何かを言い返そうとする素振りを見せる。

 しかし言葉が纏まらないのか、意味を為さない単語が出て来てはそれが引っ込むというような動作を暫く繰り返した後、最終的にクソッ、とだけ吐き捨てた彼は背を向け、ブツブツ、と何かを愚痴り出し始める。

 微かな声で呟くその内容はちっとも聞き取れなかったが、ともかくその振る舞いは、まるで不貞腐れた子供のようだった。

 そんな万丈の背を見ながら夜宵が嘆息する傍ら、

 

『全く、何かと思えば下らない。本当に騒々しくて迷惑な(狼さん)ですわ』

 

メイジーがフン、と鼻を鳴らす。

 夜宵の鞄の中に入っている彼女には周囲の詳しい状況こそ分からないが、会話の流れから万丈が面白く無い目に遭っている事までは察したのだろう。聞こえて来るその言葉には侮蔑の感情だけでなく、まだ尾を引いている昨日の恨みや、そこから来る嘲笑の感情も伝わって来る。

 そんなメイジーの方にも夜宵が内心で苦笑していると、

 

「……そういやよ」

 

そっぽを向いていた万丈がジロリ、と肩越しに再び鋭い目を向けて来た。

 それに、ん、と夜宵が首を傾げると、椅子に座ったまま体の向きを再び彼女の方へ戻した万丈がこう言った。

 

「お前、前に言ったよな? “一緒に無実を証明しよう”、ってよォ?」

 

「ん、まぁ……」

 

 確かに香澄の一件の時に、恋人の死で自棄になり掛けていた万丈を立ち直らせる過程で確かにそんな言葉を掛けた覚えはある。が、何故その時の事を今更?

 不可思議に思い肩眉を上げた夜宵は、続いて、だったら、と身を乗り出して告げられた万丈の言葉に、思わず声を上げた。

 

「何か無ェか考えろよ! 俺の冤罪証明する手掛かりとか!」

 

「ええ~?」

 

「何でそこで、ええ~、なんだよッ!? 何だお前!? あん時の言葉は嘘かッ!?」

 

「いや、嘘のつもりは無いけど……」

 

 それで何故、この場で万丈の無実を証明する手掛かりを考える事になるのか?

 彼が戦兎の記憶が先に戻るのを良しとしないのも、彼の記憶から手掛かりを得る事も良しとしないのも結局理由不明のままのため釈然としない夜宵であったが、しかし歯を剥いて睨み付ける万丈の形相は適当な言葉ではぐらかす事を許してくれそうにはない。

 仕方なく、何か無いか、と口に手を当てて夜宵は思考してみるが、それらしいものは欠片も浮かんでこない。彼女にしても鍋島がここ数日で一番の手掛かりだったのだから、当然の結果である。

 と、そこへふと、鞄の中のメイジーからこんな提案が投げ掛けられる。

 

『ナイトローグなら何か知ってるんじゃなくて?』

 

「ナイトローグ?」

 

 彼女から出て来た思わぬ名前を、反射的に夜宵は復唱する。

 と同時に、目を剥いた万丈がガバリ、と勢い良く顔を上げたが、メイジーの発言に気を取られる夜宵はそれに気づく事無く、どういう事、と彼女に続きを促す。

 

『どうもこうも、単純な話ですわ。鍋島が記憶を失ったのはファウストのせいなんだから、つまり鍋島が万丈 龍我の無実を証言する事が出来るのを知っていたという事です。だったら――』

 

「――ローグもファウストだから、万丈さんが無実だって知っている?」

 

『そういう事ですわ』

 

 思い返せば、鍋島の家族の救出に際しての罠も、こちらが鍋島と連絡を取ろうとする事を、ファウスト側が知っていなければ成り立たない。つまりはメイジーの言う通り、鍋島が万丈の無実を証言出来る事――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事になる。

 であれば、その一員であるローグも彼の冤罪について知っている可能性が高い。もしも奴を捕まえる事が出来るならば、万丈の無実について証言させる事が出来るかもしれない。――その可能性に彼も至ったらしく、

 

「それだーッ!!」

 

掌に拳を打ち付けた万丈が、座っていた椅子が倒れる勢いで立ち上がって喜色ばんだ叫びを上げる。

 

「おっしゃ決まりだ! そうとなりゃ、早速あの蝙蝠野郎を探してとっ捕まえんぞッ!!」

 

 先程までの苛つきぶりが嘘のように、晴れやかな笑顔を浮かべてそんな事を宣う万丈。

 しかし、その言葉に、いやいや、と夜宵は首を左右に振る。

 

「簡単に言うけど、どうやってローグ捕まえるんですか? どこにいるかだってさっぱり分からないのに」

 

「だから探すんだろが! 何かあんだろ、野郎の居場所探す方法!」

 

「何か、って……」

 

 あまりの万丈の物言いに頭痛を覚え、夜宵は額に手を当てる。

 つい先程まで冤罪を証明する宛てすら無かった彼にしてみれば、ローグという明確な手段を探し求める方が恐らくマシなのだろう。

 しかし、夜宵からすれば左程状況は変化していない。

 彼女自身が言った通りあの蝙蝠男の居場所についてもやはり手掛かりすら無い状態だし、よしんば見つける事が出来たとしても、大きな問題が立ちはだかる。

 

「大体、どうやってアイツを捕まえるんですか?」

 

「あん? そんなモン戦ってブチのめすに決まって――」

 

「強いんですよ、ローグ? 私と戦兎さんが二人がかりでも勝てないくらい」

 

 そう、戦力差だ。

 香澄の一件で初めて戦った時、二体一という数の差など物ともせずあの蝙蝠男は夜宵と戦兎をあしらって見せた。その後に夜宵一人で挑んだ時に至っては、後もう少しで変身解除というところまで追い詰められもしたのだ。それ程までに強いローグを倒すどころか捕まえるなど、無理難題もいいところである。

 その点についてもすぐに思い至ったらしく、指摘するや万丈も、ぐっ、と一度は口籠る。が、それでもようやく見つけた冤罪証明の手段を無駄にしたく無いらしく、

 

「そ、そっちも何かあんだろ、良い方法がよォ!!」

 

と食い下がって来る。

 

「ああ、だったらアレだ! 俺も戦ってやる! いよいよとなりゃ外出られねェなんて言ってらんねェ! 自慢の拳(コイツ)でローグの野郎をぶん殴って――」

 

「要りません」

 

「何でだよッ!?」

 

 手を振ってその言い分をバッサリ切り捨てるや万丈が不満を顕わに吠えるが、多少馬鹿力が過ぎるくらいで仮面ライダーに変身出来ず、スマッシュすら倒せない彼の助勢が加わったくらいでどうにか出来る程ローグは易しい相手ではない。寧ろ足手纏いだ。

 が、それを口に出すと更に面倒になる事は目に見えているため、さてどう返そうかと、詰め寄る万丈を押さえつつ夜宵が思案していると、

 

「まー、ローグに直接繋がるかは分かんないけどさ」

 

それまで会話に参加してなかった美空が不意に振り返り、タブレット端末を夜宵と万丈の間に差し込んで来る。

 その画面に映っていたのは――。

 

HN:ブラッディ・デスアダー さん

コメント:エリアG3で何やら起こっているようだぜぇ? ひょっとしたら例の怪物……いや、それ以上の奴が出て来るかも知れないなぁ? さぁさぁ、急がないと手掛かりが逃げちまうぜ! 急いだ急いだ! チャオ!

 

「スマッシュ叩いてたら本人が出て来た――なんーて事、ひょっとしたらあるかもよ?」

 

 

 

 時を少し遡り、東都 エリアG3。街中を少し外れた工業地帯の一角にある路地裏。

 入り口を除く三方がブロック積みの壁やガラス窓が並ぶ工場の壁に覆われ袋小路になっているその場所こそが、一年前に記憶を失くした戦兎を石動が見つけ保護した、全ての出会いと始まりの場所であった。

 そして同時に、紗羽と立弥を伴って戦兎が目指していたのもまたその場所であったのだが、しかし、記憶を取り戻す一助としてかつての再現を行っていた筈の彼らの姿は今、そこには無い。

 何故なら、今彼らがいるのはそこから少し歩いたところにある工場の中であり、そして、

 

「逃げて下さい!」

 

そこにいた作業員達に襲い掛かるガーディアン達を目にするや戦兎がビルドへと変身、応戦していたためだ。

 そうして黒鉄色のガトリング銃と、オレンジ色の鷹の複眼を併せ持つホークガトリングフォームと、その能力を最大限に引き出せるホークガトリンガーの速射によって瞬く間にガーディアン達を鎮圧するや、アスファルトの地面の上で倒れ込んでいた作業員達に戦兎は避難の声を呼び掛けた。

 その声に反応した作業員達は、一様に土色の作業服と黄色い安全ヘルメットを身に着けた体を起こすや大慌てで散り散りに去って行く。

 

「指名手配犯だあっ! 逃げろおぉ!!」

 

 自分達を襲ったガーディアンよりも、突如現れた仮面ライダー(指名手配犯)への恐怖を叫びながら。

 

「……ま、いっか」

 

 見る見る内に小さくなっていく作業員達の後ろ姿を眺めつつ、仮面の上から頬を掻きながら戦兎は呟く。

 助けた身として、礼の言葉の一つも無く一目散に逃げられてしまうのは正直思う事が無いでも無いが――別にこちらとしてもそんなものが欲しくて助けたわけじゃないし、少なくとも彼らの役には立てた。そういう結果は残った。

 ならそれでいい。

 ()()()()()()()()というその結果があれば、戦兎はクシャ、と笑う事が出来る。

 その結果さえあれば、仮面ライダーは、桐生 戦兎は、正義のヒーローだ。誰に、何と言われようとも。

 

「アニキ~ッ!!」

 

 ふと、背後から声が掛けられる。

 その声に戦兎が振り返って見れば、大きく手を振りながら駆け寄って来る立弥と、その後に続く紗羽の姿が視界に飛び込んで来る。

 

「アニキぃ! アニキ、仮面ライダーだったんすね!」

 

 戦兎の隣に並ぶや、びっくりしたっすよ~、と驚きを顕わにしつつ迫る立弥に、色々あってな、とそこはかとなく引きながら戦兎は返答する。

 それにへ~ぇ、と感心したように頷いていた立弥だったが、ふと、人懐っこい笑顔を浮かべていたその顔が怪訝そうに眉根を寄せる。

 

「あれ~? ってことは、殺人犯の、え~と確か……名前はド忘れしちゃったけど、そいつを匿ってるのも――」

 

 不安げに立弥がそこまで言い掛けた、その時だった。

 パン、パン、という音が何処からか響いて来る。

 まるで掌を打ち合わせているような――それもゆったりと称賛するような――音と音の間隔が少し開けられたその音の出所を探るために、立弥や紗羽と共に戦兎は周囲を見回す。

 そして、音の出所が後方だと気づくや、すぐさま体ごとそちらへと振り返った彼の複眼が、

 

『流石だなぁ、ヒーロー』

 

錆の浮いた鉄骨の柱に支えられたトタンの波打つ屋根の、その上に立つ《そいつ》を捉えた。

 

『ガーディアン程度なら軽く瞬殺かぁ。良いねぇ、それぐらいはやってもらわなきゃなぁ』

 

「お前は……!?」

 

 両腕を左右に広げ、ハハハハ、とボイスチェンジャーを通したような声で楽し気に笑う《そいつ》の姿を、驚愕に見開いた目で戦兎は見る。

 以前戦ったナイトローグのそれと良く似た意匠であるが、(Night)の名を表すような黒一色だったとはあちらとは違う、(Blood)に塗れたようなワインレッドのアンダースーツ。手足や胴に配された鈍い銀色のアーマーに、特に首下にマフラーのように――いや、とぐろを巻く蛇のように巻き重ねられている束が目立つ幾本ものケーブル。

 そして何より、顔を覆うバイザーや胸元に大きくあしらわれた、鎌首を(もた)げ、フードを広げた青緑色の――()()()

 

「……血まみれのコブラ……!」

 

 2年前、夜宵と、彼女の親友を誘拐して人体実験のモルモットにし、更には、一昨日の夜に自分と彼女に毒を盛り、一度はスマッシュ化から解放した筈の鍋島を攫った。

 その張本人が、今まさに目の前にいる。

 その驚きと、そして緊張がため、無意識に切迫させた声でその名を呟く戦兎へ、惜しい、と()が擦り合わせた指を鳴らした。

 

『その呼び方も嫌いじゃあ無いんだがぁ……聞いてないかぁ? ローグ辺りから、俺の名前をさぁ』

 

「……スターク」

 

大当たりぃ(ビンゴぉ)!!』

 

 以前ローグと戦った時、夜宵が奴から聞き出した名前を戦兎が答えるや、両手の人差し指を突き出して満足げに()が声を上げる。

 

『そう、それ! 正確には“ブラッドスターク”――血のBloodに、忍び寄るって意味のStalkだ。以後、お見知りおきを?』

 

 まるで社交の場で自らを紹介する紳士か何かのように、体を後ろへ仰け反らせて左手を胸に、掌を空へと向けた右手を突き出した気取った素振りを交え、自己紹介をする血まみれのコブラ――ブラッドスターク。

 ともすればふざけているようにさえ見えるその仕草と、何故かその言葉回しに、自分でも意外な程の不愉快さを覚え仮面の中の双眸を鋭くする戦兎であったが、しかし彼にスタークの姿を睨み続けている余裕は無い。

 何故ならば、

 

『さぁて、初めての挨拶も済んだ事だし。早速――遊んでやるとしますかぁ!』

 

そう言い終わるのが早いか否か、スタークが何処からともなく取り出した武器――ローグも使っていたバルブ付きの短剣とフルボトルスロットが付いた小型拳銃を合体させたライフルを、彼らに向けて構えたからだ。

 

「! 逃げろっ!」

 

 咄嗟に立弥と紗羽を突き飛ばし、自らも横へと飛び退く戦兎。

 すかさず直前まで彼らのいた地面に数発の光弾が突き刺さり、アスファルトの欠片と白煙をその場に巻き上げる。

 間一髪だ。もし回避が少しでも遅れていたならば、ビルドの装甲で全身を覆っている戦兎自身はまだしも、そうでない立弥と紗羽はまず間違いなく無事では無かった。

 だが安心はしていられない。

 二人が大慌てで近くの物陰へと飛び込んで行くその姿を横目に見ていた戦兎の左肩を、再びスタークのライフルから放たれた光弾が射止めたからだ。

 

「ぐっ……!」

 

 ビルドの装甲――それもガトリングフルボトルの成分から形成された黒鉄色の頑強な装甲で覆われた左肩“BLDガンナーショルダー”は光弾の貫通どころか傷一つ付ける事すら許さなかった。

 が、それでもなお殺し切れない衝撃がそこに齎した痛みは、スタークの射撃が何発も貰って良いようなヤワな攻撃では無い事を、如実なまでに訴え掛ける。

 すぐさま、戦兎はソレスタルウィング(背の一対の翼)を展開。内蔵されたエアブースターの全開出力を乗せた羽ばたきによって一瞬の内に高空へと飛び上がる。

 続けて、一拍遅れて足下を通り抜けていく数発の光弾を眼下に納めながらもう一度ソレスタルウィングを一扇ぎすると共に上半身を下へと傾け、高空から獲物へと襲い掛かる鷹の勢いそのままに斜め下目掛け急降下する。その先に立つスターク目掛け猛然と、一直線に。

 ――しかし、

 

『おおっとぉ』

 

充分に位置エネルギーを乗せたところで足を正面に伸ばして繰り出した渾身の飛び蹴りは、しかし接触の直前にスタークが身を翻した事によって危な気無く躱されてしまう。

 更に、止むを得ず外した蹴りの勢いに任せて再び宙空へと舞い上がろうとしたところ、そこに狙いを付けたスタークのライフルが三度火を噴く。

 なまじ直前までその身に掛かっていた加速を利用しての上昇だっただけに、細かな回避行動を取る事が出来なかった戦兎はその場で反転。と同時に右手に握ったホークガトリンガーを構え、連射し、迫る3発の光弾を迎撃する。

 スタークとの間の中間位置から、やや戦兎よりの空間で衝突し合った互いの火箭が激しく弾け、消滅する。その様を見上げたスタークが、おお、と感心したような声を上げた。

 

『今のを止めるかぁ! 良い感じに隙を突いたと思ったんだが、やるじゃねぇか!』

 

 そう言って手を叩き、今の戦兎の行動を褒めるスタークであったが、相手はファウストの一員――敵だ。そんな相手に褒められたところで嬉しくなど無く、むしろこちらの緊張を狂わされるせいで困惑すら覚える。

 故に、緊張を保つ意味も込めて戦兎は叫んだ。

 

「お前だな!? 一昨日の夜に俺達を襲って、鍋島を攫ったのは!」

 

『また大当たり(ビンゴ)だ。奴は色々と喋ってもらっちゃ困る事を知ってたんでなぁ』

 

「だから、もう一度スマッシュにしたのか? 鍋島を黙らせるために、記憶を消すために!」

 

『またまた大当たり(ビンゴ)ぉ!』

 

 人差し指を立てた右手を突き出して軽快に告げるスタークに、頭に熱が昇るのを戦兎は感じた。

 怒りの熱だ。

 一方的な都合で鍋島の記憶を奪い、当人のみならず、その妻子にも少なくない悲哀や苦痛を与えた事。そもそも人を怪物に変え、記憶を奪うという行為について何も悪びれる様子の無い。

 そんなスタークの態度には、半ば分かっていた事といえど戦兎は――自らを形作るその一切合切を奪われる苦しみを今も味わい続けている彼としては、義憤という言葉では済まない怒りを感じざるを得なかった。

 ともすれば我を忘れてしまいそうになるその怒りを、頭を振ってどうにか抑えた戦兎は、改めてホークガトリンガーを構え直し、照準をスタークへとしっかり合わせてからその引き金を引こうとする。

 しかし、彼がそうするよりも一瞬早く、突き出されたスタークの左腕から何かが伸び、ソレスタルウィングの右側を打ち据えた。

 空中での姿勢制御の大半を担う翼の片側が攻撃を受けた事により、一度バランスを崩す戦兎。幸い、翼に大きな損傷は無く、そのまま落下してしまうような事態には陥らなかったため、すぐに態勢を立て直した彼は照準の逸れたホークガトリンガーをもう一度構え直そうとして――すぐにその位置から飛び去った。

 一拍遅れ、直前まで彼がいた場所へ飛び込んで来る、二本の触手。

 鈍い銀色の、先端がまるで蛇の毒牙のように鋭利になっているそれらを目で辿って行けば、果たして伸ばした両腕からそれらを伸ばすスタークの姿が――。

 

『おやおや余所見かぁ? 余裕なんだなぁ!』

 

 そう言うや、スタークが伸ばしたままの両腕を戦兎の浮かぶ方へと勢い良く振り回す。

 すると、腕の運動に引っ張られた触手が――さながら、力一杯に振られた鞭の如く――大きく撓りながら戦兎へと迫って来る。

 ブォン、と激しく風を切る音を上げて迫って来た触手の、うちの一本は咄嗟にソレスタルウィングを扇いでの上昇でどうにか回避する戦兎。

 しかし、間髪入れず迫って来た二本目までは対処が追い付かず、一本目よりもやや高い位置から迫って来たそれが戦兎の左の足先を殴打。更に過たず、装甲から火花が上がる程に強い力が加わった彼の体はその場で縦に90度近く傾いてほぼ水平になると共に、先程よりも大きくバランスを崩してしまう。

 おおっ、と背の翼以外に支えの無い空中でグラつく体に狼狽える戦兎。その間にも触手を巣の中へ引っ込む蛇のように手甲内へと収納したスタークが、手にしたままのライフルを悠々と構え直す。

 その様を複眼の端に捉えていた戦兎は、止むを得ない、と態勢を戻すよりも前にソレスタルウィングを大きく羽ばたかせる。これによって、彼自身の意思とは関係無く斜め下方向へと飛び出した戦兎の体は、どうにか光弾に食らい付かれる事を免れる。

 しかし、それだけでは終わらない。

 彼方へと消えていく光弾を視界の端に見て、その方向から戦兎は気づいた。斜め下への滑空を続ける自らの体の進行方向が、偶然にもスタークのすぐ真横を通るルートである事に。

 全くそうするつもりの無かった完全な偶然だったが、しかしこれは大きなチャンスだ。

 迷わず、ソレスタルウィングをもう一扇ぎして加速する戦兎。その視界の先で、向かって来る彼を迎撃せんとスタークのライフルがまっすぐに向けられる。――銃口の奥に、光が灯る。

 すぐさま、体を横に半回転。

 スタークのいる向きに対して正面を向くや、眼前を光弾が一瞬の内に通り抜けていくのにヒヤリ、としつつも、更に戦兎は体を翻す。

 そうして、仰向けの態勢で空を見ながらも速度を緩めず飛行し続ける彼が、おおっと、と横に逸れるスタークのすぐ横を通り抜けた、その刹那。

 

「そこだ!」

 

 ソレスタルウィングのエアブースターを全開にした戦兎はその場で体を持ち上げ、急ブレーキ。同時に、掛かっていた慣性に体が引っ張られそうになるのを耐えつつ、ホークガトリンガーを両手で構える。

 狙うは――突然の事に対処が出来ず、無防備に晒されるスタークの背中。その中央へと照準を合わせた戦兎は、引き金を引く。

 

『うおぉっ!?』

 

 過たず発生する銃火の嵐。絶え間無く飛び出しては炸裂音を上げて弾け散る光弾の群れに振り返りつつも、溜まらず奥へ奥へと押し込まれていくスターク。その足が、遂にトタンの屋根の端を超え、何も無い中空を踏み抜く。

 そうして屋根の下へと落ちていくスタークの姿が完全に見えなくなるのを待たずに、ホークガトリンガーの連射を止めた戦兎はそのまま前方斜め上へ飛翔。どうにか背中から落ちるような事も無く二本の足で地表に着地しているも、明らかに態勢を崩しているスタークの後方の上空へと回り込んだ彼は、右手で握ったボルテックレバー(ドライバー横のレバー)を回し、エネルギーをチャージする。

 

<Ready Go!>

 

 ボルテックレバーが直結する銀色のエネルギー生成部(ボルテックチャージャー)の発光と共にエネルギーチャージの完了を告げる電子ガイダンスがドライバーから流れると同時に、戦兎の左右にガトリングフルボトルの成分から生成されたガトリング砲が一基ずつ出現。1m四方にも満たない小型の、黒鉄色のエネルギ―の塊であるそれらの銃身が回転し、地表のスターク目掛け同色のエネルギー弾を乱射し始める。

 あくまで牽制だ。その場に固定され、上下左右方向の修正が利かないその射撃は態勢を崩している今のスタークだからこそ当たるものであり、そもそも放たれているエネルギー弾一発一発の威力はホークガトリンガーの光弾よりも劣っている。これだけで敵を倒す事はほぼ不可能と言っていい。

 本命は――体を斜め下へと傾けて一気に接近するや、前転して頭と位置を入れ替え、前方へと突き出した左足。その足先を――

 

<Vortex Finish(ボルテック フィニッシュ)! Yeah(イエーイ)!!>

 

――チャージされたエネルギーとタカフルボトルの成分によって作り上げられた巨大な鷹の(あしゆび)を、急降下で得た位置エネルギーを全て乗せて、戦兎は叩き込む。

 そうして次の瞬間、猛禽の握力を以てエネルギーの趾は閉じられ、それに握り込まれたスタークに必殺のダメージが与えられる――。

 

『おっとぉ!』

 

――筈だった。

 

「――っ!?」

 

 半透明の趾越しの光景を、戦兎は思わず凝視する。

 上下から閉じ込んだオレンジ色の鉤爪が、上下に広げられたスタークの両腕によって、そうなるのが当然かのように受け止められた、その光景に。

 バカな、と心中で毒づく戦兎。

 そんな彼にも、またその間も激しいスパークを上げて襲い掛かろうとしている彼の攻撃を受け止め続けながらも、それがさして苦になっていないかのように、ふぅん、とスタークが鼻を鳴らす。

 

『“ハザードレベル”――ん~、ざっと3.2ってとこかぁ?』

 

 そう、意味の分からない事を感心気に呟いたかと思った次の瞬間、鉤爪を押さえているスタークの両腕から触手が伸び、左右から迫ったその先端が戦兎の胴と腹に勢い良く突き立つ。

 瞬間、激しい火花を伴う強烈な衝撃が襲い、それによって必殺技の維持が途切れてた事で消えてしまった趾から足首へと回されたスタークの右手によって、戦兎は軽々と投げ飛ばされた。

 ソレスタルウィングの制動を効かせる余裕の無い僅かな間の浮遊の後、アスファルトの上に落ちると共に背中に走った痛みに呻く戦兎。それでも態勢を立て直さねばと何とか首を持ち上げた彼に、スタークが薄く笑い掛ける。

 

『まだまだ伸びしろは有りそうだぁ。今後に期待、ってとこかな?』

 

「何を言って――」

 

『気にすんなぁ、独り言だ。さぁて、俺はここいらで帰らせてもらうぜ?』

 

 クルリ、とスタークが踵を返す。

 ――聞き逃せない言葉を口にしながら。

 

『今日は()()()相手する気は無いんでねぇ』

 

「っ!?」

 

 その言葉に一瞬意識を奪われ掛けた戦兎であったが、すぐに慌てて立ち上がり、待てッ、と呼び止めようとする。

 しかし、その声に振り替える事無く背を向けたまま、いつの間にかライフルからバルブ付きの短剣の部品を取り除いた小型拳銃を握った右手をスタークが掲げる。

 

『また会おうぜ、近いうちになぁ』

 

 そう告げるか早いか否か、小型拳銃の先から噴き出た白煙がスタークの体を覆い尽くしていく。

 その様を目にした戦兎はホークガトリンガーを撃ちつつ急いでスタークへと駆け寄ったが既に時遅く、放った光弾に引き裂かれた白煙が消えたそこから、スタークは、既に去っていた。

 最後に一言、こう別れの言葉を残して。

 

『チャオ。桐生 戦兎、()() ()()

 

 果たして、その言葉が耳に届くか否かというタイミングで、恐る恐る後ろへと振り返った戦兎は、その視界の向こうに佇む姿を見つけ、息を呑んだ。

 この場に居なかった筈の、その姿を。

 リアスタンドを下ろして停車させたマシンビルダーを工場の奥へと残して、こちらへと全力疾走で駆けて来る、その姿を。

 距離が詰まるに連れ、信じられないものを見たように限界まで剥かれた瞼の中の青み掛かった瞳が不安定に揺らめく様が明らかになっていく彼女の、その姿を。

 

「……夜宵……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()彼女の、その姿を。

 

 

 

「美空ッ!!」

 

 ガァン、と出入口の扉が壁に強かに叩き付けられる音と、同じくしてnascitaの店内に激しく響き渡った自分の名に、カウンター席であと少しというところまで組み上げていた牛の肉のパズルを思わずひっくり返してしまう程に美空は驚き、肩を跳ねさせていた。

 体を走ったその衝撃のままに大慌てで振り返って見れば、果たしてその目に入って来たのは、伸ばした右腕で開け放たれた出入口の扉を壁に押し付けている夜宵の姿だった。

 

「や……夜宵……?」

 

 一体、どうしたというのか?

 肩を怒らせ、その場で荒い息を吐いていたかと思えば、こちらに気づいたかのように振り返るや、慌ただしい足取りで夜宵は距離を詰めて来る。

 傍から見ても尋常ではないその様子のままあっという間に眼前まで辿り着く彼女に、訳が分からず美空は困惑と不安を募らせるしかない。

 が、続けて放たれた夜宵の言葉を前に、そんな彼女の心中は一瞬の内に驚愕一色に塗り替えられる事となる。

 

「お願い! 今すぐ()()()()()()()()()!!」

 

「……え?」

 

 ……“みーたん”?

 

「……えっと、今、何て?」

 

 聞き間違えた、と美空は思った。

 だってそうだろう。

 夜宵は“みーたん”の事を良く思って無いのだ。“みーたん”が美空を危険な目に遭わせると大袈裟な程に思い込み、度々“みーたん”をやる事について苦言を呈したり、渋い顔を浮かべたりしているのだ。そんな彼女の口から“みーたん”をしてほしい、なんて言葉が出て来る事は有り得な――。

 

「だから、“みーたん”やってって!」

 

「ええっ!?」

 

 再び、今度はハッキリと聞き取れた信じられない夜宵の言葉に、意識する間も無く美空の口から仰天の叫びが飛び出た。

 おかしい、という言葉しか頭に浮かばなかった。

 ――そうだ。今の夜宵は、おかしい。

 様子も、言動も。つい先程、みーたんネットの書き込みを見てnascitaを出たほんの数十分前と比べて、酷く落ち着きが失われているというか、焦っているというか……ともかく、明らかにおかしい。

 一体、何があったというのか?

 その答えは、美空が問い質すまでも無く、夜宵自身が絞り出すような声で告げた。

 

「――アイツがいたの」

 

「あ、あいつ……って?」

 

「アイツが……あの、()()()()()()()()()!」

 

「!?」

 

 血まみれのコブラ。――その名は、美空も知っている。

 かつて夜宵と、彼女の親友を攫った誘拐犯。二人を、かつての自分と同じ目に遭わせた、ファウストのメンバーとして。

 だからこそ、彼女もまたその名に衝撃を受けた。思わず目を見開き、頭の中が真っ白に染まってしまう程の衝撃を。

 それ故に言葉を失ってしまった美空と変わらず焦燥した様子を見せる夜宵との間に、そんな彼女達の心情など知らんとばかりに割り込んで来る者がいた。

 

「おいちょっと待てェ!!」

 

 万丈だった。

 夜宵が戻って来るまで適当な席で貧乏揺すりをしていた彼が、そこから立ち上がるや荒々しい歩調で詰め寄って彼女の肩に手を掛け、怒鳴りつけた。

 

「何なんだよッ、その血()()()()()()ってのはッ! マムシだかハブだか知らねェが、んなモンよりさっさとローグの野郎とっ捕まえて俺の冤罪を――」

 

「そんなの後ッ!!」

 

 そんな万丈に対し、肩を掴む彼の手を乱暴に振り解きつつ振り返った夜宵が怒声を浴びせ返す。

 当然ながら、ア゛ア゛ッ、とドスの効いた声が彼から返って来るが、そんなの痛くも痒く無いとばかりに、臆さず夜宵が叫び返す。

 

「私と沙也加を攫ったのはアイツなの! アイツならきっと、沙也加が今どこにいるかも知ってる! 沙也加を取り戻せるかもしれないチャンスなのに、()()()()やってる暇なんか無い!!」

 

「――なっ!?」

 

 夜宵の物言いと迫力に気圧されてか、目を見開いて固まる万丈。

 その彼の隙を逃さず、再び美空の方を振り向いた夜宵が顔を至近距離まで近づけ、念を押す様に叫ぶ。

 

「ともかく! 今すぐアイツの事を調べて! 私も今から探しに行くから、何か分かったらすぐ連絡して!」

 

「いや、ねぇ、ちょっと待――」

 

「お願いね!!」

 

 当惑する美空を余所に、最後にそう言い切るや踵を返して足早に駆け出し、そのまま乱暴に出入口を押し開けてnascitaを出て行く夜宵。

 起こったかと思えばあっという間に過ぎ去っていく突然の嵐のようなその慌ただしさに、カランカラン、と彼女が去っていた後も鳴り響く出入口のベルの音を聞きながら美空はぽかんと開口するしかなかったが、

 

「――くっそォッ!!」

 

それすら許さないとばかりに、激しい怒声を伴ってカウンターテーブルの上に叩き付けられた万丈の拳が彼女の肩を大きく跳び跳ねさせた。

 

()()()()だとォ!? フザけんじゃねェぞあのガキ! テメェには()()()()でも、俺にとっちゃ大切なんだよ!!」

 

 再び、万丈がカウンターテーブルに拳を振り下ろす。

 それこそ陥没してしまうのではないかという程に激しい音を立てて振動するカウンターテーブルに、もう一度ビクリ、と体を震わせた美空は今の怒り心頭の万丈に身の危険を覚え、それとなく後退る。

 その最中で、ふと聞こえた気がした

 怒りに体を震わせながら俯く万丈の、歯を食い縛った口から漏れ出た呟きが。

 

「……今度はアイツもかよ! ……何で、アイツらだけっ……!」

 

(?)

 

 その言葉が少しだけ気に掛かった美空であったが、しかし彼女がそれを追究することは無かった。

 今の万丈がそんな事を問える状態では無かったというのもそうだが、何より、

 

「今夜宵来なかった!?」

 

再び乱暴に開け放たれた出入り口から現れるや、開口一番にそんな事を言いながら駆けこんで来た戦兎が、その疑問をきれいさっぱり押し流してしまったからだ。

 

 

 

 その日は、岸田 立弥にとっては正に息吐く間も無い驚きの連続だった。

 一年前から行方知れずだった敬愛する兄貴分である佐藤 太郎が見つかった事も。

 いつの間にか記憶を失って桐生 戦兎と名乗っていた彼と実際に対面し、失踪前と比べて人が変わってしまったかのようなその様相や言動も。

 そして何より――彼こそが現在指名手配中の仮面ライダーであった事も。

 そこまでの段階でも、彼にとっては驚愕せざるを得ない事柄ばかりであった。この一年の間に何があったのか問い質す事さえ忘れてしまう程の興奮が、その時点での彼の内で湧き上がっていた。

 では、今はどうなのか?

 

「せ、戦兎……?」

 

 あのブラッドスタークとかいう怪人が消え去り、それと入れ替わりに見知らぬ茶髪の少女が立弥達の前に現れたあの時から時間は経過し、午後12時間近。

 驚愕に目を見開いて立ち尽くしていたかと思いや、その場で踵を返すや後方へ控えさせていたバイクに飛び乗り走り出した少女に、一拍遅れて仮面ライダーから元の姿に戻るや、何故か戦兎は血相を変えてその後ろ姿を追い駆け出した。その突然の行動に呆気に取られつつも、共にいた紗羽と共に立弥もまた彼の後を慌てて追い、そうしてこのnascitaという喫茶店の店内に足を踏み入れたところだったのだが――。

 

「夜宵なら……今、出てっちゃった、けど? ……入れ違いで」

 

「……最っ悪だ」

 

 戦兎によって慌ただしく開け放たれた出入り口の扉を紗羽と共に潜り抜けた立弥の視界にまず入って来たのは、深い溜息を吐く戦兎の姿だった。

 

「どうしてよりにもよってあんなタイミングで……あー、本っ当にもー!」

 

 心底面白く無さそうに頭を掻き毟る戦兎。

 そこへ、彼のすぐ近くのテーブル席に座っていた寝間着姿の少女からの、あのさ、という問い掛けが彼に投げ掛けられる。

 

「ホント? 血まみれのコブラ出たって? ……夜宵、言ってたんだけど」

 

「……ああ」

 

 たどたどしく紡がれた少女の疑問に、頭へやっていた両手を肩と共にガクリ、と垂れ下げながら戦兎が頷く。

 少女が口にした夜宵というのが先程の茶髪の少女の名前であるという事は、ここに来るまでの道中で紗羽から聞かされたため、既に立弥も知っていた。彼女も仮面ライダーで、戦兎と共に先程のブラッドスタークのような連中と戦っているとも。

 だが、分かるのはそこまでだ。その夜宵がどうして現れるなりあの場から走り去ったのか、彼女を追っていた時の戦兎が何故ああも尋常で無い様子だったのかについては、紗羽も分からないとの事だった。

 と、その時であった。

 

「おいッ!!」

 

 不意に獣の吠え声のような怒声が店内に響き渡ったかと思いや、間髪入れずドスドス、と荒々しい足取りで何者かが項垂れるままに手近なカウンター席の椅子を引き出そうとしていた戦兎へと近づき、その肩を掴んで強引に振り向かせたのは。

 そのまま、んー、と気だるげに顔をゆっくり持ち上げる戦兎に対して、彼の肩を掴んだままのその何者か――茶髪を編み込んだ筋肉質な体の青年が、怒りの形相で叫んだ。

 

「どうなってんだッ!?」

 

「あ? 何が?」

 

「あのガキの事だッ! 戻って来るなり()()()()()()()()()()()がどーのこーの言って飛び出して行きやがったぞ!? ローグの野郎とっ捕まえるって話だったのに、何考えてやがんだ!!」

 

 唾を飛ばす勢いで喚き立てる青年。そして、その怒声を浴びて煩わしそうに渋面を作る戦兎。

 そんな二人の様子をぼーっと見ていた立弥であったが、目の前に広がっているのが“知らない男が敬愛する兄貴分に怒鳴り込んでいる”状況であると思考が至るや、

 

「おいお前ぇ!」

 

すぐに青年と戦兎の間に飛び込み、青年を睨み付けた。

 

「アァ? 誰だテメェ!?」

 

 怒りに寄せた眉根をそのまま、唐突に沸いて出て来た立弥への怪訝さと不愉快さを滲ませた声で威圧して来る青年。

 正直ちょっとおっかなく感じたが、それでも負けじと、立弥もまた見下ろす青年の鼻先へと顔を突き出して言い返そうとする。

 

「お前こそ誰だこのやろぉ! 帰って来るなり俺のアニキ怒鳴り付けやがって! 一体何様……」

 

 言い返そうとして、しかし、その途中で彼はふと気づく。

 鼻先数cmまで顔を突き合わせた事で、その青年が何者であるのかを。

 

「お前っ、まさかっ!? 万丈 龍我!? 殺人犯の!?」

 

 そうだ、間違いない。

 一年前、科学者の葛城 巧を殺した罪で捕まった元格闘家。

 そして、その事実が同時に立弥に思い出させる。

 万丈が、この男が刑務所から逃げ出した脱獄犯である事。そして、この男の逃走を手伝い匿っているがために、同時に指名手配されているのが()()()()()()()()()という事。

 つまりは――。

 

「あっ、アニキぃ!!」

 

 すぐさま立弥は視線を万丈から戦兎へと切り替え、大慌てで声を上げる。

 項垂れた様子でカウンター席に腰を掛けたところだったらしい戦兎は、う~ん、と振り返りもせず面倒臭そうな声を上げたが、構わず立弥は詰め寄った。

 

「アニキっ! こ、コイツ万丈っす! 葛城 巧、こっ、殺したっ!」

 

「あー、それね。それなんだけどさ――」

 

 と、気だるげな調子を崩さないまま戦兎が何かを告げようとするが、

 

「俺は殺してねェッ!!」

 

途端に万丈から放たれた凄まじい怒声がそれを遮り、うひっ、と立弥の肩を跳ねさせた。

 その一方で、

 

「――って事でさ、どうも冤罪みたいなんだよね」

 

だから匿ってやってんだよ、と特に万丈の大声に怯む様子も無く、気だるげな声色を崩さないまま戦兎が締め括るが――立弥は納得出来なかった。

 

「い、いやそんな筈無いっす! こっ、コイツが殺してないなんて! かっ、葛城殺したの、コ、コイツっすよ!!」

 

 力み過ぎて震える指先で万丈を指し示しながら、必死の思いで訴える立弥。

 すかさず、ア゛ア゛ッ、と荒げた声を上げた万丈に手首を掴まれて強引に下げさせられるが、それに怯む事無く、逆に彼の方へ向き直るや、ズイッ、と一歩踏み出して立弥は万丈を睨み付ける。

 

「おっ、お前ぇっ! アニキが人が良いからって、だっ、騙しやがって!」

 

「何ワケ分かんねェ言ってんだテメェ! 俺は殺ってねェって言ってんだろが!!」

 

「そんな筈無い! 葛城殺したのはお前だ! お、お前の筈だ! お前以外いないんだぁッ!! でなきゃ、でなきゃ……」

 

 アニキが……!

 徐々に語気が弱まっていく万丈への反論の最後に、自分以外に聞こえるか聞こえないかどうか分からない程に小さな声で、立弥は呟く。

 ああ、そうだ。

 万丈 龍我の殺人が冤罪だったなど、到底納得いかない。

 もしそうだとするなら、他に葛城 巧を殺した真犯人がいるという事だ。

 もしそんな人物がいるとするならば、それは――!

 

「おい、立弥?」

 

 流石に様子がおかしいと思われたのか。不意に掛けられた声に振り返れば、カウンター席から立ち上がっていた戦兎の訝し気な顔がそこにあった。

 戦兎は続けて何かを言葉を掛けようとしていたが、それを待たずに立弥は万丈に掴まれたままの腕を振り払い、戦兎の方へと体を向き直して宣言した。

 

「アニキ! 待ってて下さいアニキ! 俺、証拠探してくるっす! コイツがアニキを騙してるって証拠! アニキは()()()()()()()()()()()()()って証拠を!!」

 

 そう告げるだけ告げるや、困惑する戦兎や、激しい怒声を上げて掴み掛ろうとしてくる万丈に構わず、一目散に立弥は駆け出し、nascitaを後にした。

 ――もう8時間、いや9時間前の出来事だ。

 すっかり夜の帳が下り、辺り一帯をすっかり覆ってしまった闇の中を立弥はトボトボ、と歩いていた。

 敬愛する兄貴分のために、と勢いに任せて飛び出した立弥であったが、特別宛てがある訳でも無かった彼が何かを見つける事など適わず、ともかく足の赴くまま駆けずり回った果てに、気づけばこの碌に電灯の類も見当たらない見知らぬ路地で項垂れ、途方に暮れるしかなかった。

 

「……アニキは……騙されてる」

 

 それは間違いないのだ。

 立弥の知る佐藤 太郎は本当に人の良い人間で、きっとそういうところは記憶を失い桐生 戦兎と名乗るようになってしまった今でもそう変わっていない。指名手配されている身でありながら、それに構わず見知らぬ人々が襲われているところへ仮面ライダーとして駆け付けたあの昼頃の場面がその証明だ。

 だから、彼はあの万丈の出任せを信じてしまって、自分まで犯罪者になってしまう事も構わず手を貸してしまっているのだ。

 ――()()()()()()()

 だから、何としても見つけなければいけないのだ。万丈が嘘を吐いている事を。世間が知る通り、葛城 巧を殺したのは万丈 龍我である事を証明する、証拠を。

 ――立弥の知る佐藤 太郎は、決してそんな()()()()()()を仕出かす人間ではないのだから。

 だから、フラつきながらも立弥は足を止めない。

 兄貴分を騙している万丈への怒り――よりも、寧ろ自らの内で燻る()()に突き動かされるままに。

 そうして、周囲を覆い尽くす暗闇の中で唯一の光源といえたトンネルの中へと進み、その中程辺りまで進んだ時だった。

 

『お困りのようだなぁ?』

 

 不意にトンネルの区切られた空間内を反響したその声に立弥は足を止め、鉛のように重くなった体をゆっくり捻って振り返る。

 そして次の瞬間、仰天の悲鳴と共に腰を抜かし、その場に尻餅を着いた。

 

「おっ、お前昼間のっ!?」

 

 トンネルの入り口からゆっくり歩み寄って来るその姿を前に、立弥は愕然とせざるを得なかった。

 何せ、トンネル内の照明の光を受けてヌラヌラ、とした輝きを放つ声の主は――ワインレッドの体に青緑色のコブラが胸と顔にあしらわれたその姿は、昼間仮面ライダーに変身した戦兎が戦っていたあのブラッドスタークに他ならなかったのだから。

 彼と戦兎がどういう関係なのか、立弥は知らない。しかし、敬愛する兄貴分と武器を手に戦うような間柄のそのコブラ男がおよそ友好的な関係で無い事は確かであり、そんな相手を前にしては立弥が少なからず恐怖に駆られるのは当然の事だ。

 それ故体を震わせて後退る立弥の様子に構わず、悠然と歩み寄りながらスタークが語り掛ける。

 

『当ててやるよぉ、お前が何をしたいのか。――証明したいんだろ、()() ()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()事を』

 

 その言葉には、えっ、と意図せず声を漏らした立弥が後退るのを止めさせる力があった。

 そのまま、立弥の目と鼻の先まで辿り着いたスタークがしゃがみ、彼の顔をコブラのバイザーで覗き込みながら告げる。

 

『どうして分かった、って顔してるなぁ。そりゃ分かるさ。俺は、()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()、全部知っているからねぇ』

 

「っ!」

 

 含み笑い混じりのその言葉に、すぐさま立弥は目を見開いて食い付く。

 

「ほ、本当か!? あの日っ、何があったか知ってるのか!? な、なぁ教えてくれよ! ア、アニキは()()()()絶対しないんだ! 絶対万丈が嘘吐いている筈なんだ! そうじゃなきゃ、アニキは、アニキはっ! アニキは……俺の、せいで……」

 

『ハハハ、そうだよなぁ、()()()()()()()よなぁ。()()()()絶対有り得ないもんなぁ、俺もそう思うよぉ』

 

「じゃあ!」

 

『ああ』

 

 思わぬところから光明が差し込んだ。

 そう感じ破顔した立弥の肩が、ポンポン、と頷くスタークの手に優しく、力づけるように二度叩かれる。

 

『お前に教えてやるよぉ。――あの日、()() ()()()()()() ()()()()()()()()、を』

 

 そう。

 確かにこの瞬間、立弥は確かに大きな希望を抱いた。

 そう。

 

『ちょいとばかし――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 肩に置かれていたスタークの手が獲物を見つけた毒蛇宛らの素早さで立弥の首へと食らい付き、そのまま締め上げてしまうまでの、その瞬間まで。

 

 

 

 手を離すと共に、意識を失い糸の切れたマリオネットのようにその場に倒れ込んだ岸田 立弥の体を続けて持ち上げ、肩に担ぎ上げる。

 そうして立ち上がったスタークは、さてと、と肩越しに背後を見遣った。

 

『後はコイツをスマッシュにしちまえば、明日の準備は完了だ。――いよいよ近づいて来たぜぇ、再会の時がなぁ』

 

 そう告げる青緑色のコブラのバイザーの先には、いつの間にやら何者かが立っていた。

 トンネル内の照明に照らされるその何者かから苦言を返され、スタークはハッハッハ、と小さく笑う。

 

『そりゃあ悪かったぁ。だが、俺もゲームメイカーとして考えられる最高のシチュエーションは用意してやったつもりだ。()()()が来りゃあ、きっとお前も満足出来る。――だから、もう暫くお口はチャックだぜぇ?』

 

 えー、と何者かがぶー垂れるが、構わずスタークはその横を通り過ぎ、トンネルの出入り口へと悠然と歩みを進める。

 

『さぁて、明日から遂に()()()()だ。これから先お前らがどれだけ成長出来るかが()()()()に関わって来るんだから、しっかり頼むぜぇ? なぁ』

 

 ――()()()()()()()()()()()

 後からついて来る何者かを背に、フッフッフ、と楽し気に笑うスタークの声がトンネル内に小さく響いた。

 

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