シスコン魔王共の招集から二日後、何故かアーシアの様子がおかしくなっていた。……いや、おかしいというのは語弊があるか。ソワソワしているというか、なんというか。楽しみなことでもあるのだろうか。
「ん、アーシア?なんかいい事でもあったのか?」
「ふぇ?……とっても、いいことがありました。でも、まだ内緒です」
「なんか気になるな。でも、楽しみにしておくよ」
「はいっ。きっとイッセーさんも喜ぶと思いますっ」
正直、この時は軽く考えていた。せいぜい軽いドッキリくらいのものだと。
翌日、朝からアーシアの姿がなかった。置き手紙に「今日はお出かけします」とだけ書かれていた。
アーシアが出かけるなんて珍しいな、なんて思いながら制服に着替えてリビングに行く。いつものメンバーであるこよみと妹の憂姫がトーストを頬張りながらニュースを見ていた。
「なーに?イッセー。恋人さんに振られちゃった?」
にやにやしながら話しかけてくるこよみ。
「茶化すなよ。ま、迷子にならなければいいけど」
「完全に保護者目線だよ、お兄ちゃん」
あきれながらやれやれといった感じで見てくる。
ちなみにだか、こよみと遥は同じクラスで、憂姫は一つ下の学年に在籍している。つまり、何を言いたいかと言うと何か問題を起こせばすぐに三人の耳に入るということだ。
「保護者は言い過ぎだろうな。ただ珍しいこともあるなって」
「たしか、お兄ちゃんの話だと最初にあった時は道に迷ってたよね。結構な方向音痴とかないかな」
「ない……とは言い難いな。スマートフォンでも渡すべきか」
「本当に親目線になってるよ、お兄ちゃん」
ま、プライバシーの侵害とかになりそうだからしないが。
「そろそろ行くよ、イッセー」
「……そうするか」
そう言うと、近くにあったトーストを軽く頬張り家を出た。
いつもよりも早めに教室に到着すると、そこには遥の姿があった。いつもギリギリにくるせいで早めに来てる人が正直わからないが、案外早く来るのが癖になってるのだろうか。
「おはよう、遥」
「ん、おはよう。一誠君」
「遥って結構早起きだったりするのか?」
「どうしたの、藪から棒に」
「いや?興味本位ってだけだ。いつぐらいに来てるのかな、と」
「何、私の事を知りたいの?……なんて、冗談だよ。割と早起きするかな。睡眠時間はあまり多い方じゃないんだ」
そう聞いてみると、何故か遥はふふん、と得意げにそう答えた。
「それって、寝不足とかそんなのは無いのか?」
「その辺はちゃんと対処してるよ。クマひとつないでしょ?」
「たしかにな。健康そのものって顔してるし」
そう居ながら頬をつついてみると、擽ったそうにしている。ほんとにぷにぷにしてて、気持ちいい。太ってるって言いたい訳じゃないが、程よいっていうのが適切か。
「ちょ、くすぐったいよ」
「あ、悪い」
「イッセー、あんまりやるとセクハラで訴えられるよ」
数分して教室に入ってくるこよみ。職員室に用があるということで昇降口で別れていたが、それがおわったようだ。
「……ごめんなさい」
「別に訴えたりなんてしないよ。……あんまり酷いと色々考えるかもしれないけど」
「肝に銘じておく」
そんな他愛もない会話をしているうちに、朝のホームルームの時間になる。名簿を持った担任教師が教室に入ってきた時点で、何やらいつもと違う雰囲気ということを何となく察した。
「本日、急ではありますが転校生の紹介をします」
何故か、とても嫌な予感がした。なんというか、こういう時の勘は嫌という程当たる。
「さあ、入って」
「あぅ……」
その予感は見事的中。教室に入ってきたのは制服姿のアーシアさんでした。修道服や普段着とはまた別の可愛さが……ってそうじゃない。
「では、自己紹介を」
「……アーシア・アルジェントです。よろしく、おねがいします」
「「「「「「「うぉおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」」
刹那、教室中の男子生徒から歓喜の声が発せられる。
当然といえば当然だが、なんか釈然としない。なんかモヤモヤする、というのが正しい。
「とんでもない事になっちゃったね」
笑いを堪えながらそう話しかけてくる遥。
「絶対楽しんでるだろ、遥」
「バレた?」
「うっせ。声にも表情にも現れすぎなんだよ」
人の不幸はメープルテイストってか。
「でも、良かったでしょ?可愛い子が転校してきて、男子としては冥利に尽きるって感じかな」
「ただでさえ飽和状態だろ、うちの学校。それに、美人なら散々見飽きてるよ」
「ふぇ……?」
そう言いながらジト目で遥のことを見ているとなにやら頬を赤く染めあげた。
なんだかんだ言いながら、この学園の顔面偏差値は高い。元々女子高ということもあって、女子の比率も多く、それ目当てで入学するやつも多いと聞くが大体は木場みたいなイケメンにしか振り向かない。現実とは無情である。
「ちょ、それどういう……」
「ほら、あんまり話してると怒られるぞ。前向け」
「うぅ……はぐらかされたぁ……」
などと、コソコソ話していると、何やらアーシアは頬をふくらませながらとんでもない爆弾を落とした。
「私は、そこの兵藤一誠さんの家に住んでいますので。よろしくお願いします」
「「「「「ノォオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
楽しそうでなによりだ。俺は全く楽しくないが。
……なんか、本当に不安なんだが。
「じゃあ、兵藤一誠君。君の左隣、空いてますよね。アーシアさんの席はそこでお願いします」
お願いされたくないです。それこそ嫉妬の目線に刺殺されるようだ。胃がとても痛い。
「……えへへ、来ちゃいました」
トコトコと可愛らしく俺の近くに来れば、そう呟いて微笑んだ後に遥に何やら敵意のようなものを向けていた。
いや、敵意というか宣戦布告というか。火花が散っているように見えた。
「一誠君。今日、ご飯一緒にどうかな」
午前の授業が終わったタイミングで、アーシアと遥から声をかけられる。
「別にいいけど、珍しいな。今日はこよみと食べないのか?」
「うん。ちょっとね」
「ん?……あ、アーシアも誘っていいか?流石に初日で一人は酷だし」
「別にいいよ。何かが減る訳でもないから」
「ありがとな、遥」
そう言って軽く頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。小動物のようで可愛い。
「……」
ただ、隣の席のアーシアはとても不機嫌そうだ。
「ん、どうした?アーシア」
「……なんでもありません」
「……?」
いつも昼食を食べている場所に到着するまで、一言も口を聞いてくれなかった。
数分後、三人できたのは旧校舎のとある木陰。日当たりが心地のいい穴場スポット。いつもは木場と二人で食べているが、今日は許して欲しい。
「……あの、アーシアさん」
申し訳なさそうな声音でそう呟く俺。
「……」
「機嫌、なおして貰えませんか」
「なんで怒ってるかわかるまで許しません」
手厳しい。……ま、正直理由はなんとなくはわかっている。おおかた、彼氏が他の女にかまけてるから妬いてると言ったところか。十中八九俺が悪い。……いや、俺が悪いのか?
「……」
なお遥さんは俺の左手を握りながら謎のアピールをアーシアにしている。何この修羅場。
「アーシアさん。あまり意固地になっていると貰っちゃうよ?」
「だ、だめですっ!イッセーさんは私の……あっ」
「ん、それでいいの。でも、私も譲る気は無いけどね」
「うぅ……。絶対に、負けませんっ」
とりあえず遥のおかげでおさまった……のか?とりあえず修羅場ではなくなってそうだ。いや、そうおもう事にしよう。
「じゃ、食べようぜ」
そう言っていつもの場所に座れば風呂敷を広げ、弁当を食べやすいように置いていく。
「「……」」
そして2人何故か俺の両隣りに座る。
「……えっと?」
「どこで食べてもいいよね。こんなに広いんだから」
「そうですよ。何も困惑する必要はありません 」
そうなのか。……そうなのか?
「そういや、結構急だったけど転校ってすぐに決められたのか?手続きとかめんどそうだけど」
「そういった手続は全て千夜さんにして頂きました」
卵焼きを頬張りながら問い詰めると、案外素直に答えてくれた。
「そういえば、遥は引越ししてきたとか言ってたよな。その時は千夜先輩経由だったのか?」
「違うよ。私の場合、単純に近くの高校がなかったからここに進学しただけ。元々田舎に住んでたからね」
「ふーん。色々あるんだな」
「本当に何も無いところだよ。自然豊かといえば聞こえはいいけど、実際のところは生活が不便だし」
「やっぱり、都会に行きたいって願望はあったのか?」
「ううん。ただ、少し友達が欲しいと思ったけどね。同年代の友達が作れるくらいいなかったから」
「ふーん。なら叶ってよかったな」
「……うんっ。そうだね」
もぐもぐ、とハンバーグを咀嚼する。なんだかんだいいながらこよみの作った弁当は美味しい。濃すぎず薄すぎず。俺好みの味付けをしてくれる。完全に胃袋を掴まれている状態だ。
「そういえば、二人とも千夜先輩から何か聞いてるか?イベントかなにか」
「ふぇ?聞いてないですよっ」
「同じく。何も聞いてないよ」
修行の件は聞いてないのか。
「そうなのか。ちょっと諸事情で一週間くらい学校休むことになってな。もしかしたら話いってるかとおもって」
「随分と急だね。どうしたの?」
「シスコ……魔王サーゼクスから命令。妹とその眷属の指導兼修行。一応期間的にそのくらいな」
「……妹?」
「リーアって女の子。赤髪で結構な美人だった記憶がある。ま、最後にあったのが5年前くらいだからよく覚えてないけど」
「イッセーさんはそのリーアさんに恋をしていたのですか?」
思ったよりもぐいぐいくるアーシア。
「いや?さすがに一目惚れなんてことはしてない。魔物に襲われてる時に助けて、それで送り届けたんだよ。サーゼクスの所まで」
「ふむふむ、随分漫画みたいな展開だね。助けたのが魔王の妹さんなんて」
「ラノベとかならそれ題材にして話しかけそうだよな」
「らのべ……?」
「小説の一種のことだよ。あまり詳しくはないけどな、俺も」
流石にライトノベルは知らないか。
「それで、その合宿?には私達は行くのかな」
「まあ、アーシアは魔力の使い方を教えるって名目で連れてくだろうな。遥はよく分からん。実力があるなら別にそこまで修行する必要は無いんじゃないか?」
「そういう事じゃなくてね。……はぁ、鈍感」
「鈍感?なんの事だ?」
「何も気づいてないから言ってるんだよ。バカ」
理不尽に怒られた気がする。
「大丈夫よ。今回は私の眷属とリーアの眷属で合宿をすることにしたの」
唐突に現れる千夜先輩。ここで昼食をとってるのを知ってたのか。
「なら全員で行ける、か。一種の旅行感覚……ってわけにはいかないか」
「実質そうよ。場所はシトリー家が所有する避暑地の別荘。食材等は準備してあるから各自で作ることが条件になるけれど」
シトリー家は少し嫌な予感がしたが、まあ大丈夫だろ。サーゼクスもそこまで性格悪くないだろうし。……悪く、ないよな?
「……俺、せいぜい目玉焼きくらいが限界なんだが」
「大丈夫じゃないかしら。作ってくれる人は沢山居そうよ」
まあ、食べられるものなら嬉しい。憂姫はダークマターを創造し始めるからなぁ。
「じゃあ、明日から合宿を行うから、明日は荷物をまとめておくように。一誠君の家から直接転移するわ」
随分とトントン拍子に話が進むなぁ。上司が有能だとそうなるのか。
「……あれ?なんで千夜さんはイッセーさんのお家を知ってるんですか?」
……ん?なんか雲行きが怪しくなってきた。
「主様だから眷属の家の場所くらい認知してるんじゃないか?」
「……ふぇ?そうなんですか?」
「……そういえば、私は一誠君の家知らないよ」
「いや、聞かれたら教えるけど。なんでそんなに食いついてるんだ?」
「女の勘、かな」
今日に限ってその勘が鋭い。
「何を慌てているの。転生させた時にその場に放置するわけにもいかないから、家に連れていっただけよ?」
助け舟をありがとう。本当に。
「まあ、眠くなって一緒に朝まで眠ったというだけよ。一誠君を抱き枕にしながら」
オーケー。地獄に落ちろマスター。
「「……」」
「何を驚くことがあるの?眷属とのスキンシップは普通でしょう」
「ふ、ふつうじゃないですっ!私もまだそんなことしてもらったことないのに……」
「私なんか、家すらも知らないのに……」
完全に修羅場モードに入りましたか、これ。こんな確変は要らん。
「別に、今日してもらえばいいんじゃないかしら。遥の場合は帰りにでも教えて貰えれば」
けろっとした表情でとんでもない煽りしてるよこの人。
「……そうしますっ。イッセーさん。逃げないでくださいね」
「今日は、私もお邪魔するよ。……逃がさないよ、一誠君」
……なんでこんな修羅場になるんですか。
「じゃあ、メニューでも考えないとな。実力見ないとなんとも言えないけど」
「メニュー、ですか?」
「合宿のだよ。流石にやること決めないと無意味になるから。散漫にやるのが一番非効率だし」
そう言いながら、ふところからノートとシャープペンを出して軽く文字を書き始める。
「遥は……今回は指導する側に行ってもらえるか?」
「んー……貸一つ」
まさかの貸一つときたか。
「内容による。俺ができる範囲ならだいたいは可能だけど」
「後で伝えるよ。楽しみにしててね」
嫌な予感しかしない。
「アーシアは……魔力練習になるかな。俺か憂姫か千夜先輩辺りになりそうだけど」
「……ん、そうですか。一誠さん固定、という訳では無いんですね」
「流石にな。他のやつにも教えないといけないし」
「んー……つらいです」
なんかとても悪いことをしている気になる。
「それに、一誠君だと甘やかしそうよね」
「否定はできない」
「否定しなよ。うわべだけでも」
まあある程度は厳しくするけど。
「貴女達。そろそろお昼休みが終わるわよ」
「……あ」
ふと、時計に視線をやると針はお昼休みの終了五分前を示していた。
「……一誠君。こっち向いて」
「ん、どうし……むぐっ」
ふと、遥の方を向くと口の中に何かを突っ込まれる。もぐもぐ、と咀嚼するとほんのりとあまい卵焼きの味が口に広がる。
「……おいしい?」
「美味しいけど。なんならこういうのが一番好きだけど。どうしたんだ?」
「それなら良かったって話だよ。じゃ、早く行こ?一誠君」
何やら嬉しそうな遥。
「お、おう」
「うぅ……私も負けませんっ」
何やら対抗心を燃やすアーシア。
「罪な男ね。一誠君」
前途多難なだけな気がする。