織田信奈の野望IF「金は天下の回り物っ!」 作:Takenoko is God
尾張・清州城内「うこぎ長屋」
信奈への仕官から一夜明け、俺は清州にて織田家臣としての仕事をスタートさせていた。
つい数日前までは玉ノ井湊の開発1つやっておけば大丈夫だったのだが、普請奉行と一宮郡代の立場を得た以上そういう訳にもいかなくなり、更には斎藤家とのパイプ役と一気に多忙を極めることになったためだ。
まずは今の俺の状況を整理する。
斎藤家との同盟交渉については予定通り、五右衛門が美濃へ密書を届け、道三本人から正徳寺で会談を行う意思があることを確認した。
また、急な織田家仕官により関係の悪化が懸念された光秀に対しても先手を打てた。
こちらの手の内を伝えることになったが、真面目で優秀な彼女なら俺の意図を察して素早く動いてくれるはずだ。
そして信頼を損なわないために光秀に手の内を見せた以上、俺自身も手早く次の一手の下準備をする必要がある。
そのために今朝方美濃から報告に戻ったばかりの五右衛門には申し訳なく思いつつも、次の仕事を与えていた。
「・・・以上が道三殿から預かったこちょばにゅごじゃる」
「会見場所の指定を正徳寺としてきた所は俺の知る歴史の通りだが、これから諸々歴史にない動きを俺がしていく以上、この知識もいつまで使えるか分からんなぁ・・・。
ひとまずありがとう五右衛門、会見の日取りについては正徳寺との交渉もあるし、信奈さまの都合もつけないといけないからまた追って俺から別個に道三あての文は出すようにするよ。
それで五右衛門、次の仕事なんだけど。近江へ向かってほしいんだ。」
「近江でござるか、何用を済ませればよいにょでごじゃりゅか?」
「近江の浅井家に探りを入れてほしいんだ。浅井は久政を隠居させて長政に代替わりしたばかり、しかも南近江の六角家とは宿敵にあたるから間違いなく動きは活発になるはずだ。
戦の気配や同盟・外交の動きがあれば俺に伝えて欲しい。
あと、ついでで悪いんだけど玉ノ井にも行きに寄って川並衆にも仕事を回してくれるか。
丁度道三との会談に正徳寺を使うことになりそうだからな、それの交渉は川並衆に任せたいんだ。」
「承知。お安い御用でござるよ。」
最後は珍しく噛まずに短くまとめた五右衛門は、俺から川並衆に回す仕事の概要書を預かるとうこぎ長屋から近江へ向かっていった。
これでひとまず次の下準備が一つできた、次の俺の狙いは浅井長政である。
恐らく長政は史実通り織田家との同盟を求めてくるだろう。
しかし織田家と浅井家では現状浅井の方が格上であり、信奈にとっては不利な形での同盟を迫られる可能性がある。
そのため先んじて同盟の動きが出る時期を探り、こちらの不利を突かせないための準備をしたいのだ。
そのために五右衛門を遠征させて情報を集めるのとにした。
ちなみに、昨日光秀に送った暗号ともいえる短歌の「海は近いか」の句は近江の琵琶湖を指す。
この時代は琵琶の海と呼ばれている琵琶湖に近い勢力と同盟して更に今川への備えを増すと共に、上洛へ向けての足掛かりを得ることが目的だ。
史実では織田と浅井の同盟は桶狭間の戦いの後なのだが、史実を純粋に守り続けるようでは織田家には桶狭間の先にも幾度となく試練があり、最後は本能寺という結果が待っている可能性がある。
そのため桶狭間の戦いを少しでも楽にするためにあえて早めに浅井に探りを入れ、可能であれば同盟交渉を行うよう信奈に具申するつもりだ。
あと短歌関係で言えば「川下る」は今川が降るにかけていて、「釣れる梅雨」は大体梅雨ごろには今川戦は片が付くという内容を暗示している、ここは俺のこれまでの動きからして変化なく、桶狭間は起こるであろうという予測から梅雨時期の今川決戦を見込んでのことだ。
「尾長の鮎」と「秋は遠いか」については、動かすのは暫く先の話になりそうだなぁと思いつつ、ひとまず対今川戦の戦略の整理はこの程度にしておく。
次に、一宮の郡代と玉ノ井の仕事について。
玉ノ井の方は現在既に土地の割り振りも終え、あとは土地を持った各商人がそれぞれ大工と建物の建設に着手している。
資材は犬山の川並衆のねぐらから伐採してきており、この売上も実は川並衆の財布に入ってきている。
会議で決まった「共同組合」については俺は相談役として入ることになっており、参加する店たちが払う組合費、収益の分配、共有財産の管理などのルールは今玉ノ井にいる前野の親父に任せている。
俺は上がってきた草案の修正をして組合の参加者に出して採決を取ればいいだけだ。
一方で一宮の郡代の方はというと、一応は斎藤家や色々な街の利権が関わっている玉ノ井にと違い完全に俺が決定権を持っているため、俺個人の領地に等しい扱いとなる。
とは言っても好き勝手出来る訳では当然なく、毎年秋には群で取れた米を纏めて清州城に収める必要があるし、領民の要望に対しては応えていく必要がある。
早速今日はこのあと一宮の集落に向かい住民たちとの顔合わせを予定している。
既に玉ノ井の計画に絡んでいる萩原宿や会合衆などとは見知った顔となっているが、一宮に住む大半の人間は農民や漁師である。
今後は彼らの生活も改善していけるようにまちづくりに勤しんでいくこととなる。
また一宮はその名の通り尾張国一宮である真清田神社がある。
尾張の大きな神社といえば熱田を思い浮かべがちだが、実は熱田神宮は三宮であり、神社としての格はこちらの方が上になる。
街道筋の宿場町に大きな神社とくればやることは一つ、俺は今後一宮を門前町として開発していくつもりだ。
そして最後に、普請奉行としての仕事について。
これに関してはまずは現在普請関係を担当している長秀さんの引継ぎから行うこととなっている。
一応昨日少しだけ仕官の席で話だけは聞いているのだが、なんせ今川との戦から清州織田家併合と続いたため一部の城の損壊や街道の再整備からやる必要があるとのことだった。
ただ、これについては急ぐ必要はない。今も既に今川家の圧力に晒されているため、今から金をかけて修理を行ってもすぐに壊されるのが目に見えているためだ。
本格的な修繕、復興作業は対今川戦が片付いてから、恐らく今年の夏あたりに取り掛かることになるだろうと予想している。
また、普請奉行の仕事として河川の改修なども予定されている。尾張という地域は愛知と呼ばれるようになった現代に至るまで洪水が絶えない地域なのだ。
これは名古屋の地形に原因があり、この近辺は輪中と言われる海抜0M地域が有名だが、実はこの時代にはまだ輪中は無い。
しかしそれでも周囲が低地であることに変わりは無く、一度大雨となると尾張一帯はたちまち水に浸かるのだ。
しかもたちが悪いことにこの地域は沼のような土質が多く水はけも悪いときている。
せめて河川の決壊だけは抑え込まなくては、下手すると数か月水浸しで生活することになりかねないのだ。
仕事についてはこんなところだろうか。俺はひとまず整理を一区切りつけてあたりを見渡す。
今いるのは清州城のうこぎ長屋だが、ここもまだかなり殺風景だ。
これから先暫くは、清州の長屋と玉ノ井の集落を往復する生活になる予定だ。
一宮は玉ノ井のすぐ近くであるため、玉ノ井の仕事と一宮の仕事は屋敷で、清州での仕事は清州ですることになる。
玉ノ井は1か月近く生活したうえ、元々川並衆の国人衆としての拠点であったこともありかなり設備は充実している。
しかし、清州には昨日入ったばかり、寝るために急ぎ布団一式は清州の街で買ったが、やはり色々足りていない。
幸いにして一宮の民との会合は玉ノ井で夕方行う予定であり、時間はある。俺は新たな住処の家財道具を買いそろえるため清州の街へくりだすのだった。
「いやー、色々買わないといけなかったから。助かったよ犬千代。」
「・・・これくらい、どうってことない。」
清州の街で家財道具を揃えていた俺はその道中、お隣さんの犬千代とばったり会っていた。
俺が両手に持ちきれないくらいの買い物をしているのを見かねて城から押し車を持ってきてくれたのだ。
そのまま流れで犬千代と店を回り、今はうこぎ長屋へ戻る道すがらだった。
その時、通りに出来た人だかりの中から大きな怒鳴り声が響いてきた。どうやら騒ぎになっているようで、俺と犬千代は目配せして一旦荷物を置いて現場へ向かった。
「何事か!」
俺は人込みを抜けそう声を張り上げる。
目の前には若侍がつい先ほど入った店の店主を脅している様が目に入った。
「我らは織田勘十郎信勝さまの家来衆よ!お主こそ何者だ!無礼であるぞ!!」
織田信勝という名を聞いて俺は心のギアを一つ上げる。
信勝と言えば今川撤退後の織田家において、最後まで信奈に臣従せず敵対を続ける末森城の城主だ。
それがこんなところまで出張ってきているとはただ事ではない。
「俺は織田信奈様が家臣、小笠原金槻と申す!ここ清州は信奈様の支配領域であり、その地の領民を脅す不貞の輩は貴殿らであるぞ!」
相手がかなりの喧嘩腰だったため初対面にも関らず少し強めのジャブから入る。
思えばこの時代に来て喧嘩は初めてだ。
少し言い過ぎたか、若侍たちが目に見えて頭に血を上らせ始めた。
「まぁまぁ君たち落ち着きたまえ、目的の人が目の前にいるんだ。探す手間が省けたじゃないか。」
とただ一人馬上の人であったリーダー格と思われる少年が侍たちをなだめる。そして彼は馬上のまま俺に近づいてきた。
「ぼくは織田勘十郎信勝。君が姉上の新しい家臣だね。噂を聞いてどんな奴か見に来たんだよ。
お金って言われてる大男だって聞いたからてっきり大黒天みたいな真ん丸な奴かと思ってたよ。」
「お前が信勝か、期待に添えなかったようで申し訳ないね。
俺もお前のことは噂に聞いてたよ、ボンボンのお坊ちゃんだって聞いてたけど、なるほど確かに見た目通りだわこりゃ。」
この時の俺は少しイライラしていた。1か月忙しくてストレスが溜まってたのもあるが、こいつらが言うには俺を探すために清州の商人に脅しをかけていたというのだ。
俺のせいで民に迷惑がかかるというのは新参者としては容認できなかった。
「この無礼者!黙って聞いていれば信勝様を何と心得る!」
「田舎のお山の大将だろ。」
「こ、こいつぅ!言うに事欠いて信勝様をサル呼ばわりとは、許せぬ!」
煽り耐性が無かったのか、ここで一人の若侍が刀に手をかけた。
「・・・金槻、流石に不味い。」
犬千代も流石に止めに入ってきた。だが信勝は周りの状況が見えていないのか、
「全くこんな浪人を雇うなんて姉上も見る目が無いね、かぶき過ぎて耄碌されたんじゃないだろうか。ハッハッハ!」
などと宣い始めた。ここで俺の頭の中で何かが切れた
「・・・てめぇ、今なんつった?」
「何度でも言ってあげるよお金くん。姉上は耄碌なされているんだよ!」
次の瞬間、俺は腰に携えた刀を抜いた。
そう、信秀公の遺品の刀である。
「!貴様!やる気か!!」
「先に喧嘩吹っ掛けたのも、刀に手をかけたのもてめーらだ。
俺のことをどうこう言おうが勝手だが、民への恫喝、そして何より信奈様への侮辱をもってして俺への宣戦布告と見なす。
礼儀をはき違えた阿呆共は二度と清州に入れなくしてやる。」
「言わせておけば!」
「ま、待つんだ!ここで斬りあいは不味い!」
信勝がようやく事態の重さに気づき、慌てて家来に静止をかける。
しかし家来衆は既に全員抜刀し、誰かが動いた瞬間に惨劇が始まるような状態だった。
「で、お宅の大将さん止めに入ってきてるけど本当にやるの?
今なら迷惑かけた清州のみんなに土下座して回るなら許してやらんこともないけど?」
「何を!詫びるのは貴様の方であろう!詫びぬのであれば斬るのみ!」
「ま、待って・・・こんなつもりじゃ・・・」
自分に制御不可能になって信勝はあたふたし始めた。
「なぁ信勝、斬り合い始まったら多分どっちかの首が飛ぶから先に言っておくぞ。」
「な、なんだよ・・・」
信勝は既に半泣きだ。いくら何でも情けなすぎないかと思うが、ここで斬り合いになると信奈にとっても良くないので助け船(爆弾)を出す形で自体の収束を図る。
「俺が抜いたこの剣、実は信秀公が死の直前に津島の武具屋に作らせていたものなんだ。つまりお前の親父の遺品になる。
俺が何を言いたいか分かるか?」
「な、何だって!父上の遺品なんて聞いたことが無い!」
「嘘じゃねえぞ。刀の根元に織田三郎信秀の刻印ちゃんとついてるし。なんなら津島に行けば帳簿も残ってる。
それに実は俺もこれを抜くのは初めてなんだ。
最初に斬り合うのがまさか実の息子だとは、天国の父親に対してそれはあまりにも親不孝じゃないか?」
あまりのことに言葉に詰まる信勝たち。ここで俺は畳み掛ける。
「そこで刀を抜いてるお前たちもだ。既に故人だからって信秀公の想いを踏みにじるようなことは、まさかしねえよな?」
体格にものをいわせて凄むと、事の重大さに気づいたのか家来衆はお互い顔を見合わせて、ようやく各々刀を治めた。
「こ、今回はこの程度で許してやる。だが次は無いぞ!」
「そりゃこっちのセリフだ。真っ先に止めに入ったおたくらの大将に感謝するんだな。」
「だ、黙れ!」
こうして、信勝一派は這う這うの体で清州から立ち去ったのだった。
「・・・金槻、よく抑えた。えらい。」
「いやいや、途中で犬千代が一旦止めに入ってくれてなかったら間違いなく斬り合いになってたし、そうなると俺は多分勝ててないから助かった。」
その後、俺はひとまず恐喝の被害者に詫びを入れ荷物をうこぎ長屋へ直した後、事の顛末を報告すべく本丸御殿へと向かうのであった。