織田信奈の野望IF「金は天下の回り物っ!」 作:Takenoko is God
「美濃の蝮!待たせたわね!」
後ろから声がして、彼女は突如現れた。
犬千代たちがまだ来てないからもう暫くかかると思っていたので俺は驚いたが、そのまま道三の方を見やる。
すると対面に座る道三も驚いていた。また別の意味で・・・
「う・・・うおおおおおおおおお?な、な、な・・・なんという・・・美少女っ!?」
は?いや驚きすぎだろと思って俺はふと信奈の方に振り向き、直後俺も固まる。
絶世のお姫様がそこにはいた。
現れた信奈は普段の傾いた姿ではなく、しっかりとした着物姿だった。
いやしっかりなどというものではない、着物は越後上布だろうか、見ただけでも最高級品だということが分かる。
顔には化粧こそしていないが茶筅に結っていた髪は下ろしており、眩しさすら感じられた。
「なんであんたまで固まってるのよ。
道三、私が織田信奈よ。幼名は『吉』だけど、あんたに吉と呼ばれたくはないわね。」
「あ、う、うむ。ワシが斎藤道三じゃ・・・」
道三は相変わらず固まっていた。
年甲斐もない姿に隣にいる光秀はため息をついて道三のフォローに入った。
「私は道三さまの側近、明智十兵衛光秀にございます。信奈さま。」
しかし光秀も「信奈どの」と言っていたのが「信奈さま」に変わっていた。同性さえも虜にする。
今の信奈はまさしく畏敬の念すら覚えさせられる風貌をしていた。
「信奈さま、お待ちしておりました。どうぞこちらへおかけください。」
「デアルカ、金槻、準備は出来てるわね?」
流石に他国の大名の前だからか、普段の「お金」ではなく「金槻」と呼ばれ、不覚にも一瞬ドキッとしてしまう。
「は、はい。万事整っております。
それでは、只今より織田家と斎藤家による会談を始めさせていただきます。
まずは此度の議題について読み上げさせていただきます。
此度の会談の目的は織田・斎藤両氏の同盟交渉にございます。
我が織田家としては、目下の懸案である今川への備えとして斎藤氏との同盟を所望いたします。
盟約の内容については、相互の不可侵、関所の撤廃、他国からの攻撃時の援軍などとなります。
同盟にあたっては道三さまより当家へ義妹を出していただけることが条件となります。」
俺が今回の議題と織田家としての要望を読み上げ終えて、信奈が早くも畳み掛けに動く。
「蝮!今のわたしには、あんたの力が必要なの。わたしに義妹をくれるわね?」
同盟内容はかなり織田家有利な内容であるように見える。
ちなみに道三の義妹とは帰蝶と言うまだ幼い養子の姫であり、実は光秀の身内だったりする。
「さて、それはどうかのう。織田信奈どの。」
ようやく立ち直った道三は、迫力満点の悪人面で微笑んだ。
まさに暗黒微笑といった面構えだった。
「いや、“尾張のうつけ姫”がはたしてワシと同盟を結ぶにふさわしい姫大名かどうか、確かめねばな。
そなたの力量には疑問があるしのう。場合によっては、隣におる金槻どの共々この場でお命を頂戴するやもしれぬ。くっ、くっ、くっ。」
堂々と言い放った、先ほど敵に囲まれたことを思い出し少し背筋が寒くなる。
「さてと、うつけ姫にいくつか尋ねてもよいかのう?」
「私を値踏みする気?あんたほどの器なら、私の実力のほどは一目見ればわかるはずよ。」
「うむ、だからこそじゃ。確かにお主には才能に満ち溢れておる。
じゃが、お主の思想はちと周囲からは理解されぬのじゃないかのう?
お主がいくら優れておっても、周囲がついてこれねば国は纏まらぬ。
その結果が信勝どのの謀反ではなかろうかの。」
いきなり信奈にとってはかなり痛い所を突かれる。
これは俺が危惧しているまさにその通りのことだ。
「確かに、私の思想まで理解できる人は恐らく日ノ本にはいないわ、でもそれでいいのよ。
この国は長く国内で争いすぎているから、外に目が向かないのは至極当然なことよ。
でも、今はそうかもしれないけどいつまでも内々で揉めているわけにもいかないのよ!
最近じゃ湊に行けば異人もよく見かけるようになったわ。
今は彼らと対等に通商出来ているけどいつまでも同じようにはいかない。
いつか必ず元寇のように他国に攻められるときが来るわ!
その時に備えるためにも私は一刻も早くこの戦乱を終わらせなきゃならないの!今回の同盟はその目標の第一歩よ!」
「うむ、なるほどのう。確かに日ノ本では金や銀などがよく採れる。南蛮どもがそれを狙ってくることは想像に難くないのう。
しかし杞憂ではないかのうつけ姫、確かに今の時点で日ノ本の外まで視界が広がっている大名はお主だけじゃろう。
それは裏を返せば見る必要がないからでは無いかの?」
「それは違うわ蝮、もう種子島が伝来して10年近くになるのよ?
キリスト教も広がりつつあるわ。
武器がきて文化も届いてきているのに兵だけが来ないなんて根拠はないわよ!」
「むう、確かにそうかもしれぬが・・・
しかし信奈どの、今回の同盟が日ノ本を世界に出られるようにする第一歩というが、この先に明確な道筋は見えておるのかの?」
「勿論よ。私の今の一番の目的は・・・上洛よ!」
「なんと、尾張一国しか持たぬ身にして既に上洛を見据えておるというのか。」
「当たり前でしょ、あんたが美濃を獲った理由と一緒よ。
日ノ本の中心はなんと言っても京の都。
ここへ向かうには美濃は外せない、だからあんたは美濃を獲った。
あんたは美濃一国で満足しているのかもしれないけれど、それなら京への道くらいは譲りなさい!」
「ふむ、既に上洛。そして世界にまで目を広げておるとは・・・
よかろう、しかし美濃を通ったとしてその先はどうするのじゃ。
近江は必ずしも味方になるとは限らぬぞ。
それに目下の敵は背後にある今川じゃ、尾張一国では今川相手はちと厳しかろうのう。」
「ええ、その通りよ。だからあんたとの同盟が必要なの。」
「しかしじゃ、この同盟の条件は簡単には飲めぬの。
ワシらは今武田と接しておる。知っての通り今川と武田、相模の北条の大国3国は相互に同盟関係じゃ。
お主が今川に攻められた時、ワシらが同盟しておれば武田も攻めてはこんかのう。
今川と武田、2国相手に尾張・美濃だけで戦えると思っておるのかの?」
「そ、それは・・・」
ここまでの論戦では信奈が終始有利だったが、最後の質問でついに詰まる。
そう、これが俺の想定している最悪の事態。今川との戦が武田に波及してしまうことだった。
「まぁ信奈どの、それについては隣の金槻どのが策を持っておるらしいしのう、それを聞いてみてはどうかのう?」
「えっ?金槻、どういうこと?」
「はい、実は信奈さま到着前のことですが、道三どのにこの懸念を伝えられておりまして。
この考えられる最悪の事態を回避するのに十分な準備が無いと、同盟は出来ない。
それどころか私の首が飛ぶことになっております。」
「ちょ、ちょっと蝮!金槻が何したっていうのよ!」
「いやのう、先の玉ノ井の件では一杯食わされたからのう。実は今回の会談も、出てこないと玉ノ井の権益は譲らんと言われて出てきておるのじゃ。」
「そういうことでございます。私は道三どのを手早く呼び出す手段として、美濃と共同で開発しておりました玉ノ井の湊に関わる権益を利用しております。
元々玉ノ井の権益は私が率いている川並衆に入っておりまして、それを協力してくれた美濃に3割分配しております。
3割とはいえ斎藤家の財布にとっては重要、更に玉ノ井の地は井ノ口の街にとって今や生命線。
道三どのは出て来ざるを得なかったという訳です。
まぁ私が動こうと動くまいと道三どのは織田家と同盟に動いていたと思っておりますが。」
「ふむ、金槻どの。なぜそう思われるのか聞いてもよいじゃろうか?」
「はい、織田家が一枚岩ではないように斎藤家もまた一枚岩ではございません。
私が玉ノ井の権利を取り上げるかどうかに関わらず美濃は常に謀反や一揆の危険にさらされている。そうではありませんか道三どの?」
「・・・なぜそれを知っておる。」
「それは私の出自に由来しております。・・・ここまで来ました、もうこれからは包み隠さず話しましょう。
まぁ道三どの以外はみなご存知の通りなのですが、私の出身は世間で噂されている信濃ではありません。
というかこの時代の生まれではないのです。」
「この時代ではない?どういうことかのう。」
「私はこの時代から遥か500年ほど先の未来の生まれです。
何故かこの時代に飛ばされたため、今は織田家にて信奈さまの天下獲りを支えるために働いております。」
「なんと!それはまことなのかの!?」
「ええ、金槻がこの時代の人間じゃないのは本当よ。
現に来た時はこの時代とは違う衣を着ていたという話だし、私は未来のからくりの現物も見ているわ。」
「私はつい先ほど伺いました。半信半疑ではありましたが、どうにも本当のようですね金槻どの・・・。」
「まぁ、そういう訳で俺はこの会議の顛末も既に知ってるんだ。
道三どの、あんたはこの後美濃を信奈さまに譲るという書をしたためることもな。」
ここで俺は過去最大の爆弾を投下した、この時代の人にこの先の歴史を語るのは初めてのことだ。
「!!なんと、お主。まことに未来から来たのか!?それとも心を読んだか!」
「えっ!どういうことよ金槻!」
「信奈さま、これはこの時点では道三どの以外知り得ぬことです。
さて道三どの、今日の会談だがあなたの真の目的はご子息義龍どのと信奈さまを比べて、どちらに美濃を譲るか見極めるためのものじゃないのか?」
「た、確かにその通りじゃ・・・」
「道三どのももう歳だから隠居を考えておられた。
だがご子息どのは戦についてはそれなりだが天下を取れる器ではない。
だから信奈どのが天下の器ならそちらに譲るということだ。」
「これは驚いたのう。金槻どのは確かに未来から来たようじゃ。納得せざるを得んのう。」
「えっ、蝮。ということは・・・」
「うむ、美濃の譲り状はしたためようぞ。しかしその前に、武田・今川・北条に対する手段についてじゃ。
これについてワシを納得させられねば美濃は譲らぬわ。」
ここで美濃を譲るという言質は取れた、あとは道三を納得させるだけだ。
「はい、分かっております。それでは信奈さまもお聞きください。
実は予め武田という懸案については考えておりました。
そのため秘密裡に光秀どのには俺のこの先の考えを短歌で伝えております。」
「川下る 尾長の鮎が 釣れる梅雨 秋は遠いか 海は近いか ですね金槻どの。」
「そうでございます。光秀どのはこの句の意図は伝わりましたかな?」
「勿論ですう!最初の川下るは今川が来るという意味。
続いての尾長の鮎というのが長尾家、つまり上杉謙信を指すです。
そしてそれが釣れるのが梅雨。つまり今は田植えの真っただ中ですから、それを終えて水無月も入る頃には上杉と同盟して今川だけではなく武田についても備える。そういくことですね!」
「流石光秀どの、概ねその通りです。満点!」
「金槻、あんた万千代みたいになってるわよ。
でも確かに、武田に備えるなら上杉との同盟は有効ね・・・。」
「はい、加えて言えば、尾張・美濃・越後の3国で同盟を組むことが出来れば東国からの道を完全に塞ぐことが出来ます。
唯一の抜け道は飛騨から越中、越前へと抜ける道ですが・・・」
「飛騨は山脈地帯、越えるのは容易では無かろうの。それに飛騨の姉小路家はどこの勢力とも同盟していない独立した勢力な上、戦嫌いな守護大名。ワシらが先んじて落とせば道は完全に抑えることが出来るのう。」
「はい、更に我々は今川・武田に対しては弱小です。
義の人との呼び声たかい上杉謙信どのは我々との同盟は受け入れる目算がかなり高いと見えます。
そうでなくても我々と上杉が結べば武田を挟む形となり、武田は簡単には攻められなくなります。
美濃の安全は保障出来るのではないでしょうか?」
「なるほどのう、お主の慧眼恐れ入ったわ。しかし、そうなると気になるのは残りの2句じゃが。」
「はいです、私もそれが分からなかったのですう。」
「秋は遠いか 海は近いか ですね。これは上杉との同盟が成った前提での話です。つまり先を見据えての動きの選択肢の一つという訳です。
秋とは安芸を指します。尾張からはかなり遠くに感じられますが、京から見ると意外と近いのが安芸。今は大内氏の配下である毛利氏の領地です。毛利は大内に臣従こそしておりますが、謀神とも言われる毛利元就が君主、出雲の尼子や備前の浦上に対しても睨みを効かせられる西国の雄です。
早いうちに目をかけておけば上洛後の天下統一に向けての戦いでは力になりましょう。というか、毛利と戦えばこちらもかなりの損害を被るは必定なので相手したくないというのが本音ですかね・・・」
「金槻、あんたもうそこまで考えて・・・」
「信奈さまの世界を目指すという目標を支えるために、必要そうなことを先んじて考えるのが俺の仕事ですから。」
「ふむう・・・
こやつ、最初に十兵衛が釣られたときは十兵衛が甘かったかと思っておったが、これほどとは。
やはりただの商人ではないのう、どちらかというと軍師かのう。」
「いえいえ道三どの、私は実際に兵を率いても大したことはないですから。この前は上手くいきましたが、どちらかと言われると軍略家と言っていただけると嬉しいですね。」
「軍略家・・・戦術ではなく、その先の戦略を練る者ですか。」
「ええ、信奈さまの目標を支えるうえでこれ以上の役回りはありません。」
「なるほどね・・・。それで金槻、最後の海は近いかっていうのはどういう意味よ?」
「はい、これは割と目下の目標に近い所でありますが、美濃を抜ければ近江です。
近江と言えば琵琶の海です。海は近い、つまり琵琶湖に近い近江の勢力とも同盟すれば上洛は更に早まるでしょうという意味でした。」
「近江というと、六角か浅井ですね!」
「そうです光秀どの。ひとまずは先んじて俺の忍びに浅井の方を探らせております。何か同盟や戦の動きがあれば俺にすぐ伝わることになっております。
浅井と同盟が成れば、美濃はもう完全に安泰と言っても過言ではないでしょう。」
「ふっ、ふっ、ふっ、金槻どの。よもやそこまで先を見据えておるとは・・・
ワシの完敗じゃのう。よろしい、美濃と尾張で同盟を結び、帰蝶を信奈どのにお渡ししよう。更に美濃譲り状もしたためよう。」
「ま、蝮!本当に!!」
「うむ、小僧!貴様のお陰でこの蝮、最後に素直になることが出来たわ!ワシの夢を信奈どのに・・・
いや、我が義娘に受け継いでもらうことにするわい。
ワシは我が義娘に美濃一国を譲り、隠居するぞい。」
「ほんとうに、いいの蝮?」
「うむ、蝮と憎まれたワシの国盗りにも、かような意義があったのじゃと思わせてくれ。」
かくして、美濃の蝮こと斎藤道三は、生涯を賭して手に入れた美濃をあっさりと信奈に譲り渡すことにしたのだ。その譲り状をしたためつつ。
「・・・というわけで、ちょっとだけお尻を触らせてくれんかの。我が娘よ・・・ふぎゃっ!?」
「なんであんたなんかにお尻触らせなきゃならないのよ、このエロジジイ!」
などと宣っていた。
「・・・なあ光秀どの、道三どのってやっぱり・・・」
「普段は割とあんな感じなのです、私も何度狙われたことやらですう。」
「やっぱり漢は夢を追いかけないとダメなのかねぇ・・・」
「ちょっと金槻どの、それはどういうことなのです!?」
「いや、男って性欲を失うと途端に老けるっていうからさ、道三どのくらい元気に夢を追える年寄りもいいなぁってね・・・」
「おう!金槻どのは分かっておられるのう。
そうじゃ!美女を抱くのは男なら誰しも夢見るものじゃ!」
蝮が俺の一言に食いついてくる、そのせいで信奈まで俺の方を睨んできた。
「・・・金槻?それ本気で言ってるの?」
「うーん、どうだろ。まぁ歳いっても元気でいたいのは確かだな。
ただ性欲は萎んでてもいいわ、というかジジイが少女を襲う絵面とか俺がいた時代なら下手な打ち首より酷いことになりかねん。」
若干冷や汗をかきながら前言撤回する。
今ここで歳いっても美女は抱きたいとか言ったら信奈に斬られそうだ。
「そうよね!やっぱり金槻は分かってるわ!」
「金槻どの!?ワシを裏切るのかのう!」
「悪いが道三どの、そっちの方もそろそろ隠居された方が良いと思うぞ。」
その後、帰蝶の織田家への移送については今後俺と光秀で詰めることを確認し、会談はお開きになった。