織田信奈の野望IF「金は天下の回り物っ!」 作:Takenoko is God
※この話は時系列的には15話の正徳寺会談の夜。評定前のことになります。
短編とはしておりますが、事実上本編の補足的な内容となっております。
尾張・清州城本丸御殿
正徳寺での道三との会談の夜、俺は信奈のいる本丸御殿に呼び出されていた。
何かあったかなと疑問に思いつつ、三の丸のうこぎ長屋から本丸まで登ってきたのだった。
この時代の清州城は現代の清州城から川を挟んで対岸、俺のいた時代では清州公園のあるあたりに存在し、五条川の水を引いた水堀が3周あり◎のような形の縄張りをしている。
中央の島が本丸、そこから二の丸、三の丸という構造をしており、三の丸の外にでる正門にあたる大手門から入ったすぐ近くがうこぎ長屋だ。
現代では水堀がきれいに残る城は多くはないが、大阪城や江戸城(皇居)などを囲っている水堀が何重にもある姿を想像すれば分かりやすいだろうか。このような城の構造を曲輪という。
それぞれの曲輪は橋や門で区切られており、敵が攻めてきた場合、門を閉じたり橋を落とすことで長期間の防衛が可能になっているのだ。
ただそれは有事の話であり、平時に大手門そばのうこぎ長屋から本丸へ向かう場合、かなりの遠回りを強いられるのだ。
清州の場合、外の川から掘りに水を引く水路があり、丁度うこぎ長屋の裏手に水路があるのだが、水路の上には橋が架かっておらず通り抜け出来ない。
しかも二の丸に繋がる橋は件の水路の向こうなのだ。
そのため三の丸をほぼ一周して二の丸に入る必要があり、二の丸から本丸も構造は似たようなものだ。
こういう構造を輪郭式縄張という。
この構造は四方どの向きからの攻撃にも強い、最強の構造ではあるのだが、どうしても規模が大きくなりがちで日常的に生活するには不便なことこの上ないのだった。
しかも清州の場合、外から本丸に向かうにつれて勾配となっており、ひたすら上り坂の城内をぐるぐると回る羽目になる。
ちなみに長秀さんや勝家などの家老クラスは二の丸の一番本丸に近い門付近に屋敷を構えており、更に本丸から大手門までは手漕ぎ船で移動できるのでかなり移動は楽になっている。
三の丸の堀と川を結ぶ水路には杭が打ってあるため直接城の外には船では出れなくなっている、これも防衛のための設備だ。
・・・まぁ勝家は先日の信勝謀反の責任を問われて近く俺のうこぎ長屋に引っ越してくるらしいが。
そんなことを考えつつ、本丸まで登庁したころには少し汗をかいていた。
現代よりはマシとはいえ、まだ皐月も始まったばかりだというのに日が昇ればうっすらと汗が滲む暑さだ。
今はもう日も暮れてかなり涼しいので丁度いい運動になったという感じがするが、日本の暑さはいつの時代もあんまりかわらないんだなぁと感じる。
「信奈さまより登庁命令を受けておりました、小笠原金槻です。」
「おお、金槻どの。お待ちしておりました。
信奈さまがお待ちです。さ、お入りください。」
門番に扉を開けてもらい本丸内を進む。
本丸は信奈の住居や評定で使う大広間などがある本丸御殿が天守台の上に立っている。
この時代、天守台の上に天守閣がある城は実は少ない。
織田領内だと犬山城が2層の天守が唯一であり、ここ清州や先日まで信奈の本拠であった那古野、信勝が入っていた末森などは天守台の上には屋敷が立っている。
那古野といえば、現代では名古屋城の金の鯱が有名だが、あれは関ケ原の合戦後、徳川家康が築城名人として有名な加藤清正らにつくらせた城がモチーフである。
なんなれば1945年に戦災で焼けるまで清正築城の天守が名古屋には現存していた。
名古屋人である金槻にとっては小学校で習うことだ。
「待っていたわ金槻。さ、入りなさい。」
信奈は本丸御殿の入り口の所で待っていた。
どうやら小姓が先んじて俺がきたことを伝えてくれていたらしい。
信奈が俺のことを「お金」ではなく「金槻」と呼ぶときはかしこまった行事(正徳寺の会見など)のことが多いのだが、最近は面倒になってきたのかプライベートな時間も金槻呼びになりつつある。
ちなみに俺はサル顔ではないので「サル」とは呼ばれずに済んだ。
「ああ、邪魔するよ。急な呼び出しなんてどうしたんだ?」
「まぁ、それは私の部屋でゆっくり話すわ。今夜は長くなるわよ。」
言われるまま信奈についていく。
通されたのは信奈の私室、初めて入る部屋だった。
「とりあえず座りなさい、酒でも飲みながらのんびりやりましょう。」
そう促され俺も畳にあぐらをかく。
ほどなくして小姓がお膳と酒瓶を持ってきた。
流石に訳が分からんので俺から質問を投げかける。
「どういうことだ?信奈が酒で俺を労おうなんて・・・」
「まぁ、仕官してきて早々に勘十郎の謀反とか道三との会談の用意とかして貰ったお礼よ。
有難く思うならお酌しなさい?」
笑顔で信奈からお猪口を向けられると、ひとまず俺は納得して酒を注いだ。
信奈からも俺のお猪口に酒を注いでもらって、2人で酒を呷る。
「・・・ん?いい酒だなこれ。どこのだ?」
「伊勢の酒よ。左近が送ってきてくれたの。」
「左近というと、滝川一益のことか。
そういえば会ったことないなぁ。」
「今は伊勢方面の攻略を任せているわ、まぁそのうち会う機会もあるわよきっと。」
滝川一益とは、未来では織田家四天王に数えられる有名武将だ。
実は俺が織田家に仕官する少し前に織田家に同じように仕官して入った新参の武将で、割と立場が近い人でもある。
しかし信奈の言った通り、滝川一益は現在織田家本体とは別行動をとっており、単独で伊勢志摩方面の攻略にあたっている。
信奈曰く、あの子の実力なら独力で伊勢くらいなら切り取れるとのことなのだが、1人で一国を切り取れとは、なんとも人使いの荒いことだと感じる。
「実はあの子、伊勢方面に何故か知らないけどかなりの基盤を持ってるの。
今はそれを使って伊勢の守護大名たちを味方に引き入れるような懐柔を行ってるらしいわ。」
「なるほど、それで伊勢方面は任せてる訳か。」
「ええ、伊勢は北畠家を中心に長野工藤家や神戸家といった守護や公家大名が今でも勢力が強い地。
それに何と言っても神宮があって宗教色の強い地域でもあるわ。
私にとっては安易に攻め込みづらい場所なのよ。」
「へえ、宗教嫌いで有名な信奈が宗教や守護を理由に攻め込むことを諦めるっていうのは悪いがちょっと意外だった。
やっぱりこの時代でも伊勢と出雲は特別なんだなぁ・・・」
「ちょっと金槻、あんた私を何だと思ってるのよ。」
「うーん、宗教関係で言えば信秀公の葬儀の時の焼香投げつけ事件とか、あとは旧態依然とした制度や風習は極端に嫌う印象があった。
というかこの辺は俺がいた時代にも語り継がれてるし。」
「くっ、事実だから反論しづらいわね・・・
一応織田家って越前の神社の神官の家系だから、伊勢を焼く訳にはいかないのよ。
そんなことしたら日ノ本じゅうから敵視されかねないわ。
それに確かにわたしは仏教嫌いで南蛮傾きだけど、神道系までは否定してないわよ・・・」
珍しく信奈がショックを受けたような顔をする。
「すまん信奈、誤解してた。」
「分かればいいわ。それにさっきあんたが言ったような古いものが嫌いな理由も、あんたなら何となく察しがついてるんじゃないの?」
「ああ、まぁ確かに見当はつく。
信秀公の葬儀の件は実際に現場を見てないからなんとも言えんが、大方戦場ではなく病の床に臥して逝った父への怒り。
あとは葬儀の場であるのに次の当主を誰にするかで不穏な空気だった家臣団への怒りってところだろ。」
「・・・なんかこうも図星だと少し業腹ね。」
「まぁ大して長くは無いがこうして信奈を見てきて、それで未来の知識もあればこれくらいの想像はつくよ。
特に信奈はずっと信秀公のそばにいたって信澄から聞いてる。
そりゃ斎藤道三や太原雪斎と正面からやり合ってた信秀公の最期が情けないものだったら強くあたりたくもなるさ。」
「ありがとう金槻、この前の祝勝会でも思ってたんだけど、あんたって優しいのね。」
「そういって貰えて光栄だよ。
ところでそろそろ呼び出した件について聞きたいんだが。
俺もそんなに酒に強い訳じゃないから、回る前にやっとかないと忘れそうだ。」
「それもそうね、それじゃあ先に済ませるわ。
実は今日の会談で言ってたことなんだけど・・・」
「今日の会談ってことは、今後の織田家の同盟指針のことか。」
今日の昼間行われた正徳寺の会談の事と言えば、道三を納得させるために俺がでっち上げた今後の織田家の同盟予定の件だ。
実はあの件は俺が個人的に推す方針であって、信奈にも事前に連絡していない空手形だった。
あの場では切り抜けたものの、やはり事前の調整なしでの大規模な外交の提案はまずかっただろうか。などと考えていると・・・。
「ええ、率直に言うわ。金槻の言っていた上杉との同盟の締結、可能な限り急いでほしいの。」
「ああそういうことか。もちろん今川との戦は待ったなしの状態だから可能な限り急ぐよ。」
「もちろん今川に対しての動きという意味もあるのだけれど、わたしは上杉との同盟は武田との衝突のための備えとしての意味の方が大切だと思っているの。」
この信奈の発言に俺は驚いた。これは俺が思っていたことと全く同じことなのだ。
「武田に対しての備えか・・・やっぱり信奈は凄いよ、俺も実はそのことを見越して上杉との同盟は考えている。
正直言って今川との戦いには流石に上杉との同盟は間に合わないし、間に武田がいる以上意味はないからな。
道三は武田が動くことを懸念していたから上杉を挙げたに過ぎないんだ。」
「デアルカ、じゃあ金槻は武田が義元と呼応して動いてくるとおもっているの?」
信奈の質問に俺は首を横に振る。その質問に対しての答えを俺は幸い持ち合わせていた。
「実はな、玉ノ井の湊を通じて川の上流にある飛騨や信濃の方から断片的にだが情報が入ってきているんだ。
その話を聞いたところ、今川と織田がぶつかったとしても武田は恐らく動かない。もちろん絶対は無いが・・・
俺は武田が本格的に織田とぶつかるのは信奈が上洛軍を興すころだと思っているんだ。」
「武田が動かないっていうのは本当!?
それが正しいなら凄い情報よ!」
信奈がまくし立てるように俺に聞く。
俺は頷き、武田が出てこない理由について知っている限りの情報を述べた。
「まだ裏取りは出来ていないから何とも言えんが、実は武田家中でお家騒動があったらしい。
当主の信玄が今川を裏切っての駿河攻めを画策し、それに反対する信玄の弟、武田義信らが斬られたらしいんだ。
最終的には命と引き換えに今川との同盟は維持されているようだけど、武田信玄は間違いなく今川義元に対して好感は抱いていない。
というより純粋に領土的な野心から駿河、遠江あたりを欲しがっている。
ただ流石に実の弟を斬る結果になっているからすぐには動かんだろうっていうのが俺の予想だ。
ちなみにこの噂はあくまで噂。
正直世間ではあんまり信じられてないんだが、俺が知っている歴史ではこの事件は実際に起きている。
だから俺はこの一件が事実であると予想しているし、世間的には眉唾な話と扱われてるから義元もたぶん知らない。
そういった極秘情報だから、この情報はある程度信頼できる裏が取れない限り俺から他に公表するつもりは無いよ。」
「ええ、それでいいわ。下手に言いふらして信玄の逆鱗に触れたら大ごとになりかねないし。
でもそれなら上杉との同盟については少し時間的な猶予が生まれることになるわね。」
「ああ、そういうこともあって俺はとりあえず浅井の動きを探るようにしている。
一応先んじて上杉との同盟を伝えている明智十兵衛光秀が越後への伝手を作ってくれているところだ。」
「デアルカ、分かったわ金槻。浅井の内偵と越後への準備、どちらもこのまま続けなさい。
頃合いを見て同盟の締結についてはまた指示するわ。」
「承知。ついでに安芸の方はどうする?」
「大内配下の毛利のことね。そっちは何か情報は掴んでいるの?」
「いいや全く。流石に堺より西の情報についてはせめて京まで出ないと手に入らんな。
ただ、これも俺が知っている未来の知識なんだが、大内は近々内紛をおこす。
俺は西国にはほぼ未干渉だからこっちはほぼほぼ起こると思う。
織田家が機内を抑えた時にどの程度状況が進んでいるかによって対応は固めるつもりだ。
最悪毛利と敵対する目もあると考えておいてほしい。」
「安芸っていうと、海賊の本拠地ね。そうなると大規模な水軍を作る必要もあるわね・・・」
「まぁそこはまだ先の話だしゆっくり考えればいいさ。」
「それもそうね、ひとまず毛利については放置でいいわよ。」
今後の外交関係の相談について、ひとしきり纏まったところで入っていた酒瓶が空になっていた。
信奈が小姓を呼び、新しい瓶を持ってこさせるように指示をする。
俺も一度厠に行くと言って席を立ったのでキリよく一度インターバルが入ることとなった。