織田信奈の野望IF「金は天下の回り物っ!」   作:Takenoko is God

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第22話 桶狭間の戦い

尾張・熱田神宮

 

 

今川義元を急襲するために集められた兵2千と将たちは斥候の到着を今や遅しと待ち焦がれていた。

 

金槻たちが密偵に出てから暫く後、信奈は清州の将兵に号令をかけた。

「全員武装して熱田に集合!攻めてくる義元の本陣を急襲するわよ!」という一言で、清州中が慌ただしく動き出した。この時点ではまだ斥候は一人も帰ってきておらず、今川は知立を西に進んでいるという情報が最新の状態だった。

 

敦盛を舞い、南蛮具足に身体を包み、信奈と旗本隊が清州を出たのが号令をかけて半刻ほど、まさに電光石火の出撃であった。

その後、熱田の境内に陣を敷き、後続の到着を待って軍議を開いていた。その時に大高城陥落の急報が舞い込んできたのであった。

 

 

「姫、大高城の兵から伝令です。城は陥落。敵の先鋒は松平元康軍とのこと、城攻めから陥落まで半刻と持たなかったとのこと。10点です。」

 

「そう、あの竹千代が・・・。大高と熱田は目と鼻の先、もういつ敵が現れてもおかしくないわね・・・。金槻は?」

 

「清州の厩番の話によると、日の出の少し前に信澄どのと僅かな手勢を率いて密偵に出たとのこと。しかしまだ戻ってこられないとなると、討たれたか捕らえられたか・・・」

 

「それはないわ万千代。あいつならやってくれる、私はそう信じてるわ。」

 

そう信奈は自分に言い聞かせるように呟く。松平軍が現れたらその時点で詰み、その刻限は刻一刻と迫っていた。

 

そしていち早くその刻限が来たと見たのは勝家だった。

 

「姫さま、これ以上待てません!打って出ましょう!行き当たりばったりで義元を見つけるしかありません!」

 

「待ちなさい。それは無謀すぎるわ!」

 

「しかし、この時間になってもお金もその手下も誰も来ないというのはおかしいです!残念ですが、長秀の言う通りと見てこちらが動くしかありません!」

 

「だから待ちなさいって!あいつなら、必ずうまくやってくれるわ!」

 

「しかし姫さま。確かにお金はあたしなんかより頭も切れるし、未来の知識も持っている分先手を打って動ける貴重な奴ですが、あいつは戦のない時代で育ったため武芸や馬術は人並み以下です!道三どのの救出戦では幸運にも生き残りましたがそう何度も幸運は続きません!」

 

「でも、でも金槻なら・・・」

 

信奈は半ば泣きそうになりながら耐えた。客観的に見れば長秀や勝家の言う通りなのだ。晴れていたはずの空がいつの間にか分厚い雲に覆われて、生温い風が吹き始め、より一層信奈の心を不安にさせた。

 

 

 

そしてこの場にもう一人、信奈と同じく心中穏やかじゃない姫武将がいた。

斎藤道三の側近にして今は織田家の客将として合戦に参加している明智十兵衛光秀である。

 

(金槻どの、まさか死ぬなんてことはないですよね?玉ノ井の湊はまだ未完成、金槻どの無しではまだまだ立ちいかないですう。先に逝かれてこの十兵衛に後を託されてもこまるのですう!)

 

客将という立場上、信奈たちの軍議を横で見ているだけであったが実はこの熱田にいる面々で最も金槻と付き合いが長いのが十兵衛なのだ。

 

十兵衛と金槻の最初の出会いは道三の鉄砲を金槻が持ってきた時のことだ。井ノ口の街で短い時間だったが会話し、道三に玉ノ井湊の計画を認めさせるためのパイプ役という立場だった。そこから道三によって美濃側の湊開発を任され、半月ほどかなりの頻度で2人は会合していた。

玉ノ井湊の成功は、金槻の発想力や行動力だけでなく、知力の高さやこの時代の様々なことに精通している十兵衛の力によるものも大きい。そして2人ともそれを理解しており、一人ではあそこまでの成功を収めることは無かったと評している。

 

その後、金槻が織田家に仕官した時は驚いたが、すぐに詫びを入れて対今川の作戦まで先んじて十兵衛だけに伝えた。

結果的に斎藤義龍の裏切りにあい、計画実行前に今川に攻められたため上杉との同盟は完成しなかったが、金槻は上杉との同盟は今川に間に合わなくても本命は武田対策だと言っていた。金槻どのは最初からそこまで考えて先手を打っているのだと、聡い十兵衛は分かった。恐らくは浅井に探りを入れていたり、遥か遠く安芸の毛利にまで手を出そうとしているのも先手を考えてのものなのだろう。

 

様々な兵法に通じる十兵衛にとっても、金槻は一目置いている存在なのだ。そして、主である斎藤道三を救ってくれた恩人でもある。

 

(まだ恩返しも何もできてないです。金槻どの、生きていてくださいです・・・)

 

十兵衛は、熱田神宮の本殿に向かって手を合わせて願った。金槻の早い帰還を、そしてこの戦の勝利を。その直後だった。

 

「・・・姫さま!誰か来る!」

 

熱田神宮の鳥居の前で外の見張りをしていた犬千代が本陣へ駆けてきた。その言葉を聞いた瞬間、本陣に控えていた者たちは全員が外に駆け出していった。

 

 

 

「すまん信奈!遅くなった!!」

 

俺は馬から飛び降りるようにして首を垂れた。兜の上から信奈に一発どつかれる。その拳には力強さの中にも、どこか安堵や優しさといった感情を感じられた。

 

「金槻!もう間に合わないかと思ったわよ!で、首尾は?」

 

「鳴海・大高の少し先、桶狭間山の麓の泥田地帯にて今川義元を発見した!今は信澄が足止めに動いているが、服部党に捕まって松平元康の所に連れていかれてたせいで余計な時間を食った!猶予がないからすぐに全軍出してくれ、道は俺が案内する!」

 

「勘十郎がっ・・・!デアルカ。みんなも聞いたわね!すぐに出るわよ!!」

 

そこからの行動は素早かった。1分足らずで俺と信奈を先頭に織田軍は義元の陣を狙って一直線に駆け出した。その馬上で俺は信奈に詳細を伝える。

 

「信奈!さっきも言ったが俺は服部半蔵に捕らえられて大高城に簀巻きで運び込まれたんだ。そこで松平元康と少し交渉してきた!」

 

「どういうこと?」

 

「松平は大高城を落とした後熱田へ攻め上る準備をしていた。そこに俺が担ぎ込まれてな、松平を独立させてやるから織田方の奇襲部隊を見逃すように内諾を得た!

元康は熱田への進路を取らず鳴海に入って義元を待つふりをする。そして鳴海城の岡部元信を釘付けにしてくれる!これで後ろを取られることはない!大高から真っすぐ桶狭間まで突き進めるぞ!」

 

「竹千代が、わたしたちの後ろを抑えてくれるのね。分かったわ。この戦に勝ったら竹千代にはお礼を言わないといけないわね!」

 

「ああ、元康が俺の話を取り合ってくれなかったら確実に俺は間に合ってなかった。信奈、元康が独立したら三河は安堵してやってくれ。」

 

「勿論よ。もとより東の地には興味はないし、竹千代は一応幼馴染だから悪いようにはしないわ。」

 

俺は服部半蔵に捕らえられた後、簀巻きで大高城に転がされた。そして、松平元康と対面していたのだ。半蔵も元康が今川義元の元で使い潰される懸念は抱いていたようで、俺の事を好意的に元康に紹介してくれた。それなら簀巻きにしてほしくは無かったが・・・。

結果的には急がば回れという形になり、元康の静観を取り付けることになんとか成功したのだ。

 

ちなみに俺が急いでいるので足元を見られたとはいえ、織田と松平の同盟提案の他、産業に乏しい三河の開発支援も個人的に申し出た上に、松平は今回の戦ではあくまでも今川方につくというので、鳴海に入るだけでこちらに兵を貸したりはしないという内容の盟約を元康とは結んでいる。

こちらは色々と色をつけたのにこちらが得る利潤がほんの一瞬の織田家通過を黙認するだけ、これでは正直割に合わないのだが、今は四の五の言ってられない状況だったので俺は元康の条件を飲まざるを得なかった。本当は松平兵を裏切らせて桶狭間に向かわせるくらいしたかったのだが、流石は後の徳川家康というところか、交渉は最初から元康有利で進められて勝ち目が無かった。

 

元康が鳴海に向かったため無人となった大高城を通り抜けたころ、分厚い雲からぽつぽつと大粒の雨が降り出した。桶狭間に近づくにつれて雨は土砂降りとなり、雷まで鳴りだした。

 

「こりゃあ俺がこの時代にきて以来一番の降りだな・・・」

 

今はまだ馬も練習中の金槻はこの悪路の中の乗馬経験がない。少し不安になりながあら呟いた。

 

「尾張は毎年この時期に決まって一度これくらいの本降りになる日が来るのよ。わたしはこれを待っていた・・・!」

 

そう、この土砂降りの雨と雷鳴は矢のように突き進む織田家の動きを今川に悟らせなくしている。信奈はこれを狙っての奇襲策を練っていたのだ。その策を馬上で全員に伝えていく。

 

「これぞ天啓!この雨に乗じて今川本陣を襲うわよ!!金槻、この先は直進!?」

 

「ああ、もうあと数里だ!」

 

「分かったわ!あんたは切り込んだら勘十郎たちを保護して控えている川並衆の指揮を執りなさい!義元を万が一にも討ち漏らさないようにね!」

 

「了解!」

 

「六!あんたは先陣で斬りこみよ!存分に暴れなさい!」

 

「よっしゃあああ!!突っ込めえええええ!!!」

 

他の将たちの動きを聞くことなく勝家は手勢の騎馬隊を率いて先頭に立った。自然と俺たちがその後ろにつく形になる。

 

「・・・文字通りの猪武者だなぁ・・・」

 

「言わないであげて、この前の信勝謀反の時は空城に突っ込んだだけだったから鬱憤が溜まってたのよ。それより万千代!十兵衛!あんたたちは六に続いて!わたしと一緒に六が漏らした敵を討つわよ!犬千代はいつも通り私の護衛ね!!」

 

「姫。此度の奇襲。満点です!」

 

「はいです!この十兵衛の腕、しっかりと見ていてくださいですぅ!!」

 

「・・・任せて、姫さまは私が守る」

 

織田軍は気が付けば勝家を先頭に綺麗な魚鱗の陣の形で今川の本陣に突っ込む形となった。

 

 

 

「なんてひどい雨ですの!?元康さん!わらわの本陣に屋根を・・・とそうでしたわね、元康さんは今は大高城を落として熱田へ向かっているはず。もうそろそろ信奈さんの軍とぶつかっているころかしらねぇ。」

 

突如降り出した豪雨に元康はたまらず傘をさしていた。うだるような暑さのために輿を運ぶ男衆が軒並みダウンしたところに、旅芸人の集団が現れたためこれ幸いと桶狭間山の麓の日陰にて休憩を与えたのが半刻ほど前。

その旅芸人の者どもは尾張を拠点にしているらしく、新たな尾張の領主さまへの礼として食事や酒を今川の将兵に振舞ったのだ。

 

瞬く間に陣中では酒盛りが始まり、勝利の前祝いだとして大いに盛り上がった。はるばる駿河からの遠征軍ということもあり、疲労がたまっていた将兵の息抜きにも丁度よいと義元も考えたのだった。

しかし、その後突如土砂降りの雨に降られ、義元隊は身動きが取れないどころか、雨宿りのため多くの兵が森に退避してしまった。

 

「これでは進軍は暫く遅れそうですわねぇ・・・まぁ大高も落ちましたし、鳴海も元信さんが抑えている以上、こちらに織田軍が来ることはありませんから問題はありませんわね。それにしても、一人は寂しいですわねぇ・・・。」

 

と呟く、今義元の周囲には四百余名の馬廻衆と小姓衆しかいない状態だ。しかもそれぞれが急に降り出した雨の対処に追われており、先ほどまで酒を飲んでたためおぼつかない足で動き回っている。義元の話相手になれるような者はいなかった。

 

雨によって狭まった視界の外から突如、喧噪だけが聞こえてきた。そして、雨が弱まり少し視界が開けた瞬間、義元は正面には馬に乗った武士の姿を捉えていた。

 

「全軍突撃!かかれぇっ!!!」

 

義元が今まで聞いたことのない声と共に、馬上の武士たちが一斉に駆け寄ってきた。

 

「今川義元!覚悟!!」の声と共に馬から飛び降り槍を向けてきた。

 

「なっ!織田軍!!あり得ませぬわ!服部党が結界を敷いていたはず・・・。だ、誰か!わらわを守りなさい!」

 

突如のことで壊乱状態に陥る今川勢、僅かにいた義元の側近たちが輿の周りに固まる。

その側近たちはしかし、織田軍の先陣で突っ込んできた姫武将の一振りで一刀両断されていた。

 

「見つけたぞ十二単!貴様が義元か!!私は織田家家老柴田勝家!」

「丹羽長秀、参ります!姫、奇襲は成功しました!満点以上です!」

「斎藤家家臣、明智十兵衛光秀!推して参ります!」

 

続々と後から続く織田方の将の名乗りを聞いて、義元は悲鳴を上げて輿から飛び降りて駆け出した。味方もいない、馬もいない、どこへ向かっても敵だらけだった。

ここで初めて義元は自分が包囲されていると悟った。周りについていた数少ない側近たちは次々に打ち取られていき、いつしか義元は一人で坂を転げるように必死に逃げていた。

しかし、豪雨によってぬかるんだ地面、泥田地帯という地形、気が付けば膝まで足が嵌ってしまっていた。なんとか足を動かすが靴が脱げて気が付けば裸足になっていた。着飾った十二単が水を吸って体がどんどん重たくなっていった。

 

「だ、誰か・・・誰かわらわを助けなさい・・・ううっ・・・」

 

義元はついに泥田の中で動けなくなってしまった。途端に涙があふれていた。思えば義元を海道一の弓取りの異名を持つまでにのし上げた太原雪斎は生前、織田家攻めに反対していた。

これは罰なのだろうか、義元にはそう感じられ、後悔と恐怖で涙が止まらなかった。遥か後方から数少ない味方であろう者たちの悲鳴が聞こえる。もう耐えられそうになかった。

 

 

 

その時、義元に近づく一人の男の姿を義元は見た。見たことのない人物だ。恐らくは織田方の将だろう。体格は大柄ながら繊細そうな顔をしており、何より見慣れない色の入った眼鏡をかけていた。

 

「君が今川義元だね。」

 

「あ、あなたは・・・?」

 

「俺は小笠原金槻、織田家の将だ。もういいだろう。降伏してくれるかな?」

 

「わらわが、信奈さんのようなうつけ姫に降伏?ありえませぬわ!」

 

「そうか、じゃあ仕方ないか・・・。俺は武士が死を選ぶならそれを妨げるべきではないと思うから。出来ればかわいい女の子は斬りたくないんだけどね・・・。」

 

そういって小笠原金槻と名乗る将は刀を抜いた。

 

「あんまり慣れてないから、痛かったらゴメン。」

 

そういって下半身が泥に嵌っている義元の首に刀を突き付ける。

義元は、ここで初めて太原雪斎が遺した最期の言葉を思い出した。

 

「何があっても生きて、生きて、生き抜いて、そして幸福を掴まれよ。」

 

義元はハッとした。刀は既に振り上げられていた。

 

「・・・いやっ・・・!死にたくない・・・!わらわは死にたくない・・・!」

 

振り下ろしかけていた刀を持つ腕が止まった。

 

「最初からそう言えばいいんだよ。大丈夫。君の命は俺が保証する。ほら、掴まって。」

 

金槻と名乗る将が腕を差し出す。義元は藁をも掴む思いでその手を掴んでいた。

 

「・・・よいしょ!っと。ああもう、かわいい顔が台無しだなぁ。大丈夫だよ。」

 

金槻はそう呟くと泥だらけになった十二単の外側を何枚か脱がせて代わりに懐から大きな布を取り出して義元にかぶせ、相変わらず泣きじゃくる義元の頭を撫でていた。

 

「よし、それじゃあ刀は預からせてもらうよ。歩ける?」

 

金槻の問いに義元は無言で頷いていた。その涙には悲しさや悔しさ以外の感情も含まれていたことは、この時は誰も知らない。

 

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