織田信奈の野望IF「金は天下の回り物っ!」 作:Takenoko is God
三河・岡崎城
木曽川での敗戦から半月ほど、俺は信奈・護衛の犬千代と共に松平元康の居城である岡崎城へ足を運んでいた。一緒にはいないが五右衛門にも見張りを頼んでいる。
俺たちの三河入りは桶狭間の戦いでの松平の協力の礼と今後の同盟交渉、俺が指揮する三河の開発についての相談のためのものだ。
本来であればそれくらいの用なら格としては上になる織田家の方に元康が向かうべきだし、元康自身もそれを希望して書状を送ってきていたのだが、少し訳あってこちらから出向くことになった。
話は敗戦直後に遡る。今後の作戦などを話し合う評定の席でのことだ。
「姫、現在織田家の戦力は八千ですが、城の防衛などにも兵を割く必要がありますので実働は五千を切ります。また桶狭間・木曽川・伊勢攻略と軍の動きが活発であったため、既に兵糧が不足しており秋の収穫を待たねば美濃攻略は行えません。30点です。」
「デアルカ、悔しいけど暫くは防御に徹するしかない訳ね・・・。義龍軍は動きそう?」
「それについては大丈夫そうですぅ。美濃は昨年不作でしたので、向こうも既に兵糧不足に悩まされています、ここで一旦勝負は水入りとなりそうですぅ。」
長秀さんが集計した木曽川の戦いの被害状況や十兵衛からの美濃の内情報告の結果、織田家は秋まで米の温存と兵力回復のため内政に専念することとなったのだ。熊野方面では一益が相変わらず怒涛の勢いで国人衆を従えているという報告が上がっており、軍事のリソースを暫くはそちらに回すことになった。また伊勢などで募兵を行い、勝家が練兵を行うことも決まった。
「決まりね、それじゃあ六は今動かせる手勢を率いて左近と合流しなさい。援軍の輸送が終わったら帰りに伊勢で募兵もしてくること。いいわね?」
「承知致しました姫さま!」
木曽川の戦いでは留守番だったためストレスの溜まっていたらしい勝家は、意気揚々と屋敷を飛び出していった。
「・・・なぁ信奈、勝家って伊勢とか熊野方面への道わかるのか?言っちゃなんだが土地勘が無いと神宮より南はしんどいぞ。」
「大丈夫じゃないかしら、知多半島から船で南下すれば神宮は案外近いし、そこからは熊野古道よ。」
未来生まれの鉄オタ名古屋人である金槻は熊野といえばワイドビュー南紀で通る道で、正直田舎という以外の記憶は乏しいのだが、実はこの時代の熊野はそれなりに栄えている。熊野古道の一つである伊勢路には、沿道に温泉宿が並び東国から熊野詣に来る人がひっきりなしに通る日ノ本有数の大街道なのだ。なら大丈夫かと勝家の事は頭から消しておく。
「それじゃ、脳筋は行ったからここからは真面目な話よ。」
「・・・勝家の扱いが重臣のそれじゃない。」
犬千代の言はもっともだと思う。
「適材適所って言うのよ。それで、内政・外交系で報告や提案はあるかしら?」
信奈が次に話を進める、ここで俺は待ってましたとばかりに手を挙げた。
「外交関係で俺から報告がある。良いか?」
「金槻ね。そういえば上杉との同盟を急かしてたわね。進捗があったの?」
「ああ、上杉もそうだが順を追って説明する。まずは松平との同盟交渉だ。」
「そういえば桶狭間の戦いのときに同盟を条件にしたんだっけ?竹千代が何か言ってきたの?」
信奈の鋭い勘に俺は頷き、懐から紙を取り出した。
「元康だが岡崎城奪取後、三河の制圧を手早く進めて既に終えている。まぁ三河は元々松平の土地だからな、国人衆たちも今川と早々に手切れして元康に靡いた。
で、元康は次に引馬城攻めを画策している。浜名湖を完全に勢力圏にしたいんだと思うが、その前に織田家と同盟を結びたいと書を持ってきた。これがその文書だ。」
そう言って俺は紙を信奈に手渡す。中身は
「吉姉さまへ
お久しぶりです~。松平元康こと竹千代でございます~。
吉姉さまの今川との戦、大変お見事でございました~。吉姉さまのおかげで、私は三河で独立できました~。これからは尾張と同盟し、吉姉さまの妹分として末永く仲良くしていこうと思います~。
つきましては同盟の交渉にお伺いしたいと思うのですが、吉姉さまの都合のつく日で大丈夫なので、ご連絡いただければ助かります~。」
といったものだった。
「ふーん。竹千代が尾張に来たいねぇ・・・。いいわ、昔みたいに遊んであげましょう。いつでも来ていいって返事しておいて頂戴。」
「いや、ちょっと待ってくれ。ここからが俺の提案なんだが、ここは俺たちが三河に出向くいたほうが良いと思うんだ。」
「それはなぜでしょうか?本来であればここは元康どのに来ていただくのが主筋ですが・・・。」
ここまで黙って聞いていた長秀さんの疑問はもっともだ。そこで俺は新鮮採れたての情報を開示した。
「俺が気になってるのは松平と武田信玄の関係だ。実は玉ノ井に来る木曾からの行商の話でな、武田信玄が駿河攻略を開始したという一報を受けてるんだ。そして元康は遠江を抑えにかかっている。
この2軍、下手すればどこかでぶつかりかねない。もし武田と松平がぶつかれば元康じゃ信玄を抑えきれないし、元々上洛を争っている織田領までそのまま襲われかねない。そうなると美濃どころじゃなくなるから、元康の方で信玄と折衝出来てるのか確かめたいんだ。ついでに義元なき今川軍の残党がどう散っていくのかも確かめておきたい。
そのためにも一度三河に赴いて東の情勢を本格的に探る必要があるんだ。」
「なるほどねぇ・・・。確か武田って一度お家騒動で今川攻めを諦めたんじゃなかったっけ?」
「ああ、桶狭間の戦いの少し前に信玄が駿河攻めを画策した時だな。あの時は家中で意見が割れて反対派であった信玄の弟が文字通り命と引き換えに信玄を抑えたらしい。ただそっちも結局情報の裏取りは出来なかった。何せ真田忍軍が厄介でな・・・。
武田は結局その後俺たちが桶狭間で今川戦をしている裏で上杉と川中島で小競り合いを起こしたらしい、かれこれ3回目だとさ。それもあって桶狭間の時には美濃にも駿河にも降りてこなかったんだが、今回は駿河に義元は不在だし、反対するものもいないだろうからほぼ間違いなく信玄は駿河を抑えにくるだろうな。」
これが今、俺が手にしている武田に対する情報の全てだ。特筆すべき点は杉との川中島の戦いが3回しか発生しておらず、しかもその全てが小競り合いに終わっているということだ。
つまり後に戦国史最大の殲滅戦とも言われる第四次川中島の戦いはまだ発生していない。これはつまりその戦で命を落とした山本勘助や武田信繁が存命の可能性があるということ。
もしそうならば武田家の戦力は今が全盛期と言っても過言ではない。また発言の通り本来第四次川中島の後に発生している義信事件が既に起きており、事件の真相が掴めていない。下手をすれば事件で廃された武田義信や飯富虎昌すら存命の線すらありえるのだ。
「デアルカ、たしかに竹千代が下手を打って信玄に攻められるような事態があると不味いどころじゃないわ。確かにそのあたりの擦り合わせは竹千代の所に出向いた方がやりやすいわね・・・。
決めたわ。岡崎へ一度行きましょう。万千代は留守番で美濃を睨んでおいて頂戴。」
ということがあり、俺たちは電撃的に岡崎を訪れたのだった。ちなみに元康には三河入りの本当の理由は伝えず、信奈が唐突に豊川稲荷をお参りしたいと言い出したことにしている。
ちなみに豊川は遠江との国境に近く、元康の遠江侵攻の準備がどれ程進んでいるかも探るためにも最適な場所だったので選ばれただけで、信奈にお稲荷様を信仰する気持ちは一切ない。
時間は今に戻る。俺たちは岡崎城の客間に通されていた。座布団に腰かけた対面には件の元康がちょこんと座っている。
「お久しぶりです吉姉さま~。このような片田舎までわざわざお越しいただきまして、恐悦至極です~。」
「久しぶりね竹千代!桶狭間では世話になったわね。」
「とんでもないです~、吉姉さまのお陰で私は三河で独立できました~。今後とも姉さまの妹分として誠心誠意働かせていただきます~。」
「デアルカ!よろしく頼むわよ。それじゃあ、私の小姓を紹介するわね。とはいっても金槻の事はもう知ってるんだっけ?」
「はい~、合戦の折に半蔵さんが捕らえてきたのが金槻さんでした~。金槻さんから吉姉さまの事をお伺いして鳴海へ進路を移したのです~。」
元康はそう言うと俺の方を見てお辞儀をしてくる。俺も「その節は助かった。」と一言返しておく。
「ええ、聞いているわ。確か三河の開発に金槻の力を貸すことになっているのよね。それで、こっちが犬千代よ。」
「そちらも存じております~、人質時代には吉姉さまにたぬき汁にされかけたところ、幾度となく川に突き落として救っていただきましたから~。」
信奈、幼少期からそんなことしてたのかと俺は半ば呆れる感じでため息を一つつく。犬千代が「・・・犬千代は、親切。」と言っているがその救出方法も如何なものだろうか。
「それで吉姉さま、豊川稲荷へは明日参りますがその前にここで同盟の交渉を済ませてしまいたいのですがよろしいでしょうか~。」
「構わないわ。わたしも元よりそのつもりよ。」
こうして同盟交渉はつつがなく進行し、次のことが決められた。
一つ、松平家による三河全土の領有を認め、また遠江の今川領の権益を譲る。遠江は今川義元本人に譲り状を作成してもらった。これによって今川領は名目上駿河一国となる。実情的には遠江には今川家臣が今も居座るため自力で切り取ることとなるが・・・。
また遠江国内では既に井伊家が今川から独立しており、そちらの処遇は元康に委ねることとなった。
二つ、織田領と今川領は軍事的・経済的に協力するため、領土間の関所を廃する、また八丁みそなどの特産品には関銭を掛けないこととする。
三つ、経済基盤の弱い三河の開発を織田家が支援する。開発の任には小笠原金槻があたる。
四つ、織田家は伊賀の服部党とも良い関係を築く。
伊勢は既に織田領であり、伊賀と隣接している。そのため織田家は服部党の伊賀から三河までの往来を自由とし、また服部党は松平を窓口として織田家からの依頼も受け持つこととする。伊賀のメインルートである伊勢本街道の周辺開発もまた金槻が担当する。(もっとも、三河と違い伊勢本街道は畿内と伊勢を結ぶ大街道であり、既に開発の余地は少ないくらい発展しているのだが)。
信奈と元康が相互に花押を押しているのを眺めながら、俺はこれから忙しくなりそうだと気持ちを新たにしていた。