織田信奈の野望IF「金は天下の回り物っ!」 作:Takenoko is God
三河・豊川稲荷
岡崎での織田家・松平家の同盟交渉から一夜明け、俺たちは現状東の最前線にあたる三河・遠江の国境地帯を視察していた。
今日は朝駆けで浜名湖の西岸から遠くに引馬城を眺め、その後建前上目的地である豊川稲荷へ入ったところだ。
この後は長篠城を視察し、その後岡崎を通り尾張へ戻る行程の予定となっている。
朝の浜名湖岸を馬で駆けるのは非常に気持ち良かったが、遠くに見える浜松の街は残存する今川家が未だに抑えている土地であり、また遠江北部では井伊家が独立を宣言している文字通りの最前線である。
一応義元に譲り状をしたためてもらったので、遠江の権益は元康のものとなっているのだが、実際に切り取りを行うのはこれからのことだ。
「・・・以上が、ざっくりとした遠江との国境線の配置です~。兵を率いるのは本多忠勝さん、現状松平家では彼女が軍事の一切をとりしきっています~。
また、作戦や内政面は本多正信さんが担当しています~。東方面はお二人に任せることが出来たので私は外交と三河国内の安定化を手早くおこなえました~。」
「デアルカ、竹千代も部下に恵まれているようね。」
豊川稲荷の境内でお茶をしながら、お互い良い部下を持ったわと信奈が笑う。
織田家はどちらかというと信奈に馬車馬のように働かされているだけな気がするが、声には出さないでおいた。
今日はそれよりも大事なことを聞きに来たのだ、まず俺から切り込んでいく。
「ところで元康どの。貴家の現在の外交状況についてお伺いしたいんだが、よろしいか?」
「はい~。金槻さんが気にかけておられるのは武田との関係についてですよね~?」
「左様、今織田家は武田と美濃の権益を争う情勢に差し掛かっているが、織田と松平が同盟することで武田との関係にも動きがあるかもしれないから確認しておきたいんだ。」
「やはりそうでしたか~。わざわざ吉姉さまと三河へ出張してこられたのもそのためですね~。合点がいきました~。」
そう、俺たちの一番の目的は松平と武田家との関係を探ることだ。元康は流石に頭の回転が速く、既に俺たちの三河遠征の意図にも気づいていたらしい。そこまでバレているのであれば話は早い。あとは腹を割って話すだけだ。
元康は、俺が求めていた情報を話しだした。彼女としても織田家の庇護なしでは戦国の世を生き残れないため、ここで信奈に嘘をつくようなことはしないだろう。
「武田とは既に密約を結んでいます~。信玄さんは海を求めているとのことでしたので、駿河を武田に、遠江を松平に割る形で話は決着しました~。遠江で独立した井伊家については、私に任せると文もとどいています~。」
やはり、松平と武田の間では既に話が進んでいた。武田と松平がぶつかるのではという俺の心配は杞憂だったようだ。
「それを聞いて安心した。それではこれから元康どのは遠江攻めを行うということだな?」
「その通りです~。予定では今月中には攻め込むつもりです~。
実は駿河側は既に信玄さんが攻撃を初めていまして、既に大井川の対岸には武田菱が靡いています~。」
「なっ、それは早すぎないか?俺が武田による駿河攻めを察知したのはまだ数日前なんだが・・・」
「本当に信玄さんと武田騎馬隊は恐ろしい速度です~。美延から下って1週間程で三保の松原まで進軍したようですよ~。」
元康によると、武田騎馬隊は既に駿河の殆どを抑えているようだ。恐らくは今川家は既に瓦解しており碌な抵抗もなく突き進んだのだろう。駿河にいた今川家臣はその殆どが信玄に降伏したか旧来から仲の良かった北条家を頼って落ちていったという情報も服部半蔵が掴んでいるらしい。この様子だと元康の遠江攻めもハイペースで進みそうだ。
それにしても、俺はまだ松平元康とは2度ほど会談しただけなのだが、早くも彼女には後の徳川家康たる片鱗が見て取れる。
桶狭間の戦いの折に交渉した際もだが、彼女は他家の下につきながらも絶対に自分が損をしない立ち回りが出来る人物だ。あの時は織田家が譲歩せざるを得ない状況だったことを良いことに散々に絞られた。
当時織田家が今川軍に勝つには奇襲しかなく、それを成功させるために元康を動かさせないことは必須条件であった。俺は元康を離反させるつもりで交渉していたのだが、持てるカードを全て切っても取れた言質は鳴海入りの確約だけだった。
そして今回も、俺と信奈の三河入りの意図を正確に予測し、満足いく回答まで用意していた。
実は外交関係の会談を行う前に俺が桶狭間でつけたカードの一つである「三河の開発支援」の会議も行ったのだが。こちらはまたもや散々だったのだ。
当初俺は、元康の居城である岡崎と東海道沿道に重点を置いた開発計画を提案した。これらの地域は集客が見込めるため、あわよくば俺と川並衆で宿場を直営して利潤をあげようと画策していたのだ。しかし、この考えもまた元康に読まれていた。
「金槻さん~。大変申し訳ないのですが、実は岡崎と街道筋の開発は既に我々の方で計画が進行中でして、金槻さんや川並衆さんへは長篠方面と渥美半島の開発をお願いしたいのです~。」
というのが、元康からの三河開発の依頼だった。要するに主要な地域の利権は渡さずに、開発が遅れている山間部や半島地域の利益の出ない開発だけを押し付けられたのだ。
こちらとしては以前の合戦での借りがあるので強くは出られない、俺と元康の頭脳戦の結果はまたしても元康の圧勝という形に終わった。
この後に予定されている長篠の視察は俺の開発の計画設計を兼ねたものなのだが、そこで元康は嬉々として俺の財布を絞り取ろうとするだろう。
軍事的には圧倒的に有利な織田家に対して尻尾を振る元康だが、強気に出れる場面では臆さずにしっかりと自国の利益を計算している。まさしく狸の皮を被ったある種の化け物だ。
正直俺は元康には軍略では勝てない気すらしている。まさしく強敵と言える存在なのだと認識した。
俺はそう思考を結び、一歩引き下がった。ここまで無言で俺と元康の会話を聞いていた信奈がようやく一言を発した。
「もう良いの金槻?あんた確か竹千代に色々と聞きたいことがあるんじゃなかったっけ?」
「ああ、十分だ。やっぱり元康どのは才気に溢れている。今後とも末永く松平家とは良好な関係を築けたらと思う。」
「はい~。金槻さんも、今後とも三河開発の件も合わせてよろしくお願いします~。」
「デアルカ。こちらこそよろしく頼むわよ竹千代!それで早速だけど・・・」
信奈は特に気にする素振りも見せず話を次に進める。確か次は清州に建てる元康の屋敷の話だったか・・・。
かくして豊川稲荷での会談はその後恙なく進行し、昨日の岡崎城で調印した盟約と含めて織田家と松平家の同盟関係が成立した。この報は行商などを通じて各地に広まっていった。
「ふん。たぬき娘め、やはり信奈と同盟を結んだか。」
ここは駿河の中心地、駿府。
豊川稲荷での会談が終わり、信奈一行が長篠の視察をしている頃。この城の新たな主は持ち前の精強な兵と隠密に特化した忍び、そして勇猛な将たちの力もあって既に駿河一国を完全に掌握していた。
「はっ、恐らくは先の桶狭間の戦いの際に密約があったものと思われます。」
副将の姫武将の一人が忍びの報告に補足を入れる。上座に座る燃えるような真紅の姫はただ無言で頷く。その反応を確認し、副将と同じ序列に並ぶ3人の姫武将は矢継ぎ早に口を開いた。
「やはり元康めは織田信奈について我々と敵対するつもりでは!?そうなると平地が続く駿河は防衛に不利な地、やはりここは甲斐へ逃げましょう!」
「・・・昌信、それでは我々が駿河まで出張ってきた意味がない・・・」
「信房の言う通りよ。それに昌豊の言う通り、織田と松平は桶狭間の戦いの時から繋がっていた。でも元康は決して武田に盾突こうとは思っていないはずよ。そんなことをしちゃったら滅ぶのは目に見えているだろうし。そうでしょ姉上?」
姉上と呼ばれた将は口々に声をあげていた副将の一つ前の座布団に座っていた。
「三郎兵衛、俺がそんなこと分かる訳ねーだろ。どう思う太郎?」
「兵部に分からないことが馬鹿の俺に分かる訳ないだろ。信繁どうだ?」
「貴方たちは全く・・・。飯富三郎兵衛の言う通り、松平は織田と武田に二股をかけるつもりでしょう。」
太郎と呼ばれた青年以外は全員姫武将だが、彼女ら全員が一騎当千の兵であり、それぞれが一軍を率いる才能を持つ優秀な将である。そしてそれらを纏めるのが上座の姫武将の隣に座る年老いた初老の軍師だ。
「ふむぅ・・・それでは徳川家、そして織田家に対しての策はこうじゃな・・・これだけの駒が揃っておると考える方は楽じゃわい。」
「勘助、策があるなら申せ。」
「うむ、松平家の当面の目標は遠江じゃ。こちらは約定がある故に対した心配はしとらん。そして織田家の目標は斎藤家の美濃じゃが、こちらは秋の収穫後に大きく動くと読んでおる。狙いはそこじゃ。信玄ちゃんならもう分かるじゃろ。」
軍師、山本勘助にちゃん付けで呼ばれたその姫武将の名は(武田信玄)。
「ああ、織田家が美濃を取って脂の乗ったところを頂くとするか。決まりだな。」
今一度目を瞑り、自分と勘助の考えをすり合わせる。そして、目を見開いた瞬間。評定に参加する全員の視線が彼女に集まった。そこから矢継ぎ早に支持が飛び出した。
「次の戦は織田家との戦いだ。暫くはそれに向けて準備を進める!まずは昌豊と昌信!」
信玄は、まず忍びの報告を捕捉した内藤昌豊と甲斐への撤退を進言した高坂昌信に目を向けた。
「お前たちは川中島の監視だ。謙信がまた何かちょっかいをかけてくるかもしれん。厩橋方面は真田に任せるから昌幸と密に連絡を取って上杉軍の警戒にあたれ。」
「「はっ!」」
「次、信房は今回裏方だ。前線への兵糧・物資・兵の輸送を統括せよ。今回は川中島方面の上杉警戒部隊と美濃方面の本隊の後衛となる。松本に駐屯しどちらにでも出られるように準備しておけ。」
「・・・承知・・・」
「虎昌、三郎兵衛の姉妹は今回私と同行すること。三郎兵衛は特に初陣となる。心してことにあたれ。
最後に信繁と義信は私・勘助と共に本隊を率いる。ひとまず南木曾まで進んで織田家の美濃獲りの進捗を見るぞ。」
ここに、戦国時代最強の部隊と名高い武田軍がにわかに慌ただしい動きを始めた。次の戦場は美濃、そして尾張になることは必定となった。
※いつも拙作「金は天下の回り物っ!」をご覧いただきありがとうございます。※
筆者よりお知らせです。
コロナの関係で暇だったので始めた当シリーズですが、昨今の情勢によりここ暫く仕事が一気に忙しくなりました。そのため更新を1月ほどお休みしておりました。一応今後も気の向くままに更新は続けますが、4月5月のようなハイペース更新はできません。今後ものんびりとお待ちいただけますと幸いです。