リモートでくるメリーさん 作:仕事以外引きこもり中
「んで、いつまでいるの?」
〇ーバーイー〇で本当に届けられた牛丼の大盛りを完食した後ふと、気になって聞いてみる。
――そういえば、都市伝説の本家では最後の電話の後振り向いた被害者が襲われて終わりだよな……。
食後の一服とばかりに紫煙を燻らせながら目の前に置かれたモニターに目をやる。いつの間にかというよりかは、勝手に俺の仕事用のノートパソコンに移動してきた彼女は、きらりと目を輝かせて飛んでもないことを口にした。
『あー、それね。そのことだけど、しばらく貴方の周りにいるからよろしく。この事態が終わるまで
帰る気はないわ!』
「は?」
予想外の出来事に素の声が出てしまった。
『なに間抜けな顔してるのよ? こんな美人と一緒に暮らせるのよ? 少しは喜びなさい』
そういってモニターの中薄い胸を張る彼女は確かに文句の付けようがない美人だ。だが、彼女は二次元であり、こちらには出てこれない。それに色々と悪戯好きな彼女をこれ以上PCの中に入れておきたくない。何かの間違いがある前に退場していただきたい。手遅れになる前に自主退散してほしかったのだが、なぜだか知らないが彼女は居座る気満々の用だ。
「間抜けな顔で悪かったな。それに美人だというならもう一つ次元を上げてこい。今のお前はただの絵だよ。いやいや、そんな話はともかくとして、メリーさんって最後電話して振り向いた被害者を襲ってバッドエンドってお話じゃん。それでそのあと何処かに消えるんだろ? だったら、もう俺とあったからいいじゃん、さっさと帰らないと」
俺の回答がお気に召さなかったのか、彼女は少し眉の片峰を下げて、
『振り向いた人間を襲うって、いつの時代のメリーよ。ステレオタイプにもほどがあるわ! 今日日そんなことをしようものなら直ぐに労基やらが介入して営業停止よ! 最近のメリーさんはターゲットに少しの非日常的ワクワクとほんの少しの恐怖感、そして子供のころを思い出してもらう郷愁感を味わってもらうの』
――なんじゃそりゃ……。
呆れた突っ込みを内心でする。
うすうす感じていたが最近のメリーさんはどうやら非常に可愛らしい活動をしているようだ。メリーさんがこんな感じだからおそらく他の都市伝説的な存在もそういう活動をしているのだろう。それはそれで非常に気になるが、俺には今さきにやるべきことがある。
「でも、会ったら帰るんだろ?」
『当り前じゃない! 次のターゲットもいるのに!』
腕を組み自信満々い頷く彼女の蒼い瞳は暗に「そんなの常識じゃない!」と語っていた。なんとも、表情の読みやすい奴だ。きっと、嘘を付くのも苦手だろう。
「じゃあ、俺ともう会ったから、帰ったらいいじゃねーか。次のターゲットが待ってるんだろ? いかないと。もしも、暇ならまたメールくらいは付き合ってやる」
別に俺は彼女のことが嫌いではない。むしろはきはきとした性格も含め、好きな部類に入る。俺が嫌なのは彼女と連絡を取り合うことではない。彼女という爆弾がPCのなかにいてほしくないだけだ。
『あぁーそれね。実はここに来る途中に配属が変更されたの……実効部隊から、後方支援の方に……だから次のターゲットいないのよね』
「どういうことだ?」
『今日まで所属していた部署は実際に現場にいってターゲットを驚かす部署だったのよ。でも、今回のテレワーク実装に向けて時季外れの配属変更が考えだされて先ほど無事に辞令が出たってわけ。次の部署はテレワークのサポート役みたいな部署。ぶっちゃけネットワークやら電子機器に強いのは多くないし、私が移動するのも納得の配属よ。ちなみにその仕事はネットさえあれば出来るから、ここでも問題ないってわけ』
「いや、お前が問題なくても、俺は――」
俺は問題があるんだよ、そう続くはずの言葉は画面の彼女の声によってかき消された。
『――牛丼食べたよね?』
俺の目の前には十数分前まで確かに中身のあった牛丼の容器が置かれている。もちろん、今は空だ。
「いや、確かに食べたけど――」
『でも、食べたじゃない。人のお金で』
「人のお金って、経費で落としたんだろ!?」
『経費だろうと何だろうと食べたのは食べたのよね?』
にこにことまるで人のいい笑みを浮かべている彼女は中々に素敵な思想の持ち主のようだ。
「確かに食べました……」
食べたものは確かに食べたので、そこは認めておく。
『美味しかった?』
「――はい」
久しぶりに食べた牛丼はどこか懐かしい味で美味しかった。これからは定期的に食べに行ってもいいかもしれない……あぁ、そういえば自粛しないとだから当分は〇ーバーイー〇での注文になるか。
『ほら素晴らしき先人たちは素敵な言葉を残したじゃない。一宿一飯の恩義ってね』
すがすがしいどや顔で俺を見る彼女になんて返そうか少しばかり返答に悩んだ。ここまで押し売りが過ぎると逆に感心してしまう。彼女がいったように確かに百歩譲って一食の恩義はあるかもしれない。しかし、一宿の恩義はない。むしろ俺がふるまう番だ。
一宿と一飯。牛丼の大盛りとボロアパートの一宿……その価値にどれほどの違いがあるのか俺には分からない。分からないがどうせ、彼女のことだ。この牛丼大盛りだけで約一か月ここにいるつもりに違いない。そうなれば確実にこちらが損だ。
色々な意味でもそれだけは何としてでも阻止せねば。
しかもよくよく考えなおせば牛丼代経費じゃねーか! やっぱ百歩どころか千歩譲っても彼女には一宿どころか一飯の恩義すら感じない。
「一宿一飯の恩義って言ってるが、そもそも俺はお前に一飯の恩義しかないうえにそれも経費、一宿に限っては俺が提供する側じゃねーか! そもそも、その言葉は恩を受けた側が言うセリフであって、押し売りした挙句居直り強盗寸前の奴がいうセリフじゃねーよ!」
俺の渾身の突っ込みもどこ吹く風、彼女は、はぁと見せびらかすように大きくため息を吐いた。
『どうしても、認めてくれないってわけ?』
「――あぁ」
『はぁ……しょうがない。どうしても認めてくれないって言うなら私も開き直るしかないか……』
そういってため息をついて顔を覆う彼女の口元が、口端が上がった。そして、まるで能面のように一瞬にして人懐っこい笑みから、感情のない人形のような顔に変わった。
――やばい。
その瞬間まるで流行り病のような悪寒が体を覆った。間違いない俺にとって良くないことが起きる。
『確か貴方の中のイメージの私たちってターゲットに会うとそのターゲットを殺して消えるんだっけ? ――だったら、実際に死んでもらいましょうか』
刹那、邪悪な笑みを浮かべた彼女は、まるで物語の悪役ようなゆっくりとした動作で、右手の親指と中指を合わせ――
――ぽすっ……
何とも気の抜けた音がスピーカーから漏れる。
そして、数秒の静寂の後、
『――――――—~~~~~~っ~~!!』
みるみるうちに茹でた蛸のように真っ赤に染まる彼女の顔。恐らくカッコよく指パッチンで決めたかったのだろう。なまじそれまでの演出が完璧だったためその恥ずかしさは一入に違いない。
「あははははははは! 最後の最後でしまらない奴だなぁ」
緊張感も恐怖感も悪寒もどこに飛んで行ってしまった。大方あの邪な気配は何かの間違いだったのだろう。プルプルと顔を真っ赤にさせて涙目な彼女にそんな大層なことが出来るとは思えない。
『う、うるさーい! 何よ! 指パッチン練習中なのよ! 悪い!?』
「あははははは、いや別に悪いことなんて何もないよ。苦手なことくらい誰にでもあるもんな」
『で、でしょ!』
「ただあの場面で練習中の指パッチンをするか? 普通」
あぁ、だめだ思い返すだけで笑えてくる。明らかに笑いをこらえている俺をプルプルと震えながら睨む少女は、
『馬鹿にしてくれて……謝るならあ今のうちよ。メリー様ぜひとも、ウチに泊まってくださいって言うなら許してあげるわ』
「あはははははは、指パッチン成功させたら考えてやるよ」
笑いが止まらない俺を少女は涙目で睨む。
『そう』
彼女はまだ赤い顔で小さくそういうと、
『じゃあ、死んでもらうわ』
改めてそう宣言した。
彼女が小さく右腕を振った。
『これ、なんのフォルダか分かる?』
――A
フォルダ名は単純にその文字一文字だった。
「――――っ」
今度は俺が言葉を失う番だ。いやな予感が脳裏をよぎる。冷や汗が背中を伝う。悪寒がまた体を包む。
『これ実はあなたのデスクトップパソコンからコピーしたフォルダなの。もちろん、ここまで言えば持ち主の貴方は中身がなにか分かるわよね……?』
――手遅れだったか、しくじった。
彼女がPCの中にいるのをなぜ嫌ったのか……。それは単純にして明快。このフォルダを見つけられる前に退場して頂きたかったからだ。
中身はそう健全なる男子諸君なら誰しもが持っているであろう映像や画像……。
「――――」
――じゃあ、死んでもらうわ。
さきほどの彼女の言葉を思い出す。悪寒はまだ止まない。
『貴方がその気なら、私も手段を選ばないわ……このフォルダをZipにして社内共有フォルダに送り込むは、もちろん貴方のPCから分かるようにね』
「死んでもらうって社会的な意味でかよっ!?」
このフォルダが社内に出回ったら生きていけない。間違いなく会社にはいられなくなる。
『ええ、そうよ。最近のメリーさんらしくていいでしょ? あと、ついでに貴方の妹さんにもZipで送るわ。すでにメール作成済みで送信も予約済み……――やることは分かるわよね?』
「メリー様! このようなボロアパートでよければいくらでも居てください! ですから、何卒、何卒妹だけには! 妹だけにはご勘弁を!」
行動は早かった。今までのそしてこれからの人生も恐らくないであろう最高に綺麗な土下座を決め、画面の彼女に許しを乞う。
プライド? そんなもの犬にでも食わせておけ。
妹がいる奴ならわかってもらえると思う。もしも妹にこのフォルダがばれたのなら、俺は首を吊るしかない。社会的にも物理的にも死ねる。それくらいの破壊力がある。
なんとも恐ろしいことにこの一見ポンコツメリーさんは二つの意味で俺の命綱を握っている状況だ。
『いや、そこまでしなくても……ごめんなさい。少しやりすぎたわ! ほら、そんなことしないから顔を上げて!』
土下座の姿勢は崩さず顔だけを上げる。そこにはもうすでに何も握られていない右手をひらひらと動かしながらひきつった笑みを浮かべる彼女がいた。
「本当ですか?」
『えぇ、本当よ。だから敬語もやめて! 今まで通りしましょ!』
そういわれて姿勢を崩す。
あぁ、なんだか一気に疲れた気がする。
「あぁ、本当心臓が止まるかと思った」
そういいながらタバコを咥えた俺に、
『そんなに心配しなくても私にはサラサラそういう気はないわよ。だって、――』
彼女の後半のセリフは紫煙を燻らせて心臓を落ち着かせるのに手いっぱいな俺の耳には届かなかった。
「後半なんて言ったんだ?」
『いーや、なんでもないわよ! これからしばらく宜しくね!』
彼女はそう言って無邪気な笑顔でほほ笑んだ。
「あぁ、こちらこそな」
すっかり毒牙の抜けた彼女に俺はただそんなことしか言えなかった。
俺は未だに都市伝説だのメリーさんだのはよく分からない。しかし、これから先の毎日が騒がしくなっていくことだけははっきりと分かった。