リモートでくるメリーさん   作:仕事以外引きこもり中

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第二話

春の穏やかな夜風にうたれながら、空を見上げる。昼間に引き続き恐らく雲一つないであろう空には漆黒の代わり映えのしない闇がただ存在していた。さすが、大都会大阪、星の一つどころか月すら見えはしない。ベランダの窓枠に腰掛けタバコに火をつける。

 

いつも吸っているそれは、いつもと変わらない味と匂いで俺を落ち着かせる。

 

横に置いてあった発泡酒を左手で開け、一口。

 

――あぁ、うまい……。

 

爽快とした炭酸とのど越しが喉を通りそして、食道へと消えた。金曜日の夜、酒とたばこ。考えうる限り最高の贅沢な時間を過ごしている自負がある。今、俺は世界中の人々の中でも上位に食い込むくらい幸せな時間を過ごしていた。

 

――世界は平和だねぇ。皮肉なことに……。

 

何処かで野良猫の鳴き声が聞こえた。

 

初めて聞いた。

 

こうしてベランダで度々一人酒をする機会は今までも数回あった。しかし、その時は周りの雑踏で猫の声なんて聞こえたことは一度もなかった。

 

耳を澄ませる。しかしながら聞こえるのは風の音と猫の鳴き声だけ。まるで、この世界に一人だけ取り残されたような気分になる。

 

いつもと同じ星一つ見えない漆黒の空、いつもと同じ安酒、そしていつもと同じタバコ。そう、いつも通りなのだ。ただ、雑踏が聞こえない以外は……。

 

――人類最後の生き残りってこういう気分なのかねぇ……。

 

いつかの未来、確実にいるであろう人類最後の人間のことを思い浮かべ、馬鹿らしいと一蹴する。どうやら、急に訪れた日常の喪失に俺も幾ばくかの動揺があるみたいだ。

 

目には見えない、音にも聞こえない日常を蝕む影のような何かは、ゆっくりとしかし確実に俺たちのそばへと一歩一歩と近づいているようだった。

 

『なに、アンニュイな顔をしてるの? 似合わないわよ』

 

静寂な世界に音が生まれた。

 

その声を表すにはなんて形容詞を用いればいいのか分からない。溌剌としつつ、しかしどこか優しさを感じさせるソプラノは、俺の脳裏に純白のイメージを思い浮かばせる。そう、間違いなくその音を色で表すとすれば白だ。

 

まるで、太陽のように明るい声。きっと、この音を璆鏘琳琅というのだろう。

 

「悪かったな、アンニュイが似合わない三枚目で」

 

声の方角に視界をやれば、そこには一台のモバイル端末。そして、その中には例の居候になった彼女がいた。とうとう、モバイル端末にまで移動してきた彼女は、そのままロック画面を許可なく変更し、どこか部屋の一室のような壁紙にした。そして、どういう理屈か分からないがそこに映っていたソファにどっかりと腰を落としていた。まるで我が物顔である。

 

ソファーに座ることによって要約全貌を拝むことが出来るようになったのだが、画面越しにも分かるスタイルの良さに、黒いパーティー用のドレス、そして本人の美貌により本当に人形のように見えた。

 

これで口さえ開かなければ本当に可愛らしい。

 

『三枚目……? うぬぼれないことね! 貴方はせいぜい四枚目? いや、五枚目半ね』

 

今日会ったばかりの人間にひどい言い草である。まぁ、俺も結構なことを言っているためお互い様なのかもしれない。

 

「ひどい言われようだな、おい。まぁ、俺だって三枚目は自己評価が高かったと反省している。正確には三枚目半だな」

 

『自己評価が三枚目半って……』

 

「自分から振っておいてひくなよ……」

 

精悍な顔立ちに引きつった笑みを浮かべていた彼女は、こほんと一つ咳払いすると、

 

『その……そのあれよ。貴方にはアンニュイ顔は似合わないのだから、そんな顔はやめなさい。貴方は馬鹿みたいに笑っているのがお似合いよ!』

 

――……。

 

恐る恐ると口にした彼女の言葉に俺はすぐに返事をすることが出来なかった。どうやら彼女は彼女なりに俺のことを心配してくれたようだ。

 

「…………」

 

『な、なによ、急に黙って? もしかして、私の美貌に見とれていたとか? まぁ、分からなくもないわ! だって、私だもの!』

 

「何が私の美貌だよ。鏡をみてこい! 鏡を!」

 

『な!? ちょっと!それってどういう意味よ! 普通、女の子の見た目ってほめるのが男ってものでしょ! だから、貴方はモテないのよ! そして、私は鏡で見ても超絶美少女よ!』

 

何だか彼女と話していると先ほどの悩みなんてどうでもよくなってきた。

 

ただ、問題を先延ばしにしただけかもしれないが、それでも彼女は彼女なり気を使ってくれたのだろう。だからこそ、俺も軽口は叩きつつも必要なことは言わないといけない。

 

「自分で超絶美少女とかいうか、普通……まぁ、でもありがとよ、気を使ってくれて。おかげで少しだけ気が楽になった」

 

そういって笑う俺に、

 

『気にしないでいいわよ……うん、やっぱり貴方はその顔が似合っているわ』

 

彼女は微笑みを返してくれた。

 

 

 

 

「そういえば、お前って飯とかどうするの? 一回かえって喰うのか?」

 

発泡酒を飲みながら話を変えるついでに気になったことを聞いてみる。彼女が俺の端末にやってきて以来、彼女が帰ったりだとか現実世界で何かしたような形跡はなかった。

 

『あぁ、それね。今の私はいわば電子媒体みたいなものだから、媒体があればどんな形であれ栄養は取れるわよ』

 

「…………?」

 

彼女の話を俺は一ミリも理解できなかった。まぁ、無理もない今日の朝俺はサル以下に降格を果たした人間なのだ。そんな奴に理解しろというほうが酷な話だろう。

 

『あぁー、まぁこの技術は人間側にはないからなぁ……。まぁ実際にみてもらいましょうか。そのほうが早いし』

 

そういって彼女はおもむろに右手を頭の上まであげると親指と人差し指を合わせる。

 

――さっき失敗して涙目になってたのに、またやるのかよ。

 

夕食後のことを思い出し思わず笑い声がでそうになった。

 

――ぱち。

 

スピーカーから何とも気の抜けた音が聞こえた。まぁ、先ほどの指パッチンよりかは遥かにましだが

演出に使えるレベルではないだろう。

 

「……よし、さっきよりかは音が出たわ!」

 

右手で小さくガッツポーズをし、小声でそんなことをつぶやく彼女を大人で優しい俺は見なかったことにすると決めた。

 

それより気になるのは……。気の抜けた音がしたのと同時に彼女の左手には何かが握られていた。

 

――写真?

 

長方形のそれは何かの画像だった。

 

「なんだ、それ画像か?」

 

『その通り、画像よ』

 

そういって彼女はそれを見せつけるかのように俺の方へ差し出す。

 

――牛丼に、豚汁、それにとろろ、それに生卵……。牛丼屋のセットメニューか?

 

目を細めて見てみるとそこに写っていたものは俺が今日晩飯で食った牛丼屋チェーン店の商品に似ていた。

 

「〇〇屋のメニューかそれ?」

 

『ええ、貴方が夕飯で食べた牛丼屋の商品の写真よ』

 

「で、その画像をどうするんだよ」

 

『ふふふ、こうするのよ』

 

彼女は上品に笑うと右手を左に持っていた画像に近づける。右手は画像に近づいていき、そして――

 

――そのまま右手は画像の中に入り込んだ。

 

――は?

 

画像の中の彼女の手は写真の中央の牛丼のドンブリをつかむとそのまま写真の外に出ていく。そして、画像から完全に出てきた彼女の手には一杯の牛丼。画像の中の牛丼は消え、彼女の手の中に納まっていた。

 

つまり彼女は画像の中の牛丼を取り出したというわけだ。

 

『うんうん、やっぱり牛丼はつゆだくよね』

 

彼女はご機嫌に頷きながら、ソファーのサイドに置かれた木製の机に牛丼を置くと再び、右手を写真に入れた。その動作を繰り返すこと数回。画像の中にはお盆だけが写っていた。

 

そして、彼女は満足したように再び右腕を上げ指を鳴らす。

 

――ぱす。

 

当り前のように音は鳴らない。

 

しかしながら、彼女の左手の画像は何処かへ消え、そしてソファーのサイドにあったテーブルが彼女の目の前に移動した。

 

『こういうことよ? 分かったかしら? 今の私は写真や動画さえあればそこからこうやって食べ物を調達できるのよ。もちろん、味だってわかるし、栄養だってとれるわ。すごいでしょ?』

 

確かにすごい。そして、それの理屈を聞いたところでサル以下の俺が理解できないことも分かった。だから、ここでいうべきことはただ一つ。

 

「確かにすごいな……ただ」

 

『ただ、なによ?』

 

「なんで自分だけ、つゆだくの牛丼に豚汁、そして挙句の果てには生卵ととろろの完全な布陣を用意してるんだよ! 俺は普通の牛丼大盛りだけだったのに!!」

 

彼女の目の前にあるのは牛丼屋で完成された布陣。そして俺には牛丼大盛りだけ、これで文句を言わない奴がいるはずがない。全国一億人にアンケートをとれば95パーセントは俺と同じ反応をするであろう自信がある。

 

『何でって、貴方牛丼が食べたいだけしか言ってないでしょ? もしも、つゆだくがいいとか、豚汁が欲しいとか言ってたら私も考えたわよ』

 

涼しげな笑みで笑う彼女はまるで悪戯が成功した時のようだった。間違いない彼女は確信犯だ。もちろん、ここでいう確信犯は本来の意味ではないほうである。

 

「てめぇ、確信犯だろ!?」

 

『さぁ、どうかしら』

 

やけになって酒を煽る俺をしり目に彼女は「いただきます」と丁寧に手を合わせ牛丼を優雅に食べ始めるのだった。

 

 

 

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