リモートでくるメリーさん   作:仕事以外引きこもり中

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第四話

休日。それは社会人にとって日頃の疲れを癒し、明日を生きる希望を入手するための神聖な日。

 

日頃の業務でのストレスや悩みなどを何処か遠くへ忘却させ、ただやりたいことをやれる日である。俺は自他共に認めるダメ人間だ。普段から仕事でさえも手を抜きたいと思っているし、出来ることなら働かずに不労所得で暮らして生きたいと心の底から願っている。何なら毎年、初詣で神様にお願いしているまでもある。

 

そして、もしそれが叶うのなら昼間から酒を飲み、煙草をふかしながら日がな一日本でも読み、眠くなったら寝る生活を送りたいと思っている。これぞ現在の晴耕雨読の形だ。そう確信している。

 

そんなダメ人間な俺は言うまでもなく、迷惑千万な居候に叩き起こされ、朝食を食べた後、惰眠を貪る予定だった。折角の休日なのに朝に起きる意味が俺にはさっぱりわからない。休日とは何をしてもいい日。ならば怠惰の限りを尽くすのが俺の過ごし方だ。神ですら安息日には休んだのだ。なら人間ならば堕落しても免罪符の一つや二つ貰えるだろう。

 

数年ぶりに作った朝食を食べ終え、食器を片づけた後、ベッドに入り夢の続きといきたかったのだが、やっぱりそうは問屋が許してくれなかった。

 

朝飯を食べて大人しくなったどころか、さらに騒がしくなった彼女に再び叩き起こされたのだ。相手しろ相手しろ、と煩い彼女についに俺が折れる形になった。さすがに耳元でずっと叫ばれたらたまらない。それに下手に無視してまた部屋中のアラームを鳴らされたらことだ。今度は横の部屋の住人からクレームを貰いかねない。そうなれば彼女の相手をするよりさらに面倒くさい。

 

そうして俺は久しぶりに休日の午前中から活動をする羽目になった。目を覚ますために開けた部屋のカーテンの向こうでは、俺の心模様とは裏腹に青という名を体現したような雲一つない春空が一面に広がっていた。

 

――本当に変わらないな。

 

画面の向こうの世界は未知なるウイルスによって大混乱を起こしているというに、窓の外の景色は例年と同じように美しい世界のままだった。ただいつもなら聞こえるはずの雑踏が風に運ばれてこず、何処からか聞こえる呑気な鳥の囀りが聞こえてきたことに非日常の始まりを確かに感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふっふっふっふ』

 

デスクトップに映るソイツは怪しげな笑みを浮かべながらカチャカチャと目の前に置かれた牌をこなれた手つきで並び変える。そんな彼女を横目に目の前のスマフォに視線を落とす。そこに奇麗に理牌された13枚の麻雀パイがあった。

 

そう、俺と彼女は今麻雀をやっていた。

 

きっかけはなんてことはない。俺のスマホに麻雀アプリが入っていることを何処からか見つけ出した彼女がやると言って駄々をこねただけの話だ。ちなみにデスクトップの中の彼女は何処からか出した全自動雀卓に座っており、そこで目の前の麻雀パイをカチャカチャといじっている。

 

麻雀を打てるか少し心配していたが彼女動きを見るに問題なさそうだ。

 

何でも彼女曰く、彼女が座っている雀卓と俺のアプリは連動しているらしく、彼女との対戦もこれで可能なのだとか。

 

――どうやってのかさっぱりだが、すげぇ技術だな。

 

出会った時から、写真から牛丼を取り出して食べたり、人の電子機器のアラームを全て鳴らしたりとやりたい放題してきた彼女の技術は最早俺にとっては魔法の域だ。高度な化学は魔法と何一つ変わらないとはよく言ったものだ。サル以下の俺の脳では一生かかっても彼女技術は分かるまい。

 

『よーし、それじゃあ行くわよ! アンタをボッコボコにして、散々揶揄ってきたことを後悔させてやるんだから!』

 

そういって画面越しの彼女は言った。癖を知らない蜂蜜色の髪に、彫りが深く整った顔。そして、その美貌をマイナスにしかねないほどのクソださ「メリーさん。」Tシャツ。どこか、締まらない恰好のソイツは満面の笑みで第一打を繰り出した。

 

こうして、土曜日の朝、人間VS メリーさんという世界でも類を見ない麻雀対決が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぐぬぬぬぬぬぬ……』

 

さきほどの笑顔から一変、難しい顔をしたソイツは悔しそうに自分の配牌と点棒表示を見比べる。しかし、何度見ようとも点数に変わりがあるわけではない。しばらく、視線を点棒と配牌を行ったり来たりさせた後、ソイツは『うがー』と雄たけびに似た何かを上げ、ガチャリと配牌と河を崩すように雀卓に倒れこんだ。

 

スマホの画面を覗き込めばソイツが座っていた席の河がぐちゃぐちゃになっていた。相変わらずの凄い技術力である。

 

中央の点数表示を見れば俺と彼女の差が明確に表示されていた。その差3000点。麻雀を打っている奴なら分かると思うが3000点という差は僅差だ。自摸でもロンでも大抵ひっくり返る。しかし、差は僅差でも勝者と敗者を明らかに示していた。

 

『ぐぬぬぬぬぬ! 勝てたのに! 絶対勝てたのに! そこで親マンツモっておけば……いや、オーラスドラドラで上がっていれば!』

 

僅差なだけに悔しいのか、バンバンと卓を叩く。その振動で卓上の麻雀牌がジャラジャラと音を立てて、さらに卓上に散らばった。

 

『次よ! 次は勝つわ!』

 

唸ったり、崩れ落ちたり、台を叩いたりでストレスが発散できたのかむくりとソイツは顔を上げた。

 

その顔を見た瞬間笑い声が漏れかけた。

 

『何よっ! たった一回勝ったくらいで調子に乗ってるのっ!?』

 

陶器のような白い肌は悔しさと怒りで少しばかり朱に染まっていた。それは彼女の人形のような造形の顔と合わさって人によってはそこに芸術的な何かを見出せるかもしれない。

 

ただその額には先ほど崩れ落ちた時に出来た一筒の後がくっきりと残っていた。

 

クソださ「メリーさん。」Tシャツ、先ほどまでの強気の言動、山を崩して駄々を捏ねる姿、そしてデコの一筒跡、4ハン満貫である。これを笑わない人間はいるだろうか、いやいまい。少なくとも俺は笑う。

 

「いや、なんでもない。……次は頑張れよ」

 

大人な俺はそんな彼女の額には触れずに彼女を励ますことにする。それが大人の気遣いって奴だ。

 

『余裕ぶっているのも今のうちよ。次の半荘では飛ばしてやるんだからっ!』

 

気合いを入れて牌をジャラジャラと全自動卓の中心に落としていく、彼女をモニター越しに見ながらふと思う。

 

ーーもしかして、コイツ……

 

 

 

 

『うふふふふ、親のリーチよ! 平伏しなさい!』

「悪いな、それ当たりだ。リーチ成立せず。リー棒戻していいぞ」

『え……!? 何よ、それ!?』

 

 

『今度こそあんたから上がってやるんだからっ! リーチ!(七対子の字牌待ち。完璧ね)』

「……(切り口といい、視線といい、河といい、七対子っぽいな。字牌と筋は抱えるか)」

『ちょっと! どうして出さないのよ! 流局しちゃうじゃない』

 

『……ずずず。やっぱり麻雀と言ったらカップ焼きそばよね。ドラ使えないからきっちゃえ』

「ずずずず。やっぱこれだよな。あ、そのドラ、ポンするわ」

『ずず、そんな、ずず、ご飯たべてる、ずず、時に卑怯よ』

「ずずず……(食べるか、喋るかどっちかにしろよ)」

 

 

「じゃあリーチだ」

『……ぐぬぬぬ』

「悪いな一発自摸だ」

 

 

『安牌がないけど、筋なら……』

「……すまんがそれは通らないな」

『筋引っ掛けとかずるいわよっ!』

 

 

------

 

『うーん。ぐぬぬぬぬ……ここは守備と攻撃の両天秤で』

 

それから、5半荘目、初めの威勢は何処へ行ったのかソイツはうーんとその整った眉を八の字にし悩みつつ、真剣な顔をしながら配牌を見つめていた。

 

麻雀を始めて早数時間、昼にカップ焼きそばを食べた時並に静かな彼女はポツリと何か独り言を言いつつ右から2番目の牌を川に捨てた。

 

いや、昼飯を食っている時もなんやかんや五月蝿かったため今日一番静かかもしれない。

 

麻雀卓の中央に表示された点数は彼女が一番負けていることを静かに示していた。

 

タバコの灰を灰皿代わりの空き缶に落としつつ、引いてきた牌を確認し、スマホをタップし牌を捨てる。

 

ーー薄々は分かっていたが、コイツ弱いな。

 

初めの半荘を終える頃には薄々勘付いていたが彼女は麻雀が上手くはない。事実この5回の半荘で一度も俺よりも上の順位も、一位も取れたことはない。その代わりに2回箱下に沈みそのうち一度は焼き鳥まで焼いていた。

 

麻雀は長いスパンで打たないと結果が出ない競技ではあるが、少ない局数でも分かることがある。

 

いや、これは弱いと言うよりーー

 

--人と打ち慣れていないな。

 

麻雀は運が7割実力が3割とよく言う。確かにどう足掻いても上がれない麻雀も勝てない麻雀もある。しかし麻雀とは対人戦だ。対戦相手の癖や、切り口、視線などを観察すれば運の割合をぐっと減らすことができる。

 

彼女の打ち方はおかしくない。普通にネット麻雀ならそこそこ打てる方だろう。しかし、今回の麻雀は普通のネット麻雀ではない。彼女の謎技術により彼女ことだけは画面を通して見ることができる。

 

普通の麻雀アプリじゃ使えない観察眼だが、今回は違う。

 

喜怒哀楽がはっきりしている奴だとは思っていたが麻雀において彼女のそれは顕著だ。配牌が悪い時や安牌がない時などは暗い顔をするし、いい手が入った時はニコニコとテンションが高い。

 

裏表のない気持ちのままの感情が素直に表現できると言うことは普段の生活においては美徳だが、ことギャンブルにおいて、麻雀においてはそうではない。

 

つまり何が言いたいのかと言うと、小学生の時はお年玉を、中学生の時は小遣いを、高校の時は学食の食券を、そして大学の時はバイト代をかけて麻雀をやってきた俺にとって彼女の相手は朝飯前と言うことだ。

 

「ほれ、リーチだ」

 

テンパイしたのを確認してリーチボタンを押す。彼女の癖は数回の対局を通じて十分に見抜いている

 

『ぐぬぬぬ。リーチね。まぁ、まずは一発は回避して』

 

と言いつつ一番右端にあった牌を彼女は切った。

 

河に2枚切られている字牌。

 

「うん。それだ」

 

表示されたロンのボタンを押す。

 

『え……!? 地獄単騎』

 

「リーチ一発混一色一通ダブ南ドラ1赤一。……あ、裏2つ乗った」

 

『…………』

 

安牌だと思った牌が当たったのがショックだったのか、これまでの積み重ねが限界だったのかは分からないが、点数がマイナスになった彼女は涙目になりつつ無言のままガチャリと山を崩しながら麻雀卓の上に崩れ落ちた。本日2回目である。ちなみに飛んだのは3回目だ。

 

『そんなバカな。私が麻雀で負けた……。メリー界隈では、“哭きのメリー”、“メリーの姿をかりた鬼”、“赤木しげるの生まれ変わり”、“坊やメリー”……数々の異名で呼ばれたこの私が……』

 

色々と突っ込みたい言葉が聞こえてきた。メリーさん界隈って近代麻雀が流行ってんのか? 哭きのメリーというよりかは泣きのメリーじゃないか? それに坊やメリーって褒め言葉なのか? それにメリー界隈でそこまで言われている存在が俺に負けていいのか? 自分自身で言うのもアレだが麻雀歴は長いが決して強くはないと自負している。

 

何時までそうしていたのかはっきりとした時間は分からないが数分の沈黙の後、

 

『……ここで終わっていいの? いいえ。だって私はメリーさん。メリーの中のメリーよ。私はまだやれる。だってメリーだからっ!』

 

そう言って卓の上に突っ伏していた蜂蜜色の髪が小さく左右に4、5回揺れた後、ガバリと急に起き上がった。

 

『まだよ! まだ終わってないわっ! 勝負よ!』

 

その顔は先ほどまでの泣きかけの顔とは違い。朝と同じく負けん気な強気な顔だった。どうやら何かが吹っ切れたようだ。

 

「まぁ、打つのはいいけどさ。一つ聞いていいか?」

 

切り替えの速さに驚きつつも、先ほどから気になったことを聞いてみる。

 

『ん、何? スリーサイズなら教えないわよ。全国メリー名鑑にも書いてないトップシークレットだから』

 

「なんだよ全国メリー名鑑って! なんか少し気になるじゃないか。……いや、スリーサイズに興味はないんだけどさ」

 

『興味ないって何よ! 私の! この究極美少女である私のスリーサイズよ!』

 

「なんでお前はそんな自分自身に自信があるんだよ」

 

『それは私が超絶美人で天才だからよ』

 

「(天才がこんなに麻雀でボコボコにされていいのか?)……まぁ、いいや。気になったのは単純なことだ。お前がすごい技術とスキルを持っているのは昨日の今日で十分分かってる。だからさ、さっきの麻雀で配牌をイジったり、相手の牌を見ようと思えば出来たんだろうけど、なんでしなかったんだ?」

 

そんな馬鹿な質問をした俺に、

 

「なーんだ。そんなこと……。確かにやろうと思えば配牌をいじったりツモを操作したり出来るわ。でも、そんなことしちゃつまらないわ。本気やって勝ったり負けたりするからゲームって楽しいんじゃないっ!』

 

彼女満面の笑みを浮かべ璆鏘琳琅となる声でそう言った。

 

彼女と出会ってまだ2日。彼女のことを深く知っているわけでは無論ないが、それでも彼女は根は悪いヤツではないということは十分に分かった。

それだけでも貴重な休日に早起きした甲斐があった。

 

笑顔でそう言った彼女の額に今度は5索の跡がくっきりとついていたことと、結局夜遅くまで続いた自他共に認めるサル以下の俺と自称天才メリーとの人間vsメリーさんという種族の壁を越えた麻雀バトルの結果は本人の名誉のため黙っていようと思う。

 

これが出来る大人ってやつだ。……多分。

 

こうして未知のウイルスによって静寂のまま終わるはずの休日は雑踏に包まれて終えることになった。

 

 

 

 

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