「三十億用意しました。この女を殺していただけませんか」
国からのエージェントが俺の前にやって来て、一枚の写真を差し出す。如何にもといった雰囲気のハットを被った黒ずくめの彼、彼の差し出したそれに写っている物は、当然人間の女である。それも若くて美しく、当人の「死」に、三十億円に値する価値を持ってしまった女。
安直にも程がある通り名のとおり、俺が殺す専門は女である。それも必ず美女、それが絶対条件。金だの何だのは二の次の話となる。
そして条件はそれ一つではないのだけれど。今回はどうにもそれらが、満たされていないようだった。
「動画は?」
「…………」
エージェントが言い淀むから、「殴り飛ばしてやりたい」という敵意が心の中でうねっていく。
「動画は? って聞いてるんだが」
「……それが、どうしてもご用意出来ませんで」
「あぁ?」
別に自分が何の作業に使うわけでもない、ただ持て余した金を何かしら使うためだけに買った、目の前のデカくて黒曜石のように黒いデスクを両の手のひらでバンと叩き、値段だけ見てとりあえず一番高い物を選んだチェアを軋ませる。
「写真、動画、それから金、全部が必須だって言ってるよな!? 初めてじゃねぇだろうが、国から依頼受けんのは。金持って来ないで依頼だけ寄越すやつがあるか? ないだろ? 動画も一緒だろうがクソボケ!」
むかつきついでだと言わんばかりに、これみよがしにデスクを蹴飛ばす。ガンと大きな音がしたわりに、蹴られたそいつは自身の重さと頑丈さを誇るように、そこから微動だにしなかった。
殺しの対象の写真と動画、これは依頼を受けるに当たっての絶対条件だ。なぜなら俺が殺し屋をやっているのは、「殺してもいい美女」に出会うためだから。分かるだろうか? 美女である。殺す相手は美女でなければならない。
「差位置さん……。今回ばかりは、存在自体が極秘の相手なのですよ。我々もこれで、出来ることはやっているんですがね……。この一枚の写真だけでも、そう容易く手に入る物では」
「んなこた聞いてねぇんだよ。お前は明日世界が終わるなら、今日、女房をどこぞのクソ野郎にレイプさせてやってもいいってのか? ダメな物は何があろうとダメなんだ、写真、動画、金! 三つ全部が揃えられないなら出直してこい。帰れ!」
言いつけると、過去散々念押しした三条件を今になって無視しようとする能無しの国からの使いは、「わかりました」とだけ言ってここの部屋から出て行った。それでいてしっかりと写真は回収して行きやがる。
「さ、差位置さん」
部屋の隅から震えた声が響く。義務教育も過ぎていない子供みたいな体格と顔つきの男、
「なんで断っちゃったんですかぁ」
「話聞いてなかったのか?」
「でも、三十億ですよ?」
「大した額じゃねえ」
「でも、美人でしたよ」
「あのなぁ」
差し出された写真に写っていた女は確かに美人だった。……身体中にわけの分からぬ管を繋がれて、薄い緑色を帯びた水の中に浮かんでいたけれども。
あれが何なのか一目見て分からないほど俺も疎いわけじゃない。あれはウカルミ、国が極秘に開発している生体兵器だ。それを殺してくれと言うからには、何かしらヘマをやらかしてウカルミに逃げられでもしたのだろう。動画が用意出来ないということは、生体兵器の性能が良好すぎたということか、本領を発揮したそれはもはや美女の姿をしていなかったのか……のどちらかだろう。
国が頼れる唯一の武力が俺という男……なんてそんなことはあるはずもなく、依頼は他の似たような人種にも同時進行的に行き渡っているだろうし、誰かがそれを引き受け達成すれば世界がどうのこうのという話にはならない。そうならなかった場合は、どこかの街ごと吹き飛ばして事をうやむやにするケースはあるかもしれないが、その可能性自体を俺への脅しに使わなかったということは、とりあえず俺がその「証拠隠滅」に巻き込まれれ爆死するということもないのだろう。
あるいは俺が、ついでに巻き込まれて死んでしまうならそれはそれで構わないと思われている説も、否定しきれない程度には考えられることだけれども。
「確かにあの写真に写っていた女は美人だった。ちょうど裸で、首から下も文句無しだということまで見てわかった」
「はい」
「が、何度も言うようにだな」
「女は画像と映像では「映り」がまるで違う、ですか?」
「そうだよ。分かってんなら言わせんなよ」
そう、それこそが俺の絶対条件の理由。写真を見てウキウキで現地へ行き、「だまされた……」と絶望することだけはあってはならないのである。写真を見て、動画を見て、その上で現地へ行った結果だまされてしまったと思ったら、それはもう仕方がないと諦めもつくけれど。諦めをつけるためにも、絶対の三条件を譲るわけにはいかない。
「ですけどね差位置さん、今までのターゲットで、差位置さんのお気に召さない相手がいましたか?」
「いいや?」
全員タイプは違えど好みの女である。
「みんな写真映り良かったですよね?」
「あぁ」
「だったら今回だって、今までと同じように、きっと気に入る相手ですよ」
「あぁ……? 右左、お前マジか……? 馬鹿か? 頭いいやつは字が汚いって話を、字が汚いやつは頭いいって意味だと思っちまうタイプの馬鹿か?」
「いいえ? ぼくは頭いいですけど字は自信ありますし」
「聞いてねぇんだよいちいちそんな鼻につくことはよ!」
気持ち優しめに目の前の暗黒色デスクを蹴りつけると(頑丈さと重さは蹴られるためにあるのかもしれない)、右左は痩せた野良猫のように体全体でびくびくと怯えを訴え始める。
「いいか、絶対受けないからな。あの依頼は却下だ。分かったら食い物でも買ってこい。そろそろ不足してきたぞ」
「ええ、早いなあ、いつものことながら。年々ペース上がってませんか?」
「そりゃあ人数が増えるからだろ。大丈夫だよ金はあるんだから」
「はいはい。じゃあまた適当にいろいろ買ってきますね」
ひっくり返ったカメになってしまいそうな、体の小ささに不釣り合いの巨大なリュックサックを背負って、右左は健気に買い出しへと向かっていった。
奴を見送ったあと、意味もなく天井を見上げてから、俺はため息を一つ吐いて立ち上がる。そして部屋の隅にあるドアノブに手をかける。
これといって何が入っているわけでもないのに天井まで届くような、無駄に大きな棚に隠れて見えづらい位置にあるその扉。わざと部屋の雰囲気に似合わぬ不自然な金属質にしてある大きな扉を開けて、地下へと続く階段を降りる。
……俺が殺し屋をしている理由は、殺してもいい美女に出会うため。けれども、殺してもいい美女に出会いたい理由は、俺が性欲を殺人で発散する異常者だから……ではない。
殺してもいい女とは、「この世から消えて」しまっても、誰も文句を言わない女という意味である。仮にその女の存在を知る全ての人間が、彼女は死んでいないのだということを実のところ知っていたのだとしても、その女が「いないもの」とされている限りは誰も文句を言わない。そういう「世界から見捨てられた美女」に出会うため、俺は美女専門の殺し屋をやっている。
だから例えばそう、ターゲットを「殺しました」と報告して、その実この地下室に監禁していたとしても、俺がそいつを逃がしてしまわない限りは、誰もそのことに文句を言いはしないのだ。地下室の中で、どんなに非人道的な行いが連日なされていようとも、である。
むしろ俺が本当に殺すのは、その一連のシステムを否定する者だけだ。こちらからは初めにきっちりと「死体は見せない」と告知してあるのにも関わらず、この地下室の存在へ異議を唱える者のことは何人たりとも許さない。……そんなむちゃくちゃな道理を通せるのもまた、俺の実力と実績が成せる技というわけで。
あるいは右左の行う情報操作も現在の生活に大いに貢献しているのかもしれないが、しかし奴は虫一匹殺せない臆病者だから、やはり俺あってこその殺し屋稼業というものだろう。
「おお、
地下深く、何重にも重ねられた鉄扉の奥で、俺はそこに閉じ込められている女へと声をかける。指折り数えてみると、彼女がここへ連れてこられてから、もう五年の月日が経過していた。
階段を上り、扉を開けると、右左が真正面に立っていた。
「うおっ、てめぇ、この中は見るなって……」
首根っこを掴んであのデスクの尖った角まで投げ飛ばしてやろうかと思ったが、立っていた右左がアイマスクを装着していたことに気が付いて、首根っこを掴むこと自体を思いとどまった。
「見てません」
「お、おおう、みたいだな。すまん」
「買ってきましたよ」
肥大化した、と形容するのが正しいようにさえ思えるビニール袋を差し出される。もちろん中にはぎっしり食料物資が入っていることだろう。
その袋やその他全ての品々を受け取り、地下へと向かう階段へと再び歩を進めながら、閉めかけの扉の隙間を通して背中越しに言う。
「ご苦労。……が、心臓に悪いからこの扉の前で待つのはやめてくれないか」
「どうして差位置さんは頑なにその中を隠したがるんです? 何があってもぼくは驚きませんよ?」
「誰にでも見せたくない物があるだろうが。お前は俺の目の前でオナニーすんのか?」
「しませんね」
「だろ。分かったら大人しく言うこと聞いとけ」
「はぁい」
閉めかけのドアに足を引っ掛けて右左と暫しさよならをする。暫し、そう、今はまだ三十分くらい。
食料その他を彩々凪たちに渡した後地上に戻ってくる。地下の方の扉が厳重なので、特にこれ自体には鍵が無い地上の扉を閉めて、また元通り定位置のチェアに座り体重を預ける。使い方が荒いせいかもしれないが、高かったわりにはこれがやけにミシミシと鳴り続けるものだった。
「……なんか眠くなってきたなぁ」
「あ、奇遇ですね、ぼくもです。コーヒーでも入れましょうか?」
「いや、いいや。少し寝る」
「そうですか……? じゃあぼくも」
わざわざ別室から毛布を持ってきて、右左は俺と同じ部屋のソファに陣取り始めた。殺し屋というデンジャラスな仕事をやりながらも、こうして最低限の人数しかいないアジトを構えられることだって、そしてこうして無防備に二人同時に寝られることだって、俺の圧倒的な実力があってこそというものとしか言いようがない。今頃ウカルミ討伐にでも向かっているであろう同業者たちはともかく、並大抵の人間に俺のような振る舞いは真似出来まい。
まあ、その実力という物は、きっと誰しもが考えるであろうそれとは、かなり異なる形なのだけれども、だからといって文句を言ってくるような奴はどこにもいないだろう。ひねくれた異能力と、純粋かつ絶対的な暴力、どちらがカッコイイのかと言われれば、俺だってそれはまあ後者に憧れないわけではないけれど……。
目を閉じると、時空も歪みそうな速さで睡魔が俺の底の底までやってきて、瞼の裏には夢の世界の、この世ならざる物が映り始める。
それは、ある時はマトリョーシカのように覆いかぶさり重なった林檎であった。
それは、またある時は手で触れてしまえそうなほど低い空であった。
そしてそれは、またある時は……眼球のあるべき場所の片方から、空洞を経て、脳みそが見えている男の顔だった。
「汝の性癖は」
男が言葉を発する。低く、低質な機材を通したように聞き取りづらい、喉から這い出でるような声。
「汝の性癖は、罪なりや?」
途端、どろりと、男の片目の空洞から脳みそが流れ出した。それを見て俺は、俺は……なぜだろう、初めて女を殴った日のことを思い出す。
……夕日に照らされた、輝かしく赤い教室。上手く調和して赤色を帯びた、床の木の色、机の木の色。誰もいなくなった教室に、なぜか戻ってきた差位置少年。
あの日の俺はまだ、モヤシみたいな身体を持つ孤独な少年だった。友達など作れず、大人とも上手くやれず。興味があることといえば、女の体のことだけだった。……という言い方をすると悪く聞こえるかもしれないけれど、要するにその頃はまだ普通の、何の取り柄もない、年齢特有の発情を伴った普通の童貞男だったのだ。
誰から見ても取るに足らない存在だった俺は、本当なら一生そうやって日陰で生きるべきだったのかもしれない。そのはずが、夕日に射抜かれて俺はおかしくなったのか、遥か数メートル下の校庭から聞こえてくる部活動の声が俺をおかしくさせたのか、あの日あの教室の、灰色の共同ロッカーの中にあった体育用ジャージが、俺に向かって微笑んでいるような気がしたのだ。
そのジャージに貼られたワッペンに記された名前は、当時の俺のような人間にも優しく、親切で、無償の愛の何たるかを教えてくれるような、そんな勘違いをさせてくれるような女子の名前だった。
ロッカーからこちらを覗いていたその衣服を、俺はおそるおそる掴み取って、太陽の赤い光が監視する教室の中、それに顔を近づけ、母の胸に甘える幼児がするように、顔をうずめようとした。
けれども、気配というのは確かに存在するもので。俺が第六感に呼ばれて、何とはなく教室の出入口を振り向くと、そこには見知った顔の女子が立っていた。制服を着た女神が、誰も彼女の中に見たことがないような感情を伴って、目を見開きそこに立っていた。
朝起きて、カーテンを開き、今日の天気はどうだろうと外を眺めたら、見える景色の全てが瓦礫に変わっていたような気分だった。
「うわ……」
蔑むのでもなく、怖気に身震いするのでもなく、開いた口の塞がらないままの表情で、彼女が確かにそう口にしたのを今でもはっきり覚えている。脳内で奏でた音が外に出せるのなら、俺が一番得意な物真似は彼女のその声だろうと断言出来るほどに。
気がついた時には、血で汚れた彼女が俺の下で許しを乞っていた。彼女は鼻や口から血を流して、顔と制服をもったいないことに赤黒く汚し、よく見ると折れた歯が近くに落ちていた。真っ白い歯がおどろおどろしい赤色に濡れていた。
ごめんなさい、許してください、殴らないでください。そんなような類の言葉が、彼女の口から壊れたラジオのように何度も何度も繰り返されていた。彼女の泣き叫ぶほどの痛みは少しも分からないのに、自分の両のこぶしの痛みだけが、じんわりと温もりのように自覚を増していったことだけは覚えている。
「なんでもします、なんでもします、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……」
彼女がそう言うものだから、俺が初めて女を殴った日と、俺が童貞を卒業した日は、まったく同じ日だった。
学校は辞めさせられたけれども、辞めさせられたあとの人生こそ、俺が歩むべき物だったのだと確信している。当時も、今も。俺は、単純な力による屈服を用いることこそが、自分の唯一の興味を、その熱意を、生きる意味とも呼べる全てを、満たすことに最も適しているのだと知ったのだ。
けれども俺は後悔しているのだ。力が全てであること、その事実それ自体に変わりはない。けれど、けれどそれは、あんな形であってはならないことだった。俺は彼女に謝りたい。それ以外の、殴ってしまった女性全員にも謝りたい。
しかしもはや誰も、俺の言葉を受け取ってくれはしない。俺の得た力とはそういう物だった。
「差位置さん、差位置さん、起きてください。大変ですよ、寝てる場合じゃないです」
「ううん……?」
「ちょっと? 早く目を覚まさないと殴りますよ」
「あぁ?」
目を見開き、右左の首根っこを掴む。
「やってみろよ、お前」
「ひっ、ご、ごめんなさ……冗談で……」
「……わかってるよ。悪いびびらせすぎた」
出来るだけ優しく彼から手を離す。こまめにびびらせておかないと調子に乗るのが右左の特徴なのだけれど、奴の心臓はウサギさん並なので加減が難しい。
「で、なに?」
「なに、じゃないですよ。まわり見てください」
「はあ」
何も考えずに言われた通り周囲を見渡すと、その目に付く物全てが、まるで全然これっぽっちも物理的に一ミリ余さず、全て俺の知らない風景に置き換わっていた。
「うおおっ!? なんじゃこりゃ」
「起きたらこうなってました」
「どこだよここ」
「知りませんよ」
拉致……なのだろうか? 目を覚ますとまったく知らない場所にいるなんて。当然ながら地下へと続く例の扉も消えている。
そんな見知らぬ場所である現在地は、SFの宇宙船に出てきそうな、妙に未来感のあるデザインで作られた小部屋だった。壁と床がまったく同じような、青白くほのかにメタリックな材質で出来ている。そしてそこへかなりの間隔を置いて均等に、線上の極めて細く浅い溝が複数刻まれている。溝は上下にそれぞれ伸びており、まるで部屋全体が大きくマス目上に仕切られているかのようだった。
部屋の中にある物は、いかにも安そうな素材だがそれなりにサイズのあるソファが一つ、背もたれ付きの小さな椅子がいくつかと、フリマで買ったような申し訳程度のボロいテーブルが一つ。テレビやパソコンの類はなく、その他には壁面に二つのドアがあった。確認すると一つは寝室、もう一つはトイレと風呂。そしてどこへ行こうとも一つも窓がない。
ドアは二つのみ、つまりこの部屋自体への出入口らしき物は無し。俺たちがどうやって脱出すればいいのか以前に、どうやって俺たちがここへ放り込まれたのかさえ大いに謎である。
暇だろう、これを使うといい。……とばかりに、テーブルの上に開封済みのトランプが投げ出されている。見るからに百円で買えるタイプのペラペラしたトランプだ。ところどころから、あまり明るい話ではない作風のSF感溢れる部屋を作るため壁と床をデザインしたは良いものの、そこで予算が尽きでもしたのだろうか? という疑念を抱かされる。あるいは予算切れの原因は、寝室のベッドが嫌にしっかりした作りであることと、トイレが電力で動く最新式であることが理由なのかもしれないけれど。
と、近未来っぽさと現代の玉石がごっちゃになった部屋に連れてこられた俺たちは、そういったくだらないことを考えてからようやく最後に、一方の天井近くの壁にいくつもの小さな穴が開いていることに気がついた。
「なんだこれ」
「放送が流れてくるとかですかね」
「学校かよ」
「じゃあ隣の部屋に音が丸聞こえとか」
「あったなぁ、公園とかにそういう遊具」
「毒ガスが流れ込んでくるとか」
「……勘弁してくれよ」
ここが俺たちを処刑するための部屋なら、わざわざトイレだのベッドだの用意したりはしないだろう。……とは思うものの、さすがに生きた心地がしない状況ではある。
まさか、実は気を利かせた仕掛けがこの部屋には施されていて、そのキーとしてここにトランプにあるのではないか? 暫しの思考の末そう仮説を立てた俺たちは、テーブルの上のトランプを入念に調べ始める。……結果、このトランプのジョーカーの絵柄は一輪車に乗ったピエロで、二枚あるうち片方がカラー、片方が白黒である……ということくらいしかトランプの特徴を見つけられなかった。
「差位置さん、このままぼくたち飢え死にだったらどうしましょう」
「共食いとか始まるかもな」
「……………………それは嫌だなぁ」
「共食いを真剣にシミュレートするのやめろよ」
どうしようもないので、俺たちはトランプの定番、ババ抜きを試みる。が、二人でやるとあまりにもしょうもないことにお互い開始直後に気付き、今度は神経衰弱をしようとカードを並べ始める。
すると突然、ザザーッとノイズ音が部屋中を流れ出した。例の小さな穴の群れから出た音だ。本当に放送用のスピーカーだったらしい。
「あー、哀れ、救われぬ汝ら。あー、哀れ、救われぬ汝ら」
悪趣味なマイクテストか、そうでなければ独りよがりの根暗が書くような、意図の読めない詩が流れ出してくる。
それは個人的にはあまり聞き心地の好ましくない、地の底から這い出でるような声だった。
「汝らは、選ばれし奇形の心たち。我々は、それらの擦れ合う音を聞きたい。求めるは、汝らの衝突。探求の、果てにある物、それは邂逅、邂逅の、果てにある物、それは我々とて知らぬ物。それは汝らとて知らぬ物。血を流し血を懸ける、探求者の生存競走の先に、我々は、何を用意した覚えもない。だからそれが見たいのだ」
右左が眉をひそめながら、なぜか小声になって俺に問う。
「なに言ってるか分かりますか?」
「まったく」
依然として放送は流れ続ける。
「ここではない場所へ帰りたい者は決闘へ。ここで幕を閉じたい者は緩やかな死へ。汝らの生まれ持つ理不尽の一つは、今この場、我々の手のひらの上にあり。……扉より進め」
プシューと空気の漏れ出すような音がして、壁のうちドアのない一面が、細い溝に沿って開いていく。ただの浅い溝でしかなかったはずのそれがキリトリ線のようになって、出入口のなかったこの部屋に、最も大きなゲートが現れる。
壁の一面その物が扉だった。けれどもそれはおそらく、俺たち自身の力や意思で開けられる物ではないのだろう。
開いたゲートの先、部屋とまったく同じ素材で作られた廊下、病院のそれを連想させる娯楽感や生活感の欠片もない廊下に、きっと俺たちとまったく同じ表情をしているであろう人物たちが続々と顔を出していた。きょろきょろと辺りを見回していた。
なんだこれは、どうすればいい!? 誰もがこの時だけは、そういった気持ちで以心伝心の関係にあったように思う。
これがバトルロワイヤルの始まりだった。確かに俺たちはずっと理不尽の中にいるのだ。