1.御祓殿の死神
砂の飛沫を飛び散らせながら砂の海を走る二つのバイクがあった。
片方に乗っているのは山高帽を深くかぶったガタイが良い男で、チェックの長袖のシャツを着ているが、左腕には袖どころか腕さえ存在せずただただ赤黒く、血が流れていないことから少なくとも切断から数時間が経っていることは分かった。
もう片方のバイクはというとその黄土色のメカニカルな機体とは対照的な、軍帽をかぶりゴーグルをはめ、軍服にマントを羽織った女が乗っていた。女は若く、その顔には異様なことに赤い縦縞が何本も引かれていた。
二人はこの…人の営みを拒む海を陸地を求めて進んでいた…。
「
早く目的地に着かなけりゃ俺たちゃこの海に沈んで骨になっちまうぜ」
不快そうにがははと笑う山高帽の男―サイコウルフはそのまま反応の鈍った
それを横目に女―ユダは口笛を吹き出し、懐から懐中時計のようなものを取り出す。
それは
「安心しろ、そう遠くはない。
おまえの腕が魔に魅入られる前にはそこで御祓をしてもらわねばならないからな」
ユダは電子
自分の視界から消える前に追いつかねば…とウルフもそれを追う。
丘を登れば、遠くにうっすらと珍しい木造の建物が見えた。
それが彼らの向かうべき場所…
御祓殿であった。
御祓殿――とは、世に宿る魔に関する御祓、占い等を行う妖術士の公共施設であり全国各地に存在している。
妖術の都
妖術長…副妖術長…予言士…妖術士…。
妖術長は各々の御祓殿の責任者であり、リーダー。副妖術長はそのサポートであり、主に御祓の仕事を担う。
予言士は、基本的に占いの仕事を担うが、時折予言をすることによりその地域の治安が荒れないように活動する。
妖術士は、それらの仕事の補佐的立場で、いわば見習いというようなものである。
では、彼らの行う御祓とは何か。
その御祓こそが2人が御祓殿へと向かう理由なのである。
『魔』をご存知だろうか。
魔術を使用する際に生じる魔術の意思のようなものであり、術者に従属して魔術の使用を補佐することがほとんどだが、時折術者を乗っ取ることもある『魔』を。
魔は魔術を使用する際にしか存在しないわけではない。
魔は常に空気のように漂っている直接人間達に関わるのが魔術を使用するタイミングが多いだけである。
では、ほかにどのような場合で人をのっとることがあるのか……
それは人が、生物が怪我を負っている時である。魔はその傷口から体内に入り生物を乗っ取ることもある。
それに対処するのが御祓であり、御祓をすることにより魔が体内に入らないようにし、魔に乗っ取られた生物は殺す。
それが御祓殿であった。
先の戦いにより左腕を切られたサイコウルフには魔に乗っ取られる可能性が大いにあった。
だから進むのである。
丘を越えて……
ユダは『松島御祓殿』と刻まれた石碑の砂を払った。
しゃがんで石碑をよく見れば、そこには黒く固まった血の跡が見えた。
「ウルフ、御祓は通常屋内で行われるものだな」
「あぁ、確かそうだったな」
バイクを降り、
間違いないはずだ、とユダの方に目を向けると彼女は既に話を聞いていないようで御祓殿の木製の引き戸に向かい歩いていた。
興味のままに動く
その時彼の嗅覚は鼻をくすぐる砂の香りの中に異様な人工的な臭いを感じた。
薄い樹脂製の糸が放つ殺意を。
瞬間、ウルフの目の前が赤く染まった。
誰の血か?
いや、問わなくても分かる筈だ。
ユダの血だ‼︎
ユダの肌に薄い四角の線が無数に浮かんだかと思えば、それはすぐに彼女の体に食い込み肉を裂いたのだ‼︎
砂の上に落ちるのは醜い肉の塊。
血に染まった乙女の末路。
ウルフの体にも同じように薄い線が浮かんだ。
とっさに彼は背中にからった
自分の体に浮かんだことによりその線の正体がはっきりとわかった。
この薄い線は樹脂製の糸である。
そう理解した時にはもう3ミリ程糸は肉にめり込んでいた。
体に力を込める。
耐えろウルフ。
おまえの力は今 倉匣による制限を解かれたのだ。
目的を達成するまで死ぬ訳には行かないのだ、と自分に言い聞かせた…
糸に入っていた力が突如和らいだ。
そして、冬の風のような声が聞こえた。
「殺しちゃいけないと分かってはいたが、力加減というものは難しいものだと思わないか?」
それは若い男の声。
声の主を探すため拘束された体の中で唯一動かすことのできる瞳をまわす。
御祓殿の屋根の上…そこに白装束の男が立っていた。
透き通るような青緑の長髪が風に揺れ、両腕は胸の前で交差されている。
詳しく見えないが、恐らくそこで糸を動かしているのだ。
「たいそうなもてなしだな。
次は何をお見舞いしてくれるんだ?俺としちゃあアンタの土下座が欲しいんだがな」
ウルフがそう笑うと、糸にまた鈍く力が込められた。
抵抗するなということらしいと認識すると、彼は笑うのをやめ砂の上に転がるユダの肉塊に目を向けた。
肉塊は揺れていた。
周りに散らばった血が生き物のように血を這い肉塊へと向かっていく。
血と合流した肉塊はコロコロと転がりながらまた別の肉塊と合流する。
それが繰り返されていく……
「夕能か」
糸使いの男が小さくつぶやく。
集まった肉塊は徐々に元の女の形にもどり、男を睨みつけながら立っていた。
「戦う意志のある青年か?もしそうならば私も相手をしてやる」
「僕はあまり人を殺したくはないんだ」
「ほぅ、私を殺したことをもう忘れたのか?思った以上のノータリンだな…
弥勒――ッ!!」
ユダの叫びと同時に石碑の前に停められた砂上バイクから紐でくくりつけられていた錫杖が飛んでいくッ‼︎
ユダの右腕に素早くおさまると、彼女はその錫杖で男を指した。
「まず名を名乗れ。
そして答えよ、貴様の目的はなんだ」
男は静かに笑った。
「
左腕を失った死神を殺しに来た」