赤き朝空へ   作:アンジョロ

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第一話 はじめ

「ふざけるなよ!全く。」

 

能見 肇(のうみ はじめ)は海上自衛隊宇和島基地の官舎その一角に位置している参謀会議室で叫んだ。

中肉中背、平均の地を行く彼の手元には師匠にあたる人物の遺書のコピーが握られていた。

 

「何が我が弟子を気遣うだ、俺を気遣った結果自分は対馬に打って出てあっさり死んでも意味はないだろう!」

「まぁまぁ、能見くん。師匠が弟子のことを気遣うのは至極と当然のことでしょう。」

 

肇を嗜めているのは彼の上司である平 宗太郎(たいら そうたろう)、宇和島基地の参謀長で階級は一等海佐である。

肇の階級は二等海尉。

年齢は61歳、髪には白髪が多くやや丸みのある体はその体の大きさにぴったりな立派な椅子に預けられていた。

その肇の一つ上の階級である一等海尉の位置にいる双吹 正道(ふたぶき まさみち)も平に続く。

双吹は32歳、痩せ型で海上自衛隊の潜水艦がまだ稼働していたら確実に乗組員に選ばれていたであろう、小柄である。

今は肇の向かいの丸椅子に腰掛けていた。

 

「平一佐の言う通りだぞ肇。大体この前の葬式でお前、加賀と一緒にめちゃめちゃ号泣してたじゃ無いか。」

「それとこれとは話が別です一尉。あの時はこの遺書の存在すら知りませんでしたし。先に泣き出した加賀さんに釣られただけです!ってかなんで知ってるんですか?あの時周りに人はいなかった筈…。」

「ええ〜、本当かぁ?」

「本当です。実際知らせを聞いた時は涙一滴流しませんでした…って話が逸れてませんか?」

 

・・・

 

肇が師にあたる館岡 純希(たておか じゅんき)の訃報を受けたのは仙台であった。

その館岡からの司令で大湊に行き平舘(たいらだて)海峡における徹底防衛の確認と陸戦砲の配備について話し合った帰りだった。

結局、平舘海峡の両サイドに陸戦砲を配備する方針で青森県及び大湊地方総監部と話がついた。

 

東北とは言え夏は暑く、特に仙台は30度をゆうに超える猛暑日であった。

肇は駅の構内で仙台名物であるずんだシェイクを味わっていた。

その日は大湊での任務を終えた次の日で早朝に大湊を発ち、在来線で七戸十和田(しちのへとわだ)駅を目指した、途中野辺地(のへじ)で乗り換えた。

夏の間青森県の太平洋側の地域ではやませが吹き荒れ一向に晴れ間が姿を現さない日が続く。

外で吹き荒れる雨粒電車の窓に当たり、伝っていった。

そんな雨に鬱々としていた肇の心も新幹線に乗り込み快適な移動になってようやく晴れて来ていた、そんな矢先の訃報であった。

 

あの日の仙台の熱気を一生忘れないだろうと肇は思っている。

それと共に館岡と一緒に出撃出来なかった事を一生後悔するであろう。

仙台での乗り換えの次の新幹線は2時間後だと言うので改札を途中退場していた。

ジワジワと太陽が照りつける仙台駅の西口は今日も多くの人が行き交っている。

戦争中だと言うのに多くの人の顔は明るく平和な会話に溢れていた、笑い声に溢れていた。

仙台発東京行きの新幹線が数時間に一本しかないような状況にあるにも関わらずである。

肇はふらふらとおぼつかない足取りでその周囲を散歩していた。

地面が揺れて周囲の音が遠のいていった。

それが暑さのせいであるのか館岡の訃報のショックなのか、多分両方であろう。

とにかく何か体を動かしてないと今にも泣き出しそうで恐ろしかったのだ。

 

仙台で快速の新幹線に乗り換え東京を経由して佐世保に着いたのは訃報を聞いた次の日であった。

博多からはノロノロと在来線の長旅が再開されることとなる。

それが一層肇の孤独感を増すことになった。

館岡含め対馬防衛艦隊の殉職者たちの葬儀は佐世保で行われる予定であった為、本来は横須賀で報告を行わなければならない所を特例で直接佐世保に行くことを許されての荒技だった。

 

佐世保に着くなり肇を出迎えたのは完全に弱り切った顔に作り笑いを浮かべる加賀の姿だった。

加賀は館岡の秘書を務めていた艦娘であり、その理由で肇とも仲が良かった。

迫り来る敵の脅威を沖縄目前で堰き止めんとして数日前に佐世保を発った彼らはその殆どが壊滅した。

しかし、沈んだのは殆どが自衛艦のみで加賀含めて多くの艦娘は無事生還していた。

どうやら土壇場で館岡が艦娘を守るように各自衛艦に指示を出したらしい。

真実がどうであれこの作戦の結果艦娘の頑丈性が一層注視されるようになった。

 

ここで館岡について少し話しておこうと思う。

彼を一言で言い表すなら“天才戦略家”を置いて他には無いであろう。

現在の海上自衛隊の中にも数人戦術眼に秀でたものは居るが、館岡のそれはその中でも抜きん出ていた。

そしてその弟子のようなものが大湊地方総監部参謀の乙舳 齋三等海佐と能見 肇である。

肇が大湊で話していたのはこの乙舳だった。

 

数日前、つまり能見が丁度大湊に向かっている時くらいに館岡は自身を参謀長とし対馬防衛艦隊を組織し出撃していた。

そしてその結果、艦隊は艦娘を残してほぼ壊滅、対馬は深海棲艦の手に落ちたのだった。

彼の最後は撤退の途中、乗船する自衛艦は深海棲艦からの激しい追撃に遭っていた。

敵の放った砲弾の一つが司令艦橋に直撃、飛び散った砲弾の破片や割れたガラスが四方八方に飛び散った。

館岡の身体に深く突き刺さり、それが致命傷となった。

砲弾が弾けた直後に呻くように「はじめ…後は…」と言った。

それが彼の遺言になった。

失血死だった。

館岡の乗船していた自衛艦は館岡他幾人もの殉職者と共に何とか舞鶴まで帰投した。

皮肉なことにその自衛艦の名は“つしま”であった。

 

「肇。」

 

普段落ち着き、無風の湖の水面を思わせるかのような航空母艦 加賀の声が珍しく震えていた。

呼ばれた肇が加賀の方を向くと彼女は精一杯の作り笑顔を浮かべていた。

心が痛々しくなる程のやつれぶりであった。

肇が一瞬見間違えたのも無理は無いだろう。

加賀も艦隊の末席に名を連ねていた筈だが、無事であったようだ。

その事実に一先ず安堵する。

 

「え?あ、加賀さん。この度は…ってこんな挨拶もおかしいですね。」

「ふふ、そうね。」

 

全然笑えていない。

 

「なんか、お互いに数日顔を合わせなかっただけなのに酷く久しぶりな気がしますね。」

「ええ、そうね。」

 

震える声、生返事のような一辺倒の受け答え。

つい一週間ほど前の加賀とはまるで別人であった。

とは言え肇はそんな死人のような状態の加賀と共に葬儀に参列した。

館岡は世界的にも有名な戦略家であったから世界各国から弔いの言葉が送られていた。

状況が状況であるため言葉だけで実際の参列者は駐日米軍の面々だけであった。

 

そして、加賀の涙が決壊したのは火葬が終わり、骨壺に遺骨を拾う時であった。

厳重な扉の奥から出て来た骨の中には多くの銃弾の破片が混じり遺体の対馬防衛戦がいかに熾烈であったかを物語っていた。

そこにかつての大戦略家の影さえも無かった。

館岡と仲が良かったアメリカ軍の参謀官は大声で泣いていた。

肇が無駄に詳しい骨の解説を聞き流しながらじっと遺骨を見ていると、加賀が背中にもたれかかって来た。

 

「?加賀さん?」

「ごめんなさい、少しだけ…少し…だけ…で良いから。」

 

嗚咽を堪えた声だ。

 

「ごめ…なさい、私が…一…番。一番…ちゃんとしなければ…いけないのに。」

「良いんですよ、加賀さん。良いんですよ。」

 

そう言って肇はまた遺骨に向き直る。

 

そこが加賀の限界だった。

 

今まで堪えていた分が大きく過ぎたのであろう。

寧ろ今までよく持った。

それに釣られたのだろうか。

 

「肇さぁん。」

「肇ぇ。」

「能見ぃ。」

「お、おいお前達……判った、判ったから。ほら存分に泣きなさい。」

「うっ…うぐ。」

「あぁ…ああぁ。」

「ううっくぁ。」

 

肇は四方を艦娘に囲まれた状態となった。

 

「そうか…お前達も我慢してたんだな。ほらこっち来い陽炎、ネームシップなんだろう?しっかりしろ。…瑞鳳!?お前まですがり付いてくるのか?あっ、こら時津風、鼻水を服に擦り付けるな!あー、あ〜。もう良いや。」

 

骨壺に遺骨を全て拾い他の参列者が去った後も加賀はその場で泣き続けた肇も動かずにそれに付き合った。

他の艦娘も姉妹艦だったり上司に連れられてそれぞれ解散していった。

 

肇の涙が決壊したのはこの時であった。

彼もまた、仙台で館岡の訃報を聞いてからずっと我慢していたのだ。

 

「本当にごめんなさいね、服もこんなに汚してしまって。」

「いえいえそんな…気にしないでください。」

「肇は、初めは強いのね。」

 

そう言って加賀は肇に笑顔を向けた、さっきのやつれた顔に取ってつけた作り笑いでは無く、本物の心からの笑顔であった。

この笑顔が肇の涙の堰をきった。

 

急に両目に溢れた涙がツーっと頬を伝って落ちた。

胸の中で溜まりに溜まった悲しみが悔しさが。

 

溢れた。

 

溢れたそれは涙となって瞳から出てくる。

次から、次へと。

 

そんな肇を見た加賀が今度は抱き寄せて来た。

女性特有の良い匂いも、腹部に感じる双丘の柔らかさも気にならなかった。

ただ加賀の体温が、暖かさのみが彼女の手を伝って流れ込んでくるように感じた。

 

肇が泣き止むと二人で電車を使い佐世保基地まで戻った。

はじめの礼服は自分と艦娘達の涙で濡れたままだったがそれも電車移動中に乾いた。

二人ともか電車の中で泣き疲れて眠った。

気付いたら長崎についていてそこから佐世保までまた戻らなければならなかった。

 

後日館岡の残した遺書が見つかり今現在はほぼその内容通りに海上自衛隊は再整備された状態であった。

その遺書の中で肇は宇和島の配属が館岡によって頼まれていた。

 

・・・

 

「つまりですね、僕が気に入らないのは二点です。一、僕を気遣うとか言いながら一人で勝手に死んだ事、僕だけならまだしも多くの艦娘も同じ気持ちだと思いますよ。二、僕を宇和島配属にした事です。ここ、明らかに一番安全なとこですよね。」

「とは言ってもなぁ。」

 

受け応えるのは双吹だ。

 

「どっちも今更どうしようもないだろう。」

「だからムカつくんですよ!」

 

“うがー”と頭を抱えて唸る肇。

 

「とにかく。」

 

平がパンッと手を叩いてこの場を閉めにかかる。

 

「今日の参謀会議は此処まで、各自自室に帰って各々職務を全うするように。」

「「はい。」」

 

・・・

 

この宇和島基地では実に太っ腹な事にたかが一参謀官にも個別の執務室が与えられていた。

とは言っても参謀会議室とは建物が違うため一度外に出て移動しなければならない。

参謀会議室が有るのは司令部棟、他には事務室や司令官室、平の参謀長室はこの中に入っている。

肇の執務室が有るのは士官棟の二階だ。

 

平、双吹と別れて自分の部屋に戻った肇は持っていた資料を机にほっぽると来客用のソファに身を投げた。

革張りのソファは冷たく肇の体温を奪ってゆく。

改めて師匠の遺書に思いを馳せていると扉からノックの音が聞こえた。

 

「どうぞー。」

「やあやあ中尉ぃ。元気してる?」

 

のんべんだらりとした口調が聞こえる。

 

「してるよ、およそ元気だ。後中尉じゃ無くて二尉な。それで何の用かな?」

「ふふー、演習艦隊旗艦たるこの北上様が直々に演習の詳細を伝えに来てあげたんだよー。」

 

今しがた入って来たのは軽巡洋艦 北上。

今日の演習の旗艦だった。

基本的に人懐っこい為まだ雰囲気が凝り固まっている新設基地には非常に重要な存在である。

 

「その辺の報告はメールで良いって、此処まで来るのめんどくさいだろう?」

 

肇は彼女がやたら自分に絡んで来るように感じた、曰く人間を愛してるらしい。

何かの黒幕じゃないか心配になってくるところである。

 

「良いじゃーないか、こっちの方が伝わるでしょ。」

「そうなんだけどさ、よっと。」

 

肇はソファから起き上がるとデスクについた。

 

「それでどうだった今日は?」

「うーん、みんな砲撃にはだいぶ慣れて来たかな。そろそろ魚雷触らせても良いかも。」

 

北上は紙媒体の報告書を手渡しながら言った。

 

「うん、おっけ。じゃあ北上様の言う事を信じますかね。」

「おっ、流石だねぇ中尉。」

「だから二尉だって、まぁそれは良いや。じゃあ後はこの報告書だけで十分だよ。」

 

北上はニマニマと企みを含む笑を浮かべながらこちらを見ている。

一向に部屋を出ようとしない。

 

「どうした?もう下がって良いぞ。」

「中尉さぁ、この後なんか急ぎの仕事とか有る?」

「無いけど…あっ!」

 

気付いた時には遅かった。

恐る恐る顔をあげる。

北上の口元が悪く歪んだ。

 

「その様子だと言いたいことは判ってるっぽいねー。」

「判ったよ仕方ないな、口を滑らせたのが悪い。」

「やったー。」

 

丁度遺書の件で頭の中が混沌としていた肇にとって悪くはない誘いであろう。

 

肇の宇和島における仕事のうち最も重要なのが作戦の立案だとするのならば、その作戦に耐え得るように艦娘を鍛えるのは第二の仕事であると言える。

加えて、作戦立案の上で艦娘個々の能力や得意不得意、性格を把握しておく必要がある。

故に肇はこう言った艦娘との細かな交流を重視している。

こう言った戦略を取る参謀は少ない。

因みに宇和島のもう一人の参謀である双吹は作戦立案よりも情報収集や書類仕事、対外交渉に長けた人物であった。

平は大量の書類や多くの会議に忙殺されている。

その為この宇和島基地が創設され人が配属されるに当たって最初のうちに肇と双吹で役割分担をしたのだ。

今こうして肇が艦娘との交流を図っているなら双吹は地元住民との交流を図っている。

だからこれは決して遊んでるわけではない、仕事…仕事なのだ。

最も楽しい仕事である事に変わりは無いが。

 

「早くー、日が暮れちゃうよ、中尉ー。」

 

北上が司令棟玄関の外で手招きしている。

昼下がりの海風は木枯らしと混ざり哀愁を引き立てる。

肇はゆったりとした足取りをしながらも内心小走りの北上に追いつきたいかのような衝動に駆られていた。

季節は十一月暮れ、秋の晴れ渡る空が顔を覗かせるものの、宇和島に吹き上げる潮風は日を追うごとに体の体温を奪うようになっていく。

館岡の葬儀から3ヶ月が過ぎようとしていた。

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