自分の執務机に座り机上に片肘をつき、見えない窓の外を見ながら。
11月が終わり12月に入った大湊は完全に雪景色だった。
青森の家はその殆どに普通のガラスと曇りガラスの二重窓が装備されている。
それは大湊基地も例外では無く部屋の中と外は厚く区切られている。
雪国で気温が優に氷点下に到達しているとは言え部屋の中はその窓とストーブの力で暖かく保たれる事になる。
誰か艦娘がドアの前を通ったのだろうか、にわかに話し声が聞こえては消えていくのを何回も聞き流す。
館岡が深海棲艦の津軽海峡来襲を自身の遺書で予想してから3ヶ月が過ぎた。
マスコミは彼の死により自衛隊の戦略立案は壊滅し、その質が著しく低下すると触れ込まれた。
が、実際にそんな事はなく自衛隊の戦略立案はしっかりと受け継がれている。
実際にそれに沿って大湊への戦力配備がされたが、すぐに来ると思われていた深海棲艦の次の来襲も結局来ないままであった。
急かしに急かされた大湊基地への戦力配備もさしたる意味は無かったのかも知れない。
寧ろ艦娘たちをこんなにも田舎に、無駄に呼んでしまって申し訳ないとすら思っているほどだった。
大湊基地の所在地である青森県むつ市は青森県の鎌の部分、その陸奥湾側に位置している。
人口5万人ほどの下北半島の中核都市で陸奥湾はまだ深海棲艦の侵攻が及んでいない為、今では日本に数少ない漁場の一つである。
実は日本三大霊場である恐山があるのはここむつ市であった。
大湊基地の背後には
軍人とは戦いに勝つ為に名誉と給与を国家から与えれれている。
今でこそ災害派遣や船団護衛の任務が多数存在するが今は戦争の真っ最中である。
その戦が無いのではその存在意味を半分も果たして無いだろう。
その残った半分の中に治安維持と抑止力としての存在がある。
そんな事を館岡さんが言っていた気がする。
その館岡の戦略を思い起こす。
瀬戸内海の三つの入り口に防御陣地を築く、ごく単純で最も効果的な戦略だ。
陣地とは少し違うが、とにかく瀬戸内海を取られれば本格的に日本の終わりを覚悟しなければならないだろう。
「何を考えていらしたのですか?」
そう尋ねるのは、乙舳の秘書を務めている航空母艦 鳳翔である。
乙軸が秘書として置いている艦娘であった。
丁度執務が終わったのであろう、着物の袖を縛り上げている襷を解きながら乙舳の方へ向かって来る。
乙舳はなかなかこの仕草が好きであった。
「館岡。」
短く答える。
この簡素な返答は乙舳のお家芸…と言うより職業病のような物であった。
口をついて出る言葉が少ない代わりに頭の中で多くの事を考えているとは本人談である。
「またそれですか?」
困ったように微笑む鳳翔の袖が揺れる。
「やっぱり少し単純すぎるんだよ。あの人パワーで解決する事偶にあるから。」
「……」
「でもあの人がわざわざ残した物がこれだけとは思えないんだよ。」
「はぁ…なんと無くわかるような気がしますが。」
「判る?」
乙舳が身を乗り出す。
「いえ、判ると言うか。勘みたいな物でしょうか。」
「ほう。」
「何か…何か理論とは違った、もっと感情のような物…と言いますか。」
「………」
「館岡さんの思いと言うか。……あ、あの乙舳さんそんなに見られると…。」
言われて乙舳は鳳翔を睨みつけるようにみていたのに気づく。
「ああ、すまない。」
つまり、と乙舳は鳳翔を横目に見ながら続ける。
「あれに何らかの館岡さんの個人的感情が含まれていると?」
「勘ですよ、あまり本気にしないで下さい。」
そう言うとまた困ったように微笑む。
そんな鳳翔に目を向ける事なく、乙舳の頭はまた回り出した。
「あの人が私欲のためにねぇ。」
確かにあり得ない話ではない、あの日本の命運を賭ける戦略に個人的な思いが混入している。
とするならばどんな思いなんだ?
その疑問が頭の中で渦を巻く。
そう言えばあの人は遺言で“はじめ”と言ったと聞いた。
と言う事は込められた思いは肇に関すること。
だとすると……。
その時、津軽半島の先端 龍飛灯台、下北半島の北東端 尻屋崎灯台、この二つの灯台から無線はほぼ同時に入って来た。
曰く敵艦隊が見えたと。
この無線を機に大湊基地は大いに慌ただしくなる。
「齋さん!」
焦った顔だった。
こんな表情の鳳翔は見たことがないくらい。
鳳翔は焦ると齋を名前で呼ぶ様である事に今更ながら気がついた。
最もそんな機会まず無いであろうが。
普段は乙舳さんと呼んでいる。
乙舳はそんな鳳翔の狼狽ぶりに逆に冷静になることができた。
鳳翔に向き直ると軽く息をついて宣言した。
「大丈夫だ鳳翔、大丈夫だ。」
「…っはい!」
「出撃場に向かったら先ず偵察飛ばしてね。」
「了解です。」
今、味方戦力の多くはこの大湊に集結している。
さらにここには優秀な二人の参謀と地方幕僚長がいた。
館岡を見出したのは幕僚長である高船 政綱だった。
参謀の一人、歩水 識 一等海尉は肇と仲が良く肇の数少ない友達の一人であった。
当然その肇の影響で戦術眼には優れている。
特に土壇場での判断が正確で早いことで有名であった。
もう一人が乙舳である。
彼も二人に勝るくらい優秀であった。
特に艦娘からの信頼や人気が高いのは乙舳であった。
その人気には多少なりとも鳳翔の存在が加担していたのは言うまでも無い。
さらに、最悪艦娘のみで防ぎ切れなくても陸戦砲があった。
乙舳自身、海に生きる人間として陸上戦力は出来るだけ使いたくないと思っていたが、最悪の場合はやむを得まい。
とにもかくにも、正にこの大湊には今現在の海上自衛隊の頭脳の半分以上が費やされていると言っても良かった。
それ程までに平舘海峡の守備は重要なものであった。
乙舳は憑物が落ちたような顔の鳳翔を確認すると、会議室へと移動した。
途中で別れた鳳翔は一人出撃用の船着場へと消えていった。
・・・
会議室からはひっきりなしに電話が鳴り喧騒が階を貫いて響き渡っていた。
数十人の人間が蜂の巣を突いたように慌てふためいている。
中に入るとすでに歩水が到着していた。
暖房は故障していた、恐らく室温は外気と大差ないであろう。
が、そのような事を気にしている余裕はない。
急いで歩水に近づいていく。
「状況は?」
歩水は持っていた資料を机に置くと乙舳に向き直った。
「龍飛は南西側に、尻屋崎は東側に、それぞれ真っ直ぐ津軽海峡へと向かってくる敵をレーダーが捕らえました。」
「まだ視認は出来ていないのか?」
乙舳が聞き返した時だった。
通信機から粗い声が聞こえてくる。
『こちら龍飛灯台、こちら龍飛灯台。つい先ほど、10:38に敵の正確な位置が割れた。灯台から見て西南西、距離約500km、合計20以上の大艦隊である模様。』
『こちら尻屋崎灯台、こちら尻屋崎灯台。同じく10:39に敵を詳細に観測。灯台から見て東、距離約450km、こっちも20程度だが大艦隊と言えるだろう。おっきいやつが無駄に多い。』
報告に会議室が沸いた。
無線報告を聞きながら、歩水が周辺海域の地図を持ち出して来た。
「西南西500kと東450k。」
呟きながら歩水が地図上に線を書いて行く。
新しい三つの泊地だと、プロジェクターを起動してもっとハイテクな会議になるらしい。
前に肇が自慢していた。
そんな事を考えていると再び無線が入ってくる。
出撃用ドッグからであった。
『こちら出撃場。偵察機、飛ばしました。』
「ふぅ、取り敢えず偵察機が上手く敵を見つけてくれるのを祈るしか無いですね。」
「うん。」
歩水が地図への書き込みを続けながら嘆息する。
「敬礼!!」
誰かが声を張り上げた。
ざわめきがパッと止まり全員が入り口に向き直り敬礼する。
乙舳も歩水も立ち上がって敬礼する。
「ご苦労。」
高船 政綱が入って来た。
敬礼を返すと仕事に戻ってくれと促す。
そのまま乙舳と歩水の方に歩いてくる。
「お疲れ様です、海将補。」
「うむ。」
短く返事を返した高船は立ったまま聞き返す。
「状況は?」
これには歩水が答える。
「太平洋、日本海でそれぞれ敵艦隊を灯台が捕捉、こことここです。」
地図を指し示し敵の位置を示す。
それに対して高船はうなずく。
「敵の詳細は?」
「ついさっき、偵察機が出ました。」
「わかった。小道さんに呼ばれるまではここに居よう。」
小道とは大湊基地の司令官である。高船が参謀会議室に顔を出したのは小道に事態を報告するための聞き回りだった。小道はよく言えば慎重、悪く言えば臆病で有名であった。その慎重さ故に出世の機会を幾つか逃していた。が、その臆病なまでの慎重さが防衛一点となるであろう大湊基地においてよく発揮されることを望まれての人事であった。
・・・
歩水は無線通信用のインカムを装着すると無線装置の前に座る。
彼は作戦行動中専ら無線通信士として働くことになっている為である。
ここからは灯台の続報と偵察機の報告を待つだけになる。
暫くして館内放送で高船が小道に呼び出されたこと以外はさして状況は変わらず時間が過ぎていった。
基地内は慌ただしく人や車両が行き交っているようで騒がしい。
先に来たのは灯台の続報であった。
敵の行軍速度が判明したらしいおよそ30ノット、時速55km程である。
津軽海峡の入り口までは10時間弱くらい掛かるだろう。
やがてそれぞれの日本海の敵艦隊から数隻が分離、恐らく間宮、宗谷海峡に向かったと思われた。
「間宮、宗谷は捨て置くぞ。」
事前にそう決まっていた。
守るべきは津軽海峡である。
偵察機から通信が入ったのはそれから1時間ほど経ってからだった。
どうやら数え切れないほどの大艦隊だとの報告であった。
敵艦隊との最初の交戦は青森県太平洋側の遥か沖にて起こった。
次いで日本海側。
この襲撃に際して乙舳と歩水は会戦初期には引きながら戦う姿勢を見せた。
東西から日本に近づいてくる敵の二つの艦隊に対しこちらも艦隊を二分しそれぞれ迎え撃つ。
ヒットアンドアウェイ戦法でじわじわと損害を与える。
とは言っても敵は数え切れないほどの大艦隊、損害は屁の突っ張りにもならない。
その為、ある程度的に損害を与えることができたら大きく殴る決戦が必要であった。
まずは忍耐だった。
味方も無傷では無いし何より全力で攻撃できない事への不満が溜まっていく。
そんな言葉をどうにか沈めながら時間が過ぎて行く。
だが粘り強い攻撃で敵の進軍スピードはかなり遅まった。
既に日は暮れ夜空には月が高々と上がっている。
戦線は後退していった、敵への攻撃を重ねるにつれてこちらの損害も増えていく。
おまけに今回は二方面作戦だ。
しかし不幸中の幸と言うべきか、沈んだ者は一人も居なかった。
やがて敵は本土に迫る。
それに合わせて艦隊は二分されそれぞれ集合した。
鳳翔はこの時日本海側に回され小泊と言うところで待機していた。
因みに太平洋側の艦隊は大間と
日本海側の艦隊は松前と鳳翔の居る小泊に分散していた。
大間は青森県下北半島の先端の町でマグロなどで有名である。
小泊は日本海に面した青森県の小さな漁村である。
松前は松前藩のあったところで北海道にある、恵山岬も北海道である。
決戦が近づいていた。
それに伴い上がっていく艦隊の士気に当てられたのか雪は雨混じりになっていた。
幕間欲しいですか?書く場合気が向いた時に書いて書き上がったら時系列に沿った章に追加する感じになります
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欲しい!
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そんなもん書かんと本編書け!