待機所は用意されているがほったて小屋の室温は外のそれと大して変わらなかった。
きっと太平洋側の艦隊は綺麗な朝日が見えているのであろうと思った。
気温はとっくに氷点下を下回っている。
スッと何かが左頬に触れた。
「ひゃっ!!」
素っ頓狂な声が出た。
恨みがましく左を向くと両手にあったか〜い缶コーヒーを持った龍驤が満面の笑みを浮かべていた。
航空母艦
現在大湊の軽空母は四人龍驤、鳳翔の他に
今も友軍は敵に対し嫌がらせのようにチクチクと攻撃をしている。
夜の間空母は戦闘に参加できない、そのため艦隊の他の面々よりも先の集合地点に到着していた。
「えらい可愛い声やな。そんだけ良いリアクション取ってくれると嬉しいわ。」
そう言ってコーヒを放り投げる。
「からかわ無いでください!」
投げつけられた缶をキャッチしようとする。
「熱いで。」
「え?あっつい!」
一度手にした缶を取り落とす。
地面に落ちた缶は数メートルほど転がり石にぶつかって止まった。
「あはははは。」
「あーもう、そういう事は渡す前に言ってください。」
「悪い悪い、鳳翔の反応が面白くてな。」
鳳翔は缶を拾いプルタグを起こす。
プシュッという小気味いい音が鳴りコーヒーの匂いが辺りを漂う。
「寒いなぁ。身を刺す寒っさってのは正にこのことやな。」
「ええ、ですがもう慣れました。」
「そっか、ウチが来る前から居るもんな君。二年くらいかいな?」
「三年です、冬も三度目。まだ12月も上旬なのでいいですが一月とかになってくるとさらに冷えますよ。」
二人でズゾッと音を立ててコーヒーを啜る。
口から漏れる白い吐息はコーヒーの匂いを乗っけて空へと舞い上がる。
「そん時までには南に帰りたいなぁ。」
「私も暖かいところへ行きたいです。」
無言の間に龍驤はタバコを取り出す。
鳳翔は苦い顔になった。
「そんな顔せんとってーな、何回もやめよう思ったんよ。ただ我慢したらもっと健康に悪ろうてな。」
コーヒーからの蒸気に紫煙が混ざる。
「身体的な話じゃなくて精神的にな。」
実際に隊内の喫煙率は上昇し続けていた。
日が陰って来た。鳳翔は手を羽織の袖から出して掌わ上に向けた。
ぱらつく雪がいくつか手に落ちすぐに溶けた。
「降ってきましたね。」
雪は濡れた地面に溶け込んでいく。
水と混じって溶けたシャーベットのようになっている。
「中に戻りましょうか。」
どこかそっけない鳳翔が立ち上がると龍驤は短くなったタバコを濡れた地面に押しつける。
ジュッと音を立てて火が消えた。
作戦の発動はあたりが明るくなって太陽が高く昇ってきてからであった。
最も空ご機嫌がよろしく無いようで太陽は顔を見せていない。
それどころかシンシンと降る雪は視界を狭めている。
海から吹き上げる風は降る雪を斜めに傾ける。
鳳翔、龍驤以外の艦隊の面々も集まって来た。
この面々がさらに二分され鳳翔、龍驤を中心として秋月、暁、雷、電を加える機動部隊とその他の人員で本隊をそれぞれ組んでいる。
大湊はこの二つの艦隊をそれぞれ小泊機動部隊、小泊遊撃艦隊と名を与えていた。
この面々と現在松間に集合している艦隊とで敵を挟み打つ。
決戦時には北海道側に待機している艦隊が敵を引きつけその後青森県側に居る艦隊が側面を突く。
単純であるが恐らく効果的であると判断された。
この時点で未だ人類は深海棲艦の知能について、その是非は判断しかねていた。
知能は無ければそのまま大打撃を与えられる。
乙舳と歩水は無い方に賭けていた。
人が増えた事でほったて小屋の室温も上がっていった。
出撃の時刻となった。
遊撃艦隊旗艦である金剛が司令塔である大湊に出撃開始の報を入れる。
ただ短く
「小泊より出撃す」
と送った。
同じように短く武運を祈ると返ってきた。
外の出ると雪は止んでいた。
一行の靴の底が雪を踏み鳴らす音だけが聞こえる。
日本海は荒れていた、その荒波に呑まれたように艦隊は抜錨した。
全員終始無言だった。
・・・
遥か遠くから体を重く打つ炸裂音が聞こえてきた。
既に鳳翔と龍驤の艦載機は敵艦載機と接触している。
味方松間艦隊は既に戦闘中であるとの話であった。
「間もなく目視距離です。」
鳳翔が叫ぶ。
幾つもの水柱が立ち弾幕が貼られていた。
辺りに鳴り響く爆音は体を打ち鳴らす、心臓の鼓動とも思える衝撃であった。
小泊艦隊はすでに交戦が始まっている
ここからは力の勝負である。
小泊艦隊の全員が全力を持って攻撃を開始した。
・・・
ビュンッとけたたましい音を立てて敵の砲弾が鳳翔の頭上を通り過ぎていった。
すでに攻撃を始めて一時間近く経っている。
「まだ敵は減らないんか!」
隣で龍驤が叫ぶ。
敵が減らない、まさにその通りであった。
攻撃の手応えがないわけでは無い、むしろ手前には夥しい数の敵の死体が海に浮かび水面を赤く染め上げていた。
鳳翔は深海棲艦も血は赤いのだなと余計なことを考えていた。
そうしている間にも次から次へと敵が押し寄せてくる。
戦線は徐々に後退せずにはいられなくなった。
無線と砲弾が飛び交い耳をつんざく。
艦隊の全員が目の前の敵に注目を取られる中、横から迫る雷跡を最初に発見したのは艦隊の右端にいた重巡洋艦 青葉であった。
「雷跡、右!」
青葉は全力で叫んで回避行動を取った。
青葉の左横にいた数人の艦娘も同様に回避した。
しかし耳をつんざく砲撃音の中である。
青葉の警告は遠くにいた龍驤と鳳翔、その他数人の艦娘まで届かなかった。
鳳翔の隣にいた龍驤のすぐそばでドッと一際大きな音がして海が盛り上がる。
水柱の中に龍驤の小さな体躯が飲み込まれていった。
魚雷が龍驤に直撃したのだ。
とっさに龍驤の方に手を伸ばしたが彼女を掴むことは出来なかった。
水しぶきが晴れると其処には下半身を吹き飛ばされ絶命している龍驤の遺体が浮かんでいた。
「…水艦!敵………艦……ます!」
そんな声がどこからか聞こえた気がしたが今の鳳翔の耳は聞き入れなかった。
「。」
グニャりと視界が歪み今の自分が立っているかどうかすら判別がつかなくなる。
貧血になったように体から力が抜けていくのを感じた。
周囲の音が遠のきこだまする。
誰かが手を引いているが意識を裂けない。
そこからの事は鳳翔自身もよく覚えていない。
ちゃんと自分で航行していたか?
他の面々はどうなったのか?
深海棲艦は一体どこまで来たのだろうか?
勝ったのか?
負けたのか?
いやあれでは確実に負けているだろう。
とにかく鳳翔が次、意識をはっきりと取り戻したのは大湊の病院であった。
・・・
目を開けると嫌に眩しかった。
病院の壁は白く、消毒液と独特な薬品の匂いがツンと鼻をついた。
「鳳翔さん?鳳翔さん!」
隣で自分の名を呼ぶ声がした。
「秋月ちゃん?」
「良かった目を覚ましてくださって酷い傷でしたので。特に乙舳さんの…あ、いけない看護師さんを呼ばなければ。えっと、ええと…」
あたふたとマシンガントークをかます秋月の言葉が耳を通り抜ける。
「慌てないで秋月ちゃん。多分枕元にナースコールがあるからそれを押せば来てくれるかな。」
「はっ、そうでした。そうでした!ナースコール、これですね。」
秋月はえいっと可愛く目を瞑ってナースコールを押す。
「あれ、何も起きませんね?えい、えいっ。」
『そんなに押さなくても大丈夫よ。』
「うわあ!?鳳翔さんボタンが喋りました。」
『!起きたのね、今すぐ行くわ。』
「秋月ちゃん落ち着いて、今の声は看護師さんよ。」
「え、あ、あああ。」
俯いた秋月の耳は真っ赤になっていた。
程なく廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
・・・
「うーん、今のところ特に異常は無いね。太腿とお腹の怪我は完治までまだまだかかるし、傷口が開いちゃうから安静にね。」
初老の医者だった。
ブラックな医者の職場を体現したかのような体つきであった。
おまけに作戦の直後である。
その疲れは確実に老体を蝕んでいるように思われた。
「わかりました。」
「それじゃあ、お大事にね。」
そう言って病室を後にした。
恐らく他にも沢山の患者を抱えているのであろう。
「秋月ちゃん、私が眠りこけてる間どうなったのか教えてくれるかしら?」
「…………私もそんなに多くの事は知らないんです、実際にまだ処理中で、まだまだはっきりしないことも多くて、日本海方面はまだマシだったみたいですけど太平洋の方は酷かったみたいで…。」
「…………そうですか。」
重苦しい沈黙。
「そのせいで未だに作戦処理は終わっていない状況です。鳳翔さんみたいに眠っている人も多くて。後でここにも報告を求めに来ると思ういます。」
こんな病み上がり、いや治ってすらいないのだから病体か、なのに。
そんな鳳翔の心を秋月が代弁する。
「まだこんなにも傷だらけなのに。一応今日は私がここに居ます。午後からは本来金剛さんでしたが用があるからと。顔くらいは出しにくるかも。…すみません関係ないですね、あはは。」
耐え難い沈黙が流れる。
「秋月ちゃん」
「あ、はいっ!」
「お水をお願いできる?」
「はいっ、今ストックはないので買ってきますね。」
そう言ってビシッと立ち上がると扉に向かう。
秋月は勢いよく開いた扉を丁寧に閉めた、無駄に、本当に無駄に元気がよかった。
・・・
昼下がり、雪は止み重苦しい雲の合間から晴れ間が伺えた。
乙舳が鳳翔の病室を訪ねた時ちょうど太陽は病室を照らしていた。
些か乱暴なノックに引き戸が揺れる。
「どうぞ。」
声に応えて扉が開く。
交代制なのだろうか、病室には秋月も残っていた。
「…」
扉の前に立ち尽くす乙舳は最後に鳳翔が見たときとはまるで別人であった。
幾らか痩せ、頬はこけ、顔には覇気がなく目には隈が浮いていた。
「乙舳さん。」
堪らず鳳翔が口にする。
「鳳翔、ひとまず無事でよかった。時間も限られてるし体に触るといけないから手短に済ませよう。」
「Hey!待つね。ワタシが居ることも忘れたらNoよ、乙舳。」
開け放たれた扉から顔を出したのは小泊艦隊の旗艦戦艦 金剛だった。
「あぁ、すまんすまん。」
軽く詫びる乙舳。
「金剛さん。」
鳳翔が微笑んだ時、病室に日がさした。
鳳翔の体を布団越しに照らし温める。
「そうデス、金剛デス。」
「無事で…無事でよかったです。」
鳳翔の声は震えていた。
「鳳翔こそちゃんと起きてくれてありがとうございマス。」
「よし」
乙舳が話を区切る。
「それじゃあ続けるぞ。まず鳳翔、辛いだろうが覚えてることをできるだけ詳しく話してくれ。」
鳳翔は自分の知ってる事を全部話した。
戦況は数分で反転劣勢へと陥った事。
雷撃が来て各艦は回避して、間に合わなかった龍驤は…。
「そこまでです。そのあとは曖昧で、金剛さん私は自力で帰ったのでしょうか?」
金剛はかぶりを振る。
「鳳翔はそこの秋月に肩を持たれて航行してたヨ。雷撃の衝撃で脳震盪くらって、一応艤装の主機は動いていたんだけど鳳翔自身の意識が曖昧でネ。」
「そうですか、秋月ちゃんありがとうございます。」
「いえ私はそんな、そんな、それどころか私は…。」
秋月の声はしりすぼみに小さくなる。
そこに乙舳が割って入った。
「じゃあその辺も含めて今わかっている事を話しておこうか。秋月も聞いてくれ。」
そう言いながらベッド脇の丸椅子に腰掛ける。
まず戦況だ、今の前線は平舘海峡の入り口。
そこでなんとか食い止めている、と言うよりも平館から先には奴ら入って来ない何故だかわからんけどな。
とにかく館岡の指示には従えた事になる。
こちらもジリ貧だったから正直侵攻の停止には大いに助かっている。
次に君の今後だ。
申し訳ないが、まだ決まっていない。
まだ後処理が完了してなくてね。
どうやら僕はもう少し頑張る必要があるみたいだ。
そして最後に戦死者についてだ。
太平洋側からは5人、日本海側からは3人の轟沈が確認されている。
内訳は太平洋からは戦艦一人、重巡洋艦二人、駆逐艦三人、日本海では駆逐艦二人、軽空母一人。
葬儀は近日中に行われるだろう。
「以上だ、何か聞きたい事は。」
乙舳は話を切り上げる為にベットの側の椅子から立ち上がった。
「軽空母は…龍驤ですか、やっぱり龍驤なんですか?」
余りにも素っ気なく、流れる川のように当たり前に口をついて出た。
「そうだ。」
「私が、私のせいです。」
今まで黙っていた秋月が急に声を上げた。
「秋月?急にどうしたネ?」
問いかける金剛の声には困惑の色がはっきりと浮かんでいる。
「あの時私は龍驤さんのすぐ右にいました。私が青葉さんの言葉を復唱していれば。いえ、いいえ。」
俯いていた秋月が前を向いた。
涙目は焦点があってなく額には汗が浮かび瞳孔が散大していた。
「私が避けなければ良かったのです、盾となって攻撃を受けていれば、私であれば雷撃が来ると把握していましたのでいくらか受け身も取れたでしょう。そうすれば龍驤さんが沈むことはなく…」
「秋月。」
早口で捲し立てる秋月。
見かねた乙舳は目を細めるが秋月には届かない。
「鳳翔さんが怪我することもありませんでした。そもそも。」
「秋月!」
幾らか大声を出す乙舳に気圧されたじろぐが止まらない。
「っ…そもそも駆逐艦の役割は空母、戦艦を護衛すること。盾となり身を呈して守るのも我々の役目です。それに私ごとき…」
「秋月!!」
扉と窓が震えたように錯覚した。
乙舳の怒鳴り声を鳳翔や金剛は初めて見た。
が、彼が怒鳴るのは実はそんなに珍しいことでは無かった。
普段の大人しい乙舳は本人の心がけの上に成り立つもので、本来は少々感情の抑制が効かない性格だ。
平常心というのが乙舳の個人的な課題の一つであった。
秋月を睨む目が何かを思い出したように宙を泳いでから再び秋月を捕らえた。
「秋月、俺はお前になんと言えば良いかわからない。多分自己犠牲の不要さも龍驤の不運も理解しているのだろう。その上で納得できないのであれば私が保証しよう。」
乙舳は目を細める。
「君の行動は正しかった。これで君が納得するかはわからない。しかし、君の行動が正しい事はここに宣言しておこう。よろしいかな?」
「は…い…。」
かろうじて返事がでた。
「よろしい。鳳翔、我々はここで退散する。それでは秋月、頼んだぞ。」
「はい。」
それでは失礼、そう言って病室を後にした。
日は傾き西日となった。
部屋の壁は真っ赤に染まり部屋の気温を上げていく。
直射日光に当てられた掛け布団は鳳翔にとって邪魔でしか無かった。
鳳翔は布団をめくろうとしたが、右手は包帯に巻かれ左手には点滴を受けていた。
どちらも自由に動かせない。
その様子を見た秋月が閉めますねと言ってカーテンを引いた。
部屋は一気に暗くなった。
・・・
「うん、なんの反応も無いね。」
遥か海の向こうにある筈の故国を思い少女は一人呟く。
「押し負けたのかな?」
白い息が口元から風に揺れる髪に吸い込まれる。
少女は垂れていた髪を耳にかけた。
「行くぞちっこいの。」
「うん。」
仲間からの声にそう短く答えた。
こんな感じでやっていきます。
次から二章になり、ただいま執筆中です。
評価感想など頂けましたら励みになります。
幕間欲しいですか?書く場合気が向いた時に書いて書き上がったら時系列に沿った章に追加する感じになります
-
欲しい!
-
そんなもん書かんと本編書け!