咲-Saki- 龍の娘は、裏雀士の夢を見るか?   作:ひびのん

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第10局

「ついた! とうきょ……あおわぅっ!? ひゃー!」

 

 ついに、わたしたちは生まれて初めての上京を果たした。

 ……しかし、喜んでいる余裕はまったくなかった。

 

「はわぁぁわわわ……くろちゃん、た、たすけてぇー……!」

「おねーちゃん!? そっちにいかないでーっ!?」

「ちょ、シズ! 宥姉の手握ってあげて! 流されちゃってる! ……って、シズどこ!?」

 

 しずちゃんが流されるのを楽しんでいる声と、おねーちゃんのいた方向から悲鳴も聞こえてくる。これでもか、というほど溢れる人の波に押し流されて、はぐれないようにするのが精一杯だ。

 

 改札を出る頃には、みんなふらふらで、約束していた待ち合わせのオブジェにようやくたどり着いた。

 すると、そこに憧ちゃんのお姉さんが待っていた。やっと見つけた知り合いの顔に、わたし達はようやく、ほっと息をついた。

 

「や。みんな久しぶり」

「あっ! 望さんっ! お久しぶりですっ!」

「うん、おひさ。さっそくだけど、のんびりしてる余裕もないし、急いで行くわよ!」

 

 憧ちゃんの友達との待ち合わせの時間も、かなり近くなっている。

 わたしたちは、急いでその場を後にして、会場へと向かった。キャリーバッグを引きながら、今度ははぐれてしまわないように、身を寄せあった。

 

「しかし急だったねえ。いきなり東京に来たいって電話来た時は、びっくりしたよ」

「ごめんごめん。今日はよろしくね」

「あ、あのっ、今日はお世話になります!」

「お世話になります」

「……ぺこり」

「いいっていいって、そんなかしこまらなくて。どうせ休みだし、もともとインハイも興味あったし……あっ。会場まで歩いて行くわよ」

 

 そう言って駅を出たわたしたちは、建物の外に出たとたんに全員で立ち止まった。

 

「……すごい」

 

 奈良じゃ見たことがないくらいたくさん立ち並ぶ、空まで届く高層ビル。そのビルにぎゅうぎゅうに詰め込んでもまだ余るくらいの大勢の人。どれも見たことがないくらいのスケールで、わたしたちが小人になってしまったみたいだ。

 試合会場はお洒落なガラス張りの建物で、他のどの建物よりも大きかった。

 

「奈良で一番大きなショッピングモールよりも大きいよ……」

「あれテレビで見た場所だ!」

 

 感動しすぎてポニーテールがぴんと逆立っていた。

 そしてインターハイの会場もまた、奈良に住んでいたわたしたちを、大いに驚かせた。

 

「おぉぉぉ……!! ここが、東京……インハイ会場!!」

「とうとう来ちゃったねえ……圧倒されるなあ。奈良とスケール違いすぎ」

「すごいねえ……おねーちゃん、大丈夫?」

「うぅぅ、なんだか見られてるような……?」

「まあその厚着ですからねえ。みんな半袖ですし」

 

 じろじろと見られて、おねーちゃんがマフラーに顔を埋めていた。 

 

「ほらみんな、待ち合わせあるんでしょ。早く行くよー」

 

 先に行ってしまった望さんの言葉で我を取り戻し、四人で顔を見合わせてから、慌ててあとを追う。

 体育館よりも広いホールには、外と違って人はまばらにしかいなかった。

 

「ちょっと待ってて、連絡とるから」

「うん。わたしたちは、少し待ってようか」

 

 さっそく憧ちゃんが電話をかけた。

 他のみんなは、ベンチのあるほうに向かった。すると袖をくいっと引かれた。さっきまで楽しそうだったしずちゃんが、立ち尽くして顔を顰めている。

 

「ねえ玄さん……なんか、すごい気配感じない?」

「え、そういえば……うん。確かに……」

 

 しずちゃんの言葉の意味は、目を瞑ってみると、わたしにもわかった。

 ぞくっとするような、ある種の不吉を感じた。

 天井はビルくらい高い開放的なガラス張りの建物のはずなのに息苦しい。何か得体の知れない存在が、どこかに集まっている。そんな風に感じてしまう。

 すると、ちょうど戻ってきた憧ちゃんの携帯が再びメロディを奏で出す。

 

「あ、もうかえってきた……はい新子です。え、もうきてるって? どこどこ……あーいた!」

 

 憧ちゃんがあたりを見回し、ある一点で固定され、携帯を手放して手を振った。

 わたしたちもその方向を見る。

 小さく手を振ってやってきた、ちょっと小柄な子を見て不思議に思った。遠くから歩いてきた子は、わたしの想像と、かなり違っていたのだ。

 

「春っち、おひさー!」

「……おひさ」

 

 同い年くらいのポニーテールの女の子。

 憧ちゃんのお友達はなかなかの“おもち”で……そして、なぜか巫女さんだった。しっかりとした着付けで巫女服を纏っており、袖にガラケーをしまう。

 

(なんで巫女服なんだろう?)

 

 みんな同じような表情だった。

 憧ちゃんだけがもともと知っていたのか、動揺もなく紹介してくれる。

 

「紹介するね。この子は滝見春、鹿児島の子。それでこっちが奈良のあたしの友達」

「…………」

「……春っち? どしたの?」

 

 じいっと、春さんはジト目でわたしを見た。

 な、なんだろう。

 わたしが、ぽかんと目を丸めていると、何事もなかったようにぺこりとお辞儀した。

 

「どうも……滝見春といいます」

「ど、どうぞよろしく……松実宥です」

「同じく松実玄です。よろしくお願いしますねっ!」

「ども、高鴨穏乃です。あの……」

「?」

「変なこと聞くかもしれないんですけど、なんで巫女服なの?」

 

 あ、聞いた。そして、年中ジャージのお前が聞くのか、と言わんばかりに憧ちゃんがしずちゃんを見た。

 みんな紅白の袴を下から上へじいっと見る。

 おねーちゃんよりちょっと大きいかも。やっぱりこの子、よいものをおもちだよ。

 

「ん、うちはそういう伝統というか……改めて聞かれると説明が難しい……」

「この子の学校はちょっと変わってるのよ。っと……わざわざ忙しいのに来てくれてありがと!」

「うん。といっても、わたしは応援で来てるだけだから……あ、これ、チケット……足りる?」

「ほんと助かるわ。急なお願い聞いてくれてありがとね、今度なんかで絶対埋めあわせするから!」

「なら待ってる……」 

 

 鹿児島と奈良では、なかなか会う機会がないと思うのだが、二人はとても仲がよさそうだ。性格は全く違うタイプのようだが、同じ巫女同士、シンパシー的なものがあるのかもしれない。

 

 

「……っ!」

 

 そんな時、不意に背中がぞくりと震えた。

 

(……えっ、いまの、何?)

 

 背筋を駆けた嫌な予感。わたしは、慌てて周囲を見回した。

 しかし、それを探る前に、袖がくいっと引かれた。今度もしずちゃんだ。

 

「ねえ。玄さん、今のって……」

「もしかしてしずちゃんも?」

 

 同じものを感じたらしい。深刻そうに表情を強張らせている。

 前で話している二人や、おねーちゃん、望さんも特に何も気づいた様子はない。

 

「……近づいてきているみたい」

「はい。あっ、向こう……何か来る」

 

 視線を向ける。

 会場の奥から、誰かが歩いてくるのが見えた。まばらにしかいないほとんどの人が、わたしたちの方に歩み寄ってくる”その人”に、視線を寄せた。

 

 インハイ会場に漂う、重く苦しい気配の一つだ。

 ひときわ存在感を放っているその人は、私たちの方に近づいてくる。 憧ちゃんの友達と同じデザインの巫女服の周囲に、薄白色の覇気を侍らせている。

 

「おもち……」

「えっ、今なんて言いました?」

 

 そして、その人を見つけたわたしは、さっきまでの警戒心を投げ捨てた。

 魔法でもかかったみたいにその人に吸い寄せられ、目を離すことができない。

 

 みんなも、重すぎるプレッシャーとは酷く不釣り合いな、落ち着いた微笑みを浮かべている巫女のお姉さんに気がついた。

 動揺の中で、わたしだけが、視線は一点に固定されている。

 かつて、あそこまで大きなおもちを見たことがあっただろうか。

 ない。すごいよ、あれは。

 殿堂入りしていた和ちゃんの記録を悠々と塗り替えたその人は、「春ちゃん」と、滝見さんに背後から声をかける。

 

「あれ……霞さん、どうしたんですか」

「控室に財布を置き忘れていったわ。買い物にも行くつもりだったのでしょう、気をつけなきゃだめよ」

「あ、すみません……忙しいのに、わざわざありがとうございます」

「散歩したい気分だったから気にしなくても大丈夫よ……この人たちが話してた、春ちゃんのお友達?」

 

 頬に手を当てて、超おもちのお姉さんは、若干目を細めてわたしたち四人を見る。

 

「うん。わざわざ奈良から、ここまでインハイを見にきてくれた……」

「あらあら、そうだったの。皆さん初めまして。わたしは春ちゃんの先輩で、石戸霞といいます」

「ど、ど、ど、どうも、新子憧です!」

 

 憧ちゃんに続いてみんな一通り名乗り出る。

 すると、よろしくね、とお姉さんは優しく微笑んでくれた。

 

「わざわざ遠くから大変だったでしょう。皆さんも麻雀を打つのかしら?」

「はい、そうですっ。今日は後学のために見学に来ましたっ!」

「わたしたち、インハイを目指してるんです。それで来年のために実際に見に来てみようって話になったんです」

「あら、そうだったの。ふふ。わたし、てっきり……」

「てっきり?」

「いえ、何でもないわ」

 

 おもちのお姉さんは口元に指を当てて、くすりと笑った。そして柔らかな視線が、わたしたちの間を次々に横に滑る――一瞬、わたしとしずちゃんをじっと見た。

 ぞくっと、背筋が震える。

 でも、本当に一瞬だけだった。微笑みも崩していない。

 

「わたしも今年は選手として参加してるのよ。覚えておいてくれると嬉しいわ」

「あっ……! 選手の方だったんですね! あの、がんばってください!!」

「嬉しいわ、ありがとう。決勝戦も、ぜひ楽しんでいってね……じゃあこれお財布、早めに戻ってくるのよ」

「はい。ありがとうございます……霞さん」

 

 優雅に頭を下げて、おもちのお姉さんは奥にあるであろう控室に、ゆったりと戻っていった。

 思わぬ形での出場選手との邂逅が終わる。

 そして、みんな緊張が抜けたみたいだった。

 

「あの、じゃこれ渡したから……試合、楽しんで」

「あ、うん。ありがとね……もっと時間取れたらよかったんだけど、次の機会に埋め合わせするから!」

「ほんとに気にしなくていい。どうせ眠っていたものだから、使ってくれたほうが有意義……あ。もうこんな時間。憧も、急いだ方がいいよ」

「あっ、ほんとだやば! じゃあチケット、本当にありがとね!」

 

 手を振って、巫女服の春さんも行ってしまった。

 十分離れたころ、おねーちゃんがマフラーの中でほっと息を吐いた。

 

「あの人、すごかった……」

「うん、わたしも感動したよ。二人ともすごいおもちだったねえ」

「くろちゃん、お姉ちゃんがすごいと思ったのは、そっちじゃないよ……?」

 

 おねーちゃんが困っていたが、わたしの頭には、鮮烈に焼きついてしまった。特に石戸さんは、世界観が揺らぎそうな、すごいおもちだった。一生忘れられそうにない。

 

「すっごいプレッシャーだったね……絶対麻雀強いよ、あの巫女さん」

「そりゃ強いわよ。永水女子の人なんだから……うわー、まさか、あの石戸霞と会えるとは思わなかったわ。ラッキーね、わたしたち」

「永水? なんかどっかで聞いたような、てか朝見たような……」

「そっか、説明してなかったわね。石戸さん、多分、シズにあげた雑誌にも乗ってるわよ」

「どれどれ……ああああああっっ!!!」

「……どうしたの?」

「これだよ、これあの人!!」

 

 ぺらぺら、とページをめくる手を止めたしずちゃんが大声で叫んだ。

 全員が覗き込み、そして会場に掲げられている巨大な電光掲示板を見上げる。無数の学校の名前と、頂点につながる道筋を示したトーナメント表と見比べて、目を丸くした。

 

「決勝戦に出てるチームだ……ほら、永水女子!」

「あわわ……」

 

 雑誌には、新星の学校として四校ほどが大々的に見開きで紹介がされていた。いくつかの学校の中に、永水女子の写真も含まれていた。

 

 特にピックアップされている二人。

 おさげが特徴的な高校一年生、眠り顔で映っている先鋒の神代小蒔。

 そして笑顔でインタビューに答える様子を写した写真のもう一人が、大将の石戸霞。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと! 憧、聞いてない!!」

 

 しずちゃんが憧ちゃんの方を掴んで、がくがくと揺さぶった。

 

「ご、ごめん! 言うタイミング逃しちゃって……!!」

「個人戦の選手の人だと思ってたよ……い、今から見る決勝戦の選手だったんだ……」

「わ、しかも大将だ……! ほぇええ……」

 

 雑誌から視線を外し、天井の壁に掲げられている電光掲示板を見る。

 そこには全国に駒を進めた、各地の高校の名前が記されている。その中には奈良県の晩成高校の名前もある。しかし、頂点に結びつく線はたったの四本だ。

 そのか細い蜘蛛の糸のように繋がっている先に、すでに光が消えて薄暗く表示される高校に挟まれて煌々と輝く”永水女子”の名前が存在していた。

 しずちゃんが、雑誌を握りしめながら掲示板を見上げてぽつりと呟いた。

 

「……あれが、全国の頂点に立つかもしれないチームの、大将」

 

 わたしたちがインターハイにやってきた目的は、少しでも未来に近づきたかったから。モチベーションを高めて、さらに邁進するためだ。

 

 しかし今、形容しがたいプレッシャーの余韻が肌の奥に残って、ぴりぴりと体を震わせる。

 世界一番のおもちのお姉さん、石戸霞さん。 

 優しくて、得体の知れない何かを内に秘めている表情も、しっかりと焼きついた。

 

 

 

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